「マコトくんは今までの記憶を受け継ぎ成長していきます。
4……5……6……」
恭子の言葉に、ボーッと耳を傾ける誠。
直前まで同性とのキスを強いられていたためか、
まだ蕩けたような顔をしている。
これから、この植え付けたばかりの記憶を使って、
今後の誠の記憶を改変していく。
恭子は一旦呼吸を整えると、頭の中を整理することにした。
※※※
近いうちに、
誠は自分と直美の変化が近いことに気づき、
そこから恭子が犯人だという真相に辿り着くことになる。
しかし、誠が小さい頃から、
同性に興味があるのが当たり前だったなら、
自身の変化に気づくことは、もはやできないだろう。
これからさらに同性への興味を、
幼稚園時代から今に至るまで、一貫して持ち続けてきたと、
記憶を変えていくのだが、
催眠の掛け方について、少し気を付けなければならないことがあった。
誠には家族や親せきがいる。友達や知人も大勢いる。
不用意に誠の記憶をいじってしまえば、
周りから、改変された内容を指摘されることになる。
そのため、恭子は暗示によって変える内容を、
誠が“心の中で思ったこと”のみに限定する必要があった。
実際に起きた出来事ではなく、心の中でのことなら、
他人がどう主張しようとも、思ったことが本人にとって真実となる。
だから恭子は、男同士のキスの記憶を、
“妄想したこと”に限定させることにしたのだ。
※※※
恭子は、誠を次の暗示に集中させるためにも、
興奮が収まるのを待っていた。
ウットリとした色を帯び床に寝転がる女装姿の誠。
恭子以外、まだ誰にも見せたことがないその妖艶な姿は、
男女問わず多くの人々を魅了する力を備えていた。
(改めて見ると、すごい美人よね……
なんだか以前よりも魅力が増したような気がするわ)
誠の顔に手を添え、じっと見つめる恭子。
(……やっぱり気のせいなんかじゃない。
たしかに前より綺麗になってる……
最初は気づかなかったけど、どうして……?)
恭子は美しいものが好きだった。
ファッションデザイナーの道に進んでいるのも、
美しい服を美しい人が美しい動きで着こなす姿を見たかったからだ。
それだけ美に関しては人一倍優れた感覚を持っていた。
(今日女装させたばかりの時は、
ここまで気になるほどではなかったはず……
もしかして……園児時代の記憶が関係している?)
同じ女装をするにしても、
その人の内面によって見え方が異なることがある。
心が男の人がする女装と、心が女の人がする女装では、
内面から発せられるエネルギーが違うのだ。
自分を本当に女と思い込んでいる人は、
本人が意識しなくても、自然と女の身のこなし方になる。
幼児時代に同性とキスする経験を与えたことにより、
誠の中に女性の心が芽生え、
表に出てきたのではないか、と恭子は考えた。
(だとしたら……これから女の子の心を育てていけば、
マコトくんはもっと綺麗になるってことじゃない?)
恭子はドキドキしていた。
今のままでも、自分の心を打つほど美しい誠が、
女性の心を成長させられたなら、
一体どれほどの美を放つようになるのだろう……
美しいものを好む恭子は、
誠のそんな姿をどうしても見たくなってしまった。
※※※
それから数分が経ち、
顔の蕩け具合も収まり、誠はだいぶ落ち着きを取り戻していた。
退行催眠を再開する恭子。
(マコトくんのこの顔なら、
人生で一度や二度くらいそういう経験があると思うんだけど……)
恭子は、誠を女性の心に傾きやすくするため、
過去に女装させられた経験がないかを確認することにした。
「マコトくん……あなたは小学校一年生……
今までと同じで、あなたは女の子よりも男の子のことが好きなの」
「うん……」
「そんなマコトくんに教えて欲しいんだけど、
マコトくんって女の子の服を着させられたことってないかしら?」
「あるよ……」
「ふふふ……そう……あるのね?
