次の日の朝。
タクシーに乗った四人はネカフェを目指していた。
運転手の脇に、付け髭をつけた忍が座り、
後部座席には、真里、誠、萌の三人が座っている。
四人はみな無言で窓の外を眺めていた。
外には、のどかな田園風景が広がっている。
麦わら帽を被り耕作に励む人や藁葺き屋根の納屋が多く、
タイムスリップしたような感覚にとらわれる景色である。
若者は少なく、老人の姿が目立った。
若くても50代くらいであろうか?
地方の過疎が深刻化しているこの国では、
珍しくない光景なのかもしれない。
「お客さん、こんなところに来るなんて珍しいですね。
もしかして芸能関係の方ですか?」
タクシー運転手が何の気なしに口を開く。
どうやらその身なりから、忍をプロデューサー、
見た目から女性三人をアイドルか何かと見ているようだ。
忍は落ち着いた口調で、芸能関係者っぽく振るまう。
「芸能関係? どうしてそう思います?」
「この島は土地開発が進んでいまして、よくテレビ関係の方がいらっしゃるんですよ。てっきり何かの企画かと思いまして」
「あーそうですね。まぁ内部の事情もありますので、
詳しいことは言えないですが……」
「そうですよね……」
運転手は残念そうに肩を下ろした。
芸能人の誰が乗ってるか気になるのか、
時おり、バックミラーから女性陣をチラチラ見ている様子であった。
あまり印象の良くない運転手を軽くあしらい、
ぼんやりと過ごしていると、
無線にオペレーターから連絡が入った。
「引き続き行方不明者の情報提供を呼び掛けております。
男性身長172cm……」
「!!」
一行に緊張が走る。
タクシー会社のオペレーターが、
四人の身体的な特徴を述べ始めたのだ。
おそらくは小早川の指示によるもの。
誠が中性的な顔立ちをしており、
女装しているかもしれないとの情報も告げられていた。
「了解しました。見かけ次第報告します」
運転手は、それが今乗せてる客だとは、まだ気付いていない様子だ。
「お客さん、知ってますか? なんでもすごいお金持ちのご子息がこの島で行方不明になったそうなんですよ。ご家族の方が懸賞金を出されたそうで、発見者にはなんと十億円が支払われるそうなんですよ」
「よくニュースで見ますね……」
「日に日に金額が上がるので、血眼(ちまなこ)になって探す人もいるみたいです。私は仕事でいけませんがね」
張り詰めた空気とはまさにこのことだ。
真里は緊張からか、小刻みに身体を揺らし始めていた。
運転手がいつ気付いてしまうか、まさに冷や汗ものである。
そんな中、ようやく車は目的地へと到着した。
「ありがとうございましたー!」
運転手は長距離の運賃を貰い、
ホクホク顔で走り去っていった。
緊張の糸がほどけて、真里はその場に座り込んだ。
人より感情が表に出やすい分、余計ストレスを感じていたようだ。
「ふぅ~疲れた~……」
「疲れたのはこっちだよ……真里、あなた緊張しすぎ!
あんなにガタガタ震えていたらバレちゃうよ」
ぐったりとした表情で萌が言う。
「でも忍くんが常に話題を振ってくれていたおかげで助かりました。真里さんのことも気付かれなかったしね」
「話好きな運転手だったから良かったよ。
寡黙な人だったら、ヤバかったかもね」
「えぇぇっ!? 私、そんなに危ない状態でした……?」
みんなの意見を聞き、真里は事の重大さに気が付く。
自分ではそこまで意識していなかったようだ。
「あんな情報が入ったら緊張しても仕方ないよ。
真里さんは頑張ったと僕は思うよ」
「うぅぅぅ……でも次も顔に出さない自信ありません……」
「うーん、こりゃ考えものだね……」
ネカフェに着いたとはいえ、
まだこれからボート乗り場に向かう予定がある。
もし勘の鋭いタクシー運転手に当たれば、
すぐに報告されてしまうだろう。
ひとまず四人は人目を避けるためネカフェに入ることにした。外でたむろしていたら危険だ。
「いらっしゃいませーご利用何名様ですか?」
「4人です」
「会員カードをお願いします」
それぞれがカードを出す。忍はVIPワイドルームを予約すると、伝票と全員分のカードを受け取った。
「64番だって、一番奥の部屋だね」
部屋に入ると誠はさっそくパソコンの操作を始めた。
普段使っているHatmailでIDとパスワードを入力し、メール画面を呼び出す。どうやら無事アクセスできたらしい。
「じゃあさっそくメール送るね」
誠がメールを打っている間、
真里と萌は飲み物を取りにドリンクバーへと向かっていた。
「んーなに飲もうかなぁ~」
ドリンクバーを前にして、真里はしばし長考する。
メロンソーダにアイスクリームを乗せても良いかもしれない。そんなことを考えていた。
「あっ! ◯◯教室の最新刊出てるよっ!
