その日の夜、忍と萌は高級リゾートホテル
『センチュリーハイアット小早川』の23階に泊まっていた。
寝室の広縁のテーブル席に座り、窓から外を眺める二人。
海岸沿いの照明によってライトアップされた海は、
七色の光を放ち、実に幻想的な雰囲気を保っていた。
「ねぇ……忍……」
忍に身体を擦り寄せ、萌が言う。
彼女は彼の太ももに指先を這わし、唇を耳元に寄せ誘惑している。
しかし忍は微動だにしない。
萌の誘いに応えるつもりはないようだ。
「今日もしないつもりなの……?」
「…………ごめん、少し疲れてて」
忍の一物は、萎(しぼ)んだまま何も反応を見せなかった。
やる気のない彼の態度に、萌は悲しげな表情を浮かべる。
「せっかく旅行に来たのに……それでもしないの?」
「ごめん、今日はできない……」
「もう、私の身体に飽きちゃったってこと……?」
「違う、そういうんじゃないよ……」
「うそ……もう忍は私のことなんか……」
彼女は感情を抑えきれず泣き出してしまった。
慌てた忍は、彼女の肩を強く抱くと、目を合わせて言った。
「違う、俺は萌のことを愛してる。
本当に調子が悪くて、思うようにできないんだよ」
芯の通った声、萌は忍の言葉に嘘偽りがないと感じ、その場は一旦引くことにした。
付き合い始めの頃は、毎晩のようにセックスを楽しんでいた二人であったが、最近は何もしない日が続いていた。
初めは大目に見ていた萌も、
今では自分に何か原因があるのではと悩み始めていた。
忍自身も自分がなぜ急にできなくなったのか、全く理解できないでいた。
病院で診断を受け、ED治療薬を試してみたこともあったが、ただ股関節が張り、痛くなるばかりで効果はなかった。
真里、誠と同じように、
二人も勃起不全に悩まされていたのだ。
※※※
今から20ヶ月前、
イラストの専門学校で忍と萌は出会った。
当時は席が隣同士で、軽い世間話をする程度の仲だったが、
たまたま好きな漫画が同じで、自然と意気投合するようになる。
その後、二人は一緒にコミケに参加するようになり、付き合うようになった。
しかしそれから半年後、
二人は小早川に拉致されてしまう。
「見なさい忍ちゃん、アナタが犯されてるのを見て、あの女オナニーなんかしてるわヨ。アナタがひどい目に遭わされてるというのに、ずいぶんと軽薄な女ネ」
当時も小早川は、
催眠術を使ってカップルの分断に励んでいた。
しかしすでに忍は萌が腐女子であることを知っており、
なおかつ暗示に掛かりにくい性格であったこともあり、
催眠を掛けられても、さほど大きな衝撃は受けることはなかった。
萌がオナニーをしていても、
元からそういうことしそうな女、という印象が忍の中にあったのだ。
「この汚カマ野郎! はぁはぁ♡
そのうちアンタの腐れちんぽを、火炙りにして肥溜めに棄ててやるんだから! 覚悟しておきなさいよ! んっふぅ♡」
「口の悪い女ネー……でもオナニーしながら言っても迫力ないわヨ? ねぇ、忍ちゃん、アナタもそう思うでしょ?」
真里と違い、萌は忍のホモ行為を見て、すぐに自慰を始めてしまっていた。
我慢するというより、さっさとイッて冷静になろうというものであった。
しかし暗示の影響で、
イケばイクほど萌の興奮は高まっていくばかり……。
既に自分でも止められない状態となってしまっていた。
そんな彼女を忍は軽蔑することもなく、
(アイツ、絶対喜んでるよ……)と、呆れた気持ちで眺めていた。
萌は欲情まみれの表情で、
忍に挿入された男根を見つめている。
彼女のこの反応は、
催眠に掛かっているからではなく、
自ら進んで行っていることだった。
萌は素のままでも、忍のBLを喜ぶ女だったのだ。
真里と萌の違う点は、
真里がBL・GL・NLとオールマイティーに楽しむのに対し、
萌はBL一辺倒だった。
萌は付き合った当初から、忍のお尻をサワサワと触っては、
「ねぇ忍……お尻におちんぽ入れてみたくない? 一度で良いから経験してみるのはどうかな?」と提案していたのだ。
変態度合いとしては、
真里より突き抜けていると言っても良い。
萌は男と付き合った経験は多かったが、
この癖が元でフラれてしまうことも多かった。
それでも彼女は気にせず、
我が道を突き進んできたわけだが……。
「あっ♡……忍……私また、イクぅぅ!♡」
萌が5回目の絶頂に到達する。
彼女は荒い息を吐きながらも、引き続き自慰に没頭していた。
「忍ちゃん……あんな最低な女とは別れましょう?
