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霧の寝台

ガチ×ノンケ専門の官能小説 主なジャンル:GL BL NTR 催眠 調教 監禁 男の娘 女装

Part.121 【 直美の年越し 】

「あーと、ちょーっと、寝ーるーとー♪
おーしょーおーがーつーー♪」

カンカンカン♪

大晦日、実家に帰省した直美は、
弟のユウとお正月の歌を歌い、
箸でそばつゆの器をカンカン叩いていた。

向かい側では、父が茶を飲みながら紅白を見ている。
のんびりとした性格なのだろう。
子供達がうるさくしていても、気にしている様子はない。

こたつの上には、年越し蕎麦が六つ置かれてあり、
隣の台所では、母が薬味を用意しているところであった。


「直美ーお蕎麦できたから、おじいちゃん達、呼んできて」

「はーい、いこか? ユウくん」

「うんっ!」


母に言われ、客室へと向かう。

直美の祖父母は、
年越しを子供達と過ごすため、直美の家に来ていた。


「いっくよー! ユウくん、そりゃー!」

「そりゃーーー!!」


ドタドタドタドタ!!

小走りする音が、けたたましく廊下に鳴り響く。
移動するだけなのに、なんとも騒がしい二人だ。

ドタドタドタドタ!!ガチャッ!


「お爺ちゃん、お婆ちゃん、お蕎麦できたってー!」

「そうかそうか、じゃあいこうかのぉ婆さん」


すっと祖父母が立ち上がる。
体幹がしっかりしているのか、年を感じさせない動きである。


「おぉ、そうじゃ、直美とユウに渡すものがあったんじゃ」


祖父は思い出したように紙袋を取り出すと、二人に差し出した。


「ほれ、少し早いけどワシとお婆ちゃんからお年玉じゃよ」

「やったー!」

「ありがとーお爺ちゃん、お婆ちゃん♪」


可愛らしいウサギが描かれたお年玉袋。
受け取った二人は、どちらも満面の笑みであった。
そうして喜ぶ直美に、祖父から一言。


「直美よ、年が明けたら、お爺ちゃん家に来んか?
また護身術を教えてやるぞい」

「うーん、どうしよう?」


直美はその時、恭子を狙うストーカーのことを思い出した。
あれから恭子は、タクシーを使うようになったため、ストーカーの話は聞かなかったが、直美はそれでも心配だった。


(キョウちゃんも誘ってみようかな?
いざって時、身を守れた方が良いよね?
忙しいから、来れるかわからないけど……)

「キョウちゃんも誘っていい?
最近ストーカーに悩まされてるんだ」

「なんと……それは大変じゃの。
よろしい、その子も連れてきなさい」

「ありがとーおじいちゃん♪」


直美の祖父、藤崎玄流斎(ふじさきげんりゅうさい)は、
隣県の山里で道場を開いていた。

歴史の深い、由緒ある道場で、かの剣豪、宮元武蔵も訪れたことがあると言われているそうな……。
直美の合気道も、そんな祖父譲りなのであった。


※※※


次の日の朝、
直美とユウは近所のお寺で初詣をしていた。
屋台を巡りながら本堂に進む二人であったが、
祖父母は宗派が違うという理由で来ていなかった。


(キョウちゃんがいたら、もっと楽しかったろうなぁ……)


去年は恭子とユウの3人でお参りしたが、
恭子は小早川から受注された服の納品のため、
地元には帰っていなかった。

直美も恭子が忙しいのを理解していたので、
強く誘わなかったが、寂しいものは寂しかった。

直美は帰る途中、少し遠回りであったが、
恭子の家の前を通って帰ることにした。


「おねーちゃん、どこに行くのー?」

「キョウちゃん家だよ」

「えっ? キョウちゃん帰ってきてるの?
なんでお参り一緒に行かなかったのぉ?」

「帰ってきてないよ。懐かしいから行きたいだけ」

「そっかー」


楽しい思い出が詰まった恭子の家。
中には入れないが、観光がてらに立ち寄ることにした。

そうして家の前に着くと、門を抜けた先に人影を見つけた。

栗色の髪を靡かせるスレンダーな女性。
手元には大きなトランクを持っている。
彼女は玄関の周りをキョロキョロと見回していた。


(まさか泥棒!?)


泥棒であれば、黙って見過ごすわけにはいかない。

直美は、ユウに待つように言うと、
ソロソロと彼女に近付いていった。

女性は庭にある植木鉢の一つに目を付け、その裏側を探っていた。


「あーあったあった」


植木鉢の裏から鍵を見つけ、ドアを開けようとする。
直美はそこで声をかけた。


「何してるんですか?」


声をかけられ女性が振り向く。
彼女は初め、直美を見て驚いたが、そこまで警戒する人物でないとすぐに感じ、冷静に返してきた。


「あなたは?」

「あたしはこの家の住民の友達です。あなたこそ誰ですか?」

「もしかして、直美ちゃん?」

「へっ? なんで知ってるの?」


突如名前を言い当てられ、直美は驚いた。
女性は直美の反応に安心すると、続けて言った。


「やっぱり直美ちゃんだったのね。
恭子から話は聞いてるわ。ルームシェアしてるのよね?」

「キョウちゃんのことも知ってるの?」

「えぇ、知ってるわ。だって恭子は私の娘だもの」

「お母さんっ!?」


初めて会う恭子の母に、直美はびっくり仰天。

彼女は世界でも有名な服飾ブランド【レイン】の創始者
〖甘髪 杏里(アンリ)〗であった。
元の名前は、アンリー・ヘップバーンという。

ペルギーで生まれ、十代後半で、
恭子の父〖龍之介(りゅうのすけ)〗と結ばれ、今に至る。

そのうち恭子と結婚することにでもなれば、直美の義理の母となる人物だ。さすがの直美も畏まった。


「初めまして……」

「そんな畏まらないで。あ、そうだ。お土産にココナッツミルクプリンがあるんだけど、食べていかない? 恭子のこと、色々お聞きしたいわ」

「プリン!? 食べまーす♪
あ……弟もいるんですが、良いですか?」

「もちろん良いわよ。門のところにいる子ね」

「はいっ! ユウくーん、プリン食べれるよー! こっちおいでー!」

「わーい♪ プリン♪ プリン♪」


犬みたいに大喜びで走り寄ってくる直美の弟。
杏里は玄関の扉を開けると、笑顔で二人を招き入れた。


※※※


「キョウちゃんのお部屋、良い匂いだねー」

「そうでしょー。前はもっと良い匂いだったよ」


杏里が、紅茶を淹れている間、
直美とユウは、恭子の部屋にいた。

初めはリビングに通されたのだが、
直美が久しぶりに恭子の部屋を見たいと言ったため、
そちらに案内されていた。

杏里にとって、直美は初対面の人物ではあったが、
恭子からの評判が良かったのだろう。
何も疑うことなく部屋に通したのだった。


「あー懐かしいなー、
昔はここでよく催眠かけられて遊んだっけ」


シーツだけが掛けられたベッド。
初めて恭子と経験した時の記憶が甦る。

背伸びをしてベッドに背を預けると、
部屋の雰囲気、匂いから、
恭子に包まれているような気持ちになった。

コンコン

ノックされ、弟のユウがドアを開ける。


「おまたせ、プリンと紅茶よ」


杏里がお盆にプリンと紅茶を乗せて現れた。


「ありがとうございます!」


テーブルにプリンと紅茶を置き、
直美の向かいの座布団に座る。

杏里は、直美に恭子との生活について聞くつもりであった。大学でのこと、大企業の社長と取引していること、
そして恭子と直美の関係についても。

直美とユウが、ニコニコとプリンを食べ始めたのを確認し、杏里は口を開く。


「ところで恭子の……」


トゥルルルル……トゥルルルル……。

そこで杏里の携帯が鳴る。
彼女は一言添えて部屋を出ると、廊下で話し始めた。

残された直美とユウは、
ココナッツプリンの美味しさに終始笑顔であった。

それから五分ほど経過したが、杏里は戻って来なかった。
何やら緊急の案件らしく、すぐには戻ってこれないようだ。


「お姉ちゃん、トイレいきたいんだけど」

「わかった。じゃあトイレお借りしよっか」


ユウを連れて廊下に出た直美は、
杏里に断りを入れて、トイレへと向かった。

ユウを置いて部屋に戻ると、
直美はふと気になるノートを見つけた。


「なんだろこれ?
催眠って書いてある。キョウちゃんの字だ」


恭子の机の棚に分厚いノートが置かれている。
周りの英語や数学などのノートと比べると、
明らかに手の付け方が違う。それほど使い古したノートであった。


「催眠の記録……あっ! もしかして!」


タイトルから察するに、
これはおそらく恭子の催眠の記録を綴ったものだ。

直美の好奇心が沸々と湧き起こる。

直美は悪いと思いつつも、
恭子の書き記した催眠の記録を読むことにした。

―――――――――――――――――――――――――――

〇月×日

初めて直美に催眠をかけた日。
私は直美の嫌いなトマトジュースを飲ませようと暗示をかけた。
最初は直美が催眠にかかった振りをしているものと思い、
いつ根を上げるか笑いを堪えて待っていたのだが、
私の予想を超えて、本当に催眠にかかってしまった直美はトマトジュースを全て飲み干してしまった。

暗示の内容:トマトジュースを好きになる。

―――――――――――――――――――――――――――

(やっぱり催眠のノートだ。キョウちゃん記録つけてたんだ。でもこの時はホントにびっくりしたなぁ、あんなに嫌いだったトマトが食べれるようになるんだもん)


直美はアルバムを見るように、読み進めていく。

恭子は実に丁寧に、催眠に関する記録を記述していた。

格式ばった形であることから、
ある程度催眠に慣れてから記録することを決めたようだ。

序盤はそこまで不穏な気持ちにさせるものは書かれていなかったのだが、読み進めていくうちに、気になる記述を見つけた。

―――――――――――――――――――――――――――

×月〇日

今日は危なかった。
直美にキスをしたくなると暗示をかけたのだが、
途中で催眠が解けてしまった。

直美は自分がどんな暗示をかけられたか、
はっきりと覚えているようだった。

冗談と捉えてくれたから良かったものの。
そうでなかったなら、嫌われていたかもしれない。

しかし成果は十分にあった。

催眠は、本人が望まない暗示を掛けると解けてしまう性質がある。また途中で目が覚めると、前後の記憶が残ってしまうようだ。

今後はこのことに気を付けていかなければならない。


暗示の内容:キスをしたくなる。
     :ピーマンを好きになる。

―――――――――――――――――――――――――――

(冗談と捉えてくれたから良かった……?
冗談じゃなかったってこと?
これだけじゃわかんないな……。
なんでこんなに慎重にかけてたんだろ?
別に解けたって問題ないのにね)


当時の恭子の本音を知らない直美は、
恭子の催眠への姿勢に疑問を抱き始めていた。


―――――――――――――――――――――――――――

×月▽日


私は自分の気持ちに正直になることにした。

直美に桐越誠への嫌悪感を持たせ,別れさせることにした。

そうすれば、彼女はずっと一緒にいてくれるようになるだろう。直美を独占したい。私だけのものにしたい。

例え、どれほど罪を被ろうと私は決して止まらない。


暗示の内容:桐越誠に嫌悪感を持たせる。
     :催眠に掛けられることが楽しくなる。
     :桐越誠よりも私と遊ぶことの方が楽しくなる。

―――――――――――――――――――――――――――


(なに……これ……)


信じられない内容に、直美は固まってしまった。

恭子が直美と誠の離別を謀っていた。

それまで自分の意志で別れを告げたと思い込んでいた直美は、強い衝撃を受けていた。


(ゴク……この先は何が書かれているんだろう……)

ガチャ

(!!)


「直美ちゃん、ごめんなさい。ゆっくりお話ししたかったんだけど、急な仕事が入っちゃって、今すぐ戻らなくちゃいけなくなったのよ」

「えっ!? あっ、はい」

「食器は洗っておくから、弟くんトイレから出たら、玄関に来て貰えるかしら? 急かしちゃってごめんなさいね」

そう言うと杏里は、お盆に使い終わった食器を乗せて、
台所へと行ってしまった。

直美も一旦はそのまま部屋を出ようと思ったが、
どうしてもノートが気になった。


(ここには、すごく重大なことが書かれているような気がする……)


直美はノートを取ると、着ているシャツの中に忍ばせた。
そして御手洗いでユウを回収して、玄関へと向かった。


「今度は◯✕の家にお邪魔するから、積もる話はその時にしましょうね」

「はい、プリンありがとうございました」

「ありがとー!」


杏里はそこからタクシーを使ってどこかへ行ってしまった。
直美は恭子の家の外観をもう一度見渡すと、ユウと手を繋ぎ自宅へと戻った。

Part.122 【 絶縁 】

ここは直美と恭子が住むマンションの一室。
トントントンと包丁がまな板に当たる音が鳴っている。

恭子は直美の帰宅に合わせて、おせち料理を作っていた。


「直美、なかなか帰ってこないわね……
電話にも出ないし、どうしたのかしら?」


予定では、もう帰ってきても良い頃だ。
直美の身に何かあったのではないだろうか?

恭子は心配し始めていた。


※※※


「あ、そうでしたか。
はい、わかりました。ありがとうございます」


ピッ……。

直美の母の話では、
直美はつい先ほど家を出たという。


(はぁ……どういうことなの?
今から出たら二時間もかかるじゃない)


まもなく夕飯時だと言うのに、
これから向かうとはどういうことなのか。

恭子は、そんな直美のルーズさに腹を立てていた。


(でも……直美がこんなことするなんて初めてね。
いつもは夕飯前には、必ず帰ってきてたのに……)


直美にとって、恭子と過ごす食事の時間は、
一日のうちで、ベスト3に入るほど好きな時間であった。

それをすっぽかすなど、考えられない話だ。

すでに直美の食事も用意してある。
おせちなので悪くなることはないだろうが、
こうして一人で待つのも、なんだか寂しい気がした。


(こうしていると、昔を思い出すようね……)


今でこそ、直美と仲睦まじい日々を過ごしているが、
かつては一人で暮らしていた。

もちろんご飯を食べるのも一人。その分凝ったものを作って、寂しさを紛らわせていたが、今思えば虚しい日々であった。


(はぁ……余計寂しくなってきちゃった。
やめよう、こんなこと考えるのは……)


お皿にラップを掛けて、暖房を切り部屋の温度を下げる。
恭子は一旦、寝室に戻ることにした。

ベッドで横になり、直美の帰りを待つ。

なぜ直美は電話に出ないのだろう?
スマホをどこかに落としてしまったのだろうか?
おっちょこちょいの直美なら、その可能性は十分あり得た。

しかし、なぜか胸騒ぎがした。
迫りくる何かが近づいてくるような嫌な予感。

恭子にはそれが何なのかわからなかった。


(もしかしたら、私が忙しいと思って、連絡を控えているのかもしれないし……悪い方に考えるのは止めておきましょ)


忙しいと言っても、すでにROSE興業への納品の目処は立っている。あとは自分があくせく働かなくとも、納品を終えられる状態だ。

ひとまず恭子は、スマホの目覚まし機能を1時間半後にセットすると眠ることにした。


※※※


セピア色の背景が広がる。
朝日がリビングのカーテンから差し込み、
一つの家族を照らしていた。

凛々しい髭を蓄えた父〖龍之介〗と、
若くて美しいペルギー人の母〖杏里〗、
そして幼き恭子が、テーブルを囲んでお雑煮を食べていた。


「旦那さま、お味の方はいかがでしょうか?」


テーブルの脇に立ち、このお雑煮を作った家政婦が言う。
長く黒い髪を三角巾でまとめ、眼鏡を掛けたツリ目の女性である。


「ふむ……悪くない。
柚子の味が効いていて、なかなか上品な感じがするな」

「お気に召していただけて光栄です」

「この熨斗の形の人参はどうされたの?」

「わたくしが彫らせていただきました。奥様」


お雑煮の餅の上に乗せられた熨斗の形をした人参。
熨斗の間には丁寧に長方形に切られた柚子の皮が差し込まれていた。


「この人参きれいだね♪」

「ありがとうございます、お嬢様。
お褒めのお言葉をいただき光栄ですわ」

「恭子も、作り方教わったらどうかしら?
こういう細工物好きよね?」

「うんっ! 細工も好きだけど、お料理も好きっ!」

「じゃあお雑煮の作り方も教えてもらうといいわ」

「お雑煮の作り方、教えてっ! ○子さんっ!」

「かしこまりました。誠心誠意を尽くし、
お嬢様にお雑煮の作り方をお伝えしますわ」

「ありがとう!」


丁寧にお辞儀をする家政婦に、恭子は微笑み礼を言った。


「料理も良いが、きちんと勉強もするんだぞ。
お前は甘髪家の一人娘なんだからな、
最低でも〇〇大学に入らなければダメだ」

「大丈夫よ、お父さん。恭子はすごく頭が良いんだから」

「素質があるのは、私の娘だから当然だ。
それをいかに伸ばすかが重要なんだ。料理を教えるからと言って、他の学問が疎かにならないよう気を付けてくれ」

「重々承知いたしております」


せっかくの楽しい家族団らんも、
龍之介の言葉で重々しい空気へと変わる。

家政婦は訓練された兵隊のように、頭を下げたまま動かない。杏里は一々説教モードに変わる龍之介を疎ましく思っていた。

しかし、恭子だけはめげずに返事をする。


「パパ、私、お料理もお勉強もどちらも頑張るから。
そしたら、私の作ったお雑煮食べてもらえる?」

「良いだろう。ひとまず次のTOPECで600点以上を取りなさい。お雑煮はそれからだ」

「うんっ! がんばるっ!」


恭子のその意気込みに、龍之介は笑いもしない。

彼はお雑煮を食べ終わると、
経済新聞を家政婦から受け取り読み始めてしまった。


※※※


ピピピピ……! ピピピピ……!

目覚ましのアラームが鳴り、恭子は目を覚ます。

ピッ……

彼女はスマホを手に取ると上半身を起こした。
床を見つめ、ひと思いに耽る。


(結局……食べてもらえなかったな)


恭子はスマホを操作し、
写真フォルダを開くと、古い写真を表示した。

そこには、恭子、龍之介、杏里の3人が
仲良く金魚掬いをする様子が写っていた。

生の写真をスキャンし、転送したものだ。

それを眺め、微笑む。

そうして気を取り直したのか、恭子は立ち上がると、
直美が来るのに備え、台所へと移動した。


※※※


それから30分後、
玄関の扉が開き、直美が帰宅する。

恭子は少しムっとした表情を作り、直美に抗議することにした。

直美のことだから、きっと慌てて謝ってくるに違いない。
遅れるなら早めに連絡すること。
それを理解させたら許すことにしよう。恭子はそう考えていた。

しかし、まだ何かがおかしかった。

直美から「ただいま」という声掛けがないのだ。
普段なら、隣の部屋に響くほど大きな声を出すはずだった。

恭子は恐る恐る玄関を確認した。
―――やはり直美で間違いない。

一瞬、ストーカーが入ってきたものと思い戦慄したが、
そこにいたのは、框(かまち)に座り靴を脱ぐ、紛れもない直美の姿であった。

出鼻をくじかれたものの、恭子は改めて抗議することにした。


「おかえり直美。遅れるなら遅れるって言ってよ!
こっちだって料理を準備する……」


直美は靴を脱ぎ終わると、恭子が言い終わりもしないうちに、無視して自室へと行ってしまった。
スリッパも履かず、いそいそと行ってしまったのだ。


(えっ!?)


恭子は驚いた。いくら機嫌が悪くとも、
直美がこんな態度を取るなど初めてのことだ。

茫然とし、その場に立ち竦(すく)む恭子であったが、
すぐに気を取り直すと、直美を追いかけることにした。

部屋を覗くと、
直美はなぜかリュックサックに荷物をまとめていた。
まるでこの家から出て行くかのように。
恭子の不安が急激に高まる。


「ちょっと直美、何してるの? なんで荷物なんかまとめて……」


直美はすでに最低限のものを詰め終えたようだった。
彼女は入り口に立つ恭子を押しのけるようにして、玄関に進み歩いた。

恭子は慌てて直美を追いかける。


「待ちなさいっ! どこに行くつもり!? ちゃんと説明してよっ!!」


直美は、玄関で靴を履き終えると、
振り返ってリュックから一冊のノートを取り出した。

そして怒りに満ちた目で睨み付け、口を開いた。


「キョウちゃん……これなんだかわかる?」


直美の手に握られたノートには、
〖催眠の記録〗という文字が書かれてあった。


(!!)


血の気が引いた。それはかつて恭子が催眠を掛けていた頃に付けていた日記だったからだ。

どうしてそれを直美が?
家には鍵が掛かっていて入れないはずなのに――

そんな恭子の心情を察したのか、直美が話し始めた。


「昨日、キョウちゃんちに行ったら、たまたまキョウちゃんのお母さんと会って、プリンを御馳走してもらったの。
そしたらキョウちゃんの部屋で、これを見つけて……」


身体が小刻みに震え出す。
恭子はあまりの恐ろしさに声が出せなくなった。


「全部……キョウちゃんがしたことだったんだね。あたしがレズになったのも、誠が女の子みたいになっちゃったのも……」


直美は目に涙を浮かべている。
身体も震えているが、こちらは怒りによる震えだ。


「あたしや誠を騙して、自分の都合の良いように性格を作り変えていただなんて……最低……。もう……顔も見たくない……」


怒りと悲しみが混じった表情で言う。

バサッ!!

直美は恭子の足元にノートを叩きつけた。


「二度と……はぁはぁ……あたしと誠の前に現れないで……サークルも辞めるから。
誠にも……ぅぅ……本当のことを話すから……うぅぅぅ……」


直美はすでに誠への愛を思い出していた。
顔を歪め、怒りを恭子にぶつける。


「直美……ご……ごめ……」

「もう追って来ないで、住む場所が決まったら連絡するから、残った荷物は全部そこに送って」


直美は気を引き締めて、それだけ伝えると、
踵(きびす)を返し、玄関の扉を開いて外に出てしまった。

扉が閉まる無情な音が廊下に響き渡る。


「…………」


直美のいなくなった玄関を見つめ、
恭子はずっと動けずにいた。

口でなんとか呼吸をする。

胸から込み上げる苦しみが喉を痛みつけていた。
涙が頬を伝い、顎から床に零れ落ちる。

そして目を閉じて、その場に座り込んだ。


「……あ……ぁ……ぁ……」


床に手をつき、声にならない叫び声を上げる。
腕を組んで、身体を丸め、頭を下げた。

肩が大きく震えた。鼻水も出てきた。
顔がぐしゃぐしゃになり、
涙が止まらなくなっているのに、それでも声は出なかった。

静かに静かに恭子は泣き続けた。

これまで溜め続けてきた気持ちが、一気に噴出した形だ。

直美を手に入れるため、二人の関係を壊してしまった。
よりを戻させないよう、誠の精神を女性化してしまった。

自己中心的な自分の行動がどこまでも恨めしかった。

悪いのは全て自分……
直美の方がずっと辛い思いをしている……。

催眠が解けても、
直美はこれから催眠の後遺症に苦しむことになるだろう。
長年蓄積させた女性への性的欲求は、そう簡単に拭い去れるものではない。

自己嫌悪にも陥るかもしれない。
元々ノンケの直美が受け入れるには、あまりにも辛い現実だった。

そして彼女にとって、
何よりも辛いのは誠のことだ。

誠は真里と付き合っている。直美は真実を伝えると言ったが、おそらく取り止めるだろう。催眠を解けば、誠も真里も苦しめることになってしまうからだ。

直美は誠への想いを引きずり、
親友の裏切りに苦しめられながら、
この先、生きていかなければならない。

彼女がこれから直面する現実を考えると
胸が締め付けられる思いがした。

悔やんで悔やんでも、悔やみきれなかった。
謝っても謝っても、謝り切れない。
それだけのことを自分はしてしまったのだ。


(ごめんなさい……直美……本当にごめんなさい……)


いつまでもいつまでも終わらない恭子の懺悔。
彼女はそうして涙が枯れるまで、その場で泣き続けたのだった。

Part.123 【 けだもの 】

早朝、恭子は玄関で目を覚ます。
泣き疲れ、いつの間にか寝てしまっていたようだ。

彼女は起き上がると、ぼんやりと辺りを見渡した。
魂が抜けてしまったような脱力した表情だ。

電気は付けっぱなし、
全て直美が出ていった時のままである。

恭子は目を閉じて軽く息を吸うと、
立ち上がって顔を洗うことにした。


ジャーーーーーー


汚れた服を脱ぎ、身体を洗う。
朝は直美とシャワーを浴びるのが日課だったため、
その時の光景が頭に浮かんだ。

しかし、すぐさまそのイメージを振り払う。
なるべく無心に徹することにした。

彼女はサッと身体を洗い終え、新しい服に着替えると、
昨日のおせちや冷蔵庫の食材などを廃棄し始めた。

液体はシンクへ、生ゴミは生ゴミ温風乾燥機へ
容器はごみ袋に詰め、ベランダに置くことにした。

その後も恭子は、あらゆる物を整理し続けた。

直美に言われた通り、
彼女の私物をまとめて段ボールへ入れると、
続いて大学やサークルで使う本や書類をまとめ始めた。

掃除は夕方まで続き、リビング、お風呂、トイレなど、
寝室以外は、すぐにでも引っ越しできる状態となった。


(あとすべきことは……)


恭子は寝室に戻ると、スマホで何かを検索し始めた。
紙と封筒を用意して書類を書き始める。

そうして書類を完成させた恭子は、
印鑑を押して封筒へと入れた。

作業を終えた彼女は封筒を手に取ると、
リビングに移動しテーブルに置いた。


(こんなことで償いにならないのは分かってるけど……
私が出来ることといったら、もうこれくらいしかないわ……)


恭子はそれから寝室に戻ると眠りについた。


※※※


次の日。


「全然動きがないな……。
外に出かける様子もないし、一体何してるんだ?」


このマンションの管理人、牛久沼達郎は、
自室で恭子の様子を伺っていた。

直美と恭子が喧嘩をしたことは知っていたが、
その後、恭子が何をしているかまでは分からなかった。

牛久沼は盗聴した音声の分析を続ける。


《全部……キョウちゃんがしたことだったんだね。あたしがレズになったのも、誠が女の子みたいになっちゃったのも……》


(何を言ってるんだ、こいつは?)


事件の全容を知らない達郎からすると、
直美の台詞は意味不明だった。腕を組んで考える。


(藤崎直美がレズになったのが女神のせい……?
誠と言うのは男のことか?
女みたいになったと言うのも訳がわからんな)


だが二人が揉めたのだけは理解できた。
会話は直美が部屋を飛び出したところで終わった。


(よくわからんかったが、別れたのは確かなようだな。
しかし、これは……俺にもツキが廻ってきたんじゃないか?
ここで女神を慰めれば、失恋の傷も相まって、
俺に惚れる可能性もあるな……)


女神が自分に惚れれば、あの身体を好き放題にできる。

いきり立つ男性器。
彼は恭子を犯す妄想を始めた。

ズボンを下ろし、不潔な竿を取り出す。
擦れば垢が出そうな薄茶色の肌。
生ゴミのような酸っぱい体臭が、
パンツの内側から漂ってくるようだ。

その汚らしい肉竿を、
これまた雑菌がこびり付いたような手で扱きだす。

ビュルルルルルル!!

けだものの細胞で凝縮された黄ばんだ汁が勢いよく飛び出し、ティッシュに放出された。 達郎はそれを握り潰すと、その辺に放り投げた。


(ひとまず待とう。すぐに行ったら疑われるからな)


達郎は、その後も都合の良い妄想を繰り返し、
恭子をネタに自慰に耽るのであった。

Part.124 【 楠木 小夜 】

直美は新しい住まいを探すため、不動産屋を回っていた。

できれば、大学に近い場所。

しかし、そういったところはどこも家賃が高く、
なかなか良い物件を見つけられないでいた。


「んー大学から少し離れても、
もっと安いところ探した方が良いのかなぁ?」


サークルのメンバーに相談するのも、ひとつの手だったが、
恭子との関係を詮索されるのも嫌だった。


(こんな時、キョウちゃんだったら……)


いつもの癖で恭子に頼りそうになってしまう。
直美は首を振ると、その考えを振り払った。


(ダメダメ、これからは、あたし一人でやっていくんだから、
そういう考えは捨てなきゃ)


何から何まで恭子に頼りっきりであったことを自覚する。
ご飯を作るのも恭子、掃除するのも恭子、もちろん難しい契約についても全て恭子がやってくれていた。

直美はその生活を改めようとしていた。

直美が次の不動産屋に向かっていると、
ハイカラな看板の屋台が目に入った。


(なんだろう、これ?)


好奇心をくすぐられた直美は、
立ち止まって看板を見てみることした。

【くすのきの占星術☆ミ】

キラキラと明るい雰囲気の看板に、興味をそそられる。
屋台の入り口はカーテンで閉められており、
用のある人は鳴らしてくださいと、呼び鈴が置かれてあった。


(面白そう……ちょっとやってみようかな?)


占いの経験のない直美は、試しに受けてみることにした。


チンチーーン♪


軽快にチャイムを鳴らす。
するとカーテンの向こうからガサゴソと音がした。


「お入りください」


若い女性の声がする。
イントネーションが独特な、静かだけれど凄みのある声だった。直美の期待が膨らむ。

直美がカーテンを開けると、
そこには小さなテーブルと椅子が置かれており、
テーブルの先には黒装束を着た女性が座っていた。

目を疑うような美貌と高貴な品格を漂わせる女性。
青白い肌、薄暗いベーレの奥に見える小さな唇、
妖艶なる眼、そして少し緑が掛かった濡れているような艶のある黒髪。

その容姿はまさしく美魔女という形容がふさわしかった。

しかも黒装束の胸部が盛り上がっており、
かなりの巨乳であることがわかる。

直美はつい、その胸に釘付けになってしまった。


(うわ、すごいデカイおっぱい……柔らかそう……)


そこで自分の思考にハッとする。


(違う違うっ! こんなこと考えちゃダメっ!
私はノーマルな女の子なんだから……)


女性に性的欲求を持つのは、恭子の催眠術によるもの。
直美は唇を噛みしめた。

そんな直美を見て、占い師が言う。


「私の胸がどうかしましたか?」

「いえ……なんでも……」

「もしかして胸の悩み?」

「違いますっ! そうじゃなくて、あたしは占いを……」

「ふふふ、冗談ですよ。占星術をご所望ですね。
そちらにお座りください」


占い師の前にある小さなテーブルには、
定番の水晶玉が紫色の座布団と共に置かれてあった。

直美が椅子に腰かけると、
女性は一枚のメモ用紙とペンを差し出した。


「占星術は、占う相手の名前、生年月日と時間帯、生まれた場所の座標が必要になります。こちらに分かる範囲で良いので書いていただけますか?」

「生まれた時間も必要なの?」

「はい、あなたが生まれた時間の星の位置を知る必要があります」

「うーん……」


直美は腕を組んで考えた。生まれた病院は覚えていたが、時間となると少し思い出す必要があった。


(たしかお母さんが、早朝に陣痛が始まったって言ってたから、朝6時くらいかな?)


