「この鮭、おいしーい♪」
次の日の朝、
萌と外に出掛けた真里は、
近くの和食レストランでブレックファスト定食を食べていた。
ここは焼き立ての鮭と作りたてのお味噌汁を出してくれるお店で、客の注文を受けてから、調理を開始するお店であった。
「はぁ~やっぱり焼き立ては美味しいね~」
「味噌汁も大豆が残ったままのを使ってるね。これ絶対高いやつだよ。出汁も本だしじゃなくて、ちゃんと鰹節と昆布を使ってる感じがする」
「そうだね。あーマコちゃんにも食べさせたかったなぁー」
「明日連れてくれば良いじゃん。別にお店は逃げないよ」
前日の怪我で、誠は部屋で休んでいた。
彼は大した怪我ではないと言ったが、
ホテル側が手配した医者が来て、
朝から再診を行ってくれていた。
素人では分からない問題があるのだろう。
誠の具合が気掛かりであったが、
二人は彼に美味しいものを買ってあげるため、
あちこちのお土産屋を見て回る予定であった。
「ところで思ったんだけどさ。
なんで真里って、マコトちゃんに敬語で話してるの?」
「うーん……それはだね……」
相手が桐越先輩だからとは言えない。
そもそも真里は、萌と弥生以外の人にはほとんど敬語だ。
真里が砕けた話し方をする相手は、
気の許し合った同年代の相手か、家族くらいである。
別に壁を作っているつもりはないのだが、
年上となると、どうしても畏まってしまうのだ。
割り勘のこともそうであるが、
真里は何かと堅苦しいところがある女性であった。
「というわけで、敬語なんですよ」
「ほほー、かなりセリフを省いたね」
そんなこんなで朝食を終えた二人は、
さっそくお土産を買いに出掛けるのであった。
ピンポーン♪
一方その頃、誠の部屋ではインターホンが鳴っていた。
(なんだろう? 真里さんかな?
部屋の鍵、持って行ってるはずなんだけど……)
誠はベッドから起き上がると、
インターホンのモニターを確認した。
そこには朝来たばかりの医者が映っていた。
誠はすぐにモニター越しに声を掛けた。
「はい、なんでしょうか?」
「お休みのところすみません。朝の検診の際に忘れ物をしてしまいまして、それを取りに来たのですが、中に入れていただいてもよろしいでしょうか?」
「わかりました。すぐに開けますのでお待ち下さい」
相手が医者ということで誠は警戒しなかった。
すぐにチェーンロックを外しドアを開ける。
ガチャ…………
そこには医者ともう一人、見知らぬ女性がいた。
「……? あなたは?」
「純白の姫君」
その言葉を聞き、誠はすぐに意識を失ってしまう。
医者は誠を抱えると、ベッドに運んだ。
「マコトちゃん、本当に大丈夫なんでしょうネ?」
「今、ギプスを外しますのでお待ち下さい」
手慣れた様子でギプスと包帯を外す医者。
露(あらわ)になった誠の足には、
ほんの少しの切り傷があるだけであった。
「ふーむ……これ跡が残ったりしないの?」
「ですから大丈夫ですって。
そもそもこの程度の傷でギプスはやり過ぎです。
こういうのは薬を塗って外気に晒した方が早く治るんですよ。こんな包帯ぐるぐる巻きにしてギプスなんか嵌めたら、傷口が籠って返って治りが遅くなりますよ」
「この程度って……アザがあるじゃないの!」
「単なる内出血です。これも余計な手を加えず安静にしておけば、自然に治るものです。ギプスを外し包帯も止めて、バンソウコウでも貼っておけば良いんですよ」
「アンタそんなこと言って、マコトちゃんの身に何かあったら責任取れるんでしょうネ? この子はアタシの店の大事な看板娘になる子なのヨ! 今から傷物になったらどうすんのヨ!」
「何も起こりませんよー……」
凄まじい剣幕で怒鳴り散らす小早川。
医者もこれまで何度も同じことを言われてきたのか、うんざりした様子である。
小早川は誠が怪我をしたと聞いて、居ても立ってもいられなくなり、医療チームを編成していたのだ。