その時のことを、詳しく教えてもらえるかしら?」
※※※
恭子の予想通り、
誠は小さい頃に女装させられた経験があったようだ。
誠を女装させた相手は、
誠より二歳年上の従姉妹に当たる“マユミちゃん”という女の子だ。
その子とは、誠が母と一緒に親戚の家に泊まりに行った際に、
駆けっこをしたり、木登りをしたりして、遊ぶことが多かったそうだ。
夏休みのある日のこと。
大雨で、外に出ることもできず、
マユミちゃんの部屋で誠が遊んでいると、
洋服ダンスから自分の服を取り出したマユミちゃんに、
着て見せて欲しいとお願いされたそうなのだ。
(まぁ……こんなに中性的な顔をしていたら、
誰でも一度は女装させてみたいって思うわよね……)
恭子は、マユミちゃんの気持ちに共感した。
「マコトくんは、お願いされてどう思ったの?」
「すごくイヤだった。
男の子なのに女の子の服着るなんて恥ずかしいし……
ぼく、そんな服着るのヤダって断ったんだよ」
「それでマユミちゃんは?」
「ちょっとで良いからお願いって……
着てくれたらドラもんボールのフィギュア買ってあげるって言われてつい……」
「物に釣られちゃったわけね」
「うん……」
「そう、わかったわ……それじゃあ、【STOP】」
キーワードを聞き、ドタンと倒れる誠。
※※※
(なるほどね……こうなるわけね)
恭子は、記憶の在り方について考えていた。
3歳から6歳にかけて、
誠の好みを女の子が好むものへと変えてきたが、
先ほどの誠の反応では、女性の服を渋々着るといった感じであった。
おそらく、当時の誠の記憶がそのまま反映されていたのだろう。
当然ノンケの誠が喜んで女装するわけがない。
だが、ここで分かったことがある。
それは、新しく植え付けた記憶は、
それに連なる本当の記憶を自動で変換したりはしないということだ。
そうであれば時間を進める度に、
植え付けた記憶とその時々の記憶を結び付けていかなければならない。
少々面倒ではあるが、
記憶の整合性を確かなものにするためには仕方がないことだった。
恭子は考えをまとめると、再び誠を呼び起こした。
「マコトくん……起きて……」
「うん……」
誠がゆっくりと起き上がる。
「もう一度聞きたいんだけど、
マコトくんは女の子の服を着るのが嫌なのよね?」
「うん……そうだよ……」
「それはおかしいわね?
だって、マコトくんは可愛いものが好きでしょ?
どうして女の子の可愛くてフリフリした服を着たくないの?」
「それは……あれ? なんでだろう……?」
本当の記憶と改変された記憶が混在し、
何がなんだかわからないといった表情をしている。
「きっと記憶違いを起こしているのね。
マコトくんが本当に恥ずかしかったのは、
女の子の服を着ることじゃなくて、
素直に喜ぶことが恥ずかしかったんでしょ?
いくら好きでも、素直に着るなんて言っちゃったら、
元から好きだってことがバレちゃうもんね?
だから、着たくないって言ったんじゃない?」
「……そうかも?」
「マコトくんは、ホントは女の子の服が着たくて仕方なかったの。
家には男の子の服しかなくて、着たくても着れなかったのよね?
だからマユミちゃんに着てって言われた時は、
嬉しくて嬉しくて堪らなかった。そうよね? マコトくん」
「うん、そうなの……
ホントは着たかったんだけど……
恥ずかしくて素直に言えなかったの……」
「そうそう……
だからマコトくんは、マユミちゃんがお風呂に入っている間に、
こっそり部屋に忍び込んでお洋服を着ちゃったのよね~?」
「えっ? ……そうだったっけ?」
「そうよ。ほら……マユミちゃんのお部屋を想像してみて……」
「うん……」
恭子は自分の部屋の様子を、
マユミちゃんの部屋として想像させた。
「マコトくん……ここは、マユミちゃんのお部屋よ?
今、マユミちゃんのお洋服を着てる……
目を開けて、鏡で確認してみなさい……」
誠は、ゆっくりと目を開け立ち上がると、
フラフラと壁際に立て掛けてある姿見鏡の前に立った。
「マコトくん……すごく可愛いわ。
本物の女の子よりもずっと可愛い」
誠は、既に恭子の服を借りて女装していた。
ウィッグをつけられ、化粧まで施されている。
その姿は、男と疑う人がいないほどの出来栄えである。
「わぁ~♡ ぼく、かわいい……」
それを見て、誠は感動する。
自らの女装の完成度の高さに見惚れてしまったのだろう。
「髪飾りなんか付けたら、もっと可愛いんじゃない?
