外界から遮断された閉鎖空間。
水晶玉から発せられた光のみが部屋を照らしている。
直美は静かに横たわる恭子を見ていた。
痣もなく綺麗になった身体。
これまで情交を結んできた日々が思い起こされる。
互いに知らないところはないというくらい肌を重ねてきた。キスをしても、指で触れても、何をしても気持ち良かった。
初めてエッチした日は、最初から良いところを知っていて、前世からの繋がりがあると思えるくらい嬉しかったものだ。
しかし、それらは全て催眠による瞞(まやか)しであった。
恭子は自分に、女性を恋愛対象に見れるよう暗示をかけ、
女同士のセックスで感じられるよう開発していたのだ。
(あたしはどうやって、
キョウちゃんと向き合えば良いんだろう……)
夜伽の儀は心を通い合わせる儀式。
このような気持ちで恭子を救えるか不安だった。
そんな直美の迷いを読み取ったのか、
再び小夜が声をかけてきた。
「直美ちゃんが迷う気持ちは分かるけど、今はそのことを忘れて。そうでなければ儀式を始められないわ」
「忘れることなんてできないよ。あたしは今もキョウちゃんが好き……でもその気持ちは催眠によるものなの。
好きだけど……本当の好きじゃないの……」
直美は涙を浮かべている。
恭子を助けたい気持ちはあっても、
催眠が弊害となり、心を通わすことができないのだ。
「そういうことね……わかったわ。一旦やめてお話しましょ?」
直美が催眠について語るのは初めてであるが、
小夜は恭子の過去の映像を通して、
直美が催眠に掛けられていたことを知っていた。
直美の説明不足はあったものの、
彼女が何に悩んでいるか、すぐに理解できたようだ。
小夜は椅子に腰掛け、先ほど購入したコグマのマーチを開けると、袋詰めのチョコ菓子を取り出した。
空になった箱に半分入れて直美に渡し、
自身は袋から直接食べ始めた。
「とりあえずそれ食べて、さっき売店で買ったお菓子よ」
「……ありがと」
直美は貰ったチョコを口に放り込んだ。
泣いている子供が、お菓子であやされているような感じだ。
「あなたは、恭子ちゃんへの気持ちが催眠によるものだと考えているのね?」
「うん……」
「どうして自分が催眠に掛けられているとわかったの?」
「キョウちゃんのノートを見つけて、そこに書かれてたの……どういう催眠を掛けたかって」
「……なんでそんなもの残してたのかしらね?
すぐに処分しちゃえば分からなかったのに」
「わかんない……」
恭子がノートを残していた理由は不明だ。
本人の意識がない状態では、明かすことはできない。
「まぁ良いわ。あなたはノートを見てどう感じたの?」
「すごく悲しかった……そして許せなかった。
あたしと誠の仲を引き裂いたキョウちゃんのことを……」
「でもあなたは、そんな彼女のために命を投げ出した。どうして?」
「キョウちゃんと約束したから、ずっと一緒にいるって、だから……」
「死んでも一緒ってわけね。
はっきり言って、あなたの行動は矛盾してるわ。
そんなに憎んでいたのに、
彼女との約束を命をかけてまで守ろうとするなんて……
もしかして、それも催眠を掛けられてるんじゃない?
恭子ちゃんが死んだら、後追い自殺をする催眠をね」
「キョウちゃんはそんなことしないよっ!」
「わからないわよ? 策謀に長けた彼女のことだから、
それくらいのことしそうだけど……
あなたと元彼さんの仲を引き裂いたようにね」
小夜は目を細めて、疑問を投げかける。
直美は首を横に振ると、改めてそれを否定した。
「キョウちゃんは、催眠を掛けたことをずっと悔やんでいた。時々、悲しそうな顔をしてたのも、きっとそのことを悔やんでいたんだよ……。
そんなキョウちゃんが、あたしの死を望むはずがない」
「そういうところは信用するのね。
自分の好きって気持ちも信用してあげたら?」
「だってそれはノートに書かれてたことだし……」
「恭子ちゃんを好きになるって書かれてあったの?」
「……直接的な表現じゃなかったけど」
「どう書いてあった?」
「女の子を好きになるようにって」
「……他には?」
直美は目を上向きにして考える。
「女の子同士のエッチが好きになるようにって書かれてあったかな?」
「そうなの……」
小夜は、直美の話を聞き、何かを察したようだった。
「とりあえずノートを信用して、そこに書かれたもの以外、暗示を掛けてないと仮定すると、彼女がしたことは、あなたの好きの範囲を広げたに過ぎないわ。
元々男しか好きになれない直美ちゃんを、女も好きになれるようにした。それだけよね?」
「だからあたしの好きは、催眠によるものなの」
「なんでそうなるの?」
「なんでって……今言ったばっかじゃん。
女も好きになれるようにしたって」
直美は理解してくれない小夜に少しふくれっ面を見せた。
「恭子ちゃんは、女の子も好きになるように暗示を掛けた。そこから先、誰を好きになろうと、直美ちゃんの勝手じゃない?」
「……?」
「要するに、あなたは恭子ちゃんじゃなくても、誰を好きになっても良かったのよ。他に気になった女の子はいなかったの?」
「たしかにキョウちゃん以外の女の子も気になってたけど……」
「あなたはその中から恭子ちゃんを選んだの。
直接好きになるよう暗示を掛けられていないんだったら、それしかないわ」
(あたしが自分で選んだ……?)
