冬休みを終えて、初めての登校。
大学の用事を済ませた直美は、
LILYの部室内で、恭子について尋ねられていた。
「恭子さん風邪だって? 大丈夫なの?」
「え……あぁ……うん」
事件のことは、固く口止めされていた。
そうでなくとも、恭子がレイプされたなど口が裂けても言えないことなので、直美は内心ヒヤヒヤしていた。
そうしていると、誠が入室してきた。
「こんにちはー」
(え……誠……?)
セミロングの髪をバレッタでまとめ上げ、
ますます女性らしくなった誠がそこにはいた。
その姿に直美はショックを受ける。
冬休み前まで男性として過ごしていた誠が、女性に戻ってしまった。彼の内情を知る身としては、見逃せるものではなかった。
「おーー! 女の子のマコトちゃん久しぶりー♪」
男性部員は、久々に誠が女装したことに喜びを示した。
同性だというのに鼻の下を伸ばしている者までいる。
「誠くん、どうしちゃったの?
またイメチェンしちゃったの……?」
「えへへ……ちょっと思うことがあってね」
誠の雰囲気が元に戻ってしまったことに、
女性部員は不満なご様子だ。
彼女達にとって女装姿の誠は、
なんだか負けた気持ちになるので避けたい存在であった。
「そういえば、真里ちゃんは? 今日は一緒じゃないの?」
女性部員の一人が尋ねると、誠は言いにくそうに話した。
「えっと……そのことなんだけどね。実は私達、冬休みに別れたんだ」
「エェーーーーー!!?」
突然の悲報に騒然となる部室内。
直美はただ事ではないと見て、慌てて訳を尋ねた。
「どういうこと!? なんで別れたの?」
「二人で話し合ったんだけど、私も真里さんも同性の方が合うってことに気付いて……それで別れることにしたの」
「そんな……」
真里はともかく、誠は元々ノーマルな男の子である。
同性が好きで別れたとなれば、それは恭子の催眠によるもの。直美は真実を伝えるべきか迷った。
「真里ちゃんはどこ?」
「真里さんとは旅行から帰って来てから、一度も会ってないんだ。今日は来てないみたいだね」
「旅行? あ、そういえば南の島に行ってきたんだっけ?」
「うん、これなんだけど、みんなにお土産」
誠はそう言うと、持っていた紙袋からウミネコ饅頭を取り出した。南の島の名物お菓子である。
部員の一人がお茶を汲みに行き、しばらくして、部室内はニャーニャーとけたたましい饅頭の咀嚼音が鳴り響いた。
その間、別れた経緯について、誠から説明があったが、元から二人が同性愛者だと感じている部員達は、特に気にしていない様子であった。
逆に今までなんで付き合っていたのか分からないといった感じである。
そうして落ち着いてきたところで、誠はさらに重大な発表をする。
「あの……それでもうひとつ伝えたかったんだけど、私、今日でこのサークルを辞めることにしたんだ」
「えぇっ!?」
「本当はキヨちゃんが来てから話したかったんだけど……。
病気で来れないみたいだから今話すね。
実は小早川社長から、アイドルになってみないかってオファーがあったんだ」
「エェーーーー!! すごいじゃんマコトちゃん!」
誠のアイドル発言を聞いて、みな興味津々の様子である。
「辞めるってことは、オファーを受けるってことだよね?」
「ROSE興業の社長からオファー受けたら、デビュー間違いなしじゃん!」
「うわーすごいっ! 今からサイン貰っとこうかな?」
はやし立てる部員達に、誠は控えめに続ける。
「私も迷ったんだけど、説得されるうちに挑戦してみたくなって……上手くいくかわかんないけど、やれるところまでやってみたくなったんだ」
「応援するよ! マコトちゃん!」
「俺、今日からマコトちゃんのファン1号を名乗るわ」
「いやいや、俺の方が先に知り合ってるから、俺が1号だよ」
「いやいや、おれがナンバーワンだ!」
男性部員は1号の座を争い合っている。
女性部員の反応は良好だ。
みんな、誠がサークルを離れるのを残念がってはいたものの、
彼女の新しい門出を祝う雰囲気で、おおむね統一されていた。
誠は退部届と書かれた封筒を取り出すと、直美に差し出した。
「ナオちゃん、これをキヨちゃんに渡してもらってもいい?
本当は直接渡すべきなんだろうけど、
これからしばらくアイドル教習があって、時間が取れなくなりそうなんだ。
時間ができたら、キヨちゃんには直接話すから、とりあえず良いかな?」
直美は受け取った封筒をじっと見つめると、不満そうに言った。
「誠、本当にそれで良いの?」
「え……?」
一切笑わない直美に、誠はびっくりしている。
てっきり直美であれば、率先して応援してくれるものと思っていたのに……誠は戸惑いながらも「うん」と答えた。
直美はそれを聞くと、残念そうな顔をして部室から出ていってしまった。
(ナオちゃん……一体どうしちゃったの?)
直美が出ていった扉を見つめる。
部員達も直美の様子が気になってはいたが、それからしばらくすると、誠への質問責めを再開したのであった。
※※※
大学の帰り道。
直美は歩きながら誠の催眠について考えていた。
誠が自らの意志で、アイドルを目指すのだったら応援していたのだが、催眠の影響なら本人のためにも止めなければならなかった。
あの雰囲気を見るに、おそらく男性アイドルとしてではなく、女性アイドルとしてデビューするつもりなのだろう。
いわゆる男の娘アイドルというやつだ。
一度デビューしてしまったら、小早川社長のサポートもあって、一気に名が売れてしまう可能性が高い。
そうなれば、催眠を解いても手遅れだ。
誠はノーマルであるにも関わらず、どこにいっても男の娘アイドルとして見られてしまうことになるだろう。
そうなる前に、催眠を解かなくては。
直美はこの件を恭子に相談すべく、病院へと向かっていた。