次の日の朝、直美はいつもの通りを一人で登校していた。
ふと、後ろから駆け寄ってくる気配に気づく。
後ろを振り掛けると、誠がスピードを落として直美の肩をたたく寸前だった。
直美は驚いて誠の手を避けた。
「?おはよう、直美」
「…おはよう」
誠は避けられたことを少し疑問に感じたが、そのまま声をかけた。
直美は誠の顔を見ると、目を逸らした。
「…どうしたの、なんかあった?」
そんな直美の様子が気になったのか、誠が直美に尋ねる。
「ううん、なんでもない…あたし急いでるから今日は先に行くね」
そう言うと直美は駆け出して行ってしまった。
一人残された誠は首を傾げていた。直美の様子がいつもと違う。
後を追おうかと思ったが、気分が悪そうだったので一人にした方がいいか。
そう考えると、誠は学校に向かって歩き出した。
※※※
(どうしたんだろう、あたし)
直美は走りながら考えていた。
誠を見るとなんだか胸がムカムカして、気持ち悪くなる。
誠のことを考えただけで、今も少し気分が悪いのだ。
…おかしいな。お昼になったらキョウちゃんに相談してみようか。
直美は校舎に入ると、早足で教室に向かった。
「あ、直美、おはよう」
先に教室に着いて朝の準備をしていた恭子と目が合う。
その瞬間、直美の心がキュンっと反応した。
(あれ……? 今の何……?)
そう感じたものの、直美は体の調子が悪いものだと思い、特に気にしなかった。
「おはようキョウちゃん…」
「どうしたの? 顔、青いよ」
恭子は直美に駆け寄った。
恭子には大体の事情が読めていたが、何も知らないふりをして直美に尋ねた。
恭子が直美の背中を撫でる。
触られた瞬間、直美の背中にピリピリっとした甘い痺れが流れた。
「んっ……、あ、ゴホン。いや、ちょっと…お昼に話すね」
思わず出てしまった声を、咳をして誤魔化す直美。
直美は少し困惑していた。
今度は恭子を目の前にして、今までの気持ち悪さがすうっと消えていったからだ。
しかも背中を触れられているという事実に、少しドキドキしている自分もいた。
直美は恭子に礼を言って自分の席に着くと、大きくため息を吐いた。
(本当に変だ、どうしたんだろあたし…)
直美は困惑しながら、リュックを机の傍にかけた。
※※※
(うまくいってるみたいね)
恭子は思い出していた。
直美が昼休みに相談してきたのは、誠を見ると気分が悪くなるというものだった。
相談している最中の直美の表情は、明らかにいつもと違っていた。
まるで片思いをしている女の子のように、上目遣いでいじらしいのだ。
直美も自分がいつもと少し違うと感じているのか、
恭子に誤解されないように何度も目を閉じたり
顔の向きを変えて、調子を戻そうとしている様子だった。
『……気絶中の催眠の効果だろう。』
あの時、恭子は直美の心の深い部分と直接触れ合っていたのだ。
普通の催眠では決して引き出されない剥き出しの心。
気絶によって、表に晒されたその部分と、
恭子はキスをし、求め合い、生まれて初めてのオーガズムを共に経験した。
※※※
それ以後、誠と直美が二人でいるところを見かけなくなった。
今日も直美は学校が終わると同時に、恭子に二人で帰ろうと声をかけていた。
恭子がこれからのことを考えながら帰りの支度をしていると、
同じクラスの男子に呼び止められた。
「甘髪さん、桐越が呼んでるけど」
「ああ、ありがとう」
「……誠がキョウちゃんに何の用があるの?」
直美は少し不機嫌そうな顔で言った。
「ごめんね、直美。
誠くんと○○大学の入学試験のことで先生に呼び出されてて、
今日一緒に帰れないのよ」
○○大学は、誠の目指している大学で、
日本全国でも一流に位置する難関大学である。
今の直美の成績では手も足も出ないほど難しい、雲の上のような存在であった。
「えー! キョウちゃん○×大学に一緒に行くんじゃなかったの?」
「もちろん直美と一緒に○×大学に行くつもりだけど、
親が必ず入れって言ってて……
入学試験までの間、入るふりだけでもしなきゃダメなのよ。ごめんね」
直美は恭子の家庭の事情はわかっていた。
中学からの付き合いだが、
恭子の家に行っても、一度も恭子の両親を見たことはなく、
そのことについて恭子から相談されたこともあり、辛い思いをしていることはよく知っていた。
「そうか、なら仕方ないね。また明日ね」
直美はとても寂しそうな顔をして帰って行った。
(直美・・・・・嘘ついてごめんね)
恭子は今後、誠と二人きりで会うのに同じ嘘をつき続けるつもりでいた。
二人の距離を離れさせることに成功はしたが、まだ二人は付き合っているのだ。
いつ何時、関係が元に戻ってしまうかわからない。
恭子は本気だった。自分の不安要素になるものは一切残さない。
決して油断をしない、過剰なまでの完璧主義、
心が落ち込んでいる時、
物事が上手くいかない時、それは心を蝕む存在となり恭子を苦しめたが、
物事が上手くいきそうな時、その考え方は何よりも強い恭子の味方になった。
恭子は直美の姿が見えなくなるのを確認すると廊下で待つ誠のところへ行った。
「恭子さん…」
「あら、どうしたの、そんな顔して」
「いや、今日も直美、先帰っちゃったんだね」
「え? ああ、そうみたいね」
恭子は何も知らないふりをしながら誠に尋ねる。
「なにかあったの?」
「いや…相談があるんだけど、今日も恭子さん家、行っていいかな」
恭子は微笑みたくなるのを我慢して頷いた。
※※※
誠の相談は、恭子の予想通りの内容だった。
『最近直美に避けられているが、なぜ嫌われているのかわからない』
誠が状況を理解できないのは当然のことだった。
事実を知っているのは、恭子だけだったからだ。
恭子は優しく相談に乗り、気を楽にするという名目で催眠をかけた。
実際は直美に嫌われていることをあまり気にならなくなるよう暗示をかけた。
目を覚ました誠は、少し気が楽になったことを喜び、礼を言って帰っていった。
恭子が直美に催眠をかけ始めて約2年
様々な失敗もあったが、恭子はついに直美と誠の仲を壊すことに成功した。