ここは古宿区歌舞伎町。
サークルメンバーとの会話を終えた誠は、
その足で小早川の待つニューハーフバーへと向かっていた。
小早川の段取りは早く、誠のアパート契約は解除され、
荷物も同じ地区内のマンションへと移されていた。
大学を休学し、サークルも辞めてしまった誠は、
ついに籠中(こちゅう)の鳥と化してしまったのである。
バーに到着した誠は、社長室の奥にある調教部屋へと入っていった。中には小早川を始めとして、鮫島や黒服など、いつものメンバーが待ち構えていた。
「おかえりなさい、マコトちゃん♪」
小早川は、ご機嫌な様子で誠を迎え入れた。
南の島でやつれていた顔も、今ではすっかり元に戻り、
前以上に血色の良い肌へと変わっていた。
そんな彼の表情につられ、誠も笑顔で返す。
「大学の休学届けとサークルの退部届けを出してきました」
「偉いワ。恭子さんは何か言ってなかったかしら?」
「キヨちゃんは風邪で休んでいて、会えませんでした」
「あら風邪?あとでお見舞いの電話入れておくワ。彼女にとっても、マコトちゃんが退会するのは痛いでしょうからネ。
アタシの方からも何かフォロー入れとくワ」
「そうしていただけると助かります。
キヨちゃんも喜んでくれると思います」
「彼女もアタシにとって、
大事なパートナーだから、悪いようにはしないワ」
「はい!」
小早川の話を聞いて、誠は実に嬉しそうだ。親友と小早川が仲が良いのは、彼にとっても喜ばしいことであった。
「それじゃあマコトちゃん、服を脱いでもらえるかしら?」
「はい!」
誠は素直に従い、その場で服を脱ぎ始めた。
不特定多数の男性に見られるのが恥ずかしいのか、
顔を赤らめながら脱いでいる。
服を脱ぎ終えた誠は、
右腕で胸を隠し、左手でペニクリを隠した。
脱ぎ終えた服を黒服が持っていき、裸の誠が残される。
「準備完了ネ」
パチンッ♪
催眠解除の合図を受けて、誠が本来の意識を取り戻す。
目を覚ました誠は、小早川を睨みつけた。
「ウフフフ、お目覚めはいかが? マコトちゃん」
「くっ……小早川」
誠は、それまでの出来事を思い出していた。
催眠で操られたこと、真里と別れさせられたこと、
ほとんどの記憶は戻っていたが、
唯一、山村に関する記憶だけは忘れたままであった。
これから誠を堕とすのに、
邪魔な記憶にだけはフィルターが掛けられているようだった。
「ようやくニューハーフ嬢としての本格訓練を始められそうネ。マコトちゃん」
「誰がそんなものになるもんか……」
「もう抗えないのは分かってるでしょ?
アナタの心の支えだった真里は、萌のものになっている。
彼女は身も心も完全にレズビアンになってしまったの。
もうマコトちゃんの元に戻ることはないワ」
「そんなの催眠を解けば、戻るに決まってる」
「本当にそう思う?