「思い出せそうですか?」

「うーん、なんとか。時間帯は大体でも良いですか?」

「正確なほど占いの精度も高くなるのですが、
難しければ大体でも良いですよ」

「わかりました」


直美は言われたことをメモに書き占い師に渡した。
占い師はスマホで直美の生まれた病院名を検索して、
正確な住所を知ると、地図で座標を確認した。


「ありがとうございます。では前金で3,000円お支払ください」


財布から5,000円を取り出し、2,000円のお釣りを貰う。


「それでは始めます……」


占い師がテーブルに手をかざすと、小さな声で何かを唱え始めた。直美がその様子をじっと見ていると、ほんの少し水晶玉が光ったように見えた。


(……6時48分。生まれた場所も間違いないようね)


占い師は、手慣れた様子でホロスコープを作り始めた。
ホロスコープとは、出生時の天体の配置図のことである。

通常はこれを用意するのに時間を有するものだが、彼女はまるで星座の位置を全て記憶してるかのように星の記号と星同士の相関関係を描いてしまった。

もちろん直美にはこの凄さがわからない。


「それでは聞きたいことをどうぞ」


直美はひとまず誠のことを聞いてみることにした。


「別れた彼のことなんですが、またよりを戻すことはできますか……? もう新しい彼女がいるんですけど……」


占い師はホロスコープで直美の今の年齢から、
誠との関係が元に戻るかを確認した。


「うーん……新しい出会いを見つけた方が良さそうですね。
ただ彼とはこれからも仲良くしていけると出ています。
無理してよりを戻すより、今の彼の幸せを願った方が良いと思われます」

(やっぱりそうだよね……)


第三者から言われて思い直す。
誠は真里と上手くいっている。
最近では同棲もしていると聞いた。

そんな二人に事実を伝えたところで、
不幸な結果になるのは目に見えていた。


(でもつらいよ……これから二人の関係を見守っていかなきゃいけないなんて……)


直美はその現実に耐えれる気がしなかった。
いっそのこと大学を辞めて、地元に帰るのも一つの手だと思った。


「しかし妙ですね……なぜそのようなこと気にする必要があるのですか?」


占い師はホロスコープを見て、不思議そうな顔をしている。
直美は浮かない顔をしつつも尋ねた。


「なんでですか?」

「この図では、あなたには相性の良い恋人がいることになっています。本当に誰とも付き合っていないのですか?」

「えっ……」


すぐに恭子の顔を思い浮かべる。
しかし、彼女は自分を騙し誠と別れる原因を作った張本人だ。直美は拳を握りしめ、軽く息を吐いて答えた。


「数日前に別れました。今は誰とも付き合っていません」

「そうですか……」


占い師は、迷ったような顔をしながらも続けて言った。


「本来、聞かれてもいないことを話す立場ではないのですが、あまりに深刻な内容なので伝えておきますね」

「……?」

「あなたはこの別れた恋人と運命を共にしております。お相手が幸せなら、あなたも幸せでいられますが、逆ならあなたも不幸になります。一蓮托生といっても良い仲です」

「いちれんたくしょうってなんですか?」

「……結果の良し悪しに関わらず運命を共にするという意味です」

「なるほど」

「別れた原因があるなら、一度納得するまで話しあってみてはいかがですか?」


直美は悩んでいる。いくら一蓮托生の仲と言われても、
自分をこんな目に遭わせた相手と、そう簡単に話す気にはなれなかった。


「できない……あの人はあたしと彼に酷いことをしたの。
そんな人と簡単に話し合いなんてできないよ!」

「もちろん無理にとは言いません。ですが、今のままでは、お相手の運命に貴女の運命も引き摺られることになります。
そうならないように、魂同士の縁を切っておくことをお勧めしますが、いかがなさいますか?」

「魂同士の縁を切ることなんてできるんですか……?」

「はい一応。ただ貴女と元恋人は、家族と同じくらい縁が深いようです。切るにはお相手の名前、生年月日、生まれた場所、時刻の情報が必要となります」

「名前と誕生日なら分かるけど……」

「あとはこちらでお調べしますので大丈夫です。
追加で3,000円かかりますが、よろしいですか?」

「はい、それは大丈夫です……」


話が進むにつれ、直美の表情が曇りだす。
たしかに恭子に怒りを感じはするものの、
はたして本当にそこまですべきなのだろうかと迷い始めていた。


「あの……」

「はい」

「魂同士の縁を切ると、どうなるんですか?」

「今世だけではなく、来世も、また次の世も、会うことはなくなります」

「生まれ変わっても出会わないってこと?」

「そうです。通常、家族ほどの縁になりますと、
立場は変われど、父母、兄弟姉妹、または配偶者など、近い関係に生まれ変わることになっております。
しかし、縁が切れれば別々の世界を生きることになり、
二度と会うことはなくなります」

「そんな……」


それを聞き直美は、
かつて恭子が自分にかけた言葉を思い出した。


《二度と姿を見せないなんて言わないで……
これからもずっと傍にいて……私を独りにしないで……》


高校時代、恭子の元を去ろうとした時にかけられた言葉だ。

直美はパッと顔を上げると、哀憫(あいびん)の情を覚えた。
そして部屋で一人で待つ恭子のことを思い浮かべた。


(キョウちゃん……)


たしかに恭子は、自分と誠に催眠を掛け好きなように操った。しかし、彼女がその後にとった行動はどうだったろうか?

どちらに対しても過剰なほど
優しく接してはいなかっただろうか?

食事をするにも、遊ぶにも、何をする時でも、
彼女は献身的に接してくれていた。

その事を思い出し、直美はいつの間にか涙を流していた。
机に肘を付け、目を覆い、泣き始める。


「キョウちゃん……うぅ……うぅぅ……」


占い師は、そんな直美を悲しげな目で見つめ、
しばらく声を掛けずに泣き止むのを待った。


「縁は……切らなくても……いいです……」

「そうですね。そう思えるなら、そうした方が良いと思います。ではお相手のお名前と生年月日を教えて貰えますか?」

「えっ……もう縁は切らなくていいので……」

「これはサービスです。通常はお金を取るのですが、
お二人が円満に仲直りできるよう、占ってあげましょう」

「うぅ……ありがとう……ございます」


顔を赤く染め、涙でぐしゃぐしゃになりながらも、
直美は礼を言った。


「名前は甘髪恭子と言います。生年月日は○○年○月○日……でも生まれた場所と時間はわからないです……」

「女性だったのですね……生まれた場所と時間はこちらでお調べしますので大丈夫です。少し時間がかかりますが……」


占い師はそう言うと、奥にある小さな棚から、
フラスコのような小さな筒を取り出した。

その蓋を開け、軽く匂いを嗅ぐと、
すぐにそれを閉め元の棚へと戻した。


「では、彼女のことを思い浮かべてください……」

「はい」


再び水晶玉に手をかざす占い師。
先程より強い光が水晶に宿る。

直美は恭子のことを思い浮かべた。
出会いから別れに至るまで、様々なことが頭の中を駆け巡る。同時にそのイメージを誰かに覗かれている感じがした。


(国名ペルギー……プリュッセル国際大学病院……18時21分……)


水晶玉の光が消える。
少し疲れたように息を吐き、占い師は言う。


「もう大丈夫です。彼女はペルギーで産まれたようですね」

「そんなこともわかるんだ……」


ホロスコープを作成し、恭子を占う。
始めは淡々と作業をこなしていた占い師であったが、
時が経つにつれ、徐々に険しい顔を見せ始めた。

直美は彼女の様子がおかしいことに気付き声をかける。


「あの……どうかしましたか?」

「直美さん。今から私が言うことをよく聞いてください……」

「はい……」


空気が張り詰めているのが直美にも分かった。


「あなたの恋人の恭子さんは、
まもなく、その命を終えようとしています……」

「えぇぇっ!?」

「もうすでに亡くなっているか、これから死ぬかは定かでありませんが、彼女の命日は今日となっています」

「そんなの、ウソっ!!
キョウちゃんが死ぬなんて……絶対にあり得ない!!」

「占いの結果では他殺と出ています。
彼女に恨みを持つ人物を知りませんか?」

「恨みを持つ人物……キョウちゃんは誰にでも優しくしてるし、そんな人……あっ!!!」


直美は目を見開き、
恭子を付け狙っていたストーカーのことを思い出した。


(今はマンションに一人だけだし、もしかしたら……!!)


直美は咄嗟に駆け出していた。
もちろん向かう先は、恭子と住む自分達の家だ。


「待ちなさいっ!! 今からじゃ間に合うかどうか!」


占い師が屋台から出て、直美を呼び止める。

しかし、彼女の声は届かない。
すでに直美の頭は恭子のことでいっぱいだった。


(しまった……先に何か対処してから話せば良かった。
このままじゃ、彼女も死んでしまう……)


直美はすでに視界にはいなかった。
どちらにせよ、占い師が走ったところで、運動神経抜群の直美に追い付けるはずがない。

どうするか迷ったが、諦めることにした。


(仕方ない。これも彼女達の運命……
赤の他人の私がそこまで身を乗り出す問題でもないわ)


占い師は気を取り直し席へと戻った。
暗い表情のまま、恭子のホロスコープに目を通す。


「…………なに、この違和感は?
まだ〖魔素〗は残っているし、調べてみようかしら」


気になった占い師は、もう一度水晶に手をかざすことにした。青白く光る水晶玉。占い師の目には、恭子の過去が見えていた。

小さい頃から今に至るまで、
高速で映像を流し、違和感の元を探る。

そうして占い師は、高校時代の恭子に目を付けた。

恭子は、誠を催眠で眠らせ、これから暗示をかけるところだった。そして彼女の手には【黒い本】が握られていた。


「見つけたっ!!」


つい大声を出してしまった。
占い師の心臓の鼓動が高くなり始める。


(さっきの子の恋人が、あいつと関わっていたなんて……)


占い師は、小さな棚からもう一度ふしぎな筒を取り出すと、今度は蓋を開けて中の液体を少し飲んだ。


(こういうことなら、あの子を死なせる訳にはいかないわね。
長年追い続けた魔物〖Sky of Nightmare〗
今度こそ、捕らえてみせるわ……)


Part.125 【 甘髪恭子の死☠ 】

「この電車は◯◯線内回(せんうちまわ)り、◯✕方面行きです。次は◯□、◯□、お出口は左側です」


電車に乗った直美は、
座席に腰を降ろすと車窓の外を眺めた。

先ほどまで明るかった空は、
垂れ込めた厚い灰色の雲に覆われようとしていた。


《彼女の命日は今日となっています》


占い師から伝えられた恭子の命日。
直美はため息を洩らすと、視線を床に落とした。


(まだ大丈夫だよね……?)


恭子が死ぬと考えただけで、全身が震えてくる。
直美は深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとした。



ピンポン、ピンポン♪

「御乗車ありがとうございました。◯□に到着です。お忘れ物、大変多くなっております。今一度、ご確認下さい。◯□の次は◯■、◯■」


いつもは何気なく聞いているアナウンスが、ずいぶんと遅く感じられた。このままどこにも止まらず目的地に向かえたら良いのに。心の中に掻きむしられるような激しい焦燥を感じた。


「15番線、ドアが閉まります。ご注意下さい」

プシューと空気が漏れる音がして、再び車体が揺れ始めた。

ガタンゴトン……ガタンゴトン……
ガタンゴトン……ガタンゴトン……


(あ……そういえば……)


ひたすら帰ることを考えていたが、
恭子が出かけてる可能性だってある。
いくら早く帰っても、恭子がいなければ意味がない。


(大丈夫……キョウちゃんならきっと家にいるよ……)


今は冬休み。小早川への納品の準備で忙しい恭子ならば、連絡の取りやすい家にいるはずだ。
直美はなるべく良い方に考えることにした。


(そうだ! 電話すれば良いんだ!)


電話すれば、どこにいるか分かる。
車内通話はマナー違反だが、直美はどうしても恭子の無事を確かめたかった。彼女はスマホを取り出すと電話を掛けることにした。


トゥルルルルル……トゥルルルルル……
呼び出し音だけがいつまでも鳴り続ける。

いつもの恭子なら、
どんなに忙しくても5コール以内に取るはずであった。


(なんでキョウちゃん、取らないの? まさかもう……)


不吉な考えが頭を過り、直美は首を振った。


(そんなこと考えちゃダメ)


とにかく今は彼女の無事を祈ることだ。
直美は両手を組むと祈り始めた。


(神様、お願いです……どうかキョウちゃんを救ってください……)


気を紛らわすため、
ふたたび車窓に目を向け、雑多な街並みを眺める。
遠くの方に、かつて恭子と行った◯■スカイツリーが見えた。直美の頭にかつての情景が浮かび始める。


《直美、今度の日曜日、◯■スカイツリーに行かない?
世界一高い鉄塔らしいわよ》

《行く行くー♪ 近くに美味しい店あるかな?》

《直美の好きな牛刺しの盛合せが食べれるお店があるらしいわ》

《わーい♪ 生肉大好きー♪》

《なんだかスカイツリーは二の次って感じね……》


特別な眺望よりもお肉が好き。
恭子はそんな直美の反応に呆れながらも、直美とのデートに胸を躍らせるのであった。


(あの時の牛刺し丼おいしかったなぁ……)


最近は仕事の都合で遊べない日も多かったが、
休みの日には必ず恭子はどこかに連れていってくれていた。
そうした思い出が走馬灯のように蘇ってくる。


「ぐっ……うぅぅ……ううぅぅ……」

(なんでこんなことばかり思い出すの……)


ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
直美は手のひらを目に当てると涙を拭い去った。

恭子との生活が楽しかったのは、催眠のせいだと思っていた。

実際、催眠ノートにそれに似た内容が書かれてあったので、そう感じるのは仕方のないことなのだが、
催眠が解けた今になっても、それらは楽しい思い出のままであったのだ。

本当に望んでいないものなら、今の自分がそう感じるはずがない。直美はそれに気づき、恭子にきつく当たり過ぎたことを後悔した。


(あたし……酷いこと言っちゃった。
キョウちゃんの言い分も聞かず、最低だなんて言って……)


ピンポンピンポン♪

「御乗車ありがとうございました。◯▲に到着です。お忘れ物、大変多くなっております。今一度、ご確認下さい。◯▲の次は◯✕、◯✕」

(次だ……!)


三十分の乗車であったが、
二時間にも三時間にも感じられた。

次の駅に到着するまでの数分間、
直美はあることを思い出していた。

いつの日だったろうか?
恭子が初めてストーカーに遭遇した日だったかもしれない。

いつものように愛し合い、眠りについた後、
彼女は隣で一人で泣いていた。


《直美…………ごめんなさい…………》


彼女の口から漏れ出た独り言。
恭子は心配を掛けたからと言っていたが、
本当は催眠のことを謝っていたのかもしれない。


(キョウちゃん……ずっと独りで苦しんでいたんだ……)


時折見せる、彼女の悲しげな表情。
今思えば、それは卑劣な手段で直美を手に入れたことへの罪の意識の現れだったのかもしれない。


(キョウちゃんと、もう一度話さなきゃ……)

「◯✕、◯✕。お出口は左側です。電車とホームの間が空いているところがありますので、足元にご注意下さい」


ホームに到着し、電車の揺れが治まった。
立ちあがり扉の前にスタンバイする。


「◯✕に到着です」

プシューーーー!

扉が開くと同時に、直美は脱兎のごとく飛び出した。


※※※


駅前。
直美の左右には警報の鳴っている踏み切りと、
人混み溢れる交差点があった。


(どっちに行こう? あの踏切を渡れば、マンションはすぐだけど、閉じれば開かずの踏切だし……)


直美は迷ったが、踏切の方へと走ることにした。


(あたしの足なら、遮断機が降りる前に渡れるはずっ!)


直美はメチャクチャ足が速い。
高校時代、陸上部に入っていたら、確実にレギュラーを取れていたほどである。
つま先立ちで跳ねるように踏切に向かっていく。

このスピードであれば、十分遮断竿が降りる前に渡れるはずであった。しかし……

キュキュキューーーガシャンッッッ!!

一台の自動車が直美と同じように踏切を横断しようとして事故を起こした。


「えぇっ!?」


踏切をちょうど遮るようにして柵にぶつかり大破する車。
直美は間一髪のところで激突を免れた。

そうして直美が立ち止まったところで、遮断棹が降りてしまった。すぐさま電車が通り、踏切は封鎖されてしまう。


(これじゃ通れない……遠回りになるけど、さっきの道に戻らなきゃ……)


※※※


初動の遅れを挽回すべく、
直美は人混みを猛スピードで駆け抜けていった。

繁華街を抜けて、住宅街へと入り、
次の角を曲がろうとした時であった。

「あっ!!!!」

ガシャーーーン!!

ちょうど出会い頭に出前箱を持ち自転車で走るおじさんにぶつかってしまった。

「うわっ!」

おじさんはひっくり返り、
持っていた出前箱を落としてしまう。


「あ! ちょっとキミー! 何てことしてくれんだよ!」

「ご……ごめんなさい」


慌てて謝る直美。
おじさんはすぐさま箱を持ち上げ、中身を確認した。

もちろん箱の中身はぐちゃぐちゃである。

ラップをして零れないようにしてあったが、
さすがに出前箱が一回転してしまっては、剝がれてしまっても仕方がない。


「はぁ……しょうがねぇな。怒ったところで、どうにかなるもんでもないし……でもラーメン六人前の代金は弁償してもらうよ?」

「はい……もちろん払います……」


涙目でラーメンの代金を弁償する。
こんなことをしている場合ではないのだが、なんとも運の悪い展開である。

それから直美は、もう一度謝罪をしてマンションへと向かうのであった。


※※※


事故の後処理で数分無駄にしてしまった。
まるで恭子と直美の関係を引き裂くがごとく、不幸が訪れている感じである。
立て続けに起こるアクシデントに、直美は精神的にも疲弊していた。


「ハァハァハァ……やっと着いた……」


ようやくマンションに到着し、
直美はカードキーを差し込みマンションの扉を開く。

扉の先にはエレベーターが2台あった。
さっそく昇降用のスイッチを押して待つのだが、いつまで経っても降りてこない。1分経っても2分経っても、反応がなかった。


「どういうこと?」


意味が分からず、インジケーターを見ると、そもそも液晶が付いていなかった。
すると管理人室から男性が出てきて、直美に声をかけてきた。


「すいません2台とも故障してしまいまして……
これから修理業者が来ます。申し訳ないですが階段をお使いください」

「あぁっ! もうっ!!」


つい声を荒(あら)らげてしまう。
直美は状況を理解すると、すぐさま階段を上り始めた。

こんなことなら、初めから階段を使えば良かった。
踏んだり蹴ったりな展開に、直美は歯を強く噛み締めた。

そうして目的の階に到着すると、
直美はすぐさま恭子の部屋の前に行き、ドアを開こうとした。

ガチャ、ガチャガチャガチャ!


(閉まってる……)


おそらく恭子が鍵を閉めたのだろう。
直美はキーを取り出すと、ドアのロックを外した。

ガコン!


(くっ、なんでっ?)


中に入ろうとしたが、ドアガードが掛かっていて入れない。

直美が外にいるなら、
恭子がドアガードを掛けるはずがないのに。

仕方なく、直美は大声で叫ぶことにした。

「キョウちゃーん!! 開けてーー!!」

しかし、反応する者はいない。


(もしかして奥で倒れているのかも……!?)


直美はドアを無理やり開いて、ドアガードを壊そうとした。
だが、防犯用の器具である。
そう易々と壊れるようなものではなかった。


(そうだ。窓から入ろう!)


すぐにドアを閉めて、隣の部屋の呼び鈴を鳴らす。


「すいませーん!!」


直美が呼び掛けたところ、すぐに隣の住民が出た。


「あぁ、隣の……どうかしましたか?」

「あの、ドアが開かなくて困ってるんです!
ベランダから移らせてください!」

「鍵、なくしたんですか?」

「鍵はあるんですけど、あのガコンガコンいうのが開かなくて……。中で友達が倒れてるかもしれないんです!」

「わかりました、入ってください」


普段から顔を会わせていることもあり、隣の住民はすぐにドアを開けてくれた。
直美は靴を脱ぐと、それを持ちベランダへと出た。
靴を履き直し、手すり壁へと登る。


「あー結構遠いですね……消防を呼んだ方が良いんじゃ?」


隣の部屋のベランダまで1mくらいは離れている。
飛べない距離ではないが、高所であることを考えると大変危険であった。落ちれば即死は免れない高さである。

しかし、直美は一切臆することなく、ヒョイと飛び移ってしまった。こういう時の度胸の高さは人一倍である。

直美は隣の住民に礼を言うと、すぐさまベランダのガラス戸に向き合った。

ガラス戸は鍵が閉まっていて開かない。
また内側にはカーテンが掛けられており、中の様子は分からなかった。直美は念のためにガラス戸を叩くことにした。

コンコン、コンコン!


「キョウちゃん! 開けて!」


何も反応がない。
ガラス戸の向こうは寝室となっており、いつもなら中にいるはずであった。

直美は仕方ないと思い、ガラス戸を割ることにした。

ガンガン!ガシャ!

ロック付近のガラスを素手で割り、開いた穴に手を差し込む。鍵を外し、戸を開いた直美は、すぐに中に入った。


「えっ……何これ……?」


そこには直美の想像を絶する光景が広がっていた。


※※※


何者かによって、荒らされた寝室。
本はあちこちに散らばり、テレビの液晶は割れ、
テーブルや棚は、ひっくり返っていた。

おびただしい量の血痕。
カーペットに大量の血が染み込み、テレビや棚にも付着している。もちろんカーテンの内側にもだ。

ガタガタと直美の全身が震え始める。
ぐちゃぐちゃに乱された掛け布団は、ベッドから床にだらしなく落ちていた。

そしてシーツだけとなったベッドの上には……

全裸のまま、後ろ手に縛られ、全身痣だらけの恭子が横たわっていた。


「キョウちゃんっ!!」


直美は慌てて、恭子に寄り添った。
あまりに深刻な状況に、直美は口を閉じるのを忘れるくらい動揺していた。恭子の背に手を回し、揺さぶってみる。

何も反応がない……。

恭子は顔を重点的に殴られたのか、特に口の周りが酷い状態であった。
鼻、唇、顎、頬、その全てが真っ赤に染まっている。

直美は恭子の生死を確認しようと、心臓に耳を当ててみた。


(動いてない……)


身体はまだ温かかったが、恭子の心臓はすでに止まってしまっていた。直美の背筋が凍り付く。


「そんな……ウソでしょ……
め、目を、開けて……あたし……帰ってきたよ……
お願い……キョウちゃん……」


あまりに恐ろしくて呼吸ができない。
直美は、震えながらも辺りを確認した。

寝室から廊下に出る扉は、開きっぱなしになっている。
廊下にも血が続いていた。


(キョウちゃんを殺した奴がすぐ近くにいる。
絶対に……絶対に許せない……)


直美が人生で一度も見せたことのない憎しみに満ちた目をする。

直美は立ち上がると、廊下に出て、犯人を捜し始めた。

血は玄関へ続いており、何か引きずった跡を残していた。
おそらく恭子の抵抗に遭い、犯人も重症を負っているのではないだろうか?

先ほどまで閉じていたドアガードが今は解除されている。
ドアガードを掛けたのは、恭子ではなく犯人だったのだ。

犯人は直美がドアを叩いたのに気付いて様子を伺い、
次にガラス戸を叩かれたタイミングで逃げ出したのだろう。

直美は玄関の扉を開けて、廊下を確認した。
血痕が廊下から非常階段へと伸びている。

途中、犯人が転んだのか、血の跡がおかしくなっている部分があった。足も引きずっている様子だ。

直美はそのまま犯人を追跡しようと、駆け出した。
するとその時であった。


(直美……)


恭子の声がした。


「!?」

(キョウちゃん、もしかして生きてるのっ!?)


直美は身体を反転させると、すぐさま恭子のいる寝室へと駆け出した。
寝室には先ほどと同じく恭子の身体が転がっている。
この位置から玄関まで、瀕死の人間の声が届くわけがないのだが……。


「キョウちゃんっ!キョウちゃんっ!!」


直美は恭子の身体を揺さぶってみた。
しかし、反応はない。


「何なの……キョウちゃん……なんで呼んだの……?
なんで、なんで……あぁぁぁ……あぁああ……」


ガックリと頭を下げる。
願望が作り出した幻聴だったのだろうか?
直美には、それ以上犯人を追う気は起こらなかった。


「キョウちゃん……ご、ごめんね……独りにしたばっかりに……ああぁぁぁぁ……あぁぁあぁぁ……」


そうしてしばらく直美は泣き続けた。
ストーカーに狙われているのを知っていたのに、恭子を一人にしてしまった。強い後悔の念が、直美の心を覆った。

そうして泣きつかれた頃、直美は恭子の手に、
白い綿のようなものが握られていることに気付いた。


「うぅぅ……なんだろ……これ……?」


直美は気になって、それを取ってみた。


「これは……」


白いクマのぬいぐるみ。可愛らしい服を着ていた。

恭子の血で汚れている。
それがなにかに気付き、直美はさらに号泣した。


「これ……夏祭りで一緒にとったぬいぐるみだ……」


大学二年の納涼祭。
直美がボール投げを三回連続で成功させて貰った景品である。二人で品定めし、お揃いの服を着た黒と白のクマのぬいぐるみを手に入れた。


《えへへ~♪あたしが黒で、キョウちゃんが白ね。そういえば、こうやってお揃いのグッズ持つの初めてだよね!》

《そうね、白いクマありがとう。このクマ直美だと思って大事にするわ》

《あたしもこの黒クマ、キョウちゃんだと思って大事にする~》


直美を失った恭子にとって、
このぬいぐるみは直美の分身と言っても良い存在であった。
犯人の暴行を受けても、最後まで手放さなかったぬいぐるみ。恭子は死ぬ寸前まで、直美を想い続けていたのだ。


「ごめんね……キョウちゃん……
もう……二度と一人にしないからね……」


遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
近所の人の通報を受けて、警察が出動してきたのだ。

直美が辺りを見渡すと、
床にハサミが落ちているのを見つけた。

直美はそれを取ると、恭子をいつものように寝かせてあげた。頭の下に枕を差し込み、シーツの端で彼女の口元を拭いてあげる。

血を拭ってみると、意外なことに顔に損傷は見られなかった。あとから付着した血だったようだ。


「良かった。最後にキョウちゃんの綺麗な顔を見れて♡」


直美は、ハサミを両手で持ち、首筋に向けると、
勢いよく喉元に突き刺した。


「ゴホ……ゴフッ……」


激痛が直美に伝わる。
しかし、直美はそこで止まらず、さらに奥まで突き刺していった。恭子の隣に倒れこんだ直美は、薄れゆく意識の中で思った。


(キョウちゃん……今そっちに行くからね……
いつまでも一緒だよ……)


直美は目を閉じる寸前、
亡くなった恭子の目から涙がこぼれるのを見た。

Part.126 【 デジャヴ 】

「次は◯✕、◯✕。お出口は左側です。電車とホームの間が空いているところがありますので、足元にご注意下さい」


「…………えっ!?」


バッと頭を上げて辺りを見る。
走行する電車の中。
そこには見覚えのある人ばかりが乗っていた。

直美は、強烈なデジャヴを感じつつ、
今の状況を把握しようとした。


(……夢? あたし、寝てたの……?)


首に触れるが傷はなかった。
だが、拭えない生々しい感覚。
たしかにハサミを突き刺したはずなのに。


(キョウちゃんが死ぬ夢を見るなんて……)


不吉な夢に、気味の悪さを感じる。
そして記憶も鮮明に残っていた。
おかしいのは、あの激痛を覚えていることだ。


(いくら夢だからって、あんなに痛いのはおかしいよ……)


経験してない激痛を体感するはずがない。
直美は本当に怪我をしていないか、念入りに首を触ることにした。


「◯✕に到着です」

プシューーー!!


「あっ!!  ヤバイっ!!」


首を触っている場合ではない。
直美は慌てて立ち上がるとすぐに駆け出した。


※※※


駅前。
直美の左右には警報の鳴っている踏み切りと、
人混み溢れる交差点があった。


(この光景……夢で見たのと同じだ……)


ずいぶんと長いデジャヴを感じている。
このまま踏み切りへと向かうと、
また事故が起こって時間をロスしてしまうかもしれない。


(でもあれは夢の出来事だし……)


とは思いつつも、直美は交差点を駆け抜けることにした。


(もしもってこともあるし……こっちの方が確実だよね?)


そうして交差点先の歩道橋を登ると、先ほどの踏切の端に、
乗用車がぶつかり大破しているのが見えた。


(!!)


その光景に直美は愕然とする。
これでは予知夢ではないか。


(何が起こってるの……? なんで繰り返してるの……?
でも本当に夢の出来事を繰り返してるのだとしたら、キョウちゃんが……!)


直美は恭子の元へと急いだ。



※※※



「今日で三日目だ。どうしようかなー?」


マンションの雇われ管理人、
牛久沼達郎は、恭子の部屋の周りをウロウロしていた。

盗聴を続けていたところ、
トイレを使う生活音が聞こえ、
未だに恭子が一人でいることを確認できたからだ。


(やはりあの女は戻ってきていないようだ。
そろそろ行って、女神を慰めてやらないとな)


彼女の失恋のショックを癒すには、
自分が行って慰めてやらなければならない。
牛久沼は、彼女にどう接するのがもっとも自然か、考えていた。


(んーどうやって入るかな?
エアコンの点検とか言っておくか?)


