十月、○❌メッセでは、サークルLILYの秋・冬の新作アイテムが展示販売されていた。
男性モデルは引き続き誠が務め、
女性モデルには、恭子ではなく、初めて真里が起用されていた。
これは前回、メンズアイテムを出展したことでサークルの知名度が上がり、来客が著しく増えたためだ。
接客以外にも多くの時間を費やさなければならなくなった恭子は、モデル役を真里に任せ、自らは裏方に徹することにしていた。
時刻は午後に差し掛かり、一人の女性客が現れる。
「ふーん、なかなか良い店じゃないの」
高級そうなアクセサリーをじゃらじゃらと身につけた派手な服装の女性。年齢は三十後半から四十代くらいであろうか?
黒いスーツを着た男性二人従え、ブース内に立ち寄っていた。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」
どう見ても一般人とは思えない様相の女性に、
真里では荷が重いと感じた誠は、駆け寄るように応対を始めた。
「あらーあなたカッコいいわネ。
噂を聞いて来たんだけど、LILYの展示ブースってここかしら?」
「はい、さようでございます」
「そう、色々と見せて欲しいんだけど、お願いできるかしら?」
「承知しました。どういったものをお探しでしょうか?」
誠に案内され奥へと入る女性。
もとい男性である小早川であるが、
彼はついに学生生活を送っている誠に接触を試みてきた。
彼の目的は、普段の誠と接点を持つことだった。
いくらニューハーフに仕立てたところで
それまで接点のなかった誠が、
急に風俗で働き始めたら不自然である。
ごく自然に働かせるためにも、
誰もが納得できる物語を作る必要があったのだ。
これまでも小早川は、
ノンケの美男子にそれぞれ自然な理由を付けさせていた。
敢えて女装した姿で知人と遭遇させたり、
レンタルショップでホモAVを借りているところを目撃させたりと、方法は様々であるが、そうやって男に興味があると周囲に思わせるようにしていたのだ。
普段はこういった仕事を黒服に任せていた小早川であったが、今回は誠が相手ということで、本人が直々に出向いてきたというわけだ。
「噂以上のクオリティね、気に入ったワ♡ 大量購入は受け付けているのかしら?」
「数にもよりますが、どれほど必要になりますか?」
「アナタが着ている服を、ざっと500着ってところかしら?」
「500着ですか!? か、かしこまりました……ただいま上の者に確認してまいりますので、少々お待ちください」
誠はそう言い、小早川を椅子に座らせると、
奥の控え室へと入っていった。
※※※
「キヨちゃん! キヨちゃん! 大変だよ!」
「どうしたの? マコちゃん」
奥で来場者の分析していた恭子が、キョトンとした顔で応える。
「それが、今来たお客さんなんだけど……
キヨちゃんの服を気に入って500着注文したいって言ってるの」
「500着!? ……冷やかしとかじゃないの?」
「それが高級そうなアクセサリーとか付けてて、いかにもお金持ちって感じなんだよね。冷やかしとかではないと思うんだけど……」
「そう分かったわ。私も行ってみる。直接話してみて判断するわ」
LILYは大学の服飾サークルではあったものの、素材はそれなりのものを使っていた。
イタリアのファッションデザイナーである母親の仕入れルートを借りて、買い集めたものであるが、
職人を呼んで指導を受けるためのアドバイザー費用や、
材料費、人件費、広告費、
ブース使用料なども価格に転嫁していたため、
展示されている服は、どんなに安く見積もっても一着一万円以上はする代物であった。
もし本当に500着注文したなら、その費用は500万から1,000万円以上になってしまう。
これだけの大口取引であれば、やはりリーダーである恭子が出向かなければならない。
そもそも本当にそれだけの取引ができる相手なのか、見極めねばならないのだ。
「いらっしゃいませお客様。
初めまして、LILYデザイナーの恭子と申します」
「あらーあなたがそうなの?