それじゃあ、確かめさせてあげようかしら?〖純白の姫君〗」
キーワード催眠により、誠は虚ろな表情へと変わる。
小早川は、手短に暗示をかけた。
「今からアナタは、アタシの命令に逆らえなくなる。
さぁ、目覚めなさい」パチンッ♪
「……!」
目を開けて、誠は怯えた表情を見せた。
小早川は忘却の文言を添えていない。
自分がどんな暗示を掛けられたか理解しているようだ。
彼は耳を塞いで抵抗を試みた。
「無駄ヨ」
小早川が目くばせすると、
黒服がすぐに誠を取り抑え、耳から手を外してしまった。
「マコトちゃん、耳を塞いじゃダメヨ」
そのたった一言で、誠は抵抗するすべを失ってしまう。
役目を終えた黒服は、元の位置へと戻っていった。
「立ちなさい。おっぱいとおちんちんを隠すのも禁止ヨ」
誠は立ち上がり、直立の姿勢となった。
薄桃色の形の良いおっぱいと、
同じく色白で可愛らしいペニクリが男達の視線に晒される。
「うぅ……」
恥ずかしい。これまで幾度となく犯されてきた誠であるが、羞恥心はなくしていなかった。
黒服達はニヤついた目付きで誠の身体を見ている。
「それじゃあ、確かめさせてあげるワ。
催眠が解けたら、本当に元に戻るかをネ」
そう言い、小早川は鮫島に伝える。
「サメちゃん、マコトちゃんにアナタの逞しい男性器を見せてあげて」
「おうよ」
「マコトちゃん、彼の男性器から目を離しちゃダメよ」
鮫島はベルトを外し、ズボンとトランクスを脱ぐと、
その肉の棒をみるみる勃起させていった。
いつでもどこでも勃起できる。
本物の漢だけに許された特殊能力である。
誠は命じられた通り、鮫島の剛直を凝視した。
(あ……)
鮫島の男性器が、大きくなるにつれ、
誠のペニクリにも血が集まってくる。
鮫島の剛直が完全体になる頃には、
誠のペニクリは、すっかり甘勃ちしてしまっていた。
「あらあら、大きくなっちゃって♡
どうして勃起したのかしら?
おちんちんを見て、勃起しなさいだなんて命じていないわヨ?
こっちを見て答えなさい」
誠は小早川の方を向くと反論した。
「それは……そうなるように何度も暗示をかけてきたからじゃないか」
「そう。掛けてきたワ。
でも今掛けてないのは、わかるわよネ?
催眠を解いたら元に戻るんじゃなかったの?」
「……っ!」
「理解したようネ。たとえ催眠を解いても、
一度経験したこと、慣れた習性は変わらない。
アナタは男とエッチする喜びを知ってしまったの。
だからおちんちんが反応してる。
男の人に抱き締められたい。
その逞しい男性器をお尻おまんこに挿れて欲しい。
今もそう思ってる。そうよネ?」
「思ってません……」
「正直に答えなさい」
「思ってます……あっ!」
命令されて正直に答えてしまう誠に、小早川は笑っている。誠は恥ずかしさと悔しさで、唇を噛み締めた。
「否定する必要なんてないのヨ?
そうやって男の人とエッチしたいと思える今のアナタが、
本当のマコトちゃんなんだから♡」
「ち、ちがう……」
「じゃあ答えなさい。真里とエッチするのと、
男とするの、アナタはどっちが好きなの?」
「真里さんです」
「ふぅ……面倒ネ。
これからアタシの質問には〖全て正直に答えること〗
もちろん黙秘もしちゃダメよ?
マコトちゃんは、真里とエッチするのと、
男とするの、どっちが好き?」
「お……男の、人です……」
「ネ? 男の人でしょ?」
「はい……」
認めたくない気持ちを、簡単に口にさせられてしまう。
誠は悔しくて顔を歪ませた。
「ところで萌も言ってたけど、マコトちゃん、
アナタ本当にそんな気持ちで、真里と関係を戻したいの?」
「そんな気持ち……?」
「ようするに男が好きなのに、
女性である真里と付き合うつもりなのかって聞いてるの」
「それは……」
「ふーむ、迷ってると正直に答えられないのネ。まぁ答えが決まってなければ当然よネ。じゃあ答えを決めさせてあげるワ」
小早川の言うように誠は迷っていた。
男性との性交を好む気持ちはあったが、真里との関係は特別なもの。セックスの良し悪しで決めるものではないと考えていた。
半ば強引に別れさせられることになってしまったが、
誠はまだ真里を諦めていなかったのだ。
「真里の話に移らせてもらうわネ。
マコトちゃんは、真里に絶縁されたのは覚えてるわよネ?」
「はい……覚えてます」
「真里がアナタと付き合う気がないのに、
どうして未だに真里を求めているのかしら?」
「それは真里さんが催眠に掛けられていたからです」
「そうネ。真里にも催眠を掛けたワ」
「だからあれは真里さんの本当の気持ちじゃない」
「あの時の真里の気持ちが、催眠によるものかどうかなんて、それほど重要ではないのヨ?」
「……?」
「真里は女同士の気持ち良さを知ってしまった。
そして萌のことを本気で愛してしまったの」
誠の表情に哀愁が漂う。
小早川が何を言うつもりか、彼はこの時点で察したようだ。
「頭の良いマコトちゃんなら分かるわよネ?
