文章 小尾一
「はじめまして、リコです」
風俗嬢のくせに名刺なんて渡すんだ。しかも玄関先で。
いや、きっと普通ではないのだろう、それこそ私の心境すら穏やかでも普通でもない状況なのだからそんな些細な常識の均衡を気にしている余裕なんてなかった。
客に対して教えていいものなのかはわからないけれど、こっそり耳打ちされたリコさんの本名は「北条利巧」で源氏名はそこから来ているらしい。
利巧な人がデリヘルでは利己になるのか、なんて初対面に口をついては言えなかったけれどそう思われるのを知っていたうえで自虐的に名前を明かしていたのかもしれない。
背が高い、長い髪も綺麗だ。葵はリコの姿を見てぼうっとしたままそんなことを考えてから玄関のドアを閉めると名刺を仕舞って彼女を奥へと案内する。
あまりにも事態が短兵急に進み過ぎて現実としてよく咀嚼し受け入れるための時間が足りていなかった。
ひっそりとした暑い夏の夜のことだった。
冷房の効いた涼しい2DKのマンションは所詮手狭なだけに彼女たちは寝室へとあっという間にたどり着く。
気持ち狭いだけ普段は居心地がいい場所なはずなのに今だけはもっと冗長に廊下が先へと伸びていてくれ、と稚く切に願わざるを得ない。
そこには一人の男が漫然とベッドのへりに腰を掛けていた。益々沈痛な顔になっていく葵は助けを請うように弱々しくその男、彼氏の島田晃に視線を向けようとして項垂れるしかなかった。
他でもなくこれは彼自身が望んだことだ。だから葵がいくら不安な顔をしたとしても斟酌されるようなことはない。
ひりひりと感じる切迫した雰囲気に身を縮めながら隅の椅子に腰かけている間、葵はリコと島田が目の前でやにわに交わしている会話から殆ど耳を塞いで暗澹たる気分をなんとか諫めようとしていた。
どうしてこんなことになったのだろう。
深い後悔とともに葵はほんの数時間前からの記憶を遡って指の先が冷たくなるのを感じる。道理としてはわかっていても、いざ脈絡を辿るとなぜそうなったのかは判然としない。
塾講師をやっている島田と大学生の葵は付き合って一周年という節目を先刻来に迎えたばかりだ。
既に何度も性交渉に及んでいた二人はいつもとは趣向の違った情事について思案を巡らせるうちについ魔がさして思いついたのがコレだ。
いや、でも。と葵は頭をぐしゃぐしゃに掻きながら口を戦慄かせる。
あのとききっと私は酔っていたのだ。
チューハイを二缶空けてほろ酔いのいい気分だったし、全然彼の話なんて聞いてなどいなかった。だって、どうしたらそんなことを彼氏が思いつくだろうか。
私と他の見知らぬ女の子がまぐわっている姿を見て自慰をしたい、だなんて。
きっと私は上手く話しの全容を飲み込めずに普通に三人でヤるだけだとでも思っていたのだろう。それがまさか女性と私だけの同性愛の性交渉を見たいだなんて。
ヘテロの葵や島田とは違って、風俗から派遣されてきたリコはレズビアンだ。いわゆるレズ風俗と呼ばれるところから来た彼女は元々純粋な女性同士の手慰みとして、男性の代わりに同性との前戯や性器の挿入が存在しない本番行為を行う。
勿論、島田という異性と付き合っている葵は同性とはコミュニケーション以上の接触を望んではいないし、そんな行為を考えたこともない。
葵は背が小さく大学生としては幼げな雰囲気の割には器用な部分があって同性の友達は多いほうだったけれど、同性からの劣情を感じたことなど二十一年間の人生の中では一度も存在しない。むしろそれが普通だ。
だからこそ今の彼女にとって不承の事態はただただ不気味で、中学の頃に処女を失っておきながら同性との行為だけはなにか不可侵な清純さを喪ってしまいそうで恐ろしかった。
