2ntブログ

霧の寝台

ガチ×ノンケ専門の官能小説 主なジャンル:GL BL NTR 催眠 調教 監禁 男の娘 女装

Part.41 【 一ノ瀬 真里 】


「桐越先輩、好きです……つ、付き合ってください」


緊張で震える唇をどうにか動かし、懸命に少女は告白をした。

少し驚いたかのように見開いた少年の瞳が、自分を映している。
その事実に、少女は耳まで赤く染める。

逃げ出したい。
けれど、逃げることはできない。

自分の方から、勇気を出して――想いを告げたのだから。



なろう挿絵-黒百合




校庭の桜がひらひらと舞い降り、心地よい春のそよ風が、緑のフェンスの傍に佇む男女の間に優しく吹き込んでいた。

緊張で潤む少女の瞳に映るのは、色白で中性的な顔立ちをした少年だった。
彼は、催眠術によって女性化させられる前の桐越誠である。

少女にとっては、一つ上の先輩に当る。

最初は驚いた様子を見せていた少年の顔は、すぐに真剣な表情にかわり、少女の言葉を深く受け止め、どのように答えるか考えているようだ。


返事を待つ少女は、一ノ瀬真里(いちのせまり)。

長く艶のある黒髪を一つに結び、どこか大人びた気品を感じさせるおっとりとした顔立ちは、和風美人という表現が正しい。
ほんのりと頬を紅く染め、俯き返事待つ姿は愛らしさをも感じさせる。


気軽に、他人へと恋心を打ち明けられるようなタイプの少女には見えない。


誠はどう返事をしたものかと悩んだ末に唇を動かし……――




――これは恭子達が卒業を迎える約一年前のお話である。



※※※



放課後のとある部室、ドアの横には【漫画研究部】の札が掛けられている。
中は八畳くらいの広さで、壁に立て掛けてある棚には、多数の漫画本が並べられていた。

どことなく美術部に似ているけれども、それとはまた違った雰囲気を持つ部室である。
テーブルに設置されている椅子の数は少なく、その少なさは部活動の人数をそのまま表していた。


「んで?結果はどうだったの?」


眼鏡をかけた生徒が、机に腰を下ろしたまま真里に問う。
ややふっくらとした丸みを帯びた肢体を持つ、どことなく母性を感じさせる少女である。

彼女の名は、天川弥生(あまかわやよい)。

一応、質問の形を留めてはいるけれども、既に結果は分かっているようで……慰めるような表情で真里を見つめている。


「そんなの……私のこの様子を見ればわかるでしょ……?」


気怠そうな、それでいて少し不満げに真里は答える。
恨めし気な瞳で弥生を見返し、重いため息を一つ。
真里の告白は桜の花びらと同じように――散ってしまったのだ。


「そっか、振られちゃったか……
でもしょうがない。校内一人気のある桐越先輩だもの。
お断りされた子は他にもたくさんいるし、気にするだけ損だよ真里。元気出してね」

慰めの言葉をかける弥生を、真里は半眼で見返す。
精神がささくれているせいか、今は何を言われても反発心がムクムクと湧き上がってくる。


「……いいもん。私にはテトがいるし、もうテトと結婚するし……!」


唇を尖らせ、真里は宣言した。その宣言を聞いて、己の額を押さえる。


「…………テトがいるって……一応言っておくけど、二次元とは結婚できないからね」


またかといった眼差しには呆れ半分、困った子供を見守る母のような温かさが半分。
やや呆れの方が強いのは、真里の突拍子のない発言が今さらだからでもある。

せめて三次元から見つけなさいという弥生の忠告は、真里の耳には届いていない。

真里は椅子に座り、机の中から一冊の本を取り出すと、パラパラっとページを捲り、
キャラクターが大きく描かれたページを開いた。

そして夢見る少女の眼差しで、わずかに目を潤ませて、本に向かって話しかける。


「テト……私、振られちゃった……こんなに辛いのも、三次元に浮気しようとした罰だよね?ごめんね~……」


目元に溢れる涙を手の甲でグシグシとぬぐいながら、最愛の君(きみ)であるテトに話しかける様を、弥生は生暖かい眼差し……若干引きながら見つめていたけれども、真里はまるで気に留めなかった。

瞳をハートの形にしながら、指でなぞるキャラクターの名前は、テト。


それは巷で人気のある週刊少年漫画ニャンプの〇〇教室と呼ばれる連載漫画のキャラクターだった。

中性的な顔立ちで、男性キャラなのに髪を伸ばして結んでいるような、カワイイ系の少年である。
真里の中で、テトと誠のイメージが重なる。


「真里、桐越先輩のこと入学した時から気になってたもんね……
現実逃避したくなるのはよくわかるわ。まあ、今はテトにいっぱい慰めてもらいなさい」


弥生はそう言うと、真里の背中を優しくポンと叩いてあげた。
実年齢を疑われそうなほどの強い母性と、抱擁力を持つのが、弥生という少女なのだ。



「なんで私じゃダメなの~?オタクだから?
喪女だから?一般クラスだから?なんでなの~?やよい~~」


慰められたことで、真里はうわーんと、机に伏せて泣き言を漏らす。

そして、見た目の上品さを裏切り、非常に子どもっぽい話し方で真里は駄々をこねる子供のように、弥生に迫る。その瞳には、涙が滲みでていた。

黙ってさえいれば、大和撫子風の和風美人なのにもったいない……などと、弥生に思われていることを、真里は知らない。


「う~んとね。真里って、顔は良いと思うのよ。顔は」

「顔を強調するのはなんで?」

「なんでだと思う?」


ハァ…と少し呆れたような表情で、弥生は真里の姿を凝視している。


「まずその格好をどうにかしなきゃダメだと思うわ」


そう、正面からはっきりと弥生は言った。
優しい割に容赦のない物言いに、真里は首をかしげる。何を言われているのか、まるでわかっていないといった風に。


「格好?」


真里は確かに美人であったが、己の容姿に無頓着なところがあった。

スカーフは緩みシワが寄っており、制服に小さなゴミが付いていても気にしない。

質の良い髪も、髪型を作るのが面倒だという理由だけで、常に一つにまとめている手抜き具合である。その他、細かいところをあげれば切りがない。

なんにしても、そういった手抜きが真里の魅力を半減させている事実は否めないのだ。


「えーそこまでするのー」

「反対に、そのぐーたら具合でよく告白しようと思ったわね。モテたいなら、身だしなみくらいはきちんとしなさい。でも真里がモテない一番の理由はね……」

「一番の理由は?」


グッと真里は弥生に顔を近づけて、尋ねる。
そのタイミングで、


ガラガラガラガラ



出入口の扉が開き、部員の一人である少女が入って来た。


「真里、おつかれ~~!!
ねぇねぇ、新しい同人誌手に入ったんだけどさ、ちょっと一緒に見ようよ!!
新作のカルテト本!!真里、めっちゃ気に入ると思うよ!!」


満面の笑みを浮かべ、なんともハイテンションな少女。

彼女の名前は、三木谷萌(みきたにもえ)
真里と同じくテトを愛する、さっぱりとした性格の、妹顔の生徒だ。
彼女の手には、見知った店で使われている袋があった。

真里は目ざとく、その袋をロックオンする。


「えっ?萌、アニメット行ってきたんだ!!見る見る♪」


さっきまでの暗い雰囲気はどこへやら?
真里は、萌がカバンから本を取り出し机の上に広げる様子を、目をキラキラと輝かせて眺めていた。


「じゃあ、開くよ~!ジャジャーン!!」


既に開くページは決まっていたのだろう。
萌は本に指を差し込み、一気に広げると、

そこには、先ほどのテトというキャラクターが、
別の男性キャラクターに熱く口付けをされているイラストが掲載されていた。

一瞬、真里は動きを完全に止めた。
それからすぅううううと大きく息を吸い、体内にエネルギーを取り込む。
そう、“萌え”という名のエネルギーを。


「や……やばい……これは……フヘ……フヘヘ………鼻血出そう……。
デュフフ……デュフフフフフ………尊(とおと)みがやばみすぎる……」



真里が気味の悪い笑い方を始める。
ニタニタとしていて、とても厭らしい表情だ。
百年の恋も冷めてしまうような変貌ぶりである。

熱っぽい眼差しが、一身にテトへと注がれている。今、彼女の瞳に映るのはテト一人きりである。
否。
今回ばかりはテトと共に描かれているキャラクターにも、真里の熱い眼差しは注がれていた。


萌が持ち込んだ同人誌。
これはいわゆるBL本と呼ばれる男同士の恋愛を描いた二次創作本であった。

つまり、男同士がアレしてコレして、あんなことやこんなことになって、ニャンニャコする創作物である。


「カルテトって、正義だと思う……」


頬を赤く染め、真里は熱い吐息と共に呟く。

テト共に描かれていたのは、カールと呼ばれるキャラクターである。
真里が熱く見つめる先には、テトと彼がキスをしている絵が掲載されていた。
もちろん、健全な少年誌でしかない本誌で、このような設定や描写はない。

彼女たちが手にしているのは、あくまでもファンが、一流の妄想力を持って設定をし、描き出したものであった。


「カルテトの結婚式に出たい……」

「赤ちゃんが生まれたら出産祝いを送りたい……」


などと、真里と萌ははしゃぐ。
まるで現実味を帯びていないことを、いつか実現するかのように。

同人誌を見つめキャーキャー叫ぶ二人の様子を見ながら、ふっくらとした指先で額を押さえながら、弥生はため息を落す。

黙ってさえいれば、美人なのに。
もう少しオシャレに目を向ければ、さらに磨きがかかるのに。
どうして、そんなにも残念なのか、と。


(真里……あなたがモテない理由は……それよ……)


真里には当然聞こえないが、弥生は心の中で指摘する。


一ノ瀬真里は、いわゆる【腐女子(ふじょし)】と呼ばれる存在だった。

男性同士の恋愛をこよなく好み、またまるで恋愛感情がなくとも、隙間にあるわずかな友愛関係からも恋愛へと関係を発展させることのできる、特殊能力の持ち主である。

男子が二人いれば、そこには必ず恋愛が生まれる。
生まれないなら、作ってみせる。

それが、腐女子という生き物である。


「やばい……いいね……萌、ちゃんとこれ二冊買ってきた?」

「あったり前じゃーん♪帰って好きなだけ使っていいよ♪」

「あざーっす♪やっば……濡れてきた……ウェヒヒヒ……」


ご機嫌な真里は、萌に報酬を払うと、戦利品をカバンへと収納した。


この会話からも分かるように、真里はただの腐女子ではない。

お気に入りのテト受け本(テトが男に愛される系の本)があると、それを見て夜な夜な自慰に耽ったり、リアルでも、中性的な男性が他の男性と仲良くしているのを見ると、妄想を始めてしまうような……重度の腐女子であった。

本人は教室では大人しい美人で通っていると思い込んでいるが、妄想している時の仕草や表情から、その性癖は駄々漏れである。

美人だが残念すぎる……というのが、他の生徒たちの真里に対する印象だった。
ごく一般的な男子生たちが恋愛対象として真里を見るには、多少荷が重い。


「テト受け萌えぇええええええええ!!!」


真里の鳴き声は部室内に響き渡り、部室の外……廊下の向こう側では、なんの罪もない生徒がビクリ!と、身体を震わせていることを……誰も気づかなかった。




※※※



「へぇ~真里、ついに桐越先輩に告白したんだ~。前から色々妄想してたもんね」


話を聞いて、萌はひゅうと音の鳴らない口笛を鳴らす。


「もういいの、妄想は止める。私はこれからテト一筋でいくんだから」


三次元よりも二次元に生きると、真里は遠い目をして微笑む。


「てかさー真里。桐越先輩、彼女いるけど、それでも告白したの?」

「えっ?ウソッ!!?」


驚き、大きな声を出す。
遠い目をしている場合ではないようだ。
彼女がいるなんて、聞いていない。


「って……いないわけないよね~……そっか~……いたんだ~……」


……彼女か。
彼氏ならば、少しくらいは救われるのに、などと真里は舌を打つ。
胸の奥が、チクチクと痛んだ。


「え~……知らなかったんだ。あっきれた。いつも桐越先輩のこと気にしてたから、
知ってて、なお好きでいるんだと思ってた」

「知らんかったよぉおお。そっかぁ……彼女いるんなら、振られて当然だよね……。
……うう、桐越先輩の彼女ってどんな人なんだろう……?」


真里の言葉に、萌は顎に指を当て、目を上にして思い出そうとした。


「えっとね、たしか同じ三年の藤崎先輩だったと思うよ。ほら、テニス部の」

「藤崎先輩………」


真里はまた気怠そうな感じに戻り、ぐったりと机に片頬を押し付けた。
ひんやりとした机が、心地よい。

テニス部の藤崎といえば、藤崎直美のことだろう。
彼女を頭に思い浮かべ、咄嗟に勝てないと真里は判断していた。
明るくて活発でスポーツ万能で……


「真里とは正反対の性格だよね。
明るくて、活発で、スポーツ万能で、まさに太陽って感じ♪」


自分でも思っていたことを、追い打ちをかけるように萌は口にして追い打ちをかけてくる。萌に対する友情が決壊寸前である。

真里は、机に胸を押し付けたまま少しだけ顔を上げて、恨めし気に萌を見る。


「それじゃあ、まるで私が暗くて元気がなくて、ジメジメしてて、影みたいじゃないのよ……まぁ、合ってるけどさ……」


自信をなくして、ジメジメと真里は呟く。
何せ、己が喪女である自覚くらいはあるのだ。


「藤崎先輩は確かに美人だけど、真里も美人なんだからさ~いつもみんなの前で、誰受け誰攻め議論や、デュフフフフ……とか、やべっ鼻血出るわっとか言わなきゃ、モテると思うよ~」

「みんなの前でそんなことしてない~」


まったく意味が分からないと真里が眉間にシワを寄せると、呆れたような視線が返って来た。その中に、若干の憐みも入っている。


「うんや、真里は気づいてないかもしれないけど、してるんよ。
ま、もう浸透しちゃってるから、今更イメージチェンジってのも、無理だろうね……」

「むー…………」


そこで、今まで蚊帳の外にいた弥生が口を開いた。


「真里はね。たしかに藤崎先輩のような太陽にはなれないかもしれないけど、
真里には真里の良さがあるんだから、太陽にはなれなくても月にはなれるかもよ?」

「やよい~~~~!!私の心の友よ~~~~~!!」


優しい弥生の言葉に、感動して抱き付く真里。
そんなこんなで、その日は雑談と真里の慰め会をしながら、漫画研究部の時間は過ぎていった。



※※※



その日の夜……


「ぁ……んっ……ふぅ……ぁぁ……」


どこにでもある平凡な住宅街。
並びの家屋の明かりも消え、辺りも静まり返った頃。

ごく一般的な一軒家の二階の一室からくぐもった真里の声が密やかに響く。

女の子らしい内装ではあるものの、壁一面に二次元のテトのポスターが貼られ、
ガラス戸の付いている白い棚には、同じくテトのフィギュアが並べられていた。


暗い部屋で、小さなライトスタンドの明かりが、新品の薄い本を照らしている。


「はぁ………テトぉ…………」


囁く声には、濡れた熱が込められている。

パジャマの下と、ショーツを脱ぎ、シャツのボタンを外している真里は、指先で、自らの乳首を優しく撫でていた。

“おかず”となっている薄い本には、体格の良い男性キャラから、テトが背中から抱きしめられて、乳首をいじられているシーンが載っている。

テトの桃色の乳首が腫れあがり、キュンと固く尖っているのがたまらない。
絵師が大当たりで、素晴らしく萌えてエロい。


「テト……男の子なのに……乳首いじられて……気持ちいいの……?」


真里はテトと自分を重ね合わせ、快感を共有するかのように、自慰行為に耽っていた。
家族に聞こえないように声を抑えてはいるものの、乱れる吐息を隠すことはできない。


乳首を撫でる手とは別のもう一方の手で、ページを捲る。

次のページには、白くまろやかな尻肉を左右に押し広げられ、普段は決して外気に触れることのない秘孔に、カールの肉棒を咥えているテトの姿があった。
シワ一つない、限界まで広げられた秘孔は苦しげに、だけどそれ以上に、美味しそう根元まで咥えこんでいる。
カールの手は前に回り、限界を訴えてヒクヒクと先端を喘がせながら、先走りの液体を涙のように流すちんちんを、弄りまくっている。

作家の画力と構成の素晴らしさのおかげで、頭の奥がジンジンとしびれるほどに、官能的だった。

エッチで、いやらしい……テト。

真里は乳首を撫でるのを止めて、
濡れ濡れになった、秘貝に指を添え、軽く擦り始めた。
テトにはあるものが、自分にはないので、代理であるクリトリスに触れる。

男の子は、アレを触られたら……本当は、どんなに気持ちがいいんだろう。
女の身では決して知ることのない悦楽に、もどかしくて、腰の奥が疼く。

濡れ始めた秘孔は未だ純潔を守っているゆえに、指の侵入をなかなか許すことはない。
それでも、神経をビリビリと刺激するほどの悦楽を得られる。


「あぁっ……テトぉ…………ちんちん………気持ちいいね…………」


真里はまるで漫画のキャラクターになりきったかのように、テトと同じ動作を繰り返した。快楽に集中するにつれ、ページを捲ることができなくなり、一番興奮するイラストでページを固定する。


なろう挿絵-黒百合



乱れる吐息。
高まる体温で、全身がしっとりと汗ばんでくる。


「んん……!」


快楽を得やすいように、我知らず真里は足を左右に開く。絶頂が近づき、太ももに力が入って行く。ビクビクと背中を震わせながら、真里は法楽(ほうらく)に身を委ねる。

そして自身に限界が見えてきたところで、
目を閉じ毛布の中で包まって、クリトリスを集中的にいじり始めた。


(あっ……気持ちいい………)


真里はそこで想像する対象をテトから誠に置き換えた。
憧れの桐越先輩……
想像の中の誠は真里に優しく微笑んでいた。


(あぁっ!!せんぱっ……先輩っ!!)


誠を想像することによって、真里の快感がより一層大きくなる。


「はぁっはぁっ!はぁはぁはぁはぁっ!」


真里は息を荒くして、自分を高みへと追い詰めた。
そして、限界まで自分を追い込むと……


「桐越先輩っ!!好きっっっっ♡♡」


ビクビクビクッ―――――――――――――



左右に広げた足の指が、きゅうっと丸まる。
肢体をピクピクと痙攣させながら、誠への思いを告げて絶頂した。


※※※



(あっ……今日、振られたんだっけ……)


余韻に浸りながらも、ぼんやりと誠のことを思い出す。

乱れた衣服のまま、ベッドに身体を投げ出す。しっとりと上気したままの肉体は熱を保っている。
ベッドはわずかに汗で濡れていた。

枕に頭を乗せ、仰向けで眠る真里の目に再び涙が浮かんだ。

真里はこれまでずっと誠のことを思い続けてきた。

快楽を貪っていた時は忘れていた切なさが、胸に戻ってくる。

自慰の時は、いつも誠のことを思いながら絶頂していたために、習慣として今日もしてしまったのである。

テトのことは大好きだ。萌えまくれる。
それでもやはり、誠は特別だったのだ。


(はぁ…………振った相手のことを思ってオナニーしちゃうなんて、
私はなんて情けないんだろう……)


同人誌に映るテトのイラスト。
中性的で女性のように美しく、優しい雰囲気。

テトは誠と見た目が瓜二つだった。

真里は高校に入ってすぐに誠に一目惚れをして、それから、〇〇教室のテトを好きになっていたため、真里のテト好きは、誠が元だったのである。

誠以上にテトが好きだなんて、嘘だ。
自分を誤魔化したに過ぎない。

それまでずっと奥手だった真里は、
遠くから誠のことを眺めていることしかできなかった。

誠のことになると、恥ずかしくなり、話をそらしてしまうため、誠が直美と付き合っているという情報も入ってこなかったのだ。

知りたくなかったから、知らなかった。

真里がテトを好きになったのも、
近づくことができない誠という存在への、代わりだったのかもしれない。


(告白なんてしなきゃ良かったな……)


弥生と萌の前では、おどけていた真里であったが、今日の出来事は、思いのほか大きな傷となっていた。

テトを見ると誠のことを思い出してしまう。
かといって、今更テト好きは止められない。

そして、テトが好きなように、
誠のことが好きな気持ちもすぐに止められるものではなかった。


(こういうのを忘れるには時間が必要だよね……)


そう思い、涙を拭き気持ちを切り変えると、真里は本を閉じ、スタンドの明かりを消して眠りについた。

Part.42 【 コミケの帰り道 】


「よっしゃぁぁ!! 大漁じゃ~~~!!」


大きめの手提げ袋を掲げて真里が吠える。

この日、真里は同じ漫画研究部の弥生と萌と共に、
コミックマーケット1020に参加していた。

コミケ公式の紙袋を使用している人もいるが、
心配性な真里は、強く引っ張っても破けないコットン製の手提げ袋を持参していた。

大切な同人誌に万が一のことがあってはならない。

その思いから用意された愛用の袋には、
真里お気に入りの同人誌がどっさりと収納されていた。


「ふっふっふ……諸君……私のこの宝の山を見せてあげようか?」


弥生と萌に向かって、真里が戦利品の公開をしたがっている。


「ほう……その様子では、お目当てのテトグッズを手に入れることが出来たようだね。真里君」


真里のテンションに合わせて萌が答える。


「もちろんですよ。このために一体どれほどバイトをしたことか……
それもこれも、テト本と特製テトフィギュアを買うため……」

「真里……喜ぶのは良いけど、戦利品の見せ合いは後からにした方がいいわよ。
まもなく着替えを終えて、まどマジのコスプレ撮影会が始まる時間よ」

「はぅ……そうでした……直ちに現場に急行します」


冷静な弥生に促され、まどマジの撮影に向かう真里。
肩からは、これまた愛用のNikanのカメラD1050をぶら下げている。

国産の有名カメラメーカーNikan。
そのメーカーが出す上位モデルがD1050だ。価格はざっと〇〇万円する。

高校生が持つには、かなり高額なカメラであるが、
元々カメラとイラストが趣味の真里は、どうしてもこのカメラを手にいれたかった。

そして、たまたまフリーマーケットで、型落ち品が安価で売られているのを見つけ、衝動買いしてしまったのだ。

重いカバンと重いカメラ、少し重装備であるが、早歩きで現場へ向かう三人。
コミケでは走ってはならないのがマナーだ。

現場に到着し、目当てのコスプレイヤーを発見する真里。


「いたぁ! まどマジの〇〇さんだ!
ヤバイ……クオリティ高すぎて……まさに神降臨って感じ!」


真里は、魔法少女のコスプレをしている女性に撮影許可を貰うと、
他の男性陣に混じって写真を撮り始めた。

光の当たり具合、影の付き方、ポーズなど、
洗練された感覚で撮影された写真は、コミケの宣伝として使用しても申し分ない出来であった。

そうして撮影を終えた真里に、萌が提案する。


「ねぇねぇ、真里は撮るの好きだけど、自分がコスプレするのはどうなの?
真里だったら、うろ剣の雪村巴なんか似合いそうだけどな~」


うろ剣とは、100年ほど前の文明開化の時代を舞台とした少年漫画のことだ。
雪村巴とは、真里と同じく冷たい雪のような和風美人で、準ヒロイン的役割のキャラクターであった。


「私はそういうの無理――
コスプレっていうのは、役に成り切らなきゃいけないし、
そもそも大勢の人に撮影されるなんて無理無理」

「ふーん……勿体ないなぁ……」


弥生が何か見つけたようで、二人に声をかける。


「あ、あそこにテトがいたわよ!」

「えっ!? どれどれ!?」


テト好きの二人が目を輝かせる
弥生の指さした方角へ、即座に向かう。



※※※



テトのいる場所に到着する三人。
遠目で見た時はしっかりとテトに見えていたのだが……


「……………………」

「……………………」


そこには、テトではあるが、
体型と顔が、本来のテトとはかけ離れたコスプレイヤーがいた。
衣装も、かろうじてテトだと分かる程度のクオリティだ。


「……………あぁ、テトだね」

「うん…………テトだね」


真顔でテトらしきものを見つめる二人。


(まぁ、普通はこうだよね。まどマジの〇〇さんがレベルが高すぎるだけ……
でもテト好きとしては、やっぱりもっとクオリティ高くして欲しかったな……)


表情も変えず、ぼんやりと考え事をする真里。
同じく、テト好きの萌が口を開く。


「はぁ………もうちょっと頑張れたと思うんだよね、あの人……。
でもやっぱり元の素材って大事だよね。
もし、桐越先輩がテトのコスプレしたらどんな感じになるんだろうね?」

「ふぁっ!?」


途端に真里の脳内のレイアウトが切り替わる。

テトのコスプレをした誠。

想像の窓枠に赤と白の花を添えて、ポーズを取った誠の姿に、真里は心を鷲掴みにされた。


「ふぇぇぇぇ……デュフフ……デュフフフフフフ……
テト……先輩……デュフフフフフフフ……」

「それ禁句よ、萌。こうなったらしばらく真里は帰ってこないわよ。
禁断のデュフフフも始まっちゃったし……」


弥生が苦い顔をしながら、真里を見つめる。


「あっ! ホントだ……ごめーん、真里」

「真里は良いわよ。今頃きっとお花畑よ。
大変なのはこの子の介護をしなきゃいけない私達の方よ……」

「ひゃーーーーー!!」


コミケはただでさえ体力が要る戦場だ。
ましてや仲間の一人がこのように再起不能ともなれば、
他のメンバー達にかかる負担は大きい。

萌は、思わず口走ってしまった言葉を後悔した。



※※※



空に赤みが差し込み。
一日の終わりが近づき始めた頃。

繁華街にて、トボトボと家路へと向かう真里の姿があった。



なろう挿絵-黒百合



あの後、一時間は弥生も萌も真里の介護をしてくれていたのだが、
さすがに二人とも目当てのグッズを諦めるわけにはいかず、途中から真里を見捨てて行ってしまった。


「すまない、真里。私達にも譲ることのできないグッズがあるのだよ。アディオス!」


真里が再び目を覚ましたのは、コミケの片づけが始まり、係員に呼びかけられた時であった。

幸運なことに、真里の戦利品は奪われることもなく……
[正確に言うと、危なそうな人だったので誰も近づかなかっただけなのだが……]
真里は無事に帰途に就くことができた。

その後二人にLINEを送ったのだが、荷物が多いので帰ると返事が来ただけだった。


(弥生も萌もひっどーい……私を見捨てて行っちゃうなんて……
でもまぁ、私も反対の立場だったら、同じことするかもな……)


そんな風に考えながら、駅に向かって繁華街を歩いていると、
二人組の男性に話しかけられた。


「君、可愛いねー。これからどこ行くの~?」


ハッとして真里が振り返ると、髪を金や茶に染めたチャラそうな男が二人いた。


「い……いえ……別に、これから帰るところです……」

「えっ? そうなんだ! じゃあ俺たちとどっか遊びに行こうよ!
まだ明るいしオイスターの美味しい店知ってるんだけど、一緒に行かない?」

「オ……オイスター……興味ないんで……遠慮しときます……」


真里は、こういったチャラい系の男性が苦手だった。
力も強そうで、若干怖いのもあった。


「荷物重そうだね。俺が持ってあげるよ」


そう言い、茶髪の男が真里の持っている戦利品に手をかける。
不意を突かれた真里は、そのまま手提げ袋を奪われてしまった。


「だっ……大丈夫です! じ……自分で持てますからっ返してくださいっ!」

「ハハハ、気にしなくていいよ~結構重いね。何入ってるの?
こんなのずっと持ち続けたら、肩外れちゃうよ~?」

「だ…ダメです。それ大切な物なんです。お願いです……返してっ」

「俺たちに付き合ってくれたらイイよ~
ちょっとそこにバーがあるから、一緒に飲みに行こ~よ、ねっ!」


男が路地裏のバーを指さす。
いかにも怪しげなお店で、中に入ったら何をされるかわからない。
真里は不安と恐怖でいっぱいだった。


「ちょっと、あんた達何してるの? その子、怖がってるじゃん」


真里の背後から若い女性の声が聞こえる。
声のする方向を振り返ると、そこに見覚えのある女性の姿があった。



真里と同じ高校の先輩、藤崎直美だ。

Part.43 【 誤解 】

繁華街の歩行者専用道路。


夕方になり、飲み客が増えてきたのか、
同時にガラの悪い人の姿もチラホラと見られるようになってきた。

子供が歩くには、あまり治安の良くない場所。
そんな場所で、高校生の少女二人と大人の男性二人組が何やら揉め事を起こしていた。


「もう一回言うけど、その子を囲んで何してるの?」


持っているカバンを地面に落とし、じっと男二人を睨みつける直美。


「いやぁ~~何って、俺たちはただこの子と仲良くしようとしてただけだよ?
君もこの子に負けず劣らずカワイイじゃん! 4人で飲み行こうぜ?」


ヘラヘラしながら男が言う。
直美は、男の指さすバーを無表情に見つめた。
路地の並びには生ゴミの入ったごみ箱が4つ並び、ハエが集っているのが見える。
それだけでそのお店があまり人の来ないお店だということがわかった。

険しい表情の直美。学校ではあまり見せないその顔に、真里は少し驚いていた。


「あんな店、ぜーんぜん興味ないし、良いからその子離してどっか行って」

「そー言わずによー
へへへ……ツンデレな子を、素直にさせる時が一番楽しいんだよな~」


男がノソノソと近づき、直美の肩に手を置こうとする。
その瞬間、直美は男の服を掴み、引き倒してしまった。


「ぶぅっほぉっ……何しやがる……いてぇじゃねぇか」

「汚い手で触んないで……いい加減にしないとホント怒るよ」

「てめぇ、汚ねぇ手だと!? いい加減にするのはてめぇの方だ」


突然態度を変え、掴みかかろうとする男。

直美は男の腕に手をまわし肩に手を当てると、
そのまま相手の勢いを利用して、地面にねじ伏せてしまった。


「いででででででで!!!! は……離せ! 離しやがれっ!!」

「痛い? だったら、彼女の荷物を返して」


直美の行動に、道行く人の注目が集まっている。
仲間の男は、居心地が悪くなって、真里にコミケの戦利品を返した。

それを見て、直美も男のことを解放する。


「おい、注目され過ぎだ。行くぞ」

「くっそ……わかったよ」


そう言い、男達は足早にその場を立ち去っていった。



※※※



「ありがとうございます!」


真里は感動していた。
まさかこんな風に自分を助けてくれる人がいるなんて……

直美の行動を真里は素直にカッコイイと思った。


「ここナンパが多いからね。一人で歩いていると危ないよ」

「そうですよね……私もうっかりしてました……
あの……すみませんが……藤崎先輩ですよね……?」

「えっ!? あたしのこと知ってるの?」

「えぇ……私、同じ学校の一年下の一ノ瀬真里と言います」

「同じ学校だったんだ~! すごーい偶然~♪」


さっきまでの険しい表情とは違い、
直美はいつもの元気で明るい感じへと戻っていた。


「あの……藤崎先輩。何かお礼させてくれませんか?
そこの十字路を右に曲がったところに、
テレビで宣伝された美味しいワッフルが食べられるお店があるんです。
そのお店でご馳走させてくれませんか?」

「ワッフル!? いいの~? ラッキー♪」


真里の誘いは、甘い物好きな直美には願ってもない話だった。



※※※



喫茶店の椅子に向かい合わせに座り、ワッフルを注文する二人。

店員がいなくなると、
直美は真里の隣の椅子に乗っている大きな手提げ袋に注目していた。


「すごい大きな袋だね。中に何が入ってるの?」


そう言い、サンタのプレゼント袋に興味を持つように、真里の荷物を見つめていた。

直美のその反応に、気まずそうにする真里。


(まさか中にBL本が入っているなんて言えない……)


かといって、お礼をしている身で、直美の希望に応えないなんて、
許されることなのだろうか?と真里は考えていた。


「ねぇ、教えて~真里ちゃん~中に何が入ってるの~?」


真里は袋の中に入れた本の配置を思い出していた。

真里はいざという時のために、NL本を袋の入口に置く習慣があった。
《※NL本=Normal Loveの略。普通の男女の恋愛物の同人誌》

万が一、中身がこぼれるような事態になっても、
NL本が一番上にあれば、誰かに見られてもダメージは少ないと考えたのだ。


「ええっと、ただの漫画ですよ。恋愛物なのでちょっと見せにくいのですが…」

「漫画なんだ~! あたしも漫画大好きだよ♪ 真里ちゃんはどんな漫画読むの?
ちょっと見せてもらってもいい?」


漫画と聞いて喜ぶ直美。
直美が好きな漫画は、普通に単行本などを出している一般的な漫画本であった。

まさか真里がそんないかがわしいR18指定のBL本を、
大量に袋に隠し持ってるなどとは夢にも思わないだろう。

覚悟を決めた真里は袋を開き一番上のNL本を取り出した。


「はい、ちょっと恥ずかしいですが……」


そう言って同人誌を直美に手渡す。


「あ~!これ知ってる。めずん一国だよね。
あれ? でも絵が少し違うような気がする」

「これは、めずん一国のファンが書いた漫画なんです。
原作では結ばれなかったキャラ同士が、結ばれるパターンを描いた本なんですよ」

「ええー! そうなんだ~! すごーい、なんかそれ聞いただけでも面白そう!!」


直美はニコニコしながら、真里から受け取った同人誌を読み進めていった。


(……良かった。あれはそんなに性描写の激しいものじゃないから、
きっと普通の漫画本だと思ってもらえるはず……)


特にこういう時のために、買ったというわけではないのだが、
真里は自分の袋詰めの習慣に感謝していた。


「おまたせしましたー」


そこで店員がワッフルを持ってやってきた。


「おおっ、すごーい! おいしそー♡」


高級そうなお皿の上に乗せられた本格派のワッフル。
ここは本場ペルギーの焼き立てのワッフルを出すお店で有名だった。

外はカリカリ、中は蕩けるほどジューシーな生地が詰まっており、
少しビターテイストのチョコレートと、甘さ控えめの手作りクリーム、
自家栽培で作ったミントが添えられた、まさにこだわりのワッフルだ。

二人はそのワッフルの美しさに目を奪われていた。


「あ、真里ちゃん。これ汚すとまずいから一旦返すね」


そう言って直美は、先ほどの同人誌を手渡した。

真里はそれを袋の中にしまい、そのまま隣の椅子の置こうとしたのだが、置いた位置が悪かったのか、椅子から落ちそうになってしまった。


(………あぶない!!)


瞬間的な速さで真里が手提げ袋の紐の部分を掴む。
真里の判断が早かったおかげで、袋は落ちずに済んだ。

また落ちそうになっても面倒なので、
真里は袋を椅子には乗せずに、床に置いておくことにした。


「おーいしーい♡」


あまりのワッフルの美味しさに、大喜びの二人。
そのワッフルの良いところを互いに褒め讃え合う。


真里はこの時気づいていなかった。


先ほど、袋が落ちそうになった際に、
中の同人誌の位置が変わってしまったことに……



※※※



「ハァーー美味しかった! こんなに美味しいワッフル食べたの初めて♡
ありがとう、真里ちゃん」

「いえいえ、私もここのワッフルがこんなに美味しいだなんて思いませんでした。
直美さんに助けていただいたおかげで食べる機会が出来て良かったです」


食後の紅茶をすすり、和やかに話し込む二人。


「そういえば、さっきの漫画また読みたいな。取ってもらってもいい?」

「あ、良いですよ」


そう言って、真里はろくに中身も確認せずに、同人誌を直美に渡してしまった。

ワッフルの印象が強すぎて、先ほど袋が落ちかけた記憶など、とうに消されてしまっていた。


「ありがと~……んっ?」


直美はそれがさっきの漫画とは別のものだと、すぐに気が付いた。

しかし、その表紙があまりにも直美にとって気になるものだったため、そのまま読み始めてしまった。


(こ……これは……!!)


真里はマジマジと漫画を読み進める直美の姿を見ていた。

直美が手にしている漫画の表紙を見る。

めずん一国のキャラクターが見えるはずだ。
真里はじっと、めずんのキャラを探していたのだが、なかなか見つからない。


(あれ……? おかしいな……めずん一国にこんなカラー使われていたかな?)


めずんは、ほのぼの系の漫画なので、そんなに彩度の高い色は使われていないはず……しかしそこには赤や黒、ピンクなどが使われており、キャラクターも、どちらかと言えば萌え絵的な感じだ。

そこで真里は気づいた。


(ちがう……これ……めずん一国の同人誌じゃない……!)


直美はその同人誌を食い入るように見ていた。
自分の今まで知らなかった世界を目の当たりにして少し興奮気味だ。


「ふ……藤崎せんぱっ……その本は…………」


※※※



真里の袋詰めには、自然に出来たルールがある。
それは、BL:GL:NLの比率がそれぞれ約7:2:1であることだ。

袋の深層に進むほど、より過激な描写のBL本が埋まっている。
最底辺には、その日一番のBL本をしまっておくのが通例だ。

そして先ほど説明したように、
袋の入口には、誰に見せても大丈夫なようにNL本が置いてある。

そしてBL本とNL本の間に挟まっているのが【GL本】だ。


真里が好みとするカップリングのパターンは大きく分けて三つあった。

①単純に男×男が好きなパターン
②お気に入りのキャラ同士がカップリングするパターン。
③同じキャラ同士でしてるパターン の3種類だ。

GLについては、このうちの②が当てはまる。

真里にはレズっ気は全くないが、
お気に入りの女性キャラ同士がしているパターンも、
お菓子を啄(ついば)む程度には、好きだったのである。
もちろん主食は①であるのだが……


「真里ちゃん……これ何て言う漫画なの……?」


直美が静かに真里に質問する。


「それは……その漫画は……まどマジの百合本です………」

「この漫画すごいね……女の子同士でこんなことやあんなことしてる……」

「そう……そうなんです……」

「真里ちゃん、こういうの好きなの………」

「あ……あ……あ……あ……少しだけ……」


見られてしまった以上、真里は諦めるしかなかった。
ここで変な言い訳をしても、余計見苦しいだけだ。

藤崎先輩には、今後そういう趣味の人と思われてしまうだろう。
しかしそれは腐女子の宿命。真里は己の運命を受け入れることにした。


「あ~~~面白かった!
こういう漫画があるなんて全然知らなかった」

「へっ?」


軽蔑されるかと思っていた真里は、予想外の直美の反応に驚いた。


「藤崎先輩……それを読んで何とも思わないんですか……?」

「うん、思ったよ。あたしこういう漫画好きかも?」

「ええっ!?」


昔の直美だったら、真里の予想していた通り「気持ち悪い」という印象を持ってしまっていただろう。

だが、この時期の直美は既に恭子の催眠術によって、
女同士の恋愛やスキンシップに肯定的なイメージを持つように変えられてしまっていた。

直美、高校三年の一学期。
ちょうど恭子と勉強会を開き、レズ動画を見て下着を濡らし始めた頃だ。


(BLとかGLって嫌悪感抱く人多いんだけど、
藤崎先輩、こういう同性同士のカップリング物、平気なんだ……)


「そうだったんですね……
私、こういうのあんまり人から受けいれてもらったことなくて……
藤崎先輩がそういうの平気だって聞けて嬉しいです」

「うん、平気だよ。真里ちゃんもこういうの好きだったんだね。
あ、あと、あたしのこと藤崎先輩じゃなくて、直美って呼んでいいよ。
あんまり先輩って柄じゃないしさ」

「わかりました! では、直美さんって呼ばせてもらいますね!」



※※※



先ほどのお店を出て、駅前に到着する二人。
既に辺りは暗くなり、自宅へと帰るサラリーマンが行き交っていた。


「直美さん、駅まで送っていただいてありがとうございます」

「ううん、あたしもここの駅で電車乗るつもりだったから、たまたまなんだけどね。
でも、今度からはあそこ通る時は気を付けてね」

「はい、わかりました。またオススメの本があったら紹介しますね」

「うん、楽しみにしてるね!」


そうして二人は別れた。


[ドアが閉まります。 まもなく発車します。]
シューーー………ガタンガタン……ガタンガタン……


行先の違う電車に乗りながら、二人は別々のことを考えていた。


(直美さん、すごく良い人だったな……。

桐越先輩の彼女……。

似た者同士は惹かれ合うっていうけど、ホントにそう。
面白いし、一緒にいて楽しいし、私なんかじゃとても敵わないや……)


真里は直美と一緒に過ごせて楽しかったが、
同時に自分との格の差を見せつけられたような気がして、少し落ち込んでいた。



※※※



もう一方の直美は……


(年頃の女の子が同性に惹かれるのは、よくあることらしいけど本当なんだな~
あんな顔してるけど、真里ちゃん、女の子好きだったんだ~)


直美の中で大きな誤解が生じていた。


真里は単に読み物としてのGLやBLを好きだと言ったのに対して、
直美は、真里を同性の女の子が好きな子だと勘違いしてしまったのである。

これは真里が普段から同人誌に触れ過ぎてしまい、
GLとBLを一括りにしてしまっていることが原因だった。


これ以降、真里は直美から同性愛者だと思われ続けることになる。


この誤解が後に大変な結果をもたらすことになるのだが、
この時の真里は直美に誤解されていることにも気づかないのであった。

Part.44 【 雨の日の思い出 】

季節も夏に差し掛かろうとするある日のことである。

その日は風がとても強く、
雲行きもだんだんと怪しくなり始めていた。

ポツ……ポツっと、最初は小さな水の音が軽いリズムを取っているだけだったが、次第にそれは滝の音のように持続的なものへと変っていった。


ザザッーーーーーーーーーー!!


学校の帰り道、真里は突然の大雨に気づいて、
猛ダッシュで、屋根が歩道に突き出ている建物を目指していた。


タッタッタッタ、タッタッタッタ……


「ふぅ………だいぶ濡れちゃったな………」


屋根下に潜り、服についた水滴を払う。
そしてポケットからハンカチを取り出すと、濡れた髪や身体を拭き始めた。

拭きながら屋根を見る。
赤とオレンジのチェック柄の模様。
防水性の布で出来た古びた屋根は、ボロボロではあるがこの雨を凌ぐには十分な強度と広さを保っていた。

以前は酒屋を営業していたのだろうか?
ガラス戸には閉店と書かれた紙がセロハンで貼られ、
店の床には空き瓶が転がっている。

真里は視点を変えて近くの建物を見た。

ここ以外に雨宿りできそうな場所はないようだ。
傘を持っていない真里は、雨が治まるのを待たなければならなかった。


(はぁ……ついてないなぁ……今日の天気予報、
降水確率5%っていうから、傘持ってこなかったっていうのに……)


とはいえ、100%天気予報があたるとは真里も思っていない。
単なる愚痴である。


トゥルルルルル♪トゥルルルルル♪


「あっ、もしもしおかーさん?
なんか急に雨降ってきちゃってさ、車で迎えに来れないかな? 
今、なんとか町のなんとかって所にいるんだけど……
えっ? 今日町内会の会合があるからいけない? そっか~……
わかった、じゃあ自分で帰ることにする。
え? うん、大丈夫。風邪ひかないよう気を付けるね」



※※※



じーっと雨を眺めていると、雨の音に混じって女の子の声が聞こえてきた。


「えぇ~~ん、うぇ~~ん、おかあーさーん」


音の鳴る方をじっと眺めていると、
奥の歩道から子供がずぶ濡れになりながらも、
こちらに向かって歩いてくるのが見えた。


(あ、可哀想……どうしたんだろう? お母さんとはぐれちゃったのかな?)


そう思い見ていると、女の子が近くまで来たので、
声をかけ屋根下へと迎え入れることにした。

持っているハンカチで、女の子の身体を拭いてあげる。
そして制服を一枚脱ぐと、女の子が身体を冷やさないようにかけてあげた。


「大丈夫? 寒くない? こんなところで一人でどうしたの?」

「えっぐ、えっぐ……あのね……」


聞けば女の子は、少し前に母親と買い物をしていたのだが、
スーパーの中ではぐれてしまったそうなのだ。

帰り道を覚えていた女の子は、自分で帰ろうとしたのだが、
大雨が降ってきて方向がわからなくなり、結果、迷子になってしまったというわけだ。


「そっか~じゃあお姉さんが一緒にお母さんのこと探してあげるよ。
だから泣かないで、大丈夫だから」


しかし、この大雨だ。
女の子はまだ小さいし、あんまり長いこと雨に打たれると体を壊してしまうかもしれない。

真里は、ひとまず雨が和らぐのを待つことにした。


「とりあえず、今出てもまた濡れちゃうから、雨が緩くなるまでここで待とうか。あなたお名前はなんていうの?」

「……○子」

「へぇー○子ちゃんって言うんだ。
良い名前だね! ○子ちゃんはよく見てるアニメとか見る?」


女の子が不安にならないよう話題を振ってあげる。
初めは泣いていた女の子だったが、次第に表情もほころび笑顔が戻ってきた。


「へぇ~そうなんだ~!! 〇子ちゃんはお母さんのお手伝いして偉いね」

「うんっ♪ 〇子ちゃん偉いの♪」

「あれ? 君たちここで何をしてるの?」


子供のことをあやしていると、通りがかりの男性に声を掛けられた。

どこかで聞いた覚えのある声だ。


「ちょっと、この子迷子でして、雨も止まないものだからここで……!!」


振り向きながら答える真里の目に、
傘を差して心配そうに見つめる誠の姿があった。


「き……桐越先輩…!?」



※※※



「そうだったんだ……お母さんとはぐれてしまったんだね……」

「そうなんです……」


女の子のこと、雨宿りのこと、緊張しながらも真里は状況を説明をする。
憧れの先輩を目の前にして、真里は固まってしまっていた。


「じゃあさ、この傘結構広いし、詰めれば三人くらい入れるから、
僕も駅に向かう途中だし、一緒に中に入っていきなよ」

「えっ⁉」

(そ……そそそそれは……
いわゆる……相合傘というものなのでは、ないでしょうか……?)