たとえ催眠が解けても、萌と愛し合った事実は変わらない。
そして彼女は異性よりも同性とのセックスを好んでいる。
催眠が解けたとして、アナタと萌、彼女はどっちを選ぶかしら?」
「そ……それは……」
「アナタは萌以上に真里を気持ち良くさせられる自信があるの?」
「な、ないです……」
「そうよネ。真里相手に勃たせることもできないし、愛撫だってそこまで上手くないでしょ?」
「はい……」
「キスだって萌の方が上。思い出してみなさい。
萌にキスされて、うっとりした真里の顔を。
アナタに、彼女をあんな表情にさせることができるの?」
「できません……」
誠はガタガタと震えている。
答えれば答えるほど、萌より格下な気持ちになってしまうようだった。それと共に、真里がどんどん遠い存在になっていく気がした。
「それに真里はアナタではなく、萌に処女をあげたの。
女が初めてをあげるって、すごく特別なことヨ。
普通は一番大切な人にあげるものよネ?
アナタはそのことをどう思ってるの?」
「真里さんが処女をあげた相手は私です。
萌さんではありません」
誠は逃亡中、真里の処女を受け取ったことを覚えていた。
自信満々に答える誠を見て、小早川は含み笑いをする。
「く……ふっふっふ……。ふっふっふ……」
「何がおかしいんですか?」
「ふっふっふ……ごめんなさいネ。
あまりにもおかしくて笑っちゃったワ。
知らない方が幸せなことってあるのネ」
小早川は、黒服に指示を出した。
あらかじめ何かを用意していたらしく、彼らは動き始める。
それから数分後、モニターから黒服の声がした。
「小早川様、準備ができました」
「つけなさい」
モニターの画面が切り替わり、
真里と萌が縛り上げられている姿が映った。
「真里さん! 萌さん!」
「これは録画映像だから、叫んだって無駄ヨ。
本人は、もう家に帰っているワ」
そう言われて誠は黙り込む。
過去の映像を見せてどうするつもりなのか。
誠にはまだ小早川の意図が掴めなかった。
「これわネ、あなたが忍ちゃんにレイプされている間に撮影したものヨ。
逃亡中、何があったか催眠で尋問してたの。
もちろんウソはつけないワ。これから彼女が話す内容は、全て本当のこと。心して聞きなさい」
映像が進むと小早川が現れ、
萌の前に立ち、逃亡中の出来事について、尋問を始めた。
「話が長くなるから、問題のシーンまで飛ばしなさい」
「ははっ!」
早送りがされ、一気にシーンがカットされる。
少しして、小早川の喚き声がなった。
「なんですって! 逃亡中にセックスなんかしてたの!?」
「はい……真里がどうしても誠さんに処女をあげたいと言うので協力しました」
映像の小早川は、青ざめた顔をしている。
彼にとって誠の童貞は、大事なステータスであった。
それこそ一生童貞でいて欲しいと願うほど。
それが真里に奪われたとなれば一大事。
小早川は食い入るように質問を続けた。
「それで……マコトちゃんは真里に挿れたの?」
「挿れようとしましたが、
ちんちんが柔らかすぎて入りませんでした」
萌の証言に、誠は衝撃を受ける。
彼女はたしかに入ったと言っていた。
それがなぜ逆にことを言っているのか?