勿論、島田が嬉々としながらレズ風俗のデリヘルを呼んだときには葵はゴネて少し抵抗をしてみせた。
その頃にはやっと顔の赤みも落ち着いていつものような平静さを取り戻していたのだ。
そうなると当然同性との性交渉の様子をよもや彼氏に晒して視姦されるなんてことは受け入れられるはずもなく、それでも既に言質を取っていた島田は頑としてデリヘルの派遣をキャンセルしようとはしなかった。
酔っていたとはいえそれを安易に承諾してしまったのは葵自身だったのだ。
彼氏彼女の間柄であればそれくらいの融通を利かせてくれるだろうと葵は期待していたが、女性との性交渉を拒絶する葵に対して最終的に島田は「葵がデリヘルの相手をするか、それとも自分が相手をするのか」と強硬的な選択肢を迫って前者を選ばざるを得ない状況を強いて葵をうまく丸め込んでしまった。
今回島田があえてリコを指名した理由もレズ風俗嬢だが限りなくバイセクシャルに近い嗜好の持ち主で手淫程度であれば可能なのがたまたま彼女だったからだ。
どれだけ生理的に同性愛者を受け付けなかろうと葵にとって目の前で異性に彼氏を扱かせるのは矜持や対面からして決して許容できず、いわば自己犠牲の精神とを天秤にかけた末には自らの身体を差し出すしかなかった。
「それじゃあ、比奈木葵さん……葵ちゃんって呼んでいい? 彼には許可は貰ったけど、一応訊いておこうかなって。いいよね、葵ちゃん」
早速リコは少し卑下た笑みを浮かべながら葵の手を取ってベッドへと引っ張っていった。
愉快そうに脇の椅子に座って興味深くこちらを観察している島田をじろりと葵は睨む。
普段は慈しみの感情があるのに、まるで見世物のようになっている今だけはその顔が憎かった。
「ああ……まあ、はい」
「なに? もしかして緊張してる? ガチガチだね」
そりゃあするだろう。そう呟きこそはしなかったが馴れ馴れしく肩を抱かれると葵は明らかな不満を隠せない。
それでも反抗こそできず、未だに納得がいかない憮然とした態度のまま俯くしかなかった。
「葵ちゃん、あんまりこういうのは好きじゃないんでしょ。彼からちょっと聞いたよ。普通のノンケなんだってね。まあでも大丈夫、大丈夫。嫌がることはしないからさ」
「嫌がることはしないって……じゃあ今すぐやめてくださいよ……」
それを聞いてつい葵は愚痴を零してしまった。
この行為事態が彼女にとっては苦痛だ。同性と、それも見られながらやるだなんて。
あまりにも素直になってしまったせいでセンシティヴな部分を侵してはいないだろうかと葵はリコへ恐る恐る視線を遣ると、そんな戯言を歯牙にもかけない彼女は無言で葵をベッドへと押し倒して島田に聴こえないように甘い声でそっと耳元で囁いた。
「あなたは私のことを嫌いにはなれないよ。この意味わかる? ……馬鹿なオスなんかどうでもよくなるくらい気持ちよくさせてあげるから」
葵は恐怖で思わず目を瞑っていた。別に拳を振り上げられたり、体のどこかに強い痛みが走ったわけではない。
背筋がぞくぞくするような妖艶な声に殆ど反射的に身を守ろうとして全身を強張らせる。
同時に突然チュニックの中に手を滑り込ませて腹部をまさぐった優しい指の感触に、彼女は即座にびくんと弾かれるようにリコを押しのけて起き上がろうとした。
「いっ――」
一瞬ではなにがおこったのかが理解できずにただ茫然とするしかなかった。
身体を起こそうとした瞬間に唇を塞がれてそのまま押さえつけられるように体重が掛かる。
次に感じたのは柔らかい感覚、腹部を這う細い指が徐々に胸のあたりまで伸びてきて、リコを罵ろうとする言葉を押し殺すように温かい舌がゆっくりと葵に挿入されていく。
ぬるぬるして気持ちよくて、まるでそれが別の動物のもののようだった。
