「んっ……」
「…………あ、あれ?」
観覧車の席に着き、真里と萌は目を覚ました。
以前と同じゴンドラの中。時間帯も同じである。
窓の外には、リゾートの街並みが広がっていた。
しばし呆然とした後、口を開く。
「あっ……そうだ。写真見るんだったね」
「ん……? あ、そうそう、これシークレットフォルダと言って、特殊な操作しないと開けない仕組みになってるんだ」
「へーそんなのがあるんだ」
会話をしつつ、二人は違和感を感じていた。
着てる服、外の景色、ゴンドラ内の空気に至るまで、
微妙に何か違う気がするのだ。
しかしそれが何かはわからない。
頭の中で首を傾げながらも、シークレットフォルダ内の画像を見始める二人。もちろん以前、催眠が解けるきっかけとなった写真は、全て削除済みだ。
(うわ……やばい……激エロな画像しかないじゃん。
まさしくBLの宝庫って感じ♪)
真里は画面に映る萌のコレクションの数々に、興奮して鼻息を荒くしていた。しかし対照的に萌は、どこか冷めた目で見ている。
(私……なんでこんなの集めてたんだろう?
全然良さが分からなくなっている……)
以前であれば、隣にいる真里同様、
嬉々(きき)として見つめていたはずだ。
しかし今の萌にとって、BLは何の価値もないもの。
むしろ嫌悪感を感じさせるものへと変わっていた。
「このままスマホ貸すから、好きなの見て良いよ」
「えー萌も一緒に見ようよー。
このメスイキしてるテトなんか最高♪」
「私は見慣れてるからいい。今は景色見たいから後でね」
「むーわかった。
じゃあ好きなだけ見せてもらうね!」
真里は画像をスクロールしながら、
「ウヒヒヒヒヒ……」と気味の悪い笑い声をあげている。
すっかりカルテトワールドにのめり込んでいる様子だ。
萌はそんな真里を横目に見ると、
軽いため息を吐き、外の景色を眺め始めた。
※※※
二人は観覧車を降りた後、
無重力空間を体験できるというグラビティタワーへと来ていた。
ここは遊園地の人気スポットで、世界でも3箇所しか存在しないと言われているほど、珍しいアトラクションであった。
「やっと入れたー。
ずっと立ちっぱなしで足が痛くなっちゃった」
そう言い、真里は足のふくらはぎを揉む。
それまでの待ち時間を表すように、彼女の後ろには、隣のアトラクションまで続く行列が並んでいた。
「ご招待チケットがあったから、この程度で済んだけど、
普通に並んだら、数時間は待たされるらしいよ?」
「えーそんなにー?」
「真里だったら、途中リタイヤしちゃってたかもね?」
「並ぶ前からギブアップしそう……」
二人は入り口で荷物を預けると、
係員に案内され、その先にある個室へと入った。
3メートル四方の部屋。
中には何もなく、換気口があるだけだった。
無重力空間になると、物が浮かんで危ないので何も置いていないのだろう。
「ここも個室なんだ。
まさか萌と二人きりで入れるとは思わなかったな」
「他のお客さんとトラブルになるからじゃない?」
「なるほど、たしかに浮いてたら危ないもんね」
ピーピーピー♪ ガチャン……
「それでは間もなくスタートいたします。
不思議な無重力空間をお楽しみください♪」
係員のアナウンスが流れ、ゆっくりと身体が浮き始める。
「わぁーすごい!」
「おぉー!」
これまでに体験したことのない感覚。
真里は宙を泳ぐような動作をし、
萌は天井と地面を行ったり来たりして楽しんだ。
そうして慣れてきた頃、
おもむろに萌が真里の背中に回り込んだ。
真里の身体を抱きしめて、耳元で囁く。
「ねぇ、真里……こんな無重力空間でエッチしたら、どうなるんだろうね……?♡」
「ちょっ……なにをいきなり……」
誘われ顔を赤らめる。
萌は右手で真里の胸を、左手で股間を触り始めた。
「んっ……♡ ちょっと萌、こんなところでやめて……」
「そう……? やめてって割には嬉そうな顔してるね♡」
言葉とは裏腹に、真里は期待に満ちた顔をしていた。
身体が萌から受ける刺激を思い出し、自然とそうなってしまったのだ。
「誰かが見てるかもしれないよ?」
真里は部屋の隅にある小型カメラを気にしていた。
万が一のトラブルのため、設置されているカメラだ。
「別にいいじゃん、真里のエッチな姿、見てもらおうよ?」
「はぁっ!? ちょっと、なに言って……あぅん♡」
言い終わらぬうちに、
萌は真里の下着に手を突っ込んでしまった。
小悪魔的な笑みを浮かべ、
真里のクリトリスに刺激を与え始める。
「ふぅんっ!♡ やめ……こんな♡ とこで……♡
はぁはぁ……だめぇ♡♡」
「だめって言いながら、しっかり勃起してるじゃん♡
もしかして真里は見られて感じるタイプだったのかな?♡」
