「サトウキビって生でも食べれるんですね!」
「あぁ、生でも食えるぜ。
俺の畑で取れたサトウキビは、この島じゃ結構有名なんだが、
もし時間があるなら、これから寄って行かないか?
サトウキビの生ジュースを御馳走するよ」
「えぇーー! 良いんですか?
あ……でも、すみません……ボートに乗る予定があるので……」
「それなら仕方ねぇな」
「はぁ……でも飲んでみたかったなぁ……」
生のサトウキビを食べれる経験なんて、そうそうないことだ。真里は残念そうに息をついた。
車に乗って一時間後。運転手の気の良さから、真里達は彼と親しげに話すようになっていた。
運転手は名を山村 漣治郎(れんじろう)といって、
この島でサトウキビ畑を営んでいる農夫であった。
今は誠に代わって、真里が山村と話をしており、
世間話に花を咲かせていた。
車はボード乗り場の手前にある山村の住む街まで来ていた。
「しかし、活気のない街で驚いただろう?」
「そう言われてみると、たしかにシャッターが閉まっているお店が多いですね……」
「ここも数年前まではもっと賑やかなところだったんだが、色々あってね……今ではこのざまだよ」
「何かあったんですか?」
「2年くらい前だったか、小早川観光開発という企業が進出してきて、
この島をリゾート地にすると言い出したんだ」
「小早川……!?」
小早川観光開発……聞いたことのない会社名だったが、
真里は、すぐにそれが小早川の関連会社だと気付いた。
「初めは長老も土地開発に反対していて、反対派が大勢を占めていたんだが、
いつの間にか賛成派が逆転するようになっちまってな……。
今では長老も賛成派のリーダーだ。買収されるような人じゃなかったんだがなぁ。
島を見限って離れる者、強引な手法で土地の権利を奪われる者、そういう人が続出してこうなっちまったんだよ……」
そう語る山村の顔は実に悲しそうだった。
しんみりとした空気が車内に流れる。
大体の事情は予想できた。
小早川は催眠術を使って、島の反対派を操り、土地開発を進めていたのだ。
「島の税収が増えるのは良いことだが、
元々住んでいた島の住民には全く還元されん状況だ。
それどころか開発が進んで、おかしな連中が増えるようになってしまった。
多くなってきたのは主に性犯罪だ。しかも同性間のな。
メディアもどういうわけか、何か事件があっても取り上げやしねぇ。
かと思えば、今話題の行方不明者については、しつこいくらい報道しやがる。
一体、どうなっちまったんだ。この島は……」
「そんなことがこの島で……」
小早川の催眠による魔の手は、真里達のみならず、
世の秩序を脅かすものになりつつあったのだ。
真相を知っている真里は、怒りに震えていた。
「許せない……そんな卑怯な手を使って、
みんなを苦しめるだなんて……」
「お嬢ちゃん、優しいねぇ……こんな見ず知らずのオッサンに、
ここまで同情してくれるだなんて。
その気持ちだけでオッちゃんは満足だよ」
山村は、バックミラー越しにニッコリと真里に微笑んだ。
「あんなオカマにこれ以上好き勝手させちゃダメですっ!
