「真里さん! 真里さん!」
突然ガクっと頭を垂らす真里に、誠は何度も声を掛けていた。身体を揺さぶってみても、彼女の反応はない……。
真里は誠からキスをされ、あまりの嬉しさに失神してしまっていたのだ。
「一体どうしたんだい?」
急に後ろから声がして、振り向く誠。
そこには少し人相の悪い男達が立っていた。
土木関係の人たちの集まりだろうか?
半袖のシャツから延びる腕はどれも筋肉質で、日に焼けた黒い肌をしていた。
「彼女が急に気を失ってしまって、声をかけていたんです」
「それは大変だ。いつから?」
「ついさっきです」
じーっと真里の顔を見つめる男達。
その表情は心配しているというより、何か品定めをしているような感じに見えた。
「とりあえず向こうに俺達の車があるから、そこまで運ぼうか、ここじゃ暗くてよく見えないしな」
男は遠くに見えるワゴンを指さし、そちらに運ぶよう提案した。
だが誠は訝(いぶか)し気な顔をしており、気が乗らない様子である。
彼は真里を明るい場所に移動するのは賛成だったのだが、初対面の人たちの車に彼女を乗せるのは不安であった。
それにこの人達は何のためにここまで来たのだろう?という気持ちもあった。
ここは川辺で、辺りに屋台らしきものは何もない。
会社の飲み会を開くにしても、もっと賑やかな場所を選ぶはずだ。
彼らがここまで来た理由は、
『初めから自分達に用があった』からだ。
そう考えられるほど、彼らの行動は不自然だったのだ。誠は男達のことを警戒していた。
「いえ、動かしてまずい持病があるかもしれません……念のために救急車を呼ぶことにします」
「いやーそれはオススメできないな。今は納涼祭でどこも通行止め、もしくは渋滞だよ?
救急車が来るまで時間がかかるだろうし、まずは明るい場所で彼女を診ることが先決だよ」
「でも……」
「こんなこともあろうかと、ちょうど車にメディカルボックスを入れてあるんだ。俺、看護学校出てるからさ、ちょっと診せてくれれば、何が原因かすぐに分かると思うよ」
誠はすぐにそれを胡散臭いと感じた。
看護学校を出ているということも、たまたまメディカルボックスがあるということも、あまりにも都合が良すぎる……
何より、この男達からは感じるのだ。
自分達二人を決して逃がさないという悪意のオーラを……
「とりあえず電話させてください。それから考えますね」
誠はスマホを取り出し病院に連絡をしようとした。
その瞬間、持っている手に激痛が走る。
別の男が身を乗り出し、スマホを持つ手を正確に蹴り上げたのだ。
スマホは回転しながら宙を飛び、少し離れた草むらに落下した。
蹴り上げた男が頭をボリボリと掻き、機嫌が悪そうに口を開く。
「ふーめんどくせーな……さっさと捕まえろよ。何のんびり話し込んでんだ、この薄ノロが!」
「すみません、鮫島さん……」
誠と話をしていた男が、ガタガタと震えながら鮫島という男に謝っている。
蹴り上げられた手がジンジンと痛む……
誠は、暴力を受けたことにより、自分達が危険な状況にあることを理解した。
「何をするんですか?」
手を抑え、痛みに耐えながら誠が言う。
見たところ、この鮫島という男がこの中のリーダー格のようだ。
鷹のように鋭い目を持つ男。
誠は生まれてこの方、こんな冷たい目をした人物を見たことがなかった。
裏社会で生きてきたような甘えのない、どんな残酷なことでも平気でしてしまうような目つきを男はしていた。
「余計なことをされても面倒だからな。
もう分かってるんだろ?
今の状況がどんな状況だかよ。
安心しな、別に命まで取るつもりはねーからよ。
ま、もっともお前が抵抗するって言うんだったら、保証はしないけどな」
「お金だったら払います。だから許してください、お願いします……」
誠は男達が望んでいるであろうものを先に提示した。
真里が気を失っている以上、逃げることはできない。彼らに見逃してもらう以外、ここから逃れる方法はなかったのだ。
「金?……金なら腐るほどあるからいらねーよ。用が済んだらすぐに帰してやるよ」
鮫島は誠の言葉をフンと鼻で笑うと拒否した。
用が済んだらすぐに帰す。
誠はその『用』の意味を考えた。この状況で考えられるのは一つだけ……
「彼女には手を出さないでくれ、大切な人なんだ」
彼らは真里をレイプするつもりだ。
彼女をそんな残酷な目に遭わせるわけにはいかない……誠は強く懇願した。
「だからお前次第だ。大人しく俺達の言うことを聞くなら、彼女には手を出さないと約束してやろう」
誠は仕方なく従うことにした。
逆らおうにも、この人数差、あまりにも無謀過ぎる。
ましてやこの女性化した体では、この中の誰を相手にしても勝てやしない。
特にリーダ格の鮫島。
先ほどの身のこなしを見た限り、この男は格闘技を身に付けている。
少しでも逆らえば、すぐに地面に沈められる結果になるのは容易に予想できた。
「ついてこい……もし誰かに助けを求めたりしたら、いいな……?」
鮫島の指示で手下の男二人が真里を抱える。
誠のスマホは別の男に回収された。
集団で人気(ひとけ)のない暗がりの中を歩き始める。
誠は、花火を見るためにこの場所を選んだことを後悔していた。
※※※
しばらくして100mほど先にあるワンボックスカーの前に辿り着く。
結局、途中で他の通行人に出会うことはなく、ここまで来てしまった。
鮫島が車体を叩くと、少し間を置きトランクのドアが開き、中から派手な身なりの女性が現れた。
「連れて来たぞ」
「ほほほ、相変わらず手際が良いワネー。もう少し早く来てくれたら満点だったワ」
「一目見て傷をつけちゃいけねーと思ってな、それで遅れた」
男達の一人が後部座席のドアを開き、昇降用の階段を取り出し、トランクの前に設置する。女はその階段を降り、誠の前に立つとじっと顔を見つめた。
食い入るような目で見つめてくる女。
だいぶ化粧が濃く、お世辞にも美人とは言えない……
「素晴らしい……アタシが今まで見た中でも一二を争うほどの逸材だワ……」
「だろ? 忍と良い勝負してると思うぜ」
「たしかにあの子くらいね。この子と並び立てるのワ」
女は誠にしか興味がないといった様子で、真里の方は見向きもしない。
男だけであったなら、真里がレイプされる可能性も高かったが、この女性が彼らの仲間なら、そのような目に遭う可能性は低くなるだろう。
そういった意味で、誠は少しだけ安心していた。
「じゃあ、そろそろオネムしてもらおうかしら?」
女はそう言い、バッグから霧吹きのようなものを取り出した。口を誠の方へ向け、シュっと吹きかける。
不意を突かれた誠は、モロに噴射された霧を受けてしまう。同時に、彼の視界が歪み始める。
「うぅ……一体……何を……」
「用が済んだらすぐ解放してあげるワ……それまでオ・ヤ・ス・ミ❤」
女の声が徐々に遠ざかっていく……。
誠は目の前が真っ暗になり、その場に倒れ込んでしまった。