高校一年の二学期が終わり、無事年が明けた。
あれから半年、恭子の催眠の効果は直美の心をじわじわと変えていった。
しかし、直美の誠に対する思いは強く、依然として仲良く付き合っていた。
(なかなか難しいわね…)
恭子はいつものようにベッドに寄りかかりながら考えていた。
この半年間、肝心の誠に対する嫌悪感を抱かせることはできずに、直美は周りの男子や男性にだけ嫌悪感を抱くようになっていた。
これでは直美が誠を一途に思っているだけで、逆効果である。
(はあ…なにかいい方法はないかしら)
恭子は目を瞑って考えた。
自分が男性に嫌悪感を抱くようになったのはいつからだっただろうか。
浮かんだのは、中学生の時、男子に襲われかけたあの光景だった。
発情した猿のような目つき、荒い息、
そして、制服の上からでもわかるくらいにいきり立った性器。
あの日、抵抗する恭子を無視し、
恭子を襲った男子は性器を入れる寸前で直美に止められたのだった。
最初、腕を掴まれ机に押し倒されると、脚の間に体を捻じ込まれ閉じられなくさせられた。
そしてセーラー服を下着ごとまくし上げられ胸を舐められた。
あの時の汚いよだれの臭い、熱い息と汗からくる湿気、
恭子の唇を食べるかのような勢いでキスをしてくる、不潔な口。
思い出すだけで吐き気がしてくる。思い出したくないのに蘇ってくる。
そして最後に思い浮かんだのが、赤黒くグロテスクにそそり立った性器だった。
(あの時、もし直美が来てくれなかったら…….
だめだ、思い出すと泣きそうになる
同じ女性なのにあの時の直美は、今まで見てきたどの男性よりも、
強く、逞しく、そして美しく見えた。
思えば、あの時からだったのかもしれない。私が直美に魅かれたのは….
悲観的で警戒心が強くて不器用で、
我ながらすごく付き合いづらい性格をしていると思う。
そんな私を全く嫌がる素振りも見せずに、本気で笑って付き合ってくれる。
今まで一度だって直美は私に否定的な見方で接してきたことはなかった。
いつも私を受け入れてくれて、どんなに小さなことでも褒めてくれて、そして傍にいてくれる….
そんな最高の友達を催眠術で好きにしようなんて、本当に最低だと思う。
でも私にとって直美は、例えどんなに泥を被ったって失いたくない存在。
気づいたら、私の中でそこまで大きな存在になっていた。
この計画は絶対に成功させなければならない。
直美のいない人生なんて、もうないのも同じだから……)
※※※
そうだ。
直美に、男性の裸を見せてみてはどうか。
自分が男性に抱く嫌悪感を、直美にも抱かせることができたなら…
そう思い立った恭子はパソコンを開き、画像検索をかける。
表示されたのは、様々な場所、角度から撮った全裸の男性の写真だった。
恭子はトラウマを刺激され少し気持ち悪くなりながらも、直美と一緒にいるため、と自分を奮い立たせて画像を保存していく。
反対に女性の裸の画像も探した。
男性より圧倒的に多い。それほど性的に魅力があるのだろう。
女性の裸体を見ていると、安心感を覚える。そして、少しドキドキとしてくる。
なぜだろう? 同じ女性なのに…
これがもし、直美だったら。そんな風に思ってしまう。
直美のすべてを手に入れたい。
それができるのは、催眠術だけだ。
準備は整った。あとは新しい催眠の内容を考えるだけ。
恭子はネット上で得られる、あらゆる催眠の口上を集め、
自分なりにアレンジして直美にかける催眠時の台詞を作っていった。
空が明るさを失い、静寂が辺りを包む頃
恭子はパソコンを閉じてベッドに上がった。
いつも直美が横になって催眠をかけられる場所。
恭子はうつ伏せになり、枕に顔を埋めてみた。
