ミーンミンミンミンミンミンミンミーーーーーーン
ジジジッ‼
夏の風物詩、蝉の声が聞こえる。
護国(ごこく)神社前は屋台を回る人々で溢れかえっていた。
毎年50万人もの老若男女が集う納涼祭、
○×川の畔では毎年恒例の花火大会を見るために、多くの見物用のシートが敷かれ、バーベキューを開く者、お酒を飲みどんちゃん騒ぎに興じる者、用意したお弁当を食べる者など、様々な人々の姿が見受けられた。
また街の各地で法被(はっぴ)や半纏(はんてん)を着た男達が、御神輿(おみこし)を担ぎ、威勢の良い声を上げていた。
この納涼祭と同じように、恭子達のサークルも、活気づいていた。
「ホームページ完成オメデトー!」
パァーン!とクラッカーを鳴らし、ホームページの完成を祝うLilyメンバー達。
制作の一番の功労者は、入ってまだ3ヶ月あまりでデザインを手掛けた真里と、プログラミングを任され、一年余りでコードを完成させた誠の二人であった。
サークルのリーダである恭子からお礼の言葉があがる。
「本当、二人には感謝してる、特に真里ちゃん。今までテンプレートしか使ってこれなかったんだけど、あなたのおかげでこんなに素敵なページに仕上がったわ」
そう言う恭子の持つスマホには、真里の作ったサイトのページが映っていた。
真里は、パソコンからの表示画面のみならず、スマホから見たデザインも手掛けていたのだ。
「いえいえ、私元々こういうことするのが好きなんで、制作していてとても楽しかったです。それに私だけじゃなく、マコトさんや、みんなの協力があったから出来たことだと思います」
恭子からのお礼を謙虚に受け止める真里。こういう人間のできたところも真里の魅力の一つであった。
「そうね。これもみんなの協力の賜物よね。でも専門的な技術についてはやっぱり真里ちゃんの力が不可欠だわ。これからも引き続きよろしくね」
「はい!」
目を合わせ笑い合う二人。初めのうちは、恭子のことを気難しい人だと感じていた真里であったが、協力してホームページという一つの作品を作り上げた今となっては、ずいぶんと打ち解けた関係となっていた。
※※※
「はい、というわけで、次の展示会の売上が◯◯◯万を超えたら、サークル旅行を企画しようと思います」
パチパチパチパチ
「ホームページも出来たことだし、お客さんの反応が楽しみね。それじゃあ後は、みんな好きなように楽しんでいってね」
恭子の話が終わり、各々パーティーを楽しみ始める。
「マコちゃん、今日のお祭り、俺と一緒に行かない?」
「いやいや、俺と花火見ようよ! 良い場所知ってるからさ!」
サークルの男性数名が誠獲得に乗り出す。
「ちょーっと、あなた達マコちゃんが男なの知ってるでしょ? それでもいいの? ホモなの?」
誠の人気に嫉妬した女性が警告する。
「良いに決まってるだろ?
可愛いは正義だ。こんだけ可愛ければ、男の娘だって俺は構わない」
ド直球に爆弾発言をする男性部員。
新学期が始まり三ヶ月、初めは50名ほどいた新入部員も恭子がレズだったり、誠が男だということがわかり、単なる出会い目的だった男性部員の数は激減していた。
現在もまだ残っている男性部員は、真面目にデザインや経営を学びたいというメンバーと、恭子がレズでも誠が男でも、構わないという雑食系男子に分かれていた。
今回のように誘われることは今までもあったのだが、誠は元々奥手なタイプだったのと、恭子も気づかない催眠の欠陥があり、なかなか靡(なび)きにくい状態にあった。
「皆さん、ダメです! マコトさんは私とお祭りに行く約束をしてるんです!」
そう言い、誠と腕を組むようなポーズを取る真里。
誠は困ったような顔をしながらも、真里と先約があったことを男性陣に話し、丁重にお断りした。
そんな真里の様子を、恭子は鋭く見つめていた。
「ねぇ、直美」
「なぁに? キョウちゃん♥」
身体を擦り付けて甘える仕草をする直美。
「あなた、真里ちゃんと高校時代からの友達なのよね?
