2ntブログ

霧の寝台

ガチ×ノンケ専門の官能小説 主なジャンル:GL BL NTR 催眠 調教 監禁 男の娘 女装

Part.106 【 鮫島 剛毅 】


忍と山村が消えて、ほんの数分後。


残された黒服達の前には、

すでに拘束を解き、背伸びをする鮫島の姿があった。



「ふぅーやれやれだぜ」


「鮫島さん、縄は……?」


「こんな縄、簡単に切れるぞ」



そう言い、黒服を縛り付ける縄を力ずくで引きちぎってしまった。



「すごい、カーボンファイバー製の縄をいとも簡単に……」



カーボンファイバーとは、

鉄よりも硬く、アルミよりも軽いとされる素材で、

主に人工衛星や車などに使われる繊維である。


そんな縄を手で切断するなど、人間技ではない。

黒服達は規格外な鮫島の力に改めて驚かされていた。


そうして全員の拘束を解いたところで、

鮫島は次なる指示を出した。



「お前達は、ひとまず忍を追いかけろ。

見つけたら即、無線で連絡だ。

そして一定の距離を保ちつつ、位置を報告し続けろ」


「ははっ! かしこまりました!」



黒服の一人が隠し持っていた小型無線機を取り出し、本部に連絡する。


五分もしないうちにヘリが到着し、

鮫島を乗せて飛び去っていった。



※※※



「暗くなってきましたね……」


「この辺は民家もないからな……

早く二人を見つけてやりたいところだが……」



山村を助けたことにより、

忍は誠と真里を見失ってしまっていた。


南の島とはいえ、今は冬。


午後四時にでもなれば、

山中は薄暗く、二人を視認するのは困難であった。



(無事でいてくれれば良いけど……)



誠が男であれば、忍の不安はそこまでではなかったといえる。だが実際、ほぼ女の子と言える存在である。


この山を女性二人で抜けるのは、難しいように感じられた。



(人質作戦が、ここまで上手くいくと思わなかったから、先に行かせたけど、失敗だったかもしれないな……)



時が経つにつれ、不安が増していく。


鮫島達はたしかに危険な存在だったが、

夜の山は同じくらい危険である。


今はまだ光があり、ギリギリ地形が分かるが、

あと一時間もすれば、真っ暗になってしまうだろう。


足を踏み外し、転落する危険すらあった。

一刻も早く合流しなければならない状況である。



「いたぞ、あそこだ!」



山村が指差す方向に、人影が二つ見えた。


輪郭が微かに見える程度であったが、こんな山中で彷徨う者など、真里と誠以外に考えられない。


忍と山村は、影のある方へ急いで駆け寄り、声をかけた。



「真里ちゃん、誠くん!」


「嬢ちゃん達、こっちだ!」



これでようやく合流できる。

そう二人が息をついたところ、人影の一つが腕を上げて、空に向かって何かを打ち上げた。


ヒューーーーン。


鋭く高い音と共に閃光が放たれる。

一瞬の光に照らされ、映し出された人影は、黒服の二人であった。



「しまった。こいつらは違うぞ!」



山村は黒服から距離を取る。

いくらなんでも追ってくるのが早すぎる。

あれほど硬い縄で縛り、無線機も破壊したのになぜ?


予想外の展開に狼狽(うろた)える山村と忍であったが、黒服達の包囲は瞬く間に進んでいった。


閃光弾の光を目印にヘリが近づいてくる。

梯子が降ろされ、姿を現したのは、もちろん鮫島であった。



「よぉ、また会ったな」



冷たく見下ろす鮫島に、忍はガラスの破片を用意した。

ここで囲まれてしまっても、脅せばまた切り抜けられる。この時まで忍はそう思っていた。



「なんだ、またそれか」


「そうだ。ヘリまで用意してくれてありがとう。運転手以外は降ろして、俺たちを乗せてもらえるか?」


「ハーハッハ、それは、できねー願いだな」


「だったら、傷を付けるまでだ」



忍は頬にガラスの先端を突きつけた。

鮫島を睨み付け、要求を呑むよう再度脅す。



「俺は本気だ。傷が付いたら小早川が怒り狂うぞ?