萌の指先で硬く凝り固まってしまったクリトリス。
真里の身体は、萌に触られて、
素直に悦びを示してしまっていた。
「このままじゃ濡れちゃうから、ほんとやめて……♡」
「もう十分濡れてるよ♡
ホント真里は可愛いなー♡ ちゅ♡」
首筋と耳元に、交互にキスをする。
「あぁっ!!♡ んんっ!♡♡」
何をされても感じてしまう。
真里はすっかり萌の愛撫に翻弄されてしまっていた。
萌は一旦、真里を離すと、彼女の身体を回転させた。
二人は向き合う形となる。
「真里、すっごいエロい顔してるよ?♡」
「はぁはぁ♡ 萌が変なことするからでしょ……」
「ふふふ、そうだね。キスしよっか♡」
「……うん」
ワンテンポ置いて頷く。
今は付き合っている身。誠への罪悪感はあるが、
ここであからさまに拒むわけにはいかなかった。
二人は口付けを交わし、ゆっくりと回転していった。
それから数分が経ち、再びアナウンスが鳴る。
「まもなく終了となります。
危険ですので、黄色い面の壁に足をつけてお待ち下さい」
二人はキスをやめ、指示通り行動した。
「終わっちゃったね。無重力空間どうだった?」
「うん……良かった……♡」
静かな声で、恥ずかしそうに答える真里。
消極的に始めたキスであったが、
萌とのキスはやっぱり良かったようだ。
※※※
その後も二人は様々なアトラクションで遊んだ。
奇想天外な立体迷路や、マルオワールドのブロック崩し、迫り来るゾンビを退治するリアルサバゲーなど、
気を許せる恋人と過ごす一日は、実に有意義なものであった。
「あーずいぶん遊んだね。じゃあそろそろ帰ろっか?」
「うん、そうだね」
赤みが差し始めた空の下、二人は並んでホテルへと向かう。
全身を使って遊ぶアトラクションが多かったせいか、
だいぶお疲れの様子である。
(そういえば、誠くんから返事来てないな。
トイレに行って、もう一回連絡してみようかな?)
昨日から何度も連絡していたが、誠からの返事はなかった。
すぐにでも連絡をくれていたら、
萌と一夜を過ごすことにもならなかったのに。
真里は誠の対応に少し不満を持った。
(とにかく今のままじゃ、誠くんに悪すぎる。
早く事情を説明できれば良いんだけど……)
真里はこれまでのことを話し、
萌との関係を一時的に認めてもらうつもりであった。
彼氏に浮気を認めてもらうという、
一般的には、到底許されないお願いをすることになるのだが、この時の真里は、事情を話せば、誠ならきっと理解を示してくれると思っていた。
「萌、ちょっとトイレ行ってくるね」
「…………」
声を掛けたが、萌は一切反応しなかった。
「どうしたの……?」
萌の視線を追い、遠くにあるベンチを見ると、
仲良く座る誠と忍がいた。
(あっ……誠くんと忍くん。二人も来てたんだ。
あの雰囲気だと、うまくいったのかな?)
誠には、萌と忍の喧嘩の原因を調査してもらっている。
彼の表情から察するに、
仲直りの材料を何か掴むことができたようだ。
そうであれば、すぐにでも二人の元へ行き、
問題を解決すべきである。
真里は萌を連れていこうと、声をかけようとしたが、
そこで彼女の様子がおかしいことに気が付いた。
(萌……どうして誠くんを睨み付けてるの?)
忍だけではない、萌は誠にも憎悪を向けていた。
(あっ! まさか!)
そこで真里は思い付く。萌は忍が誠と浮気していると、
勘違いしたのではないだろうか?
萌は誠を女だと思い込んでいる。
二人が仲良くしてるのを見て、
嫉妬していたとしてもおかしくはない。
確信はなかったが、それならそれで良い。
誠が男であることを明かせば済む問題だ。
真里は、ひとまず誤解を解こうとした。
「萌、誤解しないで、
マコトちゃんと忍くんは、そういう関係じゃないの」
萌は目を細めて二人を指差す。
「あれを見てもそう言える?」
「えっ?」
言われて二人の方を見ると、
そこには熱烈なキスを交わす誠と忍の姿があった。
(ウホッ♡ なんという美しいホモ♡
じゃなかったっ! 誠くん、なんてことをーーー!)
尊くはあるのだが、タイミングとしては最悪だ。
せっかく萌と忍の仲を修復できそうなのに、
なんてことをしてくれるのか。
これでは火に油を注ぐようなものではないか。
「行こう、真里。これ以上ここにいたくない」
萌はそう言い放つ。
彼女の瞼はうっすらと濡れており、泣いているのがわかった。それを見て、真里はここから離れることを決める。
今は萌のケアするのが先決だ。
誠については、彼女が冷静になってから話せば良い。
真里は立ち去る際に、改めて誠を見た。
彼は忍に対し、なぜか恋人のように接していた。
(誠くん……一体なにがあったの?)
真里は言いようも知れぬ不安を抱えたまま、その場を後にした。