心の中で動揺する真里。
あの桐越誠と、同じ傘で、身体を触れ合うくらいの距離で一緒に歩けるだなんて……
真里にはまるで夢のことのように思えた。


「たしか途中に交番もあったはずだよ。
この子も早くお母さんが見つけられるし、問題ないよね?」

「えっ……でも……そんな……私なんかがご一緒しちゃっても……」

「おねーちゃんも一緒に行こうよ♪」


女の子が真里を誘う。にっこりとしてこの状況を喜んでいるようだ。
真里はその声に後押しされ、誠の誘いに乗ることにした。


「そ……それじゃあ……お願い……します」



※※※



三人で相合傘をする。
女の子の歩幅に合わせて歩くので、その歩調はとてもゆったりとしている。

時折、誠の身体と自分の身体が触れてしまい、その度に真里は心臓をドキドキさせた。

誠の言葉に返事はするのだが、恥ずかしくて顔を合わせることができない。

中性的で美しい顔。

本当はじーっと見ていたいものなのに、
いざ目の前にいると直視できない。

そんな真里の様子をおかしく思ったのか、女の子が質問をしてきた。


「ねぇ~?
どーして、おねーちゃん、おにーちゃんが喋っているのに顔を見ないの?」

「えっ?」

「おかーさんが言ってたよ。
話をする時は、ちゃんと相手の目を見て話をしなさいって」

「えっ……あっ……そ、そうだよね……すみません、桐越先輩」


そうして誠と目を合わせる真里。

顔と顔が触れてしまいそうな距離。
ギリシャの彫刻のように綺麗な目。
その人の内面が映し出されたような濁りのない透き通った瞳。

そして雨に濡れて、ほんのりと香る誠の匂い。
二人の間にある湿気を通して、誠の体温も感じられるようだ。

あぁ、なんて美しいんだろう?

二次元とは違う生々しい美しさ。
真里は、誠の姿にウットリと見とれていた。

そんな真里の特殊な態度にも気づかず、
誠はいつも通り、優しく微笑んでいた。




※※※



そうこうしている間に、三人は交番の近くまで来ていた。
中では、女の子の母親と思しき女性が警察と話をしていた。

女性はこちらに気が付くと、
安心したような表情を浮かべ、抱き付く女の子を全身で迎え入れた。


「おねーちゃん、おにーちゃん、ありがと~♪」

「本当に、本当に……ありがとうございました」


女の子と母親にお礼を言われながら、誠と真里はその場を後にする。



※※※



先ほどより、長い歩調で歩く二人。
女の子がいなくなったことで若干歩きやすくなっていた。

駅までは、まだだいぶ距離がある。
その間、誠とこうして相合傘で目的の場所まで向かうのだ。

真里はいつまでもいつまでもこの時間が続けばいいなと思っていた。

誠と話すことに慣れてきた真里は、
今まで話題に上がっていなかった先日のことを話すことにした。


「桐越先輩、彼女さん、いらっしゃったんですね……
この前は知らずに告白してすみませんでした……」

「別に気にしてないよ。僕の方こそ、返し方よくわからなくて、傷つけるようなこと言ってなかったか心配だったんだ……」

「いえ、そんな……そんなこと全然ないです!
私、そのくらいで傷つくほど繊細じゃないですから♪」


(なんて優しい人なんだろう……)


誠が自分のことを気にかけてくれていた。

それを聞いただけで、真里は嬉しくて堪らなかった。
これまで引き摺ってきた気持ちも、それだけでなんだか癒されるような気がした。


「あの……桐越先輩の彼女さんってどんな人なんですか?」


先日ワッフルを一緒に食べてからというもの、
直美とはGL本について話をするほどの仲になっていた。

答え辛い質問で配慮が足りないのは分かってはいたが、
誠から見て直美がどう見えるのかどうしても気になってしまった。

誠は、そんな真里の質問を、失礼と感じる素振りもなく答えた。


「んー元気をくれる人ってところかな?」

「元気をくれる人?」

「うん、ちょっと羽目を外し過ぎるところもあるんだけどね。
すごくまっすぐで、一緒にいて安心できる人だよ」


誠の言葉に、真里は納得していた。
真里も直美に対して同じ印象を持ったからだ。

その後も直美について話をする二人。

直美のことを話す誠は、実に楽しそうで、
本気で愛している気持ちが伝わってきた。

そうして、真里は改めて直美には敵わないと悟ったのだった。



※※※



そうこうしているうちに駅前に到着する二人。

真里は気持ちが吹っ切れたのか、笑顔で誠にお礼を言った。


「ここまで送ってくれてありがとうございます!
桐越先輩が彼女さんのこと、本気で好きな気持ちが伝わってきました。
私もお二人のような関係を作れるよう、桐越先輩みたいな素敵な人を探すことにします!」


そんな真里を、優しく穏やかな表情で見つめる誠。
その表情は、真里の幸せを願っているように見えた。

こうして二人はその日お別れをした。
お互いの幸せを願って


この二人の関係が、運命の歯車によって、
今後、様々な繋がりを持つようになるのだが、それはまた別のお話。

Part.45 【 疑惑 】

 それから数か月が経ち、年が明けた。


 真里は、あの大雨の日以来、
 誠への思いを封印し、新たな出会いにも目を向けるようになっていた。

 ファッション誌を参考に服装にも気を使うようになり、以前と比べて、だらしない見た目はだいぶ改善されてきてはいたのだが……



 ※※※



(あ~ヤバイ……あそこの交差点にいる男二人カッコイイ……距離も近いし……そのまま手つなげ……手つなげ………)


 その日、真里は教室の窓からじーっと外を見つめ、
横断歩道付近の雰囲気イケメンの男性二人に注目していた。


なろう挿絵-黒百合



 ニタニタと笑みを浮かべ、何を考えているか一目瞭然だ。


「あ~あ、真里ちゃん、また妄想始めちゃったみたいね……」

「ああいうのがなければモテるのにね~」


 そんなクラスメイトの言葉は、真里の耳には入ってこない。
 すっかり自分の世界に入り込んでしまっている様子だ。


(あっ、転んだ。背の高い方のお兄さんが、
 転んだお兄さんのパンツに付いた汚れをはたいてあげてる!
 ウヒヒ……ウヒヒヒ……フーー……御馳走さまでした)


 このように元来の妄想癖が障害となり、まだ彼氏を得るには至っていなかった。



 ※※※



 放課後、部室で毎度のように塞ぎ込む真里。


「はぁ~~やっぱり私には彼氏を作るなんて無理なのかな……」


 ダメな理由は何度も指摘しているが、
なかなか直そうとしない真里に、弥生は少し呆れていた。


「まずは妄想止めなきゃね……
 BLを嗜むのは構わないんだけど、表に出したらダメよ。
 そうやって改善していくしかないんじゃないかしら?」

「そーだよねー………」


 そう言うと、再び真里は元気なく机にへたり込んでしまった。

 分かっていても、一度始めてしまうと止められない。

 麻薬中毒者のお決まりのフレーズのようではあるが、
真里が彼氏を作るためには、まずこのBL中毒を治療する必要があったのだ。



 《ガラガラガラガラ!!》



 部室のドアが勢いよく開けられ、萌が慌てた様子で入ってくる。


「ねぇねぇ、真里真里! 大ニュース! 大ニュース!!
 桐越先輩と藤崎先輩が別れたんだって!!」

「えっ!?」


 突然の報に驚く真里。


「友達から聞いたんだけど、藤崎先輩の方から別れを切り出したらしいよ」


 何かあったのだろうか?

 あんなにも優しい二人が、揉める理由が思い浮かばない。
 喧嘩をするような仲ではないはずだ。

 たしかに以前に比べると、
一緒にいるところを見ることが少なくなったような気がするが、
単純にそれは受験で忙しいからだと思っていた。


 真里が誠と直美のことを考えていると、
 隣に座っている弥生が質問した。


「萌、二人が別れた理由は何なの?」

「えっとねー。正確な理由はまだ分からないんだけど、
 巷では、桐越先輩の二股が原因って言われているらしいよ」

「「二股っ!!?」」


 真里と弥生が一斉に声を上げる。


「待って、そんなはずない……
 あの桐越先輩に限って二股だなんて……絶対にあり得ない……」


 真里にとって、誠は理想の男性であった。

 優しくて純粋で一途な性格。
 そんな誠に最も当てはまらないワードが『 二股 』だ。
 真里は、ショックで心臓を激しく動悸させていた。


「真里、落ち着いて……。ねぇ萌、それ本当の話なの?」

「さっき友達から聞いたばかりだから、本当かどうかは分からないよ」

「とりあえず、続きを聞かせて?」

「うん……去年の始め、桐越先輩の教室に、同じ学年の甘髪恭子って人が来て、それから家を出入りする仲になったんだって」


 甘髪恭子の名前を聞いて弥生が険しい顔をする。


「甘髪恭子……あまり評判の良くない人物ね……」

「知ってるの? 弥生」


 真里が尋ねる。


「えぇ……三年生で最も美人と評される人物よ。
 ただ、黒い噂も色々あって、自らの美貌を使って男をたぶらかしては、
 熱愛中のカップルの仲を引き裂いたり、気に入らない人がいれば、
 自分に惚れている男を使って危害を加えたりするらしいわ……」

「そんな人が桐越先輩と……」

「あくまで噂話だけどね。なんでも大物政治家の娘らしくて、家も金持ちらしいわ。
 桐越先輩のことだからお金やルックスで相手を決めたりはしないと思うんだけど……」


 弥生の言うように、誠がステータスだけで相手を決めるような人物ではないと、真里も思った。


「じゃあさ~放課後、桐越先輩の後をつけてみない?
 ちょくちょく家を出入りしているって噂だからさ
 本当かどうか確かめてみたらいいじゃん」

「そうだね……そうしてみよっか」


 真里はこのまま三人で憶測を立てても仕方がないと思い、
萌の案に賛成することにした。



 ※※※



 放課後


 真里、弥生、萌の三人は、
誠が下校するのを校門から少し離れた建物の角で待っていた。


「弥生、萌、ありがとね。私の個人的なことに付き合ってくれて」

「いいのいいの。真里にはいつも私の分のテト限定グッズ買ってもらっちゃってるし、たまにはこうやって恩返ししないとね」

「私は元々、こういう探偵っぽいこと好きだから構わないわ」


 弥生は、刑事物・探偵物が好きなタイプのオタク女子だ。
 本人は探偵気分で、十分ノリ気の様子だ。


「あれから、私も友達に聞いてみたんだけど、
 やっぱり桐越先輩と藤崎先輩が別れたのは本当みたい。
 これでもし、桐越先輩が甘髪恭子と付き合ってなかったら、実質フリーってことになるわね」


 弥生が真里の反応を見ながら言う。


「うん……そうだね……」


 真里はそれに対して、あまり大きな反応はしなかったものの、何か思うところがあるのか、迷っているような表情をしていた。


「あっ! 来たよ、桐越先輩」


 双眼鏡で校門を監視している萌が二人に伝える。

 いよいよ尾行が始まるとのことで、三人は気を引き締めた。



 ※※※



 誠が一番初めの交差点に差し掛かる。
 普段はここを右に曲がり駅まで進むのだが……


「……………」

「……………曲がらないね」

「うん、曲がらない……」


 誠は交差点を曲がらず、まっすぐ進んでいった。


「これでますます黒に近づいてきたわね……」


 弥生が探偵のように顎に手を添えて話す。


「でも、まだ甘髪恭子の家に行くって決まったわけじゃ……
 別に寄るところがあるのかもしれないし……」


 ソワソワしながら、真里が言う。


「でも、真里……こっちは甘髪恭子の家の方角だよ……」


 事前に恭子の住所を調べてきたのか、地図を片手に指をさす萌。
 そこは高級住宅街が立ち並ぶ、この街の一等地であった。



 ※※※



 それから5分後………


 誠は、高級住宅街の中でも、一際庭が広く立派な門構えの豪邸の前で立ち止まっていた。

 門の前にあるインターフォンを押す。
 数秒してロックが解除されたのか、門は自動的に開いた。


「まさか、あの家が…………」

「そう………甘髪恭子の家だよ………」

「噂は本当だったようね……」


 誠は門を抜けると、そのまま玄関のドアの前で立ち止まっていた。
 ゆっくりと装飾の施されたドアが開き、中から髪の長い美しい女性が姿を現した。


(……あれ? あの人は……)


 真里はその女性に見覚えがあった。

 直接、話をしたことはなかったが、直美とよく一緒にいる女性だ。
 真里は二人がお昼休みに、学校の中庭で一緒にお弁当を食べている姿をよく見かけていた。


(あの人が、甘髪恭子だったんだ……)


 真里からは、恭子と直美はとても仲のいい友達同士に見えていた。


「弥生、萌、あの人、藤崎先輩の友達だよ」

「えっ!? もっとダメじゃん、じゃあ友達の彼氏を奪ったってこと?」

「闇が深いわね………」

「で、でも最近も二人のこと見かけたけど、すごく仲良くしてたよ?」


 真里の言葉に再び考え始める二人。

 少しして、弥生が口を開く。


「それだと、藤崎先輩は単純に今でも何も知らないか、知ってて二人の交際を認めているか、どっちかになるわね」

「ふーむ、知らないで別れたんだったら、二股が原因ではなくなるよね? 他に別れる原因があったってことかな?」

「それは分からないわ。でも、どちらにしても二股の可能性は減ったことになるわね」


 二人の会話を聞いたものの、真里はなんだか腑に落ちなかった。

 例え、直美の方から別れを切り出されたにせよ、
本気で愛しているのなら、すぐに他の相手を見つけるのではなく、関係を修復するために全力を尽くすはずだ。

 大雨の日、話した印象では、誠は本気で直美のことを愛している様子だった。

 萌が言っていた通り、去年の始めからということは、
誠と真里が会話をした時点で、既に恭子の家に通っていたということになる。

 真里には、直美のことを一途に愛していた誠と、今の誠の行動がどうしても一致しなかった。


「どうする、真里? 噂とはちょっと違う結果だけど……
 藤崎先輩は二人の交際を認めていて、健全な関係ってことでいい?」

「……わからない。もう少し考えさせて……」


 真里はその日、改めて弥生と萌にお礼を言うと、自宅へと帰ることにした。

 まさか催眠術が関係しているなどとは、夢にも思わない真里にとって、誠、恭子、直美の3人の関係はあまりに複雑怪奇であった。



 ※※※



 次の日の放課後


 真里は昨日の件について、弥生と萌と話し合っていた。


「なるほどね、桐越先輩と甘髪恭子が付き合ってるってのは単なるデマってわけね」


 結局、真里は誠を信じることにした。

 年頃の男女が同じ家で過ごすというのは、あまりに怪しすぎる関係ではあったが、
誠の性格と過去の言動を考えると、何か特別な理由で通っていると思いたかったのだ。


「うん、直美さんが桐越先輩を振った理由は分からないけど、桐越先輩は本気で直美さんのことを愛していたし、付き合っている頃から、直美さんの友達とそんな関係にならないと思う」

「そう……それならそれで良いわ。
 真里がそう思うのは、別に良いとして…………」


 弥生は少し間を置くと、改めて真里の目を見据えて話した。


「……根本的なことを聞くけど、真里は今後どうしていきたいの?」



 弥生からの唐突な質問。

 弥生は、ここで真里の気持ちをはっきりさせるつもりだった。

 真里は以前、「誠のことは吹っ切れた」と言っていたが、
本当に吹っ切れたのだったら、尾行を決断するわけがない。

 元々は萌からの提案ではあったが、
昨日今日の誠への執着を見ると、気持ちが残っているのは明らかだった。



 実際、弥生は誠と恭子は付き合っていると考えていた。

 まず直美と誠が何らかの理由で別れ、
その後、恭子と誠が付き合うことになった。

 正式に別れたにせよ、別れてすぐに付き合うのは気が引ける。

 だから黙って付き合っている。

 弥生はそう考えていた。


 真里は昔から誠のことを好きだった。

 好きというフィルターがかかっていて、誠を聖人君主のように思っている部分もあるのだろう。
 そのため、出来るだけ健全な関係ということで結論を付けようと思った。

 しかし、真里はその結論には賛同しなかった。

 そうなれば、真里のためにできる弥生の行動は――



「桐越先輩と付き合いたいの? ただ噂の真相を知りたいだけなの?」

「私は……ただ桐越先輩を信じたくて……」

「じゃあ、多少疑問が残ったとしても、
 ひたすら信じ続けていれば、真里の願いは叶うわ。

 でも違うでしょ?

 真里はまだ桐越先輩に気があるのよ。だから知りたいって思ってる。
 もう藤崎先輩と桐越先輩は別れているんだから気にする必要はないわ。

 桐越先輩が甘髪恭子と付き合っていないと思うのなら、思い切ってぶつかっていきなさい。

 未練が残らないようにね」

「未練?」

「真里……来週には、もう三月に入るのよ?
 私たちはあと1年この学校にいるけど、桐越先輩は来月には卒業。
 告白するとしたらチャンスは限られてるわ。
 タイムリミットは3週間後の卒業式まで。それまでに、どうするか決めなければいけないわね」


 たしかに弥生の言う通りだった。

 誠はおそらく〇〇大学に合格する。

 真里のクラスは一般クラスのために、
高校卒業後は、就職か専門学校などに進学するパターンがほとんどだ。

 真里の今の学力では、全国トップクラスの〇〇大学に合格するなど夢のまた夢。

 学校も住む地域も違えば、もう誠とは会うことはできなくなるだろう。

 だが、直美と別れた今なら付き合える可能性はゼロではない。

 真里は告白するか、諦めるかの選択を迫られていた。


「…………よく考えてみる」


 真里はそう言うと、二人に帰ることを告げ、部室を出て行ってしまった。



 ※※※



 校門を抜ける真里の姿を、部室の窓からじっと見守る弥生。


 真里はおそらく再度告白することを決めるだろう。

 逆に今のまま誠が卒業してしまったら、
真里は気持ちを切り替えるのに、また長い時間を費やさなければならなくなる。


『やってしまったことへの後悔より、やらなかったことへの後悔の方が大きい』


 これは弥生の好きな格言である。

 誠と恭子が付き合っていても、付き合っていなくても、
告白することさえできれば、それで真里の気持ちは一旦リセットされる。

 もちろん、真里の告白が上手くいけば何も言うことはないのだが、
例え上手くいかなくても、真里にとって、それがより良い結果へとつながるだろう。


 弥生はそう考え、来(きた)る日の友人の成功を、部室の壁に貼ってあるテトポスターに祈った。

Part.46 【 明かされる事実 】

 次の週

 真里は告白する覚悟を決めていた。


 だが、三年生の登校は週に1度だけのため、
誠が学校に来るのを、数日間待たなければならなかった。

 その間、再度告白することへの恐怖が真里を襲ったが、
弥生と萌に励まされ、なんとか意思を固めることができていた。



※※※



 そして運命の日。


 いつものように裏門を抜け校舎内に入ると、
大学の合格結果の紙が、廊下の壁に貼り出されようとしているところだった。

 真里は下駄箱に靴を入れると、何の気なしに結果表の前に足を運んだ。
目的はもちろん、誠の合格結果を確認するためだ。

 誠が落ちるなどということは微塵も考えておらず、単純に知りたいという欲求が真里を動かしていた。


 だがそこで、真里は予想外の結果を知ってしまう。


(うそ………どうして?)


 なんと、〇〇大学の合格者名簿に桐越誠の名前がなかったのだ。

 誠は全国統一模試でも常に上位の成績で、
〇〇大学といえども、余裕で合格できるほどの学力を持っていた。

 それがまさかの不合格。

 真里はこれから誠に会うのに、
どのような顔をすれば良いのか分からなくなってしまった。



※※※



 2時間目の授業が終わり、真里は急いで誠のいる校舎へと向かった。

 三年生は1時間目がなく、
2時間目に登校し帰宅することになっている。

 真里の校舎から、誠の校舎までは少し距離があるため、
真里が到着する頃には、既に下校する三年生が疎らに帰り始めているところだった。


(桐越先輩はどこだろう?)


 キョロキョロと辺りを見渡す真里。

 始めは下駄箱の周りを探しているだけだったが、なかなか見つからないので、誠の教室に向かうことにした。

 階段を登り廊下の角を曲がる。
 するとちょうど教室を出て、こちらに歩いてくる誠の姿が見えた。


(なんだか元気がないみたい……)


 以前、誠を包んでいたような爽やかな雰囲気はなく、自身なさげで弱弱しい印象を受ける。

 誠の中性的な顔立ちと、比較的柔らかな身体つきが、余計その弱弱しさを際立たせているような感じがした。

 真里はその様子が可哀そうになり、どうにかして慰めてあげたいと思った。


「あっ、一ノ瀬さん。久しぶり」


 誠が真里の姿に気づき、ほほ笑み挨拶をする。

 こうして誠に会うのは何週間ぶりだろうか?

 元々校舎が違うため、誠に会えるタイミングはあまりなかったが、それでも以前は3日に一遍(いっぺん)は会うことができていた。

 しかし自由登校になってからというもの。
 意識して会いに行こうと思わなければ、ほとんど顔を合わせることはできなかった。

 尚且つ真里は直美と誠が別れたことを知らなかったため、二人の間に割って入ることは良くないと思い、自重していたのだ。

 萌の報告がなければ、今日も誠に会うことはなかったであろう……


「お久しぶりです、桐越先輩。
 あの……少しお話があるのですが、よろしいですか……?」

「話? いいよ、特に用事もないしね」


 真里は、誠を人気(ひとけ)のない場所に連れていくと話を始めた。


「えっと………受験お疲れさまでした。あの……大学のことですが……」

「あぁ、合格結果を見たんだね。
 気を使わなくても大丈夫だよ。もう僕自身の中で区切りがついた話だから」

「あの……どうしてあんな……桐越先輩、いつも成績上位だったのに……」

「仕方ないよ。
 今回の件は全部、僕が自分自身をコントロールできなかったせいだよ。
 でも、これを機に別の進路も考えてみようと思うんだ。
 一応〇△大学や〇✖大学は合格しているから、どちらが自分に合っているのかじっくり考えてみるよ」


 〇△大学も、〇✖大学もどちらも一流の大学だ。

 第一志望の〇〇大学を合格できなかったのは残念ではあるが、
社会的に見れば、どちらに通っていても、十分認められるほどの大学であった。


「桐越先輩でしたら、きっとどちらに行っても上手くやっていけると思います」

「そう言って貰えると嬉しいよ。ありがとう一ノ瀬さん」

「いいえ……あの……それでなんですが……」

「………?」


 ふと、誠の顔を見る。
 近くで見ると、やはり以前よりも頬がだいぶこけたように感じる。

 余程辛い思いをしたのだろう。
 直美と別れたことが原因なのか、
大学を落ちたことが原因なのか、それともその両方か。

 真里は誠に告白しようと思っていたが、そんな辛い状況の人に、
自分の一方的な感情をぶつけるのが、なんだか卑しいことのように思えてしまった。


「い……いえ……大学に行っても頑張ってください!
 私……いつまでも先輩のこと応援しています!」

「ありがとう。この学校で一ノ瀬さんに会えて良かったよ。
 一ノ瀬さんも、来年3年生だし受験頑張ってね」


 そう言って二人は別れた。



※※※



 教室に戻る真里、その表情は暗く沈んでいた。


(結局、告白しなかった……あんなに弥生や萌が応援してくれたのに……)


 先生が教室に入室し、3時間目の授業が始まろうとしていた。


 ふと、弥生の言葉が蘇る。


“桐越先輩が甘髪恭子と付き合っていないと思うのなら、思い切ってぶつかっていきなさい。未練が残らないようにね“


(未練……私はきっとこのまま何も言わなければ未練を残し続けてしまう……
 たしかに桐越先輩は、今辛い状況かもしれない……
 でも、もしここで告白が上手くいけば、私は彼女として堂々と傍にいれる。
 慰めてあげられる。
 断られるかもしれないけど、最後だと思って、頑張らなくちゃ!)



「えっ~~っと、それでは授業を始める。
 みんな古典Z漢文編の84ページを開いて」

「先生! すみません、お腹が痛くなってきたのでお手洗いに行ってきます!」

「へっ!? ………あっそう、一ノ瀬さん、お大事にね……」


 真里は返事を聞くと、勢いよく教室を飛び出してしまった。


(すっごい勢いだな……
 よっぽど、ギリギリだったんだね……漏らさないと良いけど……)



※※※



タッタッタッタッ…… タッタッタッタ………


 誰もいない廊下を、真里の足音だけが木霊する。

 真里は誠のいる校舎に到着すると、まずは下駄箱を確認した。


(靴がある……まだ外には出ていないみたい……
 とりあえずここで待つ?
 いや、とりあえずさっき別れたところを探してみよう)




 ずっと待っていたところで、誠がどこかで作業をしていたら、会うことはできない。
 居ても立っても居られない真里は、下駄箱とその周辺を往復して、誠を探すことにした。


(あっ! いた!)


 先ほどの廊下から、そう遠くない場所に誠を見つける。
 頭を少し下げて、何かを抱えているようだ。


(荷物運びでもしているのかな? とりあえず近寄って……!?)


 真里はそこで気が付いた。

 『誠が抱えている物の正体』に………


(あ……あ……あ……あ………)


 誠が抱えていたのは物ではなく、真里が気にしていた人物。

 『甘髪恭子』だった。


 二人は何も言わず、静かにただ抱きしめ合っていた。
 誠はいつになく真剣な表情で、恭子は薄っすらと涙を目に浮かべて……

 その姿は、まるで将来を誓い合った恋人同士のように見えた。


(それが本当……だったのですね……)


 弥生と萌が結論付けた説の方が正しかった。


 あんなに直美のことを愛していた誠が、
どうしてそんなにすぐに忘れることができたのか疑問ではあったが、
いま目の前で起こっていることを否定はできない。

 真里は二人に見つからないように後ずさると、
声をこらし、俯きぽとぽとと涙を落しながら、元いた教室へと帰っていった。



※※※



 それから一週間後


 真里の学校では、卒業式が行われていた。

 あれから真里の頭の中にはトラウマのように、
誠と恭子が抱き合っている光景が残ってしまい、学校を休んでしまっていた。

 弥生と萌の救護の甲斐あり、なんとか学校に復帰できた真里であったが、
卒業式は誠の姿を見てしまうため、欠席することにした。


ピロリーン♪♪


 そうして春休みを迎えた真里の元に、直美からLINEが届く。


 内容は引っ越しをするので、真里から借りたGL本を返却したいとのことだった。
 真里は、それならついでに引っ越しを手伝おうと思い日程を調整した。



※※※



「ありがとう真里ちゃん。引っ越し手伝ってくれて~!」

「いいえ、別に良いですよ♪ ワッフル奢ってくれるんですもんね?」


 直美と直美の母親、弟のユウ、真里、引っ越し業者のおっさんで作業を行い、予定よりも早くトラックへの積載を終えることができた。

 引っ越しを終えた二人は、以前一緒にワッフルを食べたお店へと移動。
 久々のワッフルとGL談義に花を咲かせたのだった。


「直美さん、ご馳走様です。ワッフルとても美味しかったです」

「ううん、何ならもう一個注文しても良いよ♪ 今日は時間あるしね♪」


 ニコニコと注文を促す直美。

 きっともう一つ食べたいのだろう。
自分の分だけ注文したら悪いので、真里にも食べるように促しているのだ。

 真里は直美の言葉に甘えて、もう一つお願いすることにした。


「ホントですか~! 一つじゃ足りないと思っていたところなんです。
 ありがとうございます! 直美さん」

「別に良いよ~! 真里ちゃんと一緒にワッフル食べれるんだもの♡
 お姉さん大奮発しちゃう♪ 店員さんワッフルあと2つ追加ねー♪」


 ワッフルを注文出来て上機嫌の直美。
 舌で唇をペロリと舐めて、店員さんに注文をする。
 やはり、もう一つ食べたかったようだ。


「あっそう言えば、直美さんに聞きたいことがあったんです」

「ん? なになに~?」


 真里が聞きたかったこと。それは誠とのことだった。

 誠と恭子が付き合っていたのは残念だったが、いつまでもそのことにばかり縛られていてはいけない。

 今回の事に区切りをつけるためにも、把握できることはしておきたいと思ったのだ。


「えっと……人から聞いた話なのですが……
 直美さん、最近彼氏と別れたって聞いて、なんでなんだろうなって?」


 直美の表情をチラチラと確認しながら、質問をする。
 少しでも不機嫌そうな顔をしたら、すぐに謝ろうと思っていた。

 しかし直美はそんな真里の心配も何のその。
 何も気にする様子もなく、あっけらかんと返事をした。


「んー? そんなの簡単だよ。
 あたし、高校三年の途中からなんだけどね。
 男の人より女の人の方が好きだって気づいちゃったの」

「へぇっ!?」


 あまりの直美の衝撃発言に、真里はおもわず眼球が飛び出しそうになってしまった。


「そんでね♪ あたしの友達にキョウちゃんって人がいて、その人のこと好きになっちゃったんだよね。
 最初はノーマルだと思って諦めてたんだけどさ。
 なんと! キョウちゃんもあたしのこと好きだってことがわかってさ!
 あぁ…あたし達って運命の糸でつながれてたんだね~ってことで付き合うことになったの~♪」

「えっ!? 直美さん、もう彼氏さんいるんですか?」

「違うよ~彼氏じゃなくて、カ・ノ・ジョ♪
 あたしの彼女、超綺麗で、頭が良くて~スタイル良くて~そんでもって、すっごく優しいの♪」


 突然の展開に頭がついていかない真里。
 冷静に頭を切り替えて話を続ける。


「そ……そうだったんですね……おめでとうございます。
 そのキョウちゃんって方と幸せになってくださいね」

「うん♪ もう十分過ぎるほど幸せだけどね~♪」


(直美さんって同性愛者だったんだ……
 まさかそれが別れた理由だなんて、分かるわけがないよね……
 ところで相手は誰なんだろう……?
 たしかキョウちゃんって言ってたよね……?
 キョウちゃん……キョウ……キョウカ? キョウコ?……恭子?)

(……………えっ!?)

(ま………まさか…………)


 真里の額から冷や汗が出る。
 まさかそんな……真里はあり得ないと思いつつ再度直美に確認した。


「あの……直美さん……つかぬ事をお尋ねしますが……
 そのキョウちゃんって方は、もしかして……甘髪……?」

「うん、そうだよ。甘髪恭子。その人があたしの彼女♡」


 両手で自らを抱きしめウットリとした表情を浮かべる直美。



ドーーーーーーーン!!!!!!!



 真里は、まるで魔法をかけられ石になったかのように固まってしまった。

 そこに店員がワッフルを持って登場した。
 最初に注文したのとは別の、一風変わったワッフルが皿の上に乗っている。


「はい、お待たせしましたー当店特製のシークレットワッフルです」

「シークレットワッフル!?」


 直美が目を見開いてワッフルを見る。
 非常に美味しそうなワッフルではあるのだが、直美はそれを注文した覚えがない。


「あの……あたし、これ注文していないんですけど……?」

「いいえ、このワッフルは当店のワッフルを気に入っていただいたお客様限定でお出ししている特別なワッフルなのです。
 2つ目のワッフルを注文していただいたお客様に内密にお出ししております。
 試しに食べてみてください。万が一美味しくなければ料金は頂きません」

「マジで!!?」


 店員はそのまま丁寧にワッフルを直美と真里の前に差し出すと、カウンター裏へと帰っていった。


「真里ちゃん、このワッフルすごいね……
 なんだかソースがぶくぶく沸騰してるし、熱いうちに食べよっか?」

「…………」


 ナイフとフォークを持ち、いざ食べんとする直美。
 しかし真里は固まったままだった。


(そんな……直美さんがレズビアンで……
 しかも甘髪恭子と付き合っていただなんて……
 えっ? ということは?
 桐越先輩は今、誰とも付き合っていないってこと……?)



「ンッマァアーーーーーーーーイ!!」



 差し出されたシークレットワッフルのあまりの美味さに直美が叫ぶ。

 一体自分は何を口に入れたのだろう?

 一瞬全ての記憶を失いかけるほどの衝撃を直美は受けていた。



(と……いうことは……私にも、まだチャンスがあるってことだよね……)



「何この……カリカリと香ばしい表面の味わい……蕩けて舌に浸透するような生地の柔らかな食感。クランベリーソースと生クリームの絶妙なハーモニーが、まるで口の中で協奏曲を奏でるかのように各食材の良さを主張している……」


 ワッフルの旨さに脳みそを揺らされた直美は、
普段は言わないような美食愛好家のようなセリフを口ずさんでしまった。

 そして感動にただ……ただ……涙した。


「真里ちゃん……早く……このワッフル……あぁおいしい……食べなよ。
きっと、あたしは……これを食べるために……生まれてきたんだと思う」


 真里が、茫然としながらも直美に促されワッフルを口に入れる。

 誠と恭子が付き合い、望みが断たれたと思っていた真里は、直美から真相を聞かされ、既に泣いていた。


「ほら……美味しいでしょ……?」

「はい……美味しいです……こんなに美味しいの……初めてです……
きっと神様が与えてくれたんですよ……このワッフルも……チャンスも……」


(先輩のこと追わなきゃ……例え〇✖大学でも、〇△大学でも、何がなんでも入って……今度こそ告白するんだ……)


 既に誠は引っ越してしまった後で会うことはできなかった。

 1年間みっちり勉強して同じ大学に合格することができれば、誠の後輩として再開できるようになる。

 そのためだったら、どんなに勉強が苦しくても我慢できる。

 もちろん大学に入って、すぐに誠が別の彼女を見つける可能性は大いにあった。

 だが今回真里は、誠と恭子が付き合っていない可能性を否定し、自らチャンスを潰してしまっていた。

 そのため次に告白するまでは、誠がフリーである可能性を否定するのは止めようと、真里は心に決めたのだ。



※※※



 それから一年後……

 新学期を迎えて、一念発起した真里は、
その後メリメリと成績を上げて無事〇✖大学を合格することができた。

 心を入れ替えた真里は、
奇声を発するBL妄想を断ち切り、ひたすら勉学に励んだ。

 そのおかげもあり、
真里の男子からの人気は徐々に上がり告白されるまでになった。

 しかし、既に心を誠一筋に変えていた真里は、
そんな誘惑には見向きもせず、再び誠に告白するために頑張ったのであった。



 桜咲き乱れる春の〇✖大学校門前

 そこには身も心も一段と成長した真里の姿があった……

Part.47 【 再会 】

○×大学の入学式の日、
校門前は入学式を迎える生徒達でごった返していた。


そこから少し離れた場所で、
その校門の様子を感慨深く見つめる真里の姿。

彼女は大好きなBL妄想を封印して勉学に励み、メキメキと成績を伸ばしていった。
そして一般クラスでは滅多に入ることのできない○×大学への合格を果たしたのだ。

その偉業は先生達にも両親にも褒め称えられ、
同じ漫画研究部の弥生と萌を驚嘆させた。

二人は真里の合格を自分のことのように喜び、誠への恋が成就するよう願ってくれた。


卒業後、萌はイラストの専門学校に進学。
弥生は幼馴染みと結婚し、夫の働く農家で一緒に畑作業をしているという話だ。

先日の弥生から送られてきたメールには、取れ立ての野菜を両手に持ち、夫婦二人幸せそうに写っている写真が添えられていた。

真里は今まで二人に色々と助けられてきたが、これからは一人で頑張らなければならなかった。

メールで送られてきた二人のエールの言葉を読み返し、彼女は自らを鼓舞する。


「よーし、頑張るぞ!」


そうして真里は○×大学の門を潜ったのであった。



※※※



入学式は何事もなく終わった。

真里はもっと芸能人などが来て、特別な挨拶を行ったり、協奏団の楽器演奏などが開かれるのかと思っていたが、学長の挨拶があるだけで終わり、少しがっかりした様子であった。


入学式を終えた真里には早速向かうところがあった。

それは直美の所属している服飾系サークル【Lily】の部室。

直美の恋人の恭子が立ち上げたサークルで、服飾のデザインから生産広告販売まで、一貫して行っているまるで一企業のような本格的なサークルらしい。

誠もそのサークルに所属していて、経理やプログラミング、顧客管理などを担当しているそうだ。

真里がそこに入部する一番の理由は、もちろん誠であるが、同時にコスプレに興味があり、上手くいけば材料を安く仕入れられるかもしれないと考えていた。

何より真里はこの町に引っ越してきて知り合いが直美と誠しかいない。

人脈を広げるためにも、サークルに入るのが一番良かったのだ。



校舎内を回りようやく部室を見つける真里。

しかし部屋は鍵が閉められており、中に人の気配はない様子だ。


「あれ……?場所間違えたかな?」


再び地図を確認するも場所は間違えていないようだ。

ふと、扉の横に貼ってある紙に気がついた。


《お知らせ》

サークル【Lily】に入部希望の新入生の方々へ。

現在○×メッセの個別ブースにて展示会を開催しており、
サークルメンバーは全員不在となっております。

入部希望者の方は、
展示会終了日以降に受付を行いますので、何卒ご了承下さい。

尚、展示会の見学は自由です。
何かご質問のある方は、〇✖メッセの個別ブースへいらしてください。


(そういえば、直美さんイベントがあるって言ってたっけ……)


そう思い佇んでいると、真里のスマホの着信音が鳴った。直美からだ。


『真里ちゃん入学オメデトー☆♥今探してるんだけど、どこにいるのー?』

『今、部室の前にいます』


そう打つやいなや、直美の声が聞こえる。


「あー!いたいたー!やっぱ、こっち来てたんだねー」



※※※



直美に連れられ○×メッセへと向かう。

サークルで制作した服を、誠がモデルとなって公開しているとのことで、真里はワクワクしていた。

ただでさえカッコいい誠が、展示用に作られた服を着てポーズを取るというのだ。
それは真里にとってまさに生唾ものであった。


「そういえば真里ちゃん、
マコちゃんのこと知ってたんだね。どこで知り合ったのー?」

「マコちゃんって誰のことですか?」

「モデル役の人のことだよ」


真里は直美のマコちゃんという呼び方に少し引っ掛かりを覚えた。


(直美さん、桐越先輩のことマコちゃんって呼んでるんだ……
ずいぶん可愛らしい呼び名だけど、付き合ってた頃からの名残かな?)

「どうしたの?」


真里が不思議そうな反応を見せるので、直美も逆に不思議そうな様子で返した。


「いえ……なんでもありません。
えっと……桐越先輩には高校の時に、お世話になっていたので、是非挨拶したいなって思っていたんです」

「へぇーそうなんだー」


直美はそれ以上突っ込みを入れてこなかった。

元々誠はお節介なところがあって、あちこちで人助けをしていたこともあり、
単純に真里もそういう繋がりがあったのだなと思う程度であった。

それから真里と直美は、たまにメールで話をしている百合物の同人誌へと話題を変えていった。



※※※



そうこう話をしているうちに○×メッセへと二人は到着する。

恭子の構える個別ブースに近づくと、
直美がサークルのメンバーらしき人物から声をかけられた。


「ナオちゃん、どこに行ってたんですか?恭子さん、探してましたよ?」

「えー!?ちゃんと出かける時、友達探しに入学式行ってくるって伝えたよ??」

「んーそういう事は言ってませんでしたね。とにかく見つけたら倉庫に来てくれって言ってました」

「わかった。じゃあ、真里ちゃんごめん。
マコちゃんだったら控え室で休憩してると思うから、この道まっすぐ行った突き当たりの部屋に行ってみて!あたし、キョウちゃんのとこ行ってくるね」

「わかりました。早速挨拶してきます。
ここまで連れてきてくれてありがとうございました」

「うん!じゃ、また後でねー!」


そういうと直美は足早に倉庫に向かって駆けていった。



※※※



徐々に真里の心臓の鼓動が高くなってくる。

一年ぶりの誠との再開。

髪に乱れはないだろうか?服にシワは寄ってないだろうか?

真里はメッセ内の鏡になっている柱の前で身だしなみを整えた。

そして一歩一歩、誠のいる控え室へと進んでいく。


この時のために自分は一年間頑張ってきた。

いつか伝えられなかった思いを伝えるため……


真里は控え室の前に到着する。

扉は開けっ放しになっており、中には鏡に向かって化粧直しをする綺麗な女性の姿があった。


(すごい綺麗な人だな……他の展示ブースのモデルの人かな?)


真里はそう思い、入り口のドアに貼り付けてある紙を見た。


『サークルLily控え室』


どうやらあの女性は同じサークルのモデルらしい。
リーダーの恭子が、相当な美人なのでそういう人材が集まりやすいのだろうか?


(直美さんも桐越先輩もすごい美人だし……
このサークルなにかとレベル高いな……ああいう人、他にもいるのかな?)


そう考えながらも再び控え室の中を覗く。
だが、他に誠らしき人物の姿は見当たらない。


(お手洗いにでも出掛けているのかな?
奥に人がいそうなスペースはなさそうだし……)


そう思い、一旦来た道を引き返す。
そこで先程直美に話しかけてきた女性を見つける。


「あの……」

「あっ、さっきナオちゃんと一緒にいた人だね。
新入生?控え室はどこかわかった?」

「はい、控え室はあったのですが、桐越先輩の姿が見当たらなくて……」

「えっ!?ナオちゃんに続いてマコちゃんもどこか行っちゃったの?
ちょっと向かうね」


そう言われ、女性と共に先程の控え室まで向かう。

控え室に到着すると、女性は中を確認して振り返って言った。


「大丈夫。戻ってきているみたいよ。たぶんお手洗いに行ってたんでしょうね」


そういうと女性は他に仕事があるのか、
そのまま先程のブースへと戻っていった。



※※※



(はぁー……いよいよ桐越先輩との再開か……緊張するなぁ……)


真里は嬉しくて自然と笑みが溢れそうになるのを感じていた。

そして控え室に目を向けた。


(…………あれ?)


控え室は先程と変わりなく、綺麗な女性が一人、座っているだけだった。


(私が気付かないだけで、もしかして奥に部屋があるのかな?
でもさっきの人、一目見ただけで居ることを確認してたし、一体どういうことなんだろう?)


何度もブースと控え室の間を行ったりきたりしてても仕方がないので、ひとまず真里は中の女性に誠の居場所を尋ねることにした。


コンコンッ


「すみませーん」


開きっぱなしのドアを軽く叩き、真里は入室する。

声に気付き、女性は真里の方を向いた。


「あの、桐越誠という人を探しているのですが……」


すると女性はにっこりと笑った。

真里はその笑顔に何故か懐かしさを感じつつも歩み寄った。


「一ノ瀬さんお久しぶり、一年ぶりだね!」

「?」


見に覚えのない女性に久しぶりと言われ、真里はキョトンとしてしまった。


(……え?誰だろう?私の知ってる人?
知らないなんて言ったら不愉快にさせちゃうかな……?)


