ここは恭子の部屋。
部屋は隅々まで片づけられ、
机の上も本棚なども綺麗に整理整頓されている。
床にはパステルピンクの絨毯が敷かれており、
その上にはオシャレな白いテーブルが置かれている。
一人で寝るには少し大きめなセミダブルベッド。
何年か前に恭子の親が、海外から取り寄せた高級品だ。
所々に自然な形で置かれている装飾品。
住む者の高いセンスを伺えるしっとりとした趣深い佇まいである。
大人の女性の雰囲気を醸し出す格式の高いこの空間では、
今まで幾度となく催眠術が繰り広げられていた。
今日もいつもと違わず催眠術が行われていたのだが、
普段と違うのは、かける側とかけられる側が逆ということ。
催眠のイロハも知らない直美が、
2年以上も催眠の研究をしてきた恭子に催眠術をかけているのだ。
「キョウちゃんはあたしが良いと言うまで催眠術から目を覚ましません」
自分のかける暗示が効いていると思い込んでいる直美は、
真剣な語り口で親友に告げる。
覚醒という言葉を知らない直美にとって、
催眠術はなんでもありの魔法のようなものに感じられていた。
催眠にかかっている振りをしている恭子は、
どんな暗示をかけられようと、その通りに実行しようと考えていた。
今、目を覚ますことは直美との関係を壊しかねないと感じたからだ。
直美が恭子に2度目のキスをする。
「ちゅ……ちゅ……ちゅぷっ……はぁ……」
(キョウちゃんとのキス、すごく気持ち良い……
キスだけでこんなに幸せな気持ちになれるなんて…)
直美は興奮していた。
普段なら恭子に拒否されるようなことでも、
催眠中の今だったらどんなことでもできてしまうのだ。
だが、直美の目的は決して己の肉欲を解消することではなかった。
「キョウちゃんは女の子同士のキスが好きになります。
男の人とキスするより、女の子とキスした方がずっとずっと良い~! って思ってしまいます」
(……この流れって…)
恭子は2年半前に催眠術をかけ始めたばかりの頃を思い出していた。
異性愛者の直美を、男性より女性が好きになるように変化させる。
絶対に手に入ることのない直美という存在、
それが催眠術を使えば手に入るかもしれないと考えていた。
初めは寂しさが元だったのだが、
直美に触れあううちに自分の本当の気持ちに気付き、それからは盲目的に突き進んでいった形だ。
今、直美は以前の恭子と同じように暗示をかけようとしている。
恭子を誠に取られてしまうのではないかという不安。
後輩の女子生徒から聞いた誠と恭子の関係。
そして催眠術によって知った恭子の気持ち……
初め直美は、恭子から誠との関係を聞くだけのつもりだった。
だが思っていた不安が的中してしまい冷静さを失ってしまった。
恭子が直美を愛しているのと同じくらい、
直美も恭子のことを既に愛してしまっていたのだ。
「キョウちゃんは女の子に触られるとすごく気持ち良くなっちゃうの。こんな風に…」
直美の手が恭子の胸に触れる。
優しく両手で撫でるように、直美は恭子の胸を揉み始めた。
「んっ……くぅ……ぁっ……」
直美の責めに、恭子は思わず声を上げてしまう。
元々好きな人に身体を愛撫されているのだ。恭子が感じないはずがない。
(催眠術ってすごい……こんなことも効いちゃうんだ……)
そうした恭子の気持ちを知らない直美は、
催眠術の効果で、恭子が感じているのだと素直に信じた。
「どう……? キョウちゃん……気持ち良い?」
「んっ……ふっ……気持ち…いい……」
催眠状態にない素の直美が、自分の意思で身体を愛撫してくれている。
直美のことを心から愛している恭子にとって、それは名状しがたい喜びだった。
直美が恭子のシャツのボタンを外す、
これからしようとしていることに、つい手が震えてしまう。
お風呂場で恭子の服を脱がす時とは違い、
直美はこれから恭子の身体に女同士の愛欲を刻み込もうとしているのだ。
シャツのボタンを全て外し脱がせると、直美はそのまま恭子の身体を起こし、
薄ピンク色の上品な形をしたブラを外した。
(ゴクン……)
恭子の白く形の整った膨らみが露わになり、直美は思わず生唾を飲み込んだ。
「キョウちゃんは、女の子に身体に触れられるとすごく嬉しくなっちゃうの。
舐められたりしたら思わず感じちゃうくらい好きになっちゃうの」
そう言うと、
直美は恭子の肩にそっと手を添えながら、恭子の桜色の頂きに舌を這わせた。
そして柔らかい白桃を味わうかのようにねっとりと舐め上げていった。
「あぁっ! ……ぁん……」
「キョウちゃん、舐められて気持ち良いよね?
キョウちゃんは男の人にこうされるよりも、女の人にされた方がずっと気持ち良くなっちゃうんだよ?」
「ぅ……うん……」
(女の人にされたからじゃないわ……
直美……私はあなたにされてるからここまで感じているのよ)
恭子の乳房を舐めながら、直美は自らのシャツのボタンを片手で外していく、
そして恭子と同じようにブラを外すと、そのまま乳房同士が重なり合うように抱きついた。
「んっ……はぁっ♡……気持ち……いいね?
キョウちゃんは、胸のない男の人と抱き合うよりも、
こうして女同士やわらかいおっぱいを感じながら抱き合った方が良いって思えちゃうの」
「うん……、直美のおっぱい柔らかくて、とても気持ちがいいわ……」
恭子の本音だった。
今まで何度も交わしてきた直美との性行為に比べると刺激は小さかったが、
催眠状態の直美と愛し合うのに比べて、正気の直美とこうして触れ合っていた方が、精神的な気持ち良さは遥かに大きかった。
そのまま直美は恭子の唇に自分の唇をくっつけると、
舌を絡め合わせるディープキスを始める。
「ちゅうちゅう……ちゅぷっちゅぷっ……はぁ……ん……んむ、んむ、んむ…」
直美の舌の動き一つ一つに深い愛情を感じる。
「ちゅぱっ……はぁ……はぁ……どうかな……?
