四方を薄いカーテンに囲まれたクイーンサイズのベッドの上で真里は眠っていた。
辺りに漂う香の匂いを感じながら目を覚ます。
(ここ……どこだろ?)
起き上がり周囲を見回すと、見覚えのない空間であった。
広さはおおよそ二十畳ほどであろうか。
TVで【有名人のお部屋特集】といった企画に出てきそうな部屋で、
片方の壁が一面水槽で出来ている変わった部屋であった。
水槽の奥行きは3mほど、中には珊瑚や海藻が植えられており、様々な魚が泳いぐ姿があった。
次に高い天井に目を向けてみると、
一般家庭では、お目にかかれないほど立派なシャンデリアが吊るされていた。
室内に設置されている家具はどれも高級品ばかり。
テレビ・冷蔵庫など一通りの電化製品も揃っているようだ。
真里は環境の変化に呆気にとられながらも、なぜ自分がここにいるのかを考えることにした。
(たしか私はお祭りに参加していて……花火を見た後……)
誠の姿が脳裏に蘇る。
真剣な眼差しで自分を見つめる彼――思い出すだけで胸がドキドキしてしまう。
記憶の中の彼は目を閉じ、唇を近づけてきていた。
そこまで来てようやく真里は思い出す。
自分が誠にキスをされて気絶してしまったことを……。
「ああぁぁぁぁぁ! そうだあぁぁぁぁ!」
思わず叫んでしまい、ハッと口に両手を添える。
身体が小刻みに震え、顔が紅く染まる。
それと共に、胸の奥から多幸感が込み上げてきた。
誠と恋人関係になれた喜びに、真里の気分は大きく高揚していた。
(ちょっと、待って…………! ということは、ここってもしかして!?
でもまさか……そんな……誠くんに限ってそんなこと……)
真里はそう思いつつも、確からしい答えを出そうとしていた。
川辺の周辺で、自分を抱えて入れる場所。
そして、こんな変わった部屋を備えているところといったら一つしかない。
(ラブホ?)
ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……
そう呟いた瞬間、真里の心臓は強く鼓動を始め、子宮も同時に疼き始めた。
(誠くん、私とここでエッチするつもりなの!!?
えっ!? もう!? もうするの!? 付き合ってすぐに!?
たたた、たしかに私も、前からしたいとは思ってたけど……
ここ、こーゆーことは、順序を追って関係を進展させてからすることであって……
ででっ、でも誠くんがしたいんだったら、しょうがないよねっ!
はぁはぁ❤ うんっ! しょうがない!)
彼女はひとまず荒れる息を落ち着かせると、立ち上がり誠を探すことにした。
すぐにそう遠くない場所にバスルームを見つける。
中から誰かがシャワーを浴びている音が聞こえた。
(やっぱりいた! あーどうしよどうしよ!
私、身体臭くないかな? 別に今日汗かいてないし、大丈夫だよね?)
クンクンクン……
脇や胸の辺りを嗅いでみる。汗の臭いはあまり感じない。
とはいえ、こういう臭いは自分ではなかなか気づかないものだ。
念のためにも香水は付けておきたいと思った。
お風呂から上がったら、誠はすぐに襲いかかってくるかもしれない。
捕食されることを考えたら、やはり匂いには気を付けておきたいところであった。
(でも逆に匂いで興奮するってこともありえるかも?)
人それぞれ性癖は違うもの。
真里は真里で特殊な性癖を持っているが、誠も実は匂いフェチという性癖を持っているかもしれない。
そう考えると匂いを消すのは、軽はずみな感じに思えた。
誠は匂いに興奮して、ありとあらゆる箇所を嘗め回してくれるかもしれない。
胸、脇、うなじ、そして大事な部分に至るまで……
真里は目を閉じて、誠が匂いフェチだったらと軽く妄想してみることにした。
(はぁはぁ……誠くん……そんなとこまで舐めちゃダメです……
あぁ……そこ……汚いから……ぁんっ!
あぁっ! ダメぇ、そんなとこまで……はぁんっ!
………………
匂いフェチの誠くん、やばい……ギャップ萌えで悶絶死しそう……はぁはぁ……)
普段は受け身の誠しか想像できない真里であったが、
彼が自分をラブホに連れて来たことから、攻め手の誠を想像することができるようになっていた。
真里がそのように妄想を続けていると、奥の浴室からシャワーの音が消える。
ガタ……バタン……
浴室のドアの開閉する音が聞こえ、人の気配が脱衣場へと移った。
(ききき……来た!)