なんてったって、俺はあの人のお気に入りだからな」


「まぁ、そう吠えるな。おめぇに見せてぇもんがあってよ。わざわざ取ってきてやったんだ」



ヘリから厳重に紐で縛られた箱が降ろされていく。

棺桶のように人が入れるくらいの大きさだ。


地面に降ろされた箱を周辺の黒服達が、

手早く開封してゆく。


そうして中から取り出されたのは、

アイマスクをされ、粘着テープで口を塞がれ、

肢体(したい)を縄でグルグル巻きにされた萌であった。



「……!!」



忍の血の気が引く。


鮫島は手にアーミーナイフを持ち、萌の頬の、忍がガラスを突き立てた場所と同じ所に突き立てた。



「傷を付けると言ったな。良いぜ、やってみろよ。

オマエが傷つけた何倍も深く、この女の同じ箇所を抉ってやる。口裂け女になっちまうかもしれねーな?

ハーハッハッハ!!」


「くっ……」



絶望的な表情を浮かべる忍に、鮫島が追い打ちをかける。



「見た目が変わるだけじゃねぇぞ?

おめぇがこれ以上俺たちに逆らうなら、

こいつを催眠で化け物に変えて、街に離してやっても良いんだぜ?


〖街で暴れる口裂け女を逮捕〗


楽しみだな、世紀の大ニュースになるだろうな?」



その鮫島の言葉に山村が反応する。



「何を言っているキサマ……催眠だと!?」



催眠の存在を知られぬため、

一般には決して口外しなかった鮫島であったが、

忍を脅すため、つい口に出てしまったようだ。


しかし、どちらにしても山村を無事に帰すつもりはない。先ほど殴られた恨みもあり、鮫島は山村を挑発することにした。



「あぁ、そうだよ。おめぇの息子は、催眠で男のチンポのことしか頭にない変態になっちまったんだよ。

オメーも同じようにしてやろうか?

じじいだから、よけい汚物になりそうだな」



忍の言ってたことは本当だった。


山村の息子は自らの意思で親を裏切ったのではなく、

催眠で操られていただけだったのだ。


山村の鮫島への憎しみが甦る。


これまでは、半分息子にも非があると思い込んでいた山村であったが、

その全ての非が鮫島をはじめとする小早川グループにあると分かったのだ。


山村の怒りは測り知れない。



「キサマだけは許さん……」


「ほう、向かってくるか。

いいぜ、来いよ。さっき殴られた借りを返してやるぜ」



鮫島は萌を隣の黒服に渡すと、山村に言った。



「この女を使うまでもねぇ。もしオマエが俺をノックアウトできれば、ここにいる全員を解放してやるよ」



鮫島の言葉に、忍がハッとする。

もしここで山村が勝てば、萌を助けることができる。


忍は力の限り叫んだ。



「山村さん、絶対にそいつを倒してくださいっ!

そいつさえ倒せば、みんな助かります!」


「任せておけ、俺がこんな腐った野郎に負けるわけがない」



体格や風貌だけでいえば、

山村の方が強靭な体つきをしている。


それに加え、山村にはここにいる若者達を救い、

催眠によって囚われた息子を解放するという使命がある。


長年、小早川グループに苦しめられたフラストレーションを解放する良い機会であったこともあり、

山村は心身ともに最高のコンディションであると言えた。


そんな山村を前にしても、鮫島は余裕の表情を崩さない。まるで100%自分が勝つと確信しているようだ。



※※※



鮫島(さめじま) 剛毅(ごうき) 35歳


元○○国軍人。

彼はその軍の中でも精鋭と呼ばれる特殊部隊に所属していた。


国を代表する部隊に所属することは、軍人にとって最高の名誉であり、

その待遇は他の部隊と比較にならないほど良いものであった。


しかしそこには厳しい軍律があり、

脱退は死を意味すると言われるほど過酷な部隊でもあった。


毎日のように課せられる任務を、彼はいくつも成功に導いてきた。

その報酬として、多くの金と栄誉を手にした彼であったが、

徐々に己の中に轟(うご)めく欲望を抑えきれないようになっていた。


ある紛争地域において、

彼の部隊が制圧を成功させた時の話である。



「お願い……子供だけは……子供だけは助けて……」



瓦礫が散乱する住宅の一室で、

足を怪我した母親と、その母に寄り添う小さな少年がいた。


鮫島は銃を片手に、その二人を苦々しく見つめていた。



「38番、何をしている? 敵に情けは無用だ。

女子供であろうと構わず撃て」



あとから部屋に入ってきた同僚が、鮫島に発砲を促す。


それでも鮫島が動かずにいると……。


ボスッ……ボスッ……。


その同僚が、サイレンサー付きのピストルで、

あっさりと二人の命を奪ってしまった。



「この事は上へ報告しておく。我々の部隊に情緒など不要だ。

機械のように精密に動けるよう心を改めるのだな」


そう言い同僚は立ち去っていった。


鮫島は頭を撃ち抜かれ、

絶命している少年をなおも見つめていた。



(俺がこの部隊にいなければ、

こいつを好き放題に犯せたものを……)



子の命を懇願する母親。

そんな女の前で、大切な息子を犯してやったら、どれほど気持ちが良いだろうか?


