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霧の寝台

ガチ×ノンケ専門の官能小説 主なジャンル:GL BL NTR 催眠 調教 監禁 男の娘 女装

Part.105 【 因縁 】

鮫島の追跡をかわした山村の車は、

見晴らしの良い海岸沿いの道を避けて、山道(さんどう)に入ろうとしていた。


一度、追跡をかわしたとは言え、

ふたたび追手が現れないとも限らない。

山村は、近場で隠れる場所がないか探していた。


真里、誠、忍の三人は、

萌が捕縛されたことで意気消沈している。

全員捕まるのを避けるためとはいえ、萌を生贄としてしまったのだ。車内には暗く重い空気が流れていた。


しかし、助けてもらって、

いつまでも口を噤(つぐ)んでいる訳にもいかない。

真里はひとまず、お礼をすることにした。



「たびたび助けていただいてありがとうございます……」


「いいってことよ。しかしさっきの奴ら、小早川観光開発の連中だろ。あんたら、なんで追われているんだ?」


「それは……」



話そうにも、にわかには信じがたい話だ。

催眠術が解けて、逃げる途中だったなどと誰が信じるだろうか?


しかしそれ以外話せることもなかった。


即席で作り話をしようにも、

真里が話せば、簡単に見破られてしまう。

そうなれば、自分たちはこの島で唯一の味方を失ってしまうことになるのだ。


真里は一か八か真実を伝えることにした。



「信じられない話ですが……」



山村は初め真剣な表情で聞いていた。

だが話が進むにつれ、

時折、彼は呆気に取られた顔をして見せた。


奇異な内容を耳にしたといった感じだ。

あまり良い反応とは言えない。


三人は山村のその反応に強い不安を感じていた。


一通りの話を終えてもなお、山村は黙ったままだ。

しばらくして、彼は胸ポケットのタバコを取り出すと、助手席の忍に言った。



「にいちゃん、悪いけど火くれねぇか?」



山村は車内に取り付けてあるシガーライターをタバコで指差す。忍は言われたとおり火をつけた。


窓を開き、一服する山村。

彼はタバコを吸うと、窓の外に煙を吐き出した。

彼の態度は、半分呆れているような感じにも見て取れる。

正直に話したのは、やはり失敗だったか……。


忍がそのように感じていると、

山村は考えがまとまったのか、真里の話に答えることにした。



「わかったよ……すげぇ話だったな……。

この短時間に考えたにしては出来すぎた話だし、

あまりに信憑性がないというのも、逆に信用できるってもんだ」



その言葉に真里と誠はホッとする。

だがあまりに都合の良い山村の返事に、忍だけは警戒していた。



(本当にこの人、俺たちの話を信じたのだろうか?

俺が逆の立場なら、絶対信じない)



