「どうしたんだよ急に……」
葵は深夜仕事から帰って来てネクタイに指を掛けたばかりの島田をベッドに押し倒すとスラックスのチャックを開けてペニスを咥え込み丁寧にフェラチオを始めた。
口の中でどんどん膨張していくそれを舌で舐め取り、同時に手で扱きながら根元までを飲み込む。
かつて葵はここまで積極的にリードをすることはなかったし、自ら進んでフェラチオをするほどその行為自体が好きなわけでもない。
喉の奥にあたってむせかけても彼女はペニスを咥えるのを止めなかった。
ひとつには罪悪感だ。それは昼日中リコと偶然出会いセックスに耽ってしまったことへの謝罪であり後悔だった。
勿論昼間そんなことがあったとは正直に白状できるわけがない。
だから良心の呵責を押して誠意を無言で表すしかなかった。一刻も早く島田とセックスをして男の感触を上書きしないとリコのことばかり考えてしまい頭がどうにかなりそうで葵は焦っていた。
裏筋を舐め取って歯にあたらないように亀頭を転がして唾液を絡める。
ただの肉の棒なのに脈を打ち青筋が立つだけでなぜこんなにも淫靡な気持ちになるのだろう。
一方の島田は多少の変化には気が付きながらもかえって男根を求めて来た葵に対しては悪い気はしない。
むしろ快いばかりに見下しながら奉仕的に舌と口を動かす彼女を見遣っていた。最近の葵は明らかに舌使いが上手くなった。
それがリコのおかげだとは島田は認めたくないものの、キスはおろかフェラに関しても如実に、的確に亀頭をなぞって射精欲を昂らせる。
恥がなくなったというか、昔は恐る恐るというように咥えていたし小さい口をめいいっぱい広げてやっとフェラチオをしていたのに今はもう手慣れているかのように情熱的だった。
葵は口の中に徐々に青臭い味が広がり、より一層陰茎が充血していくのを感じていた。もうちょっとでイくのだろう。それを察すると今度は口を離して、手でペニスを扱きながらゆっくりと自身の服を脱いでいった。
「お、おい葵。ゴムは?」
葵はなにかに憑かれたように一心不乱に島田のペニスを欲っしていた。
いつもならしっかりとコンドームをつけてから挿入するのを忘れないのに生憎と手の届く周囲にそれはない。
探せば至る所に見つかるだろうが、それでも彼女は一時の無駄を恐れて生のままのペニスを陰唇に宛がって騎乗位の体勢でもう既に半分ほど亀頭を飲み込んでしまっていた。
「大……丈夫ッ、ぁ……今日安全だから、膣内に……出しても、ッ、はぁ、ああ……」
言うが早いか、腰を下ろした葵はゴムを介さない熱いペニスを膣に感じた。いつもの感触とは明確に違う。
そこにスキンがあるのとないのとでは、直接の肉棒の形や律動の伝わり方などがまるで異なっていた。これなら、このペニスならリコのことを忘れて男とのセックスに没頭できる。
ついでに膣内に中だししてもらえば不貞を働いたことに関しても許してもらえるだろうと勝手に考えていた。
葵は島田のことを愛していた。
愛しているはずだと信じている葵は一時の気の迷いを振り払うためにも禊のように子宮に精液を注がれなければならないと感じていた。
今日は安全日とは言い切れないごく微妙な周期だ。
こと最近ではよくズレるからそもそもどの日も危険日とほぼ変わらなかった。
それでも身も心も彼のものになってしまえばきっと邪な感情は綺麗に消えてしまうだろう。
葵は、愛する島田との生セックスがそれほど気持ちよくはないことに薄々勘付き始めていた。
いくら腰を振っても、どれだけ子宮を叩いても背筋が強張るような快感が欠けていて大した感動もない。
ただもう一方の彼は精液を搾り取られるような天にも昇る快感に顔を歪めていて気を緩めてば今すぐにでも果ててしまいそうだった。
こんなはずじゃない。もっと男とのセックスは気持ちいはずだった。
だってそうなるように出来ているのだ。
ペニスの造形は膣に挿入して気持ちよくなるために形作られている。だからこんなはずでは――
必死になったピストンの途中でペニスが痙攣し、次の瞬間には膣の中が温かくなっていく。葵は茫然としながら腰を落として深々とそれを突き立て子宮で受け止めた。
もう射精してしまったのだ。
呆気なくどくどくと注がれ続ける精子の勢いは男らしかったが、こんなのではきっと孕むまいという妙な確信が葵にはあった。
膣内に出されるのは初めてのことなのに葵は愛する男とのセックスですら淡々と乾いた感情しか持ち合わせていなかった。
