「ついに終わりネ……」
管制室で小早川は、そう呟く。
これまで抵抗を続けてきた真里達であったが、
ついに彼らは、小早川の催眠に屈したのだ。
濡れ衣を晴らす方法がない以上、
誠は真里を取り戻すことができない。
あとは心が折れて、部屋から出てくるのを待つだけだ。
「マコトちゃんが部屋から出たら、すぐに催眠を掛けるワ。催眠スプレーを用意して、入口で待機しておきなさい」
「ははっ!」
小早川は黒服達に指示を出すと、
テーブルのワインを手に取った。
ゴクゴクゴクゴク……
「ぷはぁぁぁー!!
なんて美味しいお酒なの。まさに勝利の美酒って感じネ♡」
程よい苦味と渋味、鼻腔を通る葡萄の香りが脳にひんやりとした刺激を与えてくれる。
喉を潤し、胃へ落ちると、アルコール特有の熱く痺れるような感触が、なんとも心地よかった。
小早川はそうしてワイングラスをゆらゆらと揺らすと、誠に目を向けた。
椅子に座り、咽び泣く彼の姿は、なんとも不憫であった。
小早川は自分が仕掛けた側にも関わらず同情した。
「あぁ……なんて可哀想なの、マコトちゃん。
こんな浮気の現場を見せられたら、トラウマになっちゃうわよネ?」
そう口ずさみながらも、ニヤけ笑いをする。
「でも安心して♡ あなたがそんな思いしなくて済むように、生粋の女嫌いにさせてあげるワ♡
あなたは女性が苦手で、話すのも避けるようになるの。
近寄らなければ、こんな嫌な思いをしなくて済むワネ♡」
生活に支障はきたすだろうが、
苦手になれば、好意を抱くこともなくなるはずだ。
そうして女性に不快な感情を抱くたびに、男性に慰めてもらえば、自らも男を求めるようになっていくだろう。
「楽しみだワ~♡ まさに最高のニューハーフね。一体どれほどのお金を稼いでくれるようになるのかしら?♡ おほほほほ♡ おほほほほほほほ♡♡」
小早川はそう言って高笑いする。
しかし、その反面、彼の頬はげっそりと痩せていた。
これまでろくに食事も睡眠も取らなかったせいだろう。
それだけに、誠を籠絡する喜びはひとしおであった。
※※※
「いぃぃっ!♡ そこ感じるっ♡ ンンンッ!!♡」
一方現場では、真里が嬌声をあげていた。
誠に別れを告げたことで迷いがなくなったのか、声を抑えることもなく、萌にされる悦びを余すことなく表現するようになっていた。
真里は仰向けになって萌のクンニを受け入れている。
萌が親指と人差し指でクリをプニプニ摘まむと、
彼女は甘えた声で抗議した。
「またクリちゃんばっかり……ぁっ♡
そんなにいじめたら、おおきくなっちゃうよっ♡」
「でも真里のクリ、いじめられて嬉しそうにしてるよ?♡ こんな反応されたら……もっと意地悪したくなっちゃう♡ ちゅ……ちゅうぅぅぅぅ♡♡」
萌はクリを口に含み吸引する。
「やぁんっ!♡ そんな吸って……あああぁっ!♡
や……気持ち……いぃ……♡ はぁぁぁぁん……♡♡♡」
自らも腰を浮かせて突起を捧げる。
萌がもっと舐めやすいように、もっと吸いやすいように。
女性に身体を苛められる悦びに目覚めた真里は、すっかりレズセックスの虜だった。
そんな真里を見て、誠は確信する。
彼女はもう自分の元に戻らないだろうと。
(誤解はあるけど、真里さんが萌さんのことを好きにな
ったんだったら、もうどうしようもないよね……)
真里の笑顔が眩しく見える。
自分はもう、あの笑顔を正面から受け取ることはできないのだ。虚しさと悔しさが込み上げてくる。
このままここにいても辛いだけ。
そう思い席を立とうとした瞬間。
彼は不思議な声を耳にした。
《諦めないでください!》
(!?)
たしかに今、真里の声が聞こえたような……?