そういえば発売日12月下旬だったっけな」
「ホントだ。ついでに読んでいっちゃおうか?」
ドリンクバーの反対側には、各出版社の最新刊が並べられているコーナーがあり、萌は目ざとく◯◯教室の最新刊を発見していた。
しかし、一度読み始めると、他にも読みたくなってしまうものである。二人はあとちょっとと思いつつ、読みたい本を読み耽るようになっていた。
ちょうどその頃、忍は用を足すためトイレに来ていた。
個室に入り便座に座っていると、ちょうどスタッフが入ってきた。洗面台周りの掃除をしに来たらしい。
少しして入り口のドアがもう一度ひらく音がした。
「すみません、店長。警察の方が見えているのですが」
「警察? なんで?」
「はい、なんでも店を訪れた顧客のデータを見せて欲しいという話でして」
「また急な話だね」
「行方不明の男女を探しているそうです」
「わかった。じゃあ、ここ片付けたらすぐ行くから少し待ってもらって」
「了解です」
突然の事態に忍は焦りだす。
タクシーの件といい、この店といい、本当に小早川は徹底的に自分達を追い詰めるつもりなのだ。
彼はなるべく音を出さぬようトイレットペーパーを巻き取ると、大きな塊を作り便座に押し込んだ。
そのまま水を流し、詰まらせる。
ガチャ、ザザザーーー。ゴポッ……ゴポッ……。
「すみません、便器の調子がおかしいのですが……」
「はい? すみません、少し見せてくださいね。
あっ……これは詰まってしまってますね……」
便器は水が溜まり、今にも溢れだしそうになっていた。
店長は頭を掻いて、その様子を見つめている。
「ごめんなさい、どうすれば良いですか?」
「大丈夫です。こちらで対応しますから、
お客様はお部屋にお戻りください」
「分かりました。すみません、お願いします」
忍がトイレから出ると、
店長は掃除中の看板を入り口の前に置いて戻っていった。
(よし、これで少しは時間を稼げるぞ)
忍は足早に部屋に戻ると、すぐさま誠に声をかけた。
「誠くん、メールは終わった?
ちょっとまずい状況になって、
ここからすぐに出ないといけなくなったんだ」
「えっ? こっちは終わりましたけど……何かあったんですか?」
「説明はあと、みんなの荷物を持ってすぐに出よう」
「はいっ!」
真里と萌の荷物を抱え、二人は外へと向かう。
途中のドリンクバー付近には、呑気に漫画を読む真里と萌の姿があった。
「萌、はいこれ、荷物持って。早く出るぞ」
「えーもう? まだ入ったばっかじゃん」
「事情が変わったんだ」
「う、うん。なんかヤバそうだね」
忍の真剣な表情に、萌は事態の重さに感付くと、
荷物を受け取り入り口へと向かった。
真里も◯◯教室の最新刊を読んでいて、
非常に不服ではあったが、みんなと出ることにした。
「うわっ……パトカーが止まってる……」
「もしかしてウチらが来たのバレたのかな?」
会計を済ませ、店から出た四人の視界に一台のパトカーが入る。焦る萌。真里もオドオドし始めた。
「大丈夫。僕たちがいると確信してるなら、もっとたくさん来てるはずだよ。おそらく手当たり次第、聞き込みしてるだけだと思う」
冷静に誠が分析する。
「でも会員情報読まれてるからな……早くここを離れた方が良さそうだ」
そう言う忍の表情は曇っていた。
顧客情報を調べられ、四人の存在を知られてしまったら、
大勢の黒服達がこの街に押し寄せてくる。
一刻も早く移動しなければならない状況だが、
もう一度タクシーを使う気にはなれなかった。
前回はたまたま鈍い運転手に当たっただけで、次はないかもしれない。
(う~ん、どうするか……? ここからボート乗り場まで、まだ遠いし、タクシーもバスも使えないしな……)