葵は動顛していた。男とはまるで違って柔らかく、そして温くて繊細なざらざらとした舌の味が愛撫するように執拗に神経を擦り上げて彼女の意識を犯していく。
島田よりも優しく、それでいて有無を言わさずに強引に差し込まれる感触に慄きながらも葵は無意識に舌を絡めてしまいそうになっていた。
リコのほうが島田より断然キスが上手い。遊びを排した同性とのキスの経験が皆無である葵にとって猫の舌のように少しだけざらざらとした彼女のものは複雑に唾液を介して脳の奥へと浸透していく。
酸欠気味なせいで再び酔いが回ってしまったような、少しふわふわとした宙に浮くような感覚だった。
組み伏せられながらのキスに頭が痺れていってこちらを探るようにじれったく舌先で触れ合う味が魔性を帯びて葵の心臓を昂らせる。
リコは異性愛者の扱いをよく心得ていた。彼女は猫のように元来目移りが激しい性質だったから見定めた好みの女性が必ずしも自分と同じレズビアンである機会は稀有で、だからこそそんな普通の女性を手際よく篭絡する方法も十分に心得ていた。
息が苦しい。葵はぐっと固く目を瞑って抑え込まれた両手首に掛かったリコの体重に屈しながらも薄目を開けた。
その瞬間に覆いかぶさっているリコとほんの少しだけ視線が合ってしまったような気がして急いで彼女は目を逸らす。
まるで心の奥底を見透かされているようでその瞳を直視することなどできない。
恍惚としたほのかに朱の差す密なキスは僅かに葵を喘がせるだけで実際は静かで淡々としていた。
ときより口が離れてはすぐに塞がれて、まるで機微を慎重に読まれているように先っぽだけで愛撫を交わす。
葵にとってはそれでは物足りない。
相手はレズビアンの女性だとわかっていてもくすぐったいような綺麗な交わり方をされると葵は徐々に本能的のほうが疼いてくる。
それに目を瞑っていさえいれば相手が誰であろうとそれはただただ理想的なキスだった。女性らしいリコの身体は至る部分が柔和で固くも筋張ってもおらず、キスだってこちらが嫌がっていると知っていながら決して押しつけがましくも独りよがりでもない。
リコは葵が求めるのと同じくらいの強さで舌を絡め返すだけだ。そのせいで葵は徐々に嫌悪を忘れて次第に自ら唾液を求めるようにしてゆっくりと淫靡に粘膜を擦りつけ合うようになっていく。
リコとの粘膜の接触は強かでいながら情緒的に懇ろで、イニシアティヴを征服され性欲に任せて交わされる男性のものとは根本的に雰囲気が違う。
下品さを欠くキスのために誘われるようにして次第に葵は自ら積極的にリコに甘えだしていた。もはや島田のことや、見られていることすらもすっかりと失念してしまっている。
かつてないくらい心酔しリラックスしてもっと奥へ奥へと貪るようなディープキスは下半身をまさぐる力によって一気に覚醒した。
スキニ―のボタンを片手で易々と弾くとリコは下腹部より指を滑り込ませてショーツの上から割れ目を撫でるようにしてなぞる。
葵の身体が大げさに反応をして一層暴れ出そうとするが、叫び声を上げようとする口を今度こそキスで塞ぎこまれているせいでくぐもった鳴き声だけが響く。
「ん……ぐ、ぅ……待っ、リコさ……ぁ」
やや前のめりになって彼女たちを観察していた島田にとって葵のそれはほとんど命乞いのように見えていた。
リコは楚々とした所作から一変し、やや興奮気味に喉の奥に届くほど無理矢理舌を挿入し彼女を黙らせつつ陰唇に這わせた左手をゆっくりと動かす。
既に葵は下着越しですら明確にわかるくらいに濡れていたのだ。同性とのキスだけで感じてしてしまった自分を認めたくない彼女はなんとか必死にもがいて抗おうとするがマウントポジションや体格差からしてそれが無駄であることは明らかだった。
