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霧の寝台

ガチ×ノンケ専門の官能小説 主なジャンル:GL BL NTR 催眠 調教 監禁 男の娘 女装

Part.119 【 黒き書に住まう者 】

割れたワイングラスが床に散らばっている。

傍らには拳を握り締め、
憤怒の表情を見せる小早川の姿があった。


「なんてこと……こんな……マコトちゃんがあの状況から、立ち直るだなんて……絶対にあり得ないワ!!」


順調にいっていた離間工作が、見事に打ち砕かれ、
小早川の怒りは、頂点に達していた。

彼はすぐさま管制室を出ると、現場へと向かった。

モニターを見ながらの遠隔操作ではなく、
直接暗示に切り替えるようだ。

歩きながら考える。

精神状態がボロボロのはずの誠が、
どうしてあんなに強い意志を保てたのだろうか?

男にレイプされ、恋人を寝取られ、浮気相手に殴られ、
そんな状態なら、声を出すことすらままならないはずだ。

これまでの経緯を無視した展開に、小早川は苛ついていた。

彼は部屋に到着すると、
倒れる三人の位置を元に戻し、認識阻害の暗示を掛けた。

同室内で暗示を掛ける際は、必ず行っている催眠である。
これで自分と黒服達の姿は、見えなくなったはずだ。


(ふぅー落ち着きなさい……。
こちらが有利であることに変わりはないワ……)


現状、堕とせていないのは誠だけだ。

三人の記憶を、真里が別れを告げた直後の状態に戻し、
暗示をかけ直してやれば、今度こそ別れを決めるだろう。

小早川はそう考え、
再度真里と萌に暗示をかけ、誠への嫌悪を強めていった。

そうして目を覚まさせられた二人は、
初めの頃より、さらに激しく誠を糾弾(きゅうだん)した。

だが、それでも誠は挫けなかった。
ひたすら無実を主張し、真里の心に訴えかけたのだ。

次第に真里も耳を貸すようになり、
やり直す前と、なんら変わらない結果を残してしまった。

〖別れを認めさせること〗が、〖誠の催眠のトリガー〗となっているのだから、上手くいくはずがない。


「なんでヨッ!……なんでうまくいかないのヨッ!!」


その実情を知らない小早川からすれば
あまりにも理不尽な結果である。

睡眠不足と空腹が追い討ちをかけ、
とうとう彼は、眩暈を起こして倒れてしまった。


「小早川様、もう止めましょう。これ以上は危険です」


黒服達が慌てて駆け寄り、身体を支える。

小早川は病人のように項垂れ、ブツブツと同じ言葉を繰り返していた。頬はげっそりと痩せこけ、目の周りは黒ずみ、まるで死神に取り憑かれたような酷い形相(ぎょうそう)となっていた。

忍を堕とし、萌を堕とし、真里まで堕とした。

ここまで万全を尽くしてダメなら、他にどんな方法を使ってもダメだろう。あまりの疲労とショックに、気を失いそうになる。

もっと力が欲しい、誠を堕とせるだけの力を……。
そう願った時、彼はあることを思い出した。


(そうヨ……今こそ、あの本を使う時だワ)


数年前、国立図書館で見つけた黒い本が頭に浮かんだ。
小早川の現在の富と権力を得るきっかけとなった本だ。

催眠スプレー、媚薬ローション、魅惑のお香、
小早川製薬で生産されたそれらの道具は、
全て黒い本で学んだ知識が元となっていた。


(もしかしたら、新しいページが増えているかもしれない……)


