冬も深まる二月、直美と恭子は、
試験の結果を知るために○×大学の校外掲示板前にいた。
二人以外にも大勢の受験者が、合格発表を今か今かと待ち望んでいた。
今の時代、わざわざ受験校まで来て合否の結果を見に行かなくても、
ネットを使えば、すぐに結果が分かるものなのだが、
直美が一人で見るのが怖いというのと、
テレビでよく見かける合格発表の雰囲気を直に味わってみたいという理由で、恭子を誘ってわざわざ電車で一時間もかかる○×大学へと来ていたのだ。
数名の学校関係者が、大きな紙を手に掲示板前にやってきた。
慣れた手つきで、その紙をボードに貼り付けていく。
「キョウちゃん……あたし、すごい緊張してる……あたしの番号あるかな?」
不安気な表情で、恭子に話しかける直美。
「大丈夫よ。見直ししてみたら、十分合格点いってたでしょ? 心配しすぎよ」
「だって~……もしもってことがあるじゃん。
答え書く欄を間違えてたってこともあるかもしれないし……」
恭子は、そんな馬鹿な間違いをする人がいるわけがないと思いつつも、
直美ならもしかしたら……という気持ちになった。
「……きっと大丈夫よ。過去問でも欄を間違えてたことなんてなかったでしょ?
あっ、もし合格したとしても、こんな大勢の人がいる前でキスしようとしないでよ?」
「え! ダメなの? わかった……、我慢する~」
直美を落ち付かせようと冗談を言ったつもりだったのだが、
するつもりだったと聞いて、冷や汗をかく恭子。
『それでは、みなさん。
大変混み合っており危険ですので、押さずに結果をご覧ください。』
発表用紙を貼り終わり、作業員が掲示板の前を離れる。
前から順番に合格結果を確認していく受験者達。
(もし、直美の番号がなかったら……
滑り止めの大学なら、直美も合格してるし、
いざとなったら、そっちに移るしかないかしら…)
恭子は当然自分は合格しているものと思っていたが、
先程の直美の言葉を聞き、直美が合格しているかどうか不安になっていた。
滑り止めの大学は、本命の○×大学よりも若干偏差値が下がる。
恭子の学力からすると、低すぎる大学ではあったが、直美と一緒に通うためなら仕方がないと思っていた。
恭子は直美よりも先に、自らの受験番号を見つける。
当然の結果に何も感じることはなかったのだが、
そこで直美の様子が少しおかしいことに気付いた。
「901…902…905…910……
あれ……? ないよ……? 909番がない……」
直美が青ざめた顔で掲示板を見ている。
(まさか、本当に……?)
「そんなわけないわ……もう一度、番号を確認して」
「何度確認しても無いみたい……
キョウちゃん、あたし落ちちゃった……
ごめんね…あんなに勉強手伝ってくれたのに……」
直美が泣きそうな顔で、恭子に番号用紙を渡してくる。
神妙な面持ちで、直美の受験番号を確認する。
「……直美……、これ番号逆さまよ……」
「えっ!?」
「直美の受験番号は、909番じゃなく606番よ。もう一度確認して」
「あっ!? ホントだぁ!」
恭子は、若干呆れ顔で番号用紙を返す。
慌てて、隣の掲示板に番号を確認しに行く直美。
受験時の番号と、合格発表時の番号は同じで、普通間違えるはずはないのだが、直美は別のものと思っていたらしい……
「598…601…603…605…606……606!!!
キョウちゃん。番号あったよ! やったぁ~!!」
直美が満面の笑みで恭子に抱きつく。
「ありがとう、キョウちゃん!