真里はこの女性のことを思い出せなかったが、
とりあえず会話を合わせて、その間に思い出すことにした。


「お久しぶりです……」

「なんだか、一年ですごく大人っぽくなったよね」

「いえ……それほどでも……」

「一般クラスから、○×大学に入るなんて、うちの高校始まって以来だったんじゃない?」

「そうですね……先生もそう言ってました……」

(ダメだ……全然思い出せない……
同じ高校みたいだけど、先輩に知り合いなんて直美さんと桐越先輩くらいしかいないし)


真里は観念して、この女性に謝ることにした。


「ごめんなさい……実はあなたが誰なのか全然思い出せません。
失礼だとは思いますが、お名前を聞かせていただけますか?」


それを聞いて女性がハッとする。


「あっ、そっか!ごめんね、化粧してたから分からなかったよね?私、誠だよ」

「マコトさん?上のお名前は何ですか?」

「桐越誠、一ノ瀬さん、昔、私に告白したことあったでしょ?その誠だよ」


「……………………」


暫しの間、沈黙が真里を包む……



「ええええええええぇぇぇぇぇぇ!?」



真里の絶叫が控え室周辺に鳴り響いた……

Part.48 【 諦めきれない思い 】

 午後になり、
サークルの活動風景を見つめる真里。


 恭子と誠はモデル兼店員という役で、
展示品と同じ服を着ながら、道行く客の相手をしていた。

 容姿端麗な二人が抜群の笑顔で接客するため、足を止める者も多く、中には記念撮影する者までいた。

 もちろん二人だけでは対応できないため、その他のメンバーも商品の説明や支払いの手続きで大忙しであった。


 そんな中、直美はその持ち前の明るさと愛嬌の良さを活かして、サークル活動を見に来た新入生の相手をしていたのだが……


「プッーークスクスクス!!
 真里ちゃん、マコちゃんが目の前にいるのに気づかなかったんだー! ヒーッヒッヒッヒッ………笑い過ぎて……腹いたひ……」


 直美は真里の話を聞き、腹を抱えて笑っていた。
 あんまり大声で笑うと恭子に怒られるので、口を抑えて堪え気味だ。


「笑いごとじゃないですよ……桐越先輩は……一体いつからあんな女装を……?」


 真里は、大笑いの直美とは対照的に、まだ引き攣(つ)った顔をしていた。
 受けた衝撃があまりにも大き過ぎたためか、若干身体が震えている様子だ。


「うーんとね、去年の夏頃かなぁ?
 マコちゃんが女装するようになったのって。

 あたしも最初誰だか分からなくてさ~

 キョウちゃんが女装したマコちゃんと一緒に歩いているもんだから、浮気相手だと思って、その女一体誰?って聞いちゃったんだよね。
 そしたらマコちゃんの声で、誠だよって!」

「急にそうなったんですか……?」

「あたしが付き合ってた頃は気づかなかったんだけど、元からそういう気はあったみたい。
 でも元々女っぽいところはあったし、本人が良いなら別にいいかなーっと」

(元々女っぽいところがあるのは認めるけど……本当に前から女装の気があったのかな……
 でもあの容姿ならそういうことに興味を持つのも仕方ないのかも……)


 直美があまりにも笑うため、真里は少し冷静になってきていた。そのまま視線を誠に移し、様子を見つめる。

 その姿は、道行くその辺の女性よりもずっと美しく、女装だと説明されても、男であることを忘れてしまいそうになる程だった。

 あの千年の美女と謳われた恭子と並んでも全く見劣りせず、誠独特の不思議なオーラを纏っていた。

 そういったモデルが良いためか、服が良いためか、恭子達の商品は、多くの人々の注目を集め、次々と注文が入っているようだった。


 結局その後、真里は誠と話をする機会をもう一度得ることはできなかった。

 その日の新入生の見学会は午後二時を持って閉め切られ、それから先は展示会の活動をメインに行うということで、新入生はそのまま帰宅することになったのだ。



 ※※※



 その夜、真里は真剣に悩んでいた。

 悩むのはもちろん誠の女装のことだ。

 腐女子とはいえ、異性愛者の真里にとって、誠の女装はやはり抵抗のあるものだった。


(まさか桐越先輩がそういう趣味があるなんて全然知らなかった。
 で……でも、心まで女になったわけじゃないし、きっと一時的なものだよね……
 それに女性用の服を好んで着るんだったら、そのうちテトのコスプレとか気軽にしてくれるかもしれないし、逆に良かったよね……)


 真里は今の状況を、なるべく肯定的に捉えようとしていた。
 そして、明日こそは誠に告白しようと眠りに着いたのだった。



 ※※※



 次の日、真里はサークルLilyの部室の前にいた。

 中からはミシンの音が聞こえてくる。
 おそらく昨日注文があった品の縫製(ほうせい)を行っているのだろう。


 コンコンッ!


 ミシンの音にかき消されないよう、少し強めにドアをノックする。


「はーい、中へどうぞー」


 女性の声がしてドアを開ける真里。


「こんにちはー」


 入口には、大人しめのいかにも受付嬢といった女性の姿があった。


「新入生の方ですね、サークルの見学ですか?」

「えっ……あっ、そうです」


 真里は単純に誠に会いに来ただけだったのだが、思わずそう答えてしまった。


「わかりました。ではこちらをどうぞ」


 そう言って女性は案内状のようなものを手渡す。
 それは無機質な文字が並んでいるだけのものであった。


(こんなに立派なサークルなんだから、もう少しデザイン考えたら良かったのに……)


 恭子のサークルのレベルが高かったこともあり、
この無機質なサークルの案内状に、真里は少しだけガッカリした。

 真里は高校時代、漫画研究部ではあったが、
イラストを描いたり、デザインを考えたりするのも好きだった。

 コミケでは、自慢のNikanの一眼レフカメラで好みのレイヤーを撮影したり、
帰宅後にはフォトショップで加工を行ったりして、自身のブログにアップするほどであった。

 そのためデザインについては、人一倍のこだわりがあったのだ。


 女性に案内され部室を見学する。

 中は真里の漫画研究部時代のような狭い造りではなく、まるで事務所のように本格的な造りをしていた。

 部屋のさらに奥にはミシンを使う部屋があり、
そこにはサークルのメンバーらしき女性が数人並んで裁縫を行っていた。

 また撮影用の照明器具やカメラ、反射板、ディフューザー(光を和らげる道具)なども一通り揃っており、宣伝用の写真をここで撮影していることがわかった。

 出来て一年ばかりのサークルで、これほどの部屋を大学側に提供してもらえるのは、非常に珍しいケースであった。

 ここまでの待遇を即座に受けれたのは、
恭子の母親が世界的にも有名なイタリアのファッションデザイナーであったことと、父親が政財界に影響力のある人物だったことが響いていた。

 また、大学側に申し入れをした際のメンバーが、恭子と誠だったことも幸いした。

 大学側は、この美貌と知性を備えた二人が率先してサークル活動を行っていくことが、大学の宣伝になると踏んだのだろう。

 Lilyは大学側から公認サークルの認定を受け、その活動成果を期待されていた。



 一通り中を見物し元の部屋に戻ると、
ちょうど誠が中に入ってきたところだった。

 誠は昨日の展示会同様、女性用の服に身を包み薄化粧をしていた。


(桐越先輩……今日も女装してるんだ……)


真里はその姿に少し動揺したが、気にしているのがバレないように挨拶をした。


「桐越先輩、こんにちは」

「あっ、一ノ瀬さん、来てきたんだね」


 そう挨拶を交わすと、真里を案内していた女性は気を遣って、応接室のテーブル席へと二人を案内してくれた。


「コーヒー入れてきますね」

「うん、ありがとね」

「あっ、お構い無く……」


 そのまま女性は流し台へと向かっていった。

 対面に座り、にっこりと微笑む誠。

 その姿は高校時代の面影はあるものの、
女性として実に自然な雰囲気を保っていた。


「一ノ瀬さん、昨日はせっかく来てくれたのにあまり時間とれなくてごめんね」

「いえいえ、私も急に行った身ですから、迷惑じゃなかったかな……と」

「そんなことないよ。新入生をあの展示会に呼ぶことは前から決まっていたことだし、去年の10月に開催した時よりも見に来てくれる人が多くて、みんな喜んでいたよ」

「そうなんですね、それなら良かったです」


 サークルLilyは毎年4月と10月に、○×メッセにて展示会を開くことが決まっていた。

 目的は一種の社会活動を体験することと、サークルと大学の知名度アップ、そして利潤の追求であった。
 そうした現実的な計画設定も大学側の心証を良くした一因だったのである。


「それでなんだけどね。
 一ノ瀬さんに、この辺一帯を案内しようと思ってたんだけど、良かったら今日これからどうかな?」

「えっ!? ホントですかっ!? 是非、ぜひお願いします!」


 思わぬ誠の誘いに真里は大喜び。
 単に誠は、新しい生活に慣れて貰おうと、親切心で誘っただけだったのだが……


(ちょっ……ちょっと待って……これってもしかして……
 デデデ、デートのお誘いってやつじゃない? 桐越先輩、すごい積極的っ♥
 しかも今日これからだなんて……いやーまいったなー♪ まいったなー♪)


 などと、真里は妄想しており、一面お花畑なのであった。



 ※※※



 〇✖市〇✖町

 学術都市の中心地ともあって、
真里の住んでいた街とは、道行く人の数も建物の高さも全く違う。

 真里は迷ってしまうのが怖くて、あまり探索などはしてこなかったのだが、
今日は憧れの誠が案内してくれるとのことで、まるで旅行に行く気分のように晴れやかな気分だった。

 有名な護国神社でお祈りしたり、展望台○×スカイツリーで都市を一望したり、
誠おすすめのインド料理屋に行ったりなどして、真里は大いに楽しんだ。

 そうして時は過ぎていき、街がオレンジ色に染まり始めた頃……


「一ノ瀬さん、私のお気に入りのスポットがあるんだけど、行ってみない?
 夕日がすごく綺麗なんだよ」

「はい! もちろん行きますっ♪」


誠からの提案で、街の中心から少し離れた丘山へと移動することになった。



 ※※※



「わーすごい綺麗……」


 ○×スカイツリーから見るのとは違った風景。

 そこは、観光スポットとして指定されたところではないため、
人通りは少なく、静かな中で景色を眺めていることができる場所だった。


「たまにこうしてここで景色を眺めているんだー」

「ここ、静かだしのんびり過ごせて良いですねー」

「うんうん」


 そこで真里は気づいた。
 今こそが絶好の告白のタイミングなのでは?と。


 しかしその前に確認しておくことがあった。

 誠の恋人の存在だ。

 以前は直美が付き合っていたため、断られてしまったが、今回は予め聞いておくことにした。


「あの……桐越先輩、お聞きしたいことがあるのですが……」

「聞きたいこと?」

「はい……桐越先輩って今、付き合っている人っているんですか?」


 それを聞いて誠は、何か感付いたようだった。

 二年前にも誠は、一度真里に告白されている。
 誠は少し困った顔をしながらも正直に答えた。


「付き合っている人は誰もいないよ」


☆;:*:;☆;:*:;☆ パァッーン ☆;:*:;☆;:*:;☆


 真里の心の中で祝いのクラッカーが鳴らされる。


(やった! 第一関門突破♪)


 心の底から安堵する真里。

 だがその時真里は、心配事が1つの排除されたことに気を捕らわれ過ぎてしまい、誠の表情の変化に気づくことができなかった。


「桐越先輩……聞いてください」

「うん……」


 誠は敢えてそこで口を出さなかった。

 真里がそれを口にする前に阻んでしまうのは、失礼に当たると思ったからだ。


「実は、2年前に先輩に振られてからもずっと思い続けていました……
 私、先輩にもう一度会いたくて、この大学に来たんです。
 好きです……私と付き合ってください!」


 一年間、我慢し続けてきた思いを、ついに誠に伝えることができた。

 あとは、誠の返事を待つだけ……

 真里は大学の合格発表の時以上に緊張して、その結果を待っていた。


「一ノ瀬さん……私のために大学受験頑張ってくれてたんだね……」

「はい……」


 誠はすぐには返事をしなかった。

 真里の大学受験の動機を聞き、本当に申し訳なさそうな顔をしている。


(先輩……どうしてそんな顔をするの……? まさか……)


「ごめん」


(………!!)


「私、一ノ瀬さんの思いを受け取ることができないよ……」

「………どうして?」

「よく聞いて…………私、女の人より男の人のことの方が好きなの……」

「えぇっ!?」


 受け取った言葉の意味がすぐに理解できず、茫然としていた真里であったが、
徐々に意味が理解できてくると、心の中に絶望的な気持ちがじわじわと広がっていくのがわかった。

 真里は、それがだんだん怖くなり、声を震わせながらも言葉を続けた。


「先輩……女装が趣味なだけじゃなかったんですか……?
 だ……だって、高校の時、直美さんと付き合ってたじゃないですか……!」

「あの頃はまだ、本当の自分に気づいてなかったの……
 今の私は女装をしているんじゃなくて、心も女なの……」

「そ……そんな……」


 真里はそう言うと地面にへたり込んでしまった。

 振られる可能性があることは覚悟していたが、まさかこんな理由で振られるとは思ってもみなかった。


(こんな……そもそも女に興味がないんだったら、もう諦めるしかないよね……
 これはもしかして……BLで妄想してきた罰なのかな……
 先輩のことをオカズにいっぱいBLオナニーしてきた罰なのかもしれない……)


 入学した以上は、今の大学に通い続けるしかない。

 サークルも、直美と同じところに入りたいと思っているが、その場合、誠と毎日顔を合わせなければならなくなる。

 長くて三年、二度自分を振った相手と、ずっと傍にいるのは辛い気がした。

 別のサークルを探すことも頭によぎったが、ここで真里の中に新しい考えが浮かんだ。


(ちょっと……待って……………
 長くて三年……毎日、顔を合わせるということは、逆に言えば三年間、何かしらの影響を与え続けられるってことだよね。

 先輩はまだ男性に興味を持ち始めたばかりだし、
もしかしたら、もう一度、女性に興味を持たせることもできるかもしれない……

 いや…………できるかもしれないじゃない……
 できるか、できないか、じゃなくて…………

 やるんだ…………やるしかないんだ!

 私はもう今までの真里なんかじゃない。

 弥生や萌に支えられないと、立ち上がれないような弱い自分は、もう捨てたんだっ!

 私は……絶対に……諦めない!)


 自分の心に整理を付けると、真里はすくっと立ち上がり誠の方を振り向いた。

 誠は顔を俯かせ、真剣に悪いことをしてしまったという表情をしていた。

 真里の立場になって、考えたのだろう……
 心が女になったとはいえ、その優しい性質は全く変わってはいなかった。


「わかりました。では友達になってください。
 友達でしたら、良いですよね?」


 先ほどまでの絶望的な気持ちを打ち消し、真里はしっかりと誠を見据えて言った。

 誠は、真里のその切り替わりの早さに驚いたものの、断る理由は何もなかったため、そのまま承諾した。


「うん、友達だったら良いよ。一ノ瀬さん」

「ありがとうございます。
 それと、友達でしたら、一ノ瀬さんじゃなくって真里って呼んでください」

「そっか……わかった。
 じゃあ、私のことも桐越先輩じゃなくて、マコトって呼んでね。よろしく真里さん」

「はい、よろしくお願いします! マコトさん」



※※※



 1年前の真里だったら、この時点で諦めていたであろう。

 しかし、机に塞ぎ込みウダウダと悩み続けていた頃の真里は、もうここにはいなかった。

 誠を追うために続けた禁欲と勤勉の1年間は、真里をここまで成長させていたのである。


 話を終え、それまでと変わらぬ雰囲気で、家路へと向かう二人。

 こうして、誠の心を女から男に戻すための真里の試練は始まったのであった。

Part.49 【 あの日見た君 】

「それでは、今期うちのサークルに入会した新入生を紹介します。
 まずは私と同じ高校で一年後輩の一ノ瀬真里さん」

「はい! 高校では漫画研究部に所属していました。皆さん、よろしくお願いします!」



 サークルのリーダー恭子の進行で、新入生の紹介が行われる。

 今期、恭子のサークルには、真里を含めて総勢50名ほどの入会希望者がいた。
 前期15名ほどで活動していたサークルとしては、異例の大躍進である

 新入生の紹介は坦々と続けられていき、その後サークルの説明が行われ、
 最後にアンケート用紙が配られることとなった。

 アンケートの内容は、裁縫やデザインなどの適性をチェックするものであった。


(イラストレーターとフォトショップは丸っと、裁縫はダメだな……パワーポイントやエクセルもあるのか……ってなんで手品まであるの……?)


 なんだかよく分からない項目もあったものの、
 真里は手芸関係のものが苦手だったので、その分デザイン関連のものに多くチェック入れていった。

 その日はそのままアンケート用紙の回収で活動を終えた。



 次の日……

 真里は、恭子からホームページ制作の依頼を受けていた。

 現在もLilyのホームページはあるのだが、デザインはテンプレートのものを使用しており、
恭子は以前からカスマイズしやすい独自のホームページを持ちたいと考えていた。

 しかし、恭子は服飾デザインがメインで、ホームページ制作の知識はなく、またサークルを管理していく立場だったため、時間を取ることができなかった。

 そこでデザインの適性が高いと思われる真里に声がかかったのだ。


 真里は恭子の話を聞き、快く引き受けることにした。

 元々デザインが好きだったのもあるが、誠がプログラミングを担当すると聞いて、居ても立っても居られなくなったのだ。

 ホームページを作る上でデザイナーとプログラマーは、特に連携が必要とされる。
 たった1つのバナーを作るだけでも、どこにどんな形のバナーをどのように表示して、どこに飛ばすか、そういったことを話し合う必要があった。

 すなわち、真里がデザイン担当をすることになれば、自然と誠との繋がりが強くなるというわけだ。
 こんな美味しい役割を、他の人に譲る訳にはいかない。


 そんな理由で、真里は喜んで恭子の依頼を引き受けたというわけだ。



 ※※※



 六月、連日雨が降り続き鬱蒼とした天気が続いていた。

 そんな中、真里は部室で誠と二人きりで、ホームページの構築作業を行っていた。

 真里はデザインソフトの使い方についてはある程度知っていたが、このように本格的にデザインを行うのは、これが初めてだった。
 慣れない作業の連続であったが、誠と一緒にいられる嬉しさから、特に苦しいとは感じなかった。


「真里さん、そろそろお昼だし休憩しよっか?」

「はい!」


 真里を食事に誘う誠。
 昼食はいつも大学校内にある学生食堂を使っていた。

 食券を購入し、真里はサンドウィッチ定食、誠はざる蕎麦定食を受け取り、同じテーブルに着いた。


「マコトさん、今日はお蕎麦ですか?」

「うん、ちょっと最近少し太ってきちゃったから、ダイエット中なんだ」

「え~今でもマコトさん、十分スタイルいいのに~」


 そう取り留めのない話をしていた二人であったが、途中で真里が話題を切り替えた。


「ところでなんですが……今度の休日、マコトさん空いてますか?」

「空いてるけど、どうしたの?」

「えっと、またこの前みたいに、一緒にどこか行きたいなぁって……」

「そっか、私で良ければ喜んで付き合うよ」


 誠は真里の誘いに快く応じてくれた。


「ホントですか~♪ 嬉しいです! じゃあ今度の休日楽しみにしてます!」


 また誠と遊べる。
 それだけで、真里は大喜びだった。



 ※※※



 そして次の日曜日……

 連日続いた雨も収まり、この日は真っ白な入道雲がモクモクと沸き立ち、町全体に気持ちの良い日の光が当たって、まさに観光日和といったお天気であった。


「あっ、いたいた。真里さん、お待たせ~」


 待ち合わせ場所で合流する二人。

 この日の誠は、大人しめの服装で、どちらかというと清楚系の女子といった雰囲気だった。


(はぁ……誠くん、男なのに相変わらず綺麗だな……)


 真里は改めて見る誠の女装姿に心の中でため息をついていた。


(それに比べて私は……)


 真里は喪女だった頃と比べて、ファッション誌などを読むようになってはいたが、まだどういったものが自分に合うのか、よくわかっていない部分があった。

 窓ガラスに映った自分と誠の姿を見比べてみる……

 明らかに誠の方が女の子らしく、男性受けする服装だ。

 女よりも女らしい誠に、真里はなんだか負けたような気がした。


 そうしてしばらく街を散策していると、爽やかイケメンタイプの男性二人に声をかけられる。


「ねぇ、君達ちょっといい?」


 清潔感のある服装。
 爽やかな笑顔で近寄る二人に、そこまで不快さを感じなかった誠と真里は、立ち止まって話を聞くことにした。


「実は友達二人と待ち合わせしてたんだけど、ドタキャンされちゃってさ……良かったらこれから一緒に遊びにいかない?」


 そう言いにっこりと微笑むイケメンだったが、その目線は誠の方だけを向いていた。

 たしかに真里の方も見るのだが、視線を合わせている時間が段違いで、狙いが誠であることは明らかだった。


(ま……負けた……)


 真里はショックだった。

 自分よりも女装している誠の方が、男性に魅力的だと思われている……

 男に女として負けることが、こんなにも辛くて悔しいことだとは……

 だが、しかし……

 真里のその後の反応は、一般的な女子のものとは、大きくかけ離れていた。


(くっ………くやしいっ………くやしいっ………
 でぇ……でもぉぉぉぉ……あ……あの誠くんが…… イケメン二人にナンパされてぇぇ……
 それが……すっごく、いいいいいぃぃぃ!!!!)


 真里の目には誠とイケメン二人の周りに、薔薇の花束が咲き乱れているように見えていた。


(あっあっ……もっと……もっと近づいて……
 ぁっ………そぅ………そうそぅ………いぃ感じ………はぁはぁ……んんっ!………ふぅ……
 あーヤバイヤバイ!!……あのイケメン、誠くんに色目使ってるぅ……あっ!……ふうぅぅぅぅ……)


 誠がナンパされている姿を見ているだけで、普段からBLオナニーを嗜んでいる真里は、興奮して股間を熱くさせてしまっていた。
 もし人目を憚らなくても良いのなら、この場でショーツを脱いで、その光景を見ながらオナニーを始めてしまっていたところだろう。

 真里にとって、現実世界の誠のBLは、この上ない最上級のオカズであったのだ。


「ごめんなさい、お誘いすごく嬉しいんですけど……
 私たちこれから行かなくちゃいけないところがあるんです……」


 相手がどんな人物だかわからない以上、安易に誘いに乗るべきではない。
そう考え、誠は丁重にお断りすることにした。


(えっ!? 断っちゃうの?
 あぁ……でもきっとここから強引に誠くんのことを誘っていく流れになるのかも……
 うふ……うふふふふふ……はぁはぁはぁはぁ………

「どこに行こうと言うんだい? それなら僕たちも一緒についていくよ」

「あぁ……ダメです……ごめんなさい……私、こう見えても男なんです……」

「こんなにカワイイ子が女の子なわけがないじゃないか……最初から分かってて声をかけたのさ……」

「えぇっ!? そうなんですか?」

「そうだよ……さぁ……僕たちと一緒に行こう……」

 ブッー!! フフフフフフ……やばい……鼻血出そう…………)


 鼻の奥が熱くなるのを感じた真里は、顔を空に向けて気を静めることにした。


「そっかー残念だな。行くところがあるんなら仕方ないね。もしまたどこかで会ったら、今度は一緒に遊んでよ。じゃあね~♪」


 真里の豊かな妄想も空しく、イケメン二人はあっさりと引き下がってしまった。
 女にそこまで餓えてはいないのだろう、帰り際もスマートなイケメンであった。


(えぇ……帰っちゃうの? そ、そんなぁ~……もっと見ていたかったのにぃ……)


 若干の寂しさを感じつつ、BLに飢えた腐女子は、立ち去る二人の背中を見つめていた。



 ※※※



 イケメン二人を断った誠と真里は、そのままパスタが美味しいと評判のお店に来ていた。

 テーブルに着き、オーダーを取り終えると、真里が口を開いた。


「そういえばマコトさん、前に男の人が好きって言ってましたけど、どういうタイプが好きなんですか?」


 あれほどのイケメンをいとも簡単に断ってしまう誠を見て、一体どんなタイプの男性だったら、靡(なび)くのだろうと真里は考えていた。


「うーん……それが、よく分からないんだよね」

「へっ? よくわからない?」

「自分がどういう男性が好きなのか……なんだか考えられなくって……」


 真里は、誠の返事を聞いて不思議に思った。


(男が好きなのに、好きなタイプの男性がいないってどういうことなんだろう……?
 普通、先に好きなタイプがいて、それが元で男性に興味を持つものなんじゃないの……?)


 全く意味がわからないといった様子の真里。


 だが、それは当然のことであった。

 誠は、恭子から男性を好きになるよう暗示を掛けられてはいるものの、明確にどんなタイプの男性が好きなのかまでは決められていなかった。

 実はそれこそが誠がこれまでに彼氏ができない理由でもあった。


 大学に入って1年以上が経つが、誠が男性から告白されること自体は数え切れないほどあった。

 しかし誠は常に受け身で、自分から積極的に男性と付き合おうとはせず……
 いや、正確に言うと、元々ノンケの誠はタイプとする男性がおらず、積極的になれなかったのだ。


 恭子からかけられた暗示は、男性器の逞しい男性を好きになるというものであったが、もちろん性器を露出して生活している者など、どこにもいない。

 元々淫乱な性格ではない誠は、身体で男を選ぶようなことはしなかった。

 その結果、貞淑な女性のように自らの貞操を守り続けることになったのだ。

 男性に対して肉体的な興味を持つようにしか暗示をかけられていない誠が、精神的に男性を好きになることなど初めから無理だったのだ。


 恭子はそのことに気づいておらず、また気づいたとしても、元々男に一切興味のない女性である。

 どんなタイプの男性が好みかなのか、決めることはできなかったであろう。


 そんな裏事情があることなど、真里が知る由もない

 真里は誠の矛盾した発言を不思議に思いながらも、店員が持ってきたパスタを口にした。



 ※※※



 夜が近づき、徐々に辺りも暗くなる。
 街中の灯りがピカピカと輝き、夜のイルミネーションへと姿を変えていく。

 真里は仲が良い女友達といった感じで誠に身体を寄せながら歩いていた。
誠は、少し距離が近いと思いつつも、真里の好きなようにさせている。

 不自然なほど、距離を近づける真里。
 真里のそういった行動には、きちんと意図があった。


(こうして、男女の恋人同士みたいに振る舞ったら、誠くんもそのうち男性よりも女性の方が良いって感じてくれるようになるかな……?)


 BLはたしかに大好物ではあったが、現実と妄想の区別はついている。
 真里の本来の目的は誠をノンケに戻し、ゆくゆくは付き合い結婚することだ。

 そのためにも、こうした恋人同士のようなシチュエーションを増やして、女性と付き合う気持ちを感じて貰おうとしていたのだ。

 そうして歩いていると、デパートのショーウィンドウに飾られている男性向けの服が目に入った。


(あっ、この服かっこいいな……)


 一目見て、真里はその服が気に入り、誠の方を見た。


(……もし、誠くんがこの服を着たら、すごい似合うだろうな……)


 じっと見つめる真里の視線に気がつき、誠が声を掛ける。


「どうしたの? 真里さん」

「あっ、えーっと、ちょっとこのお店が気になったもので……中見ていきませんか?」

「このお店? おしゃれなお店だね。もちろん良いよ」


 二人はデパートの入り口から、立ち並ぶブランド品売り場を抜けて、先ほどの展示品のお店へと入っていった。


「いらっしゃいませ」


 その店の女性店員が挨拶をする。

 二人は軽く会釈をすると、ひとまず女性服コーナーを見て回ることにした。


(あの服を着てもらいたいけど、先にこっちの服を見た方が良いよね……)


 真里の本当の狙いは先程の服を誠に試着して貰うことだったが、一直線にその服を手に取りお願いしたら、何だか断られそうな気がしていた。


「真里さん、この服可愛いよ。見てみて!」


 本物の女の子のように微笑み服を見せてくる誠。

 そんな誠の姿を見ていると、本当に女友達と服を品定めしているような気分になってしまう。

 真里は高校の時の誠と今の誠、どちらが本当なのだろうと思ってしまった。


「ホントだ。可愛いー♪
どちらかというと綺麗系の服って感じがしますね。ちょっと試着してみませんか?」

「でもここ結構高そうなお店だけど、大丈夫かな?」

「試着するだけですから大丈夫ですよ。マコトさんがその服着る姿、見てみたいです!」


 先程の店員が二人の様子に気付きフォローを始める。


「試着室はこちらにございます。どうぞご自由にご試着ください」


 店員に案内され、試着室に入る誠。

 そして数分が経ち、カーテンレールが開かれた。


「うわぁ……」

「素晴らしい……」


 思わず真里と店員が感嘆の声をあげる。

 先程まで清楚系の可愛い服を着ていた誠だったが、こうして綺麗系の服に着替えると、より一層、誠の美が引き立つようだった。


「本当にお似合いです、お客様。
 スタイルも良いですし、当店のモデルにも負けず劣らない美しさですよ」


 店員がお世辞ではない本当の賛美を誠へと送る。
 まさか今、目の前にいる女性が男性だとは思いもしないだろう。


「マコトさん、何着ても本当に似合いますね」


 店員に続き真里も誠のことを誉める。
 二人に誉められて、誠はとても嬉しそうにしている。


「あ、そうだ。マコトさん。ちょっと着て欲しいものがあるのですが、良いですか?」

「着て欲しいもの?」

「はい! マコトさん何着ても似合いそうだから、色々試したくなっちゃって……」

「うん、良いよー♪ 何でも着てあげる」


 気分を良くした誠は、真里の提案を快く受けることにした。


「では、ここで待っていてください」


 真里はそういうと、店員を連れて先程のショーウィンドウへと移動した。


「すみません、これをお願いできますか?」

「えっ? お客様……こちらは男性用になりますが……」


 店員が困ったような反応をする。


「お願いします。これをあの人に着て貰いたいんです」

「かしこまりました。すぐに御用意いたします……」


 真里が本気だと分かり、店員は渋々承知した。



 ※※※



「マコトさん、お待たせしました。これを着てもらえますか?」

「えっ? これって……」

「男装したマコトさんの姿、見てみたくなっちゃって……
 ちょっとで良いので、コスプレすると思って着てもらえませんか?」

「んー……さっき何でも着てあげるって言っちゃったしね……いいよ」

「やった!」


 誠はあまり乗り気ではなかったが、しょうがないといった様子で試着室へと戻っていった。


「お待たせー」


 試着室のカーテンを引いて姿を見せる誠。


(!!!)


 そこには薄化粧をしてはいるが、まるで一流のモデルのようにキリッとした出で立ちの誠の姿があった。


(何これ………カッコ良すぎるよ………それと何だか………懐かしい………)


 真里はいつか見た雨の日の誠の姿を思い出していた。
 そして久しぶりに見た、誠の男性姿に思わず涙腺が潤んでしまっていた。



 ※※※



「マコトさん、今日は本当に楽しかったです。あと無理言って男装させてしまってすみません」

「ううん、別にいいよ。
 私も男の人の服着るの久しぶりで楽しかったし、真里さんが普段の疲れをリフレッシュできたなら良かった。もしまた遊びに行きたかったらいつでも誘ってね」

「はい! もちろんです!」


 そうして、駅前に到着した二人はお別れをした。



 ※※※



 帰宅した真里はベッドに座ると、バッグの中から高級そうなビニール袋を取り出していた。

 ビニール袋には先ほどのブランドのロゴが印刷されている。

 そして、その袋から一着の服を取り出すと、鼻を押し付けスゥっと息を吸った。


(はぁ……誠くんの匂いがする……)


 服に取り付けられた3万円の値札、真里にとって、それはとても高価な買い物であった。


(いつか……誠くんにもう一度この服を着てもらえたらいいなぁ……)


 雨の日の誠を思い出させてくれた服。
 真里はどうしてもその姿が忘れられなくて、誠が他の服の試着をしている間にこっそりと購入していたのだ。


 真里はもう一度誠の匂いを嗅ぐと、それをビニール袋に戻し、洋服ダンスの中に大切に閉まった。

Part.50 【 夏祭り(誠&真里編) 】

 
 ミーンミンミンミンミンミンミンミーーーーーーン

 ジジジッ‼


 夏の風物詩、蝉の声が聞こえる。
護国(ごこく)神社前は屋台を回る人々で溢れかえっていた。

 毎年50万人もの老若男女が集う納涼祭、
○×川の畔では毎年恒例の花火大会を見るために、多くの見物用のシートが敷かれ、バーベキューを開く者、お酒を飲みどんちゃん騒ぎに興じる者、用意したお弁当を食べる者など、様々な人々の姿が見受けられた。

 また街の各地で法被(はっぴ)や半纏(はんてん)を着た男達が、御神輿(おみこし)を担ぎ、威勢の良い声を上げていた。

 この納涼祭と同じように、恭子達のサークルも、活気づいていた。


「ホームページ完成オメデトー!」


 パァーン!とクラッカーを鳴らし、ホームページの完成を祝うLilyメンバー達。

 制作の一番の功労者は、入ってまだ3ヶ月あまりでデザインを手掛けた真里と、プログラミングを任され、一年余りでコードを完成させた誠の二人であった。

 サークルのリーダである恭子からお礼の言葉があがる。


「本当、二人には感謝してる、特に真里ちゃん。今までテンプレートしか使ってこれなかったんだけど、あなたのおかげでこんなに素敵なページに仕上がったわ」


 そう言う恭子の持つスマホには、真里の作ったサイトのページが映っていた。
 真里は、パソコンからの表示画面のみならず、スマホから見たデザインも手掛けていたのだ。


「いえいえ、私元々こういうことするのが好きなんで、制作していてとても楽しかったです。それに私だけじゃなく、マコトさんや、みんなの協力があったから出来たことだと思います」


 恭子からのお礼を謙虚に受け止める真里。こういう人間のできたところも真里の魅力の一つであった。


「そうね。これもみんなの協力の賜物よね。でも専門的な技術についてはやっぱり真里ちゃんの力が不可欠だわ。これからも引き続きよろしくね」

「はい!」


  目を合わせ笑い合う二人。初めのうちは、恭子のことを気難しい人だと感じていた真里であったが、協力してホームページという一つの作品を作り上げた今となっては、ずいぶんと打ち解けた関係となっていた。



 ※※※



「はい、というわけで、次の展示会の売上が◯◯◯万を超えたら、サークル旅行を企画しようと思います」


 パチパチパチパチ


「ホームページも出来たことだし、お客さんの反応が楽しみね。それじゃあ後は、みんな好きなように楽しんでいってね」


 恭子の話が終わり、各々パーティーを楽しみ始める。


「マコちゃん、今日のお祭り、俺と一緒に行かない?」

「いやいや、俺と花火見ようよ! 良い場所知ってるからさ!」


 サークルの男性数名が誠獲得に乗り出す。


「ちょーっと、あなた達マコちゃんが男なの知ってるでしょ? それでもいいの? ホモなの?」


 誠の人気に嫉妬した女性が警告する。


「良いに決まってるだろ?
可愛いは正義だ。こんだけ可愛ければ、男の娘だって俺は構わない」


 ド直球に爆弾発言をする男性部員。


 新学期が始まり三ヶ月、初めは50名ほどいた新入部員も恭子がレズだったり、誠が男だということがわかり、単なる出会い目的だった男性部員の数は激減していた。

 現在もまだ残っている男性部員は、真面目にデザインや経営を学びたいというメンバーと、恭子がレズでも誠が男でも、構わないという雑食系男子に分かれていた。

 今回のように誘われることは今までもあったのだが、誠は元々奥手なタイプだったのと、恭子も気づかない催眠の欠陥があり、なかなか靡(なび)きにくい状態にあった。


「皆さん、ダメです! マコトさんは私とお祭りに行く約束をしてるんです!」


 そう言い、誠と腕を組むようなポーズを取る真里。
 誠は困ったような顔をしながらも、真里と先約があったことを男性陣に話し、丁重にお断りした。

 そんな真里の様子を、恭子は鋭く見つめていた。


「ねぇ、直美」

「なぁに? キョウちゃん♥」


 身体を擦り付けて甘える仕草をする直美。


「あなた、真里ちゃんと高校時代からの友達なのよね?
あの子よくマコちゃんとくっついてるけど、男にしか興味ないってこと、知ってるのかしら?」

「うん、知ってると思うよー。でもね、真里ちゃんレズだから、それでマコちゃんのこと好きになったんじゃない?」

「えっ!? そうなの?」

「うん、高校の時に、女の子同士のエッチな漫画読んでて、そういうの好きって言ってたよ」

「人は見かけによらないわね……」


 これは直美の大きな勘違いだった。

 高校の時、真里が誤って直美にGL本を渡してしまったことから、直美は真里のことを同性愛者と見なすようになっていたのだ。


(まさか真里ちゃんがレズビアンだったなんて……。でもマコちゃんは実際、男よね? 女の見た目だから良いのかしら? でもマコちゃんは、男にしか興味がない訳だし、女の真里ちゃんではチャンスはないわよね……)


ジュースの入りのコップに口をつけながら考え込む恭子。
 真里のこれまでの態度を見て、女に興味のない男性をわざわざターゲットにするなんて、なんとも変わった女性だなという印象を持っていた。



 ※※※



 夕方になり、パーティーの閉会を告げる恭子。
 今日はこのまま解散ということで、メンバーはそれぞれ、お祭りに出掛ける者、バイトに行く者、家に帰る者と、散り散りになっていった。

 誠が真里に声をかける。


「ねぇ、真里さん。せっかくのお祭りだし、恭子さんに浴衣借りてこようかと思うんだけど良いかな?」

「もちろん、良いですよ。じゃあ私も一旦家に帰って浴衣に着替えてきますね」


 真里はすぐ近くの自宅へと戻り、浴衣に着替えることにした。



 ※※※



 時刻は午後六時、徐々に辺りも薄暗くなってきていた。

 待ち合わせ場所で誠を待つ真里。


「お待たせー♪」


 誠の可愛らしい声がして振り向く。

 そこには長く伸ばした髪を綺麗に結び付け、可憐な髪飾りを射し込んだ誠がいた。

 高級そうな繊維を使った浴衣、鮮やかな模様の帯。
 元々白い肌にほんのりと薄化粧を施し、朱のシャドウを薄く入れた姿はまるで天女を思わせる幻想的な美しさを放っていた。


 ____ドキンッ!


 その姿を見て、真里は思わず胸を打たれてしまう。
 今の誠には男性的な魅力はあまり感じられない。にも関わらず、誠が近づくにつれて心臓の鼓動が高くなっていくのだ。


(ウソ……ドキドキする……どうして?)


 自分の今の心境に戸惑いを見せる真里。
坊主憎ければ袈裟まで憎いという諺(ことわざ)があるが、真里の中では、この諺とは反対の現象が起きていた。

 すなわち、誠が好きであれば女装姿でも良いと思えるようになってきていたのだ。

 元々GL物の同人誌や、お気に入りのキャラクターのテトが女装する姿を見ても良いと思える真里である。

 毎日接してきていて、誠の女装姿を見慣れてきていたのもあるが、本格的にお色直しをした誠を見て、思わず良いと思ってしまったのだ。


「どうしたの? 真里さん」


 いつもとは違う様子の彼女に誠は不思議そうに尋ねた。
 誠の声に気づき、真里が返事をしようとしたところ……


「私の選んだコーデはどうかしら? 真里ちゃん」


 恭子の声が聞こえ視線をずらす。
ちょうど誠が歩いてきた方向から、恭子と直美が揃って近寄ってくるのが見えた。


「え、えぇ……あまりにもマコトさんが綺麗だったもので見とれてました」

「ありがと、マコちゃん元男だから自分の浴衣持ってなくて、ちょうど余ってるのがあったから貸してあげたのよ」


 そう言い、恭子は真里の頬に手を添えると言葉を続けた。


「綺麗な肌……真里ちゃんも元の素材は良いんだから、磨けばもっと綺麗になれるわよ。今度一緒に買い物に行って、全身コーディネートしてみるのはどうかしら?」


 真里は喪女の期間が長かったこともあり、
メイクやコーデの技術は一般的な女性に比べると劣っていた。

 最近はようやくマシになって来てはいたものの、
雑誌を読んでも感覚的に分かりづらいと感じることが多かった。


「良いんですか? 恭子さんに教えていただけるなんて夢のようです!」


 ファッションデザイナーの卵である恭子が自分の服を選んでくれるというのだ。真里にとっては願ってもない、申し入れだった。


「じゃあ、今度予定が空いたら一緒に行きましょうね。真里ちゃん」


 微笑み、真里の頬からスーっと指を引っ込める。
 恭子は「じゃあ、直美とデートに行ってくるわね」と言い、直美の方へと歩み寄っていった。


(直美の言った通り、真里ちゃんはやはりレズなのかもしれないわね。マコちゃんの浴衣姿を見て、あんな反応するなんて、普通の女の子ならあり得ないことだわ……)


 真里が高校時代から誠を好きだったことを知らない恭子は、そのまま真里をレズビアンだと信じ込んでしまった。



 ※※※



「それじゃあ行こっか、真里さん」


 そう言い真里を呼ぶ誠。

微笑んで名前を呼ばれるだけでも、真里はキュンと胸を締め付けられる思いだった。


(誠くん、髪飾りと浴衣、ホントよく似合うなぁ……
私が男だったら、絶対恋に落ちてるよ。いや、既に恋してるんだけどさ。
今回は女の誠くんにって意味で……)


 真里は先日の男装姿の誠も良いが、こういう姿の誠もなかなか良いなと思い始めていた。


(いやいや、ダメダメダメ……
誠くんのホモを直そうとしてるのに、私がレズになってどうするの?
私はあくまで男の誠くんが好きなのっ!)


 自分の中に湧き上がる思いに自重を促す真里。


「今日は何だか元気ないけど大丈夫? 真里さん」


 心配する誠の声に気付き、パッと前を見る。

 誠は立ち止まっていたのだが、考え事をしながら歩いていた真里は気づかず、
誠にぶつかりそうな位置まで近づいてしまっていた。

 すれすれで立ち止まり顔を上げると、誠の顔が自分のすぐ目の前にあることに気づく。あと少しで唇と唇が触れてしまいそうな距離だ……


 ドキンッ♥


「ふぇえ!? な……ななな、何でもないです!
 ただちょっと考え事をしていただけです! 真里は今日も元気です!」


 顔を赤らめ、慌てて後退る真里。
 急な心臓の揺らめきに、思わず胸に手を添えてしまう。


「そっか、それなら良かった」


 誠の顔を近距離で見せつけられた真里はドキドキが止まらなかった。


(ヤバイ……浴衣姿の誠くんヤバイ……
このままじゃ本当に百合の世界に招待されちゃうよ……あぶない、あぶない……)


 誠は真里のことを、気にかけながら歩いていた。
 何でもないとは言いつつも、今日の真里はどこか上の空なのだ。


「真里さん、この先階段だから気を付けてね」

「はい」


 と返事はするものの、真里はどこか朧気な表情だ。

 誠はもしもの時のために、真里より少し先に階段を降りることにした。

 数秒経って、真里が階段に差し掛かる。


 ガクンッ


(えっ……‼)


 急に身体が落ちる感覚に対応できず、真里はバランスを崩してしまった。


「危ないッ!」


 前のめりになる真里の身体を、誠は全身で受け止めた。

 二人の身体が密着する。
 誠は真里がこれ以上変な方向に倒れないようにギュッと抱きしめた。


「………………」

「…………あっ、す、すみませ……」


 そこで真里は気づいた。

 自分が誠に抱きしめられているという事実に。

 恭子から香水を付けて貰ったのか、誠の浴衣からはほんのりと良い匂いがする。
 男性にしては少し華奢な身体つき、思い込みのせいか女性特有の胸の柔らかささえ感じてしまうようだ。

 そして極めつけは真里が大好きな誠の表情……


 ドキドキドキドキドキドキドキドキ……


(あ……あひぃぃぃ!? ひゃあぁぁぁぁぁ!
ダメぇぇぇぇぇぇぇ!! レズになっちゃうぅぅぅぅぅぅ!!!)


 男女のおかしな百合展開に真里のノーマルの壁には、徐々にヒビが入ろうとしていた。


「真里さん、今日はやっぱり調子が悪いみたいだね。危ないから手をつないで歩こう」


 心配した誠は、そう言い真里の手を握る。


(ま……誠くんが、私の手を……!)


 男性特有の形ではあるが、白粉(おしろい)を付けているのか、誠の手は女性のように白くサラサラしていた。

 決して調子は悪い訳ではないのだが、そのまま手をつないでいたかったので、素直にこの流れに身を任せることにした。


「は……はい、すみません……
 ちょっと調子悪いみたいで……お言葉に甘えちゃいます……」


 真里は手をつないだまま、誠に寄り添った。



 ※※※



 空はすっかり暗くなり、
提灯(ちょうちん)や屋台の灯りがお祭りの雰囲気をより一層盛り上げていった。

 屋台の中心地を進み護国神社を目指す二人。

 身体を寄り添いながら歩く様は、仲の良い友達同士というよりも、レズビアンカップルという表現が合いそうな印象だ。

 しかし今の真里には、人からどう思われるかよりも、誠とこうして歩けることの方がずっと大事だった。


(そうだよ。私は男とか女とか関係なしに、誠くんという性別が好きなだけなんだ。
 だからこれは百合ではない。んんー! 我ながら名案かも?)