アレはただの色情魔ヨ。アナタが付き合うような相手じゃないワ」
小早川の意見はごもっともだ。
恋人が犯される姿を見て色欲に耽る。
観賞されてる側からすれば最低の行為である。
だが忍は萌を軽蔑する気にはなれなかった。
なぜならそれは…………『お互い様』だったからだ。
※※※
忍には、萌のBL好きに匹敵するほど、
変態チックな性癖があった。
それはGL好き。
彼は女同士の性行為に興奮してしまう、
いわゆる〖姫男子〗と呼ばれる人種であった。
先に断っておきたいのだが、
忍のGL好きは、百合好きとは明確に違う。
百合には相思相愛の甘々なシチュエーションが多いのだが、
忍はそういったものではなく、
レズっ気のないキャラが
レズプレイを強制させられる鬼畜なシチュエーションが好きだった。
一般的な
レズ物と違い、ノンケ女性が無理やり
レズらされるといったものは、極めて供給が少なく、ほとんどないと言ってもよかった。
大抵はすぐに堕とされ、
レズに積極的になったり、
初めから相思相愛の百合物がほとんどで、忍の欲求を満たすものは、あまりなかったのだ。
そして萌と同じように、
忍もその趣味がバレて女性にフラれるパターンが多かった。
彼の容姿の良さから、初めは女性側も我慢するのだが、
そのうち耐えられなくなり、別れを告げてしまうのだ。
だが萌だけは、忍の良き理解者であった。
ノンケの男性がホモに無理やり組伏せられ、
快楽に溺れさせられてしまう。
それは、萌にとっても興奮できるネタであったのだ。
※※※
忍の誕生日のことである。
「忍、もうすぐ誕生日だけど、プレゼント何が良いかな?」
「プレゼント? そうだなー萌が女の人とエッチしてる姿、見せて欲しいかな~?」
「!!」
萌が誕生日プレゼントは何が良いかとたずねた際、
忍は、なんと萌が
レズする姿を見たいと言い出したのだ。
もちろんこれは冗談のつもりで、
萌であれば、笑って返してくれるだろうと忍は思っていた。
だが意外なことに、
萌はこれをただの冗談としては扱わなかった。
忍の表情や言いぐさから、それを冗談として捉えてはいたのだが、本当に忍の欲しいものを考えた場合、
冗談で伝えたこの内容が、実にしっくり来るように感じられたのだ。
萌はしばらく真剣な表情で考え込んだ後、
「わかった……忍が望むならしてもいいよ」と答えた。
この答えに忍は絶句する。
まさかまさかの展開に、返事を考えていなかった彼は、
力なく「お、おぅ……ありがとう」と答えるだけであった。
もちろん萌は女性にされて喜ぶ質(たち)ではない。
むしろ一般的な女性と比べても、嫌悪感を抱く方だ。
百合物も好んで読む真里と違って、萌はBL一辺倒。
女性同士の性行為など、
当人にとっては鳥肌ものであった。
それでも萌はOKした。
忍は性別は違うものの、
同じ趣味や趣向を共有する仲間である。
逆の立場で忍のBLを見たいかと問われれば、
「見たい」とハッキリ答える自信があった。
どんなプレゼントよりも忍のBL。
腐女子界の女王は、
忍の生GLが見たいと言う欲求が痛いほど分かったのだ。
そして何よりも、彼女は忍のことを愛していた。
萌は普段の性生活において、
忍が満足していないのを知っていた。
忍は自慰のし過ぎで感度が鈍っており、
なおかつセックスへのこだわりが強すぎて、