しかしあまりにも誠の怪我が軽症で、すぐに治療を終えてしまったことから、真面目に治療していないと思い込み、頭にきていたというわけだ。
「うーす、なんだ、怪我したって聞いたぞ」
そこに鮫島が現れる。小早川の不安がなかなか収まらないため、黒服達がヘルプを送っていたのだ。
「サメちゃん、大変なの! マコトちゃんが怪我して……」
「んんー? ただの切り傷だな。問題ない」
「でも……跡が残ったら大変ヨ!?」
「こういうのは、旨いもん食わせて、運動させておけば良いんだ。それに休ませると言っても、そんな時間ねーだろ? こいつらがこの島にいる間に決着つけるんじゃなかったのか?」
「そ、それもそうだけど……」
誠の怪我は心配ではあったが、たしかに鮫島の言うとおり、この島にいる間に決着をつけたい。
小早川は思い悩んでいた。
「そんな心配だったら激しい運動させなければ良いだろ。
マグロ状態で寝たまま調教したらどうだ?」
「うーん……それだと効果が薄いのよね……
でも調教を目的としなければなんとか……あっ! そうだワ!」
何か悪巧みを思い付いた時の顔をする。
小早川は再び誠に向き合うと、暗示を掛け始めた。
※※※
自室で一人考え事をする忍。
主に考えることは、
どうやって萌との関係を元に戻すかということだ。
一番良いのは、萌ともう一度交わり、
性行為を成功させることだ。
だがそれは勃起しないことには始まらない。
忍は自身の股間をじっと見つめ考える。
どうして誠には勃つのに、萌には勃たないのだろうか?
萌は女性の中でもかなり可愛い方だ。
容姿には全く問題がないと言っても良い。
そして男を魅了する小悪魔的なエロさや、
抜群のスタイルを持っている。
対する誠も、たしかに可愛い。
可愛さだけで言えば、萌に勝っていると言っても良い。
だがハッキリ言って、萌の方が好みである。
誠は忍からすると清純過ぎるのだ。
忍は萌のようなエロくて悪戯好きな女性が好きだった。
誠は彼の好みの範疇から外れてると言える。
両者を比べてみても、
興奮する要素は萌の方が圧倒的に勝っているはず。
なのになぜ誠の方にだけ、身体が反応してしまうのだろう? いくら考えてもその謎は解けなかった。
ピンポーン♪
部屋の呼び出し音が鳴る。
モニターを確認すると、
そこには怪我をしたはずの誠の姿が映っていた。
(なんでマコトちゃんが一人でこの部屋に?)
何か用事があるとは考えにくい。
不審に思ったが、怪我人を外で待たせておくわけにはいかない。とりあえずドアを開けることにした。
「マコトちゃん、どうしたの? こんなところに来て怪我は大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です。少しお話があるのですが、中に入れてもらっても良いですか?」
「あぁ……良いよ。中に入って」
忍は誠を中へ招き入れると椅子に座らせた。
昨日、医者に付けてもらったギプスは外されており、
怪我をした部分には大きめの絆創膏が貼られていた。
「ギプス外したんだ。付けてなくて良いの?」
「はい、お医者さんが必要ないからって外してくれたんです」
「そうなんだ……それなら初めから付けなくても良かったのに、変わったお医者さんだね」
誠は椅子から立ち上がると言った。
「はい、本当に大したことなくて、痛みもあまりないんです。こうして普通に歩けますし、心配して貰わなくても大丈夫です」
「それなら良かった。ところで話って何かな?」
「それなんですが……」
トゥルルルル…………トゥルルルル…………
そこで部屋のコール音が鳴る。
「あっ、ちょっと待ってね」
「はい」
おそらくフロントからだろう。
忍は今の状況になんとなく既視感を覚えると、電話を取りに立ち上がった。
「はい、もしもし」
受話器の先から聞き慣れた声がする。
忍は例のごとく
催眠状態に入ってしまった。
電話の主は、そのまま暗示を掛け続けていった。
※※※
「真里ーまだ食べてるの?
