誠は悩んでいた。
以前に比べ露骨に避けられることはなくなったものの、直美は声をかけても短い返事をしてどこかに行ってしまい、全く相手をしてくれなくなったのだ。
誠は避けられる理由をあれこれ考えていた。
一つ挙げるとすれば、
直美に何も伝えず恭子の家を訪問しているからだろうか?
もちろん恭子のことが気になるからではなく、
あくまで直美について相談しているからなのだが、どこかで直美にそのことが伝わり、誤解させてしまっているのかもしれない。
……でも、もし本当にそのことを気にしているのだとしたら、恭子のことも避けるはずだ。
最近の直美の様子を見る限りは、恭子とは仲良くしているように見える。
むしろ仲が良過ぎるくらいで、見る人が見れば、その関係性を怪しむくらいだ。
誠と恭子が会っていることについて、直美が知っている可能性は低いが、
直接、直美に話してみるのも一つの手だった。
しかし『直美に内緒で』と言われている以上、
恭子に許可を貰ってから行くべきだろう。
こんな状況下でも、誠が冷静でいられるのは恭子のおかげであったし、
誠に恭子を出し抜いて、直美に真相を話す理由など何もなかったからだ。
恭子は誠にとても協力的で、最近の直美の様子や心情について話してくれた。
恭子の話では、直美は特に誠のことを嫌っている訳ではなく、
受験のことを気にしていて、誠と遊びたくならないように”誠断ち”をしているとのことだった。
なんとも直美らしい理由だ。
直美からも勉強に集中したいと話を受けていたこともあり、最初はそれほど気にしていなかった。
だが、最近の直美の反応を見ると、それだけではないように思えてくる。
やはりもう一度、恭子に相談してみるべきだろう。
その日、誠は恭子にラインを送り、会う約束を取り付けた。
※※※
「いらっしゃい、誠くん。待ってたわよ」
私服に着替え、笑顔で出迎える恭子。
恭子の普段着は色の組み合わせや着こなし方など、所々からセンスの良さを感じさせる。
学校での大人しいイメージとは違い、私服姿の恭子は大人っぽい雰囲気を醸し出していた。
「私の部屋に上がってて、すぐ御菓子と紅茶持ってくるからね」
「気を使ってもらわなくても大丈夫だよ。いつも御馳走してもらってなんだか悪いし……」
「いいの、気にしないで。
私が出したくて出しているだけなんだから、それにもう二人分用意しちゃってたしね!」
恭子はそう言うと、いそいそと台所へと行ってしまった。
(恭子さんは本当に良い人だな……)
誠はそう心の中で思うと、そのまま恭子の部屋へと移動した。
※※※
「それで今日の相談って何かしら?」
「うん、それなんだけどね……」
誠は直美について考えていることを話した。
直美が自分と恭子との関係を疑っているのではないか、本当に受験のことで自分を避けているかなど、思い当たることは全て話した。
「なるほどね……直美が私たちが会っていることを知っていて、怒っているかもしれないってことね」
恭子は少し考えるような顔をしてから口を開いた。
「誠くんは私よりも直美との付き合いが長いからわかると思うんだけど、直美って結構単純な性格よ?
そんな単純な直美が何か抱えてて、
外から見てわからないことがあるとするならば、
それは直美自身もよくわかっていないことじゃないかしら?」
「というと……?」
「う~ん……例えば、宇宙人に攫われて、洗脳されちゃったとか?」
誠はガクっと倒れそうになった。
恭子は、フフフと笑みを浮かべる。
「まぁ、今のは冗談だけど、直美が私たちが二人で会っていることを知っていたとしても、そこまで疑わないと思うわ。
それに知られたところで、
私たちに疾しいことなんて何一つない訳だし、堂々と伝えることができるわよね」
「じゃあ正直に話しても良いかな?」
「タイミングの問題ね。
実際問題、まだ直美が何が原因で誠くんを避けているかわからない以上、こちらから接近するのは危険だと思うわ。
私なら毎日直美と接しているから、折を見て本当はどうなのか聞いてきてあげる」
「ありがとう! 恭子さん。そうしてもらえると助かるよ」
「任せて。
ところで……そろそろいつものしてみようか?」
話が一段落したところで、誠はいつものように催眠をかけてもらうことにした。
※※※
誠を催眠によって寝かせた恭子は、しばらく考え事をしていた。
さすがに最近の直美の変化は急過ぎるものがあった。誠が不審に思うのは当然である。
直美がなぜ誠を避けるのか、本当のことを知っているのは恭子だけなのだが、
実のところ、恭子には誠を安心させるためのそれらしい理由を考える必要などなく、
先程の約束も、直美になぜ誠を避けているのか普通に聞けば良いだけのことだった。
直美はおそらく、なぜかわからないけど気分が悪くなるから避けているとしか答えないだろう。
恭子は何一つ嘘を言うことなく、それをそのまま誠に伝え、あとは自分で考えさせれば良いだけなのだ。
誰も催眠術によって、直美が変化しているなどと思うはずがない。
誠にしたって、催眠術を単なるリラクゼーション効果のある精神治療程度にしか思っていない。