とりあえず牛久沼は、ドアノブを回してみることにした。


(なんだ……鍵がかかってないぞ?)


恭子の部屋には鍵が掛かっていなかった。
直美が飛び出してからというもの、恭子は部屋の掃除をして、ゴミをまとめるくらいしかしていなかったのだ。

彼女にとって、施錠がされてるかどうかなど、
もはやどうでも良い問題だったのである。


「へっ……へへへっ……」


牛久沼はニヤリと笑う。
中に入る口実を考えついたようだ。


「不用心ですよーー?」


そう言い、牛久沼はドアを開けて中を見た。
上がり框の手前、女性の靴が一足置いてある。


「甘髪さーん、いらっしゃいませんかー?」


大きすぎず小さすぎず、達郎は程々の音量で声をかけた。
あまり大きな声を掛けても入れなくなるし、
小さすぎても不法侵入感が出てしまう。

彼の小物感がハッキリと分かる行動である。


「いやぁー住人の無事を確認するのも管理人の役目だからなぁ。仕方ない、中にお邪魔して、確認することにしよう」


ずいぶんと言い訳くさく独り言を呟くと、
彼はそのまま中へと入った。


「そうだ。鍵を掛けたままだと不用心だよな。
しっかりと掛けておかないと」


ドアの鍵とドアガードを掛ける。
牛久沼は靴を脱ぎ、コソコソと奥へと進んでいった。

リビングの扉を開けて、中を確認する。
恭子はいないようだ。

(んっ? なんだあれは?)

リビング中央のテーブルに封筒が置いてある。
気になった牛久沼は、中に入って確かめてみることにした。


「これは……こういうことだったのか……」


牛久沼は笑うと、
それを拾い、ポケットへと入れた。

廊下に戻り、恭子の寝室を目指す。
一番奥のベランダ側の部屋が恭子の部屋だ。

牛久沼が奥の扉を開き、中を確認すると、
床に寝そべっている恭子の姿があった。


※※※


テーブルの奥、一列に並べられた座布団の上に恭子はいた。
彼女は目を瞑ったままじっとしている。
顔色は最後に見た時と比べて、ずいぶんと青白くなっていた。慎重に近づき、声をかける。


「…………大丈夫ですか?」


なるべくイケメンボイスになるよう意識したが、
モブ声のままである。

しかし恭子が気付くことはない。


(これでも起きないか……見た感じ。三日間、何も食べてないようだな。あんな封筒を作るくらいだから当然か)


牛久沼はしゃがみ込み、恭子の腕に触れてみた。


(なんだこれは……柔らかいぞ……)


その柔らかさに感動する。
腕でこの感触なら、胸はどれほど柔らかいのだろう?
そう連想させるほど、恭子の身体は魅惑的であった。


(それに……すっげぇ良い匂いだ。
三日風呂に入ってないとは思えんな)


シャワー音がしないことから、
恭子が風呂に入っていないことは知っていた。

この三日で、恭子が使ったインフラはトイレのみ。
おそらく食事だけでなく、水すらも口にしていないだろう。

彼女はカーペットに座布団を四つ並べ、その上で眠っていた。そしてカーペットの下には、ラップが何重も貼られており、まるで防水処理をしたような状態となっていた。

牛久沼は、恭子に触れる喜びを感じつつ、
彼女の身体を揺り動かした。

そこでようやく恭子は目を覚ます。


「………?」


恭子は目を開けると牛久沼をじっと見た。
表情に変化はなく、まだぼんやりとしているようだった。


「大丈夫ですか?」


再び声を掛ける牛久沼に、事態を把握した恭子は、
ゆっくりと起き上がることにした。


「大丈夫です。ただ寝ていただけですので……。
あなたはたしか牛久沼さんでしたよね?
どうしてここに……?」

「いえ、お部屋の鍵が開いておりまして、不用心でしたので注意を促そうとしたのですが、返事がなかったため、奥まで入らせていただきました」

「それだけで、ここまで入ってくるのですか?」

「はい、中にはご病気で倒れられる方もおりますので、緊急時には、このように対応させていただいております」

「そうでしたか。ご心配おかけしてすみませんでした」


牛久沼の説明に納得する恭子。
孤独死も社会問題化されている。
管理人が、こういう対応を取るのもありだと思ったようだ。


「私は大丈夫ですので、
あとは出ていただいても良いですよ」

「顔色が悪いようですが、本当に大丈夫ですか?」

「はい、ちょっとダイエットを頑張り過ぎたようです。
これから食事することにします」

「本当にそれだけですか?」

「他に何かありますか?」


恭子としては、早く帰ってもらいたいという気持ちでいっぱいだった。適当に誤魔化して帰らせよう、そう考えていたのだが。


「実はこんなものを見つけまして」


そう言うと、牛久沼は先ほどリビングで見つけた封筒を恭子に見せた。


「!!」


ここで初めて恭子が反応を見せる。
まずいものを見つかったという表情だ。


「困るんですよね。こういうことをされると。
このマンションの価値が下がってしまいますので」

「…………ごめんなさい」


牛久沼の持つ封筒には、
恭子の文字で「遺書」と書かれてあった。

彼女はこのまま何も食べずに餓死するつもりだったのだ。

ラップを貼り、カーペットと座布団を敷いたのも、自分が死んだ際に、腐汁がフローリングに染み込まないようにするための配慮であった。

とはいえ、死人が出れば、
そんなこと関係なく、総貼り替えになるのだが。


「自殺は止めます。
御迷惑をお掛けしてすみませんでした」


深々と頭を下げて謝る恭子に、牛久沼は続ける。


「人生いろいろありますからね。
辛いこともあると思います。でも死んじゃダメですよ」

「そうですね。私、どうかしていました。
これからは楽しく生きることにします」


にっこりと作り笑いをする。
もちろん恭子は、自殺を止めるつもりはなかった。

本当は直美と過ごしたこの部屋で死にたかったのだが、
見つかってしまっては仕方がない。
他の死に場所を見つけることにしよう。
そういう考えであった。


だが牛久沼は

(ふほぉぉぉぉぉ! なんて神々しい笑顔なんだぁ!!
これぞまさしく女神。ヴィーナススマイルだぁぁ!!)


恭子のこの行動は牛久沼を調子づかせることとなる。


「恭子さん、これも何かの縁ですから、僕と付き合ってみませんか? 僕ならキミのことを幸せにしてあげられます」

「…………」


突然の告白に、恭子は暗い顔を見せた。


(厄介なのに捕まったわね……。
ひとまず出ていってもらって、
管理会社に連絡して対処してもらおうかしら?)


管理人が部屋に上がり込んで、住民を口説いたなど、
会社のモラルを問われる問題である。

牛久沼が配置替えになる理由としては十分だ。
恭子は、適当に誤魔化すことにした。


「お気持ちは嬉しいですけど、まだあなたのこと、よく知りませんし、お返事は後日でも良いですか?」

「……そう言って、お茶を濁そうとしてる?」

「えっ?」

「俺の告白を聞いて、嫌な顔をしたよな?
俺を振ってきた女達と一緒だ……」


先ほどまでと違い、牛久沼の目はずいぶんと据わっている。
恭子が一瞬見せた暗い表情が、
彼のつらいの失恋の記憶を呼び覚ましてしまったようだ。


「そういうつもりはありません。
ただ突然のことだったもので……
牛久沼さんはとても誠実そうですし、前向きに考えておりますが、やはりこういうのは、じっくり考えて答えを出したいと思いまして……」

「女はよくそう言うよな。
分かっているよ。俺を選ばないってことくらい。

だが君の場合は少し違うかもな……?
一度身体を合わせれば、考えが変わるかもしれないし……。

俺が教えてやるよ……。
女とするより、男とした方がずっと気持ち良いってね」

「!?」



牛久沼の台詞で、恭子が唖然とした表情を見せる。
なぜこの男が、そんなことを言い出すのか?
まるで直美との関係を知っているかのような発言だ。


トゥルルルル……トゥルルルル……

そこでスマホに着信が入る。場所はテーブルのすぐ上。
恭子は慌ててそれに手を伸ばした。

ガシッ!

(!!?)


突如、腕を牛久沼に掴まれる。
彼はギラつく目を向けながら言った。


「ずっと君を見守っていたんだ……もうあの女とは別れたんだから、良いじゃないか。俺と付き合おうよ」

「なんでそのことを知ってるの?
まさか盗聴器でも仕掛けたの?」

「…………」


牛久沼はニヤニヤと笑うだけで何も答えない。
恭子はその反応だけで、彼が盗聴器を仕掛けていたことを確信した。

牛久沼は点検と言って、幾度となくこの部屋に入っている。盗聴器はその時に仕掛けたのだろう。
直美がレズビアンだと知られているのだとしたら、
おそらくこの部屋にも仕掛けているはず。


トゥルルルル……トゥルルルル……
スマホは鳴り続けた。

誰からの電話か気になるが、今は取ることができない。


「うるせぇな、
大事な話をしてんだから、かけてくるんじゃねぇ」


牛久沼は恭子のスマホを持つと廊下に出た。
隣の部屋に置いてきたのか、彼はすぐに戻ってきた。


「ごめんね、恭子ちゃん。
それじゃあ、返事を聞かせてもらおうかな?」


牛久沼は作り笑いをする。望まぬ返事をすれば、何をするか分からないといった態度だ。

おそらくこの男が、
これまで自分をつけ狙ってきたストーカーで間違いない。

マンションの防犯カメラに近付かなかったのも、この男が管理人だったからだ。
カメラを監視する立場なのだから、知っていて当然である。

それよりもノンケに戻った直美が、これからの人生をまともに過ごすためにも、この男が盗聴したデータは消さなくてはならない。それには一体どうしたら……?

恭子がそんな考えを張り巡らせている間、
牛久沼の方も、今後の展開を考えていた。

彼は口では誘っているが、すでに真っ当な手段で恭子を手に入れることは考えていなかった。

恭子は遺書を残している。
首を絞めて殺してしまえば、自殺とみなされるはず。

捕まる可能性もあったが、
そんな危険を冒してまで彼女と性交する価値は十分あった。

これほどの美女を好き放題できるなど、一生涯ないことだ。

殺してしまえば彼女は永遠に自分のもの。
すでに牛久沼の頭は、恭子を犯すことでいっぱいだった。

Part.127 【 狂女☠ 】

「良いわ、付き合いましょう」

「!!?」


恭子の返事に、牛久沼は固まってしまった。
すでに犯す方向で考えていた彼としては、予想外の答えであった。

だがすぐに気を取り直す。

盗聴を臭わせたこんな状況で、承諾する女などいるはずがない。こちらを油断させて逃げる作戦だろう。

そう思い、牛久沼はさらに突っ込んだ質問をすることにした。


「ファックックック……本当に良いのかい?
じゃあ、今から俺とセックスしようよ。付き合うならできるよね?」


ここまで言えば怯むだろう。恭子も例に漏れず、これまでの女と同じように自分を拒むはずだ。牛久沼はそう考えたが。


「えぇ、もちろん。
私も前からあなたに興味があったの」

「!?」


恭子は嫌がる素振りもみせず承諾した。

再び固まる牛久沼。
この展開を予想していなかった彼は、
どうすれば良いかわからなくなってしまった。


「牛久沼さん、あなたは勘違いしているわ。
盗聴して、私をレズだと思ってるかもしれないけど、
実は私、バイセクシャルなの」

「なんだと!?」

「……どうかしたの?」


てっきり喜ぶと思っていたのに、逆に彼を怒らせてしまった。恭子は慎重に様子を伺うことにした。

牛久沼は、処女が好きだった。
他の男のものを受け入れた膣など汚らわしい。

たしか恭子は以前、直美に処女だと伝えていたはずだ。
嘘をついていたということだろうか?

牛久沼は恭子が処女だと知ったからこそ、
よけい好きになったのだ。

男もいけると知ったら、価値は半減というものだ。
それでも犯すことに変わりはないが。


「他の男としたことがあるのか?」

「いいえ、ないわ。
今までエッチしてみたいと思えた男性はいなかったもの」

「じゃあ、やっぱりレズじゃないか」

「違うわ。男に興味はあったけど、
魅力的と思える男性がいなかっただけ。
でもあなたは違うわ。こんな犯罪めいたことをしてまで、
私のことを知りたいと思ってくれたのよね?
そこまで危険を冒してまで、思ってくれる男性なんて、そうはいないわ」

「そうか……」


恭子の甘言に心動かされる。
この女神は、全てを受け入れてくれるのではないかと、
牛久沼は思い始めていた。

しかし、これまで幾度となく女性に騙され続けてきた彼は、そう簡単には落ちなかった。


「油断させようと思っても無駄だ。
そんなに俺のことが良いなら、腕を縛らせてもらおうじゃないか? 俺と付き合うんだったらSMプレイくらいできなくっちゃな?」

「ふふふ……牛久沼さん、縛りプレイが好きなの? 実は私もそうなの。早く縛って欲しいわ」

「ごくり………よ、よし、縛ってやる。服を脱げ」


あまりに都合の良い展開に、牛久沼は困惑気味だ。

憧れの女神が自分のことを好きで、なんでも受け入れると言ってくれている。まるで現実味がなかった。

恭子は栄養不足で辛そうに立ち上がると、
シャツのボタンを外し始めた。

通常このような姿を見たら、食事を勧めたり、水を与えたりするものだが、彼に恭子を思い遣る気持ちなどなかった。

彼にとって一番重要なのは、己の性欲が満たされること。
恭子が食事をしてないことなどお構いなしだった。


「フーッ!! フゥーーッ!!」

「私でこんなに大きくしてくれたの? 嬉しいわ♡」


牛久沼のズボンが痛いほど盛り上がっている。
恭子の一言一句が牛久沼の性欲を掻き立てていた。

ボタンを外し終え、Yシャツを脱いだ恭子は、
次にTシャツの裾をつまんで脱ぎ捨てた。
恭子のブラが姿を現す。


(おおぉぉっ!!
なんて美しいんだ……この身体が今から俺のものに……)


牛久沼は恭子の肉体美に見惚れている。
口からヨダレを垂らしている状態だ。

恭子は恥じらいもなく、淡々と衣服を脱ぎ続けていく。
トラウザを脱ぎ、下着だけとなった恭子は牛久沼に言った。


「下着は牛久沼さんが脱がせてくれるかしら?」

「お……おぅ……」


興奮して牛久沼の手が震えている。

自らの下着をも任せてしまうなんて、
本気で自分に惚れているのではないか?と思いかけていた。


「この後ろのホックを外せば取れるわよ」


女性の下着を脱がせたことのない牛久沼への、
恭子からのアドバイスだ。

彼はガチガチになりながらも、なんとか恭子のブラを外した。純白の乳房が目の前に映る。


「うおぉ……おぉぉぉ……」


そのあまりの神秘性に、牛久沼は目を奪われる。
彼は恭子の胸を鷲掴みにしようと両手を伸ばした。


「ちょっと待って、その前に下も脱がせて欲しいかな?♡」

「そ……そうだね……」


恭子の誘惑に牛久沼はメロメロだ。彼はしゃがみこむと、ショーツの両端を掴んで、ゆっくりと下げていった。

繊細に整えられた恭子の茂みが現れ、
牛久沼の興奮は最高潮へと達しようとしていた。


「うおおおおおおおおおおおお!!!」


ショーツを脱ぎ、全裸になった恭子は、
いつものエンジェルスマイルで言う。


「言われたとおり脱いだわよ。次はどうする?」

「つ、つぎわ……つぎわわわわわ……」


興奮しすぎて呂律が回っていない。

女性経験のない牛久沼にとって、
初めての相手が恭子では、刺激が強すぎだ。

仕方がないので、恭子の方から指示を仰ぐ。


「初めに言ったとおり、SMプレイする?
それとも普通にする?」

「えっ、ええっと……ふ、ふつ……」


普通のプレイ。
牛久沼の気持ちはSMではなく、
普通に男女が愛し合うセックスを望んでいた。

しかし、ここで彼の最後の理性が働く。


(万が一に備えて縛った方が良いのでは?)


一度縛ってしまえば、
逃走される心配もなく、安心してやれる。

彼はその経験から、
安心してセックスできる道を選んだ。


「し……しばる……し、ししし、しばる。しばる」

「そう……何で縛る? この部屋にはスマホの充電器のコードとか、LANケーブルくらいしかないけど?」

「LANケーブルでいい」


恭子は言われたとおり、壁とパソコンから、
LANケーブルを抜くと牛久沼に手渡した。

牛久沼は、後ろに手をまわすように言うと、
彼女の腕をガチガチに縛ってしまった。


恭子はニコニコと笑みを見せながら、ベッドに座り、
「次はどうする?」と尋ねた。

ここまでくれば安心だ。
牛久沼はハァハァと、
生暖かくも臭い息を吐きつつ、恭子にキスをせがんだ。


「キスね……良いわよ。さぁ来て、牛久沼さん」


笑みを絶やさず、受け入れの姿勢を見せる恭子。
牛久沼は彼女をベッドに押し倒すと、その柔らかな唇に口付けをした。目を閉じて、女神の唇を堪能する。

すでに何度かイッてしまったのか、
彼のズボンの股関部分はヌルヌルに濡れていた。
そのヌルヌルが恭子のお腹に当たる。

一方、恭子は目を開けてじっと牛久沼を見ていた。

睨むわけでも、笑うわけでもない。
単に様子を見ているだけだ。

牛久沼が満足して、顔を上げると恭子は再び笑顔に戻った。


「やっぱり予想した通りだったわ。
すごい情熱的なキス……私、感じちゃった♡」

「ハァハァハァハァ……恭子ちゃん♡
げへっげへっ、恭子ちゃん、愛してるよ♡ハァハァ♡」

「私もよ♡ 牛久沼さん♡」


(夢みたいだ……♡ まさかあの女神が本気で俺のことを……)


ここに至って、牛久沼の恭子への疑いは晴れていた。

本当に嫌なら逃げるはず、
もしくは嫌そうな素振りを見せるはずだ。

だが恭子は一切そういった仕草を見せない。
彼女は本気で自分を好いてくれているのだ。


「恭子ちゃん……俺、嬉しいよ……
まさか本当にキミが俺のことを受け入れてくれるなんて思わなくて……疑うようなこと言っちゃってごめんね」

「気にしてないわ。
あなたの魅力に気付かなかった女達が全て悪いのよ」

「そ、そうだよな……みんな、みんなあいつらが悪いんだ」

「それより……キスだけで良いの?
私、牛久沼さんのアレ……欲しくなっちゃった♡」


牛久沼の心臓が大きく高鳴る。

彼は臭い鼻息を吐き散らかしながら、
その汚らしい肉竿を露出させた。


「逞しいおちんちん……。
ねぇ? 挿れる前に、お口で味わっても良いかしら?」

「へ……へへへ……も、もちろん♡
キミのその口で…ハァハァ♡ 俺のちんぽを慰めてくれよ」


牛久沼は両足を広げ、恭子のフェラチオを待ち受けた。


「美味しそう……いただくわね♡」


妖艶な笑みを見せる恭子に、
牛久沼の肉竿は、激しく怒張している。

少し触れればすぐにでも発射しかねない暴発寸前の肉砲。

これまで女性に縁のなかった彼は、
この最高とも言える筆おろしに震えていた。

自身の分身に顔を寄せる恭子の姿は、
さながら映画の中から出てきたヒロインのようである。

だが彼の息子を口に含む瞬間、
それは悪魔のような凍てつく鋭い顔へと変貌を遂げた。


ガリッ!!!!!!!

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ◎△$♪×¥●&%#?!!!!」

凄まじい激痛が股間に走り、牛久沼は叫び声をあげた。


(死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!)


全身全霊の力を込めて、牛久沼のぺニスに噛みつく。

恭子はここで何がなんでも、この男の一物を噛みきってやるつもりであった。それこそ死に物狂いだ。

牛久沼も思い切り恭子を殴り付け、突き飛ばそうとするのだが、決死の覚悟で噛み切りに来ている恭子に敵うはずもない。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


恐怖で牛久沼の顔が強張っている。

恭子のこれまでの態度は、全て牛久沼を油断させるための罠だった。彼女は初めから逃げるつもりなどなかったのだ。
盗聴された音声を悪用されないためには、牛久沼を殺すしかない。それが恭子の結論であった。

彼が死に、自分も死ねば、警察は必ず牛久沼の部屋を捜索する。そうなれば、彼が所持している自分と直美の情事の音声データは、警察に押収されることとなるだろう。

そこまでいけば、データが悪用されることはなくなるはずだ。

そのためにも牛久沼は、
今ここで殺害しておかなければならなかった。

だが恭子は女である。
男と女では、力の差がありすぎる。

ましてや、この脱水症状気味な身体では、
勝てるはずもない。

そこで恭子は、
男の最大の弱点、一物に目を向けることにした。

フォラチオをするシチュエーションへと誘導し、
彼のぺニスを全力で噛みきる。

そのような展開であれば、無駄なスタミナを消費することなく、最大限のダメージを与えられると踏んだのだ。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!」


牛久沼の拳が恭子を殴打し、無数の痣を作っていく。
だが恭子は怯まない。ここでしくじれば、牛久沼に勝てる見込みはなくなるからだ。

すでに牛久沼の睾丸は、恭子の歯で潰されていた。
だが陰茎の部分は手強く、
ゴムのような食感で、なかなか噛みきれなかった。

それでも恭子は頑張った。
頭を振り、全身のバネを使って牛久沼の陰茎を噛みきりにかかった。

そうして彼女はついに……

ブチッ!!

牛久沼の陰茎を噛みきった。


※※※


「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


ジュボジュボジュボジュボ!!!
切断された陰茎から、大量の血が噴き出る。

苦悩の表情を浮かべる牛久沼を見て、恭子は嗤った。


「キャハハ!!キャハハ!キャハハハハハハハ!!!
ごめんなさい、牛久沼さん。私、こういう激しいプレイが大好きなの!!あなたもこういうSMプレイ好きでしょ!!?
キャハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」


狂女のように……いや、狂女は嗤い、叫んでいた。

真性レズビアンの恭子にとって、男性とキスをするのはもちろんのこと、男性器に口をつけるなど、死ぬほど嫌なことであった。

しかし、恭子は我慢した。
愛する直美のため、男性器を口に含むことも、
死ぬことも厭わなかったのだ。

だがフェラチオの反動からか、彼女は狂ってしまっていた。
今の彼女にあるのは、牛久沼への殺意だけだ。

彼女の口元は返り血でビッチャリと汚れていた。
鼻、唇、顎、頬、その全てが真っ赤に染まっている。
目は血走り、ギロギロと牛久沼を睨み付けていた。

そんな彼女の姿を見て、牛久沼は震えていた。
まるでホラー映画の化け物に遭遇したかのような形相だ。

そして一物を失い、大量に出血している。
このままでは、血を失い、死んでしまうだろう。
牛久沼は慌ててスマホを取り出し、病院に電話を掛けようとした。

そこで恭子が叫ぶ。


「もしここで救急車を呼んだら、あなた確実に捕まるわよ!人生、お先真っ暗、もちろん女の子とエッチなんて一生できないわね。それでもいいの!?」


恭子は確実に牛久沼を仕留めるつもりであった。
医者に診てもらわなければ、牛久沼は出血多量で死ぬ。
どうせ死ぬんだったらこのゲス野郎を道連れにしてやる。
それが恭子の考えであった。

牛久沼は恭子の話を聞き、電話を切った。
どうやらこちらも覚悟を決めたらしい。

彼は立ち上がり、恭子を睨み付けると、
助走を付けて、思い切り彼女を蹴りあげた。


「あぁっ!!!」


牛久沼の足が恭子のお腹にめり込む。


「死ねぇ!!化け物!!!」


牛久沼の目もおかしくなっていた。
股間の痛みもなんのその。
彼は恭子を殺すため、全力で蹴り続けた。

だが、恭子も負けていない。
彼女は最後の力を振り絞り、足と縛られた腕を使って、
なんとか立ち上がると、
勢いを付けて牛久沼の首筋に噛みついた。


「ああああああああああああああああああ!!!!」


再び牛久沼の悲鳴があがる。
血だらけの女が自分を噛み殺そうとしている。

牛久沼は、我を忘れて恭子を殴り付けた。
テーブルをひっくり返し、彼女の頭をテレビのモニターに叩きつけ、ベッドに突き飛ばした。

何度も何度も、
何度も何度も、何度も何度も。

牛久沼は恭子に暴力を振るった。

次第に恭子の意識が遠のいていく。
すでに彼女は抵抗する力を失っていた。

繰り返される暴力。恭子は身体を丸めながら、必死に耐えた。暴力の合間を見て、目を開けると、ベッドの端に白いクマのぬいぐるみを見つけた。乱闘を繰り広げている間に棚から落ちたのだろう。


(あれは……夏祭りの……)


いつかの納涼祭。
直美がボール投げを成功させ、お揃いで手に入れたクマのぬいぐるみだった。恭子はなけなしの力を振り絞って、後ろ手にぬいぐるみを取ると、強く握りしめた。


(ごめんなさい。直美。
これが罪滅ぼしにならないのは分かっているけど、
私にできることは、もうこれくらいしか……。
さようなら……最後に一目でも……貴女に会いたかった……)


だが恭子が意識を手放そうとした時であった。



ガシャン!!!

突如、ガラスが割れる音がして、
外の風が室内に吹き込んだ。

バサッ!バサッ!!

カーテンが風に吹かれて大きく揺れている。

それを捲り、現れたのは、
恭子が心の底から会いたいと願った、その人であった。

Part.128 【 時を遡りし者 】

冷たい風がカーテンの隙間から、
びゅうびゅうと吹き込んでいる。

直美は寝室に入ると、自分を見つめる一人の男を見た。
マンションの管理人、牛久沼達郎だ。


(この人、いつも来る人だ……!)


牛久沼は機器に不具合が起きた際、
いつも直しに来てくれる作業員だった。

まさかこの人物が、恭子を狙っていた犯人だったなんて……
意外な男の登場に直美は呆気にとられていた。

しかし、倒れている恭子を見て、気を取り直す。

いくら世話になっていたからといって、
それとこれとは別問題だ。

彼女はまなじりを決して、牛久沼を睨みつけた。


(キョウちゃんをこんな目に遭わせて許せないっ!)


一方の牛久沼は直美の乱入に苛ついていた。

性器を嚙み千切られ、
逃げてもすぐに捕まってしまう状況。

パトカーのサイレンの音も聞こえてきており、
まさに絶体絶命。

せめて恭子を犯すことができていれば、
悔いのない人生を送れるはずだったのに……。

牛久沼は、未だに童貞のままである。

性器を失ってしまった以上、
二度と女に挿れることもできないだろう。


(女は全員クソだ……許せねぇ……許せねぇ……)


犯すことができなくなってしまった以上、
牛久沼ができるのは復讐だけだ。

恭子はまだ息をしている。
ここで直美を殺せば、彼女はどんな反応をするだろうか?

自殺の動機が直美との離縁であれば、相当なショックを受けるに違いない。牛久沼は恭子への復讐として、直美を殺すことを決めた。


(見てやがれ……
俺をこんな目に遭わせたことを後悔させてやる……)


まずは直美の鼻っ柱をへし折り、気勢を削いでやる。

牛久沼は、恭子を一瞥すると、
直美の顔面目がけて、拳を突き出した。


「くっ……!」


牛久沼の拳は空を切った。

直美が、突き出された拳に、
右手の甲を当て受け流したのだ。

武道家のような正確な身のこなし。
とても素人とは思えない動きであった。

驚いた牛久沼は、直美を見た。

決して怯えている目ではない。
刺すような鋭い眼光を放っている。

嫌な予感がして、慌てて二発目、三発目と繰り出したが、
同じように受け流されてしまった。


(なんだこいつは……!?)


戦い慣れている感触が直美から伝わってくる。

ただのメスガキだと見ていた牛久沼は、
思いがけない強敵の登場に焦りを感じていた。

それもそのはず。
直美はこれまでも数々の暴漢を打ちのめしてきている。

自堕落的な生活を送ってきた牛久沼とでは、
天と地ほどの力量の差があった。

なおも執拗に危害を加えようとする牛久沼であったが、
何一つ、有効な成果を得られなかった。

直美はそうして牛久沼の身体の動きを分析し終えると、
次の拳が突き出されるタイミングに合わせて、
彼の足めがけて蹴りをいれた。

重心を計算に入れた直美の蹴りに、
牛久沼は身体のバランスを大きく崩してしまう。


「ギャアッ!!」


ベランダ側の床に倒れた牛久沼は、悲痛な叫びを上げた。

見ると、彼の手足には、ガラスの破片が突き刺さっている。
直美が先ほど割った窓ガラスの破片だ。


「ちくしょう……ちくしょおお!!!」


頭に血が昇った牛久沼は、落ちてるガラス片を拾うと、それを直美めがけて投げつけた。

しかし、それが直美に刺さることはない。
彼女はその常人離れした動体視力で、飛んでくる凶器を完全に見切っていた。外れたガラス片は、壁に当たり粉々になってしまった。


「でぇぇいっ!!」


お返しとばかりに、牛久沼の顎に蹴りをいれる。
スナップを効かせた強力な蹴りだ。
彼女の靴のつま先が顎に当たり、牛久沼の身体は軽く跳ねあがった。


「ぐああっ!!」


落下した衝撃で、無数のガラス片がさらに突き刺さる。
下半身を晒していたため、
お尻や太ももにも突き刺さってしまっていた。

おまけに蹴られた衝撃で、歯が二三本折れてしまう。
牛久沼は折れた歯に気付き、怒りに震えた。


「くっそぉぉ!!殺してやる!!」


血だらけになりながらも、牛久沼は再び立ち上がる。
彼の手には長さ10cmから15cmほどのガラスの破片が三枚、握られていた。

牛久沼はそこから二枚を直美に投げつける。

もちろん当たるはずもない。

しかし、直美はそこで気が付いた。
彼の狙いが自分ではなく、恭子であったことに。

直美がガラス片を避けたことで、
牛久沼と恭子の直線上がガラ空きとなっていた。


(こうなればヤケだ……恭子だけでも殺してやる。
覚悟しろよ、あの世で思い切り犯しまくってやるからな……)


牛久沼は、痛みを堪えて恭子の元へ駆け出した。
彼の手には最後のガラス片を握られている。

彼はベッドに飛び乗ると、
それを恭子の首めがけて突き刺そうとした。


「させないっ!!」


直美は思い切り足を振ると、靴をすっぽ抜いた。
脱げた靴が宙を走り、牛久沼の持つガラス片にぶつかった。

手元でガラスが割れ、破片が牛久沼の目に入る。


「がっ!?」


思わず目元に手を添える。直美はその隙に距離を詰めると、牛久沼の顔に回し蹴りを放った。


「うごっ……!!」


ベッドから振り落とされる牛久沼。
ひっくり返った机の上に飛ばされ、彼はのたうち回った。

直美は追撃を決め、ベッドから降りると、
牛久沼のお腹目掛けて正拳突きをお見舞いした。


「ぐぇえっ!?」


ボスッという鈍い音と共に、吐くような声を出す。
直美の拳がみぞおちにめり込んでいる。

メキメキと沈む拳に、牛久沼は目ん玉をひん剥かれた状態となった。さらに臓器に衝撃が走り、内容物が逆流して嘔吐した。


「うぉえぇぇぇ……」


泡立った胃酸が、牛久沼の口から溢れだす。

あまりにも強烈な一撃をくらってしまい、
牛久沼は呼吸をすることすらままならなくなり、
お腹を抱えたまま動かなくなってしまった。

だがそれでも直美の気は治まらない。
彼女は次に、牛久沼の股間に狙いを定めた。

欠損したこの部分を蹴られたら、ひとたまりもないだろう。


「許せない……あんただけは絶対に許さないんだからっ!!」


直美が蹴ろうとしたその時。


「直美……」


背中から、恭子の声がした。

振り返くと、瞑(つむ)った瞼(まぶた)の隙間に、
たしかにこちらを見据える目があった。


(キョウちゃん、生きてるの!?)