それが普通の反応だ。

一般の人からすれば、頭のおかしな人と思うはずである。


山村は遠くを見つめていた。

まだ何か考え事をしているようにも見える。

それが何なのか、忍には分からなかった。



「ところであのサングラスのねーちゃんはどうした?」



山村が萌の安否を尋ねる。



「萌は俺たちを逃がすためにアイツらに捕まりました……」


「そうか……」



山村は苦虫を噛み潰したかのような顔を浮かべた。

本当に彼の心中は測りしれない。

この表情だけ見れば、味方のように思えてくるが、

なぜ彼がここまで親身になってくれるのか、忍には分からなかった。


山村からすれば、萌はほんの数時間前に出会ったばかりの人物にすぎないからだ。



「山村さん……もし俺たちのことが疑わしいなら……」


「おっと、敵さんがお出ましのようだぜ?」



忍が山村の心の内を確認しようとしたところ、

後方から黒いワンボックスカーが二台追走してきた。



「ちっ、惜しいな……あとちょっとで家内の実家に逃げ込めたんだが……

一旦まくしかねーな。いいか、あぶねーからしっかり掴まってろよ!」



山村はスピードを上げて距離を離そうとした。


後ろからサイレンの音がなる。

誠が後続車を確認すると、先ほどまでなかったパトランプが、車の屋根に取り付けてあった。



「前の車、ただちに止まりなさい。警察です。

すぐに誘導に従いなさい」 


「ばーか、騙されるかよ」



山村が警告に耳を貸す様子はない。



「で、でも、もし本当に警察なら山村さんが……」



誠が心配そうに言う。

ここまでしてくれるのは嬉しかったが、

それで山村が前科者になってしまっては大変だ。



「あれは警察じゃない。なぜならあの男が乗ってるからだ」



誠は振り向き、追跡してくる車の中を注意深く見た。二台のうち前方の車の後部座席には、鋭くこちらを睨み付ける鮫島の姿があった。



「山村さん、あの人を知ってるんですか?」


「あぁ……よーく知ってるぜ。

それにしても交通量がすくねーな。

いつもはもっと車が通るはずなんだが……。

こりゃ、このさき封鎖されているかもしれねーな……」



山村はスピードを少し下げると、

後続車との距離を縮めることにした。



「山村さん、もっとスピードをあげてください!

このままじゃ追い付かれちゃいます!」



差し迫ってくる黒服達の車に真里は慌てている。



「いいんだよ。近づいてもらった方が好都合だ。

それよりも揺れるから、しっかり掴まってろよ!」



山村は急にハンドルを切ると、

舗装されていない左の砂利道に入った。


突然の方向転換に、慌てて後続の車もハンドルを切った。しかし曲がり切れず、境にあったガードレールにぶつかってしまった。


後方に控えていた二台目の車も、

一台目にぶつかり玉突き事故を起こしてしまった。



「おっしゃ! ざまーみろだぜ!」



山村は声高らかに叫んでいる。

前方にあった車は大破。

後方の車はすぐにバックし追いかけようとしていたが、

大破した車が邪魔をして通れなくなってしまっていた。


山村の機転が効き、

こうして真里達は追走を逃れることができたのだった。



※※※



「すごいことになっちゃいましたね……」



事故を目撃し、真里は若干怯えている。

犯罪者とはいえ、人が目の前で死んだかもしれないのだ。彼女は震えていた。



「山村さんすみません、こんなことに巻き込んでしまって……」



誠は山村に謝罪する。自分達と会わなければ、こんなことにならなかったのに……そうした後悔の念が誠の心を包んでいた。



「ハーハッハッハ!! 辛気臭い顔をするなよ。

俺は逆に良い気分なんだぜ?

たとえ警察の御用になったとしても、復讐を果たすことができたんだからな」


「復讐?」


「あぁ、話せば長くなるんだけどよ、あの鮫島ってやつは……」



その時であった。

開いていた窓の外から手が伸びてきて、山村の首を掴んだ。



「ぐふぉっ!?」



山村は、急な出来事にハンドル操作が疎かになる。

すぐにブレーキを踏んでスピードを落とすと、車外に目を向けた。



「おめぇは、鮫島っ!」


「車を止めろ。それともこのまま死ぬか?」



なんと鮫島は、先ほど距離が縮んだ際に、

すでに追走する車の屋根に乗っており、

ガードレールにぶつかるタイミングで、飛び移っていたのだ。


山村は砂利道に旋回することに気を取られ、

真里達は車の揺れに備えて目を瞑っていたため、鮫島の行動に気が付けなかった。


そのような離れ業を、なんなく成し遂げてしまう。

それが鮫島という男であった。


山村の首を締める手の握力が、さらに強まる。



「くっそ、この野郎!」



山村は首絞めに耐えながらも、窓を閉めようとスイッチを押した。窓の自動昇降機能が働き、鮫島の腕を挟もうとする。



「くっ!」



走る車に張り付きながら山村の首を締め、なおかつ窓の開閉に抗う。

鮫島はこれ以上行動が制限されることを嫌い、

一旦、手を引っ込めることにした。



「げっほげほ……なんつー馬鹿力だ……はぁはぁ…」


「大丈夫ですかっ!?」


「あぁ、すぐに決着を付けてやるから待ってなよ……げっほげほげほっ!!」



ガンッ!!