誠は顔を上げて、真里の方を見た。
「あぁっ!♡ おまんこキス気持ちいいっ!♡ くちゅくちゅしてて……はぁ……♡ 幸せ……♡」
「はぁっ!♡ はぁっ!♡ 私と真里のあそこがぴったりくっついて……まるで同化したみたい♡ もっと腰ふろっ♡ もっといっぱいクチュクチュしよ♡♡♡」
「うんっ!♡」
二人は陰部を擦り合わせていた。
唇も重ね合わせ、まさに一心同体の状態だ。
そんなイチャラブセックスをする二人を見て、
誠は自分の願望が生み出した幻聴だと思い直した。
(今の真里さんが、私に話しかけてくれるわけないよね……)
再び席を立とうとする誠の頭に、さらなる幻聴が届く。
《諦めないで!》
今度はたしかに聞こえた。現実の真里の声と重なるように、その声は誠の心に響いていた。
(この声はいったい……それにこの波の音は……?)
聞き覚えのある女性の声に乗って、
漣(さざなみ)の音と〖ウミネコ〗の鳴き声が聞こえてくる。
ニャーーニャーー
ニャーーニャーー
頭の中にうっすらとかかった霧を、潮風が吹き飛ばしてくれた。誠の目の前に、今の真里とは違う、別の真里が姿を現した。
※※※
貨物船の薄暗いコンテナの中、
ここから遠く離れた〖過去の海〗に声の主はいた。
誠と真里が南の島を脱出し、
まもなく本島に到着しようとしていた時の話である。
作業員が鍵を取りに行っている間、真里は小早川の催眠に対抗する方法を見つけようとしていた。
(どうしよう……戻ってくる前になんとかしなきゃ……)
このまま捕まれば、確実に別れさせられてしまう。
一度失態を犯している小早川は、
これまでのように甘くはないだろう。
襲いかかる恐怖を抑え、必死に策を考える。
そうして苦心した結果、
真里はその〖小早川〗にヒントを見つけ出した。
(……ひとつだけ……ひとつだけ方法があったっ!!)
真里は誠に向き合うと言った。
「誠くん、よく聞いてくださいっ!」
力強い呼び掛けに、誠は顔を上げる。
「【純白の姫君】!!」
そう真里が唱えるや否や、
誠はまるで魂が抜けたように倒れてしまった。
純白の姫君……小早川が誠を操る際に使っていた催眠キーワードだ。
小早川は、今でこそ手を叩くのみとなったが、まだ催眠をかけ始めの頃は、こちらの手法を使っていた。
なぜ真里がキーワードを知っているのか?
それはもちろん、彼女が誠の催眠キーワードを知る機会があり、なおかつそれに関する記憶を取り戻していたからだ。
二人は小早川の事務所に通っていた頃に、催眠を受けている。真里はその際に使われていたキーワードを覚えていたのだ。
(やった! うまくいった!!)
誠を催眠状態にすることに成功し、喜ぶ真里。
ここで暗示を掛ければ、小早川に対抗できるかもしれない。
しかし、彼女はそれがいかに難しいものか、すぐに気がついた。
(単純な催眠では、すぐに見破られてしまうかも……)
一度しか暗示を掛けれない真里と違って、
小早川は何度でも掛けなおすことができる。
もし誠が催眠に掛けられていると知れば、
すぐに別の催眠で上書きしてしまうだろう。
真里はそのことに注意しながら催眠を掛けねばならなかった。
(いざって時にしか発動しないようにしなきゃ……でも一体どんな暗示を掛けたら……)
真里は考えた。
誠にBL本を見つからないようにした時以上に考えた。
遠くから船員の声が聞こえてくる。鍵を持ってきたようだ。
ここで何もしなければ、最悪の結果を招いてしまう。早くしなくては。
(小早川の望みは、私たちを別れさせること……
だったら、これしかない!)