直美は慌てて恭子に寄り添い、声をかけた。


「キョウちゃんっ!?」

「なお……み……ダメ……」

「えっ!?」

「これ以上……やったら……あいつ……死んじゃう……」

「でも、あいつがキョウちゃんを!」

「人殺しに……ならないで……お……願い……」


恭子は死にかけながらも、
直美が牛久沼にトドメを刺すのを阻止しようとしていた。

恭子の願いは、直美が幸せになること。

トドメを刺せば、殺人犯となってしまう。
こんなクズのために、直美の人生を棒に振らせたくなかった。


「キョウちゃん……わかった……もうしないよ……」


直美は恭子の気持ちを汲んで涙した。


「直美……聞いて……はぁ……はぁ」

「もう喋らないで……死んじゃうよ……」


恭子は苦しそうに息をしている。直美は、いつその意識が途絶えてしまわないか心配でたまらなかった。


ドンドン! ドンドンドンドン!

「甘髪さん!! 中にいらっしゃいますかっ!? 甘髪さんっ!!」


玄関から扉を叩く音がした。
近所の人が通報して、駆け付けた警察官だ。


「はぁ……はぁ……」


恭子は呼吸を整えると、再び話し始めた。


「ずっと貴女に……謝りたかった……
催眠のこと……本当に……ごめんなさい……」


涙を流し謝罪する。
恭子は長年、言いたくても言えなかった言葉を、
ようやく口にすることができた。

直美も感極まって涙する。


「良いよ……もうわかったから……喋らないで……」


ずずずっと鼻水を吸い込む。
直美はぎゅっと恭子を抱きしめた。

直美の抱擁に、恭子の表情が緩(ゆる)む。


「ありがと……直美…………はっ……! あぶないっ!!」


何かに気付き、恭子は慌てて直美を突き飛ばした。

〖グサッ!!〗「あぁぁぁっ!!」

直後、恭子が叫び声をあげる。直美が振り返ると、ボロボロになった牛久沼が、落ちていたハサミを恭子の胸に突き刺していた。

警察が来たことで追い詰められた牛久沼は、
呼吸が整ってきたのを良いことに、再び襲いかかって来ていたのだ。

本来は直美の背中に突き刺すつもりだったが、
恭子が直美を突き飛ばしてしまったため、狙いが逸れてしまったといえる。

だが、結果オーライだ。
これで恭子は死ぬ。牛久沼は高笑いした。


「ヒャーーーハッハッハッハ!!!
やった! ついにやったぞっ!」


その声を聞き、抑えられていた直美の怒りに火が灯る。


「このぉおおおおおおおお!!!!」


直美は右手でチョキを作ると、牛久沼の両目に突き刺した。


「がぁっ!!」


ハサミから手を放し、両目を抑える牛久沼。
直美はそのまま彼の上着を掴み、部屋の隅に放り投げた。

ガタンッ!!ゴトンゴトンッ!

付近にある生活用品が倒れ、牛久沼の身体に降りかかる。
彼は投げられた衝撃で体力を使い果たし、動かなくなってしまった。


「入れっ! 奥の部屋だ!!」


そのタイミングで、警官が突入してくる。
寝室のドアが開かれ、複数の警察官が入ってきた。


「なんだこれは……」


中の惨状を目の当たりにして、
警察はすぐに病院に救急車を要請した。

そして直美に声をかける。


「キミがやったのか……?」


この中でまともに動けるのは直美だけだ。
他の二人は、瀕死の状態と言っても良い。

そんな警察の問いに、代わりに恭子が弁明する。


「違い……ます……」


彼女は胸を抑えながらも、必死に訴えかけていた。


「キョウちゃん、ダメ……しゃべらないで……」


ここで無理をさせたら、恭子が死んでしまう。
直美は慌てて恭子を抱き締めた。


「聞いて……ください……」


恭子は、そんな直美を無視して警官に話し続けた。

これだけはなんとしても伝えなくては。
直美のこれからの人生に関わることだ。

警察は迷ったが、恭子の証言に耳を貸すことにした。


「私が……全部やりました……はぁはぁ……この子は……後から……うぅ、く……来た、だけです……」

「やったって、何をですか?」

「あの男を……殺したのは……私です……」

「まだ死んでませんが……わかりました」


警官は恭子の意向を理解したようだった。

現場を見る限り、この股間を怪我している男が加害者で、全裸の女性が被害者だろう。

彼女の顔が血塗れになっていることから、この加害者の男性の股間に噛み付いたことは、なんとなく想像できた。

レイプされて抵抗したといったところだろう。

そして彼女を支えている女性。

衣服がそれほど汚れていないことから、この被害者が言うように、後から来たと見るのが自然だ。

とはいえ、詳しい内容は鑑識の結果が出てからとなる。

警官はひとまず、
加害者と見られる男性の容態を見ることにした。


「…………」

「……キョウちゃん? キョウちゃん!?」


恭子の身体がほんの少し重くなったことで、
直美が異変に気付く。

しかし、直美の呼びかけに恭子が答えることはなかった。

Part.129 【 閉鎖空間 】

その後、病院に搬送された恭子は、
緊急手術を受け一命を取り留めた。

牛久沼も男性器を失う大怪我を負ったものの、
命に別状はなかったそうだ。

しかし、警察が出動するほどの大事件になったにも関わらず、
なぜかマスコミは沈黙していた。

事件のことを知る者は、一部の関係者のみに限られ、
警察署内でもそのことを話す者は、ほとんどいなかったという。

それから二日後。

警察の取り調べを終えて、
直美は都立○✕病院を訪れていた。

病室のベッドで、人工呼吸器を付けられ眠る恭子。

彼女はレイプによる精神的ショックから、
脳に深刻なダメージを負ってしまっていた。

医者の話では、全身麻痺を起こして、
言語障害を引き起こすかもしれない重篤な状態だという。

直美は椅子に座り、恭子を見つめていた。
植物人間となってしまうやもしれぬ彼女に、沈痛な表情を浮かべている。

恭子はもう目を覚まさないかもしれない。

しかし、例えそうなっても、
直美の気持ちは、すでに固まっていた。


(どんなことになっても、あたしがついてるからね)


恭子と交わした約束を今度こそ守る。
直美は恭子のことを一生支えていくつもりであった。

コンコンッ

ノック音がして、病室のドアが開かれる。


「藤崎さん、そろそろお時間ですが……」


看護師が退出を促してくる。
時刻はすでに夕刻をまわろうとしているところであった。

直美は立ち上がって、ハンガー掛けからコートを取ると、
出入口で振り返って一言添えた。


「キョウちゃん……またね」


静まり返った病室内に返す者はいない。
直美は看護士に会釈をすると病室を後にした。


※※※


人が疎らになった廊下を歩く。

あまり来ない場所だったので知らなかったが、意外にも病院内には売店、フードコート、美容室などが設けられていた。
こういうものがあると、長期入院患者やその家族にとっては非常にありがたい。

直美は、その日の夜食を買うため売店に立ち寄っていた。
売店内には患者や職員らしき人の姿が多く見られ、各々に買い物を楽しんでいた。

その中にひときわ目立つ女性がいた。
黒いレースの服に、同じく黒のコートを纏った女性だ。

少し緑のかかった艶のある髪に、
スラッとした輪郭に青白い肌をしている。

そう……恭子の危機を知らせてくれた占い師の女性である。


「あっ! おねーさん!?」


恭子の件が落ち着いたら、お礼をしに行こうと思っていた。

まさかこんなところで出会えるなんて……。

直美は、いそいそと彼女に駆け寄った。


「直美ちゃん。お久しぶりね」


占い師は直美に気が付くと、にっこりと微笑んで見せた。
前に話した時と比べて、ずいぶんと砕けた話し方となっている。


「お姉さんも誰かのお見舞いですか?」

「えぇ、あれから恭子ちゃんがどうなったか気になって、様子を見に来たの」

「えっ!?」


恭子の入院を占い師が知っていて、直美は驚きの声をあげた。周りの人達の視線が集まる。


「ごめんなさい。いきなりそんなこと言われたら、ビックリするわよね。説明するから向こうのフードコートで話しましょ」

「あ、はい」


二人は買い物を済ませると、フードコートへと移動した。


※※※


「お姉さん、なんでここに入院してることが分かったんですか??」


直美は彼女に、
氏名、生まれた場所、時間帯以外何も知らせていない。

こんな大都市で、恭子の入院している病院を当てることなど不可能だ。そもそも入院してることすら分からないのに。


「私は占い師よ?
一度情報を得られた相手なら、どこにいても分かるわ」

「そうなんだ……占いってすごい……」


占い師だからできると言われれば、なんでもそうなのかと思ってしまうものだ。直美はそれだけで納得した。


「それで聞きたいんだけど、
恭子さんは今、お話できる状態かしら?」

「それは……」


直美は首を横に振った。


「キョウちゃんは、
もう目覚めないかもしれないんです……」


恭子は昏睡状態が続いている。
最悪の場合、死すらもあり得ると医者からは言われていた。

それを思い出したのか、
直美は鼻を啜り、じんわりと涙を浮かべた。


「そう……辛かったわね。
でも大丈夫よ。これから良い方向に進むから」

「占いでそんなことも分かるんですか?」

「いいえ、私は彼女を治療するために来たの」

「……?」


医者でもないのに、何を言ってるのだろう?

意味が分からず、占い師を見つめる。しかし、占い師はそんな直美の疑いの目など気にもせず、話を続けた。


「直美ちゃん。恭子ちゃんを助けたいと思う?」

「はい……」

「それじゃあ、彼女のいる病室に案内して貰えるかしら?」

「えっ、でももう面会終わる時間だし……」


時計を見ると、面会時間終了五分前であった。


「すぐ終わるから。時間が経てば経つほど、彼女が助かる見込みは低くなるわ。だから今すぐ会いたいの」

「わかりました」


なんだかよく分からなかったが、
この占い師を連れていけば何とかなるかもしれない。

そう思った直美は、彼女を連れて恭子の病室に戻ることにした。

エレベーターで階上を目指す。
恭子の病室は、最上階の最奥特別室。

通常であればVIP患者が使うような病室だ。

手前には来客用の受付があった。
看護士が直美に気付き声をかけてくる。


「藤崎さん、どうされましたか?」

「すみません、忘れ物をしちゃって、
すぐに済むので、入っても良いですか?」

「そういうことなら……後ろの方は?」

「友達です。一目見るだけでもってことで来たんですけど、一緒に良いですか?」

「わかりました。でもすぐに戻ってきてくださいね」


面会終了まで、まだ二分ほどある。
看護士は二人の入室を許した。


※※※


占い師は部屋に入ると、
バッグから銀の皿を四枚と焼香の入った袋を取り出した。

病室の角4方向に皿を置き焼香を盛る。
そうして設置を終えると、チョークで床に線を引き始めた。


(ええっ!?)


突然の行動に驚く直美。

焼香を置くところまでは良いとして、
床に線なんか引いたら、怒られてしまうではないか。

そんな直美の視線などなんのその。
占い師は皿と皿の間に線を引き終えると、チャッカマンで焼香に点火した。

もくもくと煙が立ち込め、お香の匂いが漂い始める。

スプリンクラーがいつ作動するかというギリギリのタイミングで、占い師がバッグから水晶玉を取り出した。

水晶に念を込め、呪文を唱え始める。

水晶は青白く光り、
それに呼応するように煙の勢いが増していった。


(えっ? なに、なに?)


直美は外の景色を見て驚いた。
空がピカピカと暗転を繰り返したかと思うと、
次の瞬間、真っ黒になってしまったのだ。

同時に切れる部屋の照明。

水晶の光のおかげで、部屋が真っ暗になることはなかったが、超常現象の連続に、直美は口をパクパクとさせていた。

占い師は、水晶玉をテーブルに置くと話し始めた。


「ふう……これで準備完了っと。ごめんね。
説明してる時間なかったから、一気にやっちゃった」

「お姉さん……もしかして魔法使い!?」


単刀直入な物言いに、占い師はふっと微笑む。


「正確には違うけど……まぁ似たような者ね。
魔法を使ってこの空間を外界から遮断したの」

「外界から遮断??」

「時間がないって言ってたでしょ?
だからこの部屋だけをカットして外の時間を止めたの」

「そんなこともできるのぉーー!?」

「みんなには内緒よ。直美ちゃんになら見せても大丈夫って占いで出たから、見せることにしたの」

「そうなんだ! じゃあ、もしかしてキョウちゃんのことも、その魔法でなんとかしてくれるの!?」

「えぇ、もちろんよ」

「やったぁーーー!!」


占い師の言葉に大喜び。
直美はこの超常現象への驚きよりも、
恭子が助かることへの喜びでいっぱいだった。


「でも私ができるのは、あくまでサポートだけ。
恭子ちゃんを元に戻すのは、直美ちゃん、あなたの役目よ」

「え?」


占い師は、恭子の方を向くと、
彼女の呼吸器と点滴を外し始めた。


「ほとんどは私の手で、なんとかできるんだけど。
この子の寿命は前にも言ったように、すでに切れてるの。
このまま治しても、運命に引き摺られて、すぐに死ぬことになるわ」

「あ……勝手に外しても良いんですか?」

「外さなきゃ治療できないわ。
これどうやって外すのかしら?」

「あたしもわかんないけど……」


二人は右往左往している。
やり方は分からなかったが、とりあえず呼吸器のバンドと、なんか腕に付いてる変なテープを適当に剥がして、点滴の針を抜いてみた。


「あっ、キョウちゃんが苦しそうにしてるっ……!
どうしよっ!?」


恭子が見るみるうちに苦しみ始めた。
素人二人がなんの知識もなしにこんなことを始めたら、苦しんでも仕方がない。慌てる直美を占い師が制止する。


「落ち着いて、直美ちゃん。
たしか脳が損傷を受けてるのよね?」

「お医者さんはそう言ってました……」

「じゃあ先にそっちをしましょ」


占い師は、恭子の頭に手を添えると念じ始めた。
彼女の指先から、水晶玉と同じような光が生じる。

すると激しかった恭子の呼吸は、川のせせらぎのように緩やかなものへと変わったのであった。


「すごーい!!回復魔法みたいなもの?」


直美は大人気ロールプレイングゲーム〖ドラもんクエスト〗の知識を用いて質問をした。

ゲームをする人にとっては当たり前の知識であるが、回復魔法とは、傷や病気を治すことができる気功のようなものである。

占い師が、この知識を共有しているかどうかは定かでないが、彼女は直美の質問にこう答えた。


「回復魔法とは違うわ。私は彼女の傷を治してるんじゃなくて、傷を受ける前の状態に戻してるだけなの」

「そうなんだ!!」


どちらにしてもすごいことには変わりはない。
直美は、初めて見る魔法に興奮を隠しきれなかった。


「それじゃあ直美ちゃん、次は身体を治すわよ?
彼女の服を脱がせてもらえる?」

「は、はい!」


占い師の指示に元気よく返すと、直美は恭子の来ている患者衣を脱がせ始めた。彼女の痣だらけの身体が晒される。


「……思っていたより酷いわね」


あの美しかった恭子の肌は、
今はどこを見ても紫色の黒みのかかった痣だらけ。

占い師は恭子の肩に手をかざすと、直美に次なる指示を出した。


「下着を脱がせて包帯も切って。
直接手をかざさないと治せないから」

「はいっ!」


恭子のブラとショーツを脱がせる。
そして手持ちのハサミでチョキチョキと包帯を切断した。
痛々しい傷痕が晒される。

その直後、占い師の指先に再び青白い光が宿った。


(うわ……すごい……)


占い師が触れた痣や傷がすっと消えていく。
肩、首、胸、腕と、次々と傷を消していき、
恭子は元の美しかった肌を取り戻した。


「はい、背中も完了っと。これで全部元通りね」

「やった。ありがとう! え、えーっと……」


直美が言いよどむ。
占い師の名を呼ぼうとしたが、
今さら知らないことに気付いたようだ。


「あぁ……そういえば自己紹介がまだだったわね。
私は楠木(くすのき) 小夜(さや)。呼ぶ時は下の名前で呼んでね」

「ありがとう小夜さん! キョウちゃんを助けてくれて!」


あの絶望的だった恭子の容態をここまで良くしてくれた。
直美はこの命の恩人に大いに感謝した。

しかし、小夜は平然とした表情で、
「まだ助かっていないわよ?」と言った。

彼女は真剣な態度を崩していなかった。


「もう一度説明するわね。
恭子ちゃんの寿命はすでに切れてるの。
今は彼女の運命に干渉して、生き長らえさせているだけ。
このままだと意識は戻らないし、この閉鎖空間を出れば、すぐにまた瀕死の重傷を負ってしまうわ」

「そんな……」

「それを防ぐには、儀式を行うこと。
彼女の尽きてしまった寿命を、
あなたの運命に結び付けて延ばしてあげるの。
彼女と最も結び付きが強いあなたにしかできないことよ。
お任せしても大丈夫かしら?」

「もちろん!」

「どんなことでもする?」

「するっ!」

「じゃあ、服を脱いで」

「え、服を?」

「儀式を行うためには、
服を脱いでもらう必要があるの。もちろん下着もね」

「うん、わかった……」


直美は、言われた通り、服を脱ぎ始めた。
ジャケット、シャツ、ズボンなど次々と脱いでいく。


(なんか恥ずかしいな……)


相手が男でないのは救いであったが、見知らぬ女性の前で、裸になることに直美はためらいを感じていた。

小夜は、特に目を逸らすことなく直美を見つめている。


「あのぉ……恥ずかしいからあんまり見ないでほしいかな」

「女同士なんだから恥ずかしがることないじゃない」

「でも……」

「わかった、むこう向いてるわね」


直美は、小夜が反対側を向いている隙に、
ブラとショーツを脱いで一糸纏わぬ姿となった。

脱いだ衣服で胸と股間を隠しながら、小夜に伝える。


「……脱いだよ」

「それじゃあ夜伽(よとぎ)の儀の説明を始めるわね」

「よとぎのぎ?」

「以前、魂の結び付きを切るって話をしたのは覚えてるかしら?」

「たしか、縁を切ると別々の世界で生きることになるって言ってたような?」

「そう。魂の縁を切ると、二度とその魂同士は出会わなくなるの。夜伽の儀は、その逆の作用をもたらす儀式のことよ。
魂同士の結び付きを強くして、直美ちゃんの運命に恭子ちゃんの運命がくっつくようにさせるってわけ」

「あれ? そういえば、あたしとキョウちゃんは運命共同体だったんだよね?」

「そうよ」

「じゃあ、なんでキョウちゃんがこんな状態になっているのに、あたしは平気なの?」

「ん~平気と言っても、彼女の今後のケアを考えたら、
人生は限られることになるんだけど……。
まぁ、細かいことは置いといて、
簡単に言うと、直美ちゃんが一度死んだことが原因なのよ」

「えぇっ!?」

「死ななかったっけ?」

「なんで知ってるの……?」

「水晶玉で見てたのよ。あなたが死ぬところ」

「やっぱり、あたし死んでたんだ……」


生々しい痛みが思い起こされる。
ハサミの先端を首に突き刺して、奥まで貫通させた。
正直、二度と体験したくない痛みであった。

そして悍(おぞ)ましい死の記憶。
直美はそれを思い出し身震いした。


「あの時は痛い思いさせてごめんね。
どうしても必要なことだったのよ。

あなたが死んだ瞬間、私は時を巻き戻した。

恭子ちゃんを救うリベンジをしてもらうためでもあったんだけど、あなたに死のノルマをこなさせるのも目的だったの。

あなたは一度死んだことによって、死の運命から逃れることができた。だからこそ、恭子ちゃんの運命を今のあなたに結び付けることができるようになったってわけ」

「…………」


直美はよく分からないといった顔をしている。
彼女の頭では理解しきれないようだ。


「えぇっと……とにかく大丈夫ってことよ」

「なるほど」


直美の表情から、理解させることができないと察した小夜は、そこで話を止めることにした。


「じゃあ彼女のベッドにあがってもらえる?」

「え……キョウちゃんがいるのに乗れないよ」

「こうすればいけるでしょ?」


小夜は恭子の脚を持つと、そのまま折りたたんで横に倒した。脚が畳まれたことにより、直美の座るスペースができる。直美はそこに座ると次なる指示を仰いだ。


「これでいい?」

「えぇ、じゃあさっそくだけど、
恭子ちゃんとセックスしてもらえる?」

「セセセ、セックス!?」


突然の要求に直美はつい大声をあげてしまった。


「夜伽の儀を完成させるためには、
現世で最も縁の深い人物との性行為が必要なの。
女の人が相手なら膣内に挿入してアクメを迎えさせて、
男の人が相手なら膣内に射精させてあげる必要があるわ」

「アクメ……?」

「絶頂のことよ」

「ふむ……」

「私は女同士でどうするか詳しくないけど、直美ちゃんは恭子ちゃんと恋人同士だったんだから分かるわよね?」

「だいたいは……」

「膣内に挿入してアクメを迎えさせるのだったら、男性器でなくても大丈夫よ。直美ちゃんの指で彼女をアクメさせてあげて」


直美は小夜の指示に口を閉ざしてしまった。


(どうしよう……
キョウちゃんのことは大事だけど、あたしには誠が……)


直美は誠への気持ちを思い出している。
誠以外と性的関わりを持つことに彼女は抵抗があった。


(でも誠には真里ちゃんがいるし……)


誠に真里がいるのも分かっていた。
そして彼が自分の元に戻らないことも……。

しかし、それでも直美は、誠を裏切る気にはなれなかった。


「他に方法はないの……?」

「残念ながらないわ。私が張った結界にも限界があるし、もしするつもりがないなら、私は自分の用事だけを済ませて帰ることにするわ」

「小夜さんの用事?」

「私は恭子ちゃんに聞きたいことがあったの。
だから死なせるわけにいかなかった。

あなたに協力したのもそのためよ。
単なるお人好しな魔法使いだと思わないでね。

恭子ちゃんから聞きたいことを聞いたら、
すぐに帰るつもりよ。さぁ、どうするか決めなさい」


小夜の言葉に偽りはない。
実際、恭子の死を気にしなければ、
彼女に意識を取り戻させる方法はいくらでもあった。

〖チャンスは与えるが、拾う意志がなければ救わない〗

それが彼女のスタンスであった。

直美は考えた。
親友としての恭子のこと。恋人としての誠のこと。


(誠だったら、きっとキョウちゃんを救うように言うと思う。
キョウちゃんとエッチすることで、誠を裏切ったことにはならないはずだよ)


「夜伽の儀を始めて、小夜さん……」


迷いはあったが、直美は恭子を救うため、
夜伽の儀を受け入れることにした。

Part.130 【 夜伽の儀 】

外界から遮断された閉鎖空間。
水晶玉から発せられた光のみが部屋を照らしている。

直美は静かに横たわる恭子を見ていた。

痣もなく綺麗になった身体。
これまで情交を結んできた日々が思い起こされる。

互いに知らないところはないというくらい肌を重ねてきた。キスをしても、指で触れても、何をしても気持ち良かった。

初めてエッチした日は、最初から良いところを知っていて、前世からの繋がりがあると思えるくらい嬉しかったものだ。

しかし、それらは全て催眠による瞞(まやか)しであった。

恭子は自分に、女性を恋愛対象に見れるよう暗示をかけ、
女同士のセックスで感じられるよう開発していたのだ。


(あたしはどうやって、
キョウちゃんと向き合えば良いんだろう……)


夜伽の儀は心を通い合わせる儀式。
このような気持ちで恭子を救えるか不安だった。

そんな直美の迷いを読み取ったのか、
再び小夜が声をかけてきた。


「直美ちゃんが迷う気持ちは分かるけど、今はそのことを忘れて。そうでなければ儀式を始められないわ」

「忘れることなんてできないよ。あたしは今もキョウちゃんが好き……でもその気持ちは催眠によるものなの。
好きだけど……本当の好きじゃないの……」


直美は涙を浮かべている。
恭子を助けたい気持ちはあっても、
催眠が弊害となり、心を通わすことができないのだ。


「そういうことね……わかったわ。一旦やめてお話しましょ?」


直美が催眠について語るのは初めてであるが、
小夜は恭子の過去の映像を通して、
直美が催眠に掛けられていたことを知っていた。

直美の説明不足はあったものの、
彼女が何に悩んでいるか、すぐに理解できたようだ。

小夜は椅子に腰掛け、先ほど購入したコグマのマーチを開けると、袋詰めのチョコ菓子を取り出した。

空になった箱に半分入れて直美に渡し、
自身は袋から直接食べ始めた。


「とりあえずそれ食べて、さっき売店で買ったお菓子よ」

「……ありがと」


直美は貰ったチョコを口に放り込んだ。
泣いている子供が、お菓子であやされているような感じだ。


「あなたは、恭子ちゃんへの気持ちが催眠によるものだと考えているのね?」

「うん……」

「どうして自分が催眠に掛けられているとわかったの?」

「キョウちゃんのノートを見つけて、そこに書かれてたの……どういう催眠を掛けたかって」

「……なんでそんなもの残してたのかしらね?
すぐに処分しちゃえば分からなかったのに」

「わかんない……」


恭子がノートを残していた理由は不明だ。
本人の意識がない状態では、明かすことはできない。


「まぁ良いわ。あなたはノートを見てどう感じたの?」

「すごく悲しかった……そして許せなかった。
あたしと誠の仲を引き裂いたキョウちゃんのことを……」

「でもあなたは、そんな彼女のために命を投げ出した。どうして?」

「キョウちゃんと約束したから、ずっと一緒にいるって、だから……」

「死んでも一緒ってわけね。
はっきり言って、あなたの行動は矛盾してるわ。

そんなに憎んでいたのに、
彼女との約束を命をかけてまで守ろうとするなんて……

もしかして、それも催眠を掛けられてるんじゃない?
恭子ちゃんが死んだら、後追い自殺をする催眠をね」

「キョウちゃんはそんなことしないよっ!」

「わからないわよ? 策謀に長けた彼女のことだから、
それくらいのことしそうだけど……
あなたと元彼さんの仲を引き裂いたようにね」


小夜は目を細めて、疑問を投げかける。
直美は首を横に振ると、改めてそれを否定した。


「キョウちゃんは、催眠を掛けたことをずっと悔やんでいた。時々、悲しそうな顔をしてたのも、きっとそのことを悔やんでいたんだよ……。
そんなキョウちゃんが、あたしの死を望むはずがない」

「そういうところは信用するのね。
自分の好きって気持ちも信用してあげたら?」

「だってそれはノートに書かれてたことだし……」

「恭子ちゃんを好きになるって書かれてあったの?」

「……直接的な表現じゃなかったけど」

「どう書いてあった?」

「女の子を好きになるようにって」

「……他には?」


直美は目を上向きにして考える。


「女の子同士のエッチが好きになるようにって書かれてあったかな?」

「そうなの……」


小夜は、直美の話を聞き、何かを察したようだった。


「とりあえずノートを信用して、そこに書かれたもの以外、暗示を掛けてないと仮定すると、彼女がしたことは、あなたの好きの範囲を広げたに過ぎないわ。

元々男しか好きになれない直美ちゃんを、女も好きになれるようにした。それだけよね?」

「だからあたしの好きは、催眠によるものなの」

「なんでそうなるの?」

「なんでって……今言ったばっかじゃん。
女も好きになれるようにしたって」


直美は理解してくれない小夜に少しふくれっ面を見せた。


「恭子ちゃんは、女の子も好きになるように暗示を掛けた。そこから先、誰を好きになろうと、直美ちゃんの勝手じゃない?」

「……?」

「要するに、あなたは恭子ちゃんじゃなくても、誰を好きになっても良かったのよ。他に気になった女の子はいなかったの?」

「たしかにキョウちゃん以外の女の子も気になってたけど……」

「あなたはその中から恭子ちゃんを選んだの。
直接好きになるよう暗示を掛けられていないんだったら、それしかないわ」

(あたしが自分で選んだ……?)