直後、大きな音が鳴り、ドアガラスに細かいヒビが入る。


山村は鮫島を振り下ろそうと、車体をくねらせるのだが、

鮫島はしっかりと屋根に張り付いて離れなかった。


拳を作り、再びドアガラスを殴打する。

先ほどよりも小さな力で、割れた窓ガラスをザクザクと削っていく。その度にガラスの破片が山村の身体に振りかかった。


ある程度削れたところで、鮫島が顔を覗かせる。

ほんの数秒にも満たない時間であるが、彼の動きが硬直した。


そこで忍は車内にあった傘を使って鮫島に応戦しようとする。だがその行動もすでに読まれており、

鮫島はなんなく突きを交わすと、傘の先を掴んで取り上げてしまった。



「ナイスだぜ! にいちゃんっ!」



鮫島が忍に気を取られたことにより、山村がほんの少しの時間の猶予を得る。

彼は狙っていたように車体を右に寄せると、迫り来る木の枝に鮫島をぶつけようとした。



「くっ……」



鮫島はすぐさま車体の上で身体を跳ね、枝を回避した。

あと少しのところであったが、彼が車体から転げ落ちることにはならなかった。


鮫島は山村が脅しに屈しないと判断し、

実力行使に出ることにした。


身体を屋根の中央に移動し、

前進してフロントガラスを殴打すると、サイドガラスを殴った時よりもはるかに大きな音が鳴った。


フロントガラス全体にヒビが入り、視界を失ってしまった山村は、身体を屈め、まだヒビを入っていない部分から視界を得ようとした。


ガンッ! ガンッ!


だがそこにも鮫島の追撃が入る。



(もはやこれまでか……)



完全に視界を失ってしまった山村は、

視界を失う直前の道の様子を思いだし、スピードを上げることにした。


坂道であったこともあり、一気にスピードを増す車。

強い風が車内に入り、山村の髭を激しく揺らす。

山村はその道のカーブギリギリを予想して急ブレーキをかけた。



「ぬぅぅっ!!」



鮫島は反動でついに車体から剥がされてしまう。

山村は窓から顔を出すと、前方に飛ばされた鮫島の位置を確認し、そのまま車を再発進させた。



「くたばれっ! 鮫島っっ!!」



立ち上がろうとする鮫島を車体が跳ねる。

衝撃で飛ばされた鮫島の身体は、向かいの山肌にぶつかって動かなくなってしまった。



「あわわわわ……あわわわわわ……」



真里はその光景を見て青ざめていた。

殺人現場を生で見てしまったのだ。無理もない。



「山村さん、どうしてそんなに……」



忍は山村の行動に驚いている。

山村は復讐と言っていたが、殺したいほど強い恨みがあったということだろうか?



「あいつはよ……俺の一人息子を殺しやがったんだ。

だから私刑にしてやったのさ……」


「そんな……」



山村は真里の話を信じていたわけではなく、

どちらにしても強い殺意を秘めていたのだ。


だから自分達に協力してくれていたのだと、

この時、忍は悟った。



「あんたら、早くここを離れるんだ。

何をして追いかけられていたのか知らないが、俺と一緒にいたら殺人犯になっちまう。そうなる前に逃げるんだ」



山村は、ギロリと真里達を睨み付けた。

いかにも早く行けといった態度だ。



「でも私達と会わなければ、こんなことには……」


「ハッハッハ、逆だよ。俺はあんたらに感謝してる。

鮫島は法と権力に守られていた。あいつを殺すことなんざ、奇跡でも起きない限り無理な話だったんだ。

それをあんたらが可能にしてくれた。

きっと家内も分かってくれるよ。

なんてったって息子の敵討ちができたんだからな」



そうこう話していると、

坂の上の方から車の音が聞こえてきた。黒服達の車だ。



「もう時間がない。行くんだっ!」



山村が奥の草むらを指差し、逃げるよう促す。

真里、誠、忍は仕方なく、山を降りようとした。


その時であった。

黒服達の車の音を確認した鮫島が立ち上がり、駆け寄ってきたのだ。


足音を聞き、振り向く一行であったが、

あまりの速さに誠が捕まってしまう。



「鮫島っ!?」


「よぉー誠、ようやく捕まえたぜー?

ずいぶんと手こずらせてくれたな……帰ったらたっぷりお仕置きしてやるから覚悟しろよ」



鮫島はニヤニヤと嗤(わら)っている。

続いて彼は、忍に声をかけた。



「おい、忍。彼女見捨てて逃げるとは、ずいぶんと冷めてー奴だな。ま、もう別れた関係だからどうでもいいか。くくく……こっちの彼女は見捨てられるか?」


「こいつ……」



誠は必死になって鮫島の拘束から逃れようとしている。

しかしまるで歯が立たない。

まるで子供が大人に抑えられているようなものである。

絶体絶命のピンチだ。


黒服達の車も続々と駆けつけてくる。

4台……5台……この狭い道路には多すぎる数だ。



ヒュンッ!!