湿った音のするショーツをずらしながら指を挿入すると葵の秘部は容易に親指と人差し指を飲み込む。既に熱されたように熱い膣がうねりながら硬直する。
「ぅ、く……ぁ……ッ……」
「あれ? もしかして葵ちゃん今のでイっちゃったの?」
リコが膣の中を書き出すように本格的に指をストロークさせようとした途端に葵は身体を足の先までピンと伸ばして声にならない声を上げていた。
まだ本当に挿入をしただけだ。リコは島田から既に何度もセックスをしていることを聞いていたために、まだ初心な反応が出来る葵に気をよくしてまだオーガズムに歯を食いしばっているその耳朶を甘噛みしながらざらざらとした声で責めた。
「……そういう反応するの可愛くてズルいなぁ。ねえ、彼よりも私とするほうがずっと気持ちよかったでしょ? 言ってみなよ、正直に」
「そん……なっ、ぁ……ッ、こと……」
「そんなことあるでしょ。じゃあこれなに?」
未だに押さえつけられて身じろぎすらできない葵の目の前にリコは濃い愛液にまみれた指を見せつける。
指間に糸引く手を突きつけられた瞬間ににわかに彼女の顔はわかりやすく歪んで、黙ったままぶんぶんとかぶりを振っていた。
葵は明瞭なその事実が理解できずただ怯えるしかなかった。
別にこの一瞬で同性愛者になったわけでも、彼女に心を許したわけでもない。ただ彼女が風俗嬢らしい手管に長けているだけだ。
だから別にこれは私が変なわけじゃない。
自分を納得させようと意固地になってもじんじんと疼いている下半身の熱が引かずに葵は戸惑っていた。
こんなに呆気なくイってしまったことはかつてならあり得なかった。
指が細いから? それとも、微妙に長いから? ぼうっとしてそのぬらぬらと光る指を眺めていると葵がほとんど虚脱していることを察して、リコは悪戯っぽく妖艶に笑いながら首筋に噛みついて少しだけ歯を立てた。
「嘘ついても無駄だってば。オンナのほうがオンナの身体に詳しいってわからないかなぁ……」
自衛の方法ならまだいくらか存在した。
オーガズムにふやけている姿を見てリコは完全に油断をしていたから、渾身の力を込めて押し返したりあるいは身を縮めればこれ以上手痛く尊厳を犯されずとも済んだだろう。
隙を見て逃げ出すことだってできたかもしれない。
危機感でそう気が付くにはあまりに遅く、また容易に遠ざけられはしない快感を既に葵は身に覚えてしまっていた。
スキニーが下腿までずり下がった哀れな格好のまま脱力気味に開脚されていた股の割れ目は、葵の威勢からは信じられないほど簡単にリコの指を受け入れてすっかり飲み込んでしまう。
十分に潤滑液で満たされていた膣に中指と薬指がごく浅く挿入された瞬間に葵は閉口し声を抑えようとするが、次の刹那にはひだがぬるりと一気に収縮すると同時に口をめいいっぱい開きながら甘えたような嬌声をひり出していた。
「っ待――ィ、ぅぁ……ッ、ん」
目の前が真っ白になるような感覚で葵は弓なりに背筋を伸ばす。
初対面でいて初めて身体を探っているというのに、まるで彼女の性感帯が透けているようにリコはにやにやと口角を上げてゆっくりと膣の浅い部分をストロークする。
「……ぃあ、ッ……ん、ぐ……」
「あ、ココがいいの? ああ、そっか。葵ちゃんの感じやすい部分って意外と浅めだからこれだと男といくらヤってもいいところに当たらなくて全然気持ちよくないでしょ?」
「ぁ、ぐ……ぅ、も動か……ッ、ない、で……」
「もうイキそう? そろそろ素直になってくれた?」
「んッ、わかったから……ぁ、イク、かりゃあ、も少し、ゆっぐ、り……ッ、ぁ」
もはや葵はリコの思うがままだ。
身を強張らせただけでイってしまいそうになるせいで押さえつけられている腕を解かれても一切逃げる素振りすら取れない。