アタシは小早川グループROSEの取締役、小早川憲子ヨ」
「この度は大変多くのご注文をいただき、誠にありがとうございます。私のデザインを気に入っていただけて光栄です」
「ホホホ、そこまで畏まらなくてもいいわヨ。アタシの経営する海外のダンスホールで踊り子達が着る服を探していたんだけど、ちょうどアタシのイメージにピッタリだったの」
そう言うと、小早川は恭子に名刺を差し出した。
慌てて恭子も名刺を取り出し小早川に手渡す。
「あの、つかぬことをお伺いしますが、芸能プロダクション○○のスポンサーになられているROSE興業の小早川様でしょうか……?」
「あら詳しいのネー。
そうヨ、そのROSE興業の小早川で間違いないワ」
それを聞き、恭子は度肝を抜かれてしまった。
芸能プロダクション○○と言えば、数々のアイドルを輩出し、世界に名を轟かせている一流企業である。
そしてROSE興業は芸能以外にも、薬品、観光、飲食、製造など、様々な分野で活躍するモンスター企業であった。
その取締役である小早川が直々に出向いて来たなら大事件。
恭子はこの急な出来事に胸をドキドキさせていた。
「驚かせちゃってごめんなさいネ。アタシ休みの日になると、こうしてプラプラと出歩くのが趣味なのヨ。ところで注文の方だけど、引き受けてもらえるのかしら?」
「は、はい! それについてなのですが……
このような大量の注文はこれまで受けたことがないため、
一度お時間をいただき、対応可能かどうか検討させていただきたかったのですが、よろしいでしょうか?」
「別に良いわヨ。金額が大きいからといって、
よく考えもせず二つ返事で受けるより、ずっと好感が持てるワ。
決まったら、その名刺の番号に電話ちょうだい。アタシの方から何かある時は、この名刺の番号に連絡すれば良いかしら?」
「はい、そちらの方にお願いいたします」
そうして小早川は話を終えると、
黒服を連れ、別の場所へと買い物に出掛けてしまった。
※※※
「すっごーい、キョウちゃん!
大手プロダクションの社長さんに気に入られたんだって!?」
誠から話を聞き、直美がピョンピョン跳ねながら恭子に言う。
「大手プロダクション以上よ……
ROSE興業はこの国のコングロマリット(複合企業)。
様々な分野で活躍する、まさにモンスター企業ともいえる会社よ」
「数年前にできたばかりの会社だけど、すごい勢いでM&Aを成功させて、今の地位に登り詰めたんだよね」
「私もニュースで見ました! 最近も○○自動車の事業買収に成功したってありましたし、その会社の社長さんがわざわざ来てくれるなんて、すごいことですよね!」
三人の話を聞き、制止する直美。
「あ……あたし、わかんな~~い……」
直美は話に付いていけず、
頭をクネクネさせて、困惑の表情を浮かべていた。
「よーするに、すごいってことよ」
「そうなんだ!」
恭子の説明に大助かりの直美。
全てを理解したようだ。すごい!
「問題は私達で、この500着もの服に対応できるかって話よ」
「ハンドメイドだから、サークルのメンバーだけではまず無理だろうね」
「でもせっかくのチャンス、ここで断るのは勿体ないですよね」
真里の意見に頷く恭子。
ROSE興業で経営するイベントホールで服を使用されるということは、この業界で名を売るビッグチャンスである。
相当無理してでも引き受けたい仕事だ。
しかし失敗してしまえば、取り返しのつかないことになる。
もしそんなことにでもなれば、恭子は大学を卒業する前に、この業界の信頼を失ってしまうのだ。
「とりあえず……ママに相談してみるわ。ママの生産ルートを借りることができれば、もしかしたらできるかもしれない」
恭子はそう言うと、メンバーに片付けの指示を出し、一足早く自宅へ帰ることにした。
その後、恭子は上手く母親と折り合いをつけ、生産ルートを貸してもらえることになる。しかしマージンが高過ぎて、赤字にはならないが黒字にもならないといった内容であった。
そうして小早川の秘書に連絡を取り、依頼を引き受けると伝えた。後日、小早川から恭子の電話に連絡が入る。
「こんにちは、小早川ヨ。お久し振りネ」
「お電話ありがとうございます。LILYの恭子です」