みんなで力を合わせれば、必ずアイツを倒せますっ! だから頑張りましょう!」
「ちょ、ちょっと……真里……」
真里がヒートアップしているため、萌が止めに入る。
いくら山村のオッチャンが良い人だといっても、
さすがに正体がバレるのはまずい。
そんな真里の態度に山村は少し驚いた顔を見せていた。
「ありがとよ。しかしお嬢ちゃんが小早川を知っていたとは驚いたぜ。
地元の人間でもないのに、どうして奴のことを知ってるんだ?」
「あ……えーと……」
「僕はテレビで見ました。小早川社長が南の島の土地開発を始めたって、ニュースになっていましたよ。でもこんな強引なやり方で開発を進めているとは思いませんでした」
「なるほどな。言われてみれば、たしかにニュースになっていたかもしれねぇな」
山村の問いに詰まってしまった真里であるが、誠のフォローでなんとか誤魔化すことができた。
実際、誠はそんなニュースなど見ていないのだが、放送されていると言われても違和感のない内容である。
「しかし、あんたらを見てると、息子を思い出すようだぜ……」
「山村さん、息子さんがいらっしゃるのですね」
「あぁ、もう20後半になるんだが、昔は結構やり手でね。
仕事に対して、嬢ちゃん達みたいに熱い情熱を持っていたもんだ」
「昔……?」
「……昔の話だ。ふぅ~なんだか辛気くさい空気になっちまったねぇ。
もうこの話は止めにしよう」
山村はそう言うと、話を切り上げてしまった。
それから30分後、
真里達を乗せた車は、ボート乗り場へと到着する。
「本当にありがとうございました。
なんのお礼もできなくてすみません」
「なーに、礼なんざ良いさ。
南の島の住民は、損得勘定で動いたりはしない。
もしお嬢ちゃん達が困っている人を見かけたら、
同じように助けてくれればいいさ」
本当に心から気の良い人に巡り合えた。
四人は山村に別れを告げると、ボート乗り場へと向かった。
※※※
「おぉーあったあった。
モーターボート。なかなかの大きさだねぇ」
萌は歩きながら水に浮かぶモーターボートを眺めていた。
先端が尖り、丸みを帯びた形状、実にカッコいい。
萌と忍はレンタル契約を済ませるため、受付へと向かっていた。
海沿いに掛けられた桟橋は広く、
パラソルが掛けられ、ビーチベッドでくつろぐ人の姿もある。
(あれ……? あの人どこかで見た覚えあるなぁ)
受付に一番近いビーチベッドで横たわるアロハシャツを着た男。一見すると、どこにでもいる中年男性であるが、萌はなぜかその男に見覚えがあった。
男は萌が見ていることに気が付くと、
隣にいる男性に声を掛け、ゆっくりと立ち上がった。
その動きに萌は無意識に後退(あとずさ)る。
ドンッ……。
背中に誰かの身体がぶつかった。
その衝撃で体勢を崩す萌であったが、
彼女の腕を背中側にいる人物が掴み、萌は咄嗟(とっさ)に振り返った。
そこには同じくアロハシャツを着た男がいた。
黄色いレンズのサングラス。レンズ越しに目が合う。
だが次第にそのレンズは黒く染まり出し、シャツもスーツを着用しているように見え出した。
(あっ!!)
反射的に持っていたバッグを振り回し男にぶつける。
しかし男は手を離さなかった。むしろより強い力で腕を掴む。
かなりの力だ。痛みで萌の顔が歪む。
その行動に確信を持った萌は、力の限り叫んだ。
「忍!! 真里と誠さんを連れてここから逃げてっ!!」
隣にいた忍は、萌の叫びに驚く。
彼からすると、単に通行人が萌にぶつかったようにしか見えていなかったからだ。
叫びを聞き、前方にいたアロハシャツの男二人が一気に駆け出した。
萌はバッグから飛び散り、地面に落ちた眉用のハサミを手にすると、迷わず男の頬に突き刺した。
だがそれでも男は手を離さない。それどころかハサミを持つ方の腕も掴んでしまった。
そこで忍は、ようやくこの男三人が、黒服の変装した姿であることに気が付いた。
萌を助けようと、男に掴みかかろうとしたのだが、ここで再び萌が叫ぶ。
「私のことは良いから、早く二人の元へ走って!!