リコは屈服した彼女を見下しながら、それでも左指を膣に挿入したまま今度は反対の手でブラの上から優しく胸を揉みしだく。
それほど大きくない手頃な胸は既に布越しでも乳首が探れるほどに勃起していてじっくりと先っぽを擦るように愛撫すると面白いように葵は髪を震わせながら悶えていた。
もうちょっとだけ手心を加えてやろうかともリコは思案していた。
あまりにも思い通りに感じてくれる都合のいい身体とアクメを堪えようとする姿にリコは気移りしかけそうになる。
しかし口では快楽に抗いながらも葵のひだは絶えず蠕動をして相変わらず愛液を垂らしながら指を奥へと飲み込もうとしていた。
とことんまでに身体は素直だ。ブラの隙間から直接乳首を摘まんでコリコリと弄び、力が抜けたひと時に膣に第二間接まで挿入した指を恥骨ごとに押し付けるようにしてGスポットを強烈に何度も擦り上げた。
「あッ……――く、ひぁ、リコさ、んぁ、っ――ぃく、イって、ぅッ……は、あ、んぃ無理ぁ、ぐ……晃助け、ぁ、ぃぐ、いぐいぐ、ぅッ――」
葵はまるで強い電流でも浴びてしまっているかのようにビクビクと身体を痙攣させてリコの腕にしがみつく。
全身から力が抜けていってただ気持ちいいこと以外に葵は他になにも考える余地がなかった。
もはやそれが女性だとか、同性だとか、レズだとかの同義語で括って蔑視するだけの理性すらも残ってなどいない。
彼女の手付きの一々は島田のあらゆる部分よりもずっと剛柔でいて指が動かされる度に脳の皴が解けるほどの快楽が身体を支配して記憶を喪失させるくらい神経を鋭敏にさせていく。
「だめェ、壊りゃ、ッ、ぁあ、ひっ、んぁ……あっ、あ、ぁ、ッぃ――」
絶頂に頭の中が燃えて目の前がチカチカと光る。
葵は何度も連続でアクメしながら要領を得ない言葉ばかりを嬌声と一緒に口走って、掻き出される愛液でぼたぼたとベッドに染みを作っていた。
目をむいて身体を反らしながら一向に止む気配がないリコの手マンの一挙手ごとに小さな四肢を大仰に強張らせて白い内股にいくつもの体液の筋を流す。
その姿を見て島田もいつの間にかペニスを取り出して勝手に扱き出していた。
亀頭には既に先走りの汁が滲んでいてめいいっぱい怒張したソレすらもここまで葵を悦ばせたことはない。葵にとってそれは不可解だった。
どうしてそんなことがあろうか、生き物として膣にぴったりと合致するように造詣された異性の性器よりも同性の指なんかで何度もイってしまうなんて。
「いっぱいイっちゃっていいよ。何回イったか数えててあげるから」
一方で愉快なのはリコだ。元々サディズムの気があってノンケを責めて落とすことに無上の悦びを覚える彼女にとって葵のような素直で弱い女性は庇護欲を適度に刺激してもっと苛烈に指を突き立ててひだを擦り上げてしまいたくなる。
乳輪をこねるようにして葵の乳首を転がしながらあられもなく喘ぐ苦悶の表情に愉悦し額に口づけをすると、今度は葵のほうからキスをねだるようにしてやや不格好になりながら舌をひりだして必死に哀願をする。
リコは少しだけ驚きながら依然として高い声で鳴く彼女が愛おしくなって静かに舌を絡めながら愛撫を続けた。
おそらく葵は口を塞いで気を逸らすか方法を考えていただけなのだろう。
その手段がたまたまキスだっただけだ。
本分ではリコと舌を絡めることなど露ほども望んでなどいない。
そうはわかっていてもリコはなんとなく妙な昂りを覚え、涙を浮かべて必死に悶えている彼女を見て手を触れてすらいない自らの身体が疼くのを感じた。
とにかく葵の無意識な所作はどこか小動物的で思わず虐めたくなる。
いかにも倫理と道徳の整っていそうな小さな葵はそれほど大きくない胸や露出の少ない恰好、男受けをそこまで考慮していなさそうなセミショートの黒い髪など別段淫らというわけではないのにひたすらに蠱惑だった。