そんなに食べたら、お腹壊しちゃうよ?」
「だってマコちゃんに美味しいもの買って行かなくちゃいけないじゃん。ちゃんと試食しなきゃ分かんないでしょ?」
「だからって食べ過ぎだよ。お土産も買いすぎー」
真里はその日、土産物屋の試食コーナーで試食を繰り返し、誠へ買っていくお土産を選定していた。
美味しいものが食べたいという誠の要望を受けて、
真里はそのことだけにひたすら全力を尽くしていたのだ。
「あのねー真里。マコトちゃんは美味しいものが食べたいって言ってたけど、たぶん真里に気を使って言ってくれてたんだと思うよ?」
「モグモグ……どうゆうこと?」
「マコトちゃんは、真里が外に遊びに行けるように、敢えてそう言ってくれてたの。本当は美味しいものが食べたいんじゃなくて、真里に旅行を楽しんできて欲しかったんだよ」
「えぇっ!? そうなの! マコちゃん……優しい……
なら尚更、美味しいもの買ってかなきゃ……モグモグ」
「だからそれが違うんだってば……
真里は変なところ義理硬いんだから」
萌は試食品を貪(むさぼ)り喰う真里を止めると、
一旦近くの喫茶店に連れて行った。
「だからもう止めなね。
真里がお腹壊しちゃったら、マコトちゃんが悲しむよ?
自分のせいで真里が酷い目に遭ったって考えちゃうかも?」
「わかった……今日はもう止めとくね」
「でも真里ってマコトちゃんにすごい優しいよね。
桐越先輩のことがなければ、本当にレズカップルって感じだよ?」
「ええー? そお?」
「うんうん、お似合いのカップルだと思う」
「もぉ、そういうことでからかうの止めてよーマコちゃんとはそういう関係じゃないの」
否定するも真里の顔は明るい。
事実、誠とお似合いのカップルと言われているのと同義なのだ。真里は内心、喜んでいた。
(真里、あんまり嫌がってる様子ないな……
この子、本当にレズっ気があるのかもしれない)
からかってはいるが、真里にレズっ気があることを、
萌は心のどこかで期待していた。
昨夜、真里をオカズに自慰をしてからというもの、
彼女の中で真里を想う気持ちが、余計強くなってしまっていたのだ。
しかし自分達は女同士。
しかもお互いに彼氏がいる者同士。
こんなことを考えてはいけないと自分を諌めていた。
「ところでさ、忍くんと喧嘩した理由って、もしかしてエッチのこと?」
「う、うん、まぁね……」
真里の質問に、萌は元気なく頷く。
「忍、最近なんだか勃ちにくいみたいで、それで出来ないって打ち明けてくれたんだ」
忍が誠に勃起したことは黙っておくことにした。
それを真里に話したところで何の解決にもならないし、
余計なことを考えさせてしまうだけだ。
「えー忍くん、そうだったんだ……
でも萌、そういう時は焦っちゃダメだよ。
実は誠くんも勃ちにくかったんだけど、
最近ようやく普通に出来るようになってきたんだ」
「桐越先輩もそうなんだ」
意外といった反応で真里の話に聞き入る萌。
「治すのにすごく苦労したけどね。
でもそういう男の人、最近増えてるらしいよ?
萌が良かったら、私がどうやって誠くんのちんちんを復活させたか、教えようか?」
「良いの? そんなプライベートなこと……」
「萌がそのことで苦労してるんだったら良いよ。
私の経験が役に立つか分からないけど、選択肢を増やす意味では良いかもね」
「ありがとう、真里……」
萌は真里に心からお礼を言った。
それからしばらく、
真里は過去の誠との体験を赤裸々に語っていった。
マコトが誠だとバレないよう女装のことは伏せていたが、
前立腺を責めることを中心に話を展開していった。
「そっかぁ、アナルを責めるのがそんなに効果があるとは思わなかったよ……最初は断られるかもしれないけど、少しずつ勧めてみることにするね」
「誠くんもまだ完璧って訳じゃないけどね。
お互いに気長に治していこうよ。