直美は自分で選んだと言われ動揺している。
小夜はひとまず別の問題点について解決することにした。


「でも元彼のことが気がかりね……彼とはどうして別れたの?」

「キョウちゃんは、あたしのことを催眠で男嫌いにしたの。
それであたしの前で彼にオナニーさせて、気持ち悪いって思わせたの。それであたしは彼のことを……」

「あら……」


小夜は少し困ったような顔を見せた。
それはたしかに〖悪い〗と感じたようだ。


「たしか彼には恋人がいるって言ってたわよね?」

「うん……」

「あなたはその二人に別れて欲しいと思う?」


小夜の質問に直美は首をブンブンと横に振った。


「別れて欲しいなんて思わないよ」

「でも彼女がいたら、彼と縒(よ)りを戻すことはできないわ。あ、そうだ……魔法で彼の気持ちを戻してあげよっか?」

「ダメ!そんなことしないでっ!!
あたしは……二人が幸せならそれでいいのっ!」


直美は声を荒らげて拒否する。
怒っているのか、少し息が上がっているようだ

直美は昔から自分の幸せよりも、他人の幸せを望む人物であった。自分が幸せをなるために、誠と真里の関係を壊すといった決断を下すはずがなかった。


(この子、本当に良い子ね……
きっと恭子ちゃんも、この子に影響されたのね)


小夜は内心ほほえんでいた。


「冗談よ。あなたの気持ちはよくわかったわ。
話をまとめると、恭子ちゃんは催眠であなたを男嫌いにして、彼と別れさせた。
だけどあなたは恭子ちゃんのことをすでに許していて、彼とよりを戻すつもりはない。ということで良いかしら?」

「……大体は」

「あなたが不特定多数の女性の中から、恭子ちゃんを選んだということも理解してる?」

「そこも分かったけど……
あたしは男の人を恋愛対象から外されてたわけだし……」

「そうね。たしかに男性諸君からすればフェアじゃないわ。
そこは直美ちゃんの考え方次第ってところね」

「うん……でもこんな気持ちで夜伽の儀を成功させることなんてできるのかな?」

「無理ね」


バッサリ否定され、直美は黙ってしまった。

このままでは恭子を救えない。
二度と彼女に会えなくなってしまう。

何もできない自分に悔しさがこみ上げてきていた。


「ふぅ~……直美ちゃんがすごく良い子だから、特別に恭子ちゃんについて教えてあげるわ」

「……?」

「私が水晶であなたの様子を見てたって、さっき言ったわよね?」

「うん」

「実は恭子ちゃんのことも見てたの」

「えっ!?」

「あなたが助けに来るまでの間、恭子ちゃんがどうしてたか知りたくない?」

「どうしてたの?」

「教えてあげるわ……」


そうして小夜は、
恭子が牛久沼と遭遇して盗聴器の存在を知り、
直美を守るために彼の殺害を試みたこと、
牛久沼の逆襲を受け、ボロボロになるまで痛みつけられたこと、最後まで直美のことを想い続けていたことなどを語った。


「男は初め、エッチできれば良いだけだったみたいだけど、結果として殺さなきゃ、自分が殺されてしまう状況まで追い詰められしまっていたようね」

「そ、それじゃあ……キョウちゃんがボロボロだったのは……」

「あなたを守るためだったって推測できるわ」


それを聞いて直美は絶句してしまった。


「恭子ちゃんは、初めは自分の幸せのために催眠を始めたかもしれないけど、最後はあなたの幸せのために自分を犠牲にした」

「うぅぅ……うっ……うっ……キョ……キョウ……ちゃん…………」

「あなたの〖好き〗が本物かどうかは置いといて、
少なくとも、恭子ちゃんのあなたへの愛は本物だと思うわ」


直美は泣きながら恭子に向き合った。
早く彼女をこの眠りから覚ましてあげなくては。

そういう決意が直美の瞳に宿ろうとしていた。


「どう、直美ちゃん? 夜伽の儀はできそう?」

「大丈夫……任せて!」


直美は力強く返事をした。

Part.131 【 目を開けて◇ 】

直美は恭子と性交に及ぼうとしていた。
胸がざわざわと疼き、女芯に熱いものが揺らめくのがわかった。

それもそのはず、直美はしばらくエッチどころか自慰すらもしていなかったからだ。

最後にしたのは一週間以上前。
年末は実家でしたものの、催眠ノートを読んでからは、女性に興奮することに嫌悪感が起こり、自慰をする気になれなかった。

元々性欲旺盛な直美にとっては非常に長い禁欲期間である。

しかし、今は我慢する必要などない。

むしろこの内側に燻るリビドーを、
眼下に横たわる美女にぶつけなければならなかった。


「それじゃあ改めて結界を張るわよ」


小夜はそう言うと、床にチョークで線を描き始めた。ベッドの下に潜り込んで、全体を囲うように長方形の線を描く。

そんな小夜に直美はベッドから身を乗り出して尋ねた。


「なんでまた結界を張るの?」

「私に見られながらだとやりづらいでしょ?
夜伽の儀が続いている間は、こっちの時間は止めておくことにしたから、好きなようにしなさい」

ガンッ!

「痛っ……終わったら解除されるようにしとくから……」


小夜はベッドの下から出る際に、金具に頭をぶつけてしまった。ぶつけた箇所をさすりながら椅子に腰かけ、水晶に手をかざす。

テーブルに置かれた水晶玉が、小夜の合図で輝き出した。


「直美ちゃん、頑張ってね。あなたなら、きっと恭子ちゃんの意識を取り戻すことができるわ」


次の瞬間。小夜は動かなくなってしまった。


(本当に止まっちゃった……!)


直美は試しにベッドから出てみようとしたが、
すぐにドンッと何かにぶつかった。
見えない壁に囲まれているようだった。

直美は出れないのを確認すると、改めて恭子に向き合った。


(キョウちゃんとするの久しぶりだな……)


恭子の潤った唇が目にはいる。


(そういえば、あたしとキョウちゃんが初めてキスしたのって、高校二年の時だったんだ……)


これまで消されていた記憶が甦る。

直美はそれまで大学合格後に初キスをしたと思い込んでいたが、実際二人が初めて唇を交わしたのは、高校二年が始まったばかりの時。

恭子の家に招かれ、誠が寝てる隙に、
リビングに移動してキスしたのが始まりであった。

気分を盛り上げるため、更なる記憶を掘り起こす。

次に裸で問題集を解いていた頃の記憶が浮かんだ。

恭子の問いに正解するたびに、
彼女の指が気持ちのいいところを触ってくれた。

そのご褒美が欲しくて、必死で問題を解こうとした。


(はぁ……あたし、こうやって勉強してたんだ……)


まだ男を知らない身体に、同性から愛撫される喜びを教え込まれる。成績が上がれば上がるほど、女同士の性愛への感度も上がっていった。


(はぁはぁ……慣れてからと全然違う……。
あたし、キョウちゃんに触られてこんな風に感じてたんだ……)


レズを覚え始めの新鮮な快感が流れてくる。
直美は右手を胸に、左手を股間に近づけていった。


「あっ……そう……こんな感じだった……
キョウちゃんの指が、ハァハァ……きもちいい……♡」


すぐに勃起する乳首とクリトリス。
レズに侵食されていく感覚が、どうしようもない背徳的な快感を生み出し、そのイケナイ魅力の虜になっていたことを思い出した。


(もっとあたしに……女の子同士のエッチを教えて……はぁはぁ……あたしをキョウちゃんと同じ色に染めて……♡)


誠と別れてからだろうか?
このように思えるようになったのは。

男性と付き合っているという楔が断ち切れ、
一気にレズ色に染まっていった。

全身を恭子のレズの触手に絡めとられ、
新しい自分に作り替えられていく感覚。

今思い出すだけでも、身震いしてしまいそうだった。

ここまで興奮すれば、
あとは始めてしまっても大丈夫だろう。

直美は恭子に顔を近付けキスをした。
瑞々(みずみず)しい唇同士が触れ合い、たぷんと揺れる。


(気持ちいい……誠には悪いけど、
やっぱりキョウちゃんとのキスの方が満たされちゃうな)


あくまで相対評価であるが、
誠とのキスは、恭子ほど気持ちが通じ合うキスではなかった。

というのも、誠は奥手で恥ずかしがってしまうため、
キスの回数もデートで一度あるかないかくらいだったのだ。
キスの仕方も同じく控えめであった。

恭子の家に行く度に、彼女の情熱的なキスを受けてしまえば、心が傾いてしまうのも仕方のないことのように思えた。

一旦、唇を離して恭子を見つめる。

彼女は眠っていたが、
心做(こころな)しか悲しんでるように見えた。


(キョウちゃん、なんでそんな悲しそうな顔するの……?)


恭子からすれば、直美は催眠で操ってでも手に入れたかった相手。そんな相手からキスされれば、普通は嬉しいはずだ。

それでもこのように反応するのは、

直美が恭子への気持ちが、
催眠によるものだと考えていたように、

恭子もまた、直美の気持ちが
催眠によるものだと考えていたからではないだろうか?


(きっとそうだ……キョウちゃんは顔には出さなかったけど、
いつもこんな気持ちだったんだ……)


直美は眠る恭子に伝えた。


「大丈夫だよ。あたしは催眠が解けても、キョウちゃんのこと愛しているから、だからもう悲しまないで」


恭子の上半身を持ち上げ、両腕を背中に回して抱き寄せる。

胸同士が押し付け合い、
彼女の白い肌が擦れる感覚が冷たくて気持ち良かった。

今さら男の元になど戻れるはずがない。

直美が癒されるのは、
こうして恭子と交わっている時だけなのだから。

直美は恭子の顎に手を添えキスをした。
今度は口の凹凸を合わせるキスだ。
口と口をつなぐ小空間で、二人の舌が絡みつく。


「んっ……♡」


恭子の熱い息が漏れ、直美の舌に当たった。


(キョウちゃん感じてくれてるんだ)


直美は絡ませた舌を離すと、唇で吸って愛撫した。

徐々に色味を増してくる恭子の肌。
直美とのキスにより意識が戻りつつあるのかもしれない。

その変化に気付き、恭子の陰部に触れてみると、
そこは微かであるが湿っていた。

直美はたしかな手応えを感じると、
キスを継続しながら、恭子の乳房を揉み始めた。

付き合って約三年。恭子の身体を知り尽くした直美の愛撫は、恭子の性感を的確に刺激していった。

恭子の息が僅かであるが早くなってきている。
直美は口を離すと、そのまま恭子の乳房にしゃぶりついた。


「あ…………あ…………」

んちゅ……ちゅぱ……♡

「気持ちいいでしょ?
あは……♡ 乳首勃っちゃったね? もっとしてあげる……♡」


直美はそう言い、熱くなり始めた恭子の秘裂に指を伸ばした。


「…………んっ!!」


よりハッキリとした反応を見せる恭子。
直美の指に絡まるように、彼女の秘花から蜜が零れ出した。


「もっと声出して?
おっぱいもおまんこも同時に愛してあげるから……♡」


恭子の乳首を口に含み、軽く吸引する。
同時に左手で淫核を刺激していった。

両方の性感帯を同時に刺激されたことで、
恭子の腰は無意識に動き始めた。


「はぁ……はぁ……♡ はぁ……はぁ……♡」


声は出していないが、
恭子は直美から与えられる快感に酔いしれているようだった。


んちゅ……んむぅ……ちゅぅうう……ちゅぽんっ♡
ぴちゃ……ぴちゃ……ずりゅ……ぬぷ……


恭子の乳房と股間から水音が鳴っている。直美の指が女陰を刺激すると、まるでそこは意志があるように蠢(うごめ)いていた。


「ふふふ♡ キョウちゃんのおまんこグショグショだね……。
それにすごく熱い……キョウちゃんもあたしとずっとしたかったの?」

「あ……あ……ん……ん……♡」


恭子の意識はまだ戻っていない。だが彼女の表情は、直美の問いに応えるように色めきだっていた。


「はぁ……もうダメ……我慢できない……♡」


直美は一度責めるのを止めると、恭子を寝かせ、彼女の両足を開脚させて自分の脚を滑り込ませていった。

腰を徐々に下ろしていくと、
恭子の熱く火照った陰部に直美のそこがくっついた。


「あぅ……いぃ……この感覚♡」


直美は深く息を吐いた。
軽い震えをなんとか鎮めて、恭子の脚を胸に抱く。
女性器を持つ者同士でしかできない性技、貝合わせである。


直美の得意技だ。


「キョウちゃん準備はいい……?」


直美の勃起したクリトリスが、恭子の突起を圧し潰す。

その大きさは平均サイズの約2倍。

恭子に毎日吸われるうちに、どんどん大きくなり、
このような形になってしまったのだ。

グリグリグリ……ヌルヌル……ぐちゅんぐちょん!

そしてその特殊な形から発せられる貝合わせの刺激は、
いつも恭子の心と身体を快楽の泉へと溺れさせていた。


「んっ……!♡ふぅん……!♡あぁっ……!♡」


明確な喘ぎ声が恭子から聞こえる。
意識を失っているが、直美から受ける貝合わせに、
声を出さざる得ない状態となっているようだ。


「はぁ……あぁっ!キョウちゃん、感じて!♡もっとあたしのクリを感じてっ!!♡」


ぱちゅんっ!♡ぱちゅんっ!♡ ヌプヌプ♡
ぴちゃっぴちゃ!♡ ぱちゅんっぱちゅんっ!♡

淫裂と淫裂がキスをして、秘貝の間から音がする。
女同士の性器が奏でる卑猥な曲が、恭子の鈍った脳を刺激した。


「あぁっ!!♡ンンンッ!!♡ハァハァハァッ!!♡」

「ほら、イってっ!キョウちゃん、あたしのクリでイッてっ!!♡♡」


恭子が絶頂間近の反応を見せている。直美は大きく腰をグラインドさせると、全力で恭子をイカせにかかった。


「ウゥゥゥンッ!!ウゥンッ!ウゥンッ!!
ンンッ!!ンンンッ!ンンンッ!!!♡♡」


まるで意思を持ったような恭子の喘ぎ声。

立ち込めた暗雲に一筋の光が通過して、急速に晴れ渡るかのように、恭子の意識は明瞭になりつつあった。


「あぁっ!キョウちゃん好きっ!好きっ!!愛してるっ!!♡戻ってきて……アァッ!イク……イク……イクゥゥゥ!!
あぁっ!!キョウちゃん……好きぃぃいいいいいい!!!♡」

「ンンッ!!ンンンンンンンンンッ!!!!♡♡
アッ……!♡ アッ……!♡ アアアッ!♡
アアアアアアアァァァァァァァァァッッ!!!♡♡」


絶叫し、噴出を感じ取った瞬間――
直美も恭子も気を遣ったように声を上ずらせ、
ガクンガクンと全身で大きく飛び跳ねた。

恥骨を高々と浮かして身体を弓なりにして、
続く第二、第三の快楽の波を受け止める。

潮が噴き出て、股間がビシャビシャとなり、
ベッドに大きなシミを作った。

ビクビクと女芯が脈打つのを感じながら恭子を見ると、
彼女は情欲に染まり切った顔をしながらも、その長い睫毛の下から覗かせた眼で、しっかりと直美のことを見ていた。

それに気が付き、直美は涙を浮かべて叫んだ。


「キョウちゃん、意識が……!」

「な……お……み?」


そして、ぼんやりとして覚束ない様子の恭子を強く抱きしめると、ずっと伝えたかった言葉を口にした。


「おかえり……キョウちゃん……」

Part.132 【 明晰夢◇ 】

急激な快感の波が押し寄せてきて、覚醒する恭子。

目を開けると、裸の直美が泣きながら抱き付いていた。

火照る身体。まるでたった今、絶頂を迎えたように、セックスの余韻が身体を廻(めぐ)っていた。

室内は暗く、水晶玉のようなもので照らされており、
静止したまま動かない謎の女性の姿も見られた。

もはや訳が分からないという言葉では、
片づけられないほど意味不明な状況である。


(これは何……私は夢を見てるの?)


直美が抱きしめてくれるのは嬉しかったが、
それよりも困惑の方が大きかった。

今の状況はそう……どちらかというと、夢に近い状況だ。
とても現実のものと思えなかった。

暗くて分かりにくかったが、おそらくここは病室の中。

点滴の袋がスタンドに吊り下げられており、バイタルモニターのような機械があることからそう思った。

そして窓の外の深淵具合……全く何も見えない。
光を吸収するベンタブラックと呼ばれる素材があるが、それで作った暗黒シートを貼り付けたくらい真っ暗であった。


「直美……どうなってるのこれ……」


ひとまず直美に説明を求める。

直美はわんわん泣くだけだったが、
しばらくするとグショグショになった顔で説明を始めた。


「……うんとね。小夜さんが結界を張って、キョウちゃんの傷を魔法で治してくれたの。それで夜伽の儀式をして、キョウちゃんの目を覚まさせてくれたんだよ」

「……」


余計分からなくなってしまった。
恭子はひとまず目を閉じて、冷静に考えることにした。


(やっぱりこれ夢だ……)


直美が言ってることはメチャクチャだ。
いくら影響を受けやすいからといって、
ここまでぶっ飛んだことを言う性格ではなかったはずだ。

それに直美に言われて気付いたことだが、
たしかに身体の傷がなくなっている。

あれほどの暴行を受けてできた傷が、
こんなに簡単になくなるはずがない。
痛みや後遺症すらないのだ。どう考えてもおかしかった。


(夢なら納得いくわ……それにしてもずいぶんと意識がハッキリしている夢ね……。明晰夢(めいせきむ)ってやつかしら?)


それならそれで良い。
たとえ夢でも、こうして直美に出会えたのだから。


(もしかしたらこれは、死ぬ前に神様が見せてくれた夢なのかもしれない。そうでなければ、あんな状態からここまで回復するはずがないわ……)


夢であれば細かいことを気にする必要はない。
恭子はひとまずこの状況を楽しむことにした。


「キョウちゃん、どうしたの?」


恭子が返事をしてくれないので、直美が心配そうに見つめている。自分がどれほど説明不足なのか、全く理解していない様子だ。恭子はそんな直美に微笑むと返事をした。


「なんでもないわ。ただいま、直美」


夢であっても、直美は直美だ。
恭子はこの夢が覚めるまでの間、
この仮想の恋人を愛することを決めた。


「キョウちゃん、
あたし、もう催眠のこと怒ってないからね……」


直美は恭子が目覚めたことで、伝えたかったことを口にした。
その言葉に恭子は思わず涙する。


「すごく悪いことをしたと思ってる。
あの男にキスされたのだって、ボコボコにされたのだって、
すべて報いだったんだと思うわ。
これから死ぬのだって、私にはふさわしい罰だと思ってる……」


恭子は溢れ出る涙を指で拭った。
こう言っているが、本当は直美に会えなくなるのが辛いのだ。そんな恭子に直美は首を傾げる。


「え? キョウちゃんは死なないよ?
助かったのに、なんでそんなこと言うの??」

「ふふ……そうね、おかしいわよね」


こんな呑気なところも実に直美らしい。
恭子は再現率の高い直美に少し笑ってみせた。


「てかあの男、キスまでしてたんだっ! 許せないっ!」

「もうあの男のことは良いわ。
それより、あなたは自分の幸せを掴んで。
私はあなたが幸せでいてくれたら良いから」


本人に届かないのは分かってる。
それでも恭子は、夢の中の直美に想いを告げた。


「あたしの幸せは、キョウちゃんと一緒になることだよ。
だから今が一番、幸せ♡」

「ありがとう直美。私も直美と一緒にいれて幸せよ」

「えへへー♡ あ、そうだ。
キョウちゃんの唇、あたしのキスで清めてあげるね♡」


そう言い、直美は恭子にキスをした。
互いに目を閉じて、舌を絡ませ合う。
久しぶりに直美とするキスは、実に甘くて優しい感じがした。


「ちゅ……どう、キョウちゃん?」

「えぇ、嫌な記憶もすっかり忘れられたわ」

「やった!」


無邪気に喜ぶ直美を見て、恭子は再度、神様に感謝した。


(ありがとうございます。
最後にこんなに素敵な夢を見させてくれて……)


もはや完全に夢の出来事だと思い込んでいる。

彼女はテーブルにビニールの袋を見つけると、中身に興味を持った。コンビニのおにぎりが見える。


「何か入っているみたいだけど、あれは?」

「さっき病院の売店で買った夜御飯だよ。キョウちゃんも食べる?」

「えぇ、落ち着いたらなんだかお腹がすいたわ」


夢なのにお腹がすいている。なんとも現実的な夢だ。
直美はベッドから降りて袋を取ろうとした。

ガンッ!!

直後、頭を結界にぶつける。


「いったぁーい!」

「え? 大丈夫?」

「そういえば、結界張ってたんだっけ」


直美がまたわからないことを言っている。
試しに恭子も降りてみようとしたが、同じく見えない壁に触れた。


「コンコン、なにこれ? 透明な板が張ってるみたい」

「うんとね。そこにいる小夜さんが、このベッドに結界を張って、周りの時を止めてくれたんだよ」

「ふーん」


夢の設定などどうでもよい。
直美の話に恭子は空返事だ。

食べて空腹が満たされたかは不明だが、
見せておきながら食べさせてくれないとは、なんとも意地悪な夢だなと、恭子は思った。

そこで直美はあることに気が付いた。


(そういえば、なんで結界切れてないんだろう?
終わったら解除するって言ってたよね……?)


恭子はすでに目覚めている。
夜伽の儀が成功してるなら、結界が解除されてるはずだ。
未だに解除されていないということは……。


(まだキョウちゃんは助かっていないってことっ!?)


直美は焦りだした。事態は解決していなかった。
小夜に言われた通りにしたのになぜ?


「どうしたの、直美?」


恭子が心配そうに見つめてくる。
直美は真剣な表情で恭子と向き合った。


「キョウちゃん、もう一回エッチしよう」

「えっ?」


唐突な誘いに驚く恭子。
もう一回ということは、すでにしていたということか。
彼女は身体が火照っていた理由を理解した。


「良いけど、どうしてそんなに焦ってるの?」

「しないとキョウちゃんが死んじゃうのっ!」

「……?」


よく分からなかったが、断る理由などなかった。
恭子にとって、これが直美とできる最後のエッチになるかもしれないのだ。直美と違う理由であるが、恭子もやる気を出しつつあった。



※※※



「直美……今回は私にさせてもらってもいい?」

「え? キョウちゃんが?」


恭子からの要望に直美は戸惑った。

夜伽の儀は心を通い合わせる儀式。
必ず直美が攻めなければならないという訳ではないが、
寿命を伸ばす対象の恭子が攻めるのも、なんだかおかしい気がした。


「う~ん……どうなんだろう?」

「何か問題があるの?」


ここで断ったら、恭子をガッカリさせそうな気がする。
心を通い合わせるには、やはり本人の希望に添ったセックスをすべきでは?

そう思った直美は、恭子の望みを受け入れることにした。


「わかった。いいよ」


返事を聞き、恭子は喜ぶ。

いつもされてばかりだったが、
最後は直美の身体をじっくりと堪能したかった。
直美の顔に唇を寄せながら、胸に手を伸ばす。

ちゅ……♡ ちゅぷ……ちゅぱっ♡

恭子の口淫に、直美は愉悦の表情を浮かべる。
普段攻めてばかりだったため、受ける側は新鮮のようだ。


「……おっぱい触るよ?」

「うん……♡」


白くすべすべな恭子の指が、張りのある直美の胸に触れる。
引き締まった直美の身体に、恭子は見惚れていた。


「んっ……ぁっ♡」


指先でさわさわと、胸の表層の神経を刺激する。
ぞくぞくとした快感が胸から背筋に突き抜け、直美は喘ぎ声をあげた。


「あ、あぁっんっ!!♡」


そこで舌を差し込んだディープキスをする。
胸の愛撫と同時にされることによって、
直美はより深い快感の渦に飲み込まれていく。


れろれろ……ちゅぱっ……
れろれろれろ……んちゅぅぅぅっ……♡


温かい恭子の舌。
先ほどまで意識がなかった時とは大違いだ。
たしかに生命の躍動を感じるそれは、
直美の舌と密接につながり、愛の演舞を興じていた。


(キョウちゃん……いつもと違う……♡
あたし、何も考えられなくなっちゃう……♡♡)


恭子の攻めに溶かされてしまう。

直美は蕩けた顔で、
次から次へと繰り出される恭子の性技に身を委ねていた。


「……どう、直美? 気分は?」

「んんっ……キスも……胸も……どっちも気持ちいい♡」

「そうでしょう? 私だってやればできるのよ」


得意気な顔で恭子は言う。


(あっ……そうだ、キョウちゃんに言っておかないといけないことがあったんだ)


再びキスをしようとする恭子を直美は静止する。


「ちょっと待って……」

「どうしたの?」

「キョウちゃんにお願いがあるの」

「ふふ……良いわよ。
直美の願いならなんでも聞いてあげるわ」

「よく聞いて、今のあたしは催眠に掛かっていないの。
ここにいるのは本当のあたし。
だからキョウちゃんもそのつもりでして」

「……どういう意味?」

「キョウちゃんはいつも催眠のことを気にしてたよね?
こうしてエッチできるのは催眠があるからだって……。
でも今は違うの。
あたしは今、自分の意志でキョウちゃんとエッチしてるの」

「…………」


直美の言葉は恭子の心に響いた。
目頭が熱くなり、鼻頭もジーンと痺れてきた。


(すごい夢……まるで私の望みを投影してるみたい……)


たしかに直美とする時は、
心のどこかで催眠のことが気にかかっていた。

目の前にいるのは偽りの直美。
いつもそのことから必死に目を背けようとしていた。

だけど、夢の直美がそう言ってくれるなら、
最後くらいは全てを忘れて抱き合いたい。

恭子は直美を抱きしめると言った。


「わかった……信じるわ」


一旦、夢だと思うのは止めることにしよう。
そうでなければ、本気で直美と向き合えない。
恭子は自己暗示を掛けるがごとく、意識を切り替えることにした。


「直美、続けるわよ?」

「うんっ!♡」


恭子は改めてキスをすると、
熱く濡れている直美の蜜壺に指を伸ばした。


「んんっ! ふぅうんっ!!♡」


口の間から喘ぎ声が漏れ出る。
しなやかな指が、割れ目とクリトリスに交互に触れる。


「直美のクリトリス、いつもより大きくなってるわよ♡」

「んんんっ……!♡ だってぇ……♡
キョウちゃんの指……気持ちいぃんだもんっ♡」


平均サイズの約2倍の大きさだった直美のクリトリスは、
いまや2.5倍くらいまで膨らみを増していた。

愛おしい人のそれを触っていくうちに我慢できなくなった恭子は、キスを中断し、しゃがんで彼女の股間に顔を近づけた。


「はぁ……すごい大きくなって……厭らしい……♡」


剥けたクリトリスが尖って上を向いている。

大きいが白くピンク色の綺麗なクリトリスだった。
見ているだけでドキドキする。

恭子はさっそくそれを口に含んだ。


「んあっ! はぁぁっんっ!♡」


直美が嬌声をあげる。ヌルヌルな舌が触れて、指で触れられるのとは違う快感が駆け巡ってくる。
恭子にクリフェラされているという事実が、直美の背筋をゾクゾクとさせた。


んちゅっれろっれろっちゅぷ……♡

「直美のクリ、すごく美味しいよ……♡」

「あぁんっ! 気持ちいぃぃぃっ♡♡ ふぅぅんっ!♡♡」


直美は恭子の頭に両手を置き、
腰を突き出して舐めやすいようにしている。

もっと舐めて欲しい。もっと食べて欲しい。
恭子に捕食されることに全身で喜びを示した。


「あぁんっ!あぁんっ!!キョウちゃんっ!
あたしもっ!あたしもっ!!」

「んっ?」

「あたしもキョウちゃんの舐めたくなっちゃった♡」

「あぁ……そういうことね。良いわよ、おいで♡」


恭子は横になると、股間を広げて直美を誘った。

控えめに生い茂る恭子の園。
直美に見せるためだけに、綺麗に手入れがされていた。

直美はそのVラインに魅入られ、顔を近付けていく。

そして甘い女の匂いがするそこに鼻を埋めると、
すぅっと息を吸って口を付けた。


ぢゅうぅっ、れろれろれろっ、ちゅっちゅっ♡

「んんっ!♡はぁはぁ、直美……気持ちいい……♡ 私も……んんっ」

ちゅぱっんちゅんちゅっちゅぱっ♡


シックスナインの姿勢で、お互いの陰部に顔を埋める。
腰を振って、自らも相手の舌に陰部を擦り付け、快感を高めていった。

夜伽の儀や催眠のことなどすでに二人の頭にはなく、熱心に相手の蜜壺に舌を差し込み、互いの劣情を高めていった。


「あぁっ!!もう限界……♡イキそうっ!イクっ……♡
イクっ……いっちゃいそうっ!♡」

「あ……あたしもっ!♡うぅんっ!いっちゃうっ!♡
ああっ!気持ちいぃっ!気持ちいぃよっ!♡♡」


そして身体の中で熱い飛沫が弾け、二人は……。


「イクうううううううううううっっ!!!♡♡」


ほぼ同時に女体を引き攣らせ達してしまった。

Part.133 【 生と死の狭間で◇ 】


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……♡」


久しぶりの営みを終え、余韻に浸る二人。

恭子は気だるく起きあがると、
身体を反転させて、直美の隣に横たわった。
腕を伸ばして、彼女を引き寄せキスをする。


「ん……キョウちゃん……♡」


恭子が優しく頭を撫でると、直美はふんわりと微笑んだ。


「あたし、今までで一番気持ち良かったかも?」

「私もよ」


行為後のピロートーク。
こうしていると何気ない日常の光景を思い出すようだった。

二人でご飯を食べたり、遊びに行ったり、テレビを見たり。
それらの思い出は、恭子が人生で得られたもっとも大きな宝物であった。

しかし、それは催眠を悪用して得られたもの。

もう一度、直美と暮らしたいという想いはあったが、
罪を重ねた自分には、贅沢過ぎる望みだと感じた。

自分は死ぬ運命にある。
残された時間は、あとどのくらいあるだろうか?

