冬の訪れをひしひしと感じるようになる12月。
街は、粉のようにさらさらした雪が降り始めるようになり、
世間はクリスマスと正月のイベントの準備を始めていた。
直美と誠が別れてからというもの、
誠は一人で恭子の家に遊びに来ることが多くなった。
それは催眠術を受けて気持ちが楽になるという側面もあったが、
単に恭子と遊ぶのが楽しいからでもあった。
同じように、恭子の気持ちもだんだん変わってきていた。
当初は誠に対して男性に感じる嫌悪感を持っていた恭子だったが、
今ではそれも弱まり、友達として良き関係を築けていた。
直美への催眠が一段落して余裕が出てきたのも、
恭子と誠の関係が良くなった理由の一つである。
誠は男性ではあるが、中性的な顔立ちで、
今まで自慰行為などの痴態を見慣れていたこともあり、
他の男性とは比較にならないほど、身近に感じられる存在となっていた。
この日もいつものように誠は一人で恭子の家へ遊びに来ていた。
※※※
「じゃあ最近は直美も元気なんだね、よかった」
「そうなのよ、もうこれでもかってくらい元気」
誠は直美の様子を恭子から聞くと、安心したように足を伸ばし、紅茶を一口飲んだ。
別れたとはいえ、誠にとって直美が大事な人であることに変りはなかった。
また直美の方も、誠を一人の人間として好きだという気持ちは変わりなく、
避けてはいたが、どこか気にかけている様子でもあった。
ここにきて、恭子は二人が再び仲良くなるのは別に構わないと思っていた。
直美は既に女同士の性愛を受け入れており、
二人の仲をこれ以上引き離すのは意味のないことだったし
恭子自身も二人に対して、多少なりとも引け目を感じている部分があったからだ。
(二人が仲良くなるのは構わないわ。でもそれは別の形で……)
恭子は誠の前で長い髪を結わえ、
結んだところをバレッタで止めようとしたところだった。
ふと、誠を見る。
(……)
じっと見つめる恭子に気づいた誠が、不思議そうに尋ねる。
「どうしたの?」
そこで恭子は、前から考えていたことを口にした。
「誠くんって…女装が似合いそうな顔してるよね」
「へっ?」
誠はまったく予想していなかったことを恭子から言われ、目を丸くした。
「いや、綺麗な顔してるから、つい……お化粧してあげたくなっちゃうなーって」
恭子はそう言うと、ばれない程度に誠の様子を伺った。
「えーそうかなあ、自分ではわからないけど……」
誠は右手で頭をぽりぽりとかくと、
恭子の前に置いてあった手鏡を持って自分の顔を覗き込む。
驚いてはいるが、綺麗な顔、と言われて満更でもないらしい。
恭子はさも今思いついたかのように「そうだ」と言うと、
自分の髪に付けたばかりのバレッタを外し、誠に差し出した。
「ちょっとこれ、付けてみてよ」
そう言うと、誠が何かを言う前にバレッタを持っていき、
誠の顔にかかる前髪を耳にかけさせバレッタで留めた。
「え~すごい似合う!」
恭子は黄色い声で誠を褒めた。
実際、男子高校生の制服と、化粧を施していない顔にバレッタは多少ちぐはぐな感じもしたが、似合っているのは嘘ではなかった。
誠は持っていた手鏡で自分の姿を確認し、
前髪の具合を少し整えながら「そうかなあ」と言った。
「でもやっぱり、似合わないよ。こんな服装だしね」
誠は口では否定しつつも、
斜めの角度から自分の顔を除く姿は少し嬉しそうだった。
そこで恭子はすかさず考えていた言葉を口にした。
「ねえ、私の服着てみない?」
「えー、そこまではちょっと…」
「いいじゃん、ちょっと合わせてみるだけだから、お願い!」
「ん~どうしようかなあ……」
誠は悩んでいる様子だった。
誠は催眠で女装に興味を持たされてはいたが、
すんなりと恭子の提案を受け入れるのは恥ずかしいのだろう。
「私の服を着た誠くんの姿をどうしても見てみたいの、ダメ?」
両手を合わせてお願いのポーズをする恭子。
そんな恭子の態度に、受け入れやすくなった誠は、
視線を逸らしながら返事をした。
「いつも相談に乗ってもらっているしなあ……
催眠もかけてもらったり、お世話になってるし……わかった、合わせるだけだよ?」
誠が言い訳くさく言うと、恭子も待っていたとばかりに肯定した。
「やった~、誠くんありがとう! 普段から人助けはしておくものね」
恭子は大げさに喜ぶとクローゼットに駆け寄った。
「こうなったらとびっきり可愛くしてあげるね!」
「え~いいよ、適当で……」
誠は口ではそう言いながらも気になるのか、恭子の後ろからクローゼットを覗いていた。
「あ、だめ! 女の子のクローゼットは覗いちゃだめなんだよ! そこで待ってて」
恭子が笑いながらテーブルを指すと、誠はいそいそと元の位置に戻っていった。
恭子は実際わくわくしていた。
