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霧の寝台

ガチ×ノンケ専門の官能小説 主なジャンル:GL BL NTR 催眠 調教 監禁 男の娘 女装

Part.122 【 絶縁 】

ここは直美と恭子が住むマンションの一室。
トントントンと包丁がまな板に当たる音が鳴っている。

恭子は直美の帰宅に合わせて、おせち料理を作っていた。


「直美、なかなか帰ってこないわね……
電話にも出ないし、どうしたのかしら?」


予定では、もう帰ってきても良い頃だ。
直美の身に何かあったのではないだろうか?

恭子は心配し始めていた。


※※※


「あ、そうでしたか。
はい、わかりました。ありがとうございます」


ピッ……。

直美の母の話では、
直美はつい先ほど家を出たという。


(はぁ……どういうことなの?
今から出たら二時間もかかるじゃない)


まもなく夕飯時だと言うのに、
これから向かうとはどういうことなのか。

恭子は、そんな直美のルーズさに腹を立てていた。


(でも……直美がこんなことするなんて初めてね。
いつもは夕飯前には、必ず帰ってきてたのに……)


直美にとって、恭子と過ごす食事の時間は、
一日のうちで、ベスト3に入るほど好きな時間であった。

それをすっぽかすなど、考えられない話だ。

すでに直美の食事も用意してある。
おせちなので悪くなることはないだろうが、
こうして一人で待つのも、なんだか寂しい気がした。


(こうしていると、昔を思い出すようね……)


今でこそ、直美と仲睦まじい日々を過ごしているが、
かつては一人で暮らしていた。

もちろんご飯を食べるのも一人。その分凝ったものを作って、寂しさを紛らわせていたが、今思えば虚しい日々であった。


(はぁ……余計寂しくなってきちゃった。
やめよう、こんなこと考えるのは……)


お皿にラップを掛けて、暖房を切り部屋の温度を下げる。
恭子は一旦、寝室に戻ることにした。

ベッドで横になり、直美の帰りを待つ。

なぜ直美は電話に出ないのだろう?
スマホをどこかに落としてしまったのだろうか?
おっちょこちょいの直美なら、その可能性は十分あり得た。

しかし、なぜか胸騒ぎがした。
迫りくる何かが近づいてくるような嫌な予感。

恭子にはそれが何なのかわからなかった。


(もしかしたら、私が忙しいと思って、連絡を控えているのかもしれないし……悪い方に考えるのは止めておきましょ)


