「それでは、今期うちのサークルに入会した新入生を紹介します。
まずは私と同じ高校で一年後輩の一ノ瀬真里さん」
「はい! 高校では漫画研究部に所属していました。皆さん、よろしくお願いします!」
サークルのリーダー恭子の進行で、新入生の紹介が行われる。
今期、恭子のサークルには、真里を含めて総勢50名ほどの入会希望者がいた。
前期15名ほどで活動していたサークルとしては、異例の大躍進である
新入生の紹介は坦々と続けられていき、その後サークルの説明が行われ、
最後にアンケート用紙が配られることとなった。
アンケートの内容は、裁縫やデザインなどの適性をチェックするものであった。
(イラストレーターとフォトショップは丸っと、裁縫はダメだな……パワーポイントやエクセルもあるのか……ってなんで手品まであるの……?)
なんだかよく分からない項目もあったものの、
真里は手芸関係のものが苦手だったので、その分デザイン関連のものに多くチェック入れていった。
その日はそのままアンケート用紙の回収で活動を終えた。
次の日……
真里は、恭子からホームページ制作の依頼を受けていた。
現在もLilyのホームページはあるのだが、デザインはテンプレートのものを使用しており、
恭子は以前からカスマイズしやすい独自のホームページを持ちたいと考えていた。
しかし、恭子は服飾デザインがメインで、ホームページ制作の知識はなく、またサークルを管理していく立場だったため、時間を取ることができなかった。
そこでデザインの適性が高いと思われる真里に声がかかったのだ。
真里は恭子の話を聞き、快く引き受けることにした。
元々デザインが好きだったのもあるが、誠がプログラミングを担当すると聞いて、居ても立っても居られなくなったのだ。
ホームページを作る上でデザイナーとプログラマーは、特に連携が必要とされる。
たった1つのバナーを作るだけでも、どこにどんな形のバナーをどのように表示して、どこに飛ばすか、そういったことを話し合う必要があった。
すなわち、真里がデザイン担当をすることになれば、自然と誠との繋がりが強くなるというわけだ。
こんな美味しい役割を、他の人に譲る訳にはいかない。
そんな理由で、真里は喜んで恭子の依頼を引き受けたというわけだ。
※※※
六月、連日雨が降り続き鬱蒼とした天気が続いていた。
そんな中、真里は部室で誠と二人きりで、ホームページの構築作業を行っていた。
真里はデザインソフトの使い方についてはある程度知っていたが、このように本格的にデザインを行うのは、これが初めてだった。
慣れない作業の連続であったが、誠と一緒にいられる嬉しさから、特に苦しいとは感じなかった。
「真里さん、そろそろお昼だし休憩しよっか?」
「はい!」
真里を食事に誘う誠。
昼食はいつも大学校内にある学生食堂を使っていた。
食券を購入し、真里はサンドウィッチ定食、誠はざる蕎麦定食を受け取り、同じテーブルに着いた。
「マコトさん、今日はお蕎麦ですか?」
「うん、ちょっと最近少し太ってきちゃったから、ダイエット中なんだ」
「え~今でもマコトさん、十分スタイルいいのに~」
そう取り留めのない話をしていた二人であったが、途中で真里が話題を切り替えた。
「ところでなんですが……今度の休日、マコトさん空いてますか?」
「空いてるけど、どうしたの?」
「えっと、またこの前みたいに、一緒にどこか行きたいなぁって……」
「そっか、私で良ければ喜んで付き合うよ」
誠は真里の誘いに快く応じてくれた。
「ホントですか~♪ 嬉しいです! じゃあ今度の休日楽しみにしてます!」
また誠と遊べる。
それだけで、真里は大喜びだった。
※※※
そして次の日曜日……
連日続いた雨も収まり、この日は真っ白な入道雲がモクモクと沸き立ち、町全体に気持ちの良い日の光が当たって、まさに観光日和といったお天気であった。
「あっ、いたいた。真里さん、お待たせ~」
待ち合わせ場所で合流する二人。
この日の誠は、大人しめの服装で、どちらかというと清楚系の女子といった雰囲気だった。
(はぁ……誠くん、男なのに相変わらず綺麗だな……)
真里は改めて見る誠の女装姿に心の中でため息をついていた。
(それに比べて私は……)
真里は喪女だった頃と比べて、ファッション誌などを読むようになってはいたが、まだどういったものが自分に合うのか、よくわかっていない部分があった。