 少し言い訳くさくはあるが、ノーマルのままでいたいという真里の防衛本能が働いたのだろう。

 そのおかげで、先程よりもずっと冷静に誠に対応できるようになっていた。

 二人は護国神社の鳥居を抜け、参列者の列に加わった。

 順番が回ってきてお賽銭を入れる。


 チャリーン♪

 コトン……ポトッ

 ガランガランガランガランガラン……

 パンパンッ!


 手を叩き二回お辞儀をする。


(もっと女の子らしくなって、早く彼氏ができますように)

(誠くんが男の子に戻って、私の彼氏になってくれますように)


 決して同時に叶えることができない二人の願い事。
これには、さすがの神様も困惑気味だ。

 お参りを終えると、二人はそのまま屋台巡りを始めた。

 花火の打ち上げ時間が迫っていたこともあり、
急いでお好み焼きとラムネを買うと、○×川の畔まで進んだ。

 しかし、どこも人だかりでいっぱいで座れる場所はない。


「真里さん、ちょっとここよりは見晴らしは、悪くなるけど、公園の方に行ってみるのはどうかな?」

「私はどこでも大丈夫です。お任せします」


 真里は誠と一緒なら本当にどこでも良かった。

 こうして腕を組んで歩いているだけでも十分幸せなのだから……



 ※※※



 公園に到着する二人。
 人の姿はポツポツと見えるものの、その数は疎らだった。

 空いているベンチを発見した二人はそこに座ることにした。
 ラムネの栓を開け、お好み焼きを食べ始める二人。


 パンッ! パンッ!と音を立てて、七色に輝く花火が空に舞い上がった。


「あっ、始まったね」


 ドーーーーーーーーーーン!
少し間を置いて、空を覆うような大きな花火が展開する。


「わぁ、綺麗ー♪」


 ヒューーン……パラパラパラパラ……
 その後も、大小様々な花火が人々の目を魅了していった。


「たーまやー」

「たーまやー」


 フフフと笑い合う二人。
 そうしてお好み焼きを食べながら優雅に浮かぶ花火の美しさに見とれていた。

 〇✖市の納涼祭は、毎年数万発もの花火が打ち上げられる。
 祭りの最中は、常に何かしらの花火が空に浮かんでいる状態だ。
 
 お好み焼きを食べ終わると、誠が真里に身体の調子を尋ねてきた。


「真里さん、身体の調子は大丈夫?」


 真里はそれを聞かれて少し迷った。
 ここで元気になったと言えば、もう手をつなげなくなってしまうかもしれない。

 誠には悪いとは思ったが、真里はまだ調子が悪いままでいることにした。


「えっと……まだちょっと調子悪いかもしれません……」

「そっか、じゃあ少し横になって。私の太ももを枕にして良いよ」


(!!!)


 真里はそれを聞いて驚いたが、チャンスとばかりに甘えることにした。

 ベンチの上に身体を預け、誠の太ももに頭を乗せる。


 ヒューーン……バーーン‼


「今度のは大きいねー」

「そうですね。すごい綺麗です」

(はぁ……すごい幸せ……
まさかあの誠くんとこんな風に花火を見れるなんて……)


 関係は望んでいたものと少し違うが、それでもこのように誠とお祭りを満喫できて、真里は十分幸せだった。


「あの……」

「んっ?」

「また来年もこうして一緒に花火見てくれますか?」


 誠は慈愛に満ちた表情を浮かべながら

「もちろん良いよ。来年も一緒に見ようね」と、答えた。


 そんな誠の姿を見つめながら、来年こそは男性の姿の誠と……と思う真里なのであった。
った。

Part.51 【 夏祭り(恭子&直美編) 】

 誠を真里の元へと送り、直美と恭子は露店巡りをしていた。

 バナナチョコ、綿あめ、焼きトウモロコシなどの食事系の露店から、くじ引き、射的、型抜きなどの景品を当てるタイプの露店まで様々なお店が何百件と立ち並んでいる。

 
「キョウちゃん、見てみて~♪ あそこに金魚すくいあるよ!」


 指を差し、恭子に注目させる直美。
 金魚すくいなど今時珍しい物でもないのだが、夏祭りということもあって、直美は何に対してもハイテンションだった。


「……ちょっとやってみようか?」

「うん! するする~♪」


 金魚すくいをする親子連れを見つけ、一瞬寂しそうな顔をする恭子であったが、すぐに気分を取り直し、直美と共に水場の前に座った。


「おじさん、2個ちょうだい」

「おっ! 別嬪(べっぴん)さんだね~、2個ね! ハイヨっ♪」


 ねじり鉢巻きをした50代くらいの陽気な主人からポイを受け取る二人。
※ポイ=金魚すくいで使う、針金の枠に薄い紙を張った道具のこと


 恭子はそれを受け取ると、水の中で泳ぐ金魚に狙いを定め、軽やかにスナップを利かせ掬(すく)い上げた。


「おっ、すごいキョウちゃん!」


 恭子があまりに軽やかにすくってしまうもので興奮気味の直美。


「ふふ、まだまだよ? 見てて、直美」


 そう言うと再び同じポイを水に入れ、そそくさと他の金魚もすくってしまった。

 まるで決して破れない特殊な紙を張っているかのようにすくい上げ、お椀の中はあっという間に金魚や出目金(でめきん)でいっぱいになってしまった。


「すっごーい!」

「やるねぇ嬢ちゃん」


 先に金魚すくいをしていた親子連れも、恭子のすくう様子を楽しそうに見つめていた。


「よーし! あたしもやるぞ~~~!」


 恭子に触発され気合を入れた直美が挑戦を始める。


「おう、短髪の嬢ちゃんも頑張れ~」


 ボチャッ! ズブッ………


「あっ!」


 しかし、直美は金魚をすくうも何も、水に入れただけで紙を破ってしまった。


「えぇ~~……うそ~……」


 あまりにも簡単に恭子が金魚をとるもので、自分も簡単にできると思ったらしい。
 すぐに紙が破けてしまいショックを受けているようだ。


「ありゃー残念だったな。ほれ、これ使いな! お嬢ちゃんも別嬪さんだから、これはおじさんからのサービスだよ」


 美人にはめっぽう弱い主人。隣に置いてある箱の中からポイを取り出すと、直美に手渡した。


「やったぁ♪ ありがとう、おじさん!」


 そして今度はゆっくりと水の中に入れる。


「よ~し……よ~し……おりゃ!」


 バシャンッ!


「うおっ!」


 あまりに勢いよく直美がポイを掬い上げるため、水しぶきがおじさんに降りかかった。

 もちろんポイは、見る影もなく破けてしまった。


「あっ……ごめんなさ~い……」

「へへへっ、別に良いってもんよ。逆に涼しくなって良い感じよぉ」

「直美は勢いがあり過ぎるのよ……
もっと紙に水の抵抗を与えないようにやらなきゃね」

「ちぇっ」


 恭子は直美を諭すと隣の親子に話しかけた。


「僕、お姉さん達ここで終わりにするけど、この金魚要らない?」

「えぇっ? いいの~?」

「えぇ、良いわよ。大事に育ててね」

「ありがと~!」

「すみません、こんなに頂いちゃって」

「いえいえ~お気になさらずに」


 親子連れが揃ってお礼を言う。
 恭子は立ち上がり、店の主人にお礼を言うと、直美を連れて露店巡りを再開した。



 ※※※



「さっきのあげちゃって良かったの~?」


 直美も金魚が欲しかったのか、恭子が親子連れに全て与えてしまったことに、少しだけ不満があるようだ。


「ええ、持って帰ったって育てなきゃいけないでしょ。うちには水槽ないし、貰ってくれる人がいるならあげちゃった方が良いと思って」

「あたしが育てても良かったのに~」

「直美じゃ、死なせちゃうわよ……生き物を育てるには根気が必要なのよ」

「えぇ~~~! あたし、根気あるも……ないか……」


 自分に根気がないことを思い出し、納得をする直美であった。



 ※※※



「あ、ボール投げがあるわよ。あれしてみない?」

「うんうん♪ しよっ♪」


 恭子達が次に目を付けたのは、大小さまざまな大きさの穴にボールを投げ入れるボール投げ露店だった。

 ボールを入れると難易度にあった景品を貰えるのだ。


「2人分お願いします」

「ハイ! 一人三回投げれます。こちらを使ってください」


 比較的若い店主が、ボールを二人に差し出す。


「じゃあ投げるわよ」


 平均よりも少し大きめの穴に向かって、恭子がボールを投げた。


 ドンッ……トントントントン………


 しかし空しく壁に当たり、穴には入らなかった。


「あっ、おっし~い」

「おかしいわね? えいっ!」


 ドンッ!


「あら? とぉっ!」


 ドンッ!


「ざんね~ん……じゃあ一度も入らなかったので、残念賞で飴ちゃんプレゼントです」


「やったぁ! 飴ちゃん貰えたよ! キョウちゃん♪」

「う……嬉しくなんか……ないんだから……」


 ちょっと悔しそうにしている恭子。
 こういう競技系は向いていないようだ。


「次は直美の番よ、頑張ってね」

「うん! 今度は上手くやるよ!」


 そう言いボールを手に持ち、穴を見つめる直美。
 無謀にも、全ての穴の中でも、最も小さな穴を狙っている様子だ。


「ちょっと、直美。まさかあの穴に入れるつもり? いくらなんでも無理よ……」

「お姉さん、この穴はちょうどそのボールと同じ大きさです。もし入れるならまっすぐ入れないと絶対に入りませんよ?」


 若い店主がアドバイスをくれる。
 これまで、この穴に入れた人がいないといったばかりの余裕の表情だ。


「大丈夫、あたしならできる」

「ふぅ……直美ったら、相変わらずなんだから」


 恭子も直美がその穴に入れられると思っていないのか、しょうがない子だなといった様子で直美を見つめていた。


「………」


 直美が全神経を目と手に集中させる。
 しっかりと標的を捉え、まるで虎が獲物を狙うかのようだ。

 距離・高さ・風の向きなど、直美が自ら考えずとも、生まれつきの身体能力がそれらを全て自動処理する。


(できる……!!)


 直美は腕を振りかぶると穴に向かってボールを投げつけた。


 ………ヒュン!


「えっ!?」


 恭子が驚き声をあげる。
 直美の投げた球は、小さな穴に収まり、音一つ立てることなくすっぽりと抜けていった。

 それはバスケットボールがリングにもネットにも引っ掛からず、音を立てずにストンと入るのに似ている。


「すごい……」


 あまりに完璧な入り方に驚嘆する店主。


「まだまだ~!」


 ヒュン!……すぅ~~っ

 ヒュン!……すぅ~~っ


「う……うそ……」


 恭子が驚愕するのも無理がない。
 3回連続、ボールはまるで穴に吸い込まれるかのように入ってしまったのだ。


「いや~こんなお客さん初めてです。御見それしました」


 店主が良いものを見たといったばかりに頭を下げる。


「よっしゃ! おにいさん、景品はなんなの~?」

「ハイ! 景品ですけど、こちらの穴の景品は、今話題のFiiの人気ソフト『パケットモンスター!ピカテウ』です!」

「………」


 真顔で店主を見つめる直美。


「直美……ハードがないのよね……」

「うん……」

「ありゃ! そうでしたか……」


 ソフトだけあっても仕方がない。直美は残念そうに肩をおとした。


「お兄さん、その商品がこの中で一番高いのよね? それだったら、それ以外の商品で好きな物どれでも選んで良いってのはどう?」

「もちろん、良いですよ♪」


 恭子が提案する。
 店主も都合が良いのか快く承諾してくれた。


「さっすが、キョウちゃん! あったまイイ~♪」


 直美と恭子は、二人で景品を品定めしていき、結局お揃いの服を着た白と黒のクマのぬいぐるみにすることにした。


「えへへ~♪ あたしが黒で、キョウちゃんが白ね。そういえば、こうやってお揃いのグッズ持つの初めてだよね!」

「そうね、白いクマありがとう。このクマ直美だと思って大事にするわ」

「あたしもこの黒クマ、キョウちゃんだと思って大事にする~」


 つぶらな瞳をしたクマ、お揃いのグッズを手にしたことに二人とも喜んでいた。



 ※※※



 その後、クレープとラムネを購入した二人は、花火を見るために、恭子が知っている穴場のスポットへと移動した。


「うわ~ここ全然人いないね。静かだしなんか良い感じ」


 二人は短い草の生えている緩やかな斜面に座った。
 少し降りたところは道路になっているのだが、車の通りはほとんどない。

 風通しが良いのか、そよ風が肌に触れる感覚が気持ちいい。


「意外とみんなここには注目しないのよね。お墓が近いからかしら?」

「えぇっ!? それって怖くない?」


 恭子が斜面の上の方を指差す。
 薄暗くて見えにくいが、たしかに墓石や卒塔婆(そとば)のようなものが見える。
 墓の周りには高い木がいくつも生えており、奥にはお寺があるようだ。


「怖くないわよ。お墓っていうのは元々良いものなのよ? 悪い霊がいたとしても、お墓の人たちが守ってくれるんだから」

「へぇ~そうなんだ~それじゃあ安心だね♪」


 普通なら、こんな夜中に墓を背にするのは嫌なものだが、単純な直美は恭子の話を聞いて、すっかり安心している様子だ。


 ひゅ~~~~~~ん…………パァーーーーン!!


「あっ! 花火だ」

「始まったわね」


 空に舞い上がる花火を眺め、クレープを頬張る二人。

 途中直美がラムネの開け方が分からず、噴出事故に見舞われる不幸な出来事もあったが、それ以外は何事もなく、心穏やかな時間は過ぎていった。


「………ねぇ、直美……」


 恭子が直美の方を向き、左手を太ももに当てる。


「なぁに? キョウちゃん」


 聞いてはいるが、恭子が何を求めているか分かっている様子だ。頬を赤く染め、期待するような表情をする。

 恭子は太ももに当てている手を直美の浴衣の衿下(えりした)の部分に差し込むと、そのまま下から上へと撫でていった。


「ぁ……はぁ……」


 恭子の手が直接肌に触れ、軽く息を吐く直美。
 恭子は右手を直美の背中に回すと、優しく抱き寄せた。
 首筋にキスをし、舌を這わす。
 そしてそのまま味わうように舐め始めた。


「あぁん……キョウちゃん……気持ちいい……」


 首筋をヌルヌルとした恭子の舌が這いまわり、直美は背筋をゾクゾクさせた。
 恭子は太ももに添えた手をさらに奥へと差し入れ、直美の陰部へと触れた。


「えっ……?」

「んっ………どうしたの? キョウちゃん」


 恭子の動きが止まり、直美は疑問を投げ掛ける。


「直美……もしかして下、履いてないの?」

「んっ? 履いてないよ? 浴衣って下は履かないんじゃないの?」


 セックスを一旦中断し浴衣の話になる。


「普通、履くものよ?」

「違うよ~昔っから浴衣は下着は付けないものだってネットに書いてあったよ」

「それこそ違うわ。浴衣ってのはね。
元々は寝間着として使われていたものなの。
昔は寝やすいように下着は付けないものだったんだけど、外に出掛ける前提だったら、履くのが普通よ」

「へぇ~そうなんだ~」

「で~も、今回ばかりは履いてこない方が正解ね♡」


 そう言い、恭子はそのまま直美の濡れぼそっている割れ目に指を這わし、優しく女唇を愛撫した。


「んにゃっ❤……ぁんっ❤」


 不意打ちの愛撫に、直美はビクっと反応し声をあげた。

 恭子はヒダヒダに触れる左手の人差し指、中指、薬指の三本の指を、リズミカルに動かし、直美の女の蕾を喜ばせた。


「キョウちゃん……はぁっはぁっ……それ……いいっ!」


 直美の声が、徐々に熱を帯びてくる。
 直美の膣口からは淫らな液体が噴き出し、その辺一帯を潤いのある大地へと変えていった。


「直美、横になって……」

「うん……」


 恭子は次に直美を地面に寝かせると、浴衣の衿(えり)の部分をはだけさせ、剥き出しになった胸を掴んだ。


「ふふ……ブラもしていないのね……相変わらず、おっちょこちょいなんだから❤」

「ぁんっ‼」


 直美のこういう間の抜けたところも愛らしい。

 恭子は直美の胸の谷間に顔を寄せると、ほんのりと冷たく柔らかい乳房に舌を転がし、その感触を楽しんだ。

 はだけた浴衣の合間から直美の乳首が顔を出す。恭子は次にそれを口に含むと、唾液を絡め、音を立てて吸い込んだ。


「うぅん!! あっ……気持ちいい……」


 愛する人の温もり。舌による愛撫。
 直美はよがり身体をくねらせた。

 恭子の胸と陰部への愛撫続く。


 ヒューーン……パラパラパラパラ…………

 「あぁんっ、キョウちゃん❤ すごい……はぁっはぁっ……ンンンッ!!」


 高く甘えるような直美の声が、花火の音と混じり合うと、なぜか風流な感じがしてしまう。

 浴衣を着て、しているからだろうか?

 吉藁(よしわら)の花魁(おいらん)は、初めて客を取らせる時、娘が失敗をしないように女同士で行為に至らせ、触れあうことに慣れさせていたと聞くが、浴衣姿で行為に至ると、まるでその一場面にいるような気持ちがしてしまう。

 恭子はそのようなことを考えながら、野外で行う初めての性行為に倒錯的な感情を抱いていた。


「キョウちゃん……あぁぁ……あたし……も、そろそろ……イキそう……」


 巧みな恭子の指使いにより、直美は限界を迎えようとしていた。
 恭子は一旦愛撫を止め、直美にキスをすると妖しく誘うような声で語りかけた。


「直美は今日はどんな風にいきたい? なんでも聞いてあげるわよ?」

「うん……今日わね……キョウちゃんのおまんこの香り、クンクンしながら、おまんこペロペロ舐めたり、舐められたりしたいな♡」


 直美が上目遣いでお願いをする。恥ずかしがってはいるが、十分乗り気のご様子だ。


「うふふ……69ね♡ 直美は本当におまんこ好きね♡」


 大学に入ってからもレズビアン一直線の直美。

 たまに恭子は直美の部屋を掃除することがあるのだが、どこから手に入れたのか、性描写の激しい女同士の恋愛漫画が積み上げられていることがあった。

 そのことからも、直美の性的指向が、今もなお女性だけに向いていることが分かる。

 直美には、これからもずっと女性だけに興味を持ち続け、自分の身体だけを味わって欲しい。

 そう思いながらショーツを脱ぐと、恭子はヌルヌル湿った自らの女性器を直美の口元へと降ろしていった。


 ちゅぷ……ずずずっ……はぁ……ちゅっちゅっ……


 さっそく直美は、恭子の女唇とキスをする。

 愛しの花園を口に含み、舌先を巧みに使い丹念に舐めとっていく。
 同時に両手で恭子のお尻を掴み、グイグイと自らの口に押し付けた。


「あぁ……んんんっ……直美……上手……」


 恭子は上半身を直美の身体の上に降ろすと、先ほどまで責めていた直美の膣口へと顔を近づけていった。


「はぁ……直美の匂い……ちゅ……ちゅ……」


 唇にキスをするのと同じように、愛情を込めて直美の膣口にキスをする。
 恭子の吐息と唇の感触に、直美はさらに官能が高まり、舌の動きを加速させていった。


「あっあっ……直美……その動き……いぃ……」

「キョウちゃんも……キス上手……あっぁっ……イキそ……」

「んんっ……直美……あぁ……あぁっ!」


 恭子も直美もどちらも腰を振り始める。

 直美は地面に背を付けているので、腰を突き出すような形で動き、恭子は腰を上げているので、腰を振るような形で動いている。

どちらも自らの陰部を相手の口に押し付け、刺激を得ていた。

 溢れだす淫泉を、渇いた二匹の雌は啜(すす)るように飲み干していく。

 それは、それぞれの愛液が体内を通して循環しているのと同じこと。

 お互いの体液を共有した二人は、更なる高みへとパートナーを誘(いざな)っていった。


「あっ! あっ! 直美……もっと…もっと振って!! はぁっ! イクっ! イクッ!!」

「んっ! んんんっ! キョウちゃん! あたしもっ! イクっ! イクッ!!」


 お互いの名を呼び、ラストスパートを駆ける二人。

 そしてしばらくして……大きな痙攣と共に……


「「イクぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!」」


 同時に絶頂を迎えた。


 ヒューン……ドーーーーーーン!!
 パラパラパラパラ………


 静かな静かな空間に、二人の息遣いと、散りゆく花火の音だけが鳴っていた……



 ※※※



 次の日……


「あ~~~!! かゆいかゆいかゆいかゆい~~!!」


 直美がポリポリと太ももや背中を掻いている。
 掻いた場所は赤く腫れあがっており、どうやら虫に刺されてしまったようだ。


「もぅ……そんなに掻かないの。跡が残るわよ」

「キョウちゃんは、かゆくないの~?」

「私は普段からお肌の予防やメンテをしてるから、昨日も虫よけスプレーを全身に付けていたわ。直美も当然つけているものと思ってた……」

「えぇ~~!! 全然つけてないよ~! キョウちゃんだけずるい~~」

「ごめんね……今度からは確認するようにするわ。とりあえずこの飲むかゆみ治療薬を飲みなさい」

「飲むけど……すぐに痒みは取れないし……」

「直美が虫に刺されてしまったのは、私にも責任あるし……じゃあ、こうしましょ?」

「どうするの?」


 恭子はとりあえず水と薬を、直美に差し出し飲むように促すと、痒がる直美の太ももに顔を寄せて、刺された箇所を舐め始めた。


「ちゅ……レロレロレロ……こうして直してあげる」

「あぁっ……キョウちゃん……ちょっとそれ……エッチ過ぎるよ……ふぁっ! ああぁん!!」


 直美は虫刺されの痒みと、恭子の舌から発せられる快感を同時に感じていた。

 舐められるうちに虫刺されのピリピリっとした感覚さえも、徐々に快感に感じられるようになってきた。


(あぁ……なんかこういうプレイも良いかも……)


 刺されはしたものの、新しい快感に目覚め、直美は夢心地なのであった。

Part.52 【 緩やかな女体化 】

 

 10月の展示会も近づき、準備の追い上げを行うLilyメンバー達。

 裁縫部屋では、新作の衣装を縫い上げるため、夜通しの作業が進められていた。


 ホームページの保守作業を終え、展示会の広告デザインを手掛ける真里。

 誠もプログラミングを一通り終えていたため、真里の作業を手伝っていた。


 カチカチカチカチ……カチカチカチカチ……


 黙々と作業を進める二人。

 キーボードのクリック音と、隣の部屋のミシンの音だけが聞こえる。

 真里のデザインは細部まで綿密に描かれていた。
 もっとシンプルにしても良かったのだが、遅くまで残るために、敢えて時間のかかるデザインにしていたのだ。

 誠には、付き合わせて悪いとは思っていたが、
こうすることにより……


「真里さん、もう遅いし、そろそろ終わりにして夜ご飯食べにいこっか?」

「はい! そうですね。だいぶ進みましたし、続きはまた明日しましょう」


 このように誠が、ご飯に誘ってくれるのだ。

 真里はこうして、誠と食べる夕食が楽しみでならなかった。



 ※※※



 今日は最近出店された博田のとんこつラーメンを食べれるお店に行くことにした。

 店はトラックのような外装で、車体には豚のイラストが大きく描かれている。

 店内は賑わっており、仕事帰りのサラリーマンが、カウンター席に大勢座っており、真っ白なスープをすすっていた。

 そして、ほのかに香る豚骨出汁の匂い。

 お腹を空かせている二人は、それだけで口の中に唾が溜まっていくのを感じていた。

 二人はカウンター席ではなく、ちょうど空いていた奥のテーブル席に座った。

 メニューは豚骨ラーメンしか置いておらず、麺の太さや種類、トッピングを選べるようになっているだけであった。

 さっそく好みの麺を選ぶ二人。
 真里も誠も麺の好みが同じようで、細いちぢれ麺を選択していた。


「ふぅー今日もお疲れ様、真里さん」

「マコトさんもお疲れ様です。私、とんこつラーメン、スーパーで売ってるのしか食べたことなかったので、すごく楽しみです」

「ここのとんこつラーメンは、塩分控えめで豚骨出汁の濃厚な味がよく分かるってことで有名らしいよ」

「わーそうなんだ♪」


 そうして雑談を続ける二人の元に、真っ白で飲みやすそうなあっさりとんこつラーメンが届けられた。


「「いただきまーす!!」」


 塩分控えめのとんこつラーメン。

 細く縮れた麺も、程よくスープを絡めとり、食べやすく仕上がっていた。

 夜遅くまで活動を続け、疲れていた二人にはちょうどいい食事である。

 このように真里と誠は、色んなお店に出掛けては、一緒に食事をしていたため、前にも増して関係は進展していた。


 その後、豚骨ラーメンを食べ終えた二人は、いつものように駅前で別れの挨拶をして、各自の家へと帰っていった。



 ※※※



 〇✖大学から少し離れた住宅街。

 築30年以上経ってはいるが、中はつい最近改装したばかりのアパートに誠は住んでいた。

 古びて黒く錆び付いている鉄の階段を登り、一番手前のドアを開けて中に入ると、お香の匂いが漂ってくる。

 以前、恭子からもらったネバール製のお香だ。
 靴箱の上に置いてあるだけなのだが、その匂いを嗅ぐと心が安らぐ気がした。

 誠はそのまま照明のスイッチを入れ、明かりを付けると、鍵をかけ、靴を脱ぎ、奥へと入った。

 8畳ほどの部屋には、白いベッドと白いテーブル・白い棚が置かれている。
 床には同じく白いカーペット、窓には白いカーテンが取り付けられており、全体的にホワイトコーディネートの大人の女性の部屋といった雰囲気だ。

 しかし、そのスマートな部屋のベッドには、少し雰囲気の合わない大きな猫のぬいぐるみが乗っている。
 高校時代、直美とデートに行った際に、ゲームセンターで奇跡的に取れた品物だ。

 昔はなぜか、男の自分の部屋にこんな可愛らしい猫のぬいぐるみなんて……などと考えていた時期もあったような気がする。

 しかし、今ではとても気に入っており、就寝時は必ずこのぬいぐるみを抱いて寝るようになっていた。


(ご飯も食べたことだし、お風呂にでも入ろうかな)


 誠は荷物を座布団の上に置くと、お風呂場に行き、お湯を溜め始めた。

 その間、その日着ていた服の手入れや、明日の準備を整え、再度お風呂場に行き、お湯が溜まったことを確認すると、蛇口を閉め、脱衣場で服を脱ぎ始めた。

 上着とズボンを脱ぎ、洗濯籠に入れる。

 そしてシャツを脱ぎ、同じく籠に入れると、誠は白いショーツとブラのみの姿となった。

 洗面台の鏡で自分のスタイルをチェックする。

 最近少しお腹が出てきたことを心配しているようだったが、はた目からは全く太ったようには見えない。

 慣れた手つきでブラのホックを外し、残っている下半身の白い布を取ると、籠の中へと入れた。


 「……………」


 白く華奢な身体が脱衣場の照明に照らされる。

 洗面台の鏡に映った誠の胸には、僅かに膨らむAカップの乳房があった。

 生物学的には男であるはずの誠に乳房がある理由。

 それは恭子から与えられたビューティーケア用品にあった。



 ※※※



 話は今から一年ほど前に遡る。

 誠は大学入学後、自らの性的指向について恭子に相談していた。

 内容は、今まで直美と付き合っていたものの、
本当は子供の頃から女性よりも男性に対して興味があり、大学に入ったのを機に女性になりたいというものであった。

 恭子は誠の告白に、特に驚く様子もなく、
ようやく打ち明けてくれたといった感じで受け止めていた。

 どうやら、恭子の家で誠が女装をしていた頃から、なんとなく勘づいており、いつそのことを告白してくれるのか、逆に待っていたそうなのだ。

 そして以前同様、恭子は親身になって、誠の相談に乗ってくれるようになり……

 より女性らしくなるにはどうしたら良いのか、女の姿で日常を過ごせるようにするには、どうしたら良いのかなど、一緒になって考えてくれた。

 それからというもの、恭子は誠の家に頻繁に出入りするようになり、その度に使わなくなった服などを置いていってくれるようになった。

 だが、使わなくなったと言っても、それらはほぼ新品の状態で、普通に買ったら、どれも何万円もしそうな高級服ばかりであった。

 誠はさすがにそこまでしてもらうのは悪いと思い、初めは断っていたのだが、恭子が古着屋で安く売るのだったら、誠に買い取って欲しいと言い出し、誠も実際欲しかったことから、買い取ることにしたのだ。

 とはいえ、それでも1つ100円か200円程度で、ほぼタダで貰ったようなものなのだが。



 次に恭子が持ってきてくれるようになったのが、ビューティーケア用品だった。

 ボディーソープ、シャンプー、コンディショナー、洗顔石鹸、クレンジング剤から入浴剤まで様々なアイテムを用意してくれたのだが、それら全てには女性ホルモンを活性化させる成分が配合されていた。

 実際それらを定価で購入すると1つ数千円はするような高価な品物ばかりだったのだが、恭子は値段を偽り、十分の一の値段で誠に買い取らせようとした。


 毎日の生活用品、それも恭子からオススメされている品とあって、誠は迷わず購入。

 それからというもの、毎日欠かさず使用していた。



 それらは、元々高い品物だったこともあり、美容の効果は覿面(てきめん)であった。

 誠の身体は徐々に白くハリのある肌へと変わり、
肉質も女性らしく柔らかいものへ、
髪質は太く艶のある髪へ、元々女性的だった誠の顔は、より柔和で優しいものへと変わり、
男性の服を着ていても、女性に間違われることが多くなるほどであった。



 そして極めつけが乳首に使用する女性ホルモン入りの軟膏剤(なんこうざい)だ。

誠は恭子から言われた通り、夜寝る前と、朝起きてから毎日乳首にそれを塗りつけていた。

 初めは軽くピリピリとした痛みが乳首に走る程度だったのだが、徐々に乳腺が発達してきたのか、乳首と乳輪が大きくなり、感度も上がり、勃ちやすくなってしまった。

 そして一年以上経過した今となっては、Aカップほどの大きさになってしまったというわけだ。


 誠は鏡の前で自らの身体を見つめると、小ぶりな乳房を軽く触った。
 女性としては小さな胸であるが、男性としては大きな胸。

 誠は徐々に女性化していく自身の身体を見るのが好きだった。



 次に自らの股間についてる可愛らしい娘を見つめる。

 毎日女性ホルモンを活性化させる石鹸で洗っていたこともあり、誠のペニクリは高校時代と比べて、さらに小さくなっていた。

 現在は小学校低学年の子と同じくらいの大きさだろうか?

 見た目は白く、手触りはサラサラ、毛が一本も生えておらず、実に女の子らしい。

 誠はかれこれ1年以上勃起していないが、
これでは例え勃起することができたとしても、女性の膣内に挿入することはできないだろう。



 誠の身体は、ペニクリと同じように鼻から下の部分に太い毛が一切生えていなかった。

 通常の男性ならば、毛を剃っても、すぐに新しいのが生えてきて、汚くなったりするものだが、誠には、そういった生えかけの毛すら全くなかった。

 これは恭子から貰ったカノンと呼ばれる家庭用脱毛器のおかげであった。

 カノンとは毛の生えている場所に光を照射することにより、毛根を根元から死滅させる機械である。

 恭子が最新型のを買うというので、
古い方の機械を、半ば押し付けられる形で譲ってもらったのだが、それにより、髭、腕、足、Vラインや脇の部分まで全ての毛を脱毛することができたのだ。



 このように誠の体は恭子の協力により、
爪の先から頭のてっぺんまで、全て女性的なものへと変わっていた。

 身体を女性的なものにするには錠剤や注射器を使う方法もあり、そちらの方が即効性はあるのだが、
恭子が敢えて錠剤や注射器を使用しなかったのは、高校時代に誠が〇〇大学を落ちたことに理由があった。

 誠が〇〇大学を落ちた理由は、決して誠の勉強不足などではなく、恭子が誠の精神を催眠術によって、必要以上に弱らせてしまったことに原因があった。

 錠剤や注射器はたしかに即効性は高いが、副作用が大きく、精神への悪影響も考えられる。

 一度失敗していた恭子は、誠の大学生活を考慮してこのような方法を取ったのだ。

 そのおかげで誠は女性化と勉学の両立を成すことができていたのである。

 誠は今の自分の身体に満足すると、身体を洗い、恭子から購入した入浴剤を浴槽に入れ、ゆったりと浸かって一日の疲れを癒した。



 ※※※



 誠はお風呂から上がり、髪を乾かして、軽いストレッチを行った。

 そして一杯のホットミルクを飲み、歯を磨く。

 そうして就寝前の一連の習慣を終えると、電気を消してベッドへと上がり目を閉じた。



 それからしばらくして、ベッドの上から誠の吐息が聞こえてきた。


 「んっ………はぁ…………」


 誠が乳首に指先を添えて撫で始めたのだ。

 普段なら、ここで逞しい男性を想像して自慰を始めるのであるが……


(マコトさん、お昼ご飯一緒にどうですか?)


 なぜか、思い浮かべるのは真里の姿。

 最近は真里のことを考えることが多くなった。
 真里のことを思うと、なぜか懐かしい感覚を覚えるのだ。

 真里とは高校時代も何度か話をしていた仲ではあったが、その頃はまだそこまで親密な関係ではなかったはずだ。

 誠はどうして真里に対して、懐かしい感覚を覚えるのかわからなかった。


(ナオちゃんと付き合っていた頃も、こんな気持ちになったことはなかったのに……)


 恭子の催眠によって、直美との記憶は改変されていたが、誠が現在感じている気持ちは、直美と付き合っていた頃に感じていたものと同じものだった。


 恭子は大学に入ってからというもの、
進んで誠に催眠術をかけるようなことはしなかった。

 それは恭子が、直美を手に入れるという目的を達成したのもあり、これ以上、直美と誠の性質を歪めて嘘の関係にするのが嫌だったからである。

 現在の誠は、恭子の催眠術よりも、一日でもっとも長く接している真里の影響を徐々に受け始めていた。


 誠はその後、自慰をする気をなくし、
いつものように軟膏を乳首に塗ってナイトブラを装着すると、猫のぬいぐるみを抱き、そのまま眠ってしまった。


 誠は真里と過ごす時間が長くなるにつれて、
徐々にだが、女性と付き合っていた頃の感覚を取り戻しつつあった。

Part.53 【 旅行 】

 秋の展示会は大盛況のうちに終わった。


 ネット媒体、紙媒体の両方の宣伝力を強化し、
特にスマホ向けのコンテンツを強化したことが集客に繋がったと、恭子は見ていた。

 もちろん売上目標も達成。
 前年同月比で約3.4倍にも到達する売上高を記録し、
サークルの旅費はもちろんのこと、メンバー各自には給与とボーナスが支給され、特にバイトを控え協力してくれていたメンバーには嬉しい限りであった。

 その後、サークル内で旅行先を決める話し合いが行われ、『雪が見たい!』という直美の一言から、気軽にいけるT北に決まった。


「わー! 見てみて! 一面雪景色~♪」


 長いトンネルを抜け、電車の車窓に映る景色が一気に変わる。
 そこには真っ白な雪が紺青(こんじょう)の山肌に化粧を施すかのように塗られていた。

 滅多に見られない雪に大興奮のLilyメンバー達。

 電車はこの颯爽とした雪景色を、北へ北へと向かっていた。



※※※



 やがて、電車は目的地へと到着する。

 その日、恭子達の宿泊する宿は、T北温泉の○○荘。
 創業1000年以上は続く老舗旅館で、創作料理と源泉かけ流しの温泉を満喫できる高級宿だ。

 メンバーはそれぞれの部屋に荷物を置くと、
再びフロントへと集合し、スキー場への送迎バスへと乗り込んだ。

 それから一時間ほど移動し、山頂付近のスキー場へと到着する。



 ※※※



「はーい、じゃあ滑り方わからない人はこっちに集まってー!」


 恭子が声をかけ、スキー未経験者を集める。


「はーい、あたしわかんなーい」


 直美を含む男女五名がスキーの経験がなく、恭子の教習を受けることになった。

 恭子の前に並ぶ初心者を横をゆっくりと滑りながら、誠と真里が声をかけてくる。


「キヨちゃん、私、真里さんと上行ってくるね」

「恭子さん、指導頑張ってくださーい」


 そう一言添え、誠と真里はリフト乗り場に向かっていった。

二人とも、スキーを教えるのを手伝うつもりだったが、連日遅くまで展示会の準備を進めてくれていたので、恭子の方から、旅行中は自由にして欲しいと言われていたのだった。


「ふぁっ!?」

 ズドーーーーーン!!!


 すってんころりんと直美が転ぶ。
 恭子は丁寧に分かりやすく教えていたのだが、五人の中で一番物分かりが悪いのが直美だった。


「だから違うの、への字でもバツ字でもなく、ハの字にスキー板を固定するのよ」

「こう? んにゅっ‼!?」


 バッッタンッ!!!


 再び直美が転ぶ。今度は両足を思いっきり両側に開いて転んだので痛そうだ。


「それも違う。ハの字は相手から見たハじゃなくて、自分から見てハの字にするの」

「えーこんなの無理だよー」


 直美はポールを地面に突き刺し、足をガタガタさせてハの字を作ろうとしている。

 とりあえず一通りの説明を済ませた恭子は、他のメンバーの指導を優先することにした。

 恭子の教え方が上手いのか、教えられるメンバーが優秀なのかは分からないが、それから数分して、他の四人は一通りコツを掴んだのか、一番難易度の低い坂で遊ぶと告げ、滑り去っていった。

 四人の姿を見送り、恭子が振り向くと、転んで地面に倒れている直美の姿があった。


(はぁ……直美ったら、得意なものと苦手なものが両極端なんだから……)


 恭子が今まで感じてきたことだが、
直美は合気道やボール投げ、テニスなど、力を思いっきり入れても良いものは得意で、金魚掬いや卓球など、力の入れ具合で結果が変わるものや、スキーや料理のように自然の力を利用するものは苦手なようだった。

 要するにパワー型なのだ。

 せっかくのスキー場で、上手く滑ることもできず、直美は悔しそうな顔をしていた。

 恭子は可哀想になり、倒れたままなかなか起き上がれずにいる直美に寄り添った。


「直美、大丈夫?」

「うぅ~……滑れないよー……」


 何とか直美を起き上がらせるのだが、
体勢を整えさせても、すぐにまた転んでしまい、なかなか上手くいかなかった。


 恭子は考えた。


 直美の性質を考えると、このまま教え続けたとしても、滑れるようになる可能性は低い。

 直美は転び続けて、そのうち参ってしまうだろう。

 せっかくの旅行で、そんな気持ちにさせてしまうのは可哀想だ。

 そこで恭子は別の方法を取ることにした。


「うぅ……なんであたしだけできないの……?」


 少し泣きべそをかいている直美を労るように恭子は優しく話しかけた。


「大丈夫よ、直美。別にスキーなんてできなくたって良いじゃない?」

「でも、あたしも滑りたいよぉ……うっうっ……」

「滑れる方法があるわよ。もっと簡単にね。もうスキーは止めて他行きましょ?」


 そう言い、恭子は直美のスキー靴を板から外すと、直美を連れてレストハウスへと移動した。

 レストハウスでは、恒例のピザが食べれるレストランや、トイレやお土産屋まであった。
 そして、スキーの装備を無くした客や、用意してこなかった客用に、スキー用品も売っていた。


「えっーと……あっ! やっぱりあった! すみません、これください」


 そこで、恭子が購入した物、それは……



 ※※※



「ひゅーーー!! 速い速いー!!」


 それから30分後、メインのスキー場から少し離れた、小さな子供達が遊ぶ子供広場に恭子と直美はいた。


「あー面白い! キョウちゃん、もう一回滑ろっ!」


 恭子が買ったのは少し大きめの二人乗りのソリだった。

 万が一の接触事故を考慮して、
恭子は空気を入れて使用する強化ビニール製のソリを購入していた。

 このソリは滑っている途中でも進路を変更する機能が付いており、恭子は、直美を前方に乗せ、自らは後ろに乗り、変な方向に滑っていかないよう角度を調整していた。

 子供広場とはいえ、この場所は緩やかな坂が50m以上は続いている。

 歩いて一番てっぺんまで昇るのは大変ではあったが、雪山で遊ぶのが初めての直美には苦にはならなかったようだ。


 直美は、さっきまでの悔し泣きも忘れ、恭子と一緒に滑る喜びでいっぱいの様子だった。


(直美も十分楽しんでるみたいだし、あのソリを買って本当に良かったわ)


 恭子が直美の喜んでいる姿を見てニコニコしていると、直美が話しかけてきた。


「キョウちゃんー♪ 今度はあたしが後ろでもいい?」

「えぇ、良いわよ」

「よーし、じゃあいくよー」


 ただの子供用のソリ。
油断した恭子は、深い考えも無しに承諾してしまった。

 直美が意気揚々とソリを発進させる。

 そこで恭子は気づいた。


「あら……? これ操作するレバー、前からじゃ動かしにくいわ……」


 進路を変えるレバーは、ソリの中央両隣りに付いていて、前からでは操作することができない。


「大丈夫、あたしが操作するから」


「えっ……ちょっ……ちょっと待って……」


 直美がレバーを動かす。

 するとソリはあらぬ方向へと進路を変え……
 そのまま斜面が急になっている坂へ向けて一気に前進した。


「あれ……? こう……? あれれ……?」

「あ……ひぃ……ちょっと……」


そこで、二人はこのスキー場の正規ルートではない雪道へと飛び出してしまった。
 
 整備もされていない坂道を、どんどんスピードを上げるソリ。

 既に子供広場からはだいぶ離れてしまっている。


 まるでジェットコースターに乗っているかのような爽快感。

 しかし、命の保障はどこにもない。


「ヤバイヤバイヤバイヤバイ…………!!!!!!」


 直美は混乱してしまい、目が泳いでしまっていた。

 とても操縦レバーを動かせる状態にはない。

 そこで、恭子の目がキッと光る。


「直美、転ぶわよ!!」

「へっ?」


 恭子は身体を反転させて直美に抱きつくと、ソリから飛び降りるように脱出した。


ズササササササササササササ!!
ゴロゴロゴロゴロゴロ……バサッ……


「いったぁ~~~~い!!」


 ソリの勢いが激しかったこともあり、二人は10mほど坂道を転げ落ちた。

 だが恭子がソリを降りるタイミングが良かったおかげで、特に大きな怪我をすることもなく、二人は立ち上がることができた。


 しかし乗っていたソリは、そのまま滑り続け、そこから50mほど先にあった大きな岩にぶつかってパンクしてしまった。


「あー……せっかく買ったのに……」


 残念そうに呟く直美。

 そんなパンクしたソリを見て、
直美が無事だったことが嬉しくなり、恭子は直美にキスをした。


「ちゅ……別にまた買えばいいわ。直美が無事で何よりよ♥」

「もう、キョウちゃんったら♥ ちゅっ……好きっ♥」


 その後、ディープキスを交わした二人は、
レストハウスにて同じソリを購入し、別の理由でまたパンクさせるのであった。



 ※※※



「いただきまーす!」


 夜になり宴会場に集まるLilyメンバー達。

 河豚やホタテなどの海鮮類から、地元名産の山菜、
県内特産牛のヒレステーキなど、豪華絢爛(ごうかけんらん)な食事が並んでいた。


「マコトさん、このゼリーみたいなものなんですか?」


 あまりに凝った料理のため、誠に質問する真里。


「これは、河豚の煮こごりだね。
河豚の皮を細かく刻んだものに、河豚のゼラチン質を混ぜてゼリー状に固めたものだよ」

「へぇーそうなんですね。さっそく食べてみます!」


 真里はそう言うと、河豚の煮こごりを口に含んだ。
 ゆっくり咀嚼しながら感想を述べる。


「うん、なんだか上品な味ですね……この皮ですか?
これがコリコリしていて、とても歯ごたえが良いです。
味付けも香ばしいというか、ほんの少しの酸味が感じられて、ゼラチン状の出汁がスープのように口の中全体に広がっていく感じがします」

「うん、やっぱり手間隙かけているだけあって、1つの料理だけでも色んな感想が出るよね。これなんかも大葉で鰻と真薯を包んで揚げたものなんだけど、2つ重ねて置いてあるよね?
色形が同じでも、食べてみると真薯に使っている白身魚が違うみたいなんだ。こうした発見も懐石料理の醍醐味だよね」


 そこで旅館の仲居が、高級そうなお皿に乗せたステーキを盆に乗せて持ってきた。


「お待たせしました。T北牛ヒレステーキでございます」

「わー! ステーキだー! 食べるの久しぶり~♪」


 直美がナイフとフォークを両手に持ち、嬉しそうにステーキを見つめる。


「あれ? これあんまり火通ってないみたいだよ? 触ってもあんまり熱くない! もうちょっと焼いてもらった方が良いんじゃない?」

「直美、大丈夫よ、このまま食べて。
良いお肉だから、あまり内面まで焼かずに弱火で表面を焼いたんでしょうね。
お肉本来の美味しさを味わう方法よ。
ほんのり温かいし、火はちゃんと通ってるわ。騙されたと思って食べてみなさい」