真里はすぐに暗示を掛け始めた。
「誠くん……よく聞いてください。
あなたが真里と別れる決意をした時、あなたは愛していた頃の真里を思い出し、二人の関係を守ろうとします。
今から私が手を叩くと、あなたはこのことを忘れてしまいます。ですがこの暗示は、あなたの心の底にしっかりと刻み込まれました……。
あなたが別れを決意すれば、どんな時でもあなたは元の心を取り戻し、二人の関係を守ろうとするでしょう」
そして真里は、誠に催眠を掛けた記憶を忘れるため、
誠を操って自身に忘却催眠を掛けさせた。
小早川は、逃亡中の記憶を掘り起こしてくる可能性が高い。
だが忘れてしまえば、掛けた催眠を追跡することはできないだろう。
短時間ではあったが、
真里はその中でベストといえる行動結果を導き出していた。
外の船員達が中に押し入った時には、
二人は暗示の内容を完全に忘れてしまっていた。
※※※
漣(さざなみ)の音が引き、誠は意識を取り戻す。
真里によく似た声。
誠はそれを聞くたびに勇気が湧いてきた。
(そうだ……諦めちゃいけない……真里さんが誤解してるなら、分かってもらえるまで、何度でも真実を伝えなきゃ)
誠は顔を上げると叫んだ。
「真里さん、愛してる! どんなに疑われても、別れると言われても、その気持ちだけは絶対に変わらないから! それだけは信じてっ!」
(……!!)
その瞬間、真里は喘ぐのを止めた。いくら気持ち良くても、元カレから愛を叫ばれたら集中できない。
往生際の悪い誠に、萌はうんざりとした表情で言った。
「まだそんなこと言ってるの? 真里の気持ち聞いたでしょ? いい加減諦めなよ!」
しかし、誠も負けてはいない。
彼は立ち上がると、改めて身の潔白を訴えた。
「嫌だ。絶対に諦めない!
誤解されたまま終わるなんて絶対に嫌だ!」
「私達は遊園地で、あんたが忍とキスしているところを見たんだ。バレバレの演技をするのはやめな!」
「私は忍くんとデートもキスもしてない! 気付いたらホテルで寝かされていたんだ。そこで彼にレイプされたんだっ!」
「まだ言うかっ!」
萌は立ち上がって誠に掴みかかった。
誠をその場に押し倒し、馬乗りになる。
再び忍を侮辱され、彼女は頭に血が上ってしまっていた。
互い全裸であることなどお構いなしだ。
「私の部屋でよがってた癖に、なにがレイプだ。ふざけるなっ!」
「萌さんが何を見たか知らないけど、私はそんなことしてないっ!」
「このぉぉぉぉぉ!!」
「くぅぅぅ!」
ビンタをかまそうとする萌の腕を、誠は思い切り掴んだ。
萌の方が少し力が強いのか、押されている感じだ。
その光景を見て、真里は呆気に取られている。
(なんか変……誠くん、
こんなに必死になってまで、嘘をつく人だったっけ?)
彼は保身のために、こんなに必死になってまで嘘を付く人ではなかったはずだ。真里の中に大きな違和感が生まれる。
彼女は立ち上がると二人の元へと向かった。
「この大嘘つきのオカマやろう……オマエには、忍すら勿体ないよ」
「嘘つきなんかじゃない……!」
「待って」
取っ組み合いの喧嘩をしてる二人に、真里が割ってはいる。
そんな彼女に、萌は涙目になって訴えた。
「真里、約束破ってごめん……
私、どうしてもこいつが許せなくて……」
「うん……それは大丈夫……一旦引いて」
真里に言われ、萌は引き下がった。
立ち上がり、真里の背にまわる。
真里は倒れている誠に視線を合わせると言った。
「誠くん……私の目を見て答えてください。
本当に忍くんにレイプされたんですか?」
「……本当だよ」
誠は真剣な眼差しでそう答えた。
萌同様、彼も泣きそうな顔をしていた。
「わかりました……信じます」
「……!! 真里、何言ってるの……?」
萌が蒼ざめた顔をして、真里を見ている。
真里は冷静に萌に伝えた。
「萌……やっぱりどう考えてもおかしいよ……」
「……なにが?」
「私、誠くんがこんな言い訳するとは思えない」
「そんなことあるわけないじゃんっ……。
真里も忍がこいつをレイプしたって言うの?」
真里は頭を横に振り、すぐに否定する。
「忍くんがレイプするわけない。だからおかしいの。
だって誠くんも、絶対そんなウソ言う人じゃないから」
「何言ってるの……正気に戻って。
こいつは嘘をついてるだけなの!」
「萌が忍くんのことを知っているように、
私だって誠くんのことを知ってる。
誠くんは誰かにレイプされただなんて嘘、絶対につく人なんかじゃない」
「真里さん……」
誠は真里が自分を信じてくれたことに涙ぐんでいた。
真里は一旦、誠への疑念を全て消して彼のことを見た。
こんな浮気の現場を見せられて、怒鳴られて、どんなに辛かったろうか。もしレイプされたのが本当だとしたら、彼の心をボロボロのはずだ。
真里は、仰向けになる誠の身体を支えて起き上がらせると、彼のことを抱き締めた。
「誠くん、疑ったりなんかしてごめんなさい……」
「ありがとう、真里さん……信じてくれて」
そんな状況を萌が素直に受け取れるはずない。
彼女は必死に叫んだ。
「おかしいよっ! そんなの絶対おかしいっ!