万が一疑ってきたとしても、そんな魔法みたいな効果があるわけないと突っぱねることは十分可能だ。
確証のない誠はそのまま引き下がるだろうし、
第一、恭子が直美を愛していることなど誰も知る由もなく、おかしな催眠術をかける動機付けすら満足にすることはできないだろう。
どう転んでも、恭子は直美の親友としてのポジションを維持しつつ、
直美への催眠を深化させていけば、目的を達成できるのだ。
恭子は自分の現状の立ち位置を確認すると、誠への催眠を開始した。
※※※
「あなたはすぐに以前のように直美と仲良くなれるわ。
ここ最近の直美は誠君を避けているけど、それは一時の気の迷いよ。
あんまりしつこくすると嫌われちゃうわよ? 追求するのはほどほどにしましょうね」
いつも通り、気を楽にする催眠をかける恭子。
誠にとっては何の解決にもならない催眠。
恭子にとっては、直美の催眠を深化させる時間を稼ぐために必要な催眠だった。
もう何もすることはないのだが、急に催眠の時間が短くなると不自然なので、
恭子はぼんやりと誠を眺めて過ごしていた。
(…………)
恭子は誠に対して以前ほど嫌悪感を持たなくなってきていた。
度重なる自慰調教によって、慣れてきていたのもあったが、
誠は一般的な男性と比べて中性的で、誰にでも優しくできる姿勢には尊敬の念を抱いていたほどだ。
恭子は内心、誠が自分の家に来ることを喜んでいた。
とても小さなことだが、普段誰もいないこの家で、
こうして他の誰かと食事ができるのは恭子にとってささやかな楽しみだった。
もちろん誠よりも直美と一緒にいた方がずっと楽しいのだが、
家族団欒を味わったことがない恭子にとって、それに似た雰囲気を自分の家で味わえるのはとても貴重なことだったのだ。
恭子が誠を笑顔で出迎えたのも、
御菓子や紅茶を用意したのも、恭子の素の感情が表に現れた形だった。
例え恋敵であろうとも、
恭子の家を訪れてくれるのは誠と直美の二人だけなのだから……
※※※
恭子は眠っている誠を見てふと思った。
もし直美との関係さえなかったら……
誠とはもっと親しい友人になれたのではないだろうか?
恭子にとって、こんなに優しくて、
一緒にいて落ち着ける人は直美以外では珍しく、
今まで出会ってきたどの男性とも違って、誠は裏表なく接してくれる信用のおける人物だった。
しかし、依然として直美との恋人関係は続いており、
今はたまたま距離を離すことに成功をしているが、いつまた元の関係に戻ってしまうかわからないと、恭子は心配していた。
(念のため、他の女性へ興味を持たせる催眠をかけてみようかしら? いや、それよりも……)
『男の人に興味を持たせる催眠をかけてみるのはどうかしら?』
誠に男性を好きにさせる。
その方が、他の女性を好きにさせるよりも、直美との距離は広がるはずだ。
そもそも好きになる性別が変わるのだから、女性である直美と付き合おうと思うはずがない。
中性的な顔立ちもしているし、女性としての自分に目覚めさせれば、
今よりも気兼ねなく、友達として誠と付き合っていけるかもしれない。
そこまで考えると、恭子は大きく深呼吸をした。
これから目の前にいる誠の心を変化させるのだ。
恭子はなんだかわくわくとしていた。
※※※
まずは手始めとして、恭子は誠に女性の服を着ることに慣れさせることにした。
突然、女物の服を着てくださいと頼まれても、大抵の男性は断るはずだ。
恭子は先に男女兼用のユニセックスなビジュアルの服を着せ、徐々に女性らしい服装に慣れさせていくことにした。
恭子は基本的に一人で、この一軒家に住んでいるものの、
社会的地位の高い両親から送られてくる仕送りの額は、高校生の恭子が持つには多すぎるほどで、
洋服ダンスにはデパートやショッピング街・通販などで購入した服が大量に保管してあった。
気になるのはサイズだが、男性の平均身長に比べて、誠の身長は若干低く、
また肩幅もすらっとして狭かったので、合うものが十分揃っていた。
※※※
初めは中性的な服を着る事にも、渋る表情をしていた誠だったが、
恭子が、「誠くんはいつも催眠かけてもらったり、相談に乗ってもらっているのに、私のお願いは聞いてくれないの? もちろん聞いてくれるわよね?」と言うと、困った顔をしながらもコクリと頷いた。
そして誠が言われた通り着替えると、
恭子は「キャー! すごいよく似合う! 誠くんカッコイイね!」と大袈裟に褒めちぎった。
誠は自分の服装に違和感があったが、美人の恭子にベタ褒めされて満更でもない様子だった。
※※※
次の日。
恭子は誠と約束した通り、直美に理由を尋ねそれをそのまま誠に話した。
誠は納得のいかない様子だったが、
恭子から「この問題はじっくり解決していきましょ」と促され、
引き続き恭子を相談役として、直美と仲直りする方法を模索していくことにした。
※※※
それからの数日間は、最初と同じように催眠をかけていった。
恭子は中性的な服を着せる合間にも、女物のアイテムを加えていった。
それに対し、誠が難色を示すと、
「男性モデルの中には女性用のアイテムをアクセントとして使う人もいるのよ?