自分の使っているシャンプーの他に、違う匂いが少しだけ感じられる。
直美の匂い。
不思議と落ち着く気持ちと、どきどきと高鳴る胸の鼓動に、恭子はもう気付いていた。
「すう…はあ…」
ゆっくりと深呼吸をしてみる。
いつの間にか恭子は眠りについていた。
※※※
それから数日後、
いつものように直美に催眠の導入をした恭子は、考えていた暗示をかけた。
「最近あなたは男性が傍に来ると、不快な気持ちになりますね?」
こくり、と直美が横になったまま小さく頷く。
これが半年以上、催眠術をかけ続けてきた成果である。
電車の中で席が空いているにも関わらず、ドアの近くに立ったり、
以前よりも男子に挨拶をする回数が減ったり、
最近の直美の生活を見てても、直美が男性に対し不快感を得ているのは明らかだった。
恭子は暗示の言葉を続ける。
「あなたは男性と体の関係になることをとても恐れています。なぜなら男性とのセックスはとても痛くて怖いものだからです」
直美は横になったまま、恭子のしゃべる言葉を聞き入っている。
直美はまだ誠とキスをする程度の関係だった。
誠が奥手なのか、直美が奥手なのか、原因がどちらにあるのかはわからない。
でも高校生にもなれば、いつそれ以上の関係になってもおかしくはない。
現に同じクラスの女子でも、初体験を済ませた者は何人もいる。
二人が心だけでなく、身体でも結ばれるようになれば、催眠術で直美と誠の距離を開かせるなんて、もうできなくなるかもしれない。
(それだけじゃない….直美が、男の身体を受け入れてしまうなんて絶対許せない….)
恭子は震える心を落ち着かせながら暗示をかけ続けた。
催眠をかけられている途中の記憶は失敗しない限り覚えていないので、ある程度なら恭子の思惑通りに暗示をかけることができる。
しかし一度の効果は薄く、何度も同じ催眠を繰り返し、徐々に深化させていかなければならなかった。
「それでは体をゆっくり起こし、目を開けてください」
恭子がそう言うと、直美は指示通りにゆっくり体を起こし目を開け、どこか虚ろな表情で恭子のことを見た。
恭子は用意していたノートパソコンを開き、
保存していた全裸の男性の写真を開く。
それをベッドの上で上半身を起こした直美に見せた。
「見て、これが男の人の身体。男の人は怖いわよね?」
恭子の問いかけにあまり同意していないのか、直美はぼーっとした表情で画面を見るだけだった。
今までの暗示の効果で、不快な感情は抱いているのだろうが、
男性を「怖い」と認識する暗示はかけてこなかったので、この反応は当然と言える。
恭子は部分部分を指差して言う。
「これは男の人の腕。女性よりもずっと太くて、力が強い。押さえつけられたら最後、絶対に敵わないわ」
恭子は自分の襲われかけた体験をもとに、直美に強い恐怖心を与えようとした。
「直美、聞いて。私はあの日、この腕に押さえつけられて服を脱がされたの。
いくら抵抗したってビクともしない。もしこの腕で殴られたりでもしたら、大抵の女の子は痛くて気絶してしまうわ」
恭子は次々と男性の体を指しては直美に恐怖心を植え付けるように暗示を入れていく。
女性が男性に集団で強姦されている画像を見せては、
筋肉質で太い脚は女性を蹴り飛ばして動けなくさせるもの、
厚い胸板は抱きしめられると息ができなくて苦しいもの、
白く光る歯は汚くて臭いよだれまみれ、
醜悪な眼は常に女を犯すことを考えている……
新しい暗示をかけるごとに、直美の表情は青白く硬くなっていった。
そして最後に大きくそそり立つ男性器の写真を出してこう言った。