「うん」


 カチャカチャ

 直美はナイフとフォークを使いお肉を切り分けた。
 肉の断面は鮮やかなピンク色をしており、非常に食欲をそそる。

 直美は生焼けであることを気にしつつも、突き刺さしたお肉を口に入れた。


「……………………!?」


 直美の動きが一瞬止まる。
 手で口を抑え、じっくりと咀嚼を繰り返す。


「……………………」


 直美は決して何も言わなかった。
 恍惚の表情で、ゆっくりと肉を噛みしめ、染みだした肉汁を感じ取る。

 次第に直美の瞳は潤みだし、溢れた涙が頬を伝った……



 ※※※



 食事を終えた恭子達は、
それぞれの部屋へと戻り、温泉へ行く準備を始めていた。

 部屋の配分は四人グループを作り男女別々になるようにされていた。

 ただ例外として、
女性を恋愛対象としている恭子、直美と、
男性を恋愛対象としている誠は、男女どちらのグループにも入ることはできないため、同じくレズビアンだと見なされている真里を含め、四人でグループを組んでいた。

 一応、誠と男女同じ部屋になるということで
恭子はこの例外について軽く説明をしていたのだが、
真里は、不満を言うどころか、この部屋割りに大賛成であった。

恭子からの説明を受けてはいたものの、
まさか自分までが、レズビアンの一員として見なされているとは、夢にも思わなかったのである。


「ところで、マコちゃん」

「なに? キヨちゃん」

「マコちゃん、温泉入るのよね?」

「うん、部屋のお風呂、ただのお湯みたいだから、入りたいかな」

「どっち入るの?」

「ええっと……」

「マコトさんは女湯で良いと思います! 誰からどう見たって女なんですから、大丈夫ですよ!」


 真里が二人の会話に割って入る。
 少し興奮気味のご様子だ。

 その態度から、単純に一緒に入りたいだけなのだなと察した恭子は、気にせず話を続けた。


「マコちゃんって下は取ってないわよね……?」

「うん……付いてるよ」

「それじゃあ、女湯に入ることはできないわね。
 それに戸籍上女であることを証明するものも必要になるわ」

「そっかー……じゃあ男湯に入ろうかな……身体は男のままだし大丈夫だよね?」

「化粧をきちんと落として、男性用の浴衣を着ていけば大丈夫かもしれないわね」

「そうだよね。じゃあ男湯入ることにするよ」

「えー、男湯いっちゃうんですね……」


 話がまとまり、残念そうに肩を落とす真里。



 それから数分後、準備を整えた恭子、直美、真里の三人は女湯へと出掛けていった。

 誠はひとまず洗面台でクレンジングを行い、恭子に言われた通り、男性用の浴衣に着替えてから部屋を出た。


 1階の男湯前に到着する誠。

 自分は男なのだから、堂々としていれば大丈夫。

 誠はそう心に言い聞かせると、男湯の暖簾をくぐるのであった……

Part.54 【 温泉入浴(男湯編) 】

 ガラガラガラガラ―――――


 暖簾をくぐり、奥にあるスライダー式の扉を開けて中へ入る誠。

 スリッパを脱ぎ、入ってすぐのところにある下駄箱に入れていると、ちょうどお風呂から上がり出てきた男性と目が合った。


「…………えっ?」


 その男性は、誠と目が合うと一瞬驚いたものの、そのまま扉を開けて出ていってしまった。


「……………」

(さっきの人、変な目で見てたな……髪が長いから女の人だと思われたのかな……? 服を脱げば、さすがに男性だと思われるんだろうけど……)


 不安ではあったが、せっかくの旅行で温泉に入れないのも嫌だったので、気にせず奥へと進む。

 幸いなことに脱衣場には誰もいなかった。安心して服を脱ぎ始める誠。
 そうしていると、入り口の扉が開いて、男性客2人が雑談をしながら入ってきた。


「そういう訳で熊鍋はこの地域に根付いたわけだよ」

「へぇーしかし臭みを取るのに、そんなに下ごしらえが必要だとはな……」


 スリッパを脱ぎ、脱衣場へ入る二人の目に、誠の後ろ姿が映った。


「えっ!? あっ……す……すみません、間違えました……」


 一気に表情を変え、慌てる二人。
 すぐに頭を下げ、謝罪の言葉を口にすると、大急ぎで出て行ってしまった。


(あ、あれ? なんで……? 服は脱いでるはずなのに……)


 急な出来事に困惑の色を隠せない誠。


「……………!!」


 そこで誠は気づいた。自分の胸に成長したばかりのAカップほどの胸の膨らみがあることに……


(まさかこれが原因……? で…でも、これくらいの大きさの男の人なんてたくさんいるし……胸の筋肉が発達しているように見えなくもないよね……)


 脱衣場の鏡の前に立ちながら、そう考える。

 たしかに男性でも女性のAカップほどの胸がある人はいる。
 しかしそれはあくまでも、相撲取りのような太めの男性に限定されるものであり、誠のような細身の体型でAカップの胸のある人はほとんどいない。

 それに太目の男性の胸は垂れているのに対して、誠の胸はナイトブラの効果により盛り上がっており、なおかつ色白で乳輪も広くキレイなピンク色をしていた。

 既に誠の身体は、誠が思うほど男性と認識されるような身体つきをしていなかったのである。


 誠は、自分の小さな性器を隠すように腰にタオルを巻きつけると、浴室の入口へと足を運んだ。


(………よし、入るぞ)


 浴室の扉に手をかけ入場する。

 誠は温泉に入る前にキチンと身体を洗うことにした。たくさんある風呂椅子の一つに腰を掛ける。隣の席に小さな男の子が座っており、横には父親と見られる男性が髪を洗っていた。

 誠はシャワーを手に取り、タオルをお湯で濡らすと、ボディソープを付け泡立て始めた。今日はたくさん汗をかいたので、早く身体を洗ってしまいたかった。

 隣の男の子がチラチラと誠の方を見る。首をかしげて不思議そうな顔をすると、隣の父親に話しかけた。


「ねー? おとーさーん」

「なんだー?」

「なんかこっちに女の人がいるよー?」

「ははは、そんなわけないだろ。お前も冗談を言うようになったなー」


 身体を洗う誠の手の動きが鈍る。何も悪いことをしていないのに、なぜか罪悪感のようなものを感じた。


「ホントだよーボクの隣にいる人」


 男の子はそう伝えるが、髪を洗っているため、父親は誠の姿を確認することができない。


「○男(まるお)、そういうのは人様に失礼だから止めなさい。うちの息子がすみません」


 父親は、髪を洗いながら誠に謝罪をした。単に身体の細い男性が、息子の隣の席に座っていると思っているのだろう。そこまで深刻に受け止めていない様子だった。


「いえ……そこまで気にしていませんので……」


 父親の方を向き、返事をする誠。結構筋肉質な逞しい身体つきをしている男性だった。

 恭子の催眠術によって、誠は逞しい身体つきの男性が気になるように暗示をかけられている。
 誠はその男性のことが少し気になってしまったが、変なことを考えてはいけないと思い、身体を洗うのを再開した。

 十分に泡立てたタオルで、円を描きながら撫でるように身体を洗う。男性のゴシゴシと力を入れた洗い方ではなく、肌を労わるような優しい洗い方だ。

 そうして一通り身体を洗い終えると、隣から男の子の声がした。


「ほら、お父さん、この人だよ」


 声に釣られ、男の子の方を見る。

 すると先程、髪を洗っていた父親が愕然(がくぜん)とした表情で立っていた。腰には何も纏っておらず、勃起はしていないものの、十分逞しい男性器がその存在を主張していた。

 誠は父親がこちらを見ているにも関わらず、思わずその男性器に釘付けになってしまった。


(ごくっ……すごい……逞しいおちんちん……もしこれが大きくなったら、どうなるんだろう……?)


 誠の家庭は、父親のいない母子家庭だった。誠は物心ついたころから、母一人子一人の家庭で育ってきたため、父親と一緒にお風呂に入った経験がなかった。

 修学旅行で周りの子供たちのちんちんを見た経験はあったものの、今回のように、成人男性の逞しい男性器を目にするのは初めてだった。

 誠は、その剛健なビジュアルを生で見てしまい、自らのアナルがキュンとなるのを感じてしまった。


(ハッ! ダメダメっ! こんなタイミングでそんなこと考えたら変態じゃない!)


 誠はすぐに目を逸らそうとしたのだが、その前に父親が一物を見られていることに気づき、タオルで隠してしまった。


「あの……すみません……ここ、男湯ですよ?」


 困ったような顔をしながらも誠に注意する父親。
 他人の男性器を生で見た興奮と、なんだか犯罪めいた事をしているような気持ちがしてしまい、誠は心臓をドキドキと鼓動させていた。


「えっと……わかってます……わたしは……」


 説明しようと思うものの、興奮と罪悪感、二つの意味で緊張してしまい、思うように言葉が出ない。
 顔を赤くして、男性の方を見ようとしない誠の姿は、実に奥ゆかしく映ったことだろう。

 父親はそんな誠を見て、教育に悪いと思ったのか、子供の手を引くと、誠が答え終わる前に行ってしまった。


(あ……あれ? いっちゃった……)


 また女だと勘違いされてしまったのだろうか?

 誤解を解く前に行かれてしまい、誠はなんだか腑に落ちない気持ちになった。しかしいつまでも気にしていても仕方がない。気を取り直して、髪を洗い始めることにした。

 誠の髪は、高校時代と比べて長くなっていたため、洗うのにとても時間がかかった。髪を洗いながらも、先程の逞しい一物を思い出す。

 考えるだけでも、お尻の穴がムズムズしてしまう。それがなんだかとても気持ちがいい。

 いつも自慰の途中で真里の姿が思い浮かび、中断させられていたこともあって、だいぶ欲求が溜まっているのもあった。

 もしあれが勃起して、自分のアナルに突っ込まれてしまったら……そう考えると、余計アナルの奥が疼いた。

 前立腺がビクビクとした動きを始め、精巣に精子を作るよう指示を出す。お尻の奥にキューンとしたなんとも言えない冷たい刺激を感じて、誠は背筋を少し震わせた。


(はぁはぁ……こんなこと……考えちゃダメなのに……)


 男湯という非日常の空間が、誠の官能を刺激する。精巣から膀胱へと続く管を、生まれたばかりの精子が泳ぎ回る。

 自然と乳首も誠の妄想に反応して勃起を始めてしまう。しかし、髪を洗っている誠が気づくことはない。

 そうこうしていると、浴室の扉がガラガラと開く音がして、こちらに向かって足音が近づいて来ているのがわかった。一人ではなく複数の人の気配がする。


「お客様、お客様、少しよろしいでしょうか?」


 ちょうどシャンプーの泡をシャワーで流しているところだった。
 誠は驚き顔を上げ、濡れて水気を払っていない髪をそのままに男性の姿を確認する。

 そこには、旅館の作業着を着ている男性の姿があった。旅館の関係者だということがわかる。
 誠がシャワーで泡をゆすぎ、水気をとっていると「こちらをお使いください」とバスタオルを掛けられた。

 身体を拭きながらも、恐る恐る旅館の従業員に尋ねる。


「あの……なんでしょうか?」

「申し訳ございませんが、こちらのお風呂は男湯となっております。他のお客様のご迷惑になってしまいますので、女湯の方へ移動していただけませんか?」


 気づけば、大勢の男性がこちらを見ている。一人や二人ではない。みんな誠のことを女性だと思い込んでおり、中には厭らしい目で見つめる者もいる。


(あ……私の身体……みんなにジロジロ見られてる……なんだか……恥ずかしい……)


 男性が男性に裸を見られて恥ずかしいなどとは、普通は思わないものだが、誠は多くの男性から女性として裸を見られ、急に恥ずかしくなってしまった。

 そしてこれが、誠の中で初めて女性としての羞恥心が生まれた瞬間でもあった。

 普通の男性ならば、決して生まれることのない感情。誠は気にしないように試みたが、一度意識してしまうと、もう止めることはできない。

 あまりの羞恥心に顔が赤くなり、掛けられたタオルで、さらけ出された肌が見えないよう必死に隠そうとした。
 胸を隠し、股間を隠し、それは裸を見られた女性の反応と全く同じであった。

 その反応を見て、旅館の仲居は単純に誠がお風呂場を間違えたのだと思い、言葉を続けた。


「男湯と女湯の表記が分かりづらかったようで申し訳ございません。浴衣はこちらでご用意いたしますので、すぐに女湯の方へ向かいましょう」


 仲居が再度、移動を促す。

 しかし、誠はすんなりと言うことを聞くわけにはいかなかった。

 誠は戸籍上は男性で男性器がついているのだ。こっちではまだ恥ずかしい程度で済んでいるが、向こうにいったら犯罪になってしまう。

 誠は正直に仲居に事情を話すことにした。


「あ、あの……違うんです……私、こう見えても、男なんです……」

「………!!!」


 周囲の男性一同に、衝撃が走る。

 仲居も目を丸くし驚きはしたものの、誠が男湯にわざと入り込んだのだと思い込み、少し厳しめの口調で注意を始めた。


「失礼ですが……お客様のされていることは刑法に引っ掛かります。こちらの方々で訴える方は居られないと思いますが、基本的に女性であっても、異性のお風呂に入るのはいけません」


 仲居は誠の言うことを全く信じていない様子だ。刑法という言葉が出てきてしまい、追い詰められた誠は証拠を見せざる得ないと思い込んでしまった。


「わ……わかりました。そ、それじゃあ、証拠を見せます……」


 赤い顔をますます赤くさせ、誠は足を男性陣に向けゆっくりと拡げると、股間に置いてあるタオルを躊躇(とまど)いながら、少しずつズラしていった。


 男達の視線が誠の股間に集まる。まるでストリップ劇場のような怪しい雰囲気だ。


(ぁぁ……恥ずかしい……私のおちんちん……みんなに……見られちゃうっ……)


 そう思いながらも、この異常な状況に誠は興奮してしまっていた。
 触ってもいないのに前立腺と精嚢(せいのう)が押し潰されそうな感覚。精嚢手前に佇む男好きの精子が、外界の男達に会うために、尿道を通り出口に向かって泳いでいく。

 タオルをどけると、自らの性器に外気が冷たく触れる。男達の視線が痛いほど突き刺さり、羞恥心を全開に引き出された誠は思わず顔を背けた。

 しかし、見られているという事実が、より誠の官能を刺激する。こんな状況にも関わらず、誠は背筋をゾクゾクとさせ、息を荒くしていた。

 誠の恥ずかしい液が、勃起していないペニクリの先端からトロリと滴り落ちる……


「………………」


 沈黙が辺りを包む……

 白く美しい肌、華奢な身体付き、成長途中の可愛らしくも小ぶりなおっぱい、その先端で硬く勃起した桜色の頂、どう見ても女性にしか見えない誠の股間に、はしたなくも涎(よだれ)を垂らした薄桃色(うすももいろ)のスティックがあった。

 滅多にお目にかかれない不思議な妖精の姿に、思わず唾を飲みこむ者もいた。

 だが幸運にも、誠はシャワーを浴びた直後で、精子が透明だったこともあり、溢れ出た粘液を精液だと認識する者はいなかった。


「あっ、おねーちゃん、ボクのと同じの付いてる。ボクのよりちっちゃいけど」


 一番初めに口を開いたのは、先程の男の子だった。


「勘違いしてしまい、大変申し訳ございませんでした……」


 続いて仲居が力なく謝罪する。


「バスタオルの方、受け取ってもよろしいでしょうか?」


 浴室内では、バスタオルは必要のないものだ。仲居は気を使って、誠に確認した。

 入って来た時はそうでもなかったが、既に誠は男性に裸を見られることに羞恥心を覚えてしまっている。
 どうするか迷ったが、浴室内でバスタオルを巻いていたら、たしかにおかしいので、素直に返すことにした。

 それにより、誠の肌を隠すものは身体を洗うタオルだけとなってしまった。

 仲居はバスタオルを受け取ると、そのまま浴室の扉を開けて出ていった。それに続くように脱衣場に戻る者や、浴槽に入り始める者はいたのだが、近くの椅子に座り誠に好奇の視線を送り続ける者も数名いた。


「おねーちゃん」


 さっきの男の子が、再び誠の元を訪れ声をかけてきた。近くに父親の姿はないようだ。


「ねぇねぇ、どうしておねーちゃんは、女なのにおちんちんついてるの? 女の人にもおちんちん生えるの?」

「ううん……私は女の人じゃなくって……男なんだよ……」

「うっそだー! だっておっぱいついてるじゃん、ほらっ」


 そう言い、男の子は無邪気にも誠の胸へと手を伸ばし、乳首もろとも揉んでしまった。


「あぁんっ!!」


 羞恥心により火照ってしまった身体への愛撫で、思わず誠は高い声を上げてしまう。その声を聞き、周囲の男性がビクつく。


「………? どうして急にそんな声出すの……?」


 男の子は意味が分からず、問いかける。


「ううん……なんでもないよ……」


 触られて感じてしまいましたなどとは、口が裂けても言えない。


「ふーん、あとおねーちゃん、どうしてそんなにちんちん小さいの? ボクのお父さんおねーちゃんの何倍も大きいよ」


 男の子の素朴な疑問なのだろう。その声に厭らしさは全く感じない。


「えっとね……おねーちゃんのは生まれつきなの……おちんちんも大きくならないのよ」

「変なの~ちょっとよく見せて~」


 そう言い、男の子は誠の傍に近寄り、マジマジとちんちんを見つめた。


「あの……ボク……恥ずかしいから……あんまり見ないで……」


 ペニクリを見つめられるのが恥ずかしいのか、誠は横を向いて男の子の顔を見ないようにしている。


「恥ずかしいの? どうして? ボクおねーちゃんにちんちん見られても恥ずかしくないよ。ほら、見てボクのより、おねーちゃんのちんちんの方が小さいよ?」


 なんだか自分の性器に何かが当たっている感じがする。股間を見ると、男の子が大きさを比べやすいように、誠の性器と自分のをまとめて握っているのが見えた。二人の性器が密着している。


「あぁんっ……ダメぇ……やめて……わかったから……おねーちゃんの方が小さいから……」

「あはは、また変な声出してるー変なのー」


 男の子は誠の反応が面白くて笑っている。

 ふと、誠は奥の洗い場で椅子に座り、こちらをじっと見つめる男性に気づいた。よく見てみると、股間を勃起させて握っている。


(ウソっ……あの人、私のこと見ておちんちんをあんな……)


 恭子の催眠術により、性的なことには素直に反応してしまう誠の身体。誠は、その男性が自分に対して性器を勃起させているのが分かり、火照った身体をさらに熱くさせてしまった。

 そんな自分の状態を、まずいと感じた誠は、急いで温泉に入り、ここを出ることを決めた。


「ボク、悪いんだけど……おねーちゃんそろそろお風呂はいるからっ……」


 誠がそう断りを入れたところ、男の子が近づき、急に誠の両胸を揉み始めた。


「んんっ……ちょっと……えっ? なんで……? あぁんっ……ちょっと…やめ………」

「プフフフフ、おねーちゃんその声面白いー!」

「あぁんっ! ちょっとやぁん! やめてっ! ああぁぁん!」


 男の子は誠が喘ぎ声を上げるのが面白くて胸を揉んでいた。

 そこに性的な目的は全くないのだが、火照った身体と、そんな声を周りの男性に聞かれてしまうという羞恥心が、より一層、誠の身体を燃え上がらせた。


「あっ……はぁはぁ……ボク……やめっ……て……はぁはぁ……」


 幼いためか自分がとんでもないことをしているということに、全く気が付かない男の子。


「お願い……♡ やめてぇ……んんっやぁん♡」


 次第に誠の喘ぎ声には、甘いアクセントが加わり始めた。

 自分のこの痴態を見て、周りの男性が一斉に一物を勃起させる。そして洗ったばかりの綺麗な身体に、取り囲んだ男達が一斉に射精を行い、全身濃厚な精液塗れにされてしまう。

 そんな想像をすると、誠は無い子宮がピクピクと反応してしまうような気がした。


「はぁ♡ はぁはぁ♡ ダメっ♡ んんっ……それ以上されたら……♡」


 ______________



「コラ! どこいったと思ったら、お前はなんてことしてるんだ!」


 男の子の父親が、浴衣を着たまま慌ててやってきた。男の子の姿が見えないもので、探しに戻ってきたようだ。

 すぐに、ゴツンという鈍い音が聞こえる。結構力を入れて殴ったようで、男の子は泣き始めてしまった。


「うぅ……わーん……わーん」

「大丈夫ですか? うちの息子が本当に申し訳ありません。」


 深く頭を下げる父親。
 誠は息をハァハァ吐きながらも、艶めかしい表情で父親に伝える。


「はぁはぁ……私なら……大丈夫です♡……んんっ……♡」


 乳首を完全に勃起させ、ほんのりと汗を掻き、羞恥に身体を赤く染めてしまった誠の姿はとてつもない妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 父親はその姿を見て、思わず生唾をゴクンと飲み込んだものの、これ以上、息子を変な道に走らせてはならないと思い、男の子の手を繋ぎ、逃げるように脱衣場へと避難した。


「はぁ……はぁ……はやく……んんっ♡ お風呂入らなくっちゃ……♡」


 タオルで股間を隠し、腕を使って勃起してしまった乳首を隠す。そうして身体を隠す様子は、普通の女性と寸分(すんぶん)違わない姿だった。

 トボトボと歩きながらも、周りの目を気にする誠。それまでの、誠と男の子との痴態を見てしまい、約2割の男性は勃起を抑えられずにいるようだった。

 ニューハーフ相手に勃起させてしまったのが恥ずかしいのか、足早に脱衣場に避難する人も見受けられる。

 誠はそれらの勃起した男性器を見つめながらも、お尻の穴が引き続き疼いてしまうのがわかった。
 もしこの場に誠以外誰もいなかったのなら、誠はすぐにでも乳首とお尻の穴を触り、オナニーを始めてしまっていたことだろう。


 温泉へと足を入れ、肩まで浸かる。ようやく浴槽に入ることができた誠。


(はぁ……あったかい……)


 身体を温められることによって、気持ちも徐々に落ち着いてきた。しかし、相変わらず他の男性達の視線は熱い。


 誠は男性に裸を見られることを恥ずかしいと思いながらも、その気持ち良さに気づき始めてしまっていた…………

Part.55 【 温泉入浴(女湯編) 】

 温泉から上がり、自室の広縁(ひろえん)にて牛乳を飲みながらお喋りをする恭子達。


「さっぱりしたー!」

「さすが美肌の湯と呼ばれるだけあるわね。湯上がりたまご肌って感じだわ」

「温泉特有の香りが良かったですね」


 脱衣場にて、直美が他の女性に欲情してしまうアクシデントはあったものの、十分温泉を満喫することができた三人。彼女達は雑談を終えると、入浴後のスキンケアを行ったり、テレビでお気に入りの番組を見たりして過ごしていた。


「そういえばマコちゃん遅いねー、何かあったのかな?」


 布団の上でTVを見ている直美が、うつ伏せで足をバタバタさせながら尋ねる。


「男湯、結構混んでるみたいだったし、それで遅れているんじゃない?」


 真里は二人の会話を聞いて、妄想を膨らませ始めた。


(誠くん、もしかして前にイケメン二人にナンパされた時みたいに言い寄られてたりして……それでどっちも裸なもんだから、つい勃起しちゃって……はぁはぁ……興奮しちゃった二人はそのまま反り返ったもの同士で……ウェヒヒヒ……)


 真里は恍惚とした表情で身体をモジモジさせている。今宵、誠と同じ部屋で過ごせるためか、妄想にも一段と熱が入っているようだ。

 そんな妄想をしていると、ガチャリとドアが開く音が鳴り、バタンと閉まる音がした。


「ただいま……」


 襖(ふすま)を開けて、元気のない様子で誠が入ってくる。


「マコちゃんおかえり、お風呂どうだった?」


 暗い表情の誠を心配して、恭子が尋ねる。


「……いい湯だったよ。でも女の人に間違われて、仲居さん呼ばれたのは嫌だったかな」

「そんなことがあったんだ? 大丈夫だったの?」

「うん、なかなか信じて貰えなくて大変だったけど、"証拠"を見せたら信じてもらえたから大丈夫」


(証拠……あれしかないわよね……)

(えっ?♡ 誠くん、何を見せたの?♡ まさか……)

(うわぁーーあの蟹美味しそう、また旅行いくことになったら、今度は海行きたいー!って言ってみようかな)


 恭子と真里がほぼ同じ事を考える。直美はテレビに釘付けだ。


「あら、そう。上手く解決できて良かったわね」


 恭子は大体予想がついたのか、そこまで突っ込んでは聞かなかった。だが、ちょうどBL妄想中だった真里は、敢えて誠に近寄り質問した。


「あの、マコトさん……証拠ってなんですか?」


 男湯での出来事を思い出し、顔を赤らめてしまう誠。その反応だけで真里は十分満足したが、言いにくそうに誠は答えた。


「えっと……あれを見せて……」

「あれって何ですか?」

「お……ちんちん……」


 両手で顔を覆って、恥ずかしそうにする誠を見て、真里は思った。


(あああぁぁぁ、ヤバイ可愛いぃぃーー! 何その反応……なんでそんな純な女の子みたいになれるのぉぉぉぉ)


 それは、誠が男性に見られて感じる羞恥心に目覚めてしまったからだった。
 普段は誠のことをカッコいいと思っていた真里であったが、さすがにこの時ばかりは可愛いと感じてしまった。


「たしかにおちんちん見せれば一発ですよね。でもそんなことになるのでしたら、やっぱり一緒に女湯に入った方が良かったかもしれないですねっ!」

「うん、そうだね……」

「じゃあ、次は一緒に入りましょ? マコトさんが、男だってバレないように、私がフォローします!」

「ありがと、真里さん……でも……」


 誠は、他の男性の視線が気になり、ゆったりと温泉に浸かることはできなかった。
 もう一度入り直したい気持ちはあったのだが、どうしても女湯で男だとバレてしまうのが怖かった。

 そんな誠の様子を見て、真里は提案を続ける。


「じゃあ、あまり人のいない時間帯に入りましょうか? お風呂24時間入って良いそうなので!」

「うーん……それなら良いかな……?」

(よっしゃ~! 誠くんとお風呂入れること決定~♥)


 真里は心の中でガッツポーズをとった。


「またお風呂に行くなら、私も行くわよ。フォローする人数が多い方が、マコちゃんも安心よね?」


 二人の会話を聞いて、恭子も続く。

 元々、恭子は証明書を持っていない誠が女湯に入るのは反対だった。しかし、誠が男湯でゆったりと寛げていなかったことが分かり、せっかくの旅行で温泉が楽しめないのも可哀想だと感じていた。

 元々誠がこうなったのは、自分に責任がある。それならば、多少のリスクを背負ってでも女湯に入れてあげるべきだと考え直していたのだ。


「みんなでもう一度お風呂入るの~? じゃあ、あたしも行くー!」


 テレビ番組がコマーシャルに入ったことにより、直美が会話に参加した。


「直美はダメよ」

「えっ!? なんで!?」

「またさっきみたいに厭らしい目で女の人を見たら疑われちゃうでしょ? 今回はマコちゃんのフォローをするために行くの」


 直美は恭子に掛けられた催眠術により、女性への性的欲求が一般的な男性よりも高くなってしまっていた。先程女湯に入った際も、興奮してあちこち目移りしてしまっていたのだ。


「えーでも、あたしだけ一人で部屋残るの寂しいし……みんなと一緒に温泉入りたいし……それなら、ずっとキョウちゃんと真里ちゃんの裸だけ見てるから良い?」

「なんで私も!?」


 真里のツッコミが入る。


「うーん……約束できる?」

「うんっ! 約束する!」

「あの……私の裸を見るのは良いんですか……?」


 自分の意見が反映されず、少し困った顔をして尋ねる。それに対して恭子は少し考えた後、口を開いた。


「直美が私の裸をずっと見てたらおかしいし、私と真里ちゃんの間だけでも目移りしてもらっていた方が自然だと思うんだけど、どうかしら? 直美を一人で置いていくのも可哀想だし……でも、真里ちゃんがどうしても嫌だって言うのなら直美には諦めてもらうわ」


 恭子の提案に迷い始める真里。


(うーん、どうしよ…………てか、恭子さん、彼女が他の女性の裸を見てても平気なのかな……? 私も誠くんと一緒にお風呂入りたいのは、誠くんの裸を見たいからだし……。一人だけ置いていくのも、たしかに可哀想だな……)


「わ……わかりました……良いですよ……」

「えぇっ!? ホント!」

「コラ! 喜ばないの……」


 恭子は一度は断ったものの、初めから直美は連れていくつもりだった。断ったのは直美に条件を付けるためだ。誠同様に直美も恭子の催眠術により、今の状態になってしまっていた。恭子には二人をフォローしていく責任があるのだ。

 真里については元々レズビアンであるため、そこまで強く断らないだろうと予想していた。そして恭子の予想通り、真里は提案を受け入れた。



 ※※※



 深夜一時……


 館内は静まり返り、廊下を歩く人の姿も見られない。恭子、直美、真里、誠の四人は揃って女湯に入場した。

 誠は男湯に入った時とは、打って変わって女性らしい髪形に変えていた。浴衣も女性用の明るいものに変えており、男だと判別するのは難しい。

 時間も時間なだけに、脱衣場にも浴室にも人の気配はなかった。まずは、自分達だけでお風呂場を独占できたことを喜び、さっそく浴衣を脱ぎ始めた。


 真里は脱ぎながらも、心臓の鼓動が激しく鳴るのを感じていた。


(はぁはぁ……誠くんのおちんちん……一体どんな形してるんだろう? しっかりと目に焼き付けておかなくっちゃ……大きいのかな~? あの見た目で巨根だったら、ギャップ萌えできるかもなーーデュフフフ……デュフフフフフ……)


 あいかわらず考えていることは、超が付く変態である。真里は、手早く浴衣を籠に入れ全裸になると、さっそく誠の方を振り向いた。


(………これ、誠くんだよね?)


 そこには男にしては狭い肩幅、白く透き通った背中があった。お尻も白くぷりんとしていてなんとも可愛らしい。女性特有のボリュームはないものの、男でここまでの形なら十分といえる。

 誠は恥じらいつつも、タオルで股間を隠し、真里の方を振り返った。


「えっ!?」


 真里は思わず声を上げてしまった。


(えっ? えっ? これって……もしかして……おっぱい?)


 誠の胸にはAカップほどの膨らみがあり、純白でとても綺麗な形をしていた。


(いやいやいや……胸の筋肉だよ……他の部分が女っぽく見えるから、ここもそう見えるだけで……おっぱいじゃなくて『雄っぱい』だよ……)


 目に見えるものを否定する真里。いくら腐女子であっても、愛する人の胸におっぱいがあるのは抵抗があった。

 そんな真里の気持ちを踏みにじる直美の一言。


「あれー? マコちゃん、なんでおっぱいあるのー?」


 同じく全裸になった直美が質問する。既に誠のことを男として見ていないため、自分の裸を見せるのも平気なようだ。


「あっ……これはね、キヨちゃんから買った石鹸で、毎日身体を洗ってるからだよ」

「えっ? そうなの?」


 直美が恭子の方を向いて聞く。そんな話、初耳だといった様子だ。


「えぇ、でもあくまでマコちゃんに合うものを渡しているわ。直美はうちで使っているもので十分だからね」


 恭子が誠に渡したビューティケア用品は、単体で使うのなら女性が使っても平気な代物だが、誠のようにフルセットで使うと、女性ホルモン過多となり身体には良くないものであった。

 真里はその会話を聞いて、青ざめた表情をしていた。まさか誠が身体まで女性化していたとは……

 タオルで股間を隠している誠は、実に女性らしい柔らかそうな身体つきをしていた。

 真里はそれを見て、夏祭りで誠に抱きついた時のことを思い出した。たしかにあの時、身体が男性にしては柔らかく、間にクッションのようなものが挟まっているような感じがしていた。


(それが……まさか……おっぱいだったなんて……)


 真里が呆然としてると、直美が誠にちょっかいをかけ始めた。


「マコちゃん、これ神経通ってるの?」


 そう言い、誠の胸を優しく触ってみる。


「んっ…………うん、通ってるよ……」


 誠は少し感じたらしく、軽く反応した。


「へぇー本物なんだー、ねぇ、真里ちゃんも触ってみなよ。柔らかいよ」


 直美の言葉に真里がハッと反応する。


(えっ? 私が……誠くんのおっぱい……『揉む』の……?)


 あまりに動揺しているためか、真里の頭の中で勝手に『触る』が『揉む』に変換されてしまう。再び心臓がドキドキと鳴り始める。そこで真里は自分のある言葉を思い出した。


『私は男とか女とか関係なしに、誠くんという性別が好きなだけなんだ』

(ハッ!! そ、そうだった……忘れるところだった……だから身体が女性化していたって関係ないっ! よしっ! 揉むぞっ!)


 強引に自己解決をする。そうして真里は誠にふらふらと近づくと、そっとおっぱいに手を伸ばした。
 若干手が震えてしまったものの、おっぱいを掴み、ギュッと揉んでみる。


「あんっ!♡」

「…………!!」


 少し触れるだけだと思っていた誠は、突然の揉み込みに思わず声を出してしまった。


「あっ……すみません、少し力を入れすぎちゃいました……」

「こっちこそ、変な声出しちゃってごめん……急だったから驚いちゃって……」


 高鳴る心臓の鼓動。真里は冷静に謝りながらも固まってしまっていた。


(えっ……私、今すごいドキドキしてる……誠くんのおっぱい揉んで……なんでこんなに……)


 誠の胸の感触、艷やな声、その両方で興奮してしまい、真里の陰部は潤い始めていた。


(はぁ……はぁ……これ……レズじゃないよね……? 私は普通の女の子……腐女子だけど……)


 真里は、女性らしい誠に興奮してしまう自分にショックを受けていた。


「マコちゃん、ホントこうして見たら女の子にしか見えないわね。そのタオルとったら、どうなってるのかしら? 私達も見せてるんだから見せてくれても、良いわよね?」


((!!!!!))


 恭子の言葉に、誠と真里が強く反応する。
 直美は誠の性器を見たくないのか、少し離れた場所に移動した。

 恭子は高校時代、誠に退行催眠をかけてからというもの、一度も誠の裸を見ていなかった。
 女性化促進の効果がどれほどあったのか? ちょうどいいので、今確認してしまおうと考えていた。


(そ……そうだ、おちんちんさえ立派だったら、誠くんのこと男だってしっかり認識できるかも!)


 真里の中に希望が湧いてきた。誠という性別を好きになるのは勿論構わないのだが、出来れば男として見ていたい。真里の女としての本能がそれを求めていた。


「う……うん、そうだね。せっかくみんなにフォローしてもらうのに、私だけ見せないのも悪いしね」


 誠が股間に添えているタオルをゆっくりと横にずらす。その様子を真里と恭子はじっと見つめていた。


(ゴクリ……誠くんのおちんちん……)


 ドキドキドキドキドキドキドキドキ……

 すっとタオルが離れた。


(!!!)


 沈黙が辺りを包む……。恭子は誠のペニクリを見て、フっと微笑んだ。


(……誠くん、やっぱり相性が良かったみたいね。元々小さかったけど、最後に見た時の3分の2くらいの大きさかしら? 色も形もすごく白くて可愛らしくて良い感じね。こんなおちんちん、ネットでも見たことないわ)


 誠にケア用品を渡すようになって、一年半くらいであろうか? 恭子は誠の股間のそれを見て、自身の渡したケア用品の効果に満足していた。


「………………」


 冷静な恭子とは対照的な真里の反応。誠のペニスと対面して、再び言葉を失っていた。


(なにこれ……これがおちんちんなの……? 同人誌で見たのと全然違うよ? こんな可愛らしいおちんちん、同人誌でも見たことないよ……子供の頃、お父さんとお風呂入った時だって、こんな形してなかったはず……)

「ま……マコトさん……失礼ですが、これ……本物でしょうか?」


 真里は失礼を承知で尋ねることにした。


(あぁ……もしかすると誠くんは元々女で、むしろ高校の時、男装してただけなのかもしれない……このおちんちんも実はオモチャで、私のことをからかおうとしているだけなんだ……きっとそうだよ…………あはは……あはははははは………)


 度重なるショックの連続で、真里の心は荒れに荒れていた。付き合うことにでもなれば、いつか自分の中に入るかもしれないちんちん。

 それがこんなにも小さいはずがない。

 真里はBL妄想はたしかに好きだったが、誠と自分がセックスする妄想ももちろんしていた。
 しかし、今回このようなマイクロペニスを見せられては、その印象が強すぎて、今後誠とセックスする妄想をすることはおろか、誠を男性として見ることもできなくなってしまう。

 このことは、誠をホモからノンケに変えようとしている真里にとって、この上ない障害であった。
 真里はその現実が受け入れられず、逆に誠が女であれば、この辛い現実から逃れられると考えてしまったのだ。


「うん、本物だよ。小さいけどね」


 そんな真里の深刻な気持ちも知らずに、誠はあっけらかんと答える。


「本当ですか? 触って確かめますね」


 真里は誠の股間の前にしゃがみ込むと、誠の同意も得ずに、一物に手を伸ばして握った。ショックが大きすぎて大分やけくそ気味だ。


 ギュッ! ニギニギニギ……
 ギュッギュッギュッ! ギュッギュッギュッ!


「ま……真里さん……?」


 真里は誠の股間についたそれを取り外そうとしていた。これはきっとオモチャなんだ。おまんこに挿入したオモチャなんだ。そう思い誠のペニクリを引っ張っていた。


「ちょっと……真里さん……そろそろ……」

「あれ……? 取れない……? 取れない……? なんでだろ……?」


 真里は、誠の股間からなぜオモチャが取り外せないのか、本当によく分からない様子だった。


「真里ちゃん……それは本物よ……」


 少し困惑気味に恭子が伝える。
 真里の奇怪な行動に、誠の一物から目を背けていた直美も徐々に興味を持ち始めてきた。


「真里ちゃん……それマコちゃんのおちんちんだよね……何してるの……?」


 離れている直美からでは、真里の身体が邪魔をして、誠のペニスを視界に入れることはできない。


「えっとですね。マコトさんがオモチャを股間に挟んで私のことをからかっているので、取り外そうとしているんです」

「オモチャ!?」


 直美がオモチャと聞いて近づいてくる。そして恐る恐る誠の股間を覗き込んだ。

 するとそこには、ちんちんによく似た白くて可愛いオモチャがあった。それは以前、恭子から催眠術を受け、嫌悪感を与えられた男性の一物とは全く異なるビジュアルであった。


「ホントだー! 何これ可愛い~♡ あれ? マコちゃんって女の子だっけ?」


 そう言い、真里と同じように誠の股間の前にしゃがみ込むと、さわさわと触り始めた。


「すごい手触り~♪ サラサラしててやわらかーい! なんでこんなの付けてるの~? マコちゃん」

「そうですよね。どうせ付けるのなら、もっとリアルで逞しいのを付ければ良いのに、わざわざこんな可愛いのを買ってきてからかうなんて、マコトさんひどいです」


 あまりの手触りの良さに、直美は玉の部分を伸ばしたり握ったりしている。

 真里も被っている皮を剥いてみて、その精巧な作りに驚いているようだ。オモチャでここまでの質感を出せるなら、結構お金のかかっているドッキリなのかもしれないと考え始めていた。


 誠の股間で繰り広げられる光景。

 誠は自分のペニスをカワイイと言われるのは嬉しかったが、あまりにもしつこく触るもので、少し嫌になってきてしまっていた。何度注意しても止めてくれない二人に珍しく声を荒げてしまう。


「も……もう! 本物だってばっ! いい加減にしてっ! 二人とも!」



 ※※※



 温泉に浸かる4人。


 入口から見て、誠を奥から2番目に座らせている。手前から直美、恭子、誠、真里の順番だ。

 といっても、この4人以外、客は誰もいないのだが、万が一のための布陣である。

 直美も真里も、ようやく誠のチンチンが本物であることを認識し、直美は気まずそうに、真里は顔を真っ赤にして申し訳なさそうに顔を俯かせている。


「マコトさん……あの……さっきはごめんなさい……」

「マコちゃん、ごめんね……」

「ううん、もういいよ。ちょっと変わった形してるし、信じられないのもしょうがないよね」

「しかし、ずいぶん長いこと触っていたわね……」



 真里は最愛の人の性器を触りまくってしまったことに動揺していた。


(あ…あ…あ……やっちゃった……あれって、手コキだよね……まだ付き合ってもいないのに、手コキしちゃったあああぁぁぁ………あんな小さかったらわかんないよ…………)


 とりあえず、誠のチンチンが本物であるという現実に向き合うことができた真里。マイクロペニスであることは残念ではあったが、チンチンがチンチンであることには変わりはない。考えてみれば同人誌のテトだって、誠ほどではないにせよカワイイちんちんをしていたはずだ。

 今回の件で、誠を男として認識するのはより困難になってしまったが、引き続き誠という性別を好きでい続けようと真里は思った。


 そうして考え事をしている真里を、直美はじっと見つめていた。


(う~ん、一番はやっぱりキョウちゃんだけど、真里ちゃんも色白で細くて綺麗な身体だな~。マコちゃんは、ふんわりと膨らんだおっぱいが可愛いかも? あたしと付き合ってた時よりも華奢になった感じかな? なんだか成長途中の女子中学生って感じ♪)


 まるで女体研究家にでもなったかのように評価を続ける直美。誠に関しては、とても元彼に関する評価とは思えない。真里に許可を貰ったこともあり、直美は気の済むままにみんなの裸を見て楽しんでいた。



 誠は直美のそんな視線も気にせずに、こうして4人で温泉に浸かれることを幸せに感じていた。

 男湯は、とても落ち着いて浸かれる場所ではなかった。ここなら心許せる3人に守られながら、安心して浸かることができる。
 真里が身体を密着させてくるのが気になってはいたが、もう毎度のことだったので、単純にこういう風に触れ合うのが好きな子なのだろうと考えるようになっていた。


「あの、マコトさん……」

「ん? なに? 真里さん」

「ちょっと首が疲れちゃったので、肩を借りてもいいですか?」

「うん、いいよ」


 真里は誠に許可を得ると、身体を傾け、誠の肩に自身の頭と肩を寄せた。本当に幸せそうな表情を浮かべる真里。誰から見ても、真里が誠に好意を抱いていることは明らかだった。

 直美はそんな二人の様子を羨ましく思ったのか、同じく恭子に身体を預けた。


「キョーちゃん♡」

「はいはい、首が疲れちゃったのよね」


 今はこの四人以外誰もいない。入ってくる人がいれば、離れれば良いだけなので特に気に掛ける必要もなかった。

 恭子は、誠に身体を預ける真里をじっと見ていた。


(やっぱり真里ちゃん、マコちゃんのことが好きみたいね……さっきおちんちんを取り外そうとしたのも、怒っているような感じだったのも、きっとマコちゃんに余計なものが付いているのが嫌だったからなのよね……
 できる事なら、もう一度マコちゃんに女の人を好きになるようにして、真里ちゃんとくっつけてあげたいけど、これ以上マコちゃんの人生を嘘で固めるわけにはいかない……私の自分勝手な我儘に付き合わせてしまってごめんね……真里ちゃん……)