忍は考えながら道行く車を見つめていた。
すでに逃亡から2日経っている。
もう一度レンタカーを借りに行くのも危険な感じがした。
おそらく小早川は、全てのレンタカーショップに連絡をしているだろう。
(少し危険だけど……この方法を使ってみるか……)
※※※
十五分後……。
「いやーまさか四人もいるとは思わんかったな。
ヒッチハイクとは、このご時世、ずいぶんと粋なことをするもんだ」
太く豪快な声。逞しい腕。鍛えられた肉体。
整った口髭と顎髭を貯えたおっちゃんの車に乗せられ、
四人は順調に港へと向かっていた。
あれから忍は、ヒッチハイクを提案した。
賞金狙いの民間人が多い中で、
ヒッチハイクという手段はたいそう危険に思えるが、
常にオペレーターから最新情報が届くタクシーと比べたら、
幾分かマシに思えた。
なおかつ報道によると、
自分たちは逃亡犯としては扱われていない。
行方不明者であれば、わざわざ変装をしてヒッチハイクを行う理由もないため、気付かれることはないだろう。
しかしこの状況下である。
四人で歩道に立てば目立ってしまう。
忍は誰を国道に立たせるか迷ったが、
おっとりとした誠であれば、
すぐに乗せてくれる人が現れるだろうと考えた。
そして彼の予想どおり、誠がヒッチハイクを始めたところ、
すぐに数台の車が停車してくれた。
誠のような美女がヒッチハイクをしていたら、
乗せたくなるのが男の性(さが)というものだ。
停車した車は、2台がベーシックなセダン車、一台がワゴン車だったため、四人は広々としたワゴン車に乗ることにした。
ヒッチハイクをした誠が助手席に座り、
他の三人は後部座席に座る。
誠は女装しているため、
あくまで女性として振る舞うことにした。
「乗せていただきありがとうございます。私たち、ボート乗り場に向かっているのですが、どこまで行けますか?」
「どこの乗り場かによるな。でもお嬢ちゃん達、別嬪(べっぴん)さん揃いだからなぁ~。時間もあるし、そこまで運んであげても良いぞ」
おっちゃんは鼻の下を伸ばしている。
この島で誠のような美人は珍しいようで、実に嬉しそうだ。
「本当ですか!? そうしていただけると助かります。
このボート乗り場なのですが、よろしいですか?」
誠は地図を広げて場所を指し示す。
「おお、奇遇だな。ちょうど俺の地元の先にある漁港じゃねぇか。
俺の家を通り過ぎることになるが、少しの距離だし運んでやるよ。任せときな」
パァーっと誠の顔が明るくなる。
ヒッチハイクを何度も重ねて目的地に向かうつもりであったが、まさかこんなにも簡単に行けるようになるとは……。
人生がかかっていたこともあり、他の三人も大喜びであった。
「しかし、こんな美女三人を連れて旅行とはモテる男は違うね~」
バックミラー越しに、オッチャンは忍をからかった。
本音を言えば、忍なしで美女に囲まれたかったが、居るなら居るで仕方がない。
「いえ、そんな……」
「ハッハッハッハ!! 憎いねー色男。
俺もあんたみたいなイケメンに産まれたかったぜ」
だいぶ騒がしいおっちゃんではあるが、人は良さそうだ。
そうして会話も弾み、道を進んでいくと街宣車が反対車線を通りかかった。
「行方不明者の捜索にご協力ください。年齢は20代……」
タクシー、ネカフェに続いて、
ここにも小早川の捜査網は続いていた。
オッチャンは不快な表情で、街宣車を見つめている。
「昨日、一昨日からずっとこのニュースばかりだ。
一体どんな奴がいなくなったんだろうな?
朝から晩まで同じニュースばかりで頭が痛くなるぜ」
「さぁ……詳しいことはわからないです……」
「しかし、おかしなもんだよなー。行方不明者四人探すだけでこんなに騒ぐか普通?