窓ガラスに映った自分と誠の姿を見比べてみる……
明らかに誠の方が女の子らしく、男性受けする服装だ。
女よりも女らしい誠に、真里はなんだか負けたような気がした。
そうしてしばらく街を散策していると、爽やかイケメンタイプの男性二人に声をかけられる。
「ねぇ、君達ちょっといい?」
清潔感のある服装。
爽やかな笑顔で近寄る二人に、そこまで不快さを感じなかった誠と真里は、立ち止まって話を聞くことにした。
「実は友達二人と待ち合わせしてたんだけど、ドタキャンされちゃってさ……良かったらこれから一緒に遊びにいかない?」
そう言いにっこりと微笑むイケメンだったが、その目線は誠の方だけを向いていた。
たしかに真里の方も見るのだが、視線を合わせている時間が段違いで、狙いが誠であることは明らかだった。
(ま……負けた……)
真里はショックだった。
自分よりも女装している誠の方が、男性に魅力的だと思われている……
男に女として負けることが、こんなにも辛くて悔しいことだとは……
だが、しかし……
真里のその後の反応は、一般的な女子のものとは、大きくかけ離れていた。
(くっ………くやしいっ………くやしいっ………
でぇ……でもぉぉぉぉ……あ……あの誠くんが…… イケメン二人にナンパされてぇぇ……
それが……すっごく、いいいいいぃぃぃ!!!!)
真里の目には誠とイケメン二人の周りに、薔薇の花束が咲き乱れているように見えていた。
(あっあっ……もっと……もっと近づいて……
ぁっ………そぅ………そうそぅ………いぃ感じ………はぁはぁ……んんっ!………ふぅ……
あーヤバイヤバイ!!……あのイケメン、誠くんに色目使ってるぅ……あっ!……ふうぅぅぅぅ……)
誠がナンパされている姿を見ているだけで、普段からBLオナニーを嗜んでいる真里は、興奮して股間を熱くさせてしまっていた。
もし人目を憚らなくても良いのなら、この場でショーツを脱いで、その光景を見ながらオナニーを始めてしまっていたところだろう。
真里にとって、現実世界の誠のBLは、この上ない最上級のオカズであったのだ。
「ごめんなさい、お誘いすごく嬉しいんですけど……
私たちこれから行かなくちゃいけないところがあるんです……」
相手がどんな人物だかわからない以上、安易に誘いに乗るべきではない。
そう考え、誠は丁重にお断りすることにした。
(えっ!? 断っちゃうの?
あぁ……でもきっとここから強引に誠くんのことを誘っていく流れになるのかも……
うふ……うふふふふふ……はぁはぁはぁはぁ………
「どこに行こうと言うんだい? それなら僕たちも一緒についていくよ」
「あぁ……ダメです……ごめんなさい……私、こう見えても男なんです……」
「こんなにカワイイ子が女の子なわけがないじゃないか……最初から分かってて声をかけたのさ……」
「えぇっ!? そうなんですか?」
「そうだよ……さぁ……僕たちと一緒に行こう……」
ブッー!! フフフフフフ……やばい……鼻血出そう…………)
鼻の奥が熱くなるのを感じた真里は、顔を空に向けて気を静めることにした。
「そっかー残念だな。行くところがあるんなら仕方ないね。もしまたどこかで会ったら、今度は一緒に遊んでよ。じゃあね~♪」
真里の豊かな妄想も空しく、イケメン二人はあっさりと引き下がってしまった。
女にそこまで餓えてはいないのだろう、帰り際もスマートなイケメンであった。
(えぇ……帰っちゃうの? そ、そんなぁ~……もっと見ていたかったのにぃ……)
若干の寂しさを感じつつ、BLに飢えた腐女子は、立ち去る二人の背中を見つめていた。
※※※
イケメン二人を断った誠と真里は、そのままパスタが美味しいと評判のお店に来ていた。
テーブルに着き、オーダーを取り終えると、真里が口を開いた。
「そういえばマコトさん、前に男の人が好きって言ってましたけど、どういうタイプが好きなんですか?」
あれほどのイケメンをいとも簡単に断ってしまう誠を見て、一体どんなタイプの男性だったら、靡(なび)くのだろうと真里は考えていた。
「うーん……それが、よく分からないんだよね」
「へっ? よくわからない?」
「自分がどういう男性が好きなのか……なんだか考えられなくって……」
真里は、誠の返事を聞いて不思議に思った。
(男が好きなのに、好きなタイプの男性がいないってどういうことなんだろう……?