当初リコにとって付き合っている二人の間に割って入りただ女性を責めるという今回のプレイの内容は不可解で奇異に思えたが、今であればなんとなく島田の思惑がわかる。
この様子を外から見ていたらリコも自慰の手を止められなかっただろう。
熱ぼったく濃厚に舌を絡めて、少しだけ優しく、そしてもっとイってしまうように艶美にあらゆる性感帯をくまなく刺激してやりながら小刻みにひだを擦り上げて一気にアクメを誘った。
「――ぁ……ッ、ふぁ……――ッぃ、ン、ぉ……あ」
葵がイった瞬間はわかりやすい。さっきから連続で絶頂していると尚更だ。
寸前に指をきつく締め付けるほど膣がぎゅうっと縮こまったかと思えば急に筋肉を弛緩して背筋を張る。今の彼女はその絶頂の繰り返しだった。
もはや諦観からなのか抵抗らしい抵抗も見せず、逆に受け入れるようにして葵は快楽に溺れ続けていた。
もう一分以上それを持続させているとそろそろ葵の反応が鈍くなっていく。
慣れてきたのではなく、相変わらず絶えず連続アクメをしながら意識のほうが朦朧として飛びかけているのだ。
手マンをしているだけでリコ自身も軽くイきかけながら、丁度そこに水を差したのは他でもない島田だった。
「葵……っ、そろそろ俺もイく……」
早漏か、こいつ。せっかく二人っきりのいいところだったのに。
リコは悪態をつきかけながら不愉快な気分を葵で慰め彼女の身体を愛でた。
本格的にアクメで意識が飛ぶくらい強烈に調教してあげればいくらノンケであろうと落ちないはずがない。
もうリコにとっては反応のわかりやすい葵はお気に入りだった。
絶対に落とさずにはいられないが島田に風俗嬢として派遣されている以上リコもあまり大それたこともできない。
島田の手がペニスをひと際無様に激しく扱くのを横目に、リコはちゅぐちゅとわざと愛液の混じった音を激しく立てながら蕩け切った葵の表情を晒してやるようにして女性同士の唾液に塗れた顔を島田のほうへと仕向けた。
「ひ、ッ……ん、ぅっ、激し、っぁ、ッ――く、ふ……ぅ、ぅぁ、あ、ッ」
葵の彼氏だろうと男になんか義理立てするつもりはないが、風俗嬢のリコにとって店を介さない個人的な客との接触はご法度だ。
つまり島田がこのプレイに味を占めて再度自分を指名しない限り葵を手籠めにする機会は二度と現れない。
だからどうでもいい島田に気に入られなければならなかった。
なんとしてもリピートしてもらえるよう男の喜びそうな葵の醜態を出来る限りあられもなく披露しながら島田には出来ないようなくぐもった可愛い声で葵を喘がせると目の前に白い筋が飛ぶ。精液だ。
何度か律動して大量にひり出したその一部が随分と離れたベッドのほうまで飛び散っている。
最後は乳首の先を抓るように強く摘まみながら犯すようにポルチオごと大きく力任せなストロークを指で繰り返すと葵は盛大にイキ果てて潮を吹いてぐったりとしていた。
あとちょっとなのに。せめてもう一押し。
少しでも島田に堪え性があれば葵を中毒的なアクメに導いて従順にすることができたのに。
リコは平静を装いながら奥歯をぎりぎりと噛んで葵ではなく彼のほうを見つめていた。
島田が気が済んでしまえばいくら物足りなくても仕事はそれまでだった。
葵の頭を撫でながら軽くキスをしてリコは部屋から去っていく。
それは時間にしてたった30分にも満たない出来事だった。
それでも葵にとっては半日は徹底的に愛撫され続けたような強烈な快感が頭に染みついていて、彼女が居なくなってからもつい女性の指や舌の感触を思い出しては茫然と呆け、島田に抱かれながら眠っていてもどこか落ち着くことができなかった。