風を切る音がした次の瞬間、

鮫島は誠を抱えたまま、その場を飛び退いた。


直後、ガキッとした金属音が鳴る。

山村が車内にあったスコップを鮫島に振り下ろそうとしていたのだ。



「そろそろ来る頃だと思ってたぜ」


「この化け物め……早くその薄汚い手を女から離せ」



鮫島も山村の存在を忘れていたわけではない。

忍達を逃がさないことを優先しただけで、山村の動きは常に警戒していた。



「誰だか知らねーが、余計なことに手を出しちまったな、じいさん」


「誰だか知らないだと? あれだけのことをしておいて、忘れたとは言わせねぞ!」



鮫島は山村の顔を見て、思い出そうとした。

だがすぐに面倒くさくなって止めてしまった。



「忘れた。そんなことより、そんな物騒なものを振り回してあぶねーぞ、こいつに当たっちまうかもしれねぇな?」



鮫島が誠を盾にしているため、山村は手を出せない。

だがこのまま膠着状態が続いてしまったら、

黒服達が駆けつけてきて、確実に負けてしまう。


忍は山村を支援する方法を必死で考えた。



(くっ……どうしたらいいんだ……誠くんが捕まって、黒服達もすぐに来てしまう……一体どうしたら……)



その時、先ほどのカーチェイスの光景が頭に浮かんだ。


鮫島は、車のサイドガラスを割る際に、数回に分けて割っていた。

奴の握力であれば、一撃で割れるはず……

なぜ鮫島は〖手加減した〗のだろうか?


サイドガラスはフロントガラスと違って割れやすく出来ている。理由は車が水没した際に車内から逃げやすくするためだ。


鮫島はガラスの破片が飛び散らないよう殴ったのではないだろうか?


なぜ? 

山村が運転を誤り事故を起こす可能性があったから?