それはどんなに金を持っていても、どんなに階級が高くとも、今の環境では叶えられない望みであった。



彼は自由を欲した。



何ものにも縛られず、

自分の好きなように、したいことをできる自由を。


金や権力などいらない。


いくら金があろうとも、

使う時間がなければ意味がない。


いくら権力があろうと、

より大きな権力に縛られるのであれば意味がない。


しかしそうは思っていても部隊を抜けることはできなかった。

除隊は許されず、脱走しても、組織のメンバーが死ぬまで追って来る仕組みになっていたからだ。



そこで鮫島は、ある大規模な紛争において、

自らが所属する部隊メンバーを一人残らず殺害し、

敵の攻撃に見せかけて、付近一帯を強力な爆弾を用いて爆破した。


そして生きていることを組織に悟られぬよう、

メンバーの死体を薬品を使って溶かし、排水溝へと棄てた。


その後、鮫島は名を変え、

形を変え、全ての過去を捨て去った。


それから国をいくつも渡り歩き、平和なこの国へと辿り着き、そこで小早川に出会ったのであった。



「あーらん♡ あなたカッコいいわネェ~♡

アタシの好みだワ♡」


「……」



静かに酒を嗜(たしな)む鮫島に、当時の小早川はぞっこんであった。

転々と住む家を変えていた鮫島を言葉巧みに丸め込み、自宅へと招き入れる。



「鮫島さん、どう、この子達は? あなたの好みに合うかしら?」


「十分だ」


「ふふふ、それは良かったワ♡ それじゃあみんなでゲームをしましょう♡ 楽しい催眠ゲームの始まりヨ♡」



この頃、催眠術を会得していた小早川は、彼を専属のボディーガード兼ボーイフレンドにしようと企んでいた。


しかし……。



「ん? なんのマネだ……?

俺がオマエにキス? するわけねぇだろ」


「そ、そうよネ……変なこと言ってごめんなさいネ」



いくら暗示をかけようと、

鮫島を操ることはできなかった。



(なんでヨ……どうしてコイツは暗示にかからないの!?)



そうして日を改め、また暗示を掛ける。

しかし思うようにいかない。また日を改める……。


そうこうしているうちに、鮫島に怪しまれ、

ついに催眠の存在がバレてしまった。



「くっそーー!! なんでアンタ、暗示にかからないのヨ!!」


「知らねーよ。掛けてるオマエが分からないのに、俺が知るわけねーだろ」



鮫島は催眠にかからない非常に危険な存在だ。

小早川は、一度は彼を亡きものにしようと考えた。


もちろんそれだけの戦力は備えており、

事故に見せかけて彼を殺すことは十分可能であった。


だが小早川にはそれはできなかった。


催眠を使えると言っても、

元はどこにでもいるニューハーフバーのママなのだ。


人を殺すという一線を超えることは、

彼にはどうしてもできなかった。


そして何より……。



(殺せない……アタシにはこの人を殺せないワ……)



鮫島は口は荒かったが、

本音を出し合える唯一の人物だった。


小早川は多くの部下を持つ立場となっていたが、内心は孤独であった。

催眠によって仲間を増やしていったのだから当然である。


今回も催眠を掛けるため、何度も接待を繰り返したのだが、

それにより自然と打ち解け合うようになってしまい、殺すことができなくなってしまったのである。



「アナタの勝ちヨ。アナタの言うとおり、アタシは催眠で人を操り、会社を大きくした。

惚れたものの弱みネ……。あとは煮るなり焼くなり好きにして頂戴。アナタに裁かれるのなら本望だワ」


「裁く? 何を言っている?」



それから鮫島は、小早川を脅すようなことは一切しなかった。

今まで通り、彼の店でタダ飯を喰らい、店のニューハーフ嬢を好きに犯すだけだった。



「アナタ……一体どういうつもり?