嫌な予感がした。
「それじゃあ、二人は納得しなかったでしょ?
結局どうやって挿れたのよ……あの腐れまんこに……」
小早川は苛立ちを抑えながら尋問を続けていた。
すでに取り返しがつかないとみているのか、
半ば諦めているように見える。
「真里の膣はとても硬く、誠さんのちんちんでは、
どうやっても開通できませんでした。
だから私は入ったと嘘をつきました。
一時的に二人を満足させるため、嘘をついたんです」
「そーなの……よかったわぁぁぁ……」
映像の小早川は、安堵の表情を浮かべていた。
その反応を見る限り、演技をしているようには見えない。
そして映像はここで終わる。
「…………」
「おわかりいただけたかしら?」
誠は真実を知り、脱力していた。
あの場で挿入していないなら、真里の処女は萌が貰ったことになる。自身の性器の弱さを、これでもかと思い知らされた気持ちだった。
「改めて聞かせてちょうだい。
真里の処女を、萌に持っていかれてどんな気持ち?」
「つらいです……私のちんちんがもっと強ければ、真里さんの初めての相手になれたのに……」
真里とは相思相愛の仲だった。
何の邪魔も入らなければ、自分が初めての相手となるはずだったのに。
「無理ヨ。自分のチンチンを見てご覧なさい。
そんな色白でプニプニの可愛らしいおちんちんじゃ、
鍛えることすらできないワ。そうでなくても男にしか反応しないチンチンで、本当に女に挿れられると思ってるの?」
誠は自らの股間を見た。
白くて小さい、サラサラなチンチンがついている。
鮫島の男性器を見て、甘勃ちしていたそれは、すでに勃起力を失い、おしとやかに太股の間で佇んでいた。
真里相手にいくら頑張っても勃起できないチンチン。
こんな性器では、何年経っても彼女の処女を散らせたとは思えなかった。
「わたしのおちんちんじゃ……
真里さんの中に挿れられるとは思いません……」
真里とのエッチで初めて勃起した時のことを思い出す。
彼女が持つBL同人誌を使って勃起して、
勢いに乗って彼女を攻めたいと伝えた時、真里はこう言った。
《誠くんが私を攻めるのは、安定して勃起できるようになってからでお願いします。そしてその時は……中に挿れてくださいね♡》
あの時の真里はまだ、挿れてもらうことを望んでいた。
それからペニバンでエッチするようになり、
完全に男女の立場が逆転してしまった。
体外受精を提案されたこともあったが、あれはもしかすると、真里なりの諦めと配慮があったのかもしれない。
いつまで経っても興奮してもらえない寂しさ。
女としての性を満たすことができない苛立ち。
それを初めて満たしてくれたのが萌だった。
だからこそ真里は乱れに乱れ、
満ち足りた顔をしていたのかもしれない。
そう考えると、自分があまりにも情けない存在のように思えた。
「でも結果として良かったんじゃない?
萌のおかげで、真里は初めて女としての喜びを知ることができた。真里が処女を与える相手に萌を選んだのも、あながち間違いではなかったと思うワ。その辺マコトちゃんはどう思う?」
「わ、わたしも……うぅ…正しかったと思います。
もえさんじゃなきゃ……まりさんは満足できなかった。
わたしじゃ……ぜったいに……無理だもん……」
小早川の質問に、誠は泣きべそを浮かべる。
結局、未遂に終わってしまったが、逃亡中に挿入しようとした時だって、萌と忍に手伝ってもらってやっとだったのだ。
たとえ指で処女を貰っても、
彼女を満足させることなく終わっていただろう
それに比べ萌は、真里の膣をかき回し、内側から彼女の心をメロメロにしていた。自分とは性の経験値が違いすぎる。真里のことを考えると、初めての相手が萌で良かったように思えた。
「マコトちゃんも、今ならわかるんじゃない?