根拠なんて、何もないじゃないっ?
そいつが嘘をついてない根拠なんてどこにも……」
誠は何も身の潔白を証明できていない。
真里がこの状況で誠を信じるなど、
理不尽にもほどがあるのだ。
真里とは将来を誓い合った仲だ。
そんな真里が、こんなにも早く、自分のもと去ろうとしているのが、萌には堪らなく辛かった。
真里はそんな萌をいたわるように言った。
「萌、ごめん。もう一度だけ、誠くんを信じさせて。
私は自分が見たものより、彼の言い分を信じてあげたいの……。私と彼との思い出は、たった一度のすれ違いで、なくなるものだと思いたくないから……」
「……」
真里の性格を考慮すると、
こう頑なに決めたらテコでも動かないだろう。
それと同時に「たった一度のすれ違いでなくなるものだと思いたくない」という真里の言葉が、萌の心に突き刺さった。
それまで一途に愛してくれていた忍が、どうして会って間もない誠と浮気をしたのか……たしかに腑に落ちないところがあった。
ましてや忍は正真正銘のノンケ。男とセックスしろと命じても難色を示す彼が、自ら男といたすだろうか?
喧嘩をした際、すぐに部屋を出てしまったが、あの時もっと彼の話に耳を傾けていれば、別の結果もあったかもしれない。
(忍だけじゃない……私だって女の子とエッチするのなんて嫌だったはずなのに……それがなんでこんなことになってるの?)
鳥肌が立つくらい嫌だったレズ行為も、今では男とするより好きになっている。いくらなんでも短期間で変わりすぎだと思った。
(桐越先輩だって、元は学年一頭が良くて、優しくて評判だった先輩……それがこんなバレバレの嘘〖意見を変えずに〗突き通すはずがない)
嘘をつく人と言うのは、自分の話を信じてもらうために、その場その場で巧みに話を作り替える人のことだ。
しかし、誠は初めから一貫して同じ話を言い続けていた。
彼ほど頭が良ければ、こんなずさんな嘘はつかないはずだ。
(でも忍がレイプするわけないし……おかしいよ……
まるで〖催眠術〗にでも掛けられているみたい……)
ドクンドクンドクン……
催眠というキーワードに反応して、萌の胸が高鳴り始める。
(なに? 今、〖催眠〗って言葉に反応した……?)
ドクンドクンドクン……ドクンドクンドクン……
間違いない。萌はあえて頭の中で〖催眠〗という言葉を連呼してみることにした。
(〖催眠〗……〖催眠〗……私は〖催眠〗に掛けられている……? 〖催眠〗〖催眠〗〖催眠〗〖催眠〗……)
次第に明瞭になっていく頭の中。
シナプスが遮断された催眠の壁をぶち破り、反対側のそれと結合した。
(ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
その瞬間、萌は大きく目を見開き覚醒した。
彼女は真里と誠の顔を交互に見ると、
思いっきり反省した表情で謝罪を始めた。
「ごめんなさいっ!!
真里、誠さん……私、とんでもないことを……」
「どうしたの、萌?」
急に謝罪され、誠も真里も困惑する。
そんな二人に、萌は説明を始めた。
「私たちはみんな小早川というオカマに催眠で操られていただけなの! 誠さんがレイプされたのも本当!
だけどそれは忍も催眠で操られていたからなの!」
「!!!」
萌の説明に、誠と真里も同時に覚醒を引き起こした。
「二人とも、早く荷物を持って逃げよう!
奴らに気付かれる前に!!」
「はいっ!」
「急いでっ! 盗聴されてるかもしれないからっ!」
彼らは服を取り、逃げ出そうとした。
しかし、入口で待ち構えていた黒服達に、すぐに囲まれてしまう。
「あっ!!」
催眠スプレーを噴射された三人は、すぐに眠らされてしまった。