あの子よくマコちゃんとくっついてるけど、男にしか興味ないってこと、知ってるのかしら?」
「うん、知ってると思うよー。でもね、真里ちゃんレズだから、それでマコちゃんのこと好きになったんじゃない?」
「えっ!? そうなの?」
「うん、高校の時に、女の子同士のエッチな漫画読んでて、そういうの好きって言ってたよ」
「人は見かけによらないわね……」
これは直美の大きな勘違いだった。
高校の時、真里が誤って直美にGL本を渡してしまったことから、直美は真里のことを同性愛者と見なすようになっていたのだ。
(まさか真里ちゃんがレズビアンだったなんて……。でもマコちゃんは実際、男よね? 女の見た目だから良いのかしら? でもマコちゃんは、男にしか興味がない訳だし、女の真里ちゃんではチャンスはないわよね……)
ジュースの入りのコップに口をつけながら考え込む恭子。
真里のこれまでの態度を見て、女に興味のない男性をわざわざターゲットにするなんて、なんとも変わった女性だなという印象を持っていた。
※※※
夕方になり、パーティーの閉会を告げる恭子。
今日はこのまま解散ということで、メンバーはそれぞれ、お祭りに出掛ける者、バイトに行く者、家に帰る者と、散り散りになっていった。
誠が真里に声をかける。
「ねぇ、真里さん。せっかくのお祭りだし、恭子さんに浴衣借りてこようかと思うんだけど良いかな?」
「もちろん、良いですよ。じゃあ私も一旦家に帰って浴衣に着替えてきますね」
真里はすぐ近くの自宅へと戻り、浴衣に着替えることにした。
※※※
時刻は午後六時、徐々に辺りも薄暗くなってきていた。
待ち合わせ場所で誠を待つ真里。
「お待たせー♪」
誠の可愛らしい声がして振り向く。
そこには長く伸ばした髪を綺麗に結び付け、可憐な髪飾りを射し込んだ誠がいた。
高級そうな繊維を使った浴衣、鮮やかな模様の帯。
元々白い肌にほんのりと薄化粧を施し、朱のシャドウを薄く入れた姿はまるで天女を思わせる幻想的な美しさを放っていた。
____ドキンッ!
その姿を見て、真里は思わず胸を打たれてしまう。
今の誠には男性的な魅力はあまり感じられない。にも関わらず、誠が近づくにつれて心臓の鼓動が高くなっていくのだ。
(ウソ……ドキドキする……どうして?)
自分の今の心境に戸惑いを見せる真里。
坊主憎ければ袈裟まで憎いという諺(ことわざ)があるが、真里の中では、この諺とは反対の現象が起きていた。
すなわち、誠が好きであれば女装姿でも良いと思えるようになってきていたのだ。
元々GL物の同人誌や、お気に入りのキャラクターのテトが女装する姿を見ても良いと思える真里である。
毎日接してきていて、誠の女装姿を見慣れてきていたのもあるが、本格的にお色直しをした誠を見て、思わず良いと思ってしまったのだ。
「どうしたの? 真里さん」
いつもとは違う様子の彼女に誠は不思議そうに尋ねた。
誠の声に気づき、真里が返事をしようとしたところ……
「私の選んだコーデはどうかしら? 真里ちゃん」
恭子の声が聞こえ視線をずらす。
ちょうど誠が歩いてきた方向から、恭子と直美が揃って近寄ってくるのが見えた。
「え、えぇ……あまりにもマコトさんが綺麗だったもので見とれてました」
「ありがと、マコちゃん元男だから自分の浴衣持ってなくて、ちょうど余ってるのがあったから貸してあげたのよ」
そう言い、恭子は真里の頬に手を添えると言葉を続けた。
「綺麗な肌……真里ちゃんも元の素材は良いんだから、磨けばもっと綺麗になれるわよ。今度一緒に買い物に行って、全身コーディネートしてみるのはどうかしら?」
真里は喪女の期間が長かったこともあり、
メイクやコーデの技術は一般的な女性に比べると劣っていた。
最近はようやくマシになって来てはいたものの、
雑誌を読んでも感覚的に分かりづらいと感じることが多かった。
「良いんですか? 恭子さんに教えていただけるなんて夢のようです!」
ファッションデザイナーの卵である恭子が自分の服を選んでくれるというのだ。真里にとっては願ってもない、申し入れだった。
「じゃあ、今度予定が空いたら一緒に行きましょうね。真里ちゃん」
微笑み、真里の頬からスーっと指を引っ込める。
恭子は「じゃあ、直美とデートに行ってくるわね」と言い、直美の方へと歩み寄っていった。
(直美の言った通り、真里ちゃんはやはりレズなのかもしれないわね。マコちゃんの浴衣姿を見て、あんな反応するなんて、普通の女の子ならあり得ないことだわ……)
真里が高校時代から誠を好きだったことを知らない恭子は、そのまま真里をレズビアンだと信じ込んでしまった。
※※※
「それじゃあ行こっか、真里さん」
そう言い真里を呼ぶ誠。
微笑んで名前を呼ばれるだけでも、真里はキュンと胸を締め付けられる思いだった。
(誠くん、髪飾りと浴衣、ホントよく似合うなぁ……
私が男だったら、絶対恋に落ちてるよ。いや、既に恋してるんだけどさ。
今回は女の誠くんにって意味で……)
真里は先日の男装姿の誠も良いが、こういう姿の誠もなかなか良いなと思い始めていた。
(いやいや、ダメダメダメ……
誠くんのホモを直そうとしてるのに、私がレズになってどうするの?
