○×大学の入学式の日、
校門前は入学式を迎える生徒達でごった返していた。
そこから少し離れた場所で、
その校門の様子を感慨深く見つめる真里の姿。
彼女は大好きなBL妄想を封印して勉学に励み、メキメキと成績を伸ばしていった。
そして一般クラスでは滅多に入ることのできない○×大学への合格を果たしたのだ。
その偉業は先生達にも両親にも褒め称えられ、
同じ漫画研究部の弥生と萌を驚嘆させた。
二人は真里の合格を自分のことのように喜び、誠への恋が成就するよう願ってくれた。
卒業後、萌はイラストの専門学校に進学。
弥生は幼馴染みと結婚し、夫の働く農家で一緒に畑作業をしているという話だ。
先日の弥生から送られてきたメールには、取れ立ての野菜を両手に持ち、夫婦二人幸せそうに写っている写真が添えられていた。
真里は今まで二人に色々と助けられてきたが、これからは一人で頑張らなければならなかった。
メールで送られてきた二人のエールの言葉を読み返し、彼女は自らを鼓舞する。
「よーし、頑張るぞ!」
そうして真里は○×大学の門を潜ったのであった。
※※※
入学式は何事もなく終わった。
真里はもっと芸能人などが来て、特別な挨拶を行ったり、協奏団の楽器演奏などが開かれるのかと思っていたが、学長の挨拶があるだけで終わり、少しがっかりした様子であった。
入学式を終えた真里には早速向かうところがあった。
それは直美の所属している服飾系サークル【Lily】の部室。
直美の恋人の恭子が立ち上げたサークルで、服飾のデザインから生産広告販売まで、一貫して行っているまるで一企業のような本格的なサークルらしい。
誠もそのサークルに所属していて、経理やプログラミング、顧客管理などを担当しているそうだ。
真里がそこに入部する一番の理由は、もちろん誠であるが、同時にコスプレに興味があり、上手くいけば材料を安く仕入れられるかもしれないと考えていた。
何より真里はこの町に引っ越してきて知り合いが直美と誠しかいない。
人脈を広げるためにも、サークルに入るのが一番良かったのだ。
校舎内を回りようやく部室を見つける真里。
しかし部屋は鍵が閉められており、中に人の気配はない様子だ。
「あれ……?場所間違えたかな?」
再び地図を確認するも場所は間違えていないようだ。
ふと、扉の横に貼ってある紙に気がついた。
《お知らせ》
サークル【Lily】に入部希望の新入生の方々へ。
現在○×メッセの個別ブースにて展示会を開催しており、
サークルメンバーは全員不在となっております。
入部希望者の方は、
展示会終了日以降に受付を行いますので、何卒ご了承下さい。
尚、展示会の見学は自由です。
何かご質問のある方は、〇✖メッセの個別ブースへいらしてください。
(そういえば、直美さんイベントがあるって言ってたっけ……)
そう思い佇んでいると、真里のスマホの着信音が鳴った。直美からだ。
『真里ちゃん入学オメデトー☆♥今探してるんだけど、どこにいるのー?』
『今、部室の前にいます』
そう打つやいなや、直美の声が聞こえる。
「あー!いたいたー!やっぱ、こっち来てたんだねー」
※※※
直美に連れられ○×メッセへと向かう。
サークルで制作した服を、誠がモデルとなって公開しているとのことで、真里はワクワクしていた。
ただでさえカッコいい誠が、展示用に作られた服を着てポーズを取るというのだ。
それは真里にとってまさに生唾ものであった。
「そういえば真里ちゃん、
マコちゃんのこと知ってたんだね。どこで知り合ったのー?」
「マコちゃんって誰のことですか?」
「モデル役の人のことだよ」
真里は直美のマコちゃんという呼び方に少し引っ掛かりを覚えた。
(直美さん、桐越先輩のことマコちゃんって呼んでるんだ……
ずいぶん可愛らしい呼び名だけど、付き合ってた頃からの名残かな?)
「どうしたの?」
真里が不思議そうな反応を見せるので、直美も逆に不思議そうな様子で返した。
「いえ……なんでもありません。
えっと……桐越先輩には高校の時に、お世話になっていたので、是非挨拶したいなって思っていたんです」
「へぇーそうなんだー」
直美はそれ以上突っ込みを入れてこなかった。
元々誠はお節介なところがあって、あちこちで人助けをしていたこともあり、
単純に真里もそういう繋がりがあったのだなと思う程度であった。
それから真里と直美は、たまにメールで話をしている百合物の同人誌へと話題を変えていった。
※※※
そうこう話をしているうちに○×メッセへと二人は到着する。
恭子の構える個別ブースに近づくと、
直美がサークルのメンバーらしき人物から声をかけられた。
「ナオちゃん、どこに行ってたんですか?恭子さん、探してましたよ?」
「えー!?ちゃんと出かける時、友達探しに入学式行ってくるって伝えたよ??」
「んーそういう事は言ってませんでしたね。とにかく見つけたら倉庫に来てくれって言ってました」
「わかった。じゃあ、真里ちゃんごめん。
マコちゃんだったら控え室で休憩してると思うから、この道まっすぐ行った突き当たりの部屋に行ってみて!あたし、キョウちゃんのとこ行ってくるね」
「わかりました。早速挨拶してきます。
ここまで連れてきてくれてありがとうございました」
「うん!じゃ、また後でねー!」
そういうと直美は足早に倉庫に向かって駆けていった。
※※※
徐々に真里の心臓の鼓動が高くなってくる。
一年ぶりの誠との再開。
髪に乱れはないだろうか?服にシワは寄ってないだろうか?