「この間は仕事引き受けてくれてありがとネ。それでなんだけど、貴女の過去の作品で余っているものがあれば、いくつか見せて貰いたかったんだけどよろしいかしら?」
「はい! もちろんです。すぐにお持ちいたします」
「それは良かったワー♡ じゃあこの前のモデル役の男の子と、可能なら撮影できる子も用意して欲しいんだけどお願いできるかしら?」
「わかりました。そちらも確認し再度ご連絡いたします。直接私が行って商品の説明をさせていただきたかったのですが、よろしいでしょうか?」
「貴女は来なくても良いワ。大量の注文で他にやることいっぱいあるでしょ? 確実に納品してもらいたいから、最小限のメンバーだけを寄越してちょうだい」
「かしこまりました。ありがとうございます」
大口のお客様ということで、恭子は直接会って商品を説明したかった。しかし小早川の言う通り、慣れない海外の職人との打ち合わせで忙しかったことも事実。
恭子は誠と真里に、それぞれモデル役と撮影役を依頼し、
当日は誠と真里、運転手役の部員一名で事務所へと向かうことになるのであった。
※※※
某日、誠、真里、運転手の三名は、
小早川の事務所を訪れていた。
そこで誠と真里だけが奥に通され、
運転手役の部員は、別の部屋で眠らされた。
応接室に通された誠はさっそく恭子に教わった通り、服の説明に入った。さすが頭が良いだけあり、完璧な説明である。
小早川は誠の説明に笑顔で反応していた。
いつもの淫乱な姿とは違った、彼の素朴な姿に、心ときめいていたと言っても良い。そうして一通り説明を聞き終えると、小早川はとんでもないお願いを始めた。
「メンズ服については大体分かったワ。今度はレディースについてを教えてもらいたいんだけど、あなた着てもらえないかしら?」
そう誠に伝える。
真里ではなく誠に伝えたのだ。
「えっ……? 私ですか?」
「そうよ、そっちの子は撮影役でしょ? うち、今女の子出払っているから、試着できる子がいないのヨ」
「しかし私は男ですし、こういうのは……」
「大丈夫ヨ。あなたすごく綺麗だから、きっと似合うと思うワ。
それに同じ人が着てくれた方がイメージしやすいのヨネ。
どうしてもイヤかしら?」
小早川は少し不機嫌そうな顔で伝える。
誠は迷ったが、ここで断れば、せっかくの商談に水を差してしまうかもしれないと思い、渋々引き受けることにした。
「わかりました……着替えてまいりますので、しばらくお待ち下さい」
「ごめんネー変なお願いしちゃって、大事なことだから、どうしても確かめたかったのヨ。よろしくネ」
隣の部屋に移動して服を着替える誠。
真里も微妙な顔をしながら、彼の着替えを手伝っていた。
「誠くん、あの人変じゃないですか?
誠くんに女物の服を着てくれだなんて」
「そうだけど、恭子さんにとってすごく大事な商談だからさ……できるだけ協力してあげなくっちゃ」
「着るだけだったら、私でも良いのに……」
「撮影した写真を見て、どうするか決めたいんじゃない?
私じゃカメラの使い方わからないし仕方ないよ」
小早川が恭子に依頼した人選であるが、
彼は事前に真里にカメラの趣味があることを知っており、
それで撮影役を用意して欲しいと伝えていたのだ。
目的はもちろん二人に催眠術を掛けるため。
着替えを終えた二人は、さっそくその姿を見せることにした。
※※※
応接室のソファーに座り二人を待つ小早川。
ドアが開かれ、女装した誠が姿を現す。
「ブラボー! なんてことなの……素晴らしいデザインネ~。
気に入ったワ……追加で、その服も500着ちょうだい」
女装姿の誠を見て、小早川は大絶賛。
気分を良くした彼は、その場で追加注文をした。
さらには旧作も全て買い取ってくれるとのことだった。
誠と真里は、思わぬ注文に驚いていた。
「とりあえず追加の分、用意できるかどうか分かったら連絡頂戴。それと今日の分の請求書もメールで送ってもらえるかしら?」
「はい! すぐに甘髪に確認し連絡いたします。
請求書もなるべく本日中にお送りいたしますね!」
「そう、ありがとネ。
それじゃあ、そろそろ眠っていただけるかしら」
「はい? 寝る……のですか?」
「純白の姫君、腐海に沈む女」
誠と真里はその場に倒れ込んでしまった。