私はあくまで男の誠くんが好きなのっ!)
自分の中に湧き上がる思いに自重を促す真里。
「今日は何だか元気ないけど大丈夫? 真里さん」
心配する誠の声に気付き、パッと前を見る。
誠は立ち止まっていたのだが、考え事をしながら歩いていた真里は気づかず、
誠にぶつかりそうな位置まで近づいてしまっていた。
すれすれで立ち止まり顔を上げると、誠の顔が自分のすぐ目の前にあることに気づく。あと少しで唇と唇が触れてしまいそうな距離だ……
ドキンッ♥
「ふぇえ!? な……ななな、何でもないです!
ただちょっと考え事をしていただけです! 真里は今日も元気です!」
顔を赤らめ、慌てて後退る真里。
急な心臓の揺らめきに、思わず胸に手を添えてしまう。
「そっか、それなら良かった」
誠の顔を近距離で見せつけられた真里はドキドキが止まらなかった。
(ヤバイ……浴衣姿の誠くんヤバイ……
このままじゃ本当に百合の世界に招待されちゃうよ……あぶない、あぶない……)
誠は真里のことを、気にかけながら歩いていた。
何でもないとは言いつつも、今日の真里はどこか上の空なのだ。
「真里さん、この先階段だから気を付けてね」
「はい」
と返事はするものの、真里はどこか朧気な表情だ。
誠はもしもの時のために、真里より少し先に階段を降りることにした。
数秒経って、真里が階段に差し掛かる。
ガクンッ
(えっ……‼)
急に身体が落ちる感覚に対応できず、真里はバランスを崩してしまった。
「危ないッ!」
前のめりになる真里の身体を、誠は全身で受け止めた。
二人の身体が密着する。
誠は真里がこれ以上変な方向に倒れないようにギュッと抱きしめた。
「………………」
「…………あっ、す、すみませ……」
そこで真里は気づいた。
自分が誠に抱きしめられているという事実に。
恭子から香水を付けて貰ったのか、誠の浴衣からはほんのりと良い匂いがする。
男性にしては少し華奢な身体つき、思い込みのせいか女性特有の胸の柔らかささえ感じてしまうようだ。
そして極めつけは真里が大好きな誠の表情……
ドキドキドキドキドキドキドキドキ……
(あ……あひぃぃぃ!? ひゃあぁぁぁぁぁ!
ダメぇぇぇぇぇぇぇ!! レズになっちゃうぅぅぅぅぅぅ!!!)
男女のおかしな百合展開に真里のノーマルの壁には、徐々にヒビが入ろうとしていた。
「真里さん、今日はやっぱり調子が悪いみたいだね。危ないから手をつないで歩こう」
心配した誠は、そう言い真里の手を握る。
(ま……誠くんが、私の手を……!)