あの世に行くにせよ、
ここで叶えられることは、叶えておきたい。

そう思い、恭子は話し始めた。


「直美……私の願いを聞いてくれる?」

「うん」

「直美の指で、私の処女を貰って」

「キョウちゃんの処女を……えぇっ!?」


直美はそれを聞いて驚いた。
恭子の願いは、かつて彼女が拒否していたものだったからだ。


「前、挿れたくないって言ってなかった?
たしかちんちん挿れる感覚と同じだから嫌だって……」

「言ってたけど、それはただの口実で……
本当は直美の指を挿れてもらいたかったの」

「どゆこと??」


矛盾した恭子の話に、直美は困惑している。


「あの時、直美は私に処女をもらって欲しいって、
言ってたわよね?」

「うん」

「私は、それを受け入れられなかったの。
だから挿れて欲しいって言えなかった」

「なんで受け入れられなかったの?」

「直美が催眠に掛かっていたからよ」

「……!!」

「あなたは本当は誠くんのことが好きだった。
そう思うと、なんだかレイプするみたいで嫌だったの。
誠くんと別れさせておいて、今さらって感じだけど……」

「そうだったんだ」

「そんなことしておいて、言えた身分じゃないのは分かってる……だけどどうしても私は直美に初めてを貰って欲しいの。できることなら何でもするから、お願い……」


これが現実であれば、恭子はこんなことを言わない。

夢の中だからこそ言えるのだ。
誠と別れさせておきながら、こんな願いを言うのは、厚顔無恥というもの。それは本人も自覚している。

だが、あの世に行けば二度と直美に会えなくなってしまう。
彼女が願いを叶えるには、今しかなかったのだ。


「ちょっと待って、あたしも聞きたいことがある」

「……どうぞ」


夢の中の直美が、何を聞くことがあるというのか?
恭子は不思議な気持ちになりながらも、話を聞くことにした。


「キョウちゃんの書いた催眠ノートだけど。
あそこに書かれているもの以外で、掛けた暗示ってあった?」

「ないわ」

「本当?」

「あれは、何かあった時の緊急用として保管していたの」

「緊急用?」

「催眠術は直接脳の認識を書き換えることができるわ。

便利ではあるけど、何か副作用が起きた時に、過去にどんな催眠を掛けたか分からなければ、リカバリーが難しくなると考えたの。

だからあのノートに嘘や漏れはないわ。そんなことをしたら意味がないもの」

「そっか……」


催眠ノートを処分しなかった理由は、実はもう一つあった。

それは、直美と誠の催眠が解けた際に、
元に戻すという選択肢を取れるようにするためであった。

しかし、それを伝えるつもりはない。
言えば、自己擁護になりかねないからだ。


「もう一つ聞いて良い?」

「なんでも聞いて」

「キョウちゃんは……なんであたしにキョウちゃんを直接好きになるように暗示を掛けなかったの?」

「それは……あなたの好きという気持ちを、催眠で決められたくなかったからよ……」


恭子も直美同様、偽りの愛をなるべく避けようとしていた。

結局、何年も思い悩むことになってしまったが、それすらも催眠で決めていたなら、おそらく恭子の精神は、それほど長くは持たなかったであろう。

直美は、恭子の口から直接真意を聞くことができて、
改めて気持ちを決めたようであった。


「あたしはキョウちゃんが好き……キョウちゃんが処女を貰って欲しいって言うのなら、あたしの処女も貰って」


直美の希望に心が揺さぶられる。恭子が何より望んでいることであった。しかし、素直にそれを受け入れる気にはなれなかった。


「それはできないわ。あなたは男と女への認識を歪められてしまったの。催眠が解けても、その後遺症は残ったままなの……そんなあなたの処女は奪えないわ」


たとえ夢であっても、直美の処女は奪えない。
頑なに固辞する構えを見せる恭子に、直美は続けて言った。


「後遺症はたしかにあるかもしれない。
今だって男の人に興味なんて持てないし……。

でも今のキョウちゃんが悪い人じゃないことは分かるよ。
あたしのことを本気で愛してくれているも分かってる。

そんなキョウちゃんのことを好きになっちゃダメ?」

「そんなの都合が良すぎるわ。誠くんのことだって解決してないし……。何よりあんなに好きだったじゃない? 彼のこと……」

「誠が酷い目に遭ってたら、あたしも考えたかもしれないけど、今は真里ちゃんがいる。
あんなに幸せそうにしてる二人の間に、割り込むつもりはないよ。

だけど、もし誠が真里ちゃんと付き合ってなかったとしても、今のあたしはキョウちゃんの方が好きなの!
キョウちゃんの方を選びたいの!

約束したでしょ? ずっと一緒にいようって……
キョウちゃんが一人になるのが嫌だったように、
あたしだって、キョウちゃんと離れるのは嫌なんだよ?」

「私だって、あなたのこと一人にしたくないよ。
でも仕方ないじゃない……私は死んじゃうんだから。
もう……生きられないんだから……うぅぅ……うぅ……」


恭子はそう言うと泣き出してしまった。
直美にここまで言われたら、もう死にたくない。
彼女の中には、すっかり生への執着心が芽生えてしまっていた。


「大丈夫だよ! 夜伽の儀が成功していれば、
キョウちゃんはまだまだ生きられるんだからっ!」


そう言って、直美は結界の有無を確認しようとした。

直美が外に向かって拳を突き出すと、
ドンッという大きな音がなった。


(まだ成功していないの!?)


結界があるということは、まだ儀式が成功していないということだ。ここまで愛し合って、どうして終わらないのか?

もはや何が成功の鍵となるか分からなかった。


(どうすれば良いの?)


直美は一生懸命思い出そうとした。
小夜が何を言っていたかを。


《夜伽の儀を完成させるためには、
現世で最も縁の深い人物との性行為が必要なの。
女の人が相手なら膣内に挿入してアクメを迎えさせて、
男の人が相手なら膣内に射精させてあげる必要があるわ》

(あっ!!)


普段聞き漏らす癖がついていたせいか、小夜の話もすっかり聞き漏らしていたようだ。直美はすぐさま恭子に向き合った。


「キョウちゃん、大丈夫だよっ!
あたし、思い出したっ! 夜伽の儀を成功させる方法を!」

「さっきから何なの……夜伽の儀ってなに?」


ハイテンションな直美に、恭子は涙目で聞き返す。


「キョウちゃんの寿命を伸ばす儀式のことだよ」

「そんな儀式あるわけないでしょ」

「あるのっ!」


魔法だとか、儀式だとか、寿命をのばすだとか、
直美はさっきからずっとそんなことばかり言っている。

まともに相手する気はなかったが、
これだけしつこく主張されたら、向かい合わざるを得なかった。

恭子は一旦、夢だという見方を捨てて、
この空間について真面目に考えてみることにした。


(そういえば夢にしては、リアル過ぎるかもしれない。

お腹は空くし、涙も出るし、
セックスの感覚だって生々しすぎるわ……。

それにいくらなんでも長すぎる。
もう目覚めてから1時間くらいは、経ってるような気がする。
もしこれが夢でないなら……)


夢でも現実でもない場所。
そして自分は、現実では死にかけている身。


(まさかここは……あの世とこの世の境目?)


三途の川のような場所。

川はどこにも見当たらないが、
死の淵に立たされている人間が来る場所なのかもしれない。


(それなら……なんで直美がいるの? 辻褄(つじつま)があわないわ)


生きていた頃の最後の記憶を辿ると、
たしか警察に直美の無実を訴えたはずだ。

あの時、直美はたしかに生きていた。
夢でないなら、直美がここにいるはずがない。

もし、いるとするならば……
恭子は青ざめた顔をして直美に尋ねた。


「直美……一つ聞くわね。
まさかあなた……死んでないわよね?」

「え? 死んだよ?」


なぜ恭子が、自分が死んだことを知ってるのか?
直美は疑問に思いながら答えた。

それを聞き、恭子の血の気が引いていく。


「なんでっ!? なんで死んじゃったのっ!?」

「キョウちゃんが死んじゃったから、一人にしちゃいけないと思って……」

「そんな……」


恭子はガックリと肩を落とした。

間違いない、ここは生と死の狭間だ。
そして直美は、後追い自殺をしてしまったのだ。

直美を救うためだったというのに……自分は何のために死んだのか。深い絶望の渦が、恭子の心を取り囲もうとしていた。


「どうしたの? キョウちゃん」


そんな恭子の気も知らず、直美は軽く尋ねる。
彼女にとって一度死んだことなど、痛い思いをしたくらいで、あとはどうでもよい問題であった。


「あなたは死んだらダメだったの! 私はあなたが死んでまで、一人でいたくないなんて思わないからっ!」

「あぁ、そっか……ごめんね……」


恭子は、くやしくて打ちひしがれている。
直美は恭子に怒られて、後追い自殺したことを反省した。


「でも大丈夫だよ。キョウちゃんは、
夜伽の儀を成功させれば、生きられるんだから」

「あなたが死んだなら、生きていたってしょうがないわ」

「あ、違うよ! あたしも死んだけど、小夜さんが死ぬ前の状態に戻してくれたの」

「小夜さん?」

「そこにいる人、今は止まってるけど」


ずっと気になってはいたが、
時が止まったように静止している女性がいる。

そして、ここは冥界の入り口。

要するに小夜という人物は、
人の生死を司る神のような存在というわけだ。

そう理解した恭子は、真面目に直美の話を聞くことにした。


「じゃあ……その夜伽の儀を成功させれば、
あなたも私も元の世界に戻れるってことなのね?」

「元の世界? ここ元の世界だけど……」

「普通の生活に戻れるのよね?」

「戻れるよ」

「わかったわ。夜伽の儀をどうすればいいか教えて」

「あたしがキョウちゃんの膣に指を挿れて絶頂させれば良いの」

「は?」


そんなこと、まさに今しようとしていたことではないか。
もう直美がふざけているのかと思える展開であるが、当の本人は至って真面目である。


「本当にそう言ってたの? その小夜さんって人は……」

「言ってたよ。指挿れてアクメさせれば助かるって」

「わかった。もうどんな方法でも良いわ。やれることはやりましょ」


もはや直美の勘違い、聞き間違いでも良かった。

小夜に確認する手段はなかったし、
どちらにせよ直美には処女を貰って欲しかったからだ。

しかし、いざ始めんという時になって恭子は気が付いた。


「ちょっと待って直美……」

「ん?」

「あなた、本物の直美なのよね?」

「そうだけど?」

「じゃあさっき言ってたことって、全部本当なの……?」

「儀式のこと?」

「違う、もっと前に言ってたこと」

「なんだっけ?」

「私のことを愛してるって……ずっと一緒にいたいって……」

「本当だよ。あたしはキョウちゃんとずっと一緒にいる。
おばあちゃんになっても一緒だよ!」

「直美っ!!」


恭子は嬉しくて直美に抱き付いた。
かつて催眠によって、誠から奪ってしまった直美だったが、
初めて本当の意味で彼女を得られたのだ。

それまでずっとそのことを後悔し続けてきた恭子としては、まさに夢のような出来事であった。


「まさか……夢じゃなかったなんて……」

「ふふふ……つねってあげよっか?」


初めて普通にエッチをした時のことを思い出す。
直美もそのことを覚えていたのか、指でつねる素振りを見せた。


「ふ……ふふっ……ぐすっ……。
ダメよ、あなたクリトリスをつねるつもりでしょ?」

「えへへ♡ 覚えていたんだ♡」

「忘れるわけないわ、あなたとの大切な思い出だもの……」

「じゃあ優しくほぐしてあげるね♡」


抱き合いながら指を恭子の陰部に近付ける。


「ンン……アッ!♡」

「ほらキョウちゃんも、あたしのあそこに指をやって?」

「うん……♡」


直美に言われ、恭子も指を伸ばす。
お互いの女淫の入り口に指が触れて息が荒くなった。


「あぁ……はぁ……はぁ……」

「キョウちゃんの指……触れてるだけで気持ちいい……♡」

「直美、本当にいいの……?」

「いいよ……初めてはキョウちゃんがいい」


指先がそれぞれの膣内に潜り込む。


「ンンッ!♡」


指の第一関節まで入る。まだ入り口の入り口だ。


「温かい……」

「温かいね……中って擦られると気持ち良いのかな?」

「初めてはあまり気持ちよくないって聞くけど……」

「そうなの?」

「うん、痛かったり緊張したりして、快感は得られないって聞いたわ」

「え~~」


恭子の話に、直美は残念そうにしている。


「でもそれはあくまで男性が相手の場合よ」

「女だとどうなるの?」

「女同士だと同じものを持ってるから、
痛くてもすぐに気付きそうね」

「たしかに」

「それに私たちは、今まで何度もしてきたじゃない?
今だってすごく濡れてるし、感じるようにもなってる。
だから本当に初めての子に比べたら、痛くないと思うわ」

「そっか、でも緊張するな……」

「じゃあキスして緊張をほぐしましょ?」

「そうだね♡」


二つの唇が触れ合う。慣れた感じで舌を絡ませ合うと、次第に緊張はほぐれていった。


「はぁ……気持ちいい……♡」

「気持ちいいね……♡」


恭子は催眠に掛ける以前の直美とキスしている気持ちだった。
高校時代、片思いしていた頃の直美。本当の直美。
嬉しくてまた涙が出てしまいそうだった。


「どうして泣いてるの?」

「ふふ……嬉しいからに決まっているじゃない……」

「あたしも嬉しいよ。
この状態でキョウちゃんとキスできて……♡」


雨降って地固まる。
恭子と直美は催眠が解けたことで、
前以上に愛し合えるカップルとなれた。

キスしながら、二人は指を奥へと進めていく。


「んっ……!♡」

「あぁ……なんか変な感じ……♡」


膣の内壁に、恋人の指が擦れる面積が広くなり、
二人は艶やかな声を上げる。


「キョウちゃん……?
なんか全然気持ちいいんだけど……?」

「えぇ……私も意外だったわ……」


それもそのはず。
二人は交際したてのカップルではない。

これまで直美の性欲が高かったため、
1日に数回エッチすることもざらにあった。

それに加え直前に、二度も深イキしている。
内側からは愛液が、絶え間なくトロトロと生み出されており、痛みを感じることもなかった。

さらに催眠の介入なしに、
セックスしてるという精神的な高揚も付いている。

身体の状態としても、雰囲気としても、
これ以上ないほど、最高のコンディションであるといえた。

初めての挿入であっても、
そこに不快な要素が入り込む余地などなかった。


「あぁ、すごい……キョウちゃんの指がどんどん愛おしくなっちゃう……♡」

「私もよ……♡ 直美の膣が私の指に吸い付いて……締め付けてくるの……♡」

「キョウちゃんの中だって、狭くて温かくて、指入れてるだけで気持ちいいよ……♡」

「あぁ……直美……キスしよ……ちゅ♡ あむっ……ん……♡」

「んむ……ちゅう♡ んちゅ……♡
ちゅ……キョウちゃん……好き♡」


キスを再開して、奥へ奥へと進む。
全然痛くなかった。
むしろ今までこういう関係になることを、
ずっと望んでいたかのような気持ち良さだった。

そうして二人は一番奥へと到達する。


「ハァハァ、ハァハァハァ……♡
ここが……♡ たぶんいちばん奥……♡」

「んーーーっ♡
あたしなんだか意識飛んじゃいそう……♡」


二人の指が触れている部分は〖ボルチオ〗と呼ばれる部分だ。いわゆる子宮の入口、子宮膣部とも呼ばれている。

通常そこそこ指を伸ばさないと届かない場所だが、
この時の二人の子宮は、低い位置に降りてきていた。

諸説によると、子宮が降りるのは、精子が入ってきた際に、子宮の奥へと誘導して、妊娠しやすくするためと言われている。

男性器と間違えたのか、はたまた恋人の指を性器と認識したのか定かでないが、そのおかげで、二人は最深部に触れることができていた。


「あぁっ♡アーーっ♡もぉダメーーっ♡イッちゃう♡」

「そ……そんな……♡まだ……くぅぅぅぅ♡
入れたばかりじゃない……♡あぁぁぁぁぁ……♡」


挿れたばかりだが、二人ともすでに余裕がない。
あまりにもコンディションが良すぎて、感じ過ぎているようだ。


「あぁんっ……♡でも……ガマンできにゃい……♡
イキそ……♡うぅ……ふぅんっ♡」

「わかった……じゃ……一回イキましょ……♡
んんっ……♡ちゅうぅ……♡」

「キョウちゃん、きもちいい……あぁんっ♡
すき……♡すき……♡愛してるぅぅぅ……♡」

「わたしも……んちゅ……♡なおみのことすきっ♡
愛してるっ……♡なおみぃ♡すきぃっ♡
はぁ♡いくっ……ひぃ……♡あぁ……いくっ……♡」

「あぁっ♡あぁっ♡いくっ♡いくっ♡
キョウ……ちゃん……♡いっ…………くぅぅううっ!!♡」

「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!♡♡」」


ビクビクッ!ビクンビクンビクンッ!!

二人はそれぞれの指で、初めての中イキを経験した。


「ハァハァハァハァ……♡」


しかし、それでも快感の波は収まらない。

指が入っているだけで、イキかけているのだから、
抜かなければ、ずっとイキかけになるのは当たり前である。

二人は指を抜かずに、抱きしめ合っていた。


「あぁっ! また……またいくぅぅ……!♡」

「あ、あたしも……んんんん!♡ あぁぁっ!!!♡」


小さな絶頂、大きな絶頂。
指をどれだけ動かすかで、自由に相手にイカせることができた。中イキにハマった二人は、しばらくの間、絶頂の渦に飲み込まれていた。

それから1時間後……体力の限界に達した二人は、ようやくこのイキ続けるレズの儀式を終えることにした。


「はぁ……♡ はぁ……♡ はぁ……♡ はぁ……♡
気持ち良かった……♡」

「もうあたし……キョウちゃんしか……見えなぁい……♡」


荒く息を吐きながら、恋人の膣から指を引き抜く。
するとここで直美は気がついた。


「はぁ……はぁ……はぁ……あ、あれ……?」


直美は恭子と自分の指を見比べて驚いている。

直美の指には恭子の血が付いていたが、
恭子の指には付いていなかったのだ。


「な……なんで?」


直美はこの結果に衝撃を受けた。彼女は前知識で、処女膜を破れば、必ず血が出るものと思っていた。


「キョウちゃん、あたし本当に初めてだったんだよ?」


慌てて弁明する。
直美は恭子に浮気を疑われるのではないかと心配した。
だが、恭子がそのことを気にしている様子はない。


「はぁはぁ……大丈夫、疑っていないわ。
はぁ……はぁ………ふぅーーーーー。
処女だからといって必ず血が出るわけじゃないから気にしないで」

「え、そうなの?」

「直美は結構激しい運動してきたから、どこかで破れていたのかもしれないわね」

「えぇーーー」


直美は恭子の説明を聞いて残念そうにしている。
彼女なりに血が出ることで純潔を示したかったようだ。
そんな直美を恭子はギュっと抱き締める。


「血が出ても出なくても、私達が処女を渡し合った事実は変わらないわ……愛してる……直美。
あなたが初めてで本当に良かった……」

「あたしもキョウちゃんが初めてで良かったよ♡」


バージンを捧げた二人が唇を重ね合う。
その姿は結婚を誓い合った婦婦(ふうふ)のようであった。

Part.134 【 縁談 】

「うまくいったようね」


夜伽の儀を終え、直美と抱きあう恭子の耳に、聞き覚えのない女性の声が届いた。

振り向くと、先ほどまで静止していた謎の女性が、
こちらを見ていた。

この女性が直美の言う魔法使い、小夜だ。

冥界の番人。生と死を司る者。
人間よりもはるかに高位に存在する彼女に、恭子は萎縮した。


「初めまして、恭子ちゃん。
私は楠木小夜、あなたの怪我の治療をした者よ」

「初めまして……」


口の端を曲げて挨拶をする小夜に、恭子は不安そうな顔を向けている。そんな彼女とは対照的に、直美は屈託のない笑顔で礼を言った。


「小夜さん、キョウちゃんを助けてくれてありがと!」

「良かったわね。これも直美ちゃんが頑張ったおかげよ」


まるで自分の娘に語りかけるような優しい声色である。

見た目の高貴さからは、
想像もつかないほど友好的な相手のようだ。

小夜は立ち上がると言った。


「それじゃあ終わったことだし服を着なさい。
ベッドはこっちで綺麗にしておくから」


ベッドのシーツは、二人の体液や血で汚れていた。

しかし、小夜が手をかざすと、
それはたちどころに元の綺麗な状態に戻ってしまった。


(うそ……信じられない……)


不思議な現象に恭子は目を丸くする。
これぞ人外の力。
冥界の番人だからこそ行使できる力だと感じた。


「身体の汚れも取ってあげる。
恥ずかしいでしょうけど隠さないでね」


恭子は怯えながらも、開脚して小夜の手を受け入れた。
性器の汚れが初めからなかったように消えてゆく……。


(この方法で私の痣も消したんだわ……)


恭子はここでようやく、
直美の言っていた言葉の意味を理解した。

小夜は、掃除を終えると、テーブルに戻ってサンドイッチを食べ始めた。一緒に買った午前の紅茶も飲んでいく。

その間、直美は元の服へ、恭子は患者衣に着替えていった。


「直美、なんであなたいつもの服持ってるの?」

「え? だってこの服でここ来たから……」


恭子はこの場所が生と死の狭間だと思い込んでいる。
自分が患者衣で、直美だけ私服なのはずるいと思った。

しかし、そこまで考えて思い直す。


(あ、そっか。私はきっと病院に運ばれてから死んだんだわ……だからこんな服を着てるのね)


直美の言葉足らずを、脳内補完して勘違いする恭子。
死んだ時の状態で、あの世の服装が決まると思ったらしい。

着替えを終えた直美は、ベッドから降りると、
テーブルのビニール袋を手に取った。


「キョウちゃん、ご飯食べよう。
結界もなくなったし、今度こそ食べれるよ」

「なにが入ってるの?」

「えっと、鮭おにぎりと梅おにぎりとベーコンハムサンド。飲み物はマミィと、いろはにアロエ味があるよ」

「いろはにアロエ味と梅おにぎりをもらうわ」


お腹がペコペコだったため、さっそく食べ始める。

梅の酸っぱさとお米の香ばしさが喉を通り、
生きているという実感が湧いてきた。

直美は、終始ご機嫌な様子でおにぎりにかぶりついている。


「どうしたの? そんなにニコニコしちゃって」

「久しぶりにキョウちゃんと御飯食べれるのが嬉しくて♪」


恭子が入院してからというもの、
直美は元のマンションに戻り、一人でご飯を食べていた。

事件があった寝室は、警察の規制線が張られていたため、
リビングで食事をしたのだが、
これまで恭子と過ごした場所で、一人でする食事は、
なんとも寂しいものであった。

そのため直美は、今の状況がよけい嬉しかった。


「淋しい想いさせてごめんね。
帰ったら、美味しいものいっぱい食べましょ。
それにしても、こんな生と死の狭間にもコンビニってあるのね。しかも、マミィとかも売ってるみたいだし……」

「生と死の狭間??」


恭子の難しい言葉に、
直美の頭には、ハテナマークが浮かんでいた。


※※※


食事を終えた恭子は、小夜から質問を受けていた。


「実は今回、恭子ちゃんを助けたのには理由があるの」

「はい」


恭子は畏まってベッドの端に座っている。
小夜が何を求めているか、真剣に聞き耳を立てていた。


「今から約三年前、あなたは黒い本を手に入れた。
それは今でも手元にあるかしら?」

「黒い本……?」

「なにか違和感のある本はなかった?」

「違和感のある本……あ、そういえば」


そこで恭子は思い出す。
卒業後、誠に退行催眠を行った際に使った黒い本のことだ。


「思い出したようね。
今も持ってるなら、すぐに渡してちょうだい」

「あの本がどうかしたのですか?」

「あれは本じゃないの。本の形をした魔物よ」

「!?」「まものぉ!!?」


青ざめる恭子の隣で、直美は恭子以上にビックリしている。

直美は恭子から「急に大きな声出さないで」と叱られると、
静かになった。


「落ち着いて聞いて。
あれは人の欲を吸い取り、進化を続ける悪魔の書なの。
使い続ければ、いずれ精神を乗っ取られて、本の操り人形となってしまうわ」

「……私はあの本を地元の国立図書館で借りました。
返却してしまったので、今はもう持っていません」

「本当に?」


小夜は恭子の目を見て問いただした。

睨んでいるのではなく、
瞳の奥を覗き込むような見つめ方である。


「本当です」

「ちなみに本を使った期間は?」

「二日です」

「……その程度だったら、そこまで支配されていないか。
分かった、信じるわ。
本を借りた図書館の場所を教えてもらえる?」

「はい。直美、スマホ持ってる?」

「うん、はいこれ」

「……ダメ、圏外で使えないわ」


そもそも生と死の狭間で、スマホなど使えるはずがない。
国立図書館の場所は知っていたが、住所までは覚えていなかった。


「ちょっと待ってね。今、結界を解くから」


小夜は銀の皿と焼香を処理すると水晶玉に手をかざした。
青白く光る水晶玉が、部屋全体を明るく照らし出す。

窓の外が暗転を繰り返し、元の曇り空を映し出すと同時に、
天井からおびただしい量の水が降り注いだ。


「えっ!?」「冷たっ!!」「な、なに!?」


突然の放水に三人はパニックになる。
小夜が焚いた焼香の煙に反応して、病室内のスプリンクラーが作動したようだ。部屋全体に水飛沫が舞う。


ガラガラガラ!!

異常事態に気が付いて、
廊下にいた看護士が勢いよく入室してきた。


「ちょっとなんの騒ぎですか!?
ゴホッゴホッ!なんだ、この焼香の臭いはっ!?」


まだ死んでもいないのに、焼香を焚いた訪問者に看護士は怒っている。スプリンクラーが作動したのに気付いて、他の看護師や医者も慌ててやってきた。

病室内は大騒ぎだ。


「藤崎さん、あなた何してるんですか?」

「えっ!? あたしっ!?」

「ごめんなさい、私です。
まさかこんなの降ってくると思わなくて」

「部屋で焼香なんか焚いたら作動するに決まってるでしょ!
って言うか不謹慎ですっ!!
ほら、みんな、甘髪さんが濡れないようにカバーして!」

「先生っ!! 甘髪さんの意識が戻ってますっ!!」

「そ、そんなバカなっ!!」

「一旦、みんな外に出ましょう」


恭子の提案で全員退室することとなる。

廊下に出た恭子は、すぐに直美のスマホを使って図書館の住所を検索し、小夜に指し示した。


「ありがとう、ここね。行ってくるわ」


スプリンクラー作動の首謀者小夜は、
逃げるようにして病院を後にした。


(あ……そういえば、
私いつの間に現世に戻ってきたんだろう?)


呆けた顔で廊下を見つめる恭子。

その後、直美はマンションに帰り、
恭子は病室を変えて、精密検査を受けるのであった。



※※※



その日の夜。

恭子が寝静まっていると、看護師の男性が訪ねてきた。
病室の明かりがつけられ、声をかけられる。


「甘髪さん、お休みのところすみません」

「……どうかしましたか?」

「面会です」

「面会?」


時計を見ると深夜一時だった。

面会時間はとうに過ぎているはず。
こんな時間に面会とはどういうことなのか?

看護師は恭子を起こすと、
そそくさと入り口の前に行き、扉を開けた。

鼻と顎の下に黒い髭を生やした男性が入室してくる。

その人物を見て、恭子は思わず声をあげた。


「パパ!?」


入室してきた男性は、恭子の父、甘髪龍之介であった。

約二年ぶりの親子の対面である。
いまだ若々しさを保っているものの、
以前と比べると白髪が交じり、シワも増えていた。


「元気そうじゃないか」

「お見舞いに来てくれたの?」

「あぁ、体調の方はどうだ?」

「……お医者さんは何ともないって言ってくれたわ」

「最初は命の危険があると言っていたが……。
とんだ藪医者に当たったものだな」

「それは……」


小夜に治してもらったとは言えない。
こんな非現実的な内容。
話したところでバカだと思われるだけだ。


「でも一生懸命頑張ってくれたわ」

「仕事を懸命にこなすのは当たり前のことだ。
そこを最低ラインとして仕事の質を問われるのだからな」

「そうだけど……」


いつにも増して、龍之介は機嫌が悪そうだった。
重い空気が流れる。


「警察から話は聞いた。大変だったそうだな」

「えぇ……でも今は何ともないわ。
お医者様も三日、経過観察したら退院しても大丈夫だって」

「そのことだが、医者にはひどい風邪にかかったと診断させることにした。お前もそれに合わせて周りに説明してくれ」

「え……?」

「警察にもマスコミにも箝口令(かんこうれい)を敷いてある。このことは絶対に誰にも言うな」


龍之介は政財界で名の売れた政治家である。
娘がレイプされたという情報は、彼の名誉に関わる問題だ。
公にすることはできなかった。


「わかったわ……でもあの男はどうなるの?
どうやって裁判にかけるつもり?」

「もういないから大丈夫だ。
お前は裁判に出る必要すらない」

「もういないって……それってどういう……」

「そんな男は〖初めから存在しなかった〗そう考えろ」


サーッと血の気が引く。
恭子はそこで、牛久沼がすでにこの世にいないことを察した。
龍之介はそれだけの力を持つ男だ。警察やマスコミに圧力を掛けることも、人ひとりこの世から抹消することだってできる。

しかし、実の父がそのような非情な手段に出たことに、恭子はショックを受けていた。


「わ、わかったわ……」

「ではこの件は、これで終わりだ。
それで次の話だが……」


龍之介は言い終えると目を閉じて、
一旦、間を置くことにした。

恭子は父のその態度に、強い不安を感じた。
それは彼が恭子を叱る時に、よく見せていた態度だったからだ。


「藤崎直美のことだ」

「直美のこと……?」

「警察の押収した犯人のパソコンの中に、
とんでもないものが入っていてな……」

「……」


考え付くのは一つだけ。
直美と自分の情事の音声データーだ。
恭子は青ざめた。


「あの女とは別れろ。
娘が同性愛者などと知られたら世間の笑い者だ」

「それだけは……聞けない……」

「なに……?」


せっかく結ばれたというのに、別れられるわけがない。
恭子は直美との別れを拒否した。


「これは命令だ。背くことは許さん」

「嫌……私は直美と結婚するって決めたの。
パパの言うとおりにはできないわ!」

「そこまで考えていたのか……」


龍之介は、ため息をついて目を閉じると、
少し考えてから口を開いた。


「要求を呑めないなら、
あの女には消えてもらわねばならない」

「……え?」

「それだけ本気だということだ。
頼むから、パパにそんなことをさせないで欲しい」

「パパ……どうしてそこまで?」

「お前が子を生まなければ、
私の血筋が途絶えてしまうからだ」

「……!」


龍之介の子供は恭子しかいない。
彼女が子を生まなければ、甘髪家は断絶である。
恭子は心の中で一定の理解を示した。


「お前が退院してから見せようと思っていたのだが……」


そう言うと、龍之介は一通の封筒を持ち出した。
開封して一枚の写真を見せてくる。

そこには二十代後半の男性が写っていた。


「彼は私の取引企業の御曹司だ。
とても頭が良く、将来を有望視されている男だ。
大学を卒業したら、彼と結婚しろ」

「そんな……」


好きでもない相手と結婚するなど、
到底受け入れられる話ではなかった。

しかし、拒否すれば直美が消されてしまう。
恭子は項垂れ布団の端を握りしめると答えた。


「パパの言う通りにする……
だから直美にだけは手を出さないで……」

「懸命な判断だ。これを機に同性愛からも足を洗うんだ。
生まれてくる子供のためにもな」

「……はい」


龍之介は立ち上がるとハンガー掛けからコートを取った。

入り口の戸が開かれ、廊下に出ると、
大勢のボディーガードが並んでいた。

その中の一人が心配そうに言う。


「お嬢さんにあそこまで言って良かったのですか……」

「娘の将来のためだ。同性愛者など不幸にしかならん」

「しかし、消すというのはあまりにも……」

「そこまできつく言わんと、恭子も分からんさ。
本気で消そうとは思っておらんよ。娘に恨まれてしまうからな。恭子が引くならそれで良し、ダメなら外国に連れて帰るさ」


龍之介はそう言うと、
ボディーガードに護衛されながら、病院を後にした。

Part.135 【 アイドル宣言 】

冬休みを終えて、初めての登校。

大学の用事を済ませた直美は、
LILYの部室内で、恭子について尋ねられていた。


「恭子さん風邪だって? 大丈夫なの?」

「え……あぁ……うん」


事件のことは、固く口止めされていた。
そうでなくとも、恭子がレイプされたなど口が裂けても言えないことなので、直美は内心ヒヤヒヤしていた。

そうしていると、誠が入室してきた。


「こんにちはー」

(え……誠……?)