 少し勘違いは入っているものの、恭子は心の中で真里に謝罪した。

 男にモテる誠がなぜ彼氏を作らないのか、恭子にはその理由が分からなかったが、もし誠のパートナーになってくれるのだったら、真里でも構わない。

 恭子は少しずつではあるが、真里のことを認め始めていた。

Part.56 【 相部屋(真里ふたなり妄想編) 】

 深夜二時。


 温泉から上がり部屋に戻ると、四人はすぐに電気を消し布団へと入った。

 奥の方から誠、真里、直美、恭子の順に並んでいる。

 フカフカの羽毛布団、暖房も効いており、すぐに眠りに付くかと思われたのだが……


※※※


 暗闇の中、直美の布団がもぞもぞと動く。布団の右端部分が上がり、出てきた直美が隣の恭子の布団へと入り込む。

 まだ目を閉じているだけだった恭子は、ゆっくりと寝返りを打ち、直美の方を向くと言った。


「どうしたの、直美?」

「なんだか寂しくなっちゃって……」


 甘えるような声で直美が答える。

 大学に入ってからというもの、直美は毎晩のように恭子を求め、行為が終わるとそのまま裸で抱き合って眠っていた。

 今日は相部屋ということで、別々の布団を敷いてもらっていたのだが、普段と違うと落ち着かないのだろう……。

 直美はいつものように恭子に抱き付いていた。


「もぅ、仕方ないわね…………ま、直美は寝相が悪いってことにして、今日はこのまま寝るといいわ。私も寂しかったし……」


 そう言い許可を出す恭子。朝起きた時の真里の反応が心配だったが、添い寝するくらいならそこまで気に止めないだろうと考えた。


「ホント? やった!」


 そう言い喜ぶ直美の頭を撫でると、恭子は再び目を閉じた。



※※※



 それから約5分ほどが経ち、恭子は自分の頬に直美の唇が当たるのを感じた。わざと当てているような感じだ……。抗議しようと直美の方を振り返る。


「ちょっと直美……今日は隣に真里ちゃんが……んんっ!」


不意にキスをされる。唇同士をぴったりと塞がれてしまい声が出せない。唇の間から侵入する直美の舌が恭子のそれに絡みついた。

顔を背けようとするが、全身を抑えられ身動きがとれない。それからしばらくの間、恭子は直美によるディープキスにより翻弄されることになる。


「ちゅ……ぱ……はぁはぁ、はぁはぁ……」


 三分ほどが経ち、解放される恭子。しかし既に瞳は濡れ、恋人の舌を追うように、自らの舌を差し出してしまっていた。

 直美は毎日の性行為によって、恭子の性感帯を熟知していた。彼女は恭子の様子に微笑むと、そのまま弱点でもある耳元に狙いを定めた。


「あむっあむっ……ちゅっちゅっちゅぱっ……れろぉ……はぁ……」

「ぁっ……!! やっ……!!」


 恭子の耳元でリップ音が鳴る。熱い吐息が当たり、恭子の官能が刺激される。首下の窪みのラインを舌先で撫でられ、恭子は思わず声を上げてしまった。

直美がサキュバスのような声色で囁く。


「キョウちゃん……あたし、女湯入ってからずっと興奮しっぱなしで、もう我慢できなくなっちゃった……❤ ……しても、良いよね?」


 耳を疑うような直美のセリフ。今日は誠と真里が同じ部屋で寝ているため、してこないだろうと思っていた。まさかそれでも誘ってくるとは……。

 目を見開き直美の方を見る。

 そこには目をキラリと光らせ、小悪魔のように微笑む直美の姿があった。そう……彼女は既に理性のタガが外れ、真里と誠の前でも構わず、性交に及ぼうとしていたのだ。

 本来であれば、ここで直美を正気に戻さなければならないのだが……。


 ゾクゾク……ゾクゾク……


 あろうことか、恭子は直美のサディスティックな目を前にして、彼女から受ける甘美な刺激を思い出し、背筋をゾクゾクとさせてしまっていた。

 ジュン……と子宮が疼くような感覚。膣口からは新たな愛液が生み出され、その周辺を濡らし始めていた。

 日夜受け続けてきた刺激は、恭子の中にマゾの性質を覚醒させてしまっていたのだ。


(……すぐに止めなきゃダメなのに……言葉が出ない……)


 ここで快楽に身を委ねてしまったら、誠と真里を起こしてしまう。
 理性と本能が葛藤を起こし、恭子は直美のことを押し返すことも、受け入れることも出来なかった。


(キョウちゃん、思ったより嫌がらないな~~これはOKってことでいいよね?♡)


 明確な否定の意を示さない恭子を見て、合意のサインだと判断した直美は更なる侵攻を開始した。

 首筋にキスの雨を降らし、ゆっくりと下へと移動する。浴衣の帯を解き、衿をはだけさせ、手を差し込み恭子の胸を触った。

 夏祭りで、恭子は浴衣を寝間着として使用する際は、下着はつけないと言っていた。その言葉の通り、彼女はブラもショーツも身に付けてはいなかった。

 白桃の頂きに顔を寄せる。優しく、時に激しく、舌を回すように使い、その大粒の胸のクリットを転がしていく。


「ぁっ! んんんっ……!!」


 あまりの気持ち良さに声を出しかける恭子であったが、誠と真里を起こさないよう、無理やり声を押し殺した。

 そんな様子に、直美の被虐心が刺激される。

 腕を伸ばし、柔らかく花開いた湿地帯へと指を這わす。ヒクつく襞にトロトロと潤う愛液……。直美はそれを指先に絡ませると、蕾を優しく撫で始めた。


「ふぅっ……んんっ……」


 巧みな指先で、一本一本……。緊張の糸を解す様に、じっくり、ねっとりと……。
恭子は腰をひねり逃れようする。だがそれもすぐに求める動きへと変わってしまう。腰を振り恋人の指にピンと張ってしまった突起を擦り付ける。


「あぁ……そんなぁ……」


 変わっていく自身の反応に気づき、悲観の声を上げる恭子。

 桜色の胸の頂もすっかり勃起し、ピクピクと震えてしまっている。直美は恭子の乳首とクリトリスの両方を勃起させると、彼女の心を篭絡させるべく唇にキスをした。

 恭子は脳が蕩けてしまいそうなほど甘く痺れる接吻を感じながらも、直美から与えられる快楽に必死に抵抗し続けていた――



 ※※※



 ドキドキドキドキドキドキ……


 そんな恭子の抵抗も空しく、既に二人の行為は真里に気づかれてしまっていた。


(う……う……二人とも、絶対してるよね……)


 すぐ隣で繰り広げられる女同士の淫らな行為。
 真里は同人誌により、ある程度のGL耐性はあったが、それはあくまでも二次元での話。三次元のGLは許容の範囲外であった。

 仲の良い女友達で尚且つビジュアルが美しいこともあり、嫌悪感はそこまで大きいものではなかったが、ノンケの真里はなるべく離れていたいと思った。

 寝返りを打つ振りをして、誠のいる方へと身体を寄せ、布団を被り耳を塞ぐ。


「んっ……あぁっ! ……ぁっ……」


 それでも変わらない恭子の声。ふと、誠を見つめる。――優しい誠のことだ。万が一起きていたとしても、事情を話せば分かってくれるだろう……。

 真里は迷ったが誠の布団に避難することを決めた。布団の左端を持ち上げ、誠の布団へと入り込む。


「真里ちゃん……?」


 真里が布団の中に入ってきたことに気づき、誠が声をかけてきた。どうやらまだ眠ってはいなかったようだ。真里は変な風に誤解されてしまうかもしれないと警戒したのだが……。


「大丈夫……私も聞こえていたから、だからこっちに来たんだよね?」


 そんな真里に誠は優しく語りかける。

 聞こえないはずがない。直美は二人に気づかれても構わないと思っているのだから……。しかし、そのおかげで簡単に事情を察してもらうことができた。


「はい……急にその……始めちゃったみたいで……」

「ナオちゃん、昔からそういう大胆なところあるからね」

「えっ? そうなんですか?」

「うん……でもキヨちゃんは、そういうの見られるの嫌がると思うんだよね……。だから言い出しにくくて……でも真里さんが眠れないなら言ってくるよ。二人ともすぐに止めてくれると思う」

「大丈夫です。ここだとそこまで気にならないので……」


 大好きな誠と同じ布団で眠れる……ある意味、直美に感謝しているくらいだった。

 声は気になりはしたが、ここで止めてしまったら元の布団に戻らなくてはいけなくなる。真里は気にならないふりをすることにした。


「マコトさん、もう少しそっち寄ってもいいですか? そこまでいけば全然気にならなくなると思うので……」

「うん、いいよ」


 真里は身体の触れるくらいの位置まで近づいた。

 女物の浴衣を着て眠っている誠。微かに触れる女性の胸の感触……。真里の中で夏祭りの時に感じた百合的感情が呼び起こされようとしていた。


(うぅ……これこのまま興奮してたら、まずいのでは……?)


 真里は女の誠に興奮する気持ちを抑えようと、昔の誠を思い浮かべようとした。しかしその姿に靄がかかり、思うように想像できなかった。

 代わりに思い浮かべてしまったのが、女湯で見た誠の裸だ。

 色白で透き通るような肌。僅かに膨らむ胸。そして小さく可愛らしいおちんちん……。

 真里は、誠を好きな気持ちと女同士への抵抗感に板挟みとなりながらも、股間が熱くなるのを感じ始めていた。


(はぁ……はぁ……ダメダメダメ……こんなことで興奮しちゃダメ……私はレズじゃないし……はっ、そうだ! 誠くんの顔を見れば、昔の面影を思い出せるかも?)


 海面から浮かび上がるように布団から顔を出すと、誠の顔がすぐ目の前にあった。
 目を瞑り安らかに寝息を立てている……。
 月明かりに照らされた端麗な寝顔に、真里は一瞬にして心を奪われた。


(……なんて可愛いんだろう)


 仕草や態度ではなく、単純な顔の造形への評価。段々と誠を男性として見れなくなってきていた部分もあったのだろう。

 真里はこの時初めて誠の顔をカッコイイではなく、可愛いと感じてしまった。


(誠くん……)


 だがそれでも誠が好きという感情は変わらなかった。

 キスまでの距離約20cm。もはや男の誠を思い浮かべることはできない。興奮で理性がグラついてきていた真里は、この容姿でも構わないと思い、誠とのキスを想像することにした。


(ちゅ……)


 不思議と嫌な感じはしなかった。自分が同性とするイメージを持つことに戸惑いはあるものの、それでも止める気にはならない。

 左手で疼いた股間に触れてみる。


(あ……気持ちいい……)


 今までしてきた自慰とは全く次元の異なる気持ち良さ。

 女同士、いけないことをしているかのような背徳感が、真里の官能をより一層高めさせた。


 真里の妄想は続く。


 女湯での誠の裸。小ぶりな胸とカワイイちんちん。あどけない顔。いじらしい表情でキスを求める誠を想像し、唇をくっつけてみた。


(ちゅ……ちゅっちゅっ……んっ……はぁはぁ……)


 そんな異常な妄想なのに興奮してしまう。もうここまで来たら歯止めは効かなかった。

 ショーツの中に手を突っ込みヒダを触ってみると、十分に濡れて滑りやすくなっていた。


(私……女の誠くんを想像してオナニーしてる……すごい変態)


 想像の誠はぷりんとしたお尻をこちらに向け、物欲しそうな目付きで、挿入を待ち侘びていた。しかし女の真里に入れるようなものはない。

 だがここは真里の妄想の中、彼女はクリトリスに神経を集中させると心の中のチンコを勃起させた。


 ビーンっと力強く跳ねる真里の心のチンコ。真里のそれは誠のそれよりも遥かに立派で逞しかった。

 中指と人差し指の脇でクリトリスを挟み、男が竿をしごくようにしごいでみる。


「ぁ……ふぅ……」


 思わず声が漏れてしまう。真里はしごくスピードを少し抑えると再び妄想を進めた。

 誠の顔の前に心の肉棒を差し出す。


「あっ……真里さんの……おっきい……」


 潤んだ瞳で真里の剛直を見つめる誠。


 ゾクゾク……ゾクゾク……


 あまりに倒錯的な妄想で、背筋にむず痒さを感じる。男である誠に対して、女である自分が心のチンコを差し出しているのだ。
 普段は竿役を別の屈強な男性でBL妄想している真里だったが、こうしてふたなりチンコという設定で誠を相手にするのも悪くないと思った。


「ふふふ……誠くん……ううん……マコトちゃん♥ マコトちゃんのおちんちんに比べて私のおちんちんどうですか?」


 真里は雰囲気を出すためにマコトの名称をちゃん付けで呼ぶことにした。


「あぁんっ……真里さんの……私のおちんちんと全然ちがぅ……逞しくって……大きくって……すごぃのぉ……」

「そうですよねぇ、マコトちゃんのおちんちんは、とっても可愛くて、小さくて、まるでオモチャみたいですもんねぇ……」


 女の子座りをする誠の股間のオモチャがピクンと反応する。
 真里の脈打つ屈強な肉茎を前にして、小さくて可愛らしいオモチャと呼ばれるのが嬉しいようだ。


「そうなの、私のちっちゃくてオモチャみたいなのぉ……んんっ❤」

「あらあら……大きくなっても、そんなサイズなんですね。ほーら、自分のよりも何倍も太くて逞しい本物のちんぽを、その小さなお口で、ご奉仕してください❤」

「はぁい……」


 そう言い誠は、唇から小さな舌を出すと、控えめに真里の肉棒に宛がった。その妄想に合わせて、真里もクリトリスに刺激を与える。


(ふぁっ! あぁぁっ!! ヤバイ……これすごい気持ちいぃ……)


 女の誠が、顔を赤らめて自分の心のチンコをフェラしている。真里の中でニューカテゴリーに分類されるこの妄想は、僅かな刺激でも真里を高みまで昇らせることができた。


(あああああああっ……すっごい変態……誠くんでこんな妄想……はぁぁっ……抑えなきゃ、すぐにイっちゃう……)


「はぁ……はぁ……」


 真里はビクビクと身体を小さく痙攣させながらも、すぐにイっては勿体ないと思い、ゆっくりと自慰行為を続けることにした。


「ほーら、お口を開けてください……マコトちゃんの口に、私の太くて逞しいちんちんを入れてあげますよ? たぁっぷりと味わって……くださいね……?」


 誠の顔に両手を添え、少しずつ少しずつお口に肉棒を差し込んでいく。誠はウットリとした表情で真里の目を見つめ、その味を堪能している。


じゅぼ…じゅぼ……ずぶっ…ずぶっ……

「あぁっ……はぁ……♡」


 誠の口内で水音を立ててストロークされる心のちんこ。
 想像して真里が熱の籠った吐息を出す。恭子の喘ぎ声がなければ、誰かに聞かれてしまってたかもしれない吐息。真里は恭子を隠れ蓑にし自慰行為を楽しんでいた。


 ちゅぅ…ちゅぅ…


 誠は哺乳瓶を口に含むように、真里の鈴口を含んでいた。真里の心のチンコからは、誠の吸う力に合わせて濃いミルクが次から次へと噴出していた。

 現実にはあり得ない話だが、ここは真里の妄想の中、真里の心の精子も無限大なのだ。


「ほーら、どうですかー? 私のミルクおいしいですかー? マコトちゃんはおちんぽ大好きな男の娘だから、うれしいですよねー?」

「あぁんっ……真里さんのおちんぽミルクおいしぃのぉ♡ すごくおいしくて、マコトのおちんちんも嬉しくてぴゅっぴゅっしちゃうのぉ」


 誠の勃起した白くて小さなちんちんの先っぽからは、僅かな量の透明な精子が申し訳程度に飛び出て床を汚していた。


(ぶぅへぇぇぇーやべぇぇー変態すぎるわ私……)


 妄想の誠とふたなりセックスをする真里。だんだんと調子に乗ってきたようで、変態具合にも拍車がかかってきたようだ。


「あれぇ? マコトちゃんのおちんぽミルクそれしか出ないんですかぁ? 私のミルクに比べて量も少ないし、色も透明じゃないですか?」

「あうぅ……私、これしか出せないのぉ……」

「もぉーマコトちゃんったら……しょうがないですね……じゃあ私がおちんぽミルクの出し方教えてあげるので、こっちにお尻を突き出してください、ね?」


 真里は誠を四つん這いにさせてお尻を突き出させた。カワイイお尻を両手で優しく掴み、勃起した心のちんこを、誠の処女穴に宛がった。


「今から、おちんぽミルク作るために、お尻オマンコにおちんぽ、ずぶぅしてあげますからね~~まずは、お尻でいっぱいおちんぽちゅぱちゅぱして、私のおちんぽの形覚えるんですよ~~?」

「うんっ❤ 私のお尻オマンコに真里さんのおちんぽの形おしえて❤ マコトを真里さんの女にしてぇ❤」

(フヘ……フヘ……フヘヘヘ……誠くん、私の女になっちゃうの? 男なのに、女の私の女になっちゃうの? もぉ誠くん、ホモだかレズだかわかんなぁい❤) 


 真里は先ほどのフェラによってドロドロになった心の棒を、誠の中へと挿入した。


「ほ~ら、ずぶぅいきますよぉ? ずぶぅ~❤ ずぶぅ~❤」

「ふぁんっ❤ 真里さんの……すごぃ❤」


 妄想の誠は真里の腰の動きに合わせて腰を振り始めた。同時に真里も己のクリトリスをより過激に弄繰り回す。


「わかりますかぁ? このコリコリっとしたところが、前立腺といっておちんぽミルクを作るスイッチなんですよぉ? ここをずぶぅ~ずぶぅして、こりんこりんしてあげますね?❤」

「う……うんっ!」

「はい、ずぶぅ~❤ ずぶぅ~❤ はい、こりん❤ こりん❤」

「あぁぁぁぁぁんっ!! こりんこりんもいいのぉぉぉぉ❤」

「前立腺こりんこりんも気持ちいぃですよねぇ? いーっぱいこりんこりんして、おちんぽミルクいっぱい、ぴゅっぴゅっしてくださいね? こりん❤ こりん❤」

「やあぁぁぁぁんっ!! いっぱい、ぴゅっぴゅっしちゃうのぉ!」


 真里がひと突きする度に、誠のおちんぽからはぴゅっぴゅっ、ぴゅっぴゅっとミルクが噴き出す。まるで牛のミルク絞りのようである。


「はーい❤ ずぶぅーずぶぅー」

「アッ! アッーーーー!!!」

「こりーん❤ こりーん❤」

ぴゅっぴゅっ❤ ぴゅっぴゅっ❤

「マコトちゃん、おちんぽミルクの出し方よくわかりましたかぁ?❤」

「……うん❤ でも、真里さんがいなきゃ、ミルク作れないよ……」

「うふふふ❤ いいんですよぉ~マコトちゃんは、私といる時だけ、おちんぽミルク作れればいいんです❤ 私がいなきゃ、一人でおちんぽミルクを出すこともできないマコトちゃんも私は大好きですよっ」

「わたしも、いっぱぁいお尻おまんこ、ずぶぅずぶぅしてくれて、いっぱいこりんこりんしてくれる真里さんがだーーいすきっ❤」

(やぁぁんっ❤ もぉぉぉー❤ マコトちゃんかわいすぎっ❤❤ もうこれ心のちんぽ、射精寸前だわぁ~~)


 女にも関わらず、最愛の人を後背位で責める背徳感。心のちんこという新しい性癖に目覚めた真里は、アヘ顔に近い表情で笑っていた。万が一、誠が見たならば、確実に引かれてしまうような表情である。

 それに気が付き、少し正気に戻った真里は誠の顔を見た。スースーと息を吸う安らかな寝顔。男性なのに柔らかそうな唇。それを見て真里は思った。


(あぁ……キスしたいな……)


 しかし、ここで本当にキスをしてしまったら誠に嫌われてしまう。真里は仕方なく妄想で我慢することにした。


「真里さぁん……」

「どうしたんですか? マコトちゃん?」

「うん……あのね……真里さんとキスしたいの……」

「キスしたいんですか? うふふ……良いですよ♥」

「んっ……ちゅ……んくっ……ふぁっ……」


 姿勢を正常位へと変え、ふたなりチンコを突っ込んだまま誠にキスをする。誠は細い腕を真里の背中に回し、腰の動きに身を任せていた。

 そうして腰を降っているとお互いの乳房が擦り合うイメージが浮かんできた。真里は左手を自らの乳首に添えると優しく触り始めた。


「んんっ……あぁ……」


 新しい刺激が加わり真里はまた声を出してしまった。直美と恭子がこれほど音を出していても起きない誠のことだ。多少声を出してしまっても大丈夫だろう。

 真里は左手の動きはそのままで、右手のクリトリスを擦る動きを再開する。ここで止めてしまったら、欲求不満で眠れなくなってしまう。既に真里は絶頂に向けて動き出していた。


「あっ、はぁはぁ、マコトちゃん……愛してます……」

「私も、真里さんのこと愛してる……」

「マコトちゃ……マコトさんと一緒にイキたいです……」

「うん……一緒にイこ? 真里さん♡」


 真里は小刻みに身体を揺らす。ちゃん付けを、さん付けに直し、なるべく現実の誠に意識を切り替えた。

 目を開けて、目の前で天使のように眠る誠を見つめる。今まで何度も何度もイメージしながらオナニーをしてきた誠の顔。心の奥底から湧き上がってくる劣情に身を委ね、ひたすら抉るように淫豆をすり潰した。


「フーフー……フー……んっ♡ んんっ♡ んんんっ♡ んんんんんんっっっ!!(ぁっ♡ あぁんっ♡ んんんっ!! マコトさん、好きっ! いく、いく、いっちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅ!!)」


 その瞬間、真里の身体を電流が走り抜けるような快感が貫いた。


――――――――ビクビクッビクッ!!


10秒以上にも及ぶ、長い痙攣が続いた後、すぅっと力が抜ける。


「はぁー……はぁー……はぁー……」


 絶頂後の荒い息を吐きながら、誠を見つめる。

 直接性交したわけでもないのに、同じ布団で包まっていると、本当にしてしまったような気分になる。

 真里はこれまでのオナニーでは得られなかった多幸感で全身満たされていた。


「……………」


 一息つき、ふと、背中の方に意識を回すと、恭子と直美の行為も終盤に差し掛かろうとしているのがわかった。


「キョウちゃん、かわいい……」

「あっ……んんー!! んっ♡ んんんー!!!」


 一度絶頂したこともあり、真里は徐々に二人の行為が気になり始めてしまっていた。

Part.57 【 相部屋(恭子トランス絶頂編) 】



「キョウちゃん、かわいい……」

「あっ……んんー!!んっ❤んんんー!!!」


真里が自慰行為を終え余韻に浸る頃、
直美と恭子の二人は浴衣を全て脱ぎ捨て、生まれたままの姿で抱き合っていた。

彼女らは、布団すらも被っておらず、
もし誠や真里が振り向けば、すぐに性行為に気が付く状況にあった。


「キョウちゃん❤そんなに声出しちゃって良いの~?二人が起きちゃうかもよ?
もしバレちゃったら、どうなるんだろうね?ふふふ❤」


小悪魔的嗤(わら)いを浮かべて、楽しそうに直美が煽る。


「あぁんっ❤……直美……お願いもうやめてぇ……」


度重なる直美の愛撫により、すっかり蕩けさせられてしまった身体。
恭子は抗議の声を上げるが、甘いアクセントが混じってしまい意味を成さない。

せめて布団を被ることが出来れば、
布団を噛みしめながら静かにイクことができるのに……。

直美は恭子が布団の中に隠れてしまわないように、恭子の布団を自分の背中の方へと寄せていた。

恭子は直美の隙を見て、布団を引き寄せようとした。
しかしその手を直美が掴む。


「ダメだよ?キョウちゃんの綺麗な身体、もっとよく見せてくれなきゃ❤」


直美は指を絡ませながら恭子を寝かせ、貝合わせの体勢へと入る。


「それだけは……だめ……もう、理性保てなく……なっちゃうからぁ……」


直美から受ける貝合わせ。柔らかな秘肉の触れ合い。
ヒダの一つ一つが鋭敏な刺激を全身へと送り込む。

恭子はそれがどれほど気持ちの良いものか知っていた。

もし今、それを味わってしまったなら……
僅かに残っている理性は跡形もなく消し飛び、自分はただ愛欲に乱れ叫ぶ一匹の雌へと変わってしまうだろう……。

震える恭子を物ともせず、直美は自分の脚と恭子の脚を交互に重ね合わせると、ゆっくりと大事な部分をスライドさせていった。


ピト……

「あぁっんんっ!」


肉壁の狭間に蕩ける様な甘い肉の感触を与えられ、恭子はつい声を上げてしまう。

直美のピンク色のヒダの部分が、恭子のそれにキスをする。
ぴったりと密着し、まるで肉同士が吸い付き合ってるようだった。

貝合わせの準備を終え、お互いに見つめ合う。


「ぁ……だめ……だめ……やめて……」


恭子は首を横に振り、怯えるように直美に懇願する。
触れているだけでこんなに気持ちがいいのに、動き出したらもう声は抑えられない。

そんな恭子の顔を見て、直美はにっこりと笑う。


「うふふ……キョウちゃん、可愛い❤もっと可愛くなってね❤」


恭子の悲願空しく、言い渡される直美の言葉。
直美は女同士にしか出来ない秘貝同士のディープキスを開始した。


ぐにゅ……くちゅくちゅ……パンッパンッパン‼
ぬちゅぬちゅ……パンパンパンパンッ‼


女同士の肌と肌がぶつかり破裂音が鳴る。
お互いの秘唇の間から涎を垂らし絡み合わせた。


「ンフッ!!ンーンーンー❤ンフッー❤」


恭子は声を出さないよう必死に口を閉じ、与えられる快感に耐えていた。

そんな恭子の抵抗を、まるで無駄なものと嘲笑うかのように、直美は顔を近づけキスをすると、舌を使い、硬く閉じる恭子の唇を無理矢理開かせた。


「ンン!!……ちゅっぷ、ちゅっちゅっ……あっはぁっ!!あぁん!!はぁっ!はぁっ!ああぁっ!!」


恭子の喘ぎ声がキスをする唇の間から漏れ出る。
その恥ずかしさが、さらに恭子の羞恥心を掻き立て、全身を火照らせた。

徐々に激しさを増す直美の腰使い。クリトリスが擦れてさらに愛液が溢れた。
下半身がじんじんと震えて絶頂が近いことを感じた恭子は、
逆に早くイって終わらせてしまおうと考えた。

敢えて自らも腰を振り積極的に感じようとする。
一度イってしまえば、冷静さを取り戻せるだろうと考えていたのだが……。


―――…ピタと、直美の動きが止まった。


「…あ…ああ……直美?」


急に直美の動きが止まり、困惑した表情を浮かべる恭子。
新たな快感を与えられなくなり、身体が寂しさを感じているのが分かった。

直美はニヤニヤと笑みを浮かべて恭子の様子を見ている。
どうやらわざと止めているようだ……。

ずっと抵抗を続けていた恭子が急に従順になったことから、考えを見透かされてしまったのだろう……。セックスに関する感性は圧倒的に直美の方が上であった。

茫然としている恭子に対して、直美は貝合わせを再開する。


パンッパンッ!ぬちゅくちゅっ……くちゅぅくちゅぅ……


「ぁんっ❤ぁっあっあっ❤な……なおみぃ……❤あっ!あぁっ!イク……」


―――…ピタ。恭子の絶頂の気配を感じ、再び動きが止められた。


「あぁ…………そんなぁ……」


ヒク付く恭子の秘貝。
絶頂に達せない快感が体中に溜まっていくような感覚に、
恭子はソワソワし始めていた。

そしてまた動きが再開される。


ぐりぐり……パンパンパン!むちゅっむちゅっちゅっちゅっちゅっ


「ふぁっ!!………あっ!あっ!いぃっ!!いぃぃっ!!」


―――…ピタ


「………………」


次第に恭子の全身にムズムズとした官能の渇きが芽生えていく……。

止めないで欲しい。もっと強い刺激が欲しい。

直美が寸止めを繰り返す度に、恭子の心は色欲に染まっていった。


パンパンッ―――…ピタ


何度目か分からない直美の寸止め。
そこでついに恭子は限界に達してしまった。

上半身を起こし、直美に縋(すが)るように抱き付く恭子。


「やだぁ……おねがぃ……なおみぃ❤イカせてぇ……❤」


繰り返される焦(じ)らし行為に我慢できなくなってしまったのか、恭子は瞳を潤ませ、甘えるような仕草で続きを求めた。


「うふふ❤キョウちゃん、あたしのこと好き?」

「うん、すきぃ❤だいすき❤だからぁ……❤」

「じゃあ~キョウちゃんの方からキスして?」


恭子はコクリと頷くと、
両手と両腕で直美の頭を包み込み、啄むようにキスをした。


「ちゅ……ちゅっちゅっちゅっ❤すきっ、だいすきっ❤」

「えへへ❤あたしもキョウちゃんのこと大好きだよ❤ちゅっ……❤」


恭子はキスをしつつも腰をくねらせ、直美の女性器に自らのそれを擦りつけた。女のヒダを使って、ねっとりと、厭らしく、貪(むさぼ)るかのように、淫口同士のディープキスを行う。


「こんなことしていいのー?二人が見てるかもしれないよ?うふふ❤」

「うん……もういいのぉ……なおみのこと……ほしくてたまらないからぁ……❤もっといっぱいエッチしよっ❤ねっ?❤」


恭子の声は、さっきまでの悲痛な声とは違い、明るく可愛らしいものへと変わっていた。目付きもすっかり蕩けたものへと変わり、直美から与えられる快感の虜となってしまったようだ。

何度も焦(じ)らされたことにより、我慢の限界を超えてしまったのだろう……。

一種のトランス状態に陥ってしまった恭子は、あれこれ考えるのを止めてしまい、直美に言われればどんなに恥ずかしいことでも受け入れてしまうような状態になってしまっていた。


「キョウちゃん、可愛い❤ちゅ……ほら、これが良いんでしょ?」


直美が腰をくねらせると、二人の秘貝の間からぴちゃぴちゃと滑り気のある音がした。


「うん❤なおみのおまんこきもちぃいのぉあんっ❤もっと……もっとしてぇ❤」


ちゅっ……ちゅっぷ……れろぉれろぉ……ちゅっ……


二人は上下両方の唇でキスをした。
恭子がギュッと抱き締めてくれているので、直美は余った手で恭子の背中をフェザータッチする。乳房同士も重なりあい、まさに全身を使ってセックスをしている状態だ。



※※※



ドキドキ……ドキドキ……


(二人とも……まだしてる……
さっきと違って、恭子さんはっきり声出しちゃってるし……)


一層激しさを増していく直美と恭子のレズビアンセックスに、
真里は眠ることもできず、一人悶々としていた。

ほんの少しの好奇心。
自慰行為を終えていた真里は二人が気になり、つい後ろを振り向いてしまう……。

そこには二匹の美しい雌が、
身体を抱き締め合い、淫らに求め合っている姿があった。


(……綺麗だな)


それが、真里から見た二人の第一印象だった。
女同士で行為をすることへの抵抗感よりも二人の美しさが勝り、思わず見惚れてしまっていた。

今の今まで自慰行為に没頭していたこともあり、真里の左手は乳首に、右手はクリトリスに添えられていた。

二人の行為を見ているうちに、無意識に指が動いてしまった。


(んんっ!!)


真里の身体がビクッと震える。ピリピリっとした刺激が指先から周辺に広がった。
イッたばかりの身体は刺激に弱く、先ほどよりも強い刺激となって体中を駆け巡った。


(ヤバイ……これはヤバイ……
これは始めてはいけないヤツだ…………そ、そうだ!誠くんの方を向こう!)


真里の中で、百合警報器が鳴る。
さすがにここオナニーをしてしまったら、レズっ娘(こ)認定されても仕方がない。
すぐに身体を反転させようとしたのだが……


ギュッ……


(えっ……!?)


背後にいる誠が、急に手を伸ばし真里のことを抱き締めてきたのだ。

誠は自宅で寝る時は、いつもお気に入りの猫のぬいぐるみを抱いて寝ていたため、寝惚けて真里のことを抱きしめてしまったのだ。

しかし何も知らない真里は……


(いひぃぃぃ!!……誠くんが私のことを……なんでなんでなんで?でも……嬉しい……ポッ❤)


誠が意志を持って抱き締めてきたのだと勘違いをして大喜び。
しかしそれにより、高まってきていた欲情が一層高められる形となってしまう。


「あ……あの……マコトさん……?」

「すぅーーーすぅーーー…………」

「……………」


真里が問いかけるも返事はない。
ただ誠の寝息の音が聞こえるだけだ……。
そこで真里は気づいた。誠はただ寝ぼけているだけなのだと――。


むに……むに……。


誠の発達したての小ぶりのおっぱいが背中に当たる。


(あっ❤ちょっと……誠くんのおっぱい……
柔らかくて、ふにふにしてて……気持ちいい……❤)


愛する人の抱擁、柔らかい胸の感触、美しい雌同士のレズビアンセックス、女特有の淫らな匂い……それら全てを受けてしまい、真里は思わず、乳首と淫核に添えている指の動きを再開してしまった。


(あぁぁ……ヤバイィィィ……気持ちいぃぃぃぃ❤
これ絶対ヤバイやつだよぉぉぉぉぉぉぉ❤)


そう思いつつも指の動きを止めることはできない。

真里は誠の腕から力づくで逃れようと思えば、いくらでも振り解くことはできた。
しかし誠を愛する心が、抱擁という名の拘束を振り解くことができなかったのだ。

生まれて初めて最愛の人に抱き締められ、生まれて初めて生の女同士のセックスを見ながら自慰行為に耽るという、なんとも禁忌な行為。

あまりにも倒錯的なその行為に真里の子宮はキュンキュンと喜び疼いてしまっていた。


(あああ……こんなのダメなのにぃ……❤❤)


ノンケの心を篭絡するレズセクシャルの毒
それは少しずつであるが、真里の心を侵蝕しようとしていた。


「……なおみ……あいしてる……だいしゅきっ❤んちゅ……ちゅっ……」

「んちゅぅ……んんっ……ちゅっちゅっ……
あたしもキョウちゃん大好きっ❤一生一緒にいようねっ!」

「うんっ!❤いっしょう、いっしょ❤❤」


普段クールな恭子から発せられるには、あまりにも高くてカワイイ声。
その幸せそうな表情は、あどけない少女のように清く純粋なものだった。


(うわあぁぁぁぁ❤恭子さん……かわいぃぃぃ❤)


真里は恭子に対して、大きなギャップ萌えを感じていた。
腐女子である真里は、こうしたギャップ萌えにとても弱かった。

それにより真里の淫泉からは新たな女汁が溢れ出し、女の園を濡れ光らせてしまっていた。

あろうことか、真里は"同性の恭子に欲情してしまった"のである。


(あぁ、恭子さん……すごいエッチ……んんっ❤
私……なんで女の人相手に、こんなに身体が反応しちゃうのぉぉぉ……)


恭子の喘ぎ声が超音波のように届き、その一声一声が真里の心と身体を刺激する。

興奮してはいけないと思えば思うほど、禁忌を犯したくなる欲求が増していき、恭子の身体の動きに合わせるように指の動きを加速してしまうのだ。

もう完全に火照ってしまった真里の身体は、己の意思を無視してここで恭子と一緒にイクことを決めてしまったようだ。


「あっあっあっ、イク……イク、イっちゃうっ!!イっくぅぅぅぅぅぅぅ!!」

(ぁぁぁっ、ダメっ……我慢できない!!
誠くん以外の人で……しかも女の人相手に……!
あぁ……ダメ……イッちゃう……イッちゃう……イっちゃうぅぅぅ!!!)

「キョウちゃん……イッて………!
あ……あたしも……ダメっ……あぁっ!!イク……イクっ!!んんっっ!!!」


ビクビクビクッビクビクビクビクビクッ!!!!!


恭子と真里と直美は、三人同時にイってしまった……。
頭の中が真っ白になるほどの快感に、三人はぐったりと布団に身体を預けた。



※※※


それからしばらくの間、
真里は布団に顔を埋め、荒い息が収まるのを待っていた。


(私は……一体なんてことを………ま…まさか………恭子さん相手に興奮して……しかもイってしまうなんて……あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………
悔やんでもぉぉぉぉぉぉぉ………悔やみぃぃぃぃ……きれないぃぃぃぃ………)


直前に女の誠を妄想してオナニーに耽り、誠に抱き締められて発情してしまうというハンデはあったものの、真里が本物の女性である恭子に対して欲情し絶頂してしまったのは事実。

真里は今、男の賢者モードのような状態で、己が犯してしまった禁忌を悔やんでいた。


(誠くんをホモから解放しようとしているのに、私がレズに囚われてしまってどうするの……たしかにGL本でムラムラしたことはあるけど、これはないわーー……)


思えば、誠に抑えられていたとはいえ、咄嗟に今のように布団を被ってしまえば、直美達の痴態を見続けなくても良かったのだ。

しかし、誠に抱き締められるという急なアクシデントにより、真里はそこまで頭が回らせることができなかった。

真里はガッカリと項垂れながらも、この事は誰にも話さずお墓まで持っていこうと誓ったのであった……

Part.58 【 誠の夢 】

何もない漆黒の空。
ぼんやりと光る平らな地面。

風の流れも、かすかな音もない、
そんな静かな空間の中を、誠は夢遊病者のように歩き続けていた。

彼の前方の空に一発の火の玉が打ち上がる。

少し間を置き、それはドーン!っと大きな音を立てると、パラパラと小さな爆音を轟(とどろ)かせ、 七色の光を辺り舞い散らした。


その光が誠の瞳に反射する。
彼は足を止め、無言で光を見つめた。


「……」


反応はない。心の無い人形のように、徐々に消えゆく火花を見つめるだけ。

しかしその光が完全に消えると、彼の肌に少しずつ色味が戻っていった。
ガラスの球体のような瞳にも、人間らしさが戻っていった。


「ここはどこだろう? 僕はどうしてここに?」


正気を取り戻し口を開く。
辺りを見回し、なぜ自分がここにいるのかを考えているようだ。

先ほど見た七色の光を思い出す。

誠にとって、それは賑やかで楽しいイメージを思い起こしてくれるもの。

そのイメージが、過去の体験に結び付く。


「そうだ……僕は真里さんと花火を見に来たんだっけ……」


そう呟いた瞬間、
どこを見ても真っ暗で、何もなかった空間は、
彼の足元を中心に水の波紋が広がるように、〇✖納涼祭の風景へと変わっていった。

その壮大な光景を目の当たりにして、誠が動じる様子はない。
さも当たり前のように見つめるだけで、
この世界に何の疑問も抱いていない様子だ。


眺めが完全に変わると、彼は内ポケットからスマホを取り出し時間を確認し始めた。


(今、何時だろう? 真里さんはもう着いてるかな?)


誠は真里と合流するために、ここに来たと思い込んでいる。既に彼の気持ちは完全に納涼祭へと向いていた。


(なんで僕、ぼっーとしていたんだろう……走らないと待ち合わせの時間に遅れちゃう)


両側に立ち並ぶ雪洞(ぼんぼり)の道を進み、待ち合わせ場所へと急ぐ誠。

前方にひときわ大きな樹が見える。
古い御神木。しめ縄の色も実に神々(こうごう)しい。

その樹の下に真里の姿があった。
彼女は後ろで手を組み、猫が背伸びをするようにストレッチをしながら御神木を眺めていた。

誠は背中を向けている彼女に近づき声をかけた。



なろう挿絵-黒百合



「お待たせ、真里さん」


声に気づき、笑顔で振り向く真里。

彼女は、薄ピンク色の花飾りを髪に挿し込み、
水色の生地に朝顔の模様が施された浴衣を着ていた。

雪のような白い肌に、少しキリっとした顔立ち、大人びた雰囲気とあどけなさが調和した、まさに天女のような美しさであった。


「わぁ~!誠くん、浴衣似合うね!すごいカッコイイ~♪」


目をキラキラとさせて、誠の容姿を褒める。

彼女の姿に見惚れていた誠であったが、一足早く褒めちぎられてしまったようだ。

彼はそんな彼女の言葉に照れ笑いを見せながらも、自身が着ている服を確認した。

男性物のグレーの浴衣に、ベージュの腰紐。

足にはスタンダードな黒の鼻緒が付いた草履を履いている。


(あれ……? 僕、こんな浴衣持っていたっけ?)


その時、彼の脳裏に女物の浴衣を着た自分の姿が浮かんだ。

長く艶のある髪を綺麗に結び付け、髪飾りまで射し込んでいる。
御淑やかに佇んでいるものの、あどけない笑顔で微笑む様は、それが本来の自分だと言わんばかりに自然な成りをしていた。


(なんでこんな想像……男の僕がそんな女の子みたいな服、着る訳ないじゃないか)


ごく自然に思い浮かんだ己の女装姿に、彼の息は荒くなった。


「どうしたんですか?」


真里の呼びかけに誠は我に返る。


「ううん……なんでもないよ。真里さんもその浴衣似合ってるよ」

「えへへ♡そうですか~? 今日のために恭子さんに選んでもらったんですよ! 誠くんに褒めてもらえて良かった~♡」


嬉しそうに身体を左右に振り喜びを表現する愛おしい恋人。

それは普段の真里からすると、ちょっぴり無邪気なものに思えた。


※※※


並んで護国神社へと向かう二人。

和やかな雰囲気で、手振り身振りを交えながら、大学のこと、サークルのことなど様々なことを話した。

そんな中、誠は薄暗い道の先に、下りの階段があることに気がついた。


「真里さん、この先階段だから気を付けてね」

「はーい」


注意はするものの、
彼女は話に集中していて上の空だ。


「真里さん、そこ……」


ガクンッ!

言った矢先、真里はバランスを崩し階段を踏み外してしまう。


「危ないッ!」


前のめりになる彼女を、全身で受け止めようと走り出した。

が、その瞬間、急に真顔になり、
アスリートのような卓越された動きで体勢を戻そうとする真里の姿が映った。

誠は遅れて彼女を抱き締めたものの、
既にバランスを取り戻していた真里は、動じる様子もなくキョトンとしていた。

彼女はおそらく誠のフォローがなくとも転倒することはなかったであろう。

普段おっとりしている真里としては考えられないほど機敏な動きであった。


「……あっ、ごめん」


慌てて誠は身体を離そうとする。

が、真里は誠が離れていってしまう前に、手を伸ばし抱きしめた。


「ありがとう、誠くん。あたしのこと、助けてくれようとして」

「う、うん……でもその心配はいらなかったね」

「ううん、たしかにそうだけど、助けようとしてくれたのが嬉しかった」


真里は一旦誠のことを離すと、手を伸ばした。


「また転ぶと危ないから、手、繋ご?」

「うん、そうだね」


求めに応じ手を差し出す誠。

真里はその手をギュっと握ると、優しく自分の方へと引き寄せた。

誠の瞳に日に焼けた彼女の手の甲が映る。

色白の真里にしては、少し茶色い。

誠は少し気になったが、それ以上思うこともなく、階段を降りるのであった。


※※※


護国神社の拝殿前。
賽銭箱に5円玉を投げ入れた二人は、鈴緒に手を伸ばしていた。


「誠くん、一緒に鈴を鳴らそー♪」

「うん、いいよ」


一緒に持ち、鈴を鳴らす。
手を離し、同時に二礼二拍手一礼をする。

元気が有り余っているのか、
真里は少し過剰気味に手を叩いており、
両手から発せられる音は、この群衆の中でもはっきりと聞こえるほどであった。

真里はこんなにも大胆だっただろうか?

先程の階段での出来事といい、今日の真里はなかなかパワフルだ。

控えめな自分をリードするように立ち回ってくれるし、これでは男女立場が逆ではないかと、誠は感じていた。


「誠、どうしたの?」


戸惑う彼の様子に気づき、真里が尋ねてくる。


「えっ?あ……大丈夫。な、なんでもないよ」


小さな声で返事をする。
すると真里は誠の腰に手を回し、身体を支えるようにして再び尋ねた。


「本当に平気?どこか悪いんじゃない?座るところ見つけて少し休もっか?」


真里が顔を覗きこむかのように見つめてくる。
彼女のこの態度に、誠はなぜか懐かしさのようなものを感じた。


(あれ……?この感覚、どこかで……)


思い当たる節はない。
真里とよく接するようになったのは大学に入ってからだ。それ以前に自分とこうして接してくれたような人は……。


(………………)


思い出せない。

腑に落ちない気持ちはあったが、
誠は再び真里に平気だと伝えると、二人で元来た道を戻ることにした。


※※※


お参りを終えた誠と真里は、屋台巡りをしていた。

ぶらりと屋台を眺め歩き、
クレープとラムネだけを買うと、〇✖川の畔まで進んだ。

だが、どこも人だかりでいっぱいである。

二人は話し合い、近くの公園へと向かうことにした。

植林に囲まれ、花火が見えにくい場所のためか、公園にいる人の姿は疎らであった。
二人は空いているベンチに座り、花火が打ち上がるのを待つことにした。

先程購入したラムネの栓を開けようとする真里。


プシュュュュュュュュュ!!!!!


「ふあああぁーー!!たぁぁーー!!わぁぁーー!!」


ラムネの口から勢いよく炭酸飲料が吹き出る。

彼女は慌てて吹き出たラムネを手で掴んで瓶の中に戻そうとしたが、勿論意味などない。

あっという間に顔も手もラムネで濡れてしまった。

大変気の毒な状態ではあるのだが、あまりにコミカルな彼女の動きに、誠は思わず笑ってしまった。


「ははは、相変わらずだな」

「もぉー!笑い事じゃないよー」


誠は笑いつつも、ポケットからハンカチを取り出し、彼女の身体に付いたラムネを拭き始めた。
真里も笑われて不満を言ってはいるものの、含み笑いだ。

そこで誠は気づく。


(あれ……?僕、今、相変わらずって言った?
なんで?こんなこと初めてなのに……)


先程からおかしい。
記憶と感覚が一致しないのだ。

真里とこうしてラムネを飲むのは初めてのはず……。

異変に気づく誠であったが、
真里を心配させまいと、表情だけは崩さないようにした。

ラムネを拭き取って貰うと、真里は誠に礼を言い、満面の笑みを浮かべて、クレープを頬張り始めた。


「はむはむ……このクレープおーいしー❤」


その様子を見て、誠の脳裏に彼女が昔から甘いものが好きだったという記憶が流れてくる。

なんの記憶だろうか?