あれだけアクセサリーが似合うのだ、きっと誠も自分の女装姿を気に入るに違いない。
「はい、これね!」
恭子が選んだのは偶然か、
誠がいつか見た夢で着ていたコーディネートそっくりな服だった。
袖とウエストのところを絞ったデザインの白いトップスに、茶色いミニのタイトスカート、靴下はふちにレースがついた短いものだった。
誠はそれを見ると、少し動揺した。
選ばれたコーディネートがあまりにも可愛いものだったという理由もあるが、どこかで見覚えがあったからだ。
それに、少し気持ちが高揚している自分がいた。
最近気になっていた、女の子の服をこれから自分が着るのだ。
誠はそこまで考えて首を振った。
女の子の格好をするなんて恥ずかしいことだ。自分は「渋々」これを着るのだ。
「はい、じゃあ私廊下に出てるから、着替えたら呼んでね」
恭子はそう言うと、服一式と誠を残し、部屋を出て行ってしまった。
残された誠は、様々なことを考え複雑な気持ちだったが、意を決して制服を脱ぎ始めた。
※※※
「もーいーかい?」
恭子が部屋の外からかくれんぼのように聞く。
「あ、ちょ、ちょっと待って」
誠は慌ててスカートのチャックを上げると「もういいよ」と恭子に言った。
恭子がノックしてからドアを開ける。
そこには顔を赤くして、どこかもじもじとした様子の誠が立っていた。
そして、誠はやはり、女装が似合っていた。
恭子は初めて見たかのように大げさに目を丸くすると、誠を褒めちぎった。
「誠くん…いやマコトちゃん! すごい可愛いよ!」
マコトちゃん、と女子のように呼ばれた誠は動揺したように笑うと、
「ちょっとその呼び方は…」と恥ずかしそうに言った。
「女装したときだけ、こう呼んでもいいでしょ?」
恭子がそう押し切ると誠は「じゃあ…」と言って受け入れた。
「それにしても、どうなのかなあこの姿」
誠は俯いて自分の姿を見ながら照れたように言う。
どうやら恭子が心配していたような女装に対する嫌悪感はあまり感じていないらしい。
「よし、じゃあもっと可愛くしてあげる!」
恭子は困惑する誠をテーブルの前に座らせると自分の机から大きな箱を持ってきた。
「なに、これ…?」
「これはね、メイクボックス。今から最高に可愛くしてあげるからね」
恭子は誠に有無を言わさずメイクを始めた。
「今日は全体的にベージュのコーディネートだから、アイシャドウはピンクベージュかな~」
恭子は楽しさを隠さずにメイクをしている。
誠は動揺の中に確かな喜びを感じていたが、自分の気持ちをごまかしながら恭子のなすがままにされていた。
(自分は渋々女装をしているんだ)
呪文のように心の中で繰り返していると、恭子から様々な指示が飛んでくる。
「はい、下まつげ塗るから目線上ね」
「はい次目閉じて」
「じゃあ口を半開きでお願い」
恭子は最後にヌーディーな色のグロスを塗ると立ち上がり、クローゼットの横からスタンドミラーを持ってきた。
「はい、見てみて?」
恭子は誠を立ち上がらせ、スタンドミラーの前に立たせると、自分は誠の後ろに回り、一緒に鏡を覗いた。
「え…うそ……」
誠は大きな目をさらに大きくして鏡の中の自分を見た。
ベージュを基調としたコーディネートに、ピンクでまとめたメイク、髪の毛はストレートアイロンで伸ばし、耳の横にはあのバレッタがとまっていた。
誠はしばらく鏡を凝視していた。
その反応は当たり前だった。もともと綺麗に整った顔に、学年一の美女がメイクを施したのだ。誠は、一言で表すと綺麗な女性そのものになっていた。
「マコトちゃん、すっごい綺麗…!」
恭子が黄色い声で沈黙を破る。
「こんなに似合うなんて思ってなかった、ウィッグもつけてないのに女性に見えるなんて、女装にすごく向いてるんだね!」
「…女装に…向いてる?」
「そう、すごい似合ってるよ!」
誠は恭子と鏡を交互に見て、やはりまだ、驚いているようだった。
元々の面影はあるものの、まるで別の人生を歩んできたかのような美女が鏡の中にいる。
自分の動きに合わせて動くその姿に、誠はとても不思議な気持ちになった。
鏡を見てぼーっと立ちつくしている誠。
恭子はちらりと時計を見ると「もうこんな時間だね」と言った。
「今日もこれから催眠、する?」
「あ、できれば…お願いしたいかな」
誠が遠慮がちに言うと、恭子はもう一度時計を確認するそぶりを見せてから言った。
「メイク落としてからだと時間が足りないから…今日はこのまま催眠しない?」
恭子はいかにも自然に誠に提案する。
「うーん…そうだね、じゃあそうしようかな」
誠もすぐに元に戻るのはもったいないと思ったのだろう。
恭子の提案にそのまま応じ、女装姿のまま催眠を受けることにした。
直美と誠の新しい関係を築くため、
恭子の試みは次の段階に入ろうとしていた。