これも全部キョウちゃんが手伝ってくれたおかげだよ!!」
「そんなことないわ。直美がやる気を出して勉強をした結果よ。
私が手伝っただけじゃ合格できなかったわ」
直美が自らの胸を、恭子のそれに押し付け、より深く密着する。
(ありがとう、キョウちゃん。本当に大好き。愛してる…)
去年の10月、催眠中に直美と恭子が初体験を済ませてからというもの、
直美は恭子の家に泊まりに行く週末以外は、
恭子のことを思って毎日オナニーをしていた。
直美は気づいていなかったが、恭子の家で催眠を受ける際は、
必ずお互いの身体を求め合い、幾度となく果ててしまっていた。
そのため、普段直美の方からキスのマネごとをしたり、
抱きついたりするのも、半分本気の思いがあった。
直美は既に恭子のことを親友としてではなく、愛する存在として見ていたのだ。
「直美……そろそろ良いでしょ? ちょっと長過ぎよ?」
「だめ! せっかく二人で合格した記念日なんだから、もっと抱き合うの!」
(まぁ、知ってる人があまりいないから別に良いんだけど、
だんだん好奇の目で見る人が増えてきて気になるわね……)
恭子も直美に抱きつかれたり、キスされそうになるのは嬉しかったのだが、
あんまり大っぴらに公共の場で好意を示されるのも考えものだった。
それも正式に直美と付き合うようになれば収まるものと思っていたので、あまり気にはしてはいなかったのだが……
「直美、ちょっと話があるの、大事な話だから喫茶店に行きましょ?」
「大事な話? なんだろう…?」
二人は離れるとそのまま大学を後にした。
※※※
「ここ前にテレビで出てたところだよね!
ここのパンケーキすごい美味しいって評判で、一度食べてみたかったんだ♪」
「事前にネットでリサーチしたのよ。
せっかく○×市に来たんだから、美味しいもの食べなくちゃね」
「さっすがキョウちゃん。準備良い~♪」
○×市の有名店で、ご当地名物を注文する二人。
店員が注文を取り終え、店の裏に消えて行ったのを確認し、恭子は口を開いた。
「それで話って言うのはね」
「うんうん」
「せっかく同じ大学に通うんだから、
どこかで同じ部屋を借りて一緒に住むことにしない?」
「えっ!?」
恭子の思わぬ提案に、驚きの声をあげる直美。
「ちょっと声が大きいわよ…」
声量を一段下げて、直美に注意を促す。
「ごめん……キョウちゃんとあたしが一緒に住むの?」
「そうよ、直美が良ければだけど……
一人で別々のところに住むより家賃も安く済むし、
直美と一緒に暮したら楽しく過ごせると思って……どうかしら?」
「もちろんいいよっ! てか、すごい嬉しい♪
キョウちゃんと一緒に住めるの? やったぁ~♪」
直美は、目を輝かせ大学に合格した時以上の喜びを見せた。
「そんなに喜んでもらえて、嬉しいわ」
「うん! なんか大学合格した時よりも嬉しいかも?
今日は大学合格するし、パンケーキ食べれるし、
キョウちゃんと一緒に住めることになるし、なんだか人生最良の日って感じ♪」
「そうね。じゃあ食事終わったら、一緒に住む場所探しにいきましょ♪」
「りょうかーい♪」
それから二人は、不動産に物件を探しに行き住む場所を決めるのであった。
直美が最良の日と言っていた通り、二人はこれまでにないほど幸せな気持ちで一日を過ごした。
※※※
それから2週間後……
「えっ……? まさかそんな……」
学校の廊下にて、恭子は誠から衝撃的な話を聞かされていた。
それは、『誠が○○大学を落ちてしまった』ということ。
恭子の催眠術によって、集中力と自分への自信を失っていた誠は、
絶不調のまま試験を受けることになり、善戦することもできず不合格になってしまった。
「残念だけど、仕方がないよ……
これも全部、僕自身が調子を取り戻せなかったのが悪いんだよ」
暗い顔を俯かせ、静かに恭子に伝えた。
実際、誠の学力は、十分○○大学の合格圏内に入るものだった。