「これは男性の性器。本物はもっとグロテスクで大きくて、すごく臭くて気持ち悪い、何か別な生き物のような形をしているわ。見ているだけで吐きそう」
直美は見慣れぬ男性の性器を見て、あまりにインパクトが大きかったのか、
食い入る様に見つめ、恭子から与えられる第一印象を自分の中に浸透させていった。
恭子は続ける。
「私を襲おうとしたやつはもっと反り返った性器をしてて、あんなものを入れられたら、お腹が裂けてしまうかもしれない」
恭子は自分のお腹を押さえ、悲痛な表情で直美に訴えた。
「無理やり触らされたけれど、生暖かくて気持ち悪い、あんなものが男性にはみんなに付いているのよ」
直美の表情がはっきりとわかるように歪む。
直美の中で、男性器への印象が徐々に変わってきているようだった。
「臭いも蒸れて饐えた臭いがして吐き気が止まらなかったわ…」
だんだん過去のトラウマを思い出して、怒りと吐き気で興奮した恭子は、
いつの間にかベッドのシーツをきつく握りしめていた。
そうでもしなければ耐えられないくらい、恭子にとっては最悪の記憶だったのだ。
恭子は、自分が抱く男性への恐怖心と嫌悪感が直美にも出るように暗示をかけた。
恭子からの暗示があまりに感情が籠っていたため、
直美は画面を見つめているものの、身体は震え、すぐにでも顔を背けたい様子だ。
恭子は一度深く息をつき、自分の気持ちを落ち着かせると、
次は反対に女性の全裸の写真を画面に表示させた。
「直美、次はこれを見て。これはとても綺麗なものなの。
あなたは女性の裸を見ると、すごく見とれてしまう」
落ち着きを取り戻した恭子の声音は、
まるで女性の肌のように柔らかいものへと変わっていた。
「女の人は好きよね?」
直美は少しだけ顎を動かし、こくりと頷く。
今までの暗示の効果があるためか、動きは滑らかだ。
「そう、女性の体は清潔で良い匂い、そしてとっても気持ちがいいものなのよ」
男性の時と同じように、部分部分を指差しながら暗示を入れていく。
「まず女性の頬。触ってみて」
恭子は直美の手を取り、自分の頬へと持っていく。
「ね、すべすべしてるでしょ?
女性の頬は何も生えていなくて清潔だけれど、
男性にはみんなヒゲが生えていてチクチクするの。
すべすべした頬の方が、触った時に気持ちいいわよね」
先程、男性の裸の画像を見ていた時とは打って変わって、
直美の顔の筋肉は弛緩し、表情も穏やかだ。
直美の手を元の位置に戻し、画像を指して続ける。
「女性の手、女性の脚…どこを触っても肌は柔らかく、白くてふわふわしてるわ。細いから繊細で、色っぽさもあるのよ。太ももの内側なんて特に柔らかいわ。
枕にして寝ちゃいたいくらいの安心感があるの」
直美は全身の力を抜き、恭子の絹のような声音に身を任せている。
そして恭子は直美に近づくとこう言った。
「わかる? いい匂いするでしょ? これが女性の匂い。
ベビーパウダーみたいで落ち着くでしょ?」
直美はすんと鼻を動かすと、
肺にまで恭子の匂いを行き渡らせるかのように、ゆっくりと深呼吸をした。
最後に恭子はパソコンを閉じると、直美に質問する。
「男の人は、好き?」
直美は先ほどの恭子のリアルな話を思い出したかのように、顔をわかりやすく歪めた。
「女の人は、好き?」
直美はゆっくりと、それでいてしっかりと首を縦に振った。
そんな直美を見ていると、
恭子は直美への独占欲、支配欲が満たされるような気がしていた。
目の前には大好きな直美が私の思い通りになる状態でそこにいる。
安心してこちらに身を預けている。
恭子はぞくぞくとした小さな震えを感じた。
いつしか直美を見つめる恭子の目は、大好きな親友を見つめる目ではなく、
性的な対象を見つめる目へと変わっていた。