セミロングの髪をバレッタでまとめ上げ、
ますます女性らしくなった誠がそこにはいた。

その姿に直美はショックを受ける。

冬休み前まで男性として過ごしていた誠が、女性に戻ってしまった。彼の内情を知る身としては、見逃せるものではなかった。


「おーー! 女の子のマコトちゃん久しぶりー♪」


男性部員は、久々に誠が女装したことに喜びを示した。
同性だというのに鼻の下を伸ばしている者までいる。


「誠くん、どうしちゃったの?
またイメチェンしちゃったの……?」

「えへへ……ちょっと思うことがあってね」


誠の雰囲気が元に戻ってしまったことに、
女性部員は不満なご様子だ。

彼女達にとって女装姿の誠は、
なんだか負けた気持ちになるので避けたい存在であった。


「そういえば、真里ちゃんは? 今日は一緒じゃないの?」


女性部員の一人が尋ねると、誠は言いにくそうに話した。


「えっと……そのことなんだけどね。実は私達、冬休みに別れたんだ」

「エェーーーーー!!?」


突然の悲報に騒然となる部室内。
直美はただ事ではないと見て、慌てて訳を尋ねた。


「どういうこと!? なんで別れたの?」

「二人で話し合ったんだけど、私も真里さんも同性の方が合うってことに気付いて……それで別れることにしたの」

「そんな……」


真里はともかく、誠は元々ノーマルな男の子である。
同性が好きで別れたとなれば、それは恭子の催眠によるもの。直美は真実を伝えるべきか迷った。


「真里ちゃんはどこ?」

「真里さんとは旅行から帰って来てから、一度も会ってないんだ。今日は来てないみたいだね」

「旅行? あ、そういえば南の島に行ってきたんだっけ?」

「うん、これなんだけど、みんなにお土産」


誠はそう言うと、持っていた紙袋からウミネコ饅頭を取り出した。南の島の名物お菓子である。

部員の一人がお茶を汲みに行き、しばらくして、部室内はニャーニャーとけたたましい饅頭の咀嚼音が鳴り響いた。

その間、別れた経緯について、誠から説明があったが、元から二人が同性愛者だと感じている部員達は、特に気にしていない様子であった。
逆に今までなんで付き合っていたのか分からないといった感じである。

そうして落ち着いてきたところで、誠はさらに重大な発表をする。


「あの……それでもうひとつ伝えたかったんだけど、私、今日でこのサークルを辞めることにしたんだ」

「えぇっ!?」

「本当はキヨちゃんが来てから話したかったんだけど……。
病気で来れないみたいだから今話すね。
実は小早川社長から、アイドルになってみないかってオファーがあったんだ」

「エェーーーー!! すごいじゃんマコトちゃん!」


誠のアイドル発言を聞いて、みな興味津々の様子である。


「辞めるってことは、オファーを受けるってことだよね?」
「ROSE興業の社長からオファー受けたら、デビュー間違いなしじゃん!」
「うわーすごいっ! 今からサイン貰っとこうかな?」


はやし立てる部員達に、誠は控えめに続ける。


「私も迷ったんだけど、説得されるうちに挑戦してみたくなって……上手くいくかわかんないけど、やれるところまでやってみたくなったんだ」

「応援するよ! マコトちゃん!」
「俺、今日からマコトちゃんのファン1号を名乗るわ」
「いやいや、俺の方が先に知り合ってるから、俺が1号だよ」
「いやいや、おれがナンバーワンだ!」


男性部員は1号の座を争い合っている。
女性部員の反応は良好だ。

みんな、誠がサークルを離れるのを残念がってはいたものの、
彼女の新しい門出を祝う雰囲気で、おおむね統一されていた。

誠は退部届と書かれた封筒を取り出すと、直美に差し出した。


「ナオちゃん、これをキヨちゃんに渡してもらってもいい?
本当は直接渡すべきなんだろうけど、
これからしばらくアイドル教習があって、時間が取れなくなりそうなんだ。
時間ができたら、キヨちゃんには直接話すから、とりあえず良いかな?」


直美は受け取った封筒をじっと見つめると、不満そうに言った。


「誠、本当にそれで良いの?」

「え……?」


一切笑わない直美に、誠はびっくりしている。

てっきり直美であれば、率先して応援してくれるものと思っていたのに……誠は戸惑いながらも「うん」と答えた。

直美はそれを聞くと、残念そうな顔をして部室から出ていってしまった。


(ナオちゃん……一体どうしちゃったの?)


直美が出ていった扉を見つめる。
部員達も直美の様子が気になってはいたが、それからしばらくすると、誠への質問責めを再開したのであった。



※※※



大学の帰り道。

直美は歩きながら誠の催眠について考えていた。

誠が自らの意志で、アイドルを目指すのだったら応援していたのだが、催眠の影響なら本人のためにも止めなければならなかった。

あの雰囲気を見るに、おそらく男性アイドルとしてではなく、女性アイドルとしてデビューするつもりなのだろう。

いわゆる男の娘アイドルというやつだ。

一度デビューしてしまったら、小早川社長のサポートもあって、一気に名が売れてしまう可能性が高い。

そうなれば、催眠を解いても手遅れだ。
誠はノーマルであるにも関わらず、どこにいっても男の娘アイドルとして見られてしまうことになるだろう。

そうなる前に、催眠を解かなくては。
直美はこの件を恭子に相談すべく、病院へと向かっていた。

Part.136 【 ふさわしい相手◆ 】

ここは古宿区歌舞伎町。

サークルメンバーとの会話を終えた誠は、
その足で小早川の待つニューハーフバーへと向かっていた。

小早川の段取りは早く、誠のアパート契約は解除され、
荷物も同じ地区内のマンションへと移されていた。

大学を休学し、サークルも辞めてしまった誠は、
ついに籠中(こちゅう)の鳥と化してしまったのである。

バーに到着した誠は、社長室の奥にある調教部屋へと入っていった。中には小早川を始めとして、鮫島や黒服など、いつものメンバーが待ち構えていた。


「おかえりなさい、マコトちゃん♪」


小早川は、ご機嫌な様子で誠を迎え入れた。
南の島でやつれていた顔も、今ではすっかり元に戻り、
前以上に血色の良い肌へと変わっていた。

そんな彼の表情につられ、誠も笑顔で返す。


「大学の休学届けとサークルの退部届けを出してきました」

「偉いワ。恭子さんは何か言ってなかったかしら?」

「キヨちゃんは風邪で休んでいて、会えませんでした」

「あら風邪?あとでお見舞いの電話入れておくワ。彼女にとっても、マコトちゃんが退会するのは痛いでしょうからネ。
アタシの方からも何かフォロー入れとくワ」

「そうしていただけると助かります。
キヨちゃんも喜んでくれると思います」

「彼女もアタシにとって、
大事なパートナーだから、悪いようにはしないワ」

「はい!」


小早川の話を聞いて、誠は実に嬉しそうだ。親友と小早川が仲が良いのは、彼にとっても喜ばしいことであった。


「それじゃあマコトちゃん、服を脱いでもらえるかしら?」

「はい!」


誠は素直に従い、その場で服を脱ぎ始めた。

不特定多数の男性に見られるのが恥ずかしいのか、
顔を赤らめながら脱いでいる。

服を脱ぎ終えた誠は、
右腕で胸を隠し、左手でペニクリを隠した。

脱ぎ終えた服を黒服が持っていき、裸の誠が残される。


「準備完了ネ」

パチンッ♪


催眠解除の合図を受けて、誠が本来の意識を取り戻す。
目を覚ました誠は、小早川を睨みつけた。


「ウフフフ、お目覚めはいかが? マコトちゃん」

「くっ……小早川」


誠は、それまでの出来事を思い出していた。

催眠で操られたこと、真里と別れさせられたこと、
ほとんどの記憶は戻っていたが、
唯一、山村に関する記憶だけは忘れたままであった。

これから誠を堕とすのに、
邪魔な記憶にだけはフィルターが掛けられているようだった。


「ようやくニューハーフ嬢としての本格訓練を始められそうネ。マコトちゃん」

「誰がそんなものになるもんか……」

「もう抗えないのは分かってるでしょ?
アナタの心の支えだった真里は、萌のものになっている。
彼女は身も心も完全にレズビアンになってしまったの。
もうマコトちゃんの元に戻ることはないワ」

「そんなの催眠を解けば、戻るに決まってる」

「本当にそう思う?
それじゃあ、確かめさせてあげようかしら?〖純白の姫君〗」


キーワード催眠により、誠は虚ろな表情へと変わる。
小早川は、手短に暗示をかけた。


「今からアナタは、アタシの命令に逆らえなくなる。
さぁ、目覚めなさい」パチンッ♪

「……!」


目を開けて、誠は怯えた表情を見せた。

小早川は忘却の文言を添えていない。
自分がどんな暗示を掛けられたか理解しているようだ。

彼は耳を塞いで抵抗を試みた。


「無駄ヨ」


小早川が目くばせすると、
黒服がすぐに誠を取り抑え、耳から手を外してしまった。


「マコトちゃん、耳を塞いじゃダメヨ」


そのたった一言で、誠は抵抗するすべを失ってしまう。
役目を終えた黒服は、元の位置へと戻っていった。


「立ちなさい。おっぱいとおちんちんを隠すのも禁止ヨ」


誠は立ち上がり、直立の姿勢となった。

薄桃色の形の良いおっぱいと、
同じく色白で可愛らしいペニクリが男達の視線に晒される。


「うぅ……」


恥ずかしい。これまで幾度となく犯されてきた誠であるが、羞恥心はなくしていなかった。
黒服達はニヤついた目付きで誠の身体を見ている。


「それじゃあ、確かめさせてあげるワ。
催眠が解けたら、本当に元に戻るかをネ」


そう言い、小早川は鮫島に伝える。


「サメちゃん、マコトちゃんにアナタの逞しい男性器を見せてあげて」

「おうよ」

「マコトちゃん、彼の男性器から目を離しちゃダメよ」


鮫島はベルトを外し、ズボンとトランクスを脱ぐと、
その肉の棒をみるみる勃起させていった。

いつでもどこでも勃起できる。
本物の漢だけに許された特殊能力である。

誠は命じられた通り、鮫島の剛直を凝視した。


(あ……)


鮫島の男性器が、大きくなるにつれ、
誠のペニクリにも血が集まってくる。

鮫島の剛直が完全体になる頃には、
誠のペニクリは、すっかり甘勃ちしてしまっていた。


「あらあら、大きくなっちゃって♡
どうして勃起したのかしら?
おちんちんを見て、勃起しなさいだなんて命じていないわヨ?
こっちを見て答えなさい」


誠は小早川の方を向くと反論した。


「それは……そうなるように何度も暗示をかけてきたからじゃないか」

「そう。掛けてきたワ。
でも今掛けてないのは、わかるわよネ?
催眠を解いたら元に戻るんじゃなかったの?」

「……っ!」

「理解したようネ。たとえ催眠を解いても、
一度経験したこと、慣れた習性は変わらない。

アナタは男とエッチする喜びを知ってしまったの。
だからおちんちんが反応してる。

男の人に抱き締められたい。
その逞しい男性器をお尻おまんこに挿れて欲しい。
今もそう思ってる。そうよネ?」

「思ってません……」

「正直に答えなさい」

「思ってます……あっ!」


命令されて正直に答えてしまう誠に、小早川は笑っている。誠は恥ずかしさと悔しさで、唇を噛み締めた。


「否定する必要なんてないのヨ?
そうやって男の人とエッチしたいと思える今のアナタが、
本当のマコトちゃんなんだから♡」

「ち、ちがう……」

「じゃあ答えなさい。真里とエッチするのと、
男とするの、アナタはどっちが好きなの?」

「真里さんです」

「ふぅ……面倒ネ。
これからアタシの質問には〖全て正直に答えること〗
もちろん黙秘もしちゃダメよ?
マコトちゃんは、真里とエッチするのと、
男とするの、どっちが好き?」

「お……男の、人です……」

「ネ? 男の人でしょ?」

「はい……」


認めたくない気持ちを、簡単に口にさせられてしまう。
誠は悔しくて顔を歪ませた。


「ところで萌も言ってたけど、マコトちゃん、
アナタ本当にそんな気持ちで、真里と関係を戻したいの?」

「そんな気持ち……?」

「ようするに男が好きなのに、
女性である真里と付き合うつもりなのかって聞いてるの」

「それは……」

「ふーむ、迷ってると正直に答えられないのネ。まぁ答えが決まってなければ当然よネ。じゃあ答えを決めさせてあげるワ」


小早川の言うように誠は迷っていた。
男性との性交を好む気持ちはあったが、真里との関係は特別なもの。セックスの良し悪しで決めるものではないと考えていた。

半ば強引に別れさせられることになってしまったが、
誠はまだ真里を諦めていなかったのだ。


「真里の話に移らせてもらうわネ。
マコトちゃんは、真里に絶縁されたのは覚えてるわよネ?」

「はい……覚えてます」

「真里がアナタと付き合う気がないのに、
どうして未だに真里を求めているのかしら?」

「それは真里さんが催眠に掛けられていたからです」

「そうネ。真里にも催眠を掛けたワ」

「だからあれは真里さんの本当の気持ちじゃない」

「あの時の真里の気持ちが、催眠によるものかどうかなんて、それほど重要ではないのヨ?」

「……?」

「真里は女同士の気持ち良さを知ってしまった。
そして萌のことを本気で愛してしまったの」


誠の表情に哀愁が漂う。
小早川が何を言うつもりか、彼はこの時点で察したようだ。


「頭の良いマコトちゃんなら分かるわよネ?
たとえ催眠が解けても、萌と愛し合った事実は変わらない。
そして彼女は異性よりも同性とのセックスを好んでいる。
催眠が解けたとして、アナタと萌、彼女はどっちを選ぶかしら?」

「そ……それは……」

「アナタは萌以上に真里を気持ち良くさせられる自信があるの?」

「な、ないです……」

「そうよネ。真里相手に勃たせることもできないし、愛撫だってそこまで上手くないでしょ?」

「はい……」

「キスだって萌の方が上。思い出してみなさい。
萌にキスされて、うっとりした真里の顔を。
アナタに、彼女をあんな表情にさせることができるの?」

「できません……」


誠はガタガタと震えている。
答えれば答えるほど、萌より格下な気持ちになってしまうようだった。それと共に、真里がどんどん遠い存在になっていく気がした。


「それに真里はアナタではなく、萌に処女をあげたの。
女が初めてをあげるって、すごく特別なことヨ。
普通は一番大切な人にあげるものよネ?
アナタはそのことをどう思ってるの?」

「真里さんが処女をあげた相手は私です。
萌さんではありません」


誠は逃亡中、真里の処女を受け取ったことを覚えていた。
自信満々に答える誠を見て、小早川は含み笑いをする。


「く……ふっふっふ……。ふっふっふ……」

「何がおかしいんですか?」

「ふっふっふ……ごめんなさいネ。
あまりにもおかしくて笑っちゃったワ。
知らない方が幸せなことってあるのネ」


小早川は、黒服に指示を出した。
あらかじめ何かを用意していたらしく、彼らは動き始める。

それから数分後、モニターから黒服の声がした。


「小早川様、準備ができました」

「つけなさい」


モニターの画面が切り替わり、
真里と萌が縛り上げられている姿が映った。


「真里さん! 萌さん!」

「これは録画映像だから、叫んだって無駄ヨ。
本人は、もう家に帰っているワ」


そう言われて誠は黙り込む。
過去の映像を見せてどうするつもりなのか。

誠にはまだ小早川の意図が掴めなかった。


「これわネ、あなたが忍ちゃんにレイプされている間に撮影したものヨ。
逃亡中、何があったか催眠で尋問してたの。
もちろんウソはつけないワ。これから彼女が話す内容は、全て本当のこと。心して聞きなさい」


映像が進むと小早川が現れ、
萌の前に立ち、逃亡中の出来事について、尋問を始めた。


「話が長くなるから、問題のシーンまで飛ばしなさい」

「ははっ!」


早送りがされ、一気にシーンがカットされる。
少しして、小早川の喚き声がなった。


「なんですって! 逃亡中にセックスなんかしてたの!?」

「はい……真里がどうしても誠さんに処女をあげたいと言うので協力しました」


映像の小早川は、青ざめた顔をしている。
彼にとって誠の童貞は、大事なステータスであった。

それこそ一生童貞でいて欲しいと願うほど。

それが真里に奪われたとなれば一大事。
小早川は食い入るように質問を続けた。


「それで……マコトちゃんは真里に挿れたの?」

「挿れようとしましたが、
ちんちんが柔らかすぎて入りませんでした」


萌の証言に、誠は衝撃を受ける。

彼女はたしかに入ったと言っていた。
それがなぜ逆にことを言っているのか?

嫌な予感がした。


「それじゃあ、二人は納得しなかったでしょ?
結局どうやって挿れたのよ……あの腐れまんこに……」


小早川は苛立ちを抑えながら尋問を続けていた。

すでに取り返しがつかないとみているのか、
半ば諦めているように見える。


「真里の膣はとても硬く、誠さんのちんちんでは、
どうやっても開通できませんでした。
だから私は入ったと嘘をつきました。
一時的に二人を満足させるため、嘘をついたんです」

「そーなの……よかったわぁぁぁ……」


映像の小早川は、安堵の表情を浮かべていた。

その反応を見る限り、演技をしているようには見えない。
そして映像はここで終わる。


「…………」

「おわかりいただけたかしら?」


誠は真実を知り、脱力していた。
あの場で挿入していないなら、真里の処女は萌が貰ったことになる。自身の性器の弱さを、これでもかと思い知らされた気持ちだった。


「改めて聞かせてちょうだい。
真里の処女を、萌に持っていかれてどんな気持ち?」

「つらいです……私のちんちんがもっと強ければ、真里さんの初めての相手になれたのに……」


真里とは相思相愛の仲だった。
何の邪魔も入らなければ、自分が初めての相手となるはずだったのに。


「無理ヨ。自分のチンチンを見てご覧なさい。
そんな色白でプニプニの可愛らしいおちんちんじゃ、
鍛えることすらできないワ。そうでなくても男にしか反応しないチンチンで、本当に女に挿れられると思ってるの?」


誠は自らの股間を見た。
白くて小さい、サラサラなチンチンがついている。
鮫島の男性器を見て、甘勃ちしていたそれは、すでに勃起力を失い、おしとやかに太股の間で佇んでいた。

真里相手にいくら頑張っても勃起できないチンチン。
こんな性器では、何年経っても彼女の処女を散らせたとは思えなかった。


「わたしのおちんちんじゃ……
真里さんの中に挿れられるとは思いません……」


真里とのエッチで初めて勃起した時のことを思い出す。

彼女が持つBL同人誌を使って勃起して、
勢いに乗って彼女を攻めたいと伝えた時、真里はこう言った。


《誠くんが私を攻めるのは、安定して勃起できるようになってからでお願いします。そしてその時は……中に挿れてくださいね♡》


あの時の真里はまだ、挿れてもらうことを望んでいた。

それからペニバンでエッチするようになり、
完全に男女の立場が逆転してしまった。

体外受精を提案されたこともあったが、あれはもしかすると、真里なりの諦めと配慮があったのかもしれない。

いつまで経っても興奮してもらえない寂しさ。
女としての性を満たすことができない苛立ち。

それを初めて満たしてくれたのが萌だった。

だからこそ真里は乱れに乱れ、
満ち足りた顔をしていたのかもしれない。

そう考えると、自分があまりにも情けない存在のように思えた。


「でも結果として良かったんじゃない?
萌のおかげで、真里は初めて女としての喜びを知ることができた。真里が処女を与える相手に萌を選んだのも、あながち間違いではなかったと思うワ。その辺マコトちゃんはどう思う?」

「わ、わたしも……うぅ…正しかったと思います。
もえさんじゃなきゃ……まりさんは満足できなかった。
わたしじゃ……ぜったいに……無理だもん……」


小早川の質問に、誠は泣きべそを浮かべる。

結局、未遂に終わってしまったが、逃亡中に挿入しようとした時だって、萌と忍に手伝ってもらってやっとだったのだ。

たとえ指で処女を貰っても、
彼女を満足させることなく終わっていただろう

それに比べ萌は、真里の膣をかき回し、内側から彼女の心をメロメロにしていた。自分とは性の経験値が違いすぎる。真里のことを考えると、初めての相手が萌で良かったように思えた。


「マコトちゃんも、今ならわかるんじゃない?
勃起もできないアナタと、真里を心から満足させることのできる萌、どっちが真里の相手としてふさわしいか?」

「も……もえさんです……ぐす……」


萌の方がふさわしいと認めたことにより、見えない壁のようなものが、自分と真里の間に立ち塞がったかのように思えた。

誠は小早川の辛辣な質問責めに耐えきれず泣いている。

直立のまま固定されているため、涙をぬぐうこともできない。悲しみの雫がむなしく彼の頬を伝っていた。

しかし、そんな誠に対し、小早川は追撃の手を緩めなかった。
彼は鮫島の一物を指差すと言った。


「マコトちゃん、もう一度、鮫島の男性器を見なさい」


命令されて鮫島の一物に目を向ける。
鮫島の剛直は、小早川と話している間も萎えることなく勃起していた。

そしてそれを見て、萎えていた誠のペニクリは、
こんな状況だというのに、再び甘勃ちしてしまった。

萌の方がふさわしいと認めた直後に、男性器で興奮してしまうなんて……。

誠はそんな自分を情けなく思うと共に、
真里に対して申し訳ない気持ちになった。


「やっぱりネ。アナタは愛情の面に関しても、
萌に遠く及ばないワ。こんな真面目な話をしてるのに、
男に発情するだなんて……真里に悪いと思わないの?」

「お……思います……うぅ……」

「たしかにアタシは萌に催眠をかけたけど、
彼女の真里への愛し方は、本物だったと思うワ。

真里と別れた日のことを思い出して。
萌は真里をアナタから守ろうと必死だった。

きっとアナタの元じゃ、
真里は幸せになれないって感じたのネ。

真里が決して結ばれないホモ男に縛られている。
止めなきゃ真里が不幸になる。

その証拠にアナタはこんな状況でも、男相手に勃起してる。
萌がそう思うのも当然だワ。

アナタは萌以上に激しく真里と愛し合ったことがある?

お互いの肉欲をぶつけ合って、身も心もひとつになるの。
それができたからこそ、真里は萌に処女を捧げた。

そこまで本気になれる萌と、
本当は男が好きなのに、恋愛ごっこを続けるアナタ。

どっちが真里のことを愛していると言えるかしら?
まさかこの期に及んで、自分だなんて言わないわよネ?」


男に興奮し、ペニクリを甘勃ちさせた状態で、
自分の方が愛しているだなんて言えない。

誠の射精介護を続ける真里と、レズセックスで身も心も溶かされ、幸せそうな顔を浮かべる真里。

どちらが愛されているかなど、比べるまでもなかった。

結局、自分は流されるまま、真里と過ごしてきただけだったのだ。それに気付いた時、誠の心は一気に崩壊してしまった。


「う……うぅぅ……わたしより……も、もえさんの方が……真里さんのことを、うぅ……愛してると……思います」


完全な敗北宣言である。
誠は萌の方が真里を愛していると認めてしまった。

それは決して口にしてはならない禁断の言葉。

せめてここで意地を張ってでも〖それでも真里を愛する気持ちは誰にも負けない〗と言えば、まだこの後の難を逃れていたかもしれない。

しかし、真里とよりを戻す意地も大義も失った彼に、
抗う気持ちは残されていなかった。


そうして誠が全てを諦めた時、
再び、真里の仕掛けた後催眠が発動した。


《諦めないでくださいっ!》

「眠りなさい」


同時に放たれる小早川の催眠術。
彼は待っていたように暗示を発動した。

そしてその隣には、不気味なオーラを放つ子供。
黒き書の化身、メアがいた。


《はい、良いよ。ちょうど良いタイミングだったね》

(ここからどうすればいいの?)

《任せて、少し〖身体借りる〗よ》


小早川の身体が、自らの意志に反して動き始める。
通常は恐怖する瞬間であるが、なぜか小早川は平然としていた。

メアは、立ったまま眠る誠の頭を鷲掴みすると、呪文を唱え始めた。

小早川の指先が紅く光り、真里に掛けられた後催眠を溶かしていく。光が消えた頃には、誠は真里の言葉を完全に忘れてしまっていた。


《はい、後催眠解除。あとは大丈夫だよ》


催眠のプロフェッショナルで、人の心を読めるメアが相手では、真里の後催眠など、なす術もなかった。

メアは力を抜くと、身体の主導権を小早川に返した。

手をポキポキと鳴らし、
小早川は誠に向き合い暗示を再開する。


「催眠を解いてあげるから自由にしなさい」

パチン♪


直立姿勢から解放された誠は、その場で女の子座りをすると、か弱き乙女のように泣き続けた。

自分は真里にふさわしくない。

自信を失ってしまった誠は、そうした自虐的考えに陥ってしまっていた。

真里の後催眠がない以上、ここから挽回する手立てはない。
あとは小早川が兼ねてから望んでいた通りの姿になるしかないのであった。


※※※


そうして数分が経ち、
ようやく誠の泣き声が収まってきたところで、
小早川は改めて声をかけた。


「マコトちゃん、アナタに新しい名前を付けてあげるワ」

「え……」


急な提案に誠は顔をあげた。

小早川が合図をすると、黒服の一人がサイン用色紙を一枚持ってきた。厚い板に貼ってある立派な色紙だ。

その色紙には、巧みな筆文字で〖真琴〗と書かれてあった。


「真琴……?」

「そうヨ。呼び方は一緒だけど、漢字を変えてみたの。
ここのでの〖真〗は、〖愛情〗
〖琴〗は、〖芸術〗と〖音楽〗を意味するの。
アナタにはアイドルになってもらうワ」

「アイドル……」


暗示を受けて、サークルメンバーにアイドルになると伝えていた誠であったが、実は詳しい話については、よくわかっていなかった。


「アナタが断っても断らなくても、アイドルにするつもりだけど、一応、アナタの意志を尊重して聞いてあげるワ。
一生催眠で操られて過ごすか、自分の意志で人気アイドルを目指すか、どちらか選びなさい」


選択肢は無いに等しい。

これまでの経緯を考えると、
テレビで見るような普通のアイドルの仕事ではない。

おそらくは身体を使った仕事。
男性相手に枕営業をさせられる可能性も高かった。

しかし、真里はもういない。
彼女に操を立てる必要もなかった。

そうであれば男同士の肉欲に溺れ、
彼女のことを忘れてしまった方が楽なような気がした。

どちらにしても、ここからは逃げられないし、逃げるだけの気力もない。あとは催眠の支配下に置かれるかそうでないかの違いだけだ。

自暴自棄にも似た精神で、
誠はぼんやりとアイドルについて尋ねる。


「……アイドルって、どういう仕事なんですか?」

「可愛い服を着て、踊ったり歌ったりする仕事ヨ。
それくらいテレビを見ればわかるでしょ?」

「それだけじゃないですよね?」

「わかってるじゃない。
マコトちゃんが予想している通り、枕営業もあるワ。
それも普通のアイドルがしているより、はるかに多くネ」


そう言うと小早川は、
しゃがんで誠と視線の高さを同じにした。


「でもネ。アタシの見立てでは、アナタは才能があるワ。
アッチの才能もそうだけど、アイドルとしての才能がネ。

ローズ興業の社長であるアタシが言うんだから間違いなしヨ。だからできれば、自分の意志で、アイドルとしての人生を歩んで欲しいの。

辛いことも多いでしょうけど、それ以上に楽しいことや、やりがいのある仕事も多いと思うワ」


ローズ興業。
その業界ではトップといって良い会社だ。


(どうせ断っても、同じ道に進むのなら……)


目が覚めて、お年寄りだったなんて未来はごめんだ。

そうであれば、多少辛いことがあっても、
自分の意志を持って生きようと思った。

真琴は、うつむきながら、力なく答えた。


「わたし……アイドルになります……」

Part.137 【 新しい名を与えられて◆ 】

小早川は真琴を抱き締めると言った。


「ありがとう真琴ちゃん。ついに決心してくれたのネ」


これまでニューハーフになることを拒んできた誠が、
ついに認めてくれた。

真琴となった誠は、小早川が望んでいた通り、
男を受け入れ、男を求め、
男同士の愛欲の世界にのめり込んでいくことになるだろう。

ようやく念願が叶い、小早川は深く息を吸った。

抱き締めた真琴の身体からは、女独特の匂いがした。
そしてプニプニと柔らかい肌。
男に処女を捧げ、定期的にホモ行為に至っていれば、
このような身体になってしまうのは仕方のないこと。

今でさえ、このような身体の変化を遂げた真琴が、
心までも男に捧げるとなれば、一体どれほどメス化してしまうのか?