ちなみに焦らせるのは一番良くないらしいから、そこだけは気を付けてね」
「うん、わかった。ありがとね、真里」
そうして二人はホテルへと戻ることにした。
空も少し紅くなり始める時刻であった。
真里の話を聞き、少し気が晴れた萌は、
忍と仲直りしようと自分の部屋に向かっていた。
(昨日は結構キツイこと言っちゃったから、まずは謝らないとな……。忍にお尻責めたいって言ったらどんな反応するかな)
忍のびっくりした顔が頭に浮かび、萌は含み笑いをした。
さっそくドアを開けようとドアノブに手を掛けたのだが、
そこで部屋の奥から奇妙な声がすることに気づく。
「………………ぁん………………………………ぁっ………………ぁっ♡」
女性の喘ぎ声だ。
萌は部屋番号を確認し、鍵の番号をチェックした。
どちらも同じ番号だ。この部屋で間違いない。
(まさかアイツ……AVでも見てるのかな……)
どういう意図でAVを見ているのか、
本人に聞いてみれば分かることだ。
もしかしたら、勃起の練習をしている可能性もある。
ならばいくらでも練習させてあげよう。
エロさで言えば、自分はAVに負けないはずだ。
もちろん、あのマコトと言う女にだって負けない。
自分の魅力で、忍の気持ちを取り戻すのだ。
萌は鍵を外すとドアを開けて中に入った。
入室は敢えて静かに行った。
AVを観賞している忍を驚かせるためだ。
それに彼がどんなものに興味があるのが知りたい気持ちもあった。ドアを静かに閉め、そろりと奥へと進む。
手前の小さな廊下を進み、ゆっくりと忍のいる場所を覗き込んだ。
するとそこには…………。
「ぁんっ!♡ 忍くん、気持ちいいよっ!♡
もっと、もっとしてぇ!♡ 大きいの入れて♡」
「ハァハァハァハァ!!
マコトちゃんの中、すごく気持ち良いよ!」
「あっ! すごいっ……力強くって……全身トロけちゃう……ぁんっ! 好きぃ♡ 忍くん、大好きっ!♡」
「俺も、マコトちゃんのこと大好きだよ」
正常位で愛し合う二人の姿。
萌は口を半開きにしたまま動けないでいた。
一体自分は何を見ているのか?
理解するのに時間が掛かった。
やがて脳裏に浮気という言葉が思い浮かぶと、
無意識に足が出口へと向かった。
そして来た時と同じように、
静かに退室し、廊下の床に両手を付き、静かに泣き始めた。
「う…………うぅ…………ううう…………ぁ……あぁぁぁ…………」
半開きになった彼女の目からは、止めどなく涙が溢れ出していた。過呼吸にも似た息遣い。震える全身でこの現実を受け止める。
あまりにも辛い光景を目の当たりにして、フラフラの状態になりながらも、彼女はこの場所から早く離れようと立ち上がった。
壁に手を付きエレベーターのある方へと進み歩く。
エレベーターに乗り込んで一階に到着すると、
萌はそのまま暗い外の世界へと消えていった。
※※※
一方その頃、真里の部屋では。
「あれーマコちゃんいないな? どこ出掛けたんだろう?
せっかくお土産物見てもらおうと思ったのに……
まぁ、いっか。夕食会場でご飯食べているかもしれないし、ちょっと行ってみようかな」
誠を探すため一階へと向かう真里。
何度かLINEを送っていたが、彼から返事はなかった。
チーン♪
一階に到着し、夕食会場を確認する。
しかし誠の姿は見当たらない。
(うーん、ここにもいないか……夜だし近くの銭湯にでも出掛けているのかな? 仕方ない……とりあえずその辺ブラブラしてみよう、美味しいものあるかもしれないし)
その時、真里の視界に海の夜景が映った。
ホテルのガラス壁から、
ライトアップされた海が広がっている。
(すごい綺麗……そういえば夜の海、あんまり見ていなかったな……。時間もあるし、少し出てみようかな……)
そう考えながら、外を眺めていると、
ヤシの木の下に座り、海を眺める萌の姿を見つけた。
(あっ、萌がいる。
でも忍くんがいないな……仲直りできなかったのかな?)