それは恭子が○×大学を合格するくらいの高い確率で、誰が聞いても落ちたことが信じられなといった内容だった。
(あぁ……なんてこと……これは全部、私のせい……
誠君が悪いんじゃないわ……直美と誠君が友達同士に戻った時点で、
もっとサポートをしてあげれば良かったのよ……
3人仲良く過ごせていたことで油断していたわ……
まさか誠君が○○大学を落ちてしまうなんて、本当に最低ね…私は……)
取り返しのつかないことしてしまい、
恭子は誠に対する自責の念と、己への嫌悪感により苦悩の表情を浮かべた。
(僕なんかのために、こんなに真剣に悲しんでくれるなんて……恭子さんは本当に友達思いだな…)
そんな恭子の内心を知らない誠は、落第の報を聞き、
恭子がまるで自分のことのように悲しんでくれていると勘違いし、
恭子に対し強い信頼と感動を覚えた。
「ありがとう……恭子さん。僕……すごく嬉しいよ……
大学に落ちちゃったのは残念だったけど、
恭子さんみたいな優しくて他人を思い遣れる素晴らしい友人を持てて、僕は本当に幸せだよ……」
自分に向けられた言葉。
事実を知っている恭子にとって、それはとても辛い言葉だった。
「……そんなことないわ……私は……最低な人間よ……
誠君が勉強の調子が落ちていたのに、何もしてあげられなかった……
ごめんなさい……誠くん。本当に……ごめんなさい……」
恭子は心から謝罪した。
事実を伝えることはできなかったが、
それは直美と誠が別れた時から抱えていた罪悪感が吹き出した形であった。
「ううん……恭子さんは、全然悪くないよ……
ねぇ、恭子さん。直美と恭子さんは親友同士なんだよね?
僕も……恭子さんのこと、親友と思ってもいいかな……?」
誠は、恭子の今の反応と、失恋中に快く相談に乗ってくれたこと、
直美の受験に恭子が全面的に協力しているのを知っていたこともあり、恭子と親友として一生仲良くしていきたいと思った。
恭子は反応に困った。
自分は誠に親友と思われるような出来た人間ではない。
むしろ、自分の欲のために二人を破局にまで追いやった人間だ。
本当は引き受けられるような話ではなかったが、ここで断るのは不自然な流れだと思った。
「……えぇ…いいわ……私と誠くんも今日から親友同士よ。
……よろしくね。誠くん」
「うん、ありがとう、恭子さん!」
心から喜び、にっこりとほほ笑む誠。
その表情を見て、罪悪感をさらに刺激された恭子は、
誠の顔を見ていられなくなり思わず抱きついた。
「え……? 恭子……さん?」
「親友同士の抱擁よ……
志望校落ちてしまって辛いでしょ?
こうして抱きしめて、慰めてあげるわ……」
「……そっか……ありがとう、恭子さん……」
恭子は中学校の時にレイプされかけてからというもの、男性が好きではなかった。
表面上は普通に振る舞ってはいたが、
本来なら身体に触れるなど考えられないことで、
ましてや自分の意思で男性に抱きつくなどあり得ないことだった。
今回、恭子が誠に抱きついたのは、
誠が女の心を持つようになり、嫌悪感が減っていたというのもあるが、
恭子の中に起こった心の変化、湧き上がった思いが原因だった。
(ごめんね……誠くん……
こんな純粋な誠くんに嫌悪感を持つなんて許されることじゃないわ……
本当に嫌悪感を持たれなくてはいけないのは私の方……
親友同士……一生あなたに償い続けるわ……)
この2年半あまり、催眠により直美と誠の本質は大きく変わることになったが、
催眠をかけ続けた恭子自身の本質も大きく変化していた。
この抱擁は、誠のことを他の男性とは一線引いた存在として扱うという恭子の決意の表れでもあった。
そんな恭子の思いも知らず、
誠はまるで聖母にすがるかのような気持ちで、恭子の背中に手を回した。
しばらくの間、二人は恋人同士のように抱き合っていた。
※※※
「……」
そんな二人の様子を遠くから見つめる者がいた。
「誠とキョウちゃんが抱き合っている……一体……どういうこと?」