その後、病院に搬送された恭子は、
緊急手術を受け一命を取り留めた。
牛久沼も男性器を失う大怪我を負ったものの、
命に別状はなかったそうだ。
しかし、警察が出動するほどの大事件になったにも関わらず、
なぜかマスコミは沈黙していた。
事件のことを知る者は、一部の関係者のみに限られ、
警察署内でもそのことを話す者は、ほとんどいなかったという。
それから二日後。
警察の取り調べを終えて、
直美は都立○✕病院を訪れていた。
病室のベッドで、人工呼吸器を付けられ眠る恭子。
彼女はレイプによる精神的ショックから、
脳に深刻なダメージを負ってしまっていた。
医者の話では、全身麻痺を起こして、
言語障害を引き起こすかもしれない重篤な状態だという。
直美は椅子に座り、恭子を見つめていた。
植物人間となってしまうやもしれぬ彼女に、沈痛な表情を浮かべている。
恭子はもう目を覚まさないかもしれない。
しかし、例えそうなっても、
直美の気持ちは、すでに固まっていた。
(どんなことになっても、あたしがついてるからね)
恭子と交わした約束を今度こそ守る。
直美は恭子のことを一生支えていくつもりであった。
コンコンッ
ノック音がして、病室のドアが開かれる。
「藤崎さん、そろそろお時間ですが……」
看護師が退出を促してくる。
時刻はすでに夕刻をまわろうとしているところであった。
直美は立ち上がって、ハンガー掛けからコートを取ると、
出入口で振り返って一言添えた。
「キョウちゃん……またね」
静まり返った病室内に返す者はいない。
直美は看護士に会釈をすると病室を後にした。
※※※
人が疎らになった廊下を歩く。
あまり来ない場所だったので知らなかったが、意外にも病院内には売店、フードコート、美容室などが設けられていた。
こういうものがあると、長期入院患者やその家族にとっては非常にありがたい。
直美は、その日の夜食を買うため売店に立ち寄っていた。
売店内には患者や職員らしき人の姿が多く見られ、各々に買い物を楽しんでいた。
その中にひときわ目立つ女性がいた。
黒いレースの服に、同じく黒のコートを纏った女性だ。
少し緑のかかった艶のある髪に、
スラッとした輪郭に青白い肌をしている。
そう……恭子の危機を知らせてくれた占い師の女性である。
「あっ! おねーさん!?」
恭子の件が落ち着いたら、お礼をしに行こうと思っていた。
まさかこんなところで出会えるなんて……。
直美は、いそいそと彼女に駆け寄った。
「直美ちゃん。お久しぶりね」
占い師は直美に気が付くと、にっこりと微笑んで見せた。
前に話した時と比べて、ずいぶんと砕けた話し方となっている。
「お姉さんも誰かのお見舞いですか?」
「えぇ、あれから恭子ちゃんがどうなったか気になって、様子を見に来たの」
「えっ!?」
恭子の入院を占い師が知っていて、直美は驚きの声をあげた。周りの人達の視線が集まる。
「ごめんなさい。いきなりそんなこと言われたら、ビックリするわよね。説明するから向こうのフードコートで話しましょ」
「あ、はい」
二人は買い物を済ませると、フードコートへと移動した。
※※※
「お姉さん、なんでここに入院してることが分かったんですか??」
直美は彼女に、
氏名、生まれた場所、時間帯以外何も知らせていない。
こんな大都市で、恭子の入院している病院を当てることなど不可能だ。そもそも入院してることすら分からないのに。
「私は占い師よ?
一度情報を得られた相手なら、どこにいても分かるわ」
「そうなんだ……占いってすごい……」
占い師だからできると言われれば、なんでもそうなのかと思ってしまうものだ。直美はそれだけで納得した。
「それで聞きたいんだけど、
恭子さんは今、お話できる状態かしら?」
「それは……」
直美は首を横に振った。
「キョウちゃんは、
もう目覚めないかもしれないんです……」
恭子は昏睡状態が続いている。
最悪の場合、死すらもあり得ると医者からは言われていた。
それを思い出したのか、
直美は鼻を啜り、じんわりと涙を浮かべた。
「そう……辛かったわね。
でも大丈夫よ。これから良い方向に進むから」
「占いでそんなことも分かるんですか?」
「いいえ、私は彼女を治療するために来たの」
「……?」
医者でもないのに、何を言ってるのだろう?