なかなかドンピシャとなるシチュエーションに巡り会わなかったのだ。
だからこそ、忍が満足できる状況でセックスをさせてあげたかった。
そしていずれは、自分の誕生日に、
忍に生BLを要求することも視野に入れていた……。
※※※
彼の誕生日の夜。
萌は初めてレズセックスを体験することになる。
相手はレズ風俗嬢。
レズ風俗サイトから、相手を選んだのだが、
最初に忍が数名選び、
その中から萌が一人を選ぶという形をとった。
選ばれた女性はすぐに来た。
見本の写真と少し違う容姿であったが、それでも平均よりは上といった感じであった。
部屋に入ると、風俗嬢は萌を見て微笑んだ。
萌は妹顔のどこか守ってあげたくなるような雰囲気で、
あっさりとした快活美人であったからだ。
風俗嬢は忍からすぐに説明を受けた。
萌は女性とするのは今回が初めてで、
彼女のことを持ち前のテクニックで魅了し、虜にして欲しいという内容であった。
もちろん女性は喜んで了承した。
ノンケで、このような美人を好き放題できる機会など滅多にない。仕事ではあったが、彼女はやる気満々であった。
ただ一つ、萌からキスだけはNGと要望があった。
どこを触れられても、唇だけは許したくない。
それが萌のギリギリ許せるラインであった。
こうして二人のレズ行為が始まった。
萌は風俗嬢の愛撫を受けるだけ。
女慣れしているレズキャストの攻めに、
萌は喘ぎ声を出し、舐められる度に身悶えしていた。
その反応に気を良くしたのか、レズ愛撫はさらに激しさを増し、ついには萌を絶頂させるに至った。
行為後、忍は荒い息を吐いて横たわる萌に感想を求めた。
彼女はシーツにくるまり、
息を深く吐き、震えながらも答えた。
「想像していたより気持ちよくて感じちゃった……♡」
妖艶な表情で怪しく囁く萌に、
居ても立ってもいられなくなった忍は、
キャストを帰らせると、そのまま続きを再開してしまった。
その日のセックスは、
これまでとは比べ物にならないほど激しいものとなった。
こうして二人の絆は、より一層固くなったのである。
だがその時、萌は忍に隠していることがあった。
実は彼女は女性の愛撫に感じておらず、絶頂もしていなかった。行為後の仕草や台詞は全て演技である。
萌は忍を興奮させるため、感じているふりをしていたのだ。
彼女は逆の立場になった際に、
自分が興奮するかどうか考えながら立ち回っていた。
その証拠に、女性とした後の彼女の身体は鳥肌だらけ。
萌はそれがバレないようシーツを被り、敢えて大袈裟に身体を震わせ、早くそれが収まるようにしていたのだ。
※※※
そういう過去もあり、
忍は『お互い様』と思ったのだ。
萌が自慰していても、軽蔑のしようがない。
そして萌もそれが分かっているため、この行為を好きなだけ愉しむことができていた。
いわば今回のことは、前回のレズプレイのお返しなのだ。
その日は別に萌の誕生日ではなかったが……。
結局その後、小早川は二人の分断に失敗する。
忍と萌にとって、それが問題行動とならないのだから当然と言える。だがそれにより、二人は長い調教生活を強いられることとなった。
忍は女性に徐々に勃たなくなってしまい、
二人は今では倦怠期のカップルのように、行為に至ることはなくなっていた。
萌はそんな状況を打破しようと、この島に来ていたのだ。