萌のことが心配になったのと、ちょうど外に出ようとしていたこともあり、真里は萌の元に向かうことにした。
「………………」
夜の海を無言で見つめる萌。
泣き疲れたのか、彼女の瞼は腫れており、やつれた顔をしていた。
「もーえ、こんなところで一人でどうしたの?」
真里の声を聞き、萌は振り返る。
その表情から、忍と上手くいかなかったことを察知した真里は、労るような顔をして萌の隣に座った。
「真里……よくここが分かったね……」
「うん、マコちゃん探してたんだけど、
たまたま外に萌がいるのを見つけてね」
「マコトちゃんならさっき見掛けたよ……そのうち部屋に戻ると思うから、心配しなくても大丈夫だよ……」
「そっか、それなら良かった。夜の海も綺麗だねー」
「うん……」
それから萌は何も話さなかった。
先程の忍と誠の行為をどう受け止めたら良いのか、
まだ心の整理が付いていない様子だ。
そんな深刻な問題を抱えているとも知らず、
真里は心配して尋ねた。
「ねぇ……忍くんと何かあったの?」
「ううん……ちょっとはしゃぎ過ぎて疲れたから、
部屋に戻る前に休んでいただけ……」
萌はそう答えるが、
彼女の様子を見れば、誤魔化していることは明らかだった。
しかし真里はそれ以上聞くのを止めておいた。
萌のその答えだけで話したくない気持ちを察したのだ。
そして萌も、その気持ちを真里が汲んでくれたことを察していた。
今、自分がどんな顔をしているかよく分かっている。
萌は真里の放っておいてくれる優しさに感謝した。
「ねぇ、真里……寄り掛かってもいい?」
「えっ……? うん、良いよ」
返事を貰い、真里に身体を寄せる萌。
熱帯の暖かな夜風が、優しく二人を包み込んでくれていた。
※※※
「ただいま」
時刻は夜10時、部屋に戻った萌は荷物をまとめていた。
既に誠の姿はなく、ベッドが乱れた様子もなかった。
「おかえり、萌」
ようやく萌が戻ってきて安心した様子の忍。
彼は萌とこれからのことについて話し合うつもりだった。
「マコトちゃんはもう帰ったの?」
萌が忍にそう尋ねる。忍は首を傾げた。
なぜ彼女がそんなことを言うのか?
意図が掴めず素直に答える。
「マコトちゃんはここには来てないよ」
実際に誠の姿は見ていない。
案の定、記憶を消されていた忍は、誠が来たことも、
セックスをしていたこともすっかり忘れてしまっていた。
それに対して、萌は残念そうな顔で言う。
「わかった……じゃあもう別れようか、忍……」
「えっ……?」
忍は訳が分からないといった反応を見せる。
昨日まで愛してると言ってくれていた萌が、
どうして別れると言い出すのか? 忍には分からなかった。
「あなたのこと信じていたのに……どうして隠すの?」
「何を言ってるか分からないよ……萌」
「さよなら、忍。マコトちゃんと幸せになってね…………」
出ていこうとする萌を引き止める。
「待ってくれ、なんでそんなことを言うんだ?
俺は嘘なんかついていない。本当だ」
真剣な眼差しで萌を見つめる。
彼の態度には、これまでにない気迫が感じられた。
萌は猜疑心を持ちながらも、もう一度答えることにした。
「実は2時間くらい前に、一度この部屋に戻ってきていたの。そこであなたとマコトちゃんが抱き合っているのを見てしまったのよ!」
泣くのを堪えて、忍に伝える。
これまでずっと一途な男性と信じてきた。
それがこうまで誤魔化すだなんて……。
萌は一刻も早くここから出ていきたいと思っていた。
「何かの間違いだ……俺はそんなことしていない。
マコトちゃんにも会っていない。本当だ」
信じてあげたい気持ちはある。
しかし萌はハッキリと見てしまったのだ。
二人が繋がっているところを……彼女は納得しなかった。
「まだしらを切るつもり? そんな人だと思わなかった!」
萌は涙を流し部屋を出ていってしまった。
「なんでこんなことに…………」
大切な人を失い、忍はその場に崩れ落ちた。
※※※
「やった……ついにやったワ!!」
その様子を隠しカメラで見ていた小早川は大いに喜んだ。
ほぼ一年掛けてきていた忍と萌の離間工作は、
ついに成功を迎えたのだ。
フリーになった忍と萌は、
これまで以上に
催眠にかかりやすくなるだろう。
あとは一ノ瀬真里を潰すだけだ。
萌と付き合わせ日常に返す。
そうなれば真里は、
誠への想いを完全に忘れ、気にも止めなくなるだろう。
小早川は今回成功した方法を、
真里にも適用させるべく、準備に取り掛かろうとしていた。