意味が分からず、占い師を見つめる。しかし、占い師はそんな直美の疑いの目など気にもせず、話を続けた。
「直美ちゃん。恭子ちゃんを助けたいと思う?」
「はい……」
「それじゃあ、彼女のいる病室に案内して貰えるかしら?」
「えっ、でももう面会終わる時間だし……」
時計を見ると、面会時間終了五分前であった。
「すぐ終わるから。時間が経てば経つほど、彼女が助かる見込みは低くなるわ。だから今すぐ会いたいの」
「わかりました」
なんだかよく分からなかったが、
この占い師を連れていけば何とかなるかもしれない。
そう思った直美は、彼女を連れて恭子の病室に戻ることにした。
エレベーターで階上を目指す。
恭子の病室は、最上階の最奥特別室。
通常であればVIP患者が使うような病室だ。
手前には来客用の受付があった。
看護士が直美に気付き声をかけてくる。
「藤崎さん、どうされましたか?」
「すみません、忘れ物をしちゃって、
すぐに済むので、入っても良いですか?」
「そういうことなら……後ろの方は?」
「友達です。一目見るだけでもってことで来たんですけど、一緒に良いですか?」
「わかりました。でもすぐに戻ってきてくださいね」
面会終了まで、まだ二分ほどある。
看護士は二人の入室を許した。
※※※
占い師は部屋に入ると、
バッグから銀の皿を四枚と焼香の入った袋を取り出した。
病室の角4方向に皿を置き焼香を盛る。
そうして設置を終えると、チョークで床に線を引き始めた。
(ええっ!?)
突然の行動に驚く直美。
焼香を置くところまでは良いとして、
床に線なんか引いたら、怒られてしまうではないか。
そんな直美の視線などなんのその。
占い師は皿と皿の間に線を引き終えると、チャッカマンで焼香に点火した。
もくもくと煙が立ち込め、お香の匂いが漂い始める。
スプリンクラーがいつ作動するかというギリギリのタイミングで、占い師がバッグから水晶玉を取り出した。
水晶に念を込め、呪文を唱え始める。
水晶は青白く光り、
それに呼応するように煙の勢いが増していった。
(えっ? なに、なに?)
直美は外の景色を見て驚いた。
空がピカピカと暗転を繰り返したかと思うと、
次の瞬間、真っ黒になってしまったのだ。
同時に切れる部屋の照明。
水晶の光のおかげで、部屋が真っ暗になることはなかったが、超常現象の連続に、直美は口をパクパクとさせていた。
占い師は、水晶玉をテーブルに置くと話し始めた。
「ふう……これで準備完了っと。ごめんね。
説明してる時間なかったから、一気にやっちゃった」
「お姉さん……もしかして魔法使い!?」
単刀直入な物言いに、占い師はふっと微笑む。
「正確には違うけど……まぁ似たような者ね。
魔法を使ってこの空間を外界から遮断したの」
「外界から遮断??」
「時間がないって言ってたでしょ?
だからこの部屋だけをカットして外の時間を止めたの」
「そんなこともできるのぉーー!?」
「みんなには内緒よ。直美ちゃんになら見せても大丈夫って占いで出たから、見せることにしたの」
「そうなんだ! じゃあ、もしかしてキョウちゃんのことも、その魔法でなんとかしてくれるの!?」
「えぇ、もちろんよ」
「やったぁーーー!!」
占い師の言葉に大喜び。
直美はこの超常現象への驚きよりも、
恭子が助かることへの喜びでいっぱいだった。
「でも私ができるのは、あくまでサポートだけ。
恭子ちゃんを元に戻すのは、直美ちゃん、あなたの役目よ」
「え?」
占い師は、恭子の方を向くと、
彼女の呼吸器と点滴を外し始めた。
「ほとんどは私の手で、なんとかできるんだけど。
この子の寿命は前にも言ったように、すでに切れてるの。
このまま治しても、運命に引き摺られて、すぐに死ぬことになるわ」
「あ……勝手に外しても良いんですか?」
「外さなきゃ治療できないわ。
これどうやって外すのかしら?」
「あたしもわかんないけど……」
二人は右往左往している。
やり方は分からなかったが、とりあえず呼吸器のバンドと、なんか腕に付いてる変なテープを適当に剥がして、点滴の針を抜いてみた。
「あっ、キョウちゃんが苦しそうにしてるっ……!