それは違う、どちらにせよ運転に支障が出るのは同じだ。


本当の理由は、ガラスの破片が飛び散って〖忍と誠に怪我をさせたくなかったから〗だ。


だから鮫島はガラスを割った後、車内を見た。

忍と誠が怪我してないか、確認していたのだ。



「山村さん、大丈夫です。

思いっきりアイツをぶん殴ってください!」


「なに……そんなことしたら嬢ちゃんにぶつかっちまうぞ!」


「アイツはあの人を傷付けることは絶対にしません。

大丈夫です。それに今はそれしか方法がありません。やってください!」



忍の言葉に、鮫島から物言いが飛ぶ。



「おい、何言ってんだ、忍。マコトちゃんが可哀想だろ? 傷物になっちまうぞ?」


「それで一番損するのはオマエだろ」


「……」



山村が持っているスコップに力を込める。



「一か八かだ。もう時間がない。俺が殴り付けたら、すぐに嬢ちゃんを助け出してくれよ」



山村がスコップを振り上げ、

誠と鮫島の頭上目掛けて一気に振り下ろした。


鮫島は拘束している誠を離すと、

すぐさまスコップを防いだ。


しかし大の男が思い切り振り下ろしたスコップである。

さすがの鮫島にもダメージが入る。



「ちっ……いってぇな……」


「やったっ! 誠くん、早くこっちへ」


「うんっ!」


「忍くんも早く!」



真里は忍にも避難を訴えた。

しかし忍はそれを拒否する。



「二人は先に逃げて、必ず後から追い付くから。

俺は山村さんとこいつらを抑えておくから早く!」


「えっ!?」


「大丈夫。俺には策があるんだ。必ず合流する」


「わっわかりました」



自信ありげに話す忍に、

真里は一言返すと、誠を抱えて山の中へと消えていった。



「あんたも行っていいんだぜ?」



スコップで鮫島を威嚇しながら、山村が言う。



「山村さんも一緒に逃げないとダメです。俺がいればあなたも逃げられる」


「はぁ? 何を言ってるんだ?」



根拠のない自信を持つ忍に、山村は呆れていた。

今、行けばまだ逃げれるというのに……。


そんな山村を尻目に、

忍は車の周りで何かを拾い始めた。


その間も山村と鮫島の鍔迫(つばぜ)り合いは続く。


山村の動きにはキレがあった。

一方の鮫島は、車に轢かれていたこともあり、

いつもよりも動きが鈍いようだ。


そうこうしているうちに、

二人は車を降りた黒服達によって囲まれてしまった。



「ジ・エンドだな、忍。この状態なら逃げられねーだろ」


「あぁ、こうして全員車から降りるのを待ってたよ」


「…………何を言っている?」



鮫島が聞き返すと、忍はポケットから先ほど拾った〖サイドガラスの破片〗を取り出した。それを自らの顔に突き立てる。



「!!」


「察しがいいな。俺は今から〖俺を人質にする〗

黒服は全員、背を向けて俺たちの前に並んで座れ。

鮫島はそのままそこに座るんだ」


「くっ……てめぇ……」



鮫島は言われたとおり座ると、忍を睨み付けた。


黒服達はそんな鮫島を見て動揺していた。


そんな彼らを見て、忍は言う。



「早く命令するんだ。

あんたの言うことなら、みんな聞くだろう」



鮫島は静かな声で黒服に命じた。



「おい……こいつの言ったとおりにしろ……」


「えっ……」


「いいから聞けっ!」


「はっ! かしこまりました!!」



忍の命令通り、黒服達は全員背を向けて一列に並んだ。山村はわけがわからず忍に尋ねた。



「おいっ……一体どういうことだ?

なぜこいつらはアンタの言うことを聞いている?」


「奴らは俺の身体に傷を付けたくないんです。

傷つけば、こいつらのボスが怒り狂いますからね」


「な……どういうこっちゃ?」


「詳しい説明はあとでします。

山村さん、何か奴らを縛るものを持っていませんか?」


「そんなもの都合良く持っているわけないだろ」


「じゃあ、奴らの車の中を見てください。

おそらく身柄を拘束するものが入っているはずです。

それと無線機があったら全部壊してきてください。

連絡が取れなければ増援も来れないはずです」


「わかった。見てこよう」



鮫島達のことだから、必ず何か用意してるはずだ。

忍は、山村に車内の捜索をお願いした。


鮫島が忍に言う。



「おい、分かってるのか? 

萌は、俺たちが捕えている。お前が逆らうなら、あの女の身の保障はできねーぞ?」


「危害を加えないと言っておきながら、

萌を同性愛者にしようとしたのは、どこのどいつだ? 約束を守れない癖にいい加減なことを言うな」


「ハッハ、お前は誤解してる。

萌をレズにしたのは、お前がホモになった後、

寂しくないようにするための俺たちの気遣いだ。


いずれこの世界は、ホモだらけになる。

それが小早川の夢だからな。

そうなった時のために、今からレズにして傷つけないようにしてやったんだ」


「何がホモだらけの世界だ。

自分たちの価値観を押し付けてるだけじゃないか。

それにお前らがホモを増やすのは、単に性の捌け口を増やしたいだけだろうが」


「そこはマジで違うぞ。

俺はノンケを犯すのが好きなんだ。

完全にホモになっちまった奴なんて、オナホの役割しか果たさねーからな」


「お前の趣味の話なんて聞いてない」


「それにオメーだって喜んでいたじゃねーか。

誠のケツ穴に突っ込んで、愛してるって叫んでいたのはどこのどいつだ。

笑わせるぜ、ハーーハッハッハッハ!!!!」



鮫島の笑いに釣られて、黒服達も笑っている。


今は背を向けて座っている彼らだが、

少しでも気を抜けば襲ってくるかもしれない危険な存在だ。


そこで忍は、あることに気が付いた。



(そういえば、この人たちは……)



「黒服の皆さん、聞いて欲しい。そして考えて欲しい。あなた方は、本当に初めから同性愛者だったのか?


小早川に捕まって、洗脳されて良いように使われているだけじゃないのか?