黒い本は新しいページを生み出す。

中身は全て読み終えていたが、
気付いたら次のページが追加されていることがあった。

そんなこと普通の本では、あり得ない。

小早川は、その不気味さから使用をなるべく避けてきたが、今回は違った。


「黒い本を持ってきなさい」

「ははっ!」


小早川は黒服に命じて、黒い本を取りに行かせた。
最終手段とも言えるこの方法に、彼は一縷の望みを託した。


※※※


悪魔召喚の儀式。

黒い本に追加されたページには、そう書かれてあった。

普段の小早川であれば、
そのような恐ろしい内容には、決して手を出さない。

しかし、冷静さを失っていた彼には、
ここで思いとどまれるだけの判断力は、すでに残されていなかった。


「小早川様……一体何をなさるおつもりでしょうか?」

「良いから、黙っていなさい」


アルコール度数の高い酒、金塊、血液、骨粉、朝顔の種、乾燥したマジックマッシュルーム。

それらは一時間もしないうちに集めることができた。

床に敷かれたB1サイズの光沢紙には、
大きな円と六芒星(ろくぼうせい)が印刷されており、
酒を初めとした六つの素材は、六芒星の角に配置された。

そして、その中心には黒い本が開いたまま置かれていた。

小早川は目を閉じて、本に書かれていた通りに祈った。


(Sky of nightmare……契約を望むワ。
アナタの力をアタシに貸しなさい。
マコトちゃんを、ニューハーフに堕とすのを手伝うのヨっ!)


小早川の奇行に、黒服達は顔を見合せている。

そこにいる全員が、
疲労とショックで頭がイカれてしまったと考えているようだ。

彼らは気付いていない。六芒星の周りに、黒と赤のおどろおどろしい影が漂っていることに。

小早川にだけは、それが見えていた。
影は徐々に範囲を広げ、部屋全体を埋めつくそうとしている。

そうして儀式が続くこと数分が経ち、
立ち込めていた影は、一気に本に吸い込まれていった。

そして、全てが飲み込まれた瞬間。

パタンッ!

本は閉じられた。


「!?」


本がひとりでに閉じられ、驚く黒服達。
黒煙が本の隙間から洩れ、再び本は開かれた。


(成功したの……?)


本の中から、人間の手が出てくる。
色白の細い手。透き通るような綺麗な指をしていた。

手、腕、肩と、それは徐々に全貌を見せ始め、ついに頭部が現れた。

キラキラ光るような銀色の髪。
風も吹いていないのに、なびくようなサラサラとした髪だった。

目を閉じたまま現れた悪魔は、小さな子供のようだった。
男だか女だか分からない中性的な顔立ちで、
人間離れした美しい容姿をしている。

事前に悪魔だと知らされていなければ、
天使と言われても信じてしまいそうな容姿だ。

悪魔は、先に出した手で床を捉えると、
本からのっそりと出て、気だるそうに座った。

体調が悪いのか苦しそうな表情をしている。


(これが本当に悪魔なの……?)


想像とはまったく違った悪魔の姿に、小早川は戸惑っていた。

こんな小さな子供。
とても願いを叶えられるだけの力があるようには見えない。

身長は140cmくらいだろうか?
全体的に細く、
産まれたばかりの小鹿のようだ。

小早川がまじまじと見つめていると、声が聞こえた。


《ありがとう、やっと外に出られたよ》


心に直接語りかけられているような奇妙な感覚に、小早川は身体をビクつかせる。

口を開いていないが、おそらくはこの悪魔の声。

悪魔はゆっくりと目を開いた。
オレンジ色の瞳に、瞳孔が猫のように楕円形をしている。
そこだけ見れば、少しだけ悪魔らしいと言えた。

それにしても弱々しい悪魔だ。殴れば一撃で潰れてしまいそうな見た目に、小早川は失望していた。


(なんなのヨ、こいつは……せっかくめんどくさい儀式までしたのに、これじゃあ何にもならないワ……)

《久しぶりに外に出たから、ダルいだけだよ。
願いは叶えてあげるから安心して》

(!? ……アナタ、心の声が分かるの?)

《うん》

(へ……へぇ、話が早いわネ……アタシの願いを叶えるって言うけど、アナタに本当にできるの?)

《うん、そこで寝ている男の子を、同性愛者にすれば良いんだよね? そんなの簡単にできるよ。でも起きたばかりでダルいから、とりあえず今回は助言だけで良いかな?》


悪魔であることはたしかなようだ。

小早川はこの子供に対する認識を少しだけ改める。
ひとまず口頭での支援に承諾することにした。


(えぇ、言いワ。でも願いを叶えるには、対価が必要なんでしょ? 先にそれが何なのか答えなさい)


本には召喚の方法が書かれているのみで、契約の内容については詳しく載っていなかった。

古き西洋の黒魔術では、悪魔と契約を交わした者は、
それ相応の対価を要求されるらしい。

昔テレビで見た内容だが、
その前知識から、小早川は警戒していた。


《対価? 何それ? いらないよ》

(は? そんなわけないでしょっ!
願いを叶えた後に、要求してきても払わないわヨ!)