普通、先に好きなタイプがいて、それが元で男性に興味を持つものなんじゃないの……?)
全く意味がわからないといった様子の真里。
だが、それは当然のことであった。
誠は、恭子から男性を好きになるよう暗示を掛けられてはいるものの、明確にどんなタイプの男性が好きなのかまでは決められていなかった。
実はそれこそが誠がこれまでに彼氏ができない理由でもあった。
大学に入って1年以上が経つが、誠が男性から告白されること自体は数え切れないほどあった。
しかし誠は常に受け身で、自分から積極的に男性と付き合おうとはせず……
いや、正確に言うと、元々ノンケの誠はタイプとする男性がおらず、積極的になれなかったのだ。
恭子からかけられた暗示は、男性器の逞しい男性を好きになるというものであったが、もちろん性器を露出して生活している者など、どこにもいない。
元々淫乱な性格ではない誠は、身体で男を選ぶようなことはしなかった。
その結果、貞淑な女性のように自らの貞操を守り続けることになったのだ。
男性に対して肉体的な興味を持つようにしか暗示をかけられていない誠が、精神的に男性を好きになることなど初めから無理だったのだ。
恭子はそのことに気づいておらず、また気づいたとしても、元々男に一切興味のない女性である。
どんなタイプの男性が好みかなのか、決めることはできなかったであろう。
そんな裏事情があることなど、真里が知る由もない
真里は誠の矛盾した発言を不思議に思いながらも、店員が持ってきたパスタを口にした。
※※※
夜が近づき、徐々に辺りも暗くなる。
街中の灯りがピカピカと輝き、夜のイルミネーションへと姿を変えていく。
真里は仲が良い女友達といった感じで誠に身体を寄せながら歩いていた。
誠は、少し距離が近いと思いつつも、真里の好きなようにさせている。
不自然なほど、距離を近づける真里。
真里のそういった行動には、きちんと意図があった。
(こうして、男女の恋人同士みたいに振る舞ったら、誠くんもそのうち男性よりも女性の方が良いって感じてくれるようになるかな……?)
BLはたしかに大好物ではあったが、現実と妄想の区別はついている。
真里の本来の目的は誠をノンケに戻し、ゆくゆくは付き合い結婚することだ。
そのためにも、こうした恋人同士のようなシチュエーションを増やして、女性と付き合う気持ちを感じて貰おうとしていたのだ。
そうして歩いていると、デパートのショーウィンドウに飾られている男性向けの服が目に入った。
(あっ、この服かっこいいな……)
一目見て、真里はその服が気に入り、誠の方を見た。
(……もし、誠くんがこの服を着たら、すごい似合うだろうな……)
じっと見つめる真里の視線に気がつき、誠が声を掛ける。
「どうしたの? 真里さん」
「あっ、えーっと、ちょっとこのお店が気になったもので……中見ていきませんか?」
「このお店? おしゃれなお店だね。もちろん良いよ」
二人はデパートの入り口から、立ち並ぶブランド品売り場を抜けて、先ほどの展示品のお店へと入っていった。
「いらっしゃいませ」
その店の女性店員が挨拶をする。
二人は軽く会釈をすると、ひとまず女性服コーナーを見て回ることにした。
(あの服を着てもらいたいけど、先にこっちの服を見た方が良いよね……)
真里の本当の狙いは先程の服を誠に試着して貰うことだったが、一直線にその服を手に取りお願いしたら、何だか断られそうな気がしていた。
「真里さん、この服可愛いよ。見てみて!」
本物の女の子のように微笑み服を見せてくる誠。
そんな誠の姿を見ていると、本当に女友達と服を品定めしているような気分になってしまう。
真里は高校の時の誠と今の誠、どちらが本当なのだろうと思ってしまった。
「ホントだ。可愛いー♪
どちらかというと綺麗系の服って感じがしますね。ちょっと試着してみませんか?」
