ガヤガヤガヤガヤ……
ここは〇✖大学の校門前。
恭子達の高校と違い、
学術都市の中心地にあるこの大学は、常に人混みで賑わっていた。
そこで時計をじっと見つめる恭子。
少し心配そうな表情をしているその目に、慌てた様子で走り寄る直美の姿が映った。
「もー遅かったじゃない? 直美、一体どこに行ってたの?」
「キョウちゃん、ごめ~ん。
さっき白づくめのローブを着たおじさん達に引き止められちゃって……
それで遅れちゃった」
「へっ? 何それ……?」
「それがね!! 今度新しく出来た〇〇教って宗教団体らしくて、
入会すると、なんと!
お金持ちになって、バラ色の人生を送れるようになるんだってさ!!」
「はぁ?」
「それでね! こんな良い話はない!! って思って、
友達も一緒に入会してもいいですか!?って聞いたら、
どうぞ~♪どうぞ~♪って!! すごくフレンドリーで良い人達だったよ!!」
「ちょっと……待ちなさい……
それって典型的なインチキ宗教じゃないのよ! しかもお金持ちって……
マルチなんだか、宗教なんだかハッキリしなさいって感じね……」
自分が詐欺に遭いかけたとも知らずに、大はしゃぎの直美。
そんな直美を無理やり引っ張って、校内へと連れていく。
高校時代もそうであったが、
大学に入っても振り回されっぱなしの恭子なのであった。
※※※
校内の一室、
ここで恭子達はサークル活動を行っていた。
「だからわかった?
もう二度とそんな胡散臭い人たちに関わらないで!
どんな危険な目に遭わされるかわからないのよ?」
「はーい……
せっかくお金持ちになれると思ったのにぃ……」
恭子に説得され、ようやく詐欺だと理解した直美。
あまりにぬか喜び過ぎて、ずいぶんとがっかりしているようだ。
「もう、そんな顔しないの。ほら、顔上げて」
「へ?」
ちゅ……♡
恭子が直美の唇にキスをする。
「あ……も…もう……キョウちゃんったら♡」
先ほどまでの憂鬱な気分も一気に吹き飛び、
顔を赤らめ笑顔を見せる直美。
「ふふ……直美はそういう顔の方がお似合いよ」
「もう、お返しだよ! ちゅ……♡」
ガラガラガラ……
直美が身を乗り出し、唇にキスをした瞬間、誠がドアを開ける。
「おはよー。……え?」
唇と唇を合わせ、キスをする二人の姿が誠の視界に飛び込む。
「ちゅ……あっ! 誠、おはよー」
「あ……マコトくん……おはよう……」
気まずい雰囲気の恭子に対し、
直美はいつも通りの調子で誠に挨拶を返す。
「二人とも……何してたの……?」
「え? 何って、キスだよ?」
あっけらかんと答える直美に、愕然とする誠。
「直美……マコトくん、まだ何も知らないのよ……」
「知らないって何を?」
「私達が付き合ってるってこと……」
「へ? 言ってなかったっけ?」
驚き、目を丸くする直美。
「うん……何も聞いてないよ……」
「あ……えっと……その……」
「ごめん、マコトくん、また後で説明するから……ほら行くよ、直美」
そう言うと、恭子は直美の腕を掴んで外に出ていってしまった。
(恭子さんと直美が付き合ってるだなんて……一体……どうして?)
※※※
誠は相変わらず、信じられないものを見たといった表情だ。
それもそのはず……
誠にとって恭子と直美は、
そういった女同士の恋愛とは無縁の存在だったからだ。
二人とは高校の時からずっと仲良くしてきた。
恭子の家には何度も遊びに行ったし、
直美とは、付き合っていた時期もあるくらいだ。
少なくとも、自分と別れるまで直美はノーマルだったし、
もし別れた原因が、そういう変化にあるのなら、正直に話してくれているはずだ。
それに、直美がそこまで劇的に変わったのだったら、
恭子が教えてくれないはずがない……
(劇的に変わった……)
誠がハッと思いつく。
考えてみれば、直美だけじゃない……
自分にも変わった部分がある……
それまで、男に全く興味のなかった自分が、
なぜかお尻に男性器を入れて欲しくて堪らなくなってしまったのだ。
冷静に考えてみたら、あまりにもおかしい話だ……
まさか直美にも同じ変化が起きていたということだろうか……?
思い返すと、高校二年の終わり頃から、
直美は綺麗な女性を目で追うことが多くなっていた。
当時、それは服装や化粧の仕方を参考にしているものだと思っていたので、
あまり気にはしていなかった。
(でも、それがもし直美の変化の始まりだったのだとしたら?)
何か原因があるはずだ……
自分と直美に共通すること……二人が同じくしていたこと……
(まさか………催眠?)
誠の頭にかかっていた靄が晴れ、思考が一気に回転し始める。
(そんな……信じられない……あの恭子さんがそんなこと……)
だが、そうだとすると全ての辻褄が合う。
直美は別れ話をしてきた時、
「なぜ別れたいのかわからない」と言っていた。
それがそのまま正解だとしたら、
最初から、二人に別れる原因など何もなかったということになる。
催眠術で仕向けられたと考えると実に自然だ。
二人が付き合っているということは、
恭子にも同性愛の気があるということになる。
元からそうなのだとしたら、催眠術を使って、
直美に自分のことを好きになるように暗示をかけてもおかしくはない……
そして恭子にとって、
直美の彼氏である自分は邪魔な存在……
こちら側にも何か催眠術をかけてきているはずだ。
(………)
最近の気持ちの変化はまさにそれなのかもしれない。
自分は元々、同性に対して性的な欲求を持つ人間ではなかったはずだ。
直美に女性を好きにさせて、
自分には男性を好きにさせる。
恭子はそうやって二人の分断を謀ったのではないだろうか?
直美と別れた後、
自分は寄りを戻すためにあの手この手を考えていた。
でもいつの間にか、直美と寄りを戻さなくても良いと思うようになってしまっていた。
女装への興味、男性への興味。
日が経つにつれて、だんだんその欲求が強くなってきてしまって、
直美のことを、恋人としてよりも、
友達として見る感覚の方が強くなってしまったのだ。
だが催眠術に原因があるのだとしたら、
それは偽りの感情……
このまま恭子の催眠を受け続けたら、
自分と直美はいずれ本当に同性愛者になってしまうかもしれない。
(このままじゃ危ない……
誰か協力してくれる人を見つけて、直美を助け出さなくては……)
【STOP】
『 あなたは今頭に思い浮かべたことを全て忘れて眠りにつきます。 』