ドクンドクンドクンドクンドクンドクン……
真里の心臓の鼓動がさらに激しさを増す。
喜びと興奮の中、想いの人の到着を待つ。
今の彼女の中には、女装していた頃の誠の姿はなかった。
あるのは高校時代に恋い焦がれていた頃のカッコイイ誠のみ。
そんな誠が、真里の身体に欲情し、男のフェロモンを撒き散らしながら、あらゆる場所を指や舌で愛撫して、口やアソコにナニを突っ込んで、体液を注入してくれるというのだから、それはそれはもう大変なことで――――
(ぐふふふふふふふふ!! うへへへへへへへへ!!! いひひひひひひひひ!!!!)
真里は、心の中で気味の悪い笑い声を上げ、ヨダレを垂らし、にやけ面(づら)を浮かべていた。
そしてついに…………
ガラガラガラ――――
脱衣場の戸が開き、中の人が姿を現した。
「なんだお前、起きてたのか」
「はい?」
なんとも間の抜けた声。
ポカーンと呆けた顔をする真里。
そこには強面(こわもて)の全裸の男が立っていた。
余分な脂肪がついていない引き締まった身体に、
誠のとは比べ物にならないほど大きく逞しい男性器が目に入る。
勃起はしていないが、その大きさは誠の三倍以上はあった。
もちろん誠のサイズが小さすぎるから三倍以上なのであるが、
平均的な男性のそれと比べ、遥かに大きいのは確かであった。
真里は動物が外敵を見つけた時のようにビクリと反応する。
「あ、あ、あ、あなた! 誰ですか!?」
「落ち着け、俺は鮫島だ。仕事の合間にひとっ風呂浴びてただけで、おめぇに何かするつもりはねぇから安心しな」
彼はバスタオルを肩に掛けたまま真里の横を素通りすると、冷蔵庫から缶ビールを取りだしソファーに座って飲み始めた。
そのままテーブルの上にあるリモコンを取り、TVを付けボクシングの試合を見始める。
鮫島は全裸で座っているので、否応がにもアソコに目がいってしまう。
真里は一応、注意した。
「あ……あの……せめてタオルでそれ、隠してくれませんか……?」
「あーん? んなの、お前が見なければ良いだけだろう」
見られているというのに、この男は一物を隠そうともしない。
テレビに映るボクシングの試合の方が気になるようで、真里には全く興味がないといった様子だ。
「見るなと言われましても……というか、なんで私、ここにいるんですか?」
真里の問いに鮫島は答えない。
さもどうでもいいといった感じで無視している。
プルルルルル……プルルルルル……
そこで鮫島の携帯が鳴る。
「はい、もしもし?…………あぁ、女の方は起きてる。
…………そうか、じゃあ連れてく」
――――ピッ。
通話が終わり、真里を見つめる鮫島。
「おい、隣の部屋でお前の彼氏が待ってるぞ。付いてこい」
「えっ?」
鮫島は、缶ビールを飲み干すと、全裸のまま、入り口のドアに向かった。
鮫島に不信感を抱く真里であったが、誠に会うために、仕方なく彼の後を付いていくことにした。
※※※
部屋の外は、さらに奇抜な内装が広がっていた。
壁際には熱帯の植物が所狭しと飾られており、壁は先ほどの部屋と同じく水槽で出来ていた。
床は砂を固めて作ったようなタイルだ。
綺麗な貝殻でアクセントをつけてあり、本物の砂も撒かれてあった。
天井には、大きな円形の窪みがあり、夜空をイメージしているのか、
プラネタリウムのように青白い空の光が薄く広がり、純白の星がいくつも光っていた。
全体的に薄暗く『夜の海』をイメージした内装であった。
セレモニーホールくらいの大きさがあるこの広場の中央には、円柱のステージがあり、その上には2~30名ほどの人の姿があった。
どれも似たような姿形(すがたかたち)をしており、
角刈りに黒いサングラス、きちっとした黒いスーツを着た男性がほとんどだ。
彼らはステージの淵に並んで立っていた。
そのステージを見下ろすようにもう一段高いステージがあり、そこに設置されている真っ赤なソファーには、一人の女性が座っていた。
見た目は3~40代くらい。
派手な衣装を身に纏い、雰囲気的に水商売の女といった感じだ。
濃い化粧、アイシャドウなどは、少しやり過ぎな感じがした。
彼女の目線の先、ステージの中央には全裸で横たわる女性の姿……
いや……女性のように見えるが、男性のシンボルをしっかりと股間に備えた青年、桐越誠の姿があった。
(誠くん……!)
信じられない光景を目の当たりにして、立ち止まる真里。
顔面蒼白とは、まさにこのことだ。
鮫島は真里が逃げ出さないよう、彼女の腕を掴むと言った。
「おい……逃げようと思うんじゃねーぞ」
「……誠くんに何したんですか?