俺には何か裏事情があるように思えるんだよなぁ」
「そうなんですかね……」
鋭い考察であるが、触れることはできなかった。
四人は懸賞金を掛けられている。
このオッチャンと言えど、金に目が眩み、
自分達を差し出すかもしれないのだ。
誠は話題を変えるため、別の話を振ることにした。
※※※
一方その頃、小早川のいる司令室では、
真里達の居場所を特定するための作戦会議が開かれていた。
「はい、この通りメールはこちらで留めております」
「そう、念には念をして、アイツらのメルアドを監視しておいて良かったワ~」
壁に映し出されたプロジェクターの映像を見て小早川が言う。
そこには誠が恭子に送ったはずのメールが映し出されていた。
小早川は、四人のスマホの履歴からメルアドを特定し、
送信機能をロックしていた。
もちろん誠のhatmailやyahuumailも把握済みだ。
「バッカねー、スマホがこっちにあるんだから、アナタ達がどんなツールを使ってるかなんて丸分かりヨ」
すでに真里達がマンガ道場を利用していたことも知られていた。
小早川は報告を受け、
すぐさま黒服を集結させ、周囲を探し回らせていたのだが、
あまりにも早く、誠がヒッチハイクを成功させてしまったため間に合わなかったようだ。
「しかし、このメールだと、
アイツらが何を狙っているかわからねーな」
鮫島は苦々しい顔をして画面を見ている。
誠はメールが見つかった場合に備えて、
今後の動きについては一切記載していなかった。
恭子に伝えようとしていた内容は、小早川が催眠術を使って自分達を操ろうとしているという内容だけであった。
もちろん信じがたい内容であるため、
信じられるようフォローは入れていたが、
誠のこうした配慮によって、
小早川は真里達の居場所を特定できずにいた。
「おい、この甘髪って女にも暗示を掛けておいた方が良くないか? 誠が初めに連絡しようとした女だ。こいつを塞げば、あとはどうしようもなくなるだろう」
「う~~ん……難しいところネェ……」
「なにか問題でもあるのか?」
「実はアタシね。この甘髪さんと取引してるのヨ。
ほら今度新しいダンスホールを開くじゃない?
そこの踊り子の服をデザインしてもらっているから、
正直、掛けたくないのよネ……」
「催眠にかかっていようが、
仕事できなくなるわけではないから問題ないだろ?」
「アタシはネ。〖本物〗が欲しいの。
催眠にかかっている甘髪さんがデザインしても面白くないワ。素のままの彼女がデザインしてこそ、アタシの踊り子達も輝くと思わない?」
「わかんねーな」
「アナタには分からないでしょうネ。
アタシね。女はキライだけど、彼女のデザインは認めてるの。だから彼女に催眠を掛けるのはパスよ」
「ちっ……何かあってからじゃ知らねーぞ」
これまで小早川は、恭子と何度も打ち合わせを行ってきている。仕事人間である恭子との取引はスムーズに進み、小早川は仕事仲間として、恭子を認めるようになっていた。
「本題に戻るけど、アイツらがこの島を出るとしたら、やはり船くらいしか思いつかないワ。
あとは……籠城されても厄介ネ……空き家になってるところにも人を送るべきかしら?」
「いくらなんでも人を割き過ぎだ。
この島に空き家なんざいくらでもあるからな。
港もたしかに多いが、俺が人を派遣するならここだな」
鮫島は、画面をこの島の地図に切り替えると、
マウスカーソルで、ある港をドラッグした。
「この島から一番本島に近い港だ。ここなら時間をかけずに他の島に移れる。移動するとしたら客船しかないだろうが」
「まぁ、そうね。自分で運転できるならモーターボートくらい使いそうだけど、そう都合良く運転の仕方を知っているとは思えないし、とりあえずその辺の監視を増やすことにしましょ」
「追い詰められたやつは何するか分かんねーから、
念のためにボート乗り場にも数名送っとけよ。
一か八かで運転されて、死なれたら元も子もねーからよ」
「たしかにそうネ……泳ぎに自信のある構成員を送っておくワ……あぁ、大丈夫かしら、マコトちゃん、忍ちゃん……」
あまりにも心配になり、目眩を起こしそうになる。
小早川にとって、誠と忍はもはや我が子同然の存在だった。それだけ小早川は二人のことを気に入っていたのである。
小早川と真里達の最終決戦は、
刻一刻と始まろうとしていた……。