忙しいと言っても、すでにROSE興業への納品の目処は立っている。あとは自分があくせく働かなくとも、納品を終えられる状態だ。

ひとまず恭子は、スマホの目覚まし機能を1時間半後にセットすると眠ることにした。


※※※


セピア色の背景が広がる。
朝日がリビングのカーテンから差し込み、
一つの家族を照らしていた。

凛々しい髭を蓄えた父〖龍之介〗と、
若くて美しいペルギー人の母〖杏里〗、
そして幼き恭子が、テーブルを囲んでお雑煮を食べていた。


「旦那さま、お味の方はいかがでしょうか?」


テーブルの脇に立ち、このお雑煮を作った家政婦が言う。
長く黒い髪を三角巾でまとめ、眼鏡を掛けたツリ目の女性である。


「ふむ……悪くない。
柚子の味が効いていて、なかなか上品な感じがするな」

「お気に召していただけて光栄です」

「この熨斗の形の人参はどうされたの?」

「わたくしが彫らせていただきました。奥様」


お雑煮の餅の上に乗せられた熨斗の形をした人参。
熨斗の間には丁寧に長方形に切られた柚子の皮が差し込まれていた。


「この人参きれいだね♪」

「ありがとうございます、お嬢様。
お褒めのお言葉をいただき光栄ですわ」

「恭子も、作り方教わったらどうかしら?
こういう細工物好きよね?」

「うんっ! 細工も好きだけど、お料理も好きっ!」

「じゃあお雑煮の作り方も教えてもらうといいわ」

「お雑煮の作り方、教えてっ! ○子さんっ!」

「かしこまりました。誠心誠意を尽くし、
お嬢様にお雑煮の作り方をお伝えしますわ」

「ありがとう!」


丁寧にお辞儀をする家政婦に、恭子は微笑み礼を言った。


「料理も良いが、きちんと勉強もするんだぞ。
お前は甘髪家の一人娘なんだからな、
最低でも〇〇大学に入らなければダメだ」

「大丈夫よ、お父さん。恭子はすごく頭が良いんだから」

「素質があるのは、私の娘だから当然だ。
それをいかに伸ばすかが重要なんだ。料理を教えるからと言って、他の学問が疎かにならないよう気を付けてくれ」

「重々承知いたしております」


せっかくの楽しい家族団らんも、
龍之介の言葉で重々しい空気へと変わる。

家政婦は訓練された兵隊のように、頭を下げたまま動かない。杏里は一々説教モードに変わる龍之介を疎ましく思っていた。

しかし、恭子だけはめげずに返事をする。


「パパ、私、お料理もお勉強もどちらも頑張るから。
そしたら、私の作ったお雑煮食べてもらえる?」

「良いだろう。ひとまず次のTOPECで600点以上を取りなさい。お雑煮はそれからだ」

「うんっ! がんばるっ!」


恭子のその意気込みに、龍之介は笑いもしない。

彼はお雑煮を食べ終わると、
経済新聞を家政婦から受け取り読み始めてしまった。


※※※


ピピピピ……! ピピピピ……!

目覚ましのアラームが鳴り、恭子は目を覚ます。

ピッ……

彼女はスマホを手に取ると上半身を起こした。
床を見つめ、ひと思いに耽る。


(結局……食べてもらえなかったな)


恭子はスマホを操作し、
写真フォルダを開くと、古い写真を表示した。

そこには、恭子、龍之介、杏里の3人が
仲良く金魚掬いをする様子が写っていた。

生の写真をスキャンし、転送したものだ。

それを眺め、微笑む。

そうして気を取り直したのか、恭子は立ち上がると、
直美が来るのに備え、台所へと移動した。


※※※


それから30分後、
玄関の扉が開き、直美が帰宅する。

恭子は少しムっとした表情を作り、直美に抗議することにした。

直美のことだから、きっと慌てて謝ってくるに違いない。
遅れるなら早めに連絡すること。
それを理解させたら許すことにしよう。恭子はそう考えていた。

しかし、まだ何かがおかしかった。

直美から「ただいま」という声掛けがないのだ。
普段なら、隣の部屋に響くほど大きな声を出すはずだった。

恭子は恐る恐る玄関を確認した。
―――やはり直美で間違いない。

一瞬、ストーカーが入ってきたものと思い戦慄したが、
そこにいたのは、框(かまち)に座り靴を脱ぐ、紛れもない直美の姿であった。

出鼻をくじかれたものの、恭子は改めて抗議することにした。


「おかえり直美。遅れるなら遅れるって言ってよ!
こっちだって料理を準備する……」


直美は靴を脱ぎ終わると、恭子が言い終わりもしないうちに、無視して自室へと行ってしまった。
スリッパも履かず、いそいそと行ってしまったのだ。


(えっ!?)


恭子は驚いた。いくら機嫌が悪くとも、
直美がこんな態度を取るなど初めてのことだ。

茫然とし、その場に立ち竦(すく)む恭子であったが、
すぐに気を取り直すと、直美を追いかけることにした。

部屋を覗くと、
直美はなぜかリュックサックに荷物をまとめていた。
まるでこの家から出て行くかのように。
恭子の不安が急激に高まる。


「ちょっと直美、何してるの? なんで荷物なんかまとめて……」


直美はすでに最低限のものを詰め終えたようだった。
彼女は入り口に立つ恭子を押しのけるようにして、玄関に進み歩いた。

恭子は慌てて直美を追いかける。


「待ちなさいっ! どこに行くつもり!? ちゃんと説明してよっ!!」


直美は、玄関で靴を履き終えると、
振り返ってリュックから一冊のノートを取り出した。

そして怒りに満ちた目で睨み付け、口を開いた。


「キョウちゃん……これなんだかわかる?」


直美の手に握られたノートには、
〖催眠の記録〗という文字が書かれてあった。


(!!)