勃起もできないアナタと、真里を心から満足させることのできる萌、どっちが真里の相手としてふさわしいか?」
「も……もえさんです……ぐす……」
萌の方がふさわしいと認めたことにより、見えない壁のようなものが、自分と真里の間に立ち塞がったかのように思えた。
誠は小早川の辛辣な質問責めに耐えきれず泣いている。
直立のまま固定されているため、涙をぬぐうこともできない。悲しみの雫がむなしく彼の頬を伝っていた。
しかし、そんな誠に対し、小早川は追撃の手を緩めなかった。
彼は鮫島の一物を指差すと言った。
「マコトちゃん、もう一度、鮫島の男性器を見なさい」
命令されて鮫島の一物に目を向ける。
鮫島の剛直は、小早川と話している間も萎えることなく勃起していた。
そしてそれを見て、萎えていた誠のペニクリは、
こんな状況だというのに、再び甘勃ちしてしまった。
萌の方がふさわしいと認めた直後に、男性器で興奮してしまうなんて……。
誠はそんな自分を情けなく思うと共に、
真里に対して申し訳ない気持ちになった。
「やっぱりネ。アナタは愛情の面に関しても、
萌に遠く及ばないワ。こんな真面目な話をしてるのに、
男に発情するだなんて……真里に悪いと思わないの?」
「お……思います……うぅ……」
「たしかにアタシは萌に催眠をかけたけど、
彼女の真里への愛し方は、本物だったと思うワ。
真里と別れた日のことを思い出して。
萌は真里をアナタから守ろうと必死だった。
きっとアナタの元じゃ、
真里は幸せになれないって感じたのネ。
真里が決して結ばれないホモ男に縛られている。
止めなきゃ真里が不幸になる。
その証拠にアナタはこんな状況でも、男相手に勃起してる。
萌がそう思うのも当然だワ。
アナタは萌以上に激しく真里と愛し合ったことがある?
お互いの肉欲をぶつけ合って、身も心もひとつになるの。
それができたからこそ、真里は萌に処女を捧げた。
そこまで本気になれる萌と、
本当は男が好きなのに、恋愛ごっこを続けるアナタ。
どっちが真里のことを愛していると言えるかしら?
まさかこの期に及んで、自分だなんて言わないわよネ?」
男に興奮し、ペニクリを甘勃ちさせた状態で、
自分の方が愛しているだなんて言えない。
誠の射精介護を続ける真里と、レズセックスで身も心も溶かされ、幸せそうな顔を浮かべる真里。
どちらが愛されているかなど、比べるまでもなかった。
結局、自分は流されるまま、真里と過ごしてきただけだったのだ。それに気付いた時、誠の心は一気に崩壊してしまった。
「う……うぅぅ……わたしより……も、もえさんの方が……真里さんのことを、うぅ……愛してると……思います」
完全な敗北宣言である。
誠は萌の方が真里を愛していると認めてしまった。
それは決して口にしてはならない禁断の言葉。
せめてここで意地を張ってでも〖それでも真里を愛する気持ちは誰にも負けない〗と言えば、まだこの後の難を逃れていたかもしれない。
しかし、真里とよりを戻す意地も大義も失った彼に、
抗う気持ちは残されていなかった。
そうして誠が全てを諦めた時、
再び、真里の仕掛けた後催眠が発動した。
《諦めないでくださいっ!》
「眠りなさい」
同時に放たれる小早川の催眠術。
彼は待っていたように暗示を発動した。
そしてその隣には、不気味なオーラを放つ子供。
黒き書の化身、メアがいた。
《はい、良いよ。ちょうど良いタイミングだったね》
(ここからどうすればいいの?)