直美は自分で選んだと言われ動揺している。
小夜はひとまず別の問題点について解決することにした。
「でも元彼のことが気がかりね……彼とはどうして別れたの?」
「キョウちゃんは、あたしのことを催眠で男嫌いにしたの。
それであたしの前で彼にオナニーさせて、気持ち悪いって思わせたの。それであたしは彼のことを……」
「あら……」
小夜は少し困ったような顔を見せた。
それはたしかに〖悪い〗と感じたようだ。
「たしか彼には恋人がいるって言ってたわよね?」
「うん……」
「あなたはその二人に別れて欲しいと思う?」
小夜の質問に直美は首をブンブンと横に振った。
「別れて欲しいなんて思わないよ」
「でも彼女がいたら、彼と縒(よ)りを戻すことはできないわ。あ、そうだ……魔法で彼の気持ちを戻してあげよっか?」
「ダメ!そんなことしないでっ!!
あたしは……二人が幸せならそれでいいのっ!」
直美は声を荒らげて拒否する。
怒っているのか、少し息が上がっているようだ
直美は昔から自分の幸せよりも、他人の幸せを望む人物であった。自分が幸せをなるために、誠と真里の関係を壊すといった決断を下すはずがなかった。
(この子、本当に良い子ね……
きっと恭子ちゃんも、この子に影響されたのね)
小夜は内心ほほえんでいた。
「冗談よ。あなたの気持ちはよくわかったわ。
話をまとめると、恭子ちゃんは催眠であなたを男嫌いにして、彼と別れさせた。
だけどあなたは恭子ちゃんのことをすでに許していて、彼とよりを戻すつもりはない。ということで良いかしら?」
「……大体は」
「あなたが不特定多数の女性の中から、恭子ちゃんを選んだということも理解してる?」
「そこも分かったけど……
あたしは男の人を恋愛対象から外されてたわけだし……」
「そうね。たしかに男性諸君からすればフェアじゃないわ。
そこは直美ちゃんの考え方次第ってところね」
「うん……でもこんな気持ちで夜伽の儀を成功させることなんてできるのかな?」
「無理ね」
バッサリ否定され、直美は黙ってしまった。
このままでは恭子を救えない。
二度と彼女に会えなくなってしまう。
何もできない自分に悔しさがこみ上げてきていた。
「ふぅ~……直美ちゃんがすごく良い子だから、特別に恭子ちゃんについて教えてあげるわ」
「……?」
「私が水晶であなたの様子を見てたって、さっき言ったわよね?」
「うん」
「実は恭子ちゃんのことも見てたの」
「えっ!?」
「あなたが助けに来るまでの間、恭子ちゃんがどうしてたか知りたくない?」
「どうしてたの?」
「教えてあげるわ……」
そうして小夜は、
恭子が牛久沼と遭遇して盗聴器の存在を知り、
直美を守るために彼の殺害を試みたこと、
牛久沼の逆襲を受け、ボロボロになるまで痛みつけられたこと、最後まで直美のことを想い続けていたことなどを語った。
「男は初め、エッチできれば良いだけだったみたいだけど、結果として殺さなきゃ、自分が殺されてしまう状況まで追い詰められしまっていたようね」
「そ、それじゃあ……キョウちゃんがボロボロだったのは……」
「あなたを守るためだったって推測できるわ」
それを聞いて直美は絶句してしまった。
「恭子ちゃんは、初めは自分の幸せのために催眠を始めたかもしれないけど、最後はあなたの幸せのために自分を犠牲にした」
「うぅぅ……うっ……うっ……キョ……キョウ……ちゃん…………」
「あなたの〖好き〗が本物かどうかは置いといて、
少なくとも、恭子ちゃんのあなたへの愛は本物だと思うわ」
直美は泣きながら恭子に向き合った。
早く彼女をこの眠りから覚ましてあげなくては。
そういう決意が直美の瞳に宿ろうとしていた。
「どう、直美ちゃん? 夜伽の儀はできそう?」
「大丈夫……任せて!」
直美は力強く返事をした。