誠は和やかな表情は崩さなかったが、その頬には冷や汗が滲んでいた。


ヒューーーーーーーン!!


やがて大きな音を立てて、七色に輝く花火が夜空に舞い上がった。


「あっ、始まったね」


ドーーーーーーーーーン!!!


大輪の花が空に広がり、音の振動が彼らの元に届く。


「たーまやー」

「たーまやー」


同じタイミングで同じ言葉を口にし、顔を見合わせ笑い合う二人。

そのまま優雅に浮かぶ光の舞踏会に彼らは魅了されていった。


真里はクレープを食べ終わると、誠に身体の調子を尋ねた。


「誠、身体の調子はどう?」

「大丈夫。全然平気だよ」

「ホントにー?誠はすぐに痩せ我慢するタイプだからね。ほら、あたしの太股、枕にして寝なよ」

「そんな、良いって……」

「良くても寝るの。あたしに心配かけさせたくないなら素直に寝て。そしたらあたしも安心するから」

「もぉ、強引だな」


渋々、真里の太股に頭を乗せる誠。
彼女の強引な優しさに、なぜか懐かしさを感じてしまう。

まるで以前、同じことがあったかのように。


「あれ……?誠……どうしたの?」

「えっ?」


真里が再び心配そうな目で見つめてくる。

誠がよく分からないといった表情で見つめ返すと、彼女は彼の目の下へと指を伸ばした。


「だってほら、涙。どうして泣いてるの、誠?」


そう言われて初めて気づく。
彼女の指は誠の涙で濡れていた。

……どうして自分は泣いているのだろう?

誠は溢れ出る涙を手の甲で拭うと答えた。


「きっと……花火があまりに綺麗で、感動しちゃったんだと思う」

「あっ、そっか!誠、『昔から』涙もろいもんね」

「うん……」


誠の中の違和感がさらに大きくなる。

しかし彼は、そんなことよりも、この幸せな雰囲気をもっと感じていたいと思い、目を閉じることにした。

頭部に感じる彼女の太股。

昔、貧血か何かで、大切な誰かにこうしてもらったことがあったような……。

そのことを想うと、再び涙が溢れてきた。


「ねぇねぇ」

「んっ?」

「また来年も、こうして花火見れるかな?」

「うん、もちろん……また来年も」


そう答える誠の頭を、彼女の手が優しく撫で上げた。


「ふふふ、楽しみ~♪ また来年も一緒に花火見ようね、マ・コ・ト!」

「!!」


声を聞き、誠は思わず唾を飲み込んだ。

『真里のものではない』、しかしどこか聞き覚えのある声だ。

彼は恐る恐る目を開けた。

そこには、いつも会ってるはずなのに、とても懐かしい笑顔。

悪戯な表情で誠を見つめる直美の姿があった。


「……直美!」


※※※


勢いよく身体を起こし誠は目を覚ます。

そこは旅館の寝室の風景。

窓辺から朝日が優しく挿し込んできていた。


(なんだかすごく辛い夢を見ていたような気がする)



内容は全く思い出せなかったが、目の周りが涙で濡れているのが分かった。

余程、胸に刺さるような夢だったのだろう。

お気に入りの猫のぬいぐるみを抱きしめる腕も自然と強くなっていたようだ。


(ぬいぐるみ?ここは私の部屋じゃないし、そんな物あるはず……)


そこで誠は真里を抱き締めていることに気づいた。

すぐに手を離し、恐る恐る彼女の様子を窺う。


「ん……」


圧迫していたものがなくなり、彼女は目を覚ます。


「ん? もう朝ですか?」

「ごめん、起こしちゃって……。私、強く抱き締めてたみたいだけど大丈夫だった?」


その問いに真里は微笑み答える。


「えぇ、大丈夫でしたよ。逆に心地よく眠れました!」



苦しくはなかったのだろうか? 

そういえば真里は普段から人と接触したがる癖があった。もしかしたら、そういうことで心地よさを感じる体質なのかもしれない。

気になりはしたが、誠はとりあえず良しとするのであった。

Part.59 【 3Pレズ妄想 】




起きてすぐに真里は浴室へと向かっていた。
彼女は昨夜オナニーをしたまま眠ってしまったため、早く身体を洗ってしまいたいと思っていたのだ。

脱衣場前で椅子に座り湯呑(ゆのみ)をすする直美と恭子。
二人とも風呂上りといった様子で談笑していた。


「おはようございます」

「おはよー真里ちゃん」

「お二人ともお風呂入られたんですね」

「うん、昨日寝てて結構汗かいちゃったからね。そういえば真里ちゃん、なんでマコちゃんと一緒に寝てたの?」

「それは、恭子さんの声が……」


そこで誠から黙っておくように言われていたことを思い出し、慌てて言い直す。


「いえ、ちょっとその……私、寝つき悪くて!
それでマコトさんの布団に入っちゃってたみたいです!」

「そうなんだー」


特に気にとめない様子の直美であったが、恭子は言い直す前の真里の声が聞こえていたのか、顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。


(あ、ヤバイ……聞こえちゃったかな?)


身体を小さくして縮こまる恭子。
普段、彼女が見せないその姿に、真里は昨夜の裸の女同士が絡み合う情景を思い出してしまった。

途端にじわりとした感覚が全身に走る。
心拍数は徐々に上がっていき、彼女は慌てて脱衣場へと逃げ込んだ。そして振り向き、申し訳程度のフォローをする。


「その……私、ずっと布団を被って寝てたので、何も知りません。何も見えなかったし、何も聞いてません! シャワー浴びてきます!」


そう言い、真里は脱衣場の扉を閉めた。
そんな彼女の様子を見て、直美は微笑み恭子に言う。


「ほーら、あたしの言った通りでしょ!
真里ちゃん何も見てないし聞いてないって! 良かったね、キョウちゃん♡」

「えぇ、本当にね……良かったわ……」


がっかりと顔を伏せて、項垂れる恭子であった。



※※※



服を脱ぎ、浴室の壁に背を付ける真里。
あいかわらず彼女の息は荒い。


(あーやばいやばい……また恭子さんのこと、カワイイって思っちゃった。
あんなに顔真っ赤にされたら、ギャップ萌えするに決まってるじゃん!
あーまた私、濡れちゃってるし、変な性癖植え付けられちゃったな……)


シャワーの栓を捻り、お湯を出し始める。


(はぁ仕方ないよね)


彼女は椅子に座り、クリトリスに指を這わせると、自慰行為を始めてしまった。

普段からBL同人誌を読み耽っていた彼女は、性欲に関する考えが男と似ており、
外の二人と冷静に接するためにも、一旦ここで発散させてしまおうと考えたのだ。


(とりあえずオカズを決めなきゃな)


過去に気持ち良かったオカズを厳選する。
彼女の審査の結果、オカズ候補に挙げられたのは以下の通りだ。

①いつも通りBL(カル×テト)
②イケメンの誠くんに犯してもらう
③可愛いマコちゃんをふたなりチンコで犯し尽くす
④昨夜の恭子と直美のレズプレイを思い出す


いつもの真里であれば、①か②を選ぶのであるが、この二つは、きちんとシナリオを形成し、順序よく想像していく必要があり、時間が必要だった。

今から朝食の時間まで残り30分といったところ。
朝風呂は長くて20分が限界だろう。

それ以上かかると、食事の時間を告げに、誰かがドアを叩いてくる可能性がある。
そのため短い時間ですぐにイケるオカズを用意する必要があった。


そこで残るのが③か④である。

誠が好きなら当然③を選ぶべきなのだが、真里の頭には先ほどの恭子の姿がこびり付いてしまっていた。③を選んでも、途中で恭子を思い浮かべてしまい、集中できない可能性がある。そうであれば初めから④を選んだ方が良い気がしていた。


真里は心配だった。
もしこのままレズオナニーが習慣化してしまったら、まずいのではないだろうかと……。

マコちゃんで妄想するのも、レズっぽくはあるのだが、一応生物学的には彼は男である。

しかし直美と恭子は正真正銘の女。
その二人を本当にオナネタに使っても良いものなのだろうか。真里の心は揺れていた。


(私がお風呂に入って5分は経っているはず……。もう考えていられる時間はないな……)


今回だけは④をオカズにする。
③は家に帰ってから、ゆっくりエンジョイすることにしよう。そう思い、さっそく真里は朝オナを開始した。





二人の先輩の姿を思い浮かべ、股間に指を這わせる。

恭子はとても頼りがいのある先輩。
知的でセンスも良く、女性から見ても惚れ惚れするほどの美貌の持ち主だ。

対する直美は、明るく活発で一緒にいて楽しい先輩だ。破天荒過ぎて訳の分からないこともあるが、いざという時はとても頼れることを真里は知っていた。

ここで彼女は、二人が朝風呂を終えたばかりだったことを思い出す。

さっきまでこの場所にいたはずだ。

直美と恭子が身体を洗い合い、キスを交わす姿が思い浮かべる。
彼女達はタオルを使わず、直接手で洗い合っていた。熱い眼差しを相手に向け、お互いの感じる部分を優しく愛撫しあっている。

そんな二人の姿を想像しながら、真里はクリトリスと胸を弄り始めた。


(あぁやっぱり気持ちいい……)


直美と恭子は同じ部屋で暮らしているという。
高校を卒業してすぐに同棲生活を始めたそうだが、おそらく家では昨夜のような情交が毎日のように行われているのだろう。

特に直美は昨日の女湯での態度を見る限り、性に対して奔放な性格。

恭子や自分だけでなく、誠に対しても厭らしい目線を向けていたのには驚いたものだった。

もし発情した彼女と、こんな狭いお風呂で一緒になったなら、きっとただでは済まないだろう……。


(ん? 私、今まずいこと考えたような?)


妄想の直美と恭子に目を向ける。
彼女達は洗い合うのをやめて、どちらも欲情した目つきで真里の方を向いていた。


(ひっ!?)

(真里ちゃん、あなたも一緒に洗いっこしない? 仲間に入れてあげるわ)

(ま~りちゃん! あたし、女の子の身体洗うの得意なんだよ、いっぱい色んなところ洗ってあげるね!)


真里は二人の間に挟まれる形となってしまう。
前方に直美、後方に恭子がいる状況だ。


(ちょっと直美さん……あぁん!)


直美の乳房が真里のそれに押し当てられる。
張りのある健康的な胸だ。その先端が真里の小振りな胸を刺激する。


(恭子さんダメです! そんなとこ……)


恭子の胸が背中に密着し、彼女の両手が真里の女性器に添えられる。白くしなやかな指。敏感な部分を敢えて避け、その周りを優しくフェザータッチする。


妄想を続けるか否か悩みつつも感じてしまう真里。
元々は直美と恭子がレズる姿を想像してオナニーをするつもりだったのだが、まさか自分も参加するはめになってしまうとは――彼女は困惑していた。


(真里ちゃん、キスしよ♪ 女の子同士のキスって、すっごく気持ちいいんだよ!)


ちゅ……ちゅ……ちゅぷ、んちゅ……

直美とのキスが開始される。
直美の両腕が真里の肩から後ろに回され、がっしりと逃がさないように口付けされる。同時に密着した乳房同士が、ボディーソープの泡でツルツルと滑り合っていた。


(直美さんダメです。はぁはぁ……私には誠くんがいますからぁ……)


ノンケの真里にとって、いわば禁忌とも言えるこの行為。初めての本格的なレズ妄想に彼女の心臓は大きく高鳴っていた。

そんな真里に恭子が囁く。


(別に良いじゃない、これは妄想なんだから。本当は興味あるんでしょ? 女の子同士のエッチ)


恭子の吐息が耳にかかり背筋がゾクゾクと痺れる。


(そ、そんな興味だなんて……あうぅ……ダメです。ふあぁ!)

(誠くんのこと好きなんでしょ? だったら、女の子のマコちゃんのことも好きにならないとダメじゃない? こうやって女の子同士でするのも良い経験でしょ?)

(でも……はぁはぁ……んんっ!)

(でも何? 真里ちゃんは女の子のマコちゃんは愛せないの? 別に男だからって理由で好きになったわけじゃないでしょ?)


続けざまに恭子の指が真里の女性器をまさぐる。その動きは女同士への抵抗感を少しずつ、取り除いていくような動きであった。


(んやぁっ! あぁ……ぁぁぁ……そういうわけじゃないけど……)

(だったら良いじゃない♪ 男の子の誠くんも、女の子のマコちゃんも、両方愛してこそ、本当の愛ってもんでしょ?)


直美とキスする音と、恭子が淫核を刺激する音が頭の中で木霊する。
加えて甘い声で説得され、ついに真里は受け入れてしまうことになる。



(はぁっはぁっ! そ……そうかもぉ!)

(ふふふふ……じゃあ女の子のマコちゃんとも愛し合えるように、ここで女同士の気持ちよさを学習しましょうね♪)

(は……はひぃ……お願いしましゅ……)


妄想の恭子の説得に応じ、同性からの愛撫に身を委ね始める真里。
美女二人に囲まれ、彼女は初めてにしては大きすぎるほどの快感に翻弄されていった。

男とは違う女同士の柔らかな肌の触れあい、女性ならではの愛撫の仕方など、レズ行為に及んだなら、こうなるであろうと想像しながら真里は自慰に耽った。

そうこうしていくうちに、ついに彼女は限界に達し……


「ぁん! はぁんっ! 直美さん……恭子さん……気持ち良すぎて……私、もぉっ! ダメええええぇっ!」


ビクビクビクビクビクビクッビクンッッ!!!

背中を弓のように反らせ、髪を大きく振り乱し絶頂してしまった。


「はぁ……♡ はぁ……♡ はぁ……♡ 気持ち……良かった……♡」


レズの快感に陶酔する真里。すると脱衣場からドアを叩く音が鳴り、直美の声がした。


「真里ちゃーん、朝御飯用意できたってー! 先行ってるねー!」

「はーい! 私もすぐ行きまーす!」


絶頂の余韻に浸っている暇はない。
真里はすぐにシャワーを当て、大事な部分を洗うと、身体を拭いて脱衣場を後にした。



※※※



外は快晴、ぴかぴかに輝く太陽の光が、雪の斜面に反射され眩しい。

朝食を済ませたサークルメンバー達は、
昨日と同じスキー場で思い思いに滑りを楽しんでいた。

この日は午前中にスキー場で過ごし、
午後から近場の観光名所巡りをしながら、徐々に都心へと戻る予定であった。


「マコトさん! また頂上に登って樹氷巡りしませんか?」


誠を頂上用のリフトへと誘う真里。
一日目は、天候が良くなかったこともあり、せっかくの樹氷も、雪に隠れて魅力半減だったが、今、頂上に登ればクリアーに眺められそうだった。


「そうだね、行こっか。今なら天気も良いし、景色も良さそうだよね」


滅多に見られない樹氷風景。
二人はわくわくしながら、リフトに乗り込んだ。





リフトでも、真里は相変わらず誠に密着していた。誠はもう慣れたもので、彼女がそのように接してきても気にする様子は全くない。

いつも通りの真里に見えるが、内心はこれまでとだいぶ違っていた。

昨夜のふたなり妄想と、直美と恭子のレズプレイ鑑賞、今朝行ってきたレズ妄想で、女同士への抵抗感が薄まり、女の誠を素直に魅力的と感じられるようになっていたのだ。

そのため、誠が男か女かなどという余計なことは考えず、以前自分で言っていた通り、『誠という性別が好きなんだ』という気持ちを実践できるようになっていたのだ。


(二人をオカズにしたのはまずかったけど、おかげで誠くんのことを余計好きになることができたみたい♡ 昨日までと違ってすごく気持ちが楽になった感じだな~)


今では誠のマイクロペニスのこともあまり気にならない。
むしろあんなに小さくて可愛いチンチンなら、是非口に含んでみたいとさえ思うようになっていた。

そんな変態妄想を真里がしているなど露知らず、誠は遠くに見える樹氷に無邪気に喜んでいた。


「見てみて、真里さん。すごいキレイだね!
あんなものが自然に出来るなんて本当に不思議だなー」

「そうですね! 色んな形の樹氷があって、まるで異世界って感じですよね! あれなんか恐竜みたいな形してますよ」

「うんうん! その奥のはハニワみたいな形だよ」

「うわー! ホントだ! おもしろーい♪」


二人は頂上に到達するまでの間、樹氷が何の形に見えるかを言い合ったのであった。



※※※



しばらくしてリフトは頂上へと到着する。

乗った時は快晴だった天気も、少しだけ雲行きが怪しくなってきていた。
だが、あくまでも少しだけ、彼らはまだ天気のことをそこまで気にしていなかった。

さっそく先程見ていた樹氷の位置まで滑り降りる二人。


「なんだかザクザクした感触ですね」

「標高の高いところにあるからかな? 旅館付近の雪とは触り心地が全然違うね」


二人は下に見える霊峰T北山の景色をゆっくりと眺めながら雪道を滑り降りていった。
だが次第に天候が悪くなり、ついには雪が降り始めてしまう。


「ちょっとのんびりし過ぎちゃったかもしれないね」

「最初はあんなに天気良かったのに……移り変わりが激しいですね」

「そういう日もあるよ。仕方ない、そろそろ下に降りることに専念しよ?」

「はい!」


二人が下山を決めた時には、既に前日よりも激しい雪になっていた。
風も一気に強まり、上級者用の急な斜面は危険なコースへと変貌を遂げてしまった。

視界の悪い中、慎重に雪道を滑り降りる二人であったが、ここで真里がミスを犯してしまう。


「えっ!? ひゃっ!!」


急な雪質の変化に対応できず、真里は悲鳴を上げて転げ落ちてしまったのだ。

それは視界が悪いことに加えて、
強風でコース用の網が吹き飛ばされ、境が分からなくなっていたのも原因だった。

真里の声を聞き、立ち止まり後ろを確認する誠。しかしどこにも彼女の姿は見当たらない。


「真里さーん!」


彼女の名前を呼ぶも、返事は返ってこない。
ただ事ではないと判断した誠は、すぐに真里の捜索を開始することにした。

Part.60 【 雪小屋の二人 】

吹き荒れる寒風(かんぷう)。舞い上がる大粒の雪。
どこを向いても境のない白一面の光景が広がっていた。

真里の姿を見失い、焦り始める誠。
彼女が落ちた先は、悲鳴がした大体の方角しか分からない。

ただでさえ視界の悪いこの吹雪の中、
闇雲に探し始めて、その大まかな方角を失うことは避けたかった。
そのため誠は、努めて冷静な態度で、彼女の名を呼び返事を待つことにした。


「真里さーん! 返事してー!」

「……で……す!」


僅かであったが、たしかに真里の声がした。
目を凝らして声のする方を探すと、ぼんやりとであるが彼女の姿を視認することができた。慎重に坂をくだり、なんとか彼女の元へと辿り着く。


「大丈夫、真里さん?」

「大丈夫です。ちょっと足を雪に取られてしまったので引っ張ってもらえますか?」


言われた通り、彼女の腕を引っ張り上げる。


「痛いっ!!」


悲痛な叫びを上げる真里。
異常を察知した誠は、彼女の足を診ることにした。


「これは……」


そこで誠は真里の足が骨折していることに気づく。
彼女の足は少しだけ不自然な方向に曲がっていたのだ。
寒さのおかげで、まだそこまで大きな痛みを感じていない様子であるが、
落ち着いたら強い痛みを感じることは容易に想像できた。


「真里さん、大事なことだから正直に言うね……。真里さんの足、たぶん骨折していると思う」

「えっ!? まさか……」

「これ以上滑って降りることは諦めた方が良いと思う。
ここからレストハウスまではまだ遠いし、何より今の真里さんの身体じゃ下に降りるのは無理だよ」

「そんな……」


誠はスマホを取り出し電波を確認する。
予想通り圏外だ。
電波が届くのであれば、この場で救助要請をするのが最善ではあるのだが……。

できない以上、このままここにいるのも危険だ。
この山について詳しくはないが、熊や山犬などの野生動物に襲われる可能性もある。誠は自身と真里のスキー板を靴から外すと彼女を背負って歩くことを決めた。


「私の背中に乗って、このまま近くの避難小屋を探すことにしよう」

「誠さんにそこまでの負担掛けられません! 歩けるので大丈夫です!」


そう言い自分で立とうとする真里。
無事帰れるのだろうかという不安で彼女は涙を浮かべていた。


「ダメ! それ以上動かないで!
ここからは体力勝負だから、変な意地張らないで私の言うことを聞いて」


命に関わることのため、誠は心を鬼にして、強い口調で伝えた。
その気迫に押されたのか、真里は冷静になり、大人しく彼の背にまたがることにした。





真里を背負い雪山を下る誠。
他のスキー客が近くを通りかかってくれたら良いのだが、この猛吹雪ではそう都合の良い展開は期待できない。

そんな孤立無援の中で誠は歩き続けなければならなかった。
それはあまりにも過酷な移動。
元々の誠の身体であれば、ここまで厳しいものではなかっただろう。

だが今の誠は女性ホルモンを活性化させる薬の影響で、体力・筋力共に普通の女子と同レベルまで落ちてしまっている。長い時間移動するのは、誠自身も危険な状態に陥る可能性を秘めていた。

加えてこの視界の悪さ。
勘に頼って移動するのはあまりにも危険だ。
誠はスマホの位置情報を割り出すアプリを使い、一番近い小屋まで行こうとしていた。電波は依然として悪いままであったが、GPSは空が開けている場所であれば、どこでも繋がることを彼は知っていた。


そうして歩くこと10分後。
限界を感じた誠は一旦真里を降ろし体力を回復させることにした。


「誠さん……あんまり無理しないでください」

「はぁ……はぁ……少し休憩すれば大丈夫だよ」


とはいえ、推定40~50kgある女性を背負い、こんな不安定な雪道を移動するのは、厳しいものがあった。おまけに硬いスキー靴を履いてとなればなおさらである。

だがそうした余計なことは考えない。
ただ無心に、ひたすら助かる希望を胸に避難小屋へと進んだ。

そんな中、誠は自分の中に芽生えるある想いを感じていた。

それは真里への想い。

この時の誠は助かることを第一に歩き続けていたため、深くは考えなかったが、後にこの想いが彼に大きな影響を与えることになる。


そうして移動と休憩を繰り返すこと1時間。
二人はなんとか避難小屋まで辿り着くことができた。

大変厳しい状況であったが、誠はその持ち前の精神力で、無事この難局を乗り切ったのだった。



※※※



小屋の中に入り誠は、
真里を備え付けのベッドの上に降ろすと、すぐに部屋を暖めることにした。


「うぅ……ぐすっ……」

「どうしたの? 真里さん」

「だってこんな吹雪の中を……ありがとうございます」


涙を浮かべてお礼を言う真里。
彼女は背負われている間、ずっと誠のことを心配していた。
自分のことは放っておいて、誠だけでも助かって欲しい。そう考えていたのだ。

しかし彼の性格を考えると、
いくら自分がそれを口にしたところで、絶対に「うん」とは言わないだろう。

誠は他人のためなら自分を犠牲にしても構わないと思う性格だ。

余計なことを言って、誠の負担を増やしたくはない。
真里は心の中で彼を気遣っていたが、敢えて無言に終始していたのだ。


「ううん、私一人だったら、逆に危険だったかも。真里さんがいたから、ここまで頑張れたんだよ」


そう言いにっこりと微笑みかける誠。
真里はその笑顔を見て、この人を好きでいて本当に良かったと心から思ったのであった。





誠はストーブに火を付けると、備え付けの無線機を使い救援を呼んだ。
連絡は無事に取れ、二人は安堵する。

だが悪天候で救助は遅れるとのこと。
その間、誠は小屋に置いてある救急セットを使い真里の応急処置をすることにした。


「真里さん、これから応急処置をしたいんだけど、下……脱がせても良いかな?」

「ふふ、良いに決まってるじゃないですか。昨日四人で一緒に女湯入りましたよね?
下どころか私の生まれたままの姿、全部見ているじゃないですか」


誠が今更なことを言い、思わず笑ってしまう真里。誠も「たしかにそうだね」と言い笑い合った。



誠は真里のボトムに手を掛けて、骨折した足に負担をかけないようゆっくりと降ろしていった。


(あぁん、誠くんに私の脱がされちゃう……下着も見られちゃうかな?
やーん♡ 恥ずかしい~ウヒヒヒヒヒ)


脱がされながらも、変態真里は密かにこの状況を楽しんでいた。
彼女は誠にどんな卑猥な行為をされようと、オールオッケーなのであった。

上着は着たまま下は脱がされショーツ姿になった真里。
幸い割れた骨の端が皮膚を貫通して飛び出るような事態には陥ってはいなかった。

小屋には骨折治療用のシーネが置いてあった。シーネとは、クッション性のあるソフトウレタンの中に金属板を埋め込んである副木のことだ。
それを足に添えて、その上から包むように包帯を巻いてしっかりと固定する。

適切な処置を続ける誠の姿を見ながら、またまた真里は不謹慎なことを考える。


(はぁ、真面目に治療する誠くんを前に、ショーツ一枚の姿をさらけ出しちゃうなんて……どうしてこんなに背徳的なの?)


真里はこんな状況にもかかわらず誠に欲情していた。





応急処置を終えた誠は、体力を回復させるため横になることにした。
ストーブの火を見つめながら旅行や最近の出来事について語り合う。
それから話題は次第に直美や恭子のことへと移っていった。


「遭難みたいな形になっちゃいましたけど、恭子さんやサークルのみんな心配しているでしょうね」

「そうだね。今はもう連絡いってるだろうから安心してくれたと思うけど、迷惑かけちゃったね」

「直美さん、ああいう性格だから、あたし探しにいくー! とか言って、みんなに止められちゃってるかもしれませんね」

「ぷっ、そうだね、ナオちゃんだったら十分あり得ると思うよ」


直美のことを思い笑う二人。


「そういえば、私、ずっと疑問だったことがあるんですけど」

「んっ? なになに?」

「誠さんは、男の人が好きって言ってましたけど、直美さんと付き合っていた頃はどんな感じだったんですか?」


真里は兼ねてから疑問に思っていたことを口にした。

高校の頃、誠はあんなにも直美のことを愛していたのに、大学に入ってからは男が好きと言っており、どうしてもそれが矛盾しているように思えていたからだ。


「うーん、それがね……実はあんまり覚えていないんだよね」

「えっ?」

「あの頃のことを詳しく思い出そうとしても、記憶に霧がかかったようになってしまうんだ」


霧がかかったかのように思い出せない。
真里は誠のその発言が、あまりにも不可解なものに思えた。


「お互いに好きだったから、付き合っていたんじゃないんですか?」

「うーんお互いに同性が好きってところが似てて気が合っていただけなのかも。
なんとなく付き合ったんだけど、やっぱり自分の気持ちに正直になって別れることにしたんだよね」


(違う……)


真里は誠の発言を聞いて、それが不可解なものというより、なんだか不気味なことのように思えた。
高校時代の誠と今の誠、その根本的な性質は同じであるが、どこか完全に違うものになっていると真里は感じたのだ。


(どうしてこんなことを言うんだろう?
誠くんは直美さんのことをあんなに愛していたのに……
しかも付き合っていた頃の記憶を思い出せないなんて)


今の誠は正常な誠ではない。
何らかの方法で本来の性質を捻じ曲げられている。

恭子の催眠術が発端のこの事件。
真里はその事件の真相に一歩近づいていた。


「でもね、真里さん……」

「はい?」


誠はストーブの火を見つめながら静かに語り始めた。


「最近、私ね……真里さんとこうして遊ぶようになって、自分が本当に昔から男の人が好きだったかどうか分からなくなってきちゃったんだよね。
去年まで、ずっと彼氏になってくれる人を探していたんだけど、最近はそうする気にもなれなくて……
真里さんとこうしていることの方が、ずっと自然な感じがするんだよね」


その言葉を聞いて真里はしばらく無言だった。
ストーブの火を見つめながら、少しして静かに呟く。


「誠さんはホモじゃないと思う。
純粋に女の子を好きなノーマルな男の子だよ」


ボォーっとストーブが熱気を外に噴き出す音だけが静かな部屋に広がる。

誠はしばらく考えた後、ポツリと呟いた。


「……そうかもね」



※※※



それから三時間後。
外の吹雪も収まり、小屋に救助隊が駆け付けた。


二人はスノーモービルに乗って下の休憩所まで護送される。

その後真里はレストハウスの前に止まっている救急車に乗せられ、病院まで搬送されることとなった。

誠は同伴者として付いていくことになったのだが、そこに泣きながら直美が現れた。


「マコちゃんー! 真里ちゃんー! 無事で良かった~~!!」


そう言い、救急車の前にいる誠に抱き付いた。


「あたし二人のことが心配で心配で、
あたしも探しに行くー! って言って探しに行こうとしたんだけど……うぅぅぅ……
キョウちゃんやみんなが、ひっぐ……ひっぐ……
遭難するから止めろ! って言って何もさせてくれなかったんだよね」


予想通りの展開だったと誠は思ったが、それよりも、直美に抱き付かれているこの感覚に不思議なものを感じていた。


(私、ナオちゃんに抱き付かれて、どうしてこんなにドキドキするんだろう……?
やっぱり私、男の人よりも女の人の方が……)


「良かったマコちゃん、真里ちゃん、二人とも無事で……」


直美に続いて恭子が救急車の前へとやってくる。


「キヨちゃん、心配かけちゃってごめんね。
私、真里さんに同伴して病院まで行くから、先に〇✖まで戻ってて」

「わかったわ、私も付いていきたいけど、他のメンバーの安全も守らないといけない立場だからごめんね。
帰りにお土産いっぱい買って行くから、向こう着いたらお見舞い品として二人にプレゼントするわ」

「うん、ありがと! じゃあそろそろ」

「あたしも行くー! 真里ちゃんが治療している間、ずっと横で応援するから!」

「絶対迷惑だからやめなさい」


直美が駄々を捏ねるアクシデントがあったものの、すぐに救急車は発進し、最寄りの病院で真里は治療を受けることになった。

懸命の治療の結果、
特に後遺症が残るようなこともなく、全治三か月で退院することが決まった。


しかし真里も大学生、単位が厳しくなってしまうことも心配され、
大学近くの病院に移された後は、外出許可を得て車いすで講義に出席することになり、その際は、サークルのメンバーが交代で送り迎えをすることになったのであった。

Part.61 【 悪魔の瞳 】



三カ月後……

〇✖大学の部室内、病院を退院した真里は、
恭子と共に、四月に発表される新作デザインの打ち合わせをしていた。


「こんなものでどうかしら? 真里ちゃん」


パソコンの画面を見つめる真里に恭子は尋ねる。


「さすが恭子さんです! スタイリッシュで個性的で、それなのに無難に日常でも使えそうなところが良いですね!」

「そう? そこまで褒めて貰えて嬉しいわ」


二人が見つめる画面には、肩幅とウエストが広く作られ、左側にボタンが付いているシャツのデザインが映っていた。
女性が着るには、少しだけ無骨なデザイン。
ボタンの付いている位置からして、これが男性物であるのは明らかであった。


「ありがとうございます。わがまま言って作ってもらって……」


頭を下げてお礼を言う真里。


「ううん、気にしないで。いつも真里ちゃんには協力してもらってるし、
入院中でもHPの更新や、展示会のポスターを作ってもらって、私の方こそ感謝してるわ」


恭子の言うように、真里は入院中、
病室にノートパソコンを持ち込み、いつも通り活動を続けていた。

恭子はけが人に作業をさせることに反対だったのだが、
真里が「自分にしかできないことなのでやります!」と強く言うので仕方なく任せていたのだ。

しかし恭子も恩を受けてばかりの性格ではない。

何かお礼をさせて欲しいと伝えたところ、
真里は色々と考え、やがてパッと思いついた顔をし、
男性用のデザインも考えて欲しいと要望を出した

思わぬ要望に驚く恭子であったが、
まだ時間があったこともあり、引き受けることに。

その結果、LILY初の男性用ウェアが作られることとなったのだ。


(この服を誠くんが着たらどうなるだろう……? あ~早く見てみたいな~❤


真里は来(きた)る日を心待ちにしていた。



※※※



翌、四月。

〇✖メッセの個別ブースでは、
サークルLilyの春夏新作モデルの発表会が行われていた。

既にサークルの噂は大きく広まり、過去三回に比べ一番の盛り上がりを見せていた。

注目を集めたのはLILY初の男性用ウェアである。

モデルになっているのは、もちろん桐越誠。

初めは難色を示していた誠であったが、
真里がどうしてもと言うので、渋々モデル役を引き受けていたのだ。

端整で美しい顔立ちの彼が、恭子がデザインした男性服を着ているとあって、
会場を訪れた女性客は、その姿に心を奪われていった。

買う予定になかった男性服を、こぞって買う人の姿も見られ、その日の売り上げは女性服・男性服合わせて過去最高額となった。


「まさか、あのマコちゃんが、あんなにカッコよくなるなんてびっくりだよね……」

「うん……ずっと女の子の服着てたから全然気が付かなかった……」


毎日のように誠と顔を合わせていた女性部員達も、彼の変貌に驚いており、
今までターゲットにしていなかったにも関わらず、しきりに会話をしようと取り囲む場面も見られた。

そして今年のサークルへの入部希望者の数であるが……
大学郊外からの希望も多く、その数は女性だけで20名以上にも上った。

思わぬ反響に驚くメンバー達。
大学からの評価は鰻登りで、より広い施設への移動も検討されることとなった。



※※※



何もかも上手くいっているように見えるサークルLILYであったが、リーダーの恭子はある不安を抱えていた。

それは誠がノーマルな男性に戻ってしまうかもしれないという不安……。

今回の男性服モデルの打診も、彼も初めは渋っていたのだが、その後は特に嫌がる様子もなく、女性部員から着て欲しいと言われれば、素直に着るようになっていたのだ。

以前の誠だったら、もっと嫌がっていたであろうに……。
今回のことが彼の精神に影響を与えているのは明らかだった。

女性部員に囲まれ談笑する誠を見つめながら恭子は考える。


(誠くんに催眠術を掛け直すべきかしら……)


誠が完全に男性に戻ってしまったら、過去の記憶を取り戻す危険がある。

そうなれば直美との破局は免れない……

恭子にとって、この問題を解決すること自体は、実に簡単なことだった。

誠は恭子を心から信頼している。
久しぶりに催眠術を掛けてみないかと誘ったなら、彼は何の疑いもなく受けてしまうだろう。

だが恭子は、毎日のように罪悪感と自己嫌悪に悩まされており、それをすることを躊躇(ためら)っていた。

直美との関係を維持するため、誠を女性化させるなど、もはや彼女には出来る気がしなかったのだ。

万が一誠が男性に戻り、記憶を取り戻したなら……
――恭子は覚悟を決めようとしていた。


恭子がそのような考え事をしていると、真里が女性部員と誠の間に割って入った。

どうやら誠を他の女性部員に取られていることに、限界が来てしまったようだ。

彼女は誠を独り占めするため、彼の服の袖を引っ張り、外に連れ出そうとしていた。
しかしそれに反発し、女性部員達も反対側の袖を引っ張り応戦し始める。

その間に挟まれ、
誠はなんとも困った表情をしていた。

そんな光景を見ていると、なんだか高校時代に戻ったような気がしてくる。
高校時代の誠は女子生徒の憧れの的で、今のような光景が日常茶飯事だったのだ。

そして同時に思い出す、女湯で誠に肩を寄せる真里の姿を……

最近の二人の親密さを見ると、
誠に男性服を着せたのは、真里の作戦だったのではないかと考えるようになってきていた。

女に興味のない誠を振り向かせるために、一旦彼を普通の男性に戻し、自分に興味を持たせた後、徐々に女性に戻していく。

恭子には、レズビアンの真里がなんとなくそんなことを考えているような気がしていた。

この勘が正しければ、彼女に任せておけば、誠は再び女性化し、自分は何も手を下さなくても、問題は解決されることになる。

例えこの勘が外れても、彼女の狙いが上手くいかなくとも、その時はその時だ。

それで破滅を迎えるのだったら仕方がない。
素直に罰を受けることにしよう……。


恭子は荷物をまとめると足早に部室を後にした。



※※※



それから時は流れ、季節は夏。
蒸し暑い熱帯夜の中、例年通り納涼祭は開かれようとしていた。

去年と同じように、
待ち合わせ場所に集まる誠と真里。

真里は去年同様、水色の浴衣を着て来たのだが、
誠はなんとグレーの男性用の浴衣を着ていた。

あれから催眠の効果がさらに薄れてきたのか、彼は徐々に男性の姿で過ごすことが多くなってきていた。

まだ肝心な記憶は取り戻していなかったものの、彼が催眠の影響下から解放されるのは時間の問題であった。

そんな重大な問題を自分が抱えているとも知らず、誠は真里と手をつなぎ、屋台巡りをしていた。


(はぁ~幸せ❤ 誠くんとこんな風にお祭りに出れるなんて……やっぱりあの時、諦めないで良かった~)


真里は初めて誠とこの街を歩いた日のことを思い出していた。

誠に告白して振られ、一度はLILYに入ることを断念しようと思った。
もしあの時そうしていたら、誠とこうして過ごすことはできなかっただろう。


「ん? どうしたの? 真里さん」


微笑みじっと見つめる彼女を不思議に思い、問いかける誠。


「ううん、なんでもないですよ~
誠くんとこうしてお祭りに参加できて幸せだなって思っていただけです!」


この頃には、真里は誠のことを“くん”付けで呼ぶようになっていた。

他の女性部員の協力の元、
少しずつ誠に男装させる機会を増やしていき、
今では彼の方から自発的に男性服を着るようになり、それに合わせて、呼び方も変えていったのだ。


「うん……僕も真里さんとこうして過ごせて幸せだよ」


そう言いにっこりと微笑み返す。

雪山で遭難したあの日。
誠は真里を救護しながらも、自分にとって彼女が如何に大切な存在であるかを認識していた。

骨折した彼女を背負い、避難小屋に向かうのは過酷な作業であったが、
そこまで本気で助けたいと思うのは、やはり彼女に対して特別な感情があるからなのだろう――

この日、彼はあることを決意していた。



※※※



川辺で花火を眺める二人。

前年は遅く来てしまったため、どこも場所を取ることはできなかったのだが。
今回は予め場所をリサーチし、人が少なくて見晴らしの良いところを選んでいた。


ヒューン……ドーーーン!!

パラパラパラ……


例年通りの美しい天空の花々が、祭りに参加する人々を歓迎する。

二人は無言で、ただこの雰囲気を楽しんでいた。
大切な存在がすぐ隣にいる――言葉がなくとも、それだけで心が温かく満たされる気がした。

そんな雰囲気の中、誠が口を開いた。


「あの、真里さん」

「はい?」

「実は今日、伝えたいことがあるんだよね」

「伝えたいことですか?」


真里は屋台で買ったフルーツジュースのストローを口に含みながら、誠の言葉に耳を傾けていた。


「前に雪山で遭難したことがあったけど、実はあの時からずっと考えていたことがあってさ……」

「大変でしたよね……どこ向いても真っ白で、あんな状況なのに避難小屋見つけるなんて、やっぱりすごい! って思いました」


にっこりと笑う真里。
しかし誠はその笑顔に合わせることなく真剣な表情を崩さない。

真里はその表情を見て、初めて彼がこれからとても重大なことを伝えるつもりなのだと理解した。


「真里さん……僕は君のことを愛している……
あの時、もし君が死んでしまったらと考えたら、心の底から冷たく刺すような気持ちが込み上げてきたんだ……
そして無事、避難小屋についてぐっすりと眠る君の姿を見て心の底からホッとした。
男性が好きな僕が、どうして女性の君に対して、そこまで強い感情を抱くのだろうとずっと考えていた……

最初は単純に大切な友達だからと思っていた。
誰に対しても同じように思うじゃないだろうかとも考えた。

でも違う……
僕は君だから、そこまで強い感情を持ったんだって気づいたんだ」


真里は誠が自分に伝えていることが信じられなかった。
身体が震え、胃の奥底から込み上げてくる感情にえずいてしまいそうだった。


「真里さん……僕と付き合ってください」


真里は顔を真っ赤にしていた。
涙腺が崩壊し、涙が溢れ出していた。

高校に進学してから、ずっと好きだった先輩。
二度告白して振り向いてもらえなかった想いの人。

それが今、相手の方から告白してくれたのだ。
彼女はあまりの嬉しさに、思うように声が出せなかった。

だが、どんな声が出てしまってもいい。
たとえ言葉にならなくても、彼には受け入れてくれる優しさがある。

真里は誠に抱き付くと、震える声で応えた。


「ふぁ……ふぁぃ……おにぇがい……ううっ……します……」


非常に聞き取りづらい返事ではあったが、誠は彼女の態度で告白を受け入れて貰えたことを理解した。

そして震える彼女の身体を抱きしめると、


「ありがとう、真里さん……これからも、よろしくね」


そう言い、唇にキスをした。



※※※



こうして二人は結ばれることになったのだが、そんな彼らを冷たく見つめる者達がいた。


「……」

「……小早川さん、あの二人です」


角刈り頭の男が、派手な服装をした女性に伝える。

葉巻を口に加え、フーっと煙を吐くと女は言った。


「まーだ、暗くてよく見えないけど、スリムなのは分かるワネー。とりあえず連れてきて頂戴。絶対逃がすんじゃないワヨ?」

「ハイッ!」


総勢五名ほどの男達が一斉に返事をする。
彼らはどれも鍛えられた屈強な身体つきをしていた。


真里、大学二年の夏……

結ばれたばかりの二人の赤い糸を引き裂こうと、
黒い悪魔たちが忍び寄ろうとしていた……


Part.62 【 拉致 】



「真里さん! 真里さん!」


突然ガクっと頭を垂らす真里に、誠は何度も声を掛けていた。身体を揺さぶってみても、彼女の反応はない……。

真里は誠からキスをされ、あまりの嬉しさに失神してしまっていたのだ。


「一体どうしたんだい?」


急に後ろから声がして、振り向く誠。
そこには少し人相の悪い男達が立っていた。

土木関係の人たちの集まりだろうか?
半袖のシャツから延びる腕はどれも筋肉質で、日に焼けた黒い肌をしていた。


「彼女が急に気を失ってしまって、声をかけていたんです」

「それは大変だ。いつから?」

「ついさっきです」


じーっと真里の顔を見つめる男達。
その表情は心配しているというより、何か品定めをしているような感じに見えた。


「とりあえず向こうに俺達の車があるから、そこまで運ぼうか、ここじゃ暗くてよく見えないしな」


男は遠くに見えるワゴンを指さし、そちらに運ぶよう提案した。
だが誠は訝(いぶか)し気な顔をしており、気が乗らない様子である。

彼は真里を明るい場所に移動するのは賛成だったのだが、初対面の人たちの車に彼女を乗せるのは不安であった。

それにこの人達は何のためにここまで来たのだろう?という気持ちもあった。

ここは川辺で、辺りに屋台らしきものは何もない。
会社の飲み会を開くにしても、もっと賑やかな場所を選ぶはずだ。

彼らがここまで来た理由は、
『初めから自分達に用があった』からだ。

そう考えられるほど、彼らの行動は不自然だったのだ。誠は男達のことを警戒していた。


「いえ、動かしてまずい持病があるかもしれません……念のために救急車を呼ぶことにします」

「いやーそれはオススメできないな。今は納涼祭でどこも通行止め、もしくは渋滞だよ?
救急車が来るまで時間がかかるだろうし、まずは明るい場所で彼女を診ることが先決だよ」

「でも……」

「こんなこともあろうかと、ちょうど車にメディカルボックスを入れてあるんだ。俺、看護学校出てるからさ、ちょっと診せてくれれば、何が原因かすぐに分かると思うよ」


誠はすぐにそれを胡散臭いと感じた。
看護学校を出ているということも、たまたまメディカルボックスがあるということも、あまりにも都合が良すぎる……

何より、この男達からは感じるのだ。
自分達二人を決して逃がさないという悪意のオーラを……


「とりあえず電話させてください。それから考えますね」


誠はスマホを取り出し病院に連絡をしようとした。
その瞬間、持っている手に激痛が走る。

別の男が身を乗り出し、スマホを持つ手を正確に蹴り上げたのだ。
スマホは回転しながら宙を飛び、少し離れた草むらに落下した。

蹴り上げた男が頭をボリボリと掻き、機嫌が悪そうに口を開く。


「ふーめんどくせーな……さっさと捕まえろよ。何のんびり話し込んでんだ、この薄ノロが!」

「すみません、鮫島さん……」


誠と話をしていた男が、ガタガタと震えながら鮫島という男に謝っている。

蹴り上げられた手がジンジンと痛む……
誠は、暴力を受けたことにより、自分達が危険な状況にあることを理解した。


「何をするんですか?」


手を抑え、痛みに耐えながら誠が言う。
見たところ、この鮫島という男がこの中のリーダー格のようだ。

鷹のように鋭い目を持つ男。
誠は生まれてこの方、こんな冷たい目をした人物を見たことがなかった。

裏社会で生きてきたような甘えのない、どんな残酷なことでも平気でしてしまうような目つきを男はしていた。


「余計なことをされても面倒だからな。
もう分かってるんだろ?
今の状況がどんな状況だかよ。
安心しな、別に命まで取るつもりはねーからよ。
ま、もっともお前が抵抗するって言うんだったら、保証はしないけどな」

「お金だったら払います。だから許してください、お願いします……」


誠は男達が望んでいるであろうものを先に提示した。
真里が気を失っている以上、逃げることはできない。彼らに見逃してもらう以外、ここから逃れる方法はなかったのだ。


「金?……金なら腐るほどあるからいらねーよ。用が済んだらすぐに帰してやるよ」


鮫島は誠の言葉をフンと鼻で笑うと拒否した。

用が済んだらすぐに帰す。
誠はその『用』の意味を考えた。この状況で考えられるのは一つだけ……


「彼女には手を出さないでくれ、大切な人なんだ」


彼らは真里をレイプするつもりだ。
彼女をそんな残酷な目に遭わせるわけにはいかない……誠は強く懇願した。


「だからお前次第だ。大人しく俺達の言うことを聞くなら、彼女には手を出さないと約束してやろう」


誠は仕方なく従うことにした。

逆らおうにも、この人数差、あまりにも無謀過ぎる。
ましてやこの女性化した体では、この中の誰を相手にしても勝てやしない。

特にリーダ格の鮫島。
先ほどの身のこなしを見た限り、この男は格闘技を身に付けている。
少しでも逆らえば、すぐに地面に沈められる結果になるのは容易に予想できた。


「ついてこい……もし誰かに助けを求めたりしたら、いいな……?」


鮫島の指示で手下の男二人が真里を抱える。
誠のスマホは別の男に回収された。

集団で人気(ひとけ)のない暗がりの中を歩き始める。

誠は、花火を見るためにこの場所を選んだことを後悔していた。



※※※



しばらくして100mほど先にあるワンボックスカーの前に辿り着く。
結局、途中で他の通行人に出会うことはなく、ここまで来てしまった。

鮫島が車体を叩くと、少し間を置きトランクのドアが開き、中から派手な身なりの女性が現れた。


「連れて来たぞ」

「ほほほ、相変わらず手際が良いワネー。もう少し早く来てくれたら満点だったワ」

「一目見て傷をつけちゃいけねーと思ってな、それで遅れた」


男達の一人が後部座席のドアを開き、昇降用の階段を取り出し、トランクの前に設置する。女はその階段を降り、誠の前に立つとじっと顔を見つめた。

食い入るような目で見つめてくる女。
だいぶ化粧が濃く、お世辞にも美人とは言えない……


「素晴らしい……アタシが今まで見た中でも一二を争うほどの逸材だワ……」

「だろ? 忍と良い勝負してると思うぜ」

「たしかにあの子くらいね。この子と並び立てるのワ」


女は誠にしか興味がないといった様子で、真里の方は見向きもしない。

男だけであったなら、真里がレイプされる可能性も高かったが、この女性が彼らの仲間なら、そのような目に遭う可能性は低くなるだろう。

そういった意味で、誠は少しだけ安心していた。


「じゃあ、そろそろオネムしてもらおうかしら?」


女はそう言い、バッグから霧吹きのようなものを取り出した。口を誠の方へ向け、シュっと吹きかける。

不意を突かれた誠は、モロに噴射された霧を受けてしまう。同時に、彼の視界が歪み始める。


「うぅ……一体……何を……」

「用が済んだらすぐ解放してあげるワ……それまでオ・ヤ・ス・ミ❤」


女の声が徐々に遠ざかっていく……。
誠は目の前が真っ暗になり、その場に倒れ込んでしまった。

Part.63 【 水槽の檻 】



四方を薄いカーテンに囲まれたクイーンサイズのベッドの上で真里は眠っていた。

辺りに漂う香の匂いを感じながら目を覚ます。


(ここ……どこだろ?)