どうしよっ!?」
恭子が見るみるうちに苦しみ始めた。
素人二人がなんの知識もなしにこんなことを始めたら、苦しんでも仕方がない。慌てる直美を占い師が制止する。
「落ち着いて、直美ちゃん。
たしか脳が損傷を受けてるのよね?」
「お医者さんはそう言ってました……」
「じゃあ先にそっちをしましょ」
占い師は、恭子の頭に手を添えると念じ始めた。
彼女の指先から、水晶玉と同じような光が生じる。
すると激しかった恭子の呼吸は、川のせせらぎのように緩やかなものへと変わったのであった。
「すごーい!!回復魔法みたいなもの?」
直美は大人気ロールプレイングゲーム〖ドラもんクエスト〗の知識を用いて質問をした。
ゲームをする人にとっては当たり前の知識であるが、回復魔法とは、傷や病気を治すことができる気功のようなものである。
占い師が、この知識を共有しているかどうかは定かでないが、彼女は直美の質問にこう答えた。
「回復魔法とは違うわ。私は彼女の傷を治してるんじゃなくて、傷を受ける前の状態に戻してるだけなの」
「そうなんだ!!」
どちらにしてもすごいことには変わりはない。
直美は、初めて見る魔法に興奮を隠しきれなかった。
「それじゃあ直美ちゃん、次は身体を治すわよ?
彼女の服を脱がせてもらえる?」
「は、はい!」
占い師の指示に元気よく返すと、直美は恭子の来ている患者衣を脱がせ始めた。彼女の痣だらけの身体が晒される。
「……思っていたより酷いわね」
あの美しかった恭子の肌は、
今はどこを見ても紫色の黒みのかかった痣だらけ。
占い師は恭子の肩に手をかざすと、直美に次なる指示を出した。
「下着を脱がせて包帯も切って。
直接手をかざさないと治せないから」
「はいっ!」
恭子のブラとショーツを脱がせる。
そして手持ちのハサミでチョキチョキと包帯を切断した。
痛々しい傷痕が晒される。
その直後、占い師の指先に再び青白い光が宿った。
(うわ……すごい……)
占い師が触れた痣や傷がすっと消えていく。
肩、首、胸、腕と、次々と傷を消していき、
恭子は元の美しかった肌を取り戻した。
「はい、背中も完了っと。これで全部元通りね」
「やった。ありがとう! え、えーっと……」
直美が言いよどむ。
占い師の名を呼ぼうとしたが、
今さら知らないことに気付いたようだ。
「あぁ……そういえば自己紹介がまだだったわね。
私は楠木(くすのき) 小夜(さや)。呼ぶ時は下の名前で呼んでね」
「ありがとう小夜さん! キョウちゃんを助けてくれて!」
あの絶望的だった恭子の容態をここまで良くしてくれた。
直美はこの命の恩人に大いに感謝した。
しかし、小夜は平然とした表情で、
「まだ助かっていないわよ?」と言った。
彼女は真剣な態度を崩していなかった。
「もう一度説明するわね。
恭子ちゃんの寿命はすでに切れてるの。
今は彼女の運命に干渉して、生き長らえさせているだけ。
このままだと意識は戻らないし、この閉鎖空間を出れば、すぐにまた瀕死の重傷を負ってしまうわ」
「そんな……」
「それを防ぐには、儀式を行うこと。
彼女の尽きてしまった寿命を、
あなたの運命に結び付けて延ばしてあげるの。
彼女と最も結び付きが強いあなたにしかできないことよ。
お任せしても大丈夫かしら?」
「もちろん!」
「どんなことでもする?」
「するっ!」
「じゃあ、服を脱いで」
「え、服を?」
「儀式を行うためには、
服を脱いでもらう必要があるの。もちろん下着もね」
「うん、わかった……」
直美は、言われた通り、服を脱ぎ始めた。
ジャケット、シャツ、ズボンなど次々と脱いでいく。
(なんか恥ずかしいな……)
相手が男でないのは救いであったが、見知らぬ女性の前で、裸になることに直美はためらいを感じていた。
小夜は、特に目を逸らすことなく直美を見つめている。
「あのぉ……恥ずかしいからあんまり見ないでほしいかな」
「女同士なんだから恥ずかしがることないじゃない」
「でも……」
「わかった、むこう向いてるわね」
直美は、小夜が反対側を向いている隙に、
ブラとショーツを脱いで一糸纏わぬ姿となった。
脱いだ衣服で胸と股間を隠しながら、小夜に伝える。
「……脱いだよ」
「それじゃあ夜伽(よとぎ)の儀の説明を始めるわね」
「よとぎのぎ?」
「以前、魂の結び付きを切るって話をしたのは覚えてるかしら?」
「たしか、縁を切ると別々の世界で生きることになるって言ってたような?」