キョウちゃん。女の子の方が好きになってきた?」
元々、催眠術は長い時間をかけなければ効果が現れないものなのだが、
恭子は直美の言うことをそのまま肯定することにした。
「えぇ……好きになってきたわ…」
「ホント! 男の人と女の人、どっちが好き……?」
「……女の人の方が好き……そして…直美のことが大好きよ…」
「やったぁ~!」
そう言い、直美は恭子の背に手を回しギュッと抱きしめた。
恭子が直美の元を離れるのではないかと不安だったのだろう……
直美の身体が小さく震えている。
(これで解決かしら……ごめんね、直美……
もう二度とあなたを不安にさせるようなことはしないわ……)
恭子はそう考えながら、震える直美を軽く抱きしめた。
※※※
そうしてしばらく二人は抱き合っていたのだが、直美が徐々に泣き始めた。
(ホントはこんなことしちゃいけないことなんだよね……
キョウちゃんが本当に好きなのは誠なのに……
それなのに、あたしは……あたしは……)
直美は目的を果たすと我に返った。
恭子と抱き合うことによって冷静さを徐々に取り戻していったようだ。
途端に深い罪悪感が直美を襲う。
権謀術数な恭子と違って、本来直美は純粋で曲がったことが嫌いなタイプだ。
催眠術を使って恭子の心を無理やり自分に向けさせるなど、
絶対にしてはならないことだと気がついたのだ。
「うっ…うっ……あぁ……ぁぁ……あたしは……あたしはなんてことを……
ごめん……キョウちゃん……やっぱ今のなしっ!
キョウちゃんは誠のことが好きで、女の子より男の子の方が好きな普通の女の子なの!」
顔を真っ赤にして、涙を流し恭子に向って言い放つ直美。
恭子はそれを聞き、
信じられないことが起こったかのような絶望めいた顔をした。
直美は顔を俯かせ深呼吸をする。
心を落ち着かせ、呼吸を整えると、そのまま暗示を続けた。
「ふつうの……うぅぅっ…………
ふつうの……ぐすっ……おんなのこ……なの……
……だから………だからぁっ!」
ゆっくり顔を上げて恭子の目を見つめる。
溢れ出た涙で顔をくしゃくしゃにさせているが、
その目は慈愛に満ち、笑みを浮かべていた。
「……幸せに……なってね……キョウちゃん」
その言葉に恭子は深淵の底に突き落とされたかのような衝撃を受けた。
直美は催眠術で恭子の心を変えたことを深く反省し、方針を180度転換したのだ。
自分が恭子と一緒になることよりも、
恭子が本来好きな人と一緒になり、幸せになることを願った。
今まで湧き上がる罪悪感を抑えつつも、
直美を無理やり自分のものに変えようとしてきた恭子にとって、
直美の行動は耐えがたいものであった。
催眠時の表情を崩さないようにしていたが、
恭子は心の底から溢れ出る涙をどうしても抑えることができなかった。
恭子の目からも涙がこぼれ出る。
(うぅぅっ……こんなのって……こんなことって……
どう耐えろというの……こんなに苦しいことをどう耐えろというの……
直美は、私のために私のことを諦めようとしているのに、
私は直美と誠くんの幸せよりも、自分の幸せを優先してしまった……
今まで何度も二人を傷つけてしまった……
今だって直美のことを傷つけている……
でも後には引けない……誠くんをあんな風に変えてしまった今……
もう後戻りなんてできないのっ! 私はこのまま突き進むしかないのっ!
計画を中止だなんて絶対できないわ!)
恭子は必死に耐えた。
元から自分で選んだ道だ。
間違ったことをしているのは最初からわかっていた。
2年以上もかけてきた催眠術……二人とも気絶中の催眠も受けている。
これから元に戻すにしても同じくらいの年月を、
いや、もしかすると、もっと長い時間が必要になるかもしれない。
それに加え、二人を元に戻すということは、直美を諦めるということ。
恭子は直美のように、
愛する人を諦めて愛する人の幸せを願うほど心の強い人間ではなかった。
ここに来ても、恭子は直美を諦めきれなかった。
その気持ちがある限り、直美のことも、誠のことも元に戻すことはできないのだ。
「キョウちゃん……どうして……泣いているの……?
もう催眠は終わりにしよ? 目を覚まして、キョウちゃん」
直美にとってそれは、
単純に催眠術を終えて恭子の目を覚まさせるための言葉だった。
もちろん同じ意味で恭子も捉えていたが、
同時に恭子は『催眠術そのものを終わりにしよう。目を覚まして正しい道に進もう』と、直美に言われているような気持ちになってしまっていた。
(できない……できないの……
ごめんなさい……直美。……私は……それができるほど……強くない……)
直美を手に入れなければ、自分は絶望して死んでしまう。
他人にいくら自己中心的と思われようが、どんなに批判されようが、
このことだけはどうしても諦めることができない。
恭子は正しい道について考えることを一切やめることにした。
(とにかく直美が目を覚ますように言っている以上、
このまま催眠にかかっているわけにはいかないわ……目は覚ますのは良いとして……)
直美と恭子はスカートを履いてはいるものの、上半身は何も身につけていない。
直美は恭子に目を覚ますように言っているが、目を覚まさせた後のことは何も考えていなかった。
恭子はこの状態で目を覚ましたことにして、どう反応したら良いのかわからないでいた……