センスの良い人だったら、みんなしていることだから別におかしなことじゃないの」と説得し、女物のアクセサリーを誠に身に付けさせていった。
実際、恭子は昔からファッション・アパレル業界への関心が高かった。
恭子自身の素質の現れでもあったのだが、母親がイタリアで自分のブランドを立ち上げ成功している人物であることも影響していた。
恭子は幼い頃、母親がスケッチブックに案をまとめている様子を間近で見ていた。
そのおかげか、恭子は服飾のデザインを考えるのが得意で、よく自前のノートに案を綴ったりしていた。
直美も誠も、恭子のプロ顔負けのデザインを見せてもらい驚嘆したことがあった。
そのような経験があったため、余計に恭子の暗示は効果があったのだ。
誠も、そんな恭子にベタ褒めされ、
ほぼ女物の服を着ているにも関わらず、気分を良くしていた。
おそらく催眠状態になくとも、
恭子に促されれば女性物のアイテムを身に着けていただろう。
※※※
そうした暗示を繰り返したある日、
ついに恭子は誠を完全に女装させることにした。
なるべくゆったりとしたサイズのAラインワンピースを引き出しから取り出し、誠に渡す。
それを受け取った誠はそれを床に置き、
おもむろに立ち上がって着ていた制服を脱ぎ始めた。
恭子は最近慣れてきたのか、誠の裸を見ても平気になってきていた。
もともと中性的な身体つきだ。
胸の小さな女性だと思えば嫌悪感も少ない。
誠は制服を脱ぎ終わると、
置いていたワンピースを手に取り背中のチャックを下ろして頭から被った。
袖を通すと恭子に背中を向けていたため、恭子はそのまま背中のチャックを上げてあげた。
誠が振り返ると、恭子は目を丸くした。
「なにこれ……誠くん……綺麗……」
恭子は思わず両手で口を覆い、声を出していた。
胸の膨らみこそないが、誠のワンピース姿は髪の短い女性そのものだった。
一般的な男性より狭い肩幅、開いた首元から見える白い鎖骨、ちょうど見え隠れする膝は綺麗で、そこから伸びる脚は健康的な女性のそれと変わらない形をしていた。
もともと筋肉のつき方が一般的な男性とは違うのだろう。
体から出る雰囲気と中性的な顔立ちも相まって、誠は一言で言うと「綺麗」そのものだった。
恭子は部屋の隅にあったスタンドミラーを持ってくると、誠の前に置いた。
誠も初めてみる自分の女装姿に驚いたのか、少し動揺しているようだった。
「どう? あなたってこんなに綺麗でかわいかったのよ。まるで本当の女の子みたい。そう思うでしょ?」
誠は恭子の言葉に、遠慮がちに頷いた。
※※※
恭子は感動していた。
胸はないものの、これだけ綺麗なら、女性モデルとしても十分やっていけるのではないだろうか?
身長も女性にしては高く、スタイルも良い、いつか自分がデザインした服のモデルになってもらおうかと本気で考えてしまうほどだった。
誠は鏡の中の自分を恥ずかしそうに、しかしじっくりと見ていた。やはり自分でも似合うことがわかるのだろう。
恭子は誠にひとしきり自分の女装姿を観察させると、スタンドミラーを片付け、誠を元の制服姿に着替えさせた。
「どう? 女の子の服を着た感想は?
すごく楽しくて気持ちよかったでしょ?
あなたはまた女の子の服を着てみたくなるわ。また綺麗な自分に戻りたくなる。そうするとすごく幸せな気持ちになれるわ」
最後にそう暗示をかけると、誠の催眠を解いて帰らせた。
恭子は誠が帰った後、一人考えていた。
正直なところ、ここまでうまくいくとは思っていなかった。
この感じなら、次の催眠もスムーズにできるだろう。
(それにしても…きれいだったなあ)
学年でもトップクラスに入るほどの美女が綺麗というのだから、誠は本当に素質があったのだ。
まだ化粧もしていないし、女装と言ってもワンピースを着ただけだったが、少なくとも男性には見えない誠の女装姿を思い出し、恭子は一人微笑んでいた。
1話1話とっても丁寧に書かれてて、好感を覚えました。
ただ、時々抽象的な表現(例えば「ユニセックスな服」とか「女物のアイテム」って具体的になんだろう、「Aラインのワンピ」の色や柄は?)とか、想像できなくって。。。
でも、これからも楽しみにしてます(^-^)