このままじゃみんな捕まっちゃうっ! 急いでっ!!」
萌の気迫に圧倒され、忍は黒服から離れる。
前方の男二人が目前まで迫って来ていた。
忍は慌てて後方にダッシュした。
そこで萌は、揉み合う男の金的(きんてき)に膝蹴りを放つ。
男が少し顔を屈めたところで頭突きをいれる。
さらに前方の男二人が近寄って来たところで、
怯んだ黒服を巻き込んで床に転がり込んだ。
ちょうど萌を抑えようとしていた男二人は、
突然、姿勢を変えた萌と仲間に反応できず、二人の身体に足をぶつけて転倒してしまった。
忍は萌の意志を尊重して、来た道を走った。
真里と誠は、忍の後方20mほどのところにいた。
もちろんその距離であれば、この異常事態に気付かないはずがない。
二人も忍と同じく、萌を助けようと前進していたのだが、
それを忍に止められた。
「俺たちじゃ、あの男達とぶつかっても勝てない。
萌が時間を稼いでいるうちに、早く逃げるんだ!」
二人は迷っている。
前にも後ろにもいけない状態だ。
忍はそんな二人の腕を掴んで引っ張った。
「このままじゃ萌の行動が無駄になってしまう! 良いから逃げろっ!」
二人は悔しそうな表情を浮かべながらも逃げることを決めた。
ちょうどその光景を巡回していた鮫島が見つける。
周りには部下と思われる黒服が五人もいた。
幸運なことに、彼らはアロハシャツの男三人よりもさらに後方にいた。
状況を即座に飲み込み、鮫島が走り出す。
それに気付いて部下五人も一斉に走り出した。
強力な脚力。ぐんぐんぐんぐんスピードが増していく。
鮫島は他の黒服達を突き放していった。
それと同じく忍達との距離も縮まろうとしていた。
※※※
「ふぅ~ここの海はいつ来ても綺麗だなぁ~」
真里達を見送った後、山村はすぐには車に戻らず、海を眺めていた。
この港は山村にとって思い出の港。
彼はかつて嫁と二人でフェリーに乗って遊んだ時のことを思い出していた。
(かーちゃん見てるか、俺はまだ頑張ってるぞ。
必ずあいつらを追い出して、お前が愛したこの島を守りきってみせるからな)
首に掛けたロケットペンダントを開き、
奥さんの遺影を見つめる。
そうして感傷に耽る山村の耳に、
先程まで車に乗せていた真里の声が届いた。
「山村さーん!! お願いっ!! 助けてっ!!」
不穏な台詞に、山村は何事かと振り返る。
そこには誰かに追われ、逃げる真里達の姿があった。
「なっ……どうしたんだっ?」
車の後部座席のドアの前に真里と誠が張り付き、
忍が助手席へと回り込んだ。
「はぁはぁ……山村さん、悪いんですが、詳しい説明をしている時間はありません。今すぐ車を出してください」
「んな……出して欲しいと言われてもねぇ……」
親しげに過ごした仲ではあったが、面倒事には巻き込まれたくなかった。万が一真里達が犯罪を犯していたら、共犯者になってしまうからだ。
しかし山村のその考えは、追う男の姿を見て一蹴された。
(……あの男は!!!!)
山村が注目した男。それは鮫島であった。
意図せず身体が動く、
山村は車の鍵を開けると、運転席に乗り込んだ。
ほぼ同時に真里達も中に入る。
「飛ばすぜっ!! しっかり捕まってろよっ!!」
四人を乗せた車は急発進で飛び出す。
鮫島が手を伸ばし、触れるや否やといったところで、車体はすり抜けていってしまった。
「くそったれがっ!! おいっ! すぐに車を呼べっ!!」
鮫島は、現場に到着する黒服達に、次の指示を出す。
そしてスマホを取ると、小早川へと連絡した。
「はぁ~い♡ 憲子ヨ~♡」
小早川はなんとも上機嫌に電話を取った。
鮫島に連絡を貰って嬉しいようだ。
「ボート乗り場に奴らがいた。萌は捕まえたが、他の奴らには逃げられた。すぐに応援をよこせ。協力者がいるようだ。車で逃げてる。早く来い」
ピッ……
端的に言いたいことだけ言って切る。
なんとも鮫島らしい。
そんな鮫島の態度に、
小早川は怒るどころか……。
「ハァーーン♡♡
サメちゃんカッコいいー♡♡
痺れちゃうぅ~~♡♡♡♡」
逆に痺れていたのであった。