真里はメッセ内の鏡になっている柱の前で身だしなみを整えた。
そして一歩一歩、誠のいる控え室へと進んでいく。
この時のために自分は一年間頑張ってきた。
いつか伝えられなかった思いを伝えるため……
真里は控え室の前に到着する。
扉は開けっ放しになっており、中には鏡に向かって化粧直しをする綺麗な女性の姿があった。
(すごい綺麗な人だな……他の展示ブースのモデルの人かな?)
真里はそう思い、入り口のドアに貼り付けてある紙を見た。
『サークルLily控え室』
どうやらあの女性は同じサークルのモデルらしい。
リーダーの恭子が、相当な美人なのでそういう人材が集まりやすいのだろうか?
(直美さんも桐越先輩もすごい美人だし……
このサークルなにかとレベル高いな……ああいう人、他にもいるのかな?)
そう考えながらも再び控え室の中を覗く。
だが、他に誠らしき人物の姿は見当たらない。
(お手洗いにでも出掛けているのかな?
奥に人がいそうなスペースはなさそうだし……)
そう思い、一旦来た道を引き返す。
そこで先程直美に話しかけてきた女性を見つける。
「あの……」
「あっ、さっきナオちゃんと一緒にいた人だね。
新入生?控え室はどこかわかった?」
「はい、控え室はあったのですが、桐越先輩の姿が見当たらなくて……」
「えっ!?ナオちゃんに続いてマコちゃんもどこか行っちゃったの?
ちょっと向かうね」
そう言われ、女性と共に先程の控え室まで向かう。
控え室に到着すると、女性は中を確認して振り返って言った。
「大丈夫。戻ってきているみたいよ。たぶんお手洗いに行ってたんでしょうね」
そういうと女性は他に仕事があるのか、
そのまま先程のブースへと戻っていった。
※※※
(はぁー……いよいよ桐越先輩との再開か……緊張するなぁ……)
真里は嬉しくて自然と笑みが溢れそうになるのを感じていた。
そして控え室に目を向けた。
(…………あれ?)
控え室は先程と変わりなく、綺麗な女性が一人、座っているだけだった。
(私が気付かないだけで、もしかして奥に部屋があるのかな?
でもさっきの人、一目見ただけで居ることを確認してたし、一体どういうことなんだろう?)
何度もブースと控え室の間を行ったりきたりしてても仕方がないので、ひとまず真里は中の女性に誠の居場所を尋ねることにした。
コンコンッ
「すみませーん」
開きっぱなしのドアを軽く叩き、真里は入室する。
声に気付き、女性は真里の方を向いた。
「あの、桐越誠という人を探しているのですが……」
すると女性はにっこりと笑った。
真里はその笑顔に何故か懐かしさを感じつつも歩み寄った。
「一ノ瀬さんお久しぶり、一年ぶりだね!」
「?」
見に覚えのない女性に久しぶりと言われ、真里はキョトンとしてしまった。
(……え?誰だろう?私の知ってる人?
知らないなんて言ったら不愉快にさせちゃうかな……?)
真里はこの女性のことを思い出せなかったが、
とりあえず会話を合わせて、その間に思い出すことにした。
「お久しぶりです……」
「なんだか、一年ですごく大人っぽくなったよね」
「いえ……それほどでも……」
「一般クラスから、○×大学に入るなんて、うちの高校始まって以来だったんじゃない?」
「そうですね……先生もそう言ってました……」
(ダメだ……全然思い出せない……
同じ高校みたいだけど、先輩に知り合いなんて直美さんと桐越先輩くらいしかいないし)
真里は観念して、この女性に謝ることにした。
「ごめんなさい……実はあなたが誰なのか全然思い出せません。
失礼だとは思いますが、お名前を聞かせていただけますか?」
それを聞いて女性がハッとする。
「あっ、そっか!ごめんね、化粧してたから分からなかったよね?私、誠だよ」
「マコトさん?上のお名前は何ですか?」
「桐越誠、一ノ瀬さん、昔、私に告白したことあったでしょ?その誠だよ」
「……………………」
暫しの間、沈黙が真里を包む……
「ええええええええぇぇぇぇぇぇ!?」
真里の絶叫が控え室周辺に鳴り響いた……