もし疑わしいのなら、今すぐ立ち上がって欲しい。

元々、大切だった人のためにも、一緒に小早川を打ち倒そう」



ここで説得することにより、

何人かの催眠が解けて、自分達の味方をしてくれるかもしれない。


黒服が仲間に加われば、これほど心強いことはない。

そんな淡い期待を込めて、忍は伝えた。


笑っていた黒服達が神妙な面持ちへと変わる。

この会社に就職する前の自分はどうだったのか、思い出そうとしているようだ。


そんな状況にも関わらず、鮫島は余裕の表情だ。

むしろ真面目に考えている黒服達が面白くて仕方ないようだ。



「おい、オメーら、俺をこれ以上笑わせるのはやめろ。

笑い死んじまうぜ。お前ら元からゲイだろ。


好きなだけ考えて良いから、思い出してみろよ。


忍、俺の部下は元々ゲイのやつらばかりだぞ。

小早川の所にいる奴らは、全員元ノンケだがな。


俺は中途半端な奴は好かねーから、

そういう奴は、傍におかねーことにしてるんだ。


どうだ、お前ら、思い出したか? 全員ゲイだろ?」


「はいっ! ゲイであります!」


「俺も元から男好きです!」


「女興味ありません!」


「ほらな」



懐柔作戦は失敗か。

忍はがっかりした表情を見せた。


そこに縄をたんまりと持った山村が帰ってくる。



「こんなにあったぞ? もっとたくさんあったが、さすがに持ちきれんかった」


「ありがとうございます。十分です」



そうして忍は、鮫島達を山村に拘束させた。



「車内の無線機も全て壊しておいた。よくそんなのがあるのがわかったな……」


「いえ、こいつらなら用意していそうなものです。それじゃあ行きましょうか」


「よく分からんが上手くいって良かった」


「山村さんのおかげです。車は……あとで弁償します」


「そんなこと気にせんでエエ。これで……チャラにするけんな」



山村はそう言うと、胡坐(あぐら)をかいでいる鮫島の前に腰を下ろした。



「お前は忘れているかもしれんが、

俺は山村製糖株式会社の元社長、山村漣治郎だ。お前に息子を殺されたな」


「山村ぁ?……あーそういえばいたかもな。

うぜぇ土地開発反対派の糞の一部だろ?」


「糞はオマエだ。この美しい南の島を欲の詰まったリゾート地になんかしおって、自然の有り難みの分からぬ糞どもが」


「クックック、思い出してきたぜ。

山村、山村 翼(つばさ)の親父か。ブーーハッハッハ!!

翼が死んだって? 今もウチのゲイバーで働いてるってんの!

紹介してやろうか? アイツのケツの穴もなかなかのもんだったぜ!」


ガツンッ!! 「ぐっ……」


山村は、大笑いしている鮫島を殴り付けた。



「息子は死んだ。ようやく一人前になり、社長の椅子と株式を譲ってやったというのに、

こんなゴミ共に全てをくれてやるとはな。おまけに理由が好きになった人がいるからだとは……」


「あーそれ俺のことな。何度もケツハメしてやったら、

一物をプルプル振り回して、好き好き言ってきやがって、まったく笑える奴だったぜ」


バスッ! ボスンッ! 「ぶはぁ……」


思いっきり二、三発殴り付ける。

豪腕な山村から繰り出された拳は重く、鮫島の顔には大きな痣ができていた。



「山村さん、それは違います。息子さんは、奴らに催眠を掛けられているんです。催眠を解けば、元の性格に戻りますよ」


「お気遣いありがとよ。だが催眠術なんてオカルトじみたもんは、鼻から信用しておらんのだ。そんな根本から性格を変えてしまうようなもの、あるはずがない」



山村は催眠術をまったく信じていない。

この状況で、それを信じさせるなど至難の技だ。

忍は、切り口を変えて話すことにした。



「……わかりました。山村翼ですね。

生きてるんだったら良かった。約束します。

そのうちあなたに元の姿に戻った息子さんを会わせてみせます。それが俺たちからの恩返しです」



山村は、スコップの柄を持ち、もう片方の手でぽんぽんと足かけ部分を叩いている。

じっーと鮫島を見つめ、何やら考えているようだ。



「……ふっ。今からコイツを殺してやろうかと思っていたが、あんたのその言葉を聞いて、やる気が失せてしまったよ。会いたくもない息子だが……人殺しになってしまったら、こっちが会わせる顔がないもんな……」



山村には、忍が昔の息子の姿に重なって見えていた。

死んだことにしたい恥ずべき息子であるが、かつては自慢の息子であった。

山村は、それを思い出し、鮫島の殺害を思いとどまることにした。


二人は、拘束した鮫島達をそのままにして、

真里と誠を追うことにした。

時刻はすでに夕刻に差し掛かろうとしていた。
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