小早川は、今後の真琴の成長に期待せざるを得なかった。


「それじゃあ、長話は終わりヨ。
真里のことは忘れて、楽しみましょ♡」


小早川が真琴から離れると、
鮫島は待ちくたびれたと言わんばかりに、
のそのそと近付いてきた。

股間では、あいも変わらずムキムキに勃起した一物が反り返っている。

真琴はそれを見て、
当然のようにペニクリを甘勃ちさせた。


「良い? 真琴ちゃん。
女が美しくなるには、男とセックスするのが一番ヨ♡

清純派アイドルとか銘打ってる子もいるけど、
あんなのはただの看板に過ぎないワ。

アナタはいっぱい男とセックスして美しくなるの。
〖真琴〗は〖愛の音色〗
その身体を奏でて、多くの男たちを喜ばせなさい」


鼻先に突き付けられる男性器の匂い。
濃い男のフェロモンが鼻孔を通って体内に入り込んだ。


(男の人のおちんちんの匂い……
嗅いでるだけで変な気持ちになっちゃう……)


興奮して乳首が固くなる。
前立腺が反応して愛液が昇ってきた。

同性とエッチしたい。

今は心までもが、そのことを認めようとしていた。


「ほら、アナタの好きなように扱って良いのヨ?
触っても良いし、舐めても良いし、
なんだったら挿れちゃっても良いワ♡」


真琴自らの意志でホモ行為に至らせる。
それがニューハーフ化調教の最終段階と言えた。


(わたしの好きにして良いんだ……。
でも……好きでもない人とそんなこと……)


貞淑な真琴の性格が、性的な行為にブレーキを掛ける。

いくらエッチしたくても、
それは本当に好きな人とすべきことだ。

しかしその時、真琴の脳裏に真里との思い出が横切った。


(わたしはいつもそうやって言い訳してきた……。
だから真里さんと別れることになったんだ……)


真里と付き合っていた頃も、
自分からエッチに誘ったことはなかった。

真里のことをよこしまな気持ちで見てはいけない。
誘うのが恥ずかしい。
身体だけが目的と思われるのが嫌だ。
誘うより誘われたい。

あらゆる言い訳をして、自分から誘うのは避けていた。

もっと自分から誘っていれば。
もっと真里の身体を求めていれば。
彼女の気持ちを繋ぎ止められていたかもしれない。

真琴は今ごろになって、ようやく性に積極的になろうとしていた。だが、それはあまりにも遅すぎる決断。

今さら積極的になっても、
自らのホモ化を促進する結果にしかならない。

しかし、全てを失ってしまった真琴には、
それ以上細かいことを考える気力などなかった。


(もっと積極的にならなくちゃ……)


男の情欲を、全身に浴びたい。
何かも忘れて、おもいきり男性と抱き合いたい。

これまでは真里がいたため、
そうした願望は、心の奥に隠されてきた。

だが、今は我慢する必要などない。

真琴が同性愛に走るのを、
つなぎ止める楔は、すでになくなってしまっていた。

ぺろ……

真琴が、鮫島の鈴口を舐める。

産まれて初めて、性欲のために奉仕した瞬間であった。


(男の人のおちんちん……舐めちゃった……。
好きでもない人なのに……)


宿敵とも言える男の一物なのに、
真琴はそれを舐めることに嫌悪感を覚えなかった。


(もっとしたら、どうなるんだろう……?)


一線を越えてしまったことで、新たな興味が生まれる。

愛の伴わない、性の欲求を満たすだけのセックス。
一度それに身を委ねれば、あとは転がり堕ちるだけ。

後戻りできなくなるのはわかっていた。

しかし、だからといって、
今の自分に何かあるわけでもない。

愛する人も、帰る場所も失った。

自分が身を寄せれる場所は、
もうここにしかないのかもしれない。

真琴は目を閉じると、再び鈴口に舌を這わせた。


ぺろ……ぺろ……ぺろ……


熱い、触れてるだけで、この反り勃つ肉塊の鼓動を感じ取れるようだった。

ぺろ……んちゅ……ちゅう……

真琴は舐めるだけでなく、鈴口とキスをしてみた。

かつて真里とキスしていた唇を、
性欲のために男性器とくっける。

異性愛との決別、純愛との決別。

本人は意識していないが、
このキスには、そうした意味合いが込められていた。

その美しい指先を、男性器の根元に添え、
口を開けて、先端を咥える。

口内に、男性のいやらしい味と匂いが広がり、
唾液に溶け込んだ男のエキスが喉を通って、胃の中に入り込んできた。

お腹が熱くなる淫らな感覚と、厭らしい解放感を覚える。


(これが男の人のおちんちんなんだ……
逞しくて……厭らしくて……すごく熱い……)


催眠を掛けられていた時とは違う、明瞭な意識の中で、
真琴は改めて男性器の素晴らしさを知った。


ツゥーーーー

甘く勃起したペニクリの先から、愛液が糸を引く。
本物の男性器に奉仕して、
被虐心と劣情が高まり、溢れ出してしまったようだ。

真琴の銀杏程度の大きさの睾丸が、
メス汁を生産して止まらない。
シワひとつない、ツルツルの睾丸であった。

本来は精液を作る器官だが、睾丸自体が女としての自覚を持っているのか、まともに精子を作ることはあまりなかった。

そして今回、真琴が自らの意志で男性に奉仕したことにより、睾丸は精子を作る意志を完全に失ってしまった。

もう二度と元には戻らない。

真琴が女性に子を宿すことは、
絶対にできなくなってしまったのだ。


んりゅ……じゅぼっ……じゅぼっ……んむっ……。


慣れた手付きと口淫で奉仕を続ける真琴。

男性機能を失った彼女は、今まで抑えてきた男性への性欲を発散させるように、フェラチオを続けた。

その姿は、三日間水を求めて砂漠を歩き回った旅人が、
ようやくオアシスの水に辿り着けた時のようだった。

ゴクゴクと飲み込むようにフェラチオをしている。


「うまいぞ、真琴。
こんなに気持ちよくフェラできる奴は、お前しかいないな」


鮫島はそう言って、真琴の頭を優しく撫であげた。


(……っ♡)


これまで敵だった相手に撫でられて、真琴はつい喜びを感じてしまった。徐々に徐々に消えていく反抗心……。

逞しい男に心までもが支配されていく感覚に、
彼女はある種の陶酔感を感じていた。

男性にもっと褒められたい。
男性にもっと求められたい。

敗北を認め、ホモセクシャルへの舵を切り始めた真琴には、
宿敵に褒められて、拒否する気持ちは浮かんでこなかった。


ぢゅぼ……ぢゅぼ……ちゅうぅ……あむ……ちゅぅ……


ストロークを長くして、お口全体を使ってフェラをする。

どこをどうすれば男性が気持ちよくなってくれるのか、
手取り足取り教えてもらっていた真琴には自信があった。

女性は無理だが、男性なら気持ち良くさせられる。
受け身でも、逆に喜んでもらえる。

真琴が男性とセックスする上での不安は、
徐々になくなっていった。


「ふぅ……真琴、そろそろ限界だ……
俺の精液をオマエの口で受け止めてくれ」


鮫島の肉竿がさらに膨張する。

真琴は覚悟を決めて、彼の精液を受け入れることにした。

これまで何度も口にしてきた精液だが、自らの意志で受け止めるのは初めてだった。あの熱い体液を口に含んだら、どんな気持ちになるだろうか?

ドキドキと高鳴る心臓の鼓動。

真琴は男の体液を、口内に受け入れることに、
たしかな期待を抱いていた。


「いくぞ……出るぞっ……!」


鮫島の剛直が一層大きくなる。
真琴は顔を引いて、口内に精液を受け止める空洞を作った。

直後……。


ドクドクドクドクドクドクドクドクドクッッ!!!!

「んんっ……ん……んむっ!!」


吐き出される生命の濁流。生々しい男の匂いとともに、
それは口の中全体に行き渡った。

真琴の頬が精液で膨らむ。凄まじい排出量だ。
これだけでも男性としての格の違いを思い知らされた気分だった。

鮫島の男根がゆっくりと引き抜かれる。

口の中に出されたタプタプの精液を含んで真琴は思った。


(あぁ……すごい……こんなにたくさん出せるなんて……
しかもすごく熱くて……濃くて……苦い……♡)


自分では100回出しても、この量には遠く及ばない。
真琴は鮫島の男としての生命力の高さに、感銘を受けていた。

ひくひく、ひくひく……


(あ……お尻の穴が疼いてきちゃった……。
男の人の精子……口に含んでるだけなのに……。
の……飲んでみようかな……?)


続々と生まれてくるホモ化への興味。
新しい自分へと目覚めていく感覚が楽しかった。

真琴は少し顎を上げると、精液を飲み込んでみた。

コクン……

喉をねばねばした精液が通り抜けていく。


(なにこれ……お腹の中が温かくて……なんだか幸せ……)


男性の体液を、体内に受け入れることに幸せを感じてしまう。ニューハーフ嬢としての才能の芽生えだろうか?

もっと男の人とエッチしたい、もっと気持ちよくなりたい。

これまで無意識に抑えてきた男性への性欲が、
さらなる高まりをみせようとしていた。

だが鮫島と小早川はーー


「良かったぜ、真琴。ここまでできれば十分だ。
枕営業も難なくこなせるだろうぜ」

「初めてなのに、よく頑張ったわネ。苦しくはなかった?
無理はしないで、今日はこれで終わりにしましょ」

「え……」


予想に反して、二人は終わりの意向を示した。

これまで長々と調教を繰り返してきたことを考えると、
あまりにもあっさりとした幕引きであった。

しかし、真琴の性欲は治まらない。
彼女は戸惑いながらも、訳を尋ねた。


「あの……」

「どうした?」

「その……」

「何か言いたいことがあるのか?」

「えと……も、もう……終わり、なの……?」

「催眠なしでするのは初めてだからな。
いきなりハードなことはできないだろう」

「真琴ちゃん、無理しなくて良いのヨ?
これから毎日できるんだし、
ゆっくりと男同士のエッチを学んでいきましょ♡」


優しく微笑む二人であったが、真琴としては不満であった。
このままの状態で、明日まで我慢するなんてできない。

恥ずかしかったが、真琴は行為の継続を求めた。


「あの……も、もう少しだけ……」

「どうしたの?」

「もう少しだけ……できませんか……////」


消え入るような小さな声。
真琴は赤面しながら、ホモセックスの継続を求めた。


「あら? もう少ししたいの?」

「は……はい……////」

「サメちゃん、真琴ちゃんがこう言ってるけど、
お願いできるかしら?」

「俺は良いぜ。真琴ちゃんの頼みだからな。
それで次はどうして欲しいんだ?」


行為は、あくまで真琴の意志に委ねる。

真琴はこれまで彼女を包んできた貞淑の殻を破るように、
男根を求めた。


「うしろから……突いてください……」


言った途端、アナルがキュッ♡と締まる。

真琴は恥ずかしくて、
顔から湯気が出てしまいそうな気持ちであった。


「わかった。背中を向けてくれ」

「はい……」


真琴は真っ白なお尻を控えめに突き出した。

鮫島がそれを両側に広げると、色素沈着していない真琴の菊門がヒクヒクと口を開け閉めしていた。


「あっと、すまねぇ。
ケガするとわりぃから、ローションを塗らせてもらうぜ」

「は、はい……わかりました」


真琴は初めて自分から男性を誘ったこともあり、
緊張している様子だった。

黒服の一人が鮫島の肉竿にローションを垂らす。
小早川製薬の媚薬ローションだ。

これまで多くのノンケを同性愛者に堕としてきた秘薬であるが、進んでホモになろうとしている今の真琴にとって、その効果は、もはやメリットでしかなかった。


「始めて良いか?」

「はい……お、おねがいします……」


真琴の返事を受け、
鮫島はその剛直の先端を真琴の真っ白な菊門にあてがった。


「あぁんっ!♡」


ぴったりと触れただけなのに声をあげる真琴。
鮫島が心配そうに声をかける。


「どうした? 大丈夫か?」

「いえ……すみません、ちょ、と興奮して……
声が出ちゃった、だけです……」

「そうか、もし痛かったりしたら言ってくれよ?」

「は……はい……♡」

(なんでこの人……こんなに優しいの……?)


ずっと鬼のような印象だった男が、優しくなっている。
そのギャップに、真琴は少しときめいてしまっていた。

見た目も心も逞しい男が優しくなってしまったら、
ホモに目覚めかけの真琴が気にしても仕方がない。

真琴はドキドキしながら、鮫島の挿入を待ち受けた。


(あぁ……わたし、これからこの人と同じになるんだ……♡)


鮫島と同類のホモになる。
真琴はそれがなんだか楽しみに思えてきてしまった。

ホモになることを認めてからというもの、
小早川も鮫島もどちらも優しかった。

今まで敵だった黒服達にも、親近感が湧いてくる。
同じホモ同士、仲良くできたら、どんなに素敵だろう。

ホモに目覚めかけていることもあり、
真琴はこれまでしてこなかった思考に陥り始めていた。



ズブ……ズブズブズブズブ……


「ふ……ふぁ……♡」


鮫島の肉竿が、アナルに侵入していく。
これまで暗示を掛けられなければ、嫌なものでしかなかったそれを、真琴は蕩けた表情で迎え入れた。

そして慣れていたこともあり、
鮫島のそれはすぐに真琴の奥底にまで到達した。


「あ……あ……♡ あ……あ……あ……♡」


お尻に男性器が入っている感覚に、真琴はヨダレを垂らす。
同時に薄目を開け、快感で熱い吐息を吐いた。

こんなに蕩けきってしまった顔。
今まで一度も見せたことがない。

すでに同性との行為を忌避する気持ちは微塵もなかった。

真里同様、真琴も同性とのセックスが、
もっとも深く感じられるようになったのだ。


(すごい……気持ちいい……♡
これが本当のホモセックス……ペニバンと全然ちがう……♡)


真里にお尻を犯されていた時のことを思い出す。

この生の男性器に比べたら、
真里のペニバンなど月とスッポン。

真琴は男同士でしかできないホモセックスの虜になっていた。

しかし、鮫島は奥に突っ込んだだけで、それ以上動こうとはしなかった。

ここで中を擦られたらもっと気持ちよくなれるのに……
真琴は鮫島に改めてお願いすることにした。


「はぁ……はぁ……さめじまさん……あの……動いてもらって……いいですか?」

「わかった。動くぞ」


鮫島が真琴の腰を掴み、ストロークを開始する。
ずりゅずりゅと肉竿と腸壁が擦れ、真琴は愉悦の表情を浮かべた。


「あっ!んっ!あっ!うんっ!あんっ!うぅんっ!あぅん!んんっ!あぁっ!あっ!んっ!あぁっ!んんっ!」


痛みなどない。
気持ち良さだけが全身に広がっていく。

突かれるたびに自分が、
より深刻なホモへと目覚めていくのが分かった。

このままもっとホモに目覚めたら、
もっとホモ行為で気持ちよくなれるようになる。
もっと気持ちよくなりたい。もっとホモになりたい。

真琴は自らも腰を振り、鮫島の肉竿を受け入れた。


ずちゅっ!ずちゅ!ぐちょっ!ぐちょんっ!


お尻と腰が弾ける音と、ローションの粘着音が聞こえる。
それがより真琴の興奮を高めた。


(いいっ!♡ いいっ!♡ 気持ちいいっ!♡)


真琴は今の自分が好きになった。
女性とセックスしておどおどしている自分よりずっと。

こうして男性にお尻を差し出し、
突かれて喜んでいる今の自分が本当の自分。

今はもう、この喜びを遮るものは何もない。

ニューハーフとしての自分を認める。
男性とセックスするのが本当の幸せ。

真琴はニューハーフとしての自覚を持とうとしていた。


「あ……ダメ……いきそう……♡」

「どうする?」

「そのままして……できれば……中に……だして……♡」

「わかった。任せろ」


出せと言われて出せる男。さすが一流の竿師である。
鮫島は勢いをつけると、ラストスパートを仕掛けた。


ズンズンズンッ!ズップズップズップッ!!


力強いステップ。力強い腰付き。


ズンズンズンッ!ズップズップズップッ!!


逞しい男に抱かれて、
真琴のホモ化はさらに進行していく。


(気持ちいい……♡気持ちいい……♡
こんなに気持ちいいの……知らない……♡
わかっちゃった……もう十分わかっちゃった……♡

あの時、真里さんが感じていたのは……これだったんだね?

この……全身を貫くような快感……ぁんっ♡
わたしじゃ……できなくても……しょうがないよ……
だって女の人じゃ……こんなに気持ちよくなれないもん♡)


萌とレズセックスしていた時の真里の気持ちが、
今ならわかる気がした。

今は鮫島が相手であるが、これが愛している相手だったら、どれほど幸せな気持ちになれただろうか?

萌と愛し合いながら、この気持ち良さを体感した真里は、
もっと幸せだったはずだ。

自分ではこの気持ちよさを、真里に与えてあげることはできない。彼女と付き合う資格などあろうはずもなかったのだ。


(萌さんのおかげで、
真里さんは本当の幸せを手にすることができたんだ)


男にも女にもなりきれない、
中途半端な自分から真里を救ってくれた。

真里と別れさせてくれたおかげで、
自分はホモの素晴らしさを知ることができた。

萌に嫉妬する気持ちは、もはや浮かんでこなかった。
真琴は心の底から萌に感謝し、真里との関係を認めた。


(これで……真里さんのことを考えるのはおわり。
だってわたしはこれからニューハーフとして生きるんだもん♪

もう女の子のことは好きにならない。

男の人だけを好きになる。
男の人としかエッチしない♡

わたしは桐越真琴。男の人が好きな女の子♡)


こうして真琴は、
一生涯、男性のみを恋愛対象とすることを決めた。

ホモを自覚した真琴は、鮫島の肉竿より与えられる快楽を声に出して表すことにした。


「あっ!♡あっ!♡あっ!♡
気持ちいいっ!♡気持ちいいよぉ!!♡
おちんちん、すごいっ!♡すごいのぉっ!♡」

「うっ……そろそろ出すぞっ、準備はいいか?」

「あんっ!♡だしてっ!♡なかにだしてぇっ!♡
わたしのなかにっ!ンンッ♡
あついのを!♡んっ!♡いっぱいだしてぇっ!♡」

「いくぞっ!?いくぞっ!?いくぞっ!?」

「きてっ!♡きてっ!♡きてっ!♡
あっ!♡あっ!♡あっ!♡きもちいぃっ!!♡
あ、いくっ!♡いくぅっ!♡いっちゃうんっ!♡
いっちゃうのっ!♡ぁんっ!♡ぁんっ!♡ぁんっ!♡
いくっ!♡いくっ……!♡いくっ…………!♡
いっ……………くうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!♡」


真琴がひときわ大きな嬌声を上げたタイミングで。

ブジュュュュュュ!!ジュバジュバジュバジュバッ!!!
ぶしゅゅゅゅぅぅぅぅぅぉぉぉぉあああああああ!!!!

煮えたぎる大量の精液が、
真琴のケツまんこに放出された!


「アァァァァァァァァァァァァァァ!!!♡♡」


強烈な快感が一気に雪崩のみ、全身を震わせる。

満面の笑みで精液を受け入れた真琴は、実に美しかった。

真琴の甘勃ちしているペニクリから、
少し勢いをつけて愛液が飛び散る。

ピュッ!♡ピュッ!♡ピュッ!♡
ピュッ!♡ピュッ!♡ピュッ!♡

ペニクリの先から奏でられるファンファーレ。

まるで真琴が完全なホモになったことを、
ペニクリが喜んでいるような潮噴きっぷりである。

勢いは小さいものの、真琴の潮噴きは止まらなかった。


ピュッ!♡ピュッ!♡ピュッ!♡

(イクの止まんないぃ……♡
ホモセックス……最高……♡♡♡
男の人……大好き……♡♡♡)


こうして真琴のホモ化は完了したのであった。

Part.138 【 霊障 】

「アイドルね……」

「キョウちゃんはどう思う?」


○✕大学病院に到着した直美は、
さっそく恭子に、誠のことを相談していた。


「私も催眠を解いた方が良いと思うわ。彼が全てを思い出して、その後に決めたものだったら何も問題ないと思う。でも……」

「でも?」


恭子は言いにくそうに続ける。


「直美に理解して欲しいんだけど、
誠くんは私の催眠のせいで○○大学を落ちてしまったの。
直美と別れさせてしまったのも私だし……。
性格を女に変えて、アイドルを目指させることになったのも私のせい……。
彼がそのことを把握して、制裁を与えてきたとしても、
私はすべて受け入れるつもりよ」


直美は神妙な面持ちで恭子の話を聞いている。

誠が恭子を恨む気持ちは理解できた。
優しい誠のことだから、そこまできつく当たらない気もしたが、彼が事実を知った時の衝撃は計り知れなかった。


「それと……直美に聞きたいんだけど」

「ん?」

「記憶を取り戻した誠くんが、
やり直したいって言ってきたらどうする?」


今の誠は、真里と別れてフリーな状態。

別れた原因が催眠であれば、
復縁を求めてくる可能性は十分あり得た。

直美も誠を愛していた頃の記憶を取り戻している。
彼女が望むなら、よりを戻すのは簡単な話であった。

しかし直美は……


「あたしは誠とやり直すつもりはないよ」


一度決めたことは覆(くつがえ)さない。
誠に未練がないと言えば嘘になるが、
直美は二度と恭子を一人にするつもりはなかった。


「直美、ごめんなさい……」

「謝らないで。
あたしとキョウちゃんは一蓮托生なんだから♪」

「意外と……難しい言葉知ってるのね」


だがこの時、恭子の脳裏に父龍之介の言葉が甦る。


《あの女とは別れろ。
娘が同性愛者などと知られたら世間の笑い者だ》

《要求を呑めないなら、
あの女には消えてもらわねばならない》


恭子はハッとして口元に手をおいた。


(一緒になったら、直美が殺されてしまう……)


恭子は龍之介から、取引先の御曹司と結婚するように命じられていた。逆らえば、牛久沼と同じように直美が消されてしまう。

自分が直美と一緒になれないことに気付き、恭子はこの件を思いなおすことにした。


(ここは誠くんとやり直させるのが、直美のためなのかも……)


記憶を取り戻した誠なら、きっと直美を幸せにしてくれる。
別れるのは辛いが、彼女が死ぬのに比べたらマシだ。

直美は頑固だから、
正直に話しても、納得してくれないかもしれない。

いざとなれば、その時は催眠で……。
あまりに恐ろしい発想に、恭子は気を失いそうになった。


「どうしたの? キョウちゃん?」

「な、なんでもないわ……」


自分はもう一度、直美を術中に嵌めなければならないというのか。これほど自分の運命を恨んだことはなかった。

しかし今は、直美の前だ。
その考えを悟られてはならない。
恭子は感情を表に出さないようにした。


「そういえば真里ちゃんって、
本当にレズとして生きるって決めたのかな?」

「元からレズだったんでしょ?」

「そうだけど、女の子の誠を好きになったんだったら、
今の誠のこと、もっと好きになりそうな気がするけど」

「……そうね。でも南の島で考えが変わるきっかけが、
あったのかもしれないわ」

「あんなに仲が良かったのに?」

「何があったかは知らないけど……
明日登校してくるなら、その時聞いてみたら?」

「ん-そうだね。聞いてみる」


この時の二人はまだ、
真里が深刻な状況にあることを知らなかった。



※※※



薄暗い部屋の中、真里はモニターをじっと見つめている。
彼女はどこで手に入れたか自分でもよく分かっていないホモDVDを観賞していた。


「ぐほほ……気持ちいいぜ、ぐほほほほほ!」

「ぐひぃーーやめちくりーー!!
ぐひぃーー!! ぐひぃーー!! ほひーー!!」


モニターに映るおぞましい映像。
汚くメタボリックなおっさんが二人、醜く交じり合っている。

真里がこれまで好んでいた動画とはまったく違う。
グロスカリョナ要素のある誰得動画であった。

当の本人は、オナニーをしているものの、元の趣味から掛け離れたジャンルであるためか、全く感じていない様子だ。

彼女の身体は渇ききり、陰部も擦った指により赤く腫れてしまっていた。

この真里の奇怪な行動は、すべて小早川の催眠によるもの。
彼は、真里が自殺して発見された際に、彼女への同情心が薄れるよう、このようなグロ動画を見せていたのだ。

そうしてしばらくすると、
真里はお腹が空いたのか、カップラーメンを食べ始めた。

以前、パッケージが気に入ってジャケ買いした○○教室のカップラーメンなのだが、
すでに興味も失せているのか、開封方法もいい加減だ。

台所のゴミ箱には、乱雑に捨てられた容器の山があり、ひどい異臭を放っていた。


ずずず……ずずずずず…………。


虚ろな表情で麺を啜る真里であったが、
ふと何かに気付くと、持っている割り箸を見つめた。


(そうだ。これを使って死ねば良いんだ)


真里は割り箸の持ち方を変えると、
それを思い切り目に突き刺そうとした。

ブンッ! ピタ…………。

しかしそれは、すんでのところで防がれる。
割り箸は眼球にぶつかる直前で止まり、真里の手から飛び出してしまった。


「ふぁ……!? ま、また……?
なんで……なんで死ねないのぉぉぉぉ!?」


自身の身に起こった怪奇現象に驚くよりも、
死ねないことへの不満を漏らす。

真里はテーブルに額をぶつけて暴れようとしたが、
それさえもクッションのようなものが間に挟まり、うまくダメージを与えられなかった。

彼女は悲痛な表情を浮かべて横たわり、そのまま疲れて寝てしまった。


(ふぅ……ようやく寝てくれたか……)


寝息をたてる真里の横で、
透き通った白装束の女性がため息をついている。

この部屋の地縛霊、桑原幽子は突発的に生じる真里の自殺衝動になんとか対処していた。


(本当にこいつどうしちまったんだよ? 帰ってきてから死ぬことしか考えていないし……旅行先で何があったんだ?)


幽霊である幽子は、人の心を読み取ることができる。
彼女は真里の心を読み取り、
自殺のタイミングを知ることができていた。

先ほどの自殺未遂の際も、真里が「この割り箸を目に突き刺せば死ねるかもしれない」と考えたから防げたのだ。

そのようにして幽子は、
真里の命を繋ぎ止めることができていたのである。

しかしそれもまもなく限界を迎えようとしていた。


(あと二個か……)


段ボールの中のカップ麺を渋い表情で見つめる。
冷蔵庫の中身もなくなり、深刻な食糧難に悩まされていた。

真里が新たな食糧を買いにいければ良いのだが、そんなことをさせたら、外で死なれてしまう。

幽子は地縛霊のため、このアパートから外に出ることができない。真里を守るためには籠城するしかなかった。


(数日も保たないだろうな……)


水はあるが、食糧なしではさすがに厳しい……
それまでに誰かが助けに来てくれれば良いのだが……。

幽子がそのようなことを考えていると、
廊下に人の気配がした。

すぐに壁をすり抜け、外の様子を確認すると、
そこには怪しげな男が二人いた。


「やはり水道のメーターが動いている。真里はまだ生きているようだ」

「どうする? 中を確認するか?」

「そうだな……たとえ見られても、真里は催眠の影響で、
助けを求めにいけないはずだ」

(催眠っ!?)


男達、もとい私服姿の黒服の発言で、
幽子は真里の奇行の理由を把握した。

それと共に沸き起こる憎悪。
真里をこんな目に遭わせた者の正体を知り、
彼女は全盛期の怨嗟(えんさ)の念を取り戻そうとしていた。


(こいつらが真里を殺そうとしていたわけか……)


あくまで一方的な関係であるが、幽子は真里と二年もの付き合いがある。人を憎むだけの生活から解放してくれて、特別な親近感も抱いていた。

そんな彼女を傷付けようとする悪党を、幽子は許せなかった。



※※※



合鍵を使い、扉を開ける黒服二人。
彼らは真里の生死を確認しようとしていた。


「なんだこれは……」


玄関に入ってすぐ。靴が置かれた土間の部分に、
折れた包丁、割れたグラス、ハサミ、ペンなどが散らばっている。

これらは全て真里が自殺に使おうとした凶器であった。

幽子は真里から凶器を取り上げた後、ここに捨てていたのだ。今は玄関が開いているため、光に照らされているが、閉まれば、この場所は暗がりに隠されることとなる。

真里は電気を点けず生活しており、なおかつほとんどリビングの方にいるため気付かなかったようだ。


「なんでこんなものが……?」

「気を付けろ。いきなり襲いかかってくるかもしれないぞ」

「そうだな……」


催眠の副作用による奇行か?
死の淵に立たされている人間は何をしてくるかわからない。
二人は突如襲ってくるかもしれない狂人に警戒した。

黒服は靴を脱ぎ、なるべく音を立てないようにキッチンに潜入した。奥に進んで、リビングの襖を開けようとする。

その瞬間、水道の蛇口から一気に水が噴き出した。

ジャーーーーーー!!!


「ひぃっ!!」


二人は突然の怪奇現象に驚き、慌てて蛇口を締めようとした。しかし栓は固く、ガタイの良い黒服が締めようとしてもなかなか動かなかった。


「くっ……なんだこの水は……」


キュ……。

悪戦苦闘する黒服であったが、
それは突然、ぴたりと止まってしまう。

直後、背中側にあるバストイレの扉がひとりでに開いた。

キィーーー…………

妙な悪寒を感じて振り向くと、
そこには首に縄を巻き付け、天井から吊るされ、
こちらを睨み付ける白装束の女がいた。


「うえぇっ!?」


恐怖に顔を歪める黒服二人。
腰を抜かしてその場に倒れ込んだ。

彼女は身体が透けていて、その裏側にある壁がハッキリと見えていた。それだけで、この女性が生身の人間でないことがわかった。

幽子の首が曲がってはいけない方向に曲がり、同時に縄が千切れた。床にボトリと落ちる死体。それが床を這いながら近付いてきた。


《死ねぇぇーー!!》


まるで断末魔の叫び声。
黒服は慌てて立ち上がり、逃げようとした。

だが彼らの足が土間に到達した時、
落ちていた凶器が足の裏に突き刺さった。


「ギャアァァッ!!」


悲鳴を上げて倒れ込み、
廊下の手すりに身体をぶつける二人。

彼らは慌てて立ち上がると、すぐにドアを閉めて逃走した。


(ざまあみろ)


幽子は侵入者を撃破すると、
再び真里を守るため、リビングへと消えていった。