「そう。魂の縁を切ると、二度とその魂同士は出会わなくなるの。夜伽の儀は、その逆の作用をもたらす儀式のことよ。
魂同士の結び付きを強くして、直美ちゃんの運命に恭子ちゃんの運命がくっつくようにさせるってわけ」
「あれ? そういえば、あたしとキョウちゃんは運命共同体だったんだよね?」
「そうよ」
「じゃあ、なんでキョウちゃんがこんな状態になっているのに、あたしは平気なの?」
「ん~平気と言っても、彼女の今後のケアを考えたら、
人生は限られることになるんだけど……。
まぁ、細かいことは置いといて、
簡単に言うと、直美ちゃんが一度死んだことが原因なのよ」
「えぇっ!?」
「死ななかったっけ?」
「なんで知ってるの……?」
「水晶玉で見てたのよ。あなたが死ぬところ」
「やっぱり、あたし死んでたんだ……」
生々しい痛みが思い起こされる。
ハサミの先端を首に突き刺して、奥まで貫通させた。
正直、二度と体験したくない痛みであった。
そして悍(おぞ)ましい死の記憶。
直美はそれを思い出し身震いした。
「あの時は痛い思いさせてごめんね。
どうしても必要なことだったのよ。
あなたが死んだ瞬間、私は時を巻き戻した。
恭子ちゃんを救うリベンジをしてもらうためでもあったんだけど、あなたに死のノルマをこなさせるのも目的だったの。
あなたは一度死んだことによって、死の運命から逃れることができた。だからこそ、恭子ちゃんの運命を今のあなたに結び付けることができるようになったってわけ」
「…………」
直美はよく分からないといった顔をしている。
彼女の頭では理解しきれないようだ。
「えぇっと……とにかく大丈夫ってことよ」
「なるほど」
直美の表情から、理解させることができないと察した小夜は、そこで話を止めることにした。
「じゃあ彼女のベッドにあがってもらえる?」
「え……キョウちゃんがいるのに乗れないよ」
「こうすればいけるでしょ?」
小夜は恭子の脚を持つと、そのまま折りたたんで横に倒した。脚が畳まれたことにより、直美の座るスペースができる。直美はそこに座ると次なる指示を仰いだ。
「これでいい?」
「えぇ、じゃあさっそくだけど、
恭子ちゃんとセックスしてもらえる?」
「セセセ、セックス!?」
突然の要求に直美はつい大声をあげてしまった。
「夜伽の儀を完成させるためには、
現世で最も縁の深い人物との性行為が必要なの。
女の人が相手なら膣内に挿入してアクメを迎えさせて、
男の人が相手なら膣内に射精させてあげる必要があるわ」
「アクメ……?」
「絶頂のことよ」
「ふむ……」
「私は女同士でどうするか詳しくないけど、直美ちゃんは恭子ちゃんと恋人同士だったんだから分かるわよね?」
「だいたいは……」
「膣内に挿入してアクメを迎えさせるのだったら、男性器でなくても大丈夫よ。直美ちゃんの指で彼女をアクメさせてあげて」
直美は小夜の指示に口を閉ざしてしまった。
(どうしよう……
キョウちゃんのことは大事だけど、あたしには誠が……)
直美は誠への気持ちを思い出している。
誠以外と性的関わりを持つことに彼女は抵抗があった。
(でも誠には真里ちゃんがいるし……)
誠に真里がいるのも分かっていた。
そして彼が自分の元に戻らないことも……。
しかし、それでも直美は、誠を裏切る気にはなれなかった。
「他に方法はないの……?」
「残念ながらないわ。私が張った結界にも限界があるし、もしするつもりがないなら、私は自分の用事だけを済ませて帰ることにするわ」
「小夜さんの用事?」
「私は恭子ちゃんに聞きたいことがあったの。
だから死なせるわけにいかなかった。
あなたに協力したのもそのためよ。
単なるお人好しな魔法使いだと思わないでね。
恭子ちゃんから聞きたいことを聞いたら、
すぐに帰るつもりよ。さぁ、どうするか決めなさい」
小夜の言葉に偽りはない。
実際、恭子の死を気にしなければ、
彼女に意識を取り戻させる方法はいくらでもあった。
〖チャンスは与えるが、拾う意志がなければ救わない〗
それが彼女のスタンスであった。
直美は考えた。
親友としての恭子のこと。恋人としての誠のこと。
(誠だったら、きっとキョウちゃんを救うように言うと思う。
キョウちゃんとエッチすることで、誠を裏切ったことにはならないはずだよ)
「夜伽の儀を始めて、小夜さん……」
迷いはあったが、直美は恭子を救うため、
夜伽の儀を受け入れることにした。