《別に良いよ。ボクは願いを叶えるだけで、何もいらないから》


そんな都合の良い話、あるわけがない。
相手は悪魔。人を騙すプロフェッショナルだ。
こんな頼りない姿をしているのも、実は油断させるための罠なのかもしれない。

そんな小早川の心を悪魔は読む。


《何か危害を加えるつもりなら、この時点でやってるよ。
なんでわざわざ願いを叶えた後に危害を加えるのさ?》


悪魔は笑っている。
彼からすると、小早川の言動は意味不明であった。

人間同士の会話で例えるなら「テレビの見過ぎ」と揶揄される内容といった感じである。

人間達が創作した古書の文献など、
本物の悪魔には関係のない話であった。


(たしかに……でも本当に……?)

《どっちみち願いは叶えるつもりなんでしょ?
もうボクのこと呼び出しちゃったんだから、やれば良いじゃない。迷ってる時間が無駄だと思わないの?》

(……)


悪魔の言うとおり、迷うことに意味はない。
人外の力を持つなら、それをいつ行使しても良いはずだ。

それに悪魔を呼び出してしまった以上、すでに一線は越えている。

小早川は覚悟を決めると言った。


(わかったワ。マコトちゃんを堕とす方法を教えなさい)

《良いよ。あ、その前に名前を教えてくれる?》

(小早川 憲子ヨ)

《コバヤカワノリコ……長いね。コバでいいかな?》

(嫌な呼び方ネ。せめて下の名前で呼びなさい)

《下の名前?》

(のりこで良いワ)

《ノリコね、わかった。ボクはメア、よろしくね》

(えぇ……)


自己紹介を終えると、
メアは真里の前に移動して、振り返って言った。


《簡単な話なんだけど、この人を殺せば、誠は堕ちるよ》


人の生死など何とも思わない、
悪魔ならではの発想といったところか。

メアの気軽な提案に、小早川は度肝を抜かれていた。


《真里が死ねば、誠は心の支えを失って、精神がガタガタになるよ。そこを催眠で操ってやれば一発だよ》

(それはだめヨ)

《なんで?》

(アタシはマコトちゃんに本物のニューハーフになってもらいたいの。ただの操り人形じゃ意味ないワ。
100%催眠が解けないとは限らないし、アタシは素の状態の彼女がホモに目覚めるのを希望してるの)

《ずいぶんと回りくどいことするね。
じゃあ、真里が死んだことを知らせなければ良いよ。
それでも十分、堕とせるから》

(知らせないのに、殺す意味なんてあるの?)

《ボクには見えるんだけど、この二人には、強い結び付きがあるんだよ。運命の赤い糸って言うでしょ?

運命が二人に味方するんだ。
だからどんな手を使っても上手くいかない。
でも片方を殺してやれば、それも切れるよ》

(…………)


真里の殺害を勧めるメアに、
小早川は躊躇(ちゅうちょ)した。

彼はこれまで誘拐や詐欺などは繰り返してきたが、殺しにだけは手を染めたことがなかった。

元はどこにでもいるニューハーフバーのママなのだ。
殺人という一線を越えるには、それなりの覚悟が必要だった。

目的のために、殺人という一線を越えてしまって良いものだろうか……それを越えてしまったら、人として後戻りできなくなってしまうのではないか……?

そんな思いが、小早川の心を包んでいた。


《別にしなくても良いんだよ。この人達を解放して、他の人を狙えば良いんだから。世の中に人間なんていくらでもいるしね?》

(マコトちゃんは一人しかいないワ!
だから悩んでいるんじゃない!)

《じゃあ、決めるしかないね。いくら同性愛者に仕立てたところで、運命の結び付きを解かなきゃ意味がないよ。
どういう形であれ、真里は必ず誠と結ばれることになる》


メアはそう言うと、少し離れて椅子に腰かけた。


(こんな形(なり)をしてるけど、こいつは黒い本の化身……。
人智では辿り着けない知識を持っていると見て良いワ。
こいつの言う運命の結び付きが本当なら、
たしかに殺すしかないのかも……)


小早川は、決断した。


(わかった、やるワ……)
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