《任せて、少し〖身体借りる〗よ》
小早川の身体が、自らの意志に反して動き始める。
通常は恐怖する瞬間であるが、なぜか小早川は平然としていた。
メアは、立ったまま眠る誠の頭を鷲掴みすると、呪文を唱え始めた。
小早川の指先が紅く光り、真里に掛けられた後催眠を溶かしていく。光が消えた頃には、誠は真里の言葉を完全に忘れてしまっていた。
《はい、後催眠解除。あとは大丈夫だよ》
催眠のプロフェッショナルで、人の心を読めるメアが相手では、真里の後催眠など、なす術もなかった。
メアは力を抜くと、身体の主導権を小早川に返した。
手をポキポキと鳴らし、
小早川は誠に向き合い暗示を再開する。
「催眠を解いてあげるから自由にしなさい」
パチン♪
直立姿勢から解放された誠は、その場で女の子座りをすると、か弱き乙女のように泣き続けた。
自分は真里にふさわしくない。
自信を失ってしまった誠は、そうした自虐的考えに陥ってしまっていた。
真里の後催眠がない以上、ここから挽回する手立てはない。
あとは小早川が兼ねてから望んでいた通りの姿になるしかないのであった。
※※※
そうして数分が経ち、
ようやく誠の泣き声が収まってきたところで、
小早川は改めて声をかけた。
「マコトちゃん、アナタに新しい名前を付けてあげるワ」
「え……」
急な提案に誠は顔をあげた。
小早川が合図をすると、黒服の一人がサイン用色紙を一枚持ってきた。厚い板に貼ってある立派な色紙だ。
その色紙には、巧みな筆文字で〖真琴〗と書かれてあった。
「真琴……?」
「そうヨ。呼び方は一緒だけど、漢字を変えてみたの。
ここのでの〖真〗は、〖愛情〗
〖琴〗は、〖芸術〗と〖音楽〗を意味するの。
アナタにはアイドルになってもらうワ」
「アイドル……」
暗示を受けて、サークルメンバーにアイドルになると伝えていた誠であったが、実は詳しい話については、よくわかっていなかった。
「アナタが断っても断らなくても、アイドルにするつもりだけど、一応、アナタの意志を尊重して聞いてあげるワ。
一生催眠で操られて過ごすか、自分の意志で人気アイドルを目指すか、どちらか選びなさい」
選択肢は無いに等しい。
これまでの経緯を考えると、
テレビで見るような普通のアイドルの仕事ではない。
おそらくは身体を使った仕事。
男性相手に枕営業をさせられる可能性も高かった。
しかし、真里はもういない。
彼女に操を立てる必要もなかった。
そうであれば男同士の肉欲に溺れ、
彼女のことを忘れてしまった方が楽なような気がした。
どちらにしても、ここからは逃げられないし、逃げるだけの気力もない。あとは催眠の支配下に置かれるかそうでないかの違いだけだ。
自暴自棄にも似た精神で、
誠はぼんやりとアイドルについて尋ねる。
「……アイドルって、どういう仕事なんですか?」
「可愛い服を着て、踊ったり歌ったりする仕事ヨ。
それくらいテレビを見ればわかるでしょ?」
「それだけじゃないですよね?」
「わかってるじゃない。
マコトちゃんが予想している通り、枕営業もあるワ。
それも普通のアイドルがしているより、はるかに多くネ」
そう言うと小早川は、
しゃがんで誠と視線の高さを同じにした。
「でもネ。アタシの見立てでは、アナタは才能があるワ。
アッチの才能もそうだけど、アイドルとしての才能がネ。
ローズ興業の社長であるアタシが言うんだから間違いなしヨ。だからできれば、自分の意志で、アイドルとしての人生を歩んで欲しいの。
辛いことも多いでしょうけど、それ以上に楽しいことや、やりがいのある仕事も多いと思うワ」
ローズ興業。
その業界ではトップといって良い会社だ。
(どうせ断っても、同じ道に進むのなら……)
目が覚めて、お年寄りだったなんて未来はごめんだ。
そうであれば、多少辛いことがあっても、
自分の意志を持って生きようと思った。
真琴は、うつむきながら、力なく答えた。
「わたし……アイドルになります……」