起き上がり周囲を見回すと、見覚えのない空間であった。

広さはおおよそ二十畳ほどであろうか。

TVで【有名人のお部屋特集】といった企画に出てきそうな部屋で、
片方の壁が一面水槽で出来ている変わった部屋であった。

水槽の奥行きは3mほど、中には珊瑚や海藻が植えられており、様々な魚が泳いぐ姿があった。

次に高い天井に目を向けてみると、
一般家庭では、お目にかかれないほど立派なシャンデリアが吊るされていた。

室内に設置されている家具はどれも高級品ばかり。
テレビ・冷蔵庫など一通りの電化製品も揃っているようだ。

真里は環境の変化に呆気にとられながらも、なぜ自分がここにいるのかを考えることにした。


(たしか私はお祭りに参加していて……花火を見た後……)


誠の姿が脳裏に蘇る。
真剣な眼差しで自分を見つめる彼――思い出すだけで胸がドキドキしてしまう。
記憶の中の彼は目を閉じ、唇を近づけてきていた。

そこまで来てようやく真里は思い出す。
自分が誠にキスをされて気絶してしまったことを……。


「ああぁぁぁぁぁ! そうだあぁぁぁぁ!」


思わず叫んでしまい、ハッと口に両手を添える。

身体が小刻みに震え、顔が紅く染まる。
それと共に、胸の奥から多幸感が込み上げてきた。
誠と恋人関係になれた喜びに、真里の気分は大きく高揚していた。


(ちょっと、待って…………! ということは、ここってもしかして!?
でもまさか……そんな……誠くんに限ってそんなこと……)


真里はそう思いつつも、確からしい答えを出そうとしていた。

川辺の周辺で、自分を抱えて入れる場所。
そして、こんな変わった部屋を備えているところといったら一つしかない。


(ラブホ?)


ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……


そう呟いた瞬間、真里の心臓は強く鼓動を始め、子宮も同時に疼き始めた。


(誠くん、私とここでエッチするつもりなの!!?
えっ!? もう!? もうするの!? 付き合ってすぐに!?

たたた、たしかに私も、前からしたいとは思ってたけど……
ここ、こーゆーことは、順序を追って関係を進展させてからすることであって……

ででっ、でも誠くんがしたいんだったら、しょうがないよねっ!
はぁはぁ❤ うんっ! しょうがない!)


彼女はひとまず荒れる息を落ち着かせると、立ち上がり誠を探すことにした。
すぐにそう遠くない場所にバスルームを見つける。
中から誰かがシャワーを浴びている音が聞こえた。


(やっぱりいた! あーどうしよどうしよ!
私、身体臭くないかな? 別に今日汗かいてないし、大丈夫だよね?)


クンクンクン……

脇や胸の辺りを嗅いでみる。汗の臭いはあまり感じない。
とはいえ、こういう臭いは自分ではなかなか気づかないものだ。

念のためにも香水は付けておきたいと思った。
お風呂から上がったら、誠はすぐに襲いかかってくるかもしれない。
捕食されることを考えたら、やはり匂いには気を付けておきたいところであった。


(でも逆に匂いで興奮するってこともありえるかも?)


人それぞれ性癖は違うもの。
真里は真里で特殊な性癖を持っているが、誠も実は匂いフェチという性癖を持っているかもしれない。

そう考えると匂いを消すのは、軽はずみな感じに思えた。

誠は匂いに興奮して、ありとあらゆる箇所を嘗め回してくれるかもしれない。
胸、脇、うなじ、そして大事な部分に至るまで……

真里は目を閉じて、誠が匂いフェチだったらと軽く妄想してみることにした。


(はぁはぁ……誠くん……そんなとこまで舐めちゃダメです……
あぁ……そこ……汚いから……ぁんっ!
あぁっ! ダメぇ、そんなとこまで……はぁんっ!

………………

匂いフェチの誠くん、やばい……ギャップ萌えで悶絶死しそう……はぁはぁ……)


普段は受け身の誠しか想像できない真里であったが、
彼が自分をラブホに連れて来たことから、攻め手の誠を想像することができるようになっていた。


真里がそのように妄想を続けていると、奥の浴室からシャワーの音が消える。


ガタ……バタン……


浴室のドアの開閉する音が聞こえ、人の気配が脱衣場へと移った。


(ききき……来た!)


ドクンドクンドクンドクンドクンドクン……


真里の心臓の鼓動がさらに激しさを増す。
喜びと興奮の中、想いの人の到着を待つ。

今の彼女の中には、女装していた頃の誠の姿はなかった。
あるのは高校時代に恋い焦がれていた頃のカッコイイ誠のみ。

そんな誠が、真里の身体に欲情し、男のフェロモンを撒き散らしながら、あらゆる場所を指や舌で愛撫して、口やアソコにナニを突っ込んで、体液を注入してくれるというのだから、それはそれはもう大変なことで――――


(ぐふふふふふふふふ!! うへへへへへへへへ!!! いひひひひひひひひ!!!!)


真里は、心の中で気味の悪い笑い声を上げ、ヨダレを垂らし、にやけ面(づら)を浮かべていた。


そしてついに…………


ガラガラガラ――――


脱衣場の戸が開き、中の人が姿を現した。


「なんだお前、起きてたのか」

「はい?」


なんとも間の抜けた声。
ポカーンと呆けた顔をする真里。

そこには強面(こわもて)の全裸の男が立っていた。

余分な脂肪がついていない引き締まった身体に、
誠のとは比べ物にならないほど大きく逞しい男性器が目に入る。

勃起はしていないが、その大きさは誠の三倍以上はあった。

もちろん誠のサイズが小さすぎるから三倍以上なのであるが、
平均的な男性のそれと比べ、遥かに大きいのは確かであった。

真里は動物が外敵を見つけた時のようにビクリと反応する。


「あ、あ、あ、あなた! 誰ですか!?」

「落ち着け、俺は鮫島だ。仕事の合間にひとっ風呂浴びてただけで、おめぇに何かするつもりはねぇから安心しな」


彼はバスタオルを肩に掛けたまま真里の横を素通りすると、冷蔵庫から缶ビールを取りだしソファーに座って飲み始めた。
そのままテーブルの上にあるリモコンを取り、TVを付けボクシングの試合を見始める。

鮫島は全裸で座っているので、否応がにもアソコに目がいってしまう。
真里は一応、注意した。


「あ……あの……せめてタオルでそれ、隠してくれませんか……?」

「あーん? んなの、お前が見なければ良いだけだろう」


見られているというのに、この男は一物を隠そうともしない。
テレビに映るボクシングの試合の方が気になるようで、真里には全く興味がないといった様子だ。


「見るなと言われましても……というか、なんで私、ここにいるんですか?」


真里の問いに鮫島は答えない。
さもどうでもいいといった感じで無視している。


プルルルルル……プルルルルル……


そこで鮫島の携帯が鳴る。


「はい、もしもし?…………あぁ、女の方は起きてる。
…………そうか、じゃあ連れてく」


――――ピッ。

通話が終わり、真里を見つめる鮫島。


「おい、隣の部屋でお前の彼氏が待ってるぞ。付いてこい」

「えっ?」


鮫島は、缶ビールを飲み干すと、全裸のまま、入り口のドアに向かった。

鮫島に不信感を抱く真里であったが、誠に会うために、仕方なく彼の後を付いていくことにした。



※※※



部屋の外は、さらに奇抜な内装が広がっていた。

壁際には熱帯の植物が所狭しと飾られており、壁は先ほどの部屋と同じく水槽で出来ていた。

床は砂を固めて作ったようなタイルだ。
綺麗な貝殻でアクセントをつけてあり、本物の砂も撒かれてあった。

天井には、大きな円形の窪みがあり、夜空をイメージしているのか、
プラネタリウムのように青白い空の光が薄く広がり、純白の星がいくつも光っていた。

全体的に薄暗く『夜の海』をイメージした内装であった。


セレモニーホールくらいの大きさがあるこの広場の中央には、円柱のステージがあり、その上には2~30名ほどの人の姿があった。

どれも似たような姿形(すがたかたち)をしており、
角刈りに黒いサングラス、きちっとした黒いスーツを着た男性がほとんどだ。
彼らはステージの淵に並んで立っていた。

そのステージを見下ろすようにもう一段高いステージがあり、そこに設置されている真っ赤なソファーには、一人の女性が座っていた。

見た目は3~40代くらい。
派手な衣装を身に纏い、雰囲気的に水商売の女といった感じだ。
濃い化粧、アイシャドウなどは、少しやり過ぎな感じがした。

彼女の目線の先、ステージの中央には全裸で横たわる女性の姿……
いや……女性のように見えるが、男性のシンボルをしっかりと股間に備えた青年、桐越誠の姿があった。


(誠くん……!)


信じられない光景を目の当たりにして、立ち止まる真里。

顔面蒼白とは、まさにこのことだ。

鮫島は真里が逃げ出さないよう、彼女の腕を掴むと言った。


「おい……逃げようと思うんじゃねーぞ」

「……誠くんに何したんですか?
あなた達一体誰なんですか!? 私達こんなことされる覚えありません!」

「お前らは選ばれたんだよ。アイツにな……。
良いから早く来いよ。それとも彼氏を置いて、自分だけ逃げる気か?」

「……!」


誠を置いて自分だけが逃げる。
そんなこと、出来るはずがない。
真里は恐怖を我慢し、ひとまず誠の様子を確かめに行くことにした。


「行きます……。でも腕は離してください。痛いです……」


彼女が逃げないと判断し、腕を離す鮫島。
二人はステージの階段を登ると、ソファーに座る女性の前に立った。


「女を連れてきたぞ、小早川」

「あら、どうしたのサメちゃん? 服は?」


小早川と呼ばれた女は、真里のことよりも先に鮫島の服のことを指摘した。


「どうせ脱ぐだろうから、部屋に置いてきた」

「あんたネー。よくそれで、そいつのこと連れてこれたわね……。警戒されて暴れられても困るから、もっとちゃんとして頂戴」

「まぁ、そう言うな。風呂から上がったらそいつが戸の前にいたんだ。
初めから見てるんだったら、問題ないだろう」


特に反省する様子もなく鮫島が言う。
小早川はそれほど怒っていない様子だ。

そんな二人の関係を見ていると、他の黒服の男達と比べ、この全裸の男だけは特別な感じがした。


「まぁ、いいわ……それより、あなた一ノ瀬真里さんだったかしら?
川辺でずいぶんとイチャイチャしてたみたいだけど、あなた達付き合ってるのかしら?」

「どうして……私の名前を……?」

「質問を質問で返すな!」


黒服の一人が、怒鳴りつけてくる。
身体をビクンと震わせ、恐怖で顔を引き攣らせる真里。


「つ……付き合って……ます……」

「あら、やっぱりそうなの。キスするくらいだから当然よネ。
それと彼ら、気が短いから質問にはスムーズに答えてくれると嬉しいワ」


女性は真里の質問には答えなかったが、
手持ちのカバンがないことから、おそらく中に入っていた学生証を見られたのだろう。

真里はガタガタと震えながらも誠の方を気にしていた。

目を閉じたままピクリとも動かない彼。
果たして本当に息をしているのだろうか?

そんな彼女の心配する様子を見て小早川が言った。


「彼のことが気になるようネ。別に近寄っても良いわヨ」


許可が降り、誠に寄り添う真里。


「誠くん! 誠くん!」


反応はなかったが、心臓は問題なく動いているようだったので、ひとまずホッとした。


「な……なんでこんなことを……?」


頼りとしていた誠が意識不明。ここがどこかも分からない。
なぜ自分はここにいるのか? 無事に家に帰ることはできるのか?

真里はできるだけ現状を把握しようと小早川に尋ねた。


「ねーぇ? あなた達って付き合い始めてどのくらい経つの?」

「えっ?」


真里を無視して、質問に質問で返す小早川。
どうやらこちらの質問に答えるつもりはないようだ。
真里が茫然と彼女のことを見つめていると、黒服が怒鳴りつけてきた。


「早く答えろ」

「ひっ……! さっき、付き合い始めたばかりです……」

「あら、そーなの?」


小早川は嬉しそうにしている。
だが、彼女の敵対的な態度は変わらない。

真里の不安はさらに高まり、声に涙が混じり始めた。


「どっちから告白したのかしら?」

「彼です……うっう……」

「へぇー良いわね、こんなイケメンに告白されて……」


不敵な笑みを浮かべる女性。
笑ってはいるが、目はずっと真里のことを睨みつけていた。


「彼のこと好き?」

「ひっぐ……好きです」

「どのくらい好きか言って御覧なさい?」

「世界で一番好きです……愛してます……」

「はぁ……そうなの……ふふふ……世界で一番……愛してるのネ……ふふふふ……」


女性は実に上機嫌だ。
そしてなぜか興奮しているようにも見えた。

彼女はゆっくりと立ち上がると、軽快な足取りで階段を降り、真里の元へやってきた。


「じゃあ、そろそろあなたには寝てもらうワネ。目が覚めたら一緒に楽しみましょうね♪」


女性は手に持っている霧吹きのような道具を真里に向けた。

真里は避けようとしたのだが、鮫島に身体を抑えられ霧の噴射を受けてしまう。


視界が歪み、意識が混濁し始める……。

バタッ…………


意識を失い、物言わぬモルモットとなった二人。

誰も彼らが拉致されていることを知らない……。

Part.64 【 二人目の催眠術師 】



壁一面が水槽となったホール内。
全体的に薄暗く、中央のステージだけが明るく照らされていた。

そのステージの中央に裸で眠る二人の男女。
強大な魔の手に、成す術もなく意識を奪われてしまった被害者たちである。

彼らの行く末は、真っ赤なソファーに座る冷たい目つきの女性に委ねられていた。


「しかし、この子も綺麗な身体してるわネ。
サメちゃん、たまにはこういうのを相手するのも良いんじゃない?」


横たわる真里を見て小早川が言った。

霧吹きで謎の液体を吹きかけられた後、
真里も誠同様、浴衣を脱がされ素肌を晒していた。

艶のある髪。シミ一つない白く透き通った肌。
顔の造形も純和風の整った顔立ちをしており、
男なら誰でも喜んでお相手したくなるような美女である。

しかし鮫島は……


「興味ねーな。どうでもいい女だ」


さもどうでもいいように返事をする。
その言葉の通り、彼の男性器は未だに勃起をしていなかった。
決して不能という訳ではない。彼は本当に真里に興味がないのだ。

鮫島は用意された椅子に腰かけ、片手にビールグラスを握っていた。
黒服の一人がクーラーボックスからビール瓶を取り出し、グラスに注ぎ始める。


「まぁ誠ちゃんに比べたら、月とスッポンだから当然よネ。
おちんちんはお毛毛生えてないし、お肌も赤ちゃんみたいだし、これでホルモン打ってないなんて、とても信じられないワ」

「男に生まれてきたのが間違いみてーな奴だよなー」


返事をしながらビールを飲む鮫島
誠を見つめる彼の目は、どことなく熱を帯びているようにも見えた。
真里に対して全く反応しなかった一物も、少しだけ大きくなっているようだ。


「ホントそうネ。
きっと誠ちゃんはニューハーフになるために生まれてきたんだと思うワ❤」


小早川の言葉に、黒服達からドッと笑いが沸き起こる。そのようにして、しばらく彼らの雑談は続いていた。



それから十分後。
時計を確認し、立ち上がる小早川。


「それじゃあ、そろそろ始めようかしら?
薬も十分効いてきた頃でしょ。誰か彼女のことを支えてちょうだい」


黒服の一人が真里に歩み寄り、彼女の上半身を持ち上げる。

小早川は階段を降りて真里の傍に寄ると、指で彼女の瞼(まぶた)を開き、ペン型のライトで瞳孔(どうこう)をチェックし始めた。


「十分催眠状態に入っているようネ。始めるわヨ」


小早川は首と肩を鳴らし深呼吸をすると、静かに語り始めた。


「貴女は今、とっても素敵な場所にいるの。
身体がふわふわと浮かんで、まるで天国にいるみたいな心地いい場所」


先ほど真里と会話をしていた時とは全く違う、子供をあやすような優しい声色だ。
その声に反応して、真里の瞼がピクピクと動く。


「アタシの声に従うと、その心地よさがどんどん増していく……ほーら、ゆっくり息を吸って……」


静かに呼吸を始める真里。


「ゆっくり吐いて~
吐くと、心の中の嫌な気持ちがどんどん抜けていくワ……」


真里は暗示に従い、深呼吸を繰り返す。
呼吸を重ねる度に、緊張して硬くなった身体が解(ほぐ)されていった。


「イメージして御覧なさい……空に浮かぶ雲の隙間から光が漏れてるワ。ふわふわと浮いた貴女はその光に沿って天に昇っていくの……
とっても素敵な気分……温かくて……気持ちがいい……」


真里は口を半開きにし、幸せそうな表情を浮かべている。そうして小早川は暗示を繰り返し、催眠状態を深化させていった。


(だいぶ効いてきたワネ。そろそろかしら?)


小早川は黒服に離れるように言うと、
黒服は真里を床に降ろし、元の場所へと戻っていった。

仰向けで眠る真里に、小早川は暗示を続ける。


「貴女の前に、男の人が二人いるワ。
一方は貴女の彼氏の誠くん、もう一方はとても逞しい筋肉質な男の人ヨ」


頭の中に誠ともう一人の男性をイメージする。
普段からBL妄想を嗜(たしな)んでいる真里にとっては、定番とも言えるイメージである。


「よぉーく、聞きなさい……
貴女は、実は男の人同士が仲良くしている姿を見るのが好きなの……
男の人同士でキスしたり、身体を撫で合っている姿を見るのが大好物なのヨ」


その瞬間、真里の身体が一気に硬直する。

「なぜそれを?」と焦っているかのような反応だ。

小早川は、その反応に慣れているのか、冷静に対処する。


「大丈夫、わかっているワ……
そんな気持ちの悪いもの好むはずないって思うのよネ? でも貴女は男の人好きでしょ? 今貴女の目の前にいるのは、どっちも男。
両方とも男だから、ダブルでお得だと思わない? 思うわよネ?」


真里はウンウンとしっかりと頷いた。
小早川の意見に概ね同意のようだ。

それはまるで同じ腐女子仲間に共感するような反応であった。


(あら、意外ネ?
この段階でここまではっきりと頷く女は今までいなかったワ。
大抵の子は思いっきり否定するものなのに
この子、よっぽど頭がトロイ子なのかしら?)


真里が腐女子であることを知らない小早川は、
あまりにも簡単に暗示が効いてしまうことに拍子抜けしていた。

本来なら、ここで否定する相手の感情を宥(なだ)めなくてはならず、
彼女にとって、もっとも苦戦する場面であるはずだったのだが、
真里の様子を見る限り、その必要性は全く感じられなかった。

彼女は試しに次の段階に進んでみることにした。


「ホラ、見て? 貴女の彼氏が、隣の男性にキスされているわ。
もちろん興奮するわよネ?」


小早川の言葉を聞き、真里は頷き軽く息を漏らした。トロンとした目つきで、想像の中の二人の姿にウットリしているようだ。


(やっぱりバカなのネ。
〇✖大生だから警戒していたけど、誠ちゃんもこの子も大したことないわネ)


催眠術は、無理な暗示をかけると、脳が覚醒し催眠状態が解けてしまう性質がある。

だが覚醒しないよう慎重に催眠を掛けていた恭子と違って、
小早川は、覚醒する者を霧吹きで何度も催眠状態に戻らせ、強引に洗脳する方法を使っていた。

いくら覚醒しようとも、誰もここから逃げることはできない。
覚醒のデメリットなど、彼女にとって少し面倒くさい程度の認識しかなかったのである。

しかしこの真里という女性は、覚醒を心配するほど頭の良い人物ではないようだ。
頭が回るほど、覚醒の頻度が高くなることを彼女は知っていた。

覚醒の煩わしさがなくなり、小早川はより大胆な暗示をかけ始めた。


「そう、貴女は男の人同士がキスしている姿が好き。見ているだけで、おまんこが濡れてきちゃう……」


じんわりと股間が熱くなるのを真里は感じていた。
太ももを擦り合わせ、もじもじと動く姿が見て取れる。


「ほら、遠慮せずに乳首を触ってごらんなさい……とっても気持ちいいわヨ?」


小早川に言われた通り、乳首に指を添える真里。
ピリっと刺すような快感が身体を突き抜け、彼女は声を上げた。


「ンッ……」

「男の人同士が過激なことをすればするほど、その気持ち良さは何倍にもなっていく……ほら……貴女の彼氏が、男の人におちんちんを撫でられているワ。とっても過激で気持ちいいわネ?」

「ンンンッ……ンンンンッ……」


真里は乳首を指先で摘み、プニプニと刺激を与えている。あまりの気持ち良さに、身体が震え始めてしまっているようだ。

ニタニタとその様子を眺める小早川。
普段よりかなり早い展開ではあったが、彼女は仕上げに入ることにした。


「じゃあそろそろ、おまんこを触りなさい。
貴女の彼氏が四つん這いになって、男の人にお尻を向けているワ。
逞しい黒光りした男根が、柔らかいお尻に少しずつ入れられていって、奥に進むにつれて、貴女の彼氏は可愛らしい声で鳴いちゃうの……」

「あぁんっ! はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


自らが生み出した愛液でビショビショに濡れた花園。真里は二本の指で勃起したクリトリスを挟み刺激を与えている。


「男の人が、腰を振り始めたワ。
ぐいぐいとストロークを大きくしていって、その動きに合わせて貴女の彼氏も腰を振っている……

見てご覧なさい……とても幸せそうな顔よネ?
男の人におちんちんをお尻の奥まで突かれて、発情した小動物のようにキャンキャン鳴いている……

おちんちんの先からもエッチな液が飛び出して水たまりみたいになってるワ。
こんな素敵な光景を見たら、直接彼氏とエッチするのなんかどうでも良くなっちゃうんじゃない?」


お好みの妄想を他人から与えられて、嬌声を上げる真里。
彼女は唯一、『彼氏とエッチするのなんかどうでも良くなる』という部分に引っかかりを覚えたが、ここまで発情させられてしまっては、もはや抗うことなどできなかった。


「貴女は、彼氏とエッチするよりも、彼氏が男の人とエッチしている姿を見る方が好き。男同士のエッチを目の当たりにしたら、オナニーがしたくてしたくて、たまらなくなっちゃうのヨ。
さあ、アタシが今から言う言葉を繰り返して……」


小早川はオナニーに没頭する真里の耳元に口を添えると言った。


「私は男の人同士のエッチが好き、男の人とエッチするよりずっと好き」

「私は……男の人同士のエッチが好き……男の人とエッチするよりずっと好き」

「さぁ、もう一度……」

「わ……私は……男の人同士のエッチが好き、男の人とエッチするよりずっと好き!」

「いいわヨ……何度も自分に言い聞かせなさい……」


繰り返し自己催眠を繰り返させられる真里。



「さぁもっとヨ!大きく叫べば叫ぶほど、もっと気持ちよくなれるワ!」

「私わ!! 男の人同士の、エッチがすきぃいいい!! 男の人とぉおお!! エッチするよりぃぃ!! ずっと、好きぃぃ!! あっあっ! あんっ❤」


「次で最後ヨ! 次叫べば、貴女は今まで感じたことのないような気持ち良さを感じられるワ! さぁ思い切りいきなさい!」

「ワタシわああぁぁ!! 男の人同士のぉぉ!! エッチがすきぃぃ❤ 男の人とぉぉぉおお! エッチするよりずっと好きぃぃいい!! あああぁぁぁぁ!!!」


真里は思いっきりグラインドすると、叫びながらイッてしまった。
盛大に潮を辺りにまき散らし、それはそれは大きな絶頂を迎えてしまったのである。



※※※



はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す真里に、小早川は更なる暗示を与えた。


「とっても気持ち良かったでしょ?
貴女はこの気持ち良さを忘れることができない。
貴女が何度も繰り返した言葉は、貴女の心の奥底に刻まれてしまったの。
もう二度と剥がれることはないワ……」


真里は小早川の言葉を聞きながら、ぼーっと天井を見上げていた。

元々BL好きな真里にとって、
小早川の暗示はそこまで影響のあるものではなかった。

例えば、催眠を受ける前の真里に、誠とエッチするのと、誠が男とエッチしてる姿を鑑賞するのと、どちらか選ぶように言ったなら、彼女はどういう反応を示しただろうか?

もちろん相手にもよるのだろうが、例えば相手がダンディーな男性であったり、美男子であったなら、建前では前者を選ぶであろうが、本音では後者を選んだであろう。

それくらい真里という女性は重度の腐女子だったのである。


小早川のここでの大きな失敗は、『彼氏とエッチするのなんかどうでも良くなる』という文言で責めずに、『彼氏とエッチするより、彼氏が男の人とエッチしてる姿を見る方が好き』という文言で責めてしまったことである。

これにより、真里の誠への性的欲求は失われずに済んでしまったのだ。


とは言え今回の自慰行為により、真里の身体は激しく高揚してしまっていた。
これがこの後の責め苦に影響を及ぼすことになるのは明らかであった。

Part.65 【 腐女子の葛藤 】



催眠により絶頂を迎えた真里は、
朦朧(もうろう)とした状態で横たわっていた。

小早川は再びソファーに腰を据えると、
真里の周囲を洗浄するよう黒服達に命じる。
テキパキと作業を行う様は実に慣れたもので、彼らがこれまで幾度となく、この作業を行っていることを伺わせた。

一通りの後始末を終え、小早川は催眠を解くことにする。
もちろん催眠中の記憶は消し、行為による結果のみを残しての解除だ。

真里は催眠を解かれ、ぼーっと目を覚ます。
彼女はしばらく朧気(おぼろげ)な表情でいたが、ここがどこであるかを思い出すと、ハッと起き上がった。


「あっ! ……えっ? うそっ!?」


そして自身が何も衣類を身に付けていないことに気づく。慌てて太ももを閉じ、両腕で胸を隠した。


(まさか眠っている間に)


顔色が一気に青ざめる。
身体は小刻みに震え出し、悔しさで目に涙を溜め始めた。

初めての相手は誠と決めていたのに、それがこんな奴らに奪われてしまうなんて……真里は葉巻を吸い、ニヤつく小早川を睨みつけた。


「けだもの! こんなことするなんて……絶対、絶対、許さないんだからっ!」


小早川は全く動じず、ふーっと煙を吐き出し冷静に応えた。


「えーっと、あなた何か勘違いしてない? 
こんなことって言うけど、アタシが何したって言うのヨ?」

「ふざけないでっ! 私を眠らせた後に、あんなことやこんなことをしたんでしょ! エロ同人誌みたいにっ!」

「脱がせたのだけは認めるワ。でもそれ以外は何もしてないワヨ?」

「絶対、嘘っ! レイプしたに決まってる!」


真里は、顔を真っ赤にして怒鳴った。
そんな彼女に小早川は、さも白けた様子で答える。


「フゥー……自意識過剰ネ。あなたなんか、ここじゃ需要ないわヨ? 誰か彼女とセックスしたい人いる? この女生意気だから犯して良いわヨ」


真里は小早川の言葉にたじろいだ。
彼女は黒服の誰かが襲ってくると警戒したのだが、呼びかけに応じる者は誰もいなかった。


「あなたどうかしら?」


小早川が隣の黒服に問いかける。


「いえ、勘弁してください」

「あなたは?」


さらに隣の黒服に問う。


「俺も御免です。小早川さんがどうしてもというのなら我慢しますけど」

「あらそう。でもこんなこと強制できないわネ」


その後も別の黒服に同じ質問をしていったのだが、どの男も心底嫌がっている様子であった。


「ほーら、みんな嫌だって! 
こんな汚らしくてクソ生意気な女、やりたい男なんていないわヨネ」

「じゃ……じゃあなんで裸にしたんですか?」

「今に分かるワ」


小早川は立ち上がると、眠っている誠の傍に寄り、しゃがんで何かを囁いた。

すると誠は目を覚ました。
上半身を起こし辺りを見回し、すぐに自身と真里が裸であることに気が付く。


「真里さん、その姿……」

「誠くん……」


真里はひどく怯えて悲しそうな顔をしていた。
身体の大事な部分を隠し、周りの男達への羞恥と恐怖で震えている。
彼女のそんな姿を見て、誠の中で怒りの感情が沸き起こった。


「彼女に何をした!? 彼女には手を出さないって言ったじゃないか!」


誠は小早川に訴えた。
小早川は少し演技が掛かっているものの、申し訳なさそうに返事をした。


「勘違いさせちゃって、ごめんなさいネ。
服は脱がせているけど、約束通り彼女に乱暴はしてないワ」

「約束通りって……服を脱がせただけでも十分破ってるじゃないか! 早く彼女に服を返すんだ!」

「あらそう。てっきり彼女を傷つけたりレイプしたりしないってことだと思ってたワ。でも服はまだ返せないわネ。あなた達が帰る時に汚れていたら嫌でしょ?」

「汚れるって、どういう……」

「ふふふ、どういうことでしょうネ?
安心しなさい、二人とも終電までには帰してあげるワ。服もその時、返してアゲル」

「!!」


外にいた時は絶対に逃さないという意思で接してきた彼らが、なぜ今更自分から帰すと言い出すのか。
誠には彼女の意図が全く掴めなかった。

ホールの中を見回すも、時計らしきものは見当たらず、終電までの時間は分からない。何をされるのか不安ではあったが、ひとまず真里に容態を尋ねることにした。


「真里さん、大丈夫?」


真里は改めて自分の身体を確認した。
もし本当に犯されたのだったら、男の精子をこの身に受けているはず。
だが膣内に男の体液を受けたような感覚はない。

それにレイプしたなら、わざわざ否定する必要はないはずだ。

拉致、監禁、猥褻。

これだけでも彼らは十分罪を犯している。
今更強姦のみを否認しても意味がない。

真里は微妙な気持ちだったが、とりあえず小早川が言うことを信じることにした。


「はい……たぶん、まだ何もされてないと思います」

「そっか……良かった」


誠は最悪の事態に陥っていなかったことを安堵した。
そんな彼に小早川は言う。


「誠くん、アタシは約束を守っているワ。
だから、次はあなたが約束を守る番ヨ?」

「約束?」


すると鮫島がようやく出番が来たとばかりに立ち上がり、こう言った。


「おまえが俺たちのすることに一切抵抗しないなら、彼女には手を出さないという約束だ」


鮫島は床に座る誠を無理やり立ち上がらせると、抱き締め、そのままキスをした。


「んんっ!?」

「えっ!?」


信じられない出来事に、誠と真里は同時に肩をビクッとさせ目を丸くする。


「んんー!! んんんーー!!」


誠は鮫島のキスから必死に逃れようとした。
しかし二人の力の差はあまりにもかけ離れている。鮫島はお構い無しに、ディープキスを続けた。

唇に舌を差し込み、口内を蹂躙しようとする。
誠は、そんな彼の舌の動きに噛みついて抵抗した。

鮫島は予想していたように、舌に力を込めると、誠の噛み締める力など物ともせず、唇からそれを引き抜く。


「ぷっ……はぁーーはぁーーーはぁーーはぁーー」


誠は、ようやく解放されて荒い息を吐いた。
突然の出来事に心臓をバクバクさせている。

真里もその様子を見つめ、茫然としていた。
まさか恋人が自分の目の前で他人に……しかも男性に唇を奪われるなんて

真里はその行為を目の当たりにして、
ただただ信じられないという気持ちでいっぱいだった。

そしてさらに


(ジュン……)


彼女は自らの身体の異変に気づいた。
それは今まで幾度となく経験してきた感覚、膣壁から愛液が分泌される感覚だ。


(まさか、そんな……)


真里は誠と同じように心臓が高鳴り始めていた。二人のキスを見て、まさか体が興奮しているとでもいうのだろうか 

彼女はその思いを必死に否定した。


(そんなことないっ! 誠くんがあんなひどいことされて、そんな出鱈目(でたらめ)なことで感じるはずないじゃない!!)


真里は息をハァハァと吐きながら、再び誠の方を向いた。


「はぁ……はぁ……急に……何するんだっ!?」


誠は息が整うのも待たずに、鮫島に訴えた。


「おめーこそ、何をするんだ?
今、俺の舌を噛んだよな? それがどういうことか分かってるのか?」


鮫島はドスの効いた声で言う。
誠の目をしっかりと捉え、殺意を込めて睨みつけた。


その眼に誠は怯んでしまった。
彼はこれまで生きていて、殺意を持って睨まれた経験など一度もない。

それに鮫島と誠の構図は、まさに虎と小動物の関係。

鍛え上げられた鮫島の肉体と精神に比べ、
誠のそれは、恭子の催眠術によって限界まで弱められてしまったもの

誠は恐怖で動くことができなかった。


そんな二人を仲裁するように小早川が声をかける。


「もぉーう、サメちゃん。初めてなんだから大目に見てあげましょうヨ? 
誠くん、アタシ達の言っていること、まだ理解していないみたいだしー? 
一言、二言で会話を済ませちゃうアタシ達も悪かったと思うのヨネ。
だ・か・ら、もう一度だけチャンスを与えてあげて?」

「ふんっ!」


そう言い、鮫島は睨みつけるのを止める。
彼の威圧から解放されて、誠はその場にしな垂れてしまう。

そんな誠に間髪入れずに小早川が説明を始めた。


「さっそく約束を破ってダメじゃなーい? 
誠くん、アタシ達に抵抗しないって約束したわヨネ? 
もし、約束を破ったらどうなるか分かっているのかしら?」


小早川はそう言うと、指をパチンと鳴らし黒服達に合図を送る。
すると彼らは即座に真里を囲み始めた。


「えっ?」


またまた突然の事態に、真里と誠は同時に声をあげる。
黒服に囲まれる真里を見て、慌てて誠は叫んだ。


「やめろーー!!」


黒服が真里の身体に触れるギリギリのところで小早川が再度指を鳴らす。
黒服達は動きを止め、まるで動画の逆再生のように元の位置に戻っていった。


「理解できたかしら? 誠くん?」

「…………」


誠は十分理解した。
もし抵抗すれば、真里が危険に晒されてしまうと……


「おい、誠。俺はそんなに甘くねーからな。次、抵抗したら女のことは諦めるんだな」


誠は脅され硬直していた。


「返事しろっ! おめー!」

「は、はい……」


誠は鮫島に圧倒されてしまっていた。
それに加え、真里を人質にされている状態。

彼は従うしかなかった。


あまりにも絶望的な状況。

誠が可哀そうで見ていられなくなった真里は、俯き涙を浮かべていた。
だが小早川は、そんな彼女の様子など、どうでも良いように無情な言葉を言い放つ。


「あなたもヨ。真里ちゃん。
もし逃げ出そうとしたり、アタシ達のすることを邪魔したりしたら
その時は、もっとひどいことを誠くんにしちゃうかもヨ?」

「うっ……うっう……」

「だから、アタシ達を怒らせないようにネ? お返事は?」

「ひっぐっ……は、はい……」


小早川は、真里の背中に回り、しゃがんで話を続けた。


「真里ちゃん、さっそくだけど、アタシの言うこと聞いてくれるかしら?」

「……なんですか?」

「あなたにネ、彼ら二人の行為をずっと見ていて欲しいの」

「………」


真里は答えない。あまりにも残酷なその光景を直視しろと言うのか。
小早川の要望は、到底受け入れられるようなものではなかった。


「あーら? さっそくかしら? 
じゃあ黒服達にも鮫島と一緒に誠くんを犯すように言うわネ」

「待って!!」

「もちろんイヤよネー? じゃーあ、アタシのお願い聞いてくれるかしら?」

「……わかりました」


誠がこれ以上悲惨な目に遭うのは耐えられない。

もちろん彼がこれから受ける屈辱を見るのも耐えられないものであったが、
それでも、できるだけその苦痛を和らげてあげたいと思った。


鮫島が誠に顔を寄せ始める。
誠は顔を背けたいと思ったが、そんなことをしたら真里が危ない。

ただ目を閉じて、ひたすらこの屈辱が終わることを願った。

鮫島の唇が誠のそれに触れる。
女とは違う、男の堅い唇の感触。
目を閉じることによって、余計その感触を敏感に受け取ってしまった。

しかし目を開けることはできない。ただでさえ嫌なこの行為。
目を開けて相手の顔を直視してしまっては、とても耐えきれそうになかった。

女にはない男特有の身体の匂い。
肌に触れる筋肉質な腕、男性から受ける抱擁。

どれも初めての体験であった。

これまで誠は男性に興味はあっても、
身体で相手を選ぶ性格ではなかったため、誰とも付き合ってはこなかった。

だが今はそういった付き合うという段階を省いて、性行為に及ぼうとしている。

なおかつ、恭子から掛けられた『男性器の逞しい男性を好きになる』という暗示が、ここで効果を発揮しようとしていた。


「んんっ! んんっ……ふっ……んーー! んんんん!」


鮫島の舌が再び誠の口内を蹂躙する。
抵抗できず、ひたすら男の舌や息、唾液の味を感じ続けるしかなかった。

それに加えて鮫島の舌技は、男を知り尽くしているのか、感じるポイントを的確に責め続けていた。


「んんっんっ……んふっ……んんっんんーー!」


真里の前で感じている姿など見せたくない。
そう思うものの、舌技の巧みさに喘ぎ声を上げずにはいられなかった。

そして、もちろんそれは真里の耳にも届いていた。


(誠くん……あんな男にキスされて……)


真里は泣きながら二人の行為を凝視していた。

彼女の下半身は、じわじわと熱を帯びていき、まるで水の波紋のように周囲の太ももやお腹にぞわぞわとした感覚を広げていた。


(やだ……誠くんがひどい目に遭ってるのに、身体がこんな……)


元々、腐女子の真里は、
これまで何度もBL妄想で自慰に耽ってきた。

ただでさえ真里の官能を刺激するものが、現実で目の前で行われている。

運の悪いことに、嫌がる誠が、逞しい男性に無理やり犯されるというシチュエーションは、今の彼女にとって天敵であった。

相思相愛な、例えばテトとカールのような関係も良いのだが、
男が男に無理やり組み伏せられるという状態が実に良いのだ。

そう……

誠という最高の受け役。
逞しい竿役の男性。
そして優男(やさおとこ)が無理やり男同士の快感を植え付けられるというシチュエーション。

これら3つの組み合わせは、BLで真里が最も好む組み合わせだったのだ。


(うぅぅ……私、私、最低だよ。
あぁぁだめぇ、気持ちよくなっちゃだめぇ、やめて、今だけ……今だけ……腐女子をやめさせてぇぇぇぇぇ!!)


触ってもいないのにクリトリスが勃起を始める。うねる膣、両乳首も勃起を始めた。

真里の全身が最高のおかずを与えられて喜んでいる。まさにカーニバル状態だ。


(ふぅぅぅぅ……はぁぁぁああ
耐えて私、耐えて……これ以上発情しないで……)


小早川の気配を背中に感じる。
真里が二人の行為を見ているかどうかチェックしているのだ。

ここで目を背けたら、誠がもっとひどい目に遭わせられてしまう。
真里はじっと二人の様子を見つめ、己の中に燃え上がる腐女子の欲情に耐えなければならなかった。


ちゅぽんっ………


二人のキスがようやく終わりを迎える。
ゆっくりと鮫島の舌が誠の唇より抜けていく。


(はぁっ!?)


真里はそこで見てしまった。
鮫島の舌を追いかけるように、誠の舌が唇から出てきてしまったことに。

バチバチ! バチンッッッ!!!

脳に雷が突き抜けたかのような衝撃が走る。


(あああああぁぁぁぁ!!!)


真里は身体に一切刺激を与えず、絶頂してしまいそうになった。
いっそのこと、ここで気絶してしまえたらどんなに良かったことか……

彼女は、必死に秘部に触れたくなる欲求を抑えつけた。
誠がレイプされるシーンを見ながらオナニーなど絶対にするものか。

もちろん触れば最高の快感を得られることは分かっている。
しかしそのような行為は、畜生にも劣るものと真里は考えていた。


まるで恋人を抱くように誠を抱きしめる鮫島。
誠も必死に耐えていたものの、その顔はすっかり上気してしまっていた。


(くっ……真里さんの目の前でこんな男にキスされて感じてしまうなんて……
僕の身体は一体どうなってるんだ?)


誠の身体は、恭子から与えられた催眠の効果により火照ってしまっていた。
それに加えて彼が興奮してしまう理由がもう一つあった。


それは小早川から掛けられた催眠術だ。