男性特有の形ではあるが、白粉(おしろい)を付けているのか、誠の手は女性のように白くサラサラしていた。
決して調子は悪い訳ではないのだが、そのまま手をつないでいたかったので、素直にこの流れに身を任せることにした。
「は……はい、すみません……
ちょっと調子悪いみたいで……お言葉に甘えちゃいます……」
真里は手をつないだまま、誠に寄り添った。
※※※
空はすっかり暗くなり、
提灯(ちょうちん)や屋台の灯りがお祭りの雰囲気をより一層盛り上げていった。
屋台の中心地を進み護国神社を目指す二人。
身体を寄り添いながら歩く様は、仲の良い友達同士というよりも、レズビアンカップルという表現が合いそうな印象だ。
しかし今の真里には、人からどう思われるかよりも、誠とこうして歩けることの方がずっと大事だった。
(そうだよ。私は男とか女とか関係なしに、誠くんという性別が好きなだけなんだ。
だからこれは百合ではない。んんー! 我ながら名案かも?)
少し言い訳くさくはあるが、ノーマルのままでいたいという真里の防衛本能が働いたのだろう。
そのおかげで、先程よりもずっと冷静に誠に対応できるようになっていた。
二人は護国神社の鳥居を抜け、参列者の列に加わった。
順番が回ってきてお賽銭を入れる。
チャリーン♪
コトン……ポトッ
ガランガランガランガランガラン……
パンパンッ!
手を叩き二回お辞儀をする。
(もっと女の子らしくなって、早く彼氏ができますように)
(誠くんが男の子に戻って、私の彼氏になってくれますように)
決して同時に叶えることができない二人の願い事。
これには、さすがの神様も困惑気味だ。
お参りを終えると、二人はそのまま屋台巡りを始めた。
花火の打ち上げ時間が迫っていたこともあり、
急いでお好み焼きとラムネを買うと、○×川の畔まで進んだ。
しかし、どこも人だかりでいっぱいで座れる場所はない。
「真里さん、ちょっとここよりは見晴らしは、悪くなるけど、公園の方に行ってみるのはどうかな?」
「私はどこでも大丈夫です。お任せします」
真里は誠と一緒なら本当にどこでも良かった。
こうして腕を組んで歩いているだけでも十分幸せなのだから……
※※※
公園に到着する二人。
人の姿はポツポツと見えるものの、その数は疎らだった。
空いているベンチを発見した二人はそこに座ることにした。
ラムネの栓を開け、お好み焼きを食べ始める二人。
パンッ! パンッ!と音を立てて、七色に輝く花火が空に舞い上がった。
「あっ、始まったね」
ドーーーーーーーーーーン!
少し間を置いて、空を覆うような大きな花火が展開する。
「わぁ、綺麗ー♪」
ヒューーン……パラパラパラパラ……
その後も、大小様々な花火が人々の目を魅了していった。
「たーまやー」
「たーまやー」
フフフと笑い合う二人。
そうしてお好み焼きを食べながら優雅に浮かぶ花火の美しさに見とれていた。
〇✖市の納涼祭は、毎年数万発もの花火が打ち上げられる。
祭りの最中は、常に何かしらの花火が空に浮かんでいる状態だ。
お好み焼きを食べ終わると、誠が真里に身体の調子を尋ねてきた。
「真里さん、身体の調子は大丈夫?」
真里はそれを聞かれて少し迷った。
ここで元気になったと言えば、もう手をつなげなくなってしまうかもしれない。
誠には悪いとは思ったが、真里はまだ調子が悪いままでいることにした。
「えっと……まだちょっと調子悪いかもしれません……」
「そっか、じゃあ少し横になって。私の太ももを枕にして良いよ」
(!!!)
真里はそれを聞いて驚いたが、チャンスとばかりに甘えることにした。
ベンチの上に身体を預け、誠の太ももに頭を乗せる。
ヒューーン……バーーン‼
「今度のは大きいねー」
「そうですね。すごい綺麗です」
(はぁ……すごい幸せ……
まさかあの誠くんとこんな風に花火を見れるなんて……)
関係は望んでいたものと少し違うが、それでもこのように誠とお祭りを満喫できて、真里は十分幸せだった。
「あの……」
「んっ?」
「また来年もこうして一緒に花火見てくれますか?」
誠は慈愛に満ちた表情を浮かべながら
「もちろん良いよ。来年も一緒に見ようね」と、答えた。
そんな誠の姿を見つめながら、来年こそは男性の姿の誠と……と思う真里なのであった。
った。