なんで何もしてこないの……?」



小早川は不思議だった。


警察に届けもせず、

かといって自分を脅して財産を奪おうともしない。


時々食いたいものを要求する程度で、

鮫島は全くの無害だったのである。



「オマエはオマエの好きなようにしたらいい。

俺も好きなように過ごさせてもらうぜ」


「……それだけ?」


「あぁ……それだけだ」



鮫島はこの時、彼の望むものを全て手に入れていた。


それは何にも縛られない自由。


好きな時に好きなものを食べ、寝たい時に寝る。

誰かに何かを課せられることもなく、

犯したい時に犯したいやつを犯せる。


会社の面倒な経営は、全て小早川がやってくれる。

自分は時折、依頼された相手を犯せば良いだけだ。


鮫島にとって、ここでの環境は、

何事にも変えがたき理想郷であったのだ。


初めは鮫島の行動を不審に思っていた小早川であったが、

彼が単なるグータラだと分かってからは、当時の恋心も冷めてしまったとかなんとか……。



※※※



ポキポキ ポキポキ



「さーて、やるか。ひさびさの喧嘩だな」



山村との一戦を控え、鮫島は身体を鳴らしていた。


彼にとって小早川の会社は、彼が望むこの世の理想郷。


それを壊そうとする者は、誰であろうと許せない。

それが今回、鮫島が迅速に行動した理由であった。


彼は真面目に働けば、

誰よりも優秀な人物だったのである。



「この島の怒りを知れっ! 鮫島よ!」



山村は肩を怒らせ前進した。

力強い足取りで距離を詰め、殴りかかる。

とても初老とは思えない身体の動きだ。


しかし、その拳は空を切る。


二発、三発と連撃を繰り出すのだが、

いずれも鮫島に届くことはなかった。


だが攻撃の隙を狙って鮫島がカウンターを決めようとする気配はない。


いや、反撃の素振りを見せないどころか、

構えすらしないのだ。


両腕をぶらりと垂らし、かわすのみだった。



「……なんのつもりだ? なぜ打ってこない?」


「すぐにぶっ潰しちまったら面白くねーからな。

ハンデをくれてやってるんだよ」


「舐めおって……余裕ぶって足元を取られんように気を付けることだな」



視界は暗く、わずかに差し込む月の光と、

黒服達が持つスマホの光で相手の位置を把握しているだけだ。


なおかつ、ここは山の斜面。

折れた木の枝や、植物、ゴロゴロとした岩があり、

非常に安定しない場所でもある。


鮫島が拳をいくら避けようと、

それらに足を取られ、被弾する可能性は十分あり得た。


なおも、山村の攻撃は続く。

鮫島が急な反撃に出ても大丈夫なように、警戒しながらの殴打であるが、徐々に切れ味が増してきているように見える。


鮫島と拳との距離は、回を重ねるごとに縮まり、かするまでになってきていた。



「おぅ、じいさん。あと少しだぜ?

辛そうだな? 当たる前に寿命を迎えちまうんじゃないか?」


「はぁ……はぁ……ぬかせ、ちょこまかと動きやがって……」



押しているはずの山村が、息切れを起こし始めている。それに対し、鮫島は今も余裕の表情だ。



「もう終わりか? もっと打ってこいよ。

俺だけは許せないんじゃなかったのか?」 



なんとか構えを見せる山村であったが、その足はおぼつかない様子であった。

両者の間には、明らかな優劣の差が見えようとしていた。



「もう限界のようだな。

じゃあ遠慮なくいかせてもらうぜ」



鮫島がここでようやく構えを取ろうとする。

が、その構えを完成させる間もなく、彼の拳は山村の顎を打ち抜いてしまっていた。



(速い……!!)



忍を初め、場にいる全員が同じ感想を抱いた。


視界が暗いこともあったが、

それを考慮しても、鮫島の動きは見えないのだ。


構えを取った瞬間から、拳が山村に当たるまでのフレームが抜けている。

コマ送りの編集が失敗したかのような動きを鮫島は見せていた。


すでに大勢は決した。


顎を打ち抜かれた山村は、

地面に倒れ、息が切れそうになっている。


あまりにも圧倒的な力の差が両者には存在していた。


鮫島の強いところは、

単に身体的な優位性があることに留まらない。


鮫島が受けに徹していたのは、

この不安定な土壌で、無駄な体力を消耗しないようにするためだった。


なおかつ、彼は山村の攻撃を

〖敢えてギリギリで避けていた〗のだ。


両者の身体の動きを分析すれば分かることだが、

基本的に体力の消耗は、受ける側より攻める側の方が大きい。


本来発散されるべきエネルギーが空を切り、

より大きな揺れを伴い、山村の体力を奪う。


それに対し、鮫島は最低限の動きで山村の攻撃を避け続けているだけだった。


格闘技において、最低限の動きで、相手の体力を消耗させることは非常に重要なことである。

いくら攻めを継続していても、それに伴うスタミナの消費量が、受ける側の消費を上回っていては意味がないのだ。


そして鮫島は、そういった戦略においてはプロ中のプロであった。

万が一の失敗の可能性を最低限に抑える。


それまでの人生において、幾度となく身を死地においてきた鮫島にとって、

山村を下すことなど、朝飯前だったのである。



「よし、じゃあこれまでの清算をしてもらおうか?