「でもここ結構高そうなお店だけど、大丈夫かな?」
「試着するだけですから大丈夫ですよ。マコトさんがその服着る姿、見てみたいです!」
先程の店員が二人の様子に気付きフォローを始める。
「試着室はこちらにございます。どうぞご自由にご試着ください」
店員に案内され、試着室に入る誠。
そして数分が経ち、カーテンレールが開かれた。
「うわぁ……」
「素晴らしい……」
思わず真里と店員が感嘆の声をあげる。
先程まで清楚系の可愛い服を着ていた誠だったが、こうして綺麗系の服に着替えると、より一層、誠の美が引き立つようだった。
「本当にお似合いです、お客様。
スタイルも良いですし、当店のモデルにも負けず劣らない美しさですよ」
店員がお世辞ではない本当の賛美を誠へと送る。
まさか今、目の前にいる女性が男性だとは思いもしないだろう。
「マコトさん、何着ても本当に似合いますね」
店員に続き真里も誠のことを誉める。
二人に誉められて、誠はとても嬉しそうにしている。
「あ、そうだ。マコトさん。ちょっと着て欲しいものがあるのですが、良いですか?」
「着て欲しいもの?」
「はい! マコトさん何着ても似合いそうだから、色々試したくなっちゃって……」
「うん、良いよー♪ 何でも着てあげる」
気分を良くした誠は、真里の提案を快く受けることにした。
「では、ここで待っていてください」
真里はそういうと、店員を連れて先程のショーウィンドウへと移動した。
「すみません、これをお願いできますか?」
「えっ? お客様……こちらは男性用になりますが……」
店員が困ったような反応をする。
「お願いします。これをあの人に着て貰いたいんです」
「かしこまりました。すぐに御用意いたします……」
真里が本気だと分かり、店員は渋々承知した。
※※※
「マコトさん、お待たせしました。これを着てもらえますか?」
「えっ? これって……」
「男装したマコトさんの姿、見てみたくなっちゃって……
ちょっとで良いので、コスプレすると思って着てもらえませんか?」
「んー……さっき何でも着てあげるって言っちゃったしね……いいよ」
「やった!」
誠はあまり乗り気ではなかったが、しょうがないといった様子で試着室へと戻っていった。
「お待たせー」
試着室のカーテンを引いて姿を見せる誠。
(!!!)
そこには薄化粧をしてはいるが、まるで一流のモデルのようにキリッとした出で立ちの誠の姿があった。
(何これ………カッコ良すぎるよ………それと何だか………懐かしい………)
真里はいつか見た雨の日の誠の姿を思い出していた。
そして久しぶりに見た、誠の男性姿に思わず涙腺が潤んでしまっていた。
※※※
「マコトさん、今日は本当に楽しかったです。あと無理言って男装させてしまってすみません」
「ううん、別にいいよ。
私も男の人の服着るの久しぶりで楽しかったし、真里さんが普段の疲れをリフレッシュできたなら良かった。もしまた遊びに行きたかったらいつでも誘ってね」
「はい! もちろんです!」
そうして、駅前に到着した二人はお別れをした。
※※※
帰宅した真里はベッドに座ると、バッグの中から高級そうなビニール袋を取り出していた。
ビニール袋には先ほどのブランドのロゴが印刷されている。
そして、その袋から一着の服を取り出すと、鼻を押し付けスゥっと息を吸った。
(はぁ……誠くんの匂いがする……)
服に取り付けられた3万円の値札、真里にとって、それはとても高価な買い物であった。
(いつか……誠くんにもう一度この服を着てもらえたらいいなぁ……)
雨の日の誠を思い出させてくれた服。
真里はどうしてもその姿が忘れられなくて、誠が他の服の試着をしている間にこっそりと購入していたのだ。
真里はもう一度誠の匂いを嗅ぐと、それをビニール袋に戻し、洋服ダンスの中に大切に閉まった。