洋服ダンスの上に、アクセサリー入れがあるから、
好きなのを付けてみたらどう?」
「うん! つけてみる!」
誠は目をキラキラさせて、アクセサリー入れの蓋を開けた。
中には子供が付けるには、あまりにも上品過ぎる物が入っていた。
しかし、子供らしい、大人らしいという感覚のない誠には
そんなこと気にもならず、ただ箱の中で光るアクセサリーに目を奪われていた。
「マコトくんには、このバレッタが似合うんじゃないかしら?」
そう言うと恭子は、
かなり大き目サイズの紫紺のリボンが付いたバレッタを指さした。
どうせ付けるのなら印象に残るものを、
ということで誠に付けさせることにしたのだ。
ぎこちない動作でバレッタを付けようとする誠を手伝い、
正しい位置に正しい方法でバレッタを付ける恭子。
パチッ……
「はい、ちゃんと付けられたわね。ほら……鏡を見て御覧なさい……」
「わぁ……♡」
鏡に映った誠の姿。
女性にしては少しだけ鼻が高いものの、
日本人離れした顔立ちのボーイッシュな女性に見える。
誠のその容姿に、恭子の選んだ紫紺色のリボンはとてもマッチしていた。
(マコトくん……髪飾り、ホントよく似合うわね……
夏になったら、浴衣を着せて一緒にお祭りに出掛けてみたいくらい……)
誠は鏡に映った自分の姿をマジマジと見つめている。
鏡に背を向け、後ろ身を確認してみたり、
近づいて笑顔を作ったりして、本当に楽しそうだ。
その姿はおしゃれに目覚めたばかりの女の子といった感じである。
(あとはこの状態で、女の子の心を育ててあげなくちゃね)
恭子はベッドの横に綺麗に畳んである誠の服に注目していた。
誠の服を手に取り、匂いを嗅いでみる。
洗剤の良い匂いを微かに感じるが、
男独特の体臭の臭いは一切感じない。
(これなら着ることができそうね……)
恭子は、鏡の前で楽しそうに女の子ポーズを取っている誠を確認すると、
自らの服を脱ぎ、誠の服を身に付けていった。
※※※
誠の服に着替えた恭子は、
背後から近寄り、耳元で静かにキーワードを言った。
【STOP】
力を失い恭子の身体にしな垂れかかる誠。
鏡には、美しい服に身を包んだ可憐な少女が、
男装の麗人に抱きかかえられている姿が映っていた。
恭子は、長い髪を結い一つにまとめると、
眉を少し太めに描き、顔の外側にシャドウが出るようにメイクをしていた。
元々ボーイッシュな顔つきでない恭子だったが、
持ち前の感性と器用さを生かし、
ギリギリ男装の麗人クラスになれるレベルにまで仕上げていた。
(私にはせいぜいこれが限界。
あとは暗示で男と思わせるしかないわね)
恭子は抱きかかえた誠に静かに語りかけた。
「マコトくん。ここは君の夢の中。
君は女の子で、目が覚めると、
お城の庭園で男の人に抱きかかえられている。
君は彼に恋をし、愛されたいと思うようになるんだ。
さぁ……目を開けてごらん……」
恭子はなるべく声を低くし、男らしい話し方をした。
ゆっくりと目を開ける誠。
恭子と目が合い、しばらくじっと見つめ合う二人。
「目が覚めたようだね」
「え……あ……あの……」
「フラフラしていて急に倒れそうになったから、支えてたんだよ。
見たところ、身体の調子が良くないようだし、
向こうにある椅子にでも座って休んだらどうだい?」
そう言いベッドへと誘導する恭子。
「君、名前は何て言うんだい?」
「え……えと……誠……です……」
「そうかい、マコトちゃんって言うんだね。
僕は恭介って言うんだ。よろしくね」
そうして二人は、そこから世間話に花を咲かせた。
ところどころ記憶が混濁している誠であったが、
何か躓く度に恭子がフォローを入れ、記憶を改竄していった。
誠は自分のことを女の子だと思い込み、
目の前にいる架空の人物に惹かれていった。
「それじゃあそろそろ帰ろうか、
あんまり遅くなるとお母さんが心配するよ?
そうだ、最後にお別れの挨拶をしようか。
マコトちゃん、目を閉じて……」
恭子に言われるまま目を閉じる誠。
恭子は再び人差し指と中指を合わせて、誠の唇にそっと触れた。
「ちゅ……お別れのキスだよ。マコトちゃん」
「~~~~~~~~!! ♡♡♡」
パッと目を開ける誠。
その瞳はうるうると波立っている。
顔を真っ赤にして、
まるで少女マンガのヒロインような反応の仕方だ。
あまりに少女っぽい反応に、
恭子は若干引き気味であったが、
気を取り直して一旦誠を眠らせることにした。
【STOP】
誠をそのままベッドに横たわらせる。
「マコトちゃんは夢を見ました。
カッコイイ男の人と、楽しくお話する夢……
マコトちゃんはその人のことを想うと、とても胸がドキドキします」
「うん……♡」
恭子は誠の両手を掴むとお腹の上に乗せた。
「お腹がなんだか暖かいね……
暖かくてふわっとしてなんだか幸せな気持ちです……
これが女の子の恋の気持ちなのよ……?」
「ほんとだぁ……あったかい……♡」
「男の人と結ばれると、この気持ちがずっと続きます。
いつか白馬に乗った王子様が、
マコトちゃんのことを迎えに来てくれるといいわね」
「うん……♡」
「でも、ただ待っているだけじゃダメよ?
いつか現れる王子様のためにも女らしくなれるよう頑張らなくっちゃね!」
「うん、がんばる♡」
恭子はそうして六歳の誠への催眠を終えた。
※※※
誠の服を脱ぎ、元の服に着替え、メイクを元に戻す恭子。
(ふぅ……だいぶ話し方も女の子らしくなってきたわね…)
あとはそのまま自分を女性と認識させていき、
現実の男を愛するように変えていくのだ。
そのためには肉体的刺激をそろそろ与える必要がある。
恭子は誠を立ち上がらせると、
手を引き部屋の外へと連れ出した。