山村さんよぉー。まずはうちの車を大破させた分だ」



鮫島は仰向けになる山村のお腹に、強烈なボディーブローを放った。



「ぐはぁっ!!」



あまりの痛みに山村は、のたうち回っている。

しばらく息が止まり、嘔吐(おうと)するような動作を繰り返した。



「まだ失神するなよ? まだまだ清算は残ってるからな。

次は俺を車で轢いた分だ」



鮫島は山村の身体を軽々と持ち上げると、

2m先の木に放り投げた。


ボキッ!!


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


鈍い音がする。木に叩きつけられ、地面に落ちた山村は左手で右腕を抑えていた。

どうやら今の衝撃で折れてしまったようだ。


それでも鮫島は、追撃の手を休めるつもりはない。

彼は苦しむ山村の髪を掴んだ。



「やめろっ!!」



そこで忍が叫ぶ。

鮫島は山村の髪を掴んだまま、忍の方を向いて言った。



「安心しな、半殺しにはするが、命を断つまでのことはしねーからよ」



そして萌を抱える黒服に一言添える。



「おい、忍がコイツを庇おうとしたら、その女にナイフを突き刺せ。遠慮なくな」


「承知しました」



鮫島ほどではないが、筋肉質で冷酷な顔をした黒服が、鋭く光るアーミーナイフを萌の頬に突き立てている。


これでは山村を助けに行くことなどできない。


忍は山村が蹂躙される様子をただ見ているしかなかった。



「さてと、お次は俺を縄で縛り、何度も殴りつけた分だ。

俺は優しいからよ。今、ごめんなさいすれば、その分はチャラにしてやってもいいぞ?」


プッ!


直後、山村が口内に溜まった血まみれの唾を、鮫島に吹き飛ばす。

ボロボロになりながらも、彼はなお鮫島を睨み付けていた。



「それがオマエの返事か。なら……遠慮はいらねーな!!」



山村の態度に鮫島の目が据わる。

彼は倒れる山村にマウンティングすると、顔面を殴り始めた。


鮫島の拳が当たる度に、山村の顔が変形していく。

山村も最後の力を振り絞り反撃を試みるのだが、不利な姿勢に容易く防がれてしまった。


そうこうしているうちに、

山村の身体は動かなくなってしまった。


山村が気を失ったことを確認し、鮫島が立ち上がる。



「俺が雇われの身だったことに感謝するんだな。

おい、こいつを運び出せ」


「ははっ!」



黒服が数名、山村を取り囲むと、

手際よく縄で縛り、そのままヘリへと運んでしまった。


鮫島が忍に近づき、持っているガラス片を掴む。


忍は抵抗することもなく、それを離してしまった。



「逃げようだなんて二度と考えないことだな。

もっとも、お前がそう考えることは、もうないだろうが」


「……萌はどうなる?」



自らの処遇は決まってしまったようなものだ。

これからは小早川の都合の良いデク人形として利用されてしまうだろう。


自分はもうどうなっても構わない。

忍はただ萌のことが心配だった。


小早川が萌を嫌っていることは明らかだ。

その気になれば、いくらでも彼女を地獄に突き落とすことができるだろう。



「…………さぁな。それを決めるのは俺じゃない。

これは俺の予想だが、あの女は日常に返される。

用がなくなった女をいつまでも飼っておくようなことをアイツはしないからな」


「本当にそれだけか……?」


「たぶんな。まぁ、お前からの最後の願いということで、小早川にはあの女の減刑を伝えておいてやる。だから大人しく誘導に従え」



鮫島はそう言うと、ヘリへと戻っていった。

彼にしては、ずいぶんと優しい対応である。


もちろん彼なりに狙いがあってのことだ。


ここで忍の心情を荒立てても、

暴れる可能性を高めてしまうだけだ。


そうであれば、催眠を受けるまで大人しくしてもらっていた方が良い。

最後の最後まで、鮫島は萌を人質にすることとしたのだ。



こうして萌に続いて忍までもが、

捕らえられることとなってしまったのであった。

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
この記事のトラックバック URL