あなた達一体誰なんですか!? 私達こんなことされる覚えありません!」
「お前らは選ばれたんだよ。アイツにな……。
良いから早く来いよ。それとも彼氏を置いて、自分だけ逃げる気か?」
「……!」
誠を置いて自分だけが逃げる。
そんなこと、出来るはずがない。
真里は恐怖を我慢し、ひとまず誠の様子を確かめに行くことにした。
「行きます……。でも腕は離してください。痛いです……」
彼女が逃げないと判断し、腕を離す鮫島。
二人はステージの階段を登ると、ソファーに座る女性の前に立った。
「女を連れてきたぞ、小早川」
「あら、どうしたのサメちゃん? 服は?」
小早川と呼ばれた女は、真里のことよりも先に鮫島の服のことを指摘した。
「どうせ脱ぐだろうから、部屋に置いてきた」
「あんたネー。よくそれで、そいつのこと連れてこれたわね……。警戒されて暴れられても困るから、もっとちゃんとして頂戴」
「まぁ、そう言うな。風呂から上がったらそいつが戸の前にいたんだ。
初めから見てるんだったら、問題ないだろう」
特に反省する様子もなく鮫島が言う。
小早川はそれほど怒っていない様子だ。
そんな二人の関係を見ていると、他の黒服の男達と比べ、この全裸の男だけは特別な感じがした。
「まぁ、いいわ……それより、あなた一ノ瀬真里さんだったかしら?
川辺でずいぶんとイチャイチャしてたみたいだけど、あなた達付き合ってるのかしら?」
「どうして……私の名前を……?」
「質問を質問で返すな!」
黒服の一人が、怒鳴りつけてくる。
身体をビクンと震わせ、恐怖で顔を引き攣らせる真里。
「つ……付き合って……ます……」
「あら、やっぱりそうなの。キスするくらいだから当然よネ。
それと彼ら、気が短いから質問にはスムーズに答えてくれると嬉しいワ」
女性は真里の質問には答えなかったが、
手持ちのカバンがないことから、おそらく中に入っていた学生証を見られたのだろう。
真里はガタガタと震えながらも誠の方を気にしていた。
目を閉じたままピクリとも動かない彼。
果たして本当に息をしているのだろうか?
そんな彼女の心配する様子を見て小早川が言った。
「彼のことが気になるようネ。別に近寄っても良いわヨ」
許可が降り、誠に寄り添う真里。
「誠くん! 誠くん!」
反応はなかったが、心臓は問題なく動いているようだったので、ひとまずホッとした。
「な……なんでこんなことを……?」
頼りとしていた誠が意識不明。ここがどこかも分からない。
なぜ自分はここにいるのか? 無事に家に帰ることはできるのか?
真里はできるだけ現状を把握しようと小早川に尋ねた。
「ねーぇ? あなた達って付き合い始めてどのくらい経つの?」
「えっ?」
真里を無視して、質問に質問で返す小早川。
どうやらこちらの質問に答えるつもりはないようだ。
真里が茫然と彼女のことを見つめていると、黒服が怒鳴りつけてきた。
「早く答えろ」
「ひっ……! さっき、付き合い始めたばかりです……」
「あら、そーなの?」
小早川は嬉しそうにしている。
だが、彼女の敵対的な態度は変わらない。
真里の不安はさらに高まり、声に涙が混じり始めた。
「どっちから告白したのかしら?」
「彼です……うっう……」
「へぇー良いわね、こんなイケメンに告白されて……」
不敵な笑みを浮かべる女性。
笑ってはいるが、目はずっと真里のことを睨みつけていた。
「彼のこと好き?」
「ひっぐ……好きです」
「どのくらい好きか言って御覧なさい?」
「世界で一番好きです……愛してます……」
「はぁ……そうなの……ふふふ……世界で一番……愛してるのネ……ふふふふ……」
女性は実に上機嫌だ。
そしてなぜか興奮しているようにも見えた。
彼女はゆっくりと立ち上がると、軽快な足取りで階段を降り、真里の元へやってきた。
「じゃあ、そろそろあなたには寝てもらうワネ。目が覚めたら一緒に楽しみましょうね♪」
女性は手に持っている霧吹きのような道具を真里に向けた。
真里は避けようとしたのだが、鮫島に身体を抑えられ霧の噴射を受けてしまう。
視界が歪み、意識が混濁し始める……。
バタッ…………
意識を失い、物言わぬモルモットとなった二人。
誰も彼らが拉致されていることを知らない……。