ペニスを膣から引き抜くと栓を外された秘部からはおびただしくザーメンが溢れる。
島田はご満悦といった表情で深いため息をついていた。
さぞ気持ちよかったのだろう。
そんな満足げな彼を見て葵は憮然としながらシャワーを浴びた。
中出しは構わないのだけれどあとからあとから精子が膣から零れて来て鬱陶しい。
特に立った状態で力を抜くといくら洗っても足を伝うそのどろどろした体液には辟易した。
もうなんだか、ペニスやザーメンといった異性とのセックスのシンボルですら鼻白む。
以前はその匂いだけで興奮できたのに……と思考を頭の中でぐるぐるとさせながら、ふと葵は昼間リコからもらった個人の電話番号のことを思い出してしまう。
風俗店宛ての番号ではない。それは北条利巧の番号だ。
電話番号の交換になんらかの意味があったとは考えられない。
例えば、実際はどうであれ大っぴらに性的な欲求不満を解消し合うセフレとしての約束を交わしたわけでもなければ、定期的にホテルで会うような予定すらもない。ただ連絡先を交換しただけ、電話番号を貰っただけだった。
だからこんなに身体が熱くて切なくなってしまうことなんてまさかリコも見通してなどはいなかったはずだ。
結局イったふりしかできなかった葵はどうしてもリコとシたくなっていたのだ。
シャワーで身体を打ちながら葵は自分の胸を揉み、秘部に指を這わして慰めようとするのだけれどどうやっても物足りない。気持ちよくないわけではないのにそれ以上のことを知っている身体は簡単にイけなくなっていた。
レズになってしまったわけではない。
ただリコならこの膣の物悲しさや愛撫されなかった乳首を余すことなく満たしてくれるだろう。
むしろそれは信頼感だ。
だから、島田に足りない部分を補足的に埋め合わせているだけなのだからこれはきっと不貞には含まれない。
そもそも別の『男』とシているわけじゃないのだ。
そんな詭弁は葵の後ろめたさを薄めて、「コンビニに行く」と島田に嘘をついてまでリコとラブホテルで落ち合う口実になってしまっていた。
◇
そのまた数か月後も比奈木葵と島田晃は同じマンションの一室で同棲を続けていた。
理由のひとつはどちらも縁を切るに至るほどの致命的な原因に欠けていたからだ。
現在は殆どセックスを行わなくなっただけで情事には関係のない世間的に見た人間性には葵も島田も欠陥がなかった。
だから正しくは今現在も男女のカップルとしての付き合いが続いているというよりもただ別れていないだけ、
そのきっかけがないだけで、互いのコミュニケーションに別段支障があるわけでもないのに彼らは一室で共に過ごしながらまるで殆ど他人のようだった。
別に険悪というわけでもないし、
挨拶やキスくらいは容易くするけれどもう以前のように毎日セックスを行ったりはしない。
でもたまのセックスですら惰性による儀式のようなもので、
葵にとってはここに住まう家賃を肉体で島田に払っている、という感覚だった。
葵がその部屋に居つく理由は他にもあって、
単純に学生身分の彼女からすると大学にほど近く便利な部屋をみすみす手放したくなかったからだ。
かねてより衣食住を島田に頼ってきていた葵は今更労を買ってまで別の部屋に引っ越すことが億劫だった。
一方の島田も未だに葵に対しての未練や情が募っていて、
一応の同居人として料理や洗濯の家事を進んで行う彼女のことを快く思っていたこともあって追い出すこともままならない。
性欲が絶えず絡み男女として常に意識していたときとは違いある意味で二人は以前よりもずっとより深い純粋な共存関係に陥っていた。
困憊した深夜に島田はマンションへと帰宅した。
既に道すがらでアルコールを数缶ひっかけて飲み歩き既にへべれけの状態だった。
それでも家に葵が居るだけで心身が癒される思いがした。
例え心と身体で繋がっておらずとも島田は彼女の存在に心を開いて無防備なほど全幅の信頼を置いていた。
ただ最近の葵は風俗遣いが荒くなっていつ帰宅しようとも大体は誰かが来ていた気配や匂いが玄関にすら残っていて、
何度かはリコと盛っているその場に遭遇したこともあった。
彼にとってはそれは気まずいというよりただただ羨ましく、
帰ってきた島田には一向に構わず汗だくになりながら貪るようにセックスを続けるその姿を脳裏に焼き付けて浴室で一人寂しく自慰をすることもあった。