血の気が引いた。それはかつて恭子が催眠を掛けていた頃に付けていた日記だったからだ。

どうしてそれを直美が?
家には鍵が掛かっていて入れないはずなのに――

そんな恭子の心情を察したのか、直美が話し始めた。


「昨日、キョウちゃんちに行ったら、たまたまキョウちゃんのお母さんと会って、プリンを御馳走してもらったの。
そしたらキョウちゃんの部屋で、これを見つけて……」


身体が小刻みに震え出す。
恭子はあまりの恐ろしさに声が出せなくなった。


「全部……キョウちゃんがしたことだったんだね。あたしがレズになったのも、誠が女の子みたいになっちゃったのも……」


直美は目に涙を浮かべている。
身体も震えているが、こちらは怒りによる震えだ。


「あたしや誠を騙して、自分の都合の良いように性格を作り変えていただなんて……最低……。もう……顔も見たくない……」


怒りと悲しみが混じった表情で言う。

バサッ!!

直美は恭子の足元にノートを叩きつけた。


「二度と……はぁはぁ……あたしと誠の前に現れないで……サークルも辞めるから。
誠にも……ぅぅ……本当のことを話すから……うぅぅぅ……」


直美はすでに誠への愛を思い出していた。
顔を歪め、怒りを恭子にぶつける。


「直美……ご……ごめ……」

「もう追って来ないで、住む場所が決まったら連絡するから、残った荷物は全部そこに送って」


直美は気を引き締めて、それだけ伝えると、
踵(きびす)を返し、玄関の扉を開いて外に出てしまった。

扉が閉まる無情な音が廊下に響き渡る。


「…………」


直美のいなくなった玄関を見つめ、
恭子はずっと動けずにいた。

口でなんとか呼吸をする。

胸から込み上げる苦しみが喉を痛みつけていた。
涙が頬を伝い、顎から床に零れ落ちる。

そして目を閉じて、その場に座り込んだ。


「……あ……ぁ……ぁ……」


床に手をつき、声にならない叫び声を上げる。
腕を組んで、身体を丸め、頭を下げた。

肩が大きく震えた。鼻水も出てきた。
顔がぐしゃぐしゃになり、
涙が止まらなくなっているのに、それでも声は出なかった。

静かに静かに恭子は泣き続けた。

これまで溜め続けてきた気持ちが、一気に噴出した形だ。

直美を手に入れるため、二人の関係を壊してしまった。
よりを戻させないよう、誠の精神を女性化してしまった。

自己中心的な自分の行動がどこまでも恨めしかった。

悪いのは全て自分……
直美の方がずっと辛い思いをしている……。

催眠が解けても、
直美はこれから催眠の後遺症に苦しむことになるだろう。
長年蓄積させた女性への性的欲求は、そう簡単に拭い去れるものではない。

自己嫌悪にも陥るかもしれない。
元々ノンケの直美が受け入れるには、あまりにも辛い現実だった。

そして彼女にとって、
何よりも辛いのは誠のことだ。

誠は真里と付き合っている。直美は真実を伝えると言ったが、おそらく取り止めるだろう。催眠を解けば、誠も真里も苦しめることになってしまうからだ。

直美は誠への想いを引きずり、
親友の裏切りに苦しめられながら、
この先、生きていかなければならない。

彼女がこれから直面する現実を考えると
胸が締め付けられる思いがした。

悔やんで悔やんでも、悔やみきれなかった。
謝っても謝っても、謝り切れない。
それだけのことを自分はしてしまったのだ。


(ごめんなさい……直美……本当にごめんなさい……)


いつまでもいつまでも終わらない恭子の懺悔。
彼女はそうして涙が枯れるまで、その場で泣き続けたのだった。
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