学校が終わり家に着くと、
恭子はいつものように自分の部屋のベッドに寄りかかって座っていた。
今日も三人で下校した。側から見れば、仲良し三人組、といったところか。
ふと、教室での情景を思い出す。
直美は休み時間にいつもスマホをいじっていた。
おそらく誠と連絡を取っていたのだろう。
二人の距離を離すことがこれほど難しいとは思ってもみなかった。
誠はもちろん直美のことを愛しているが、
先日の催眠で確認した通り、直美も誠のことを愛しているのだ。
直美が誠のことを一途に思っている限り、
たとえ催眠術であろうとも二人を引き離すことはできないだろう。
(じゃあ…桐越くんはどうかしら)
恭子は別の視点から考えてみることにした。
幸運なことに自分は女で、世間では美人で通っている。
この容姿を使って、誠を攻略する方が手っ取り早いのでは?
直美への気持ちが強い分、
落とすのは難しいだろうが、恭子には催眠術がある。
催眠によって自分への興味を強く持たせれば、いつかはどこかで隙が生じるはず。
“誠だけを家に呼ぶことはできないだろうか?”
直美と誠が恭子の家に訪れる頻度は以前より増えていたが、
その状態で出来ることは、
お互いに刺激を与えないように催眠をかけるのがやっとだった。
あまり強い催眠をかけると、本人が目を覚まさなくても、
もう一方が目を覚ましてしまう危険がある。
一人なら誤魔化すこともできるが、
見ていない隙に覚醒されたら、対処できる自信がない。
おそらく、そこで二人との関係は終わってしまうだろう……
だが、直美と誠を別々に家に呼ぶことができれば、
もっと安全に、強力な暗示をかけることができる。
恭子は、頭の中で新たな計画を練ろうとしていた。
※※※
ある日の昼休み、恭子はいつも通り直美と昼食を取っていた。
「あーおいしかった! うちのお母さん、卵焼きだけはプロなんだよね〜」
「ふふ、なにそれ」
直美は弁当箱を閉めると、膝に置いたまま背伸びをした。
恭子はそんな直美を見て、猫を連想する。
あぁ…なんてかわいい猫なんだろう。すぐにでも自分のものにしたい。
「ねえ、ちょっと聞いてる?」
直美は焦れたように恭子に問う。
「え? あぁごめん、なに?」
「もーーー。ちょっとさ、図書室行かない? 暖房あたりに行こうよ」
「あ~ごめんね。今からちょっと用事あるんだ」
「そうなの? わかった、ひとりでいこっかなあ」
恭子は直美の誘いを断ると、
パンの袋とジュースのパックを持って、一人で校舎に入っていった。
「桐越くん、いる?」
恭子は普段は行かない教室に着くと、
ドア付近でストーブに当たる男子に声をかけた。
男子は美人で有名な恭子を見て、
少し戸惑ったが、すぐに誠を呼びに行ってくれた。
「甘髪さん、どうしたの?」
呼ばれてすぐに誠が顔を出す。
容姿端麗な二人が向かい合って話をしている。
クラスにいた生徒たちは、興味を隠そうともせず、二人を見ていた。
「直美のことでちょっと相談があるんだけど……
ここじゃ話せそうにないから、今日うちに来てくれない?」
恭子が一人で誠に会いに来たのはこれが初めてだった。
誠は少し動揺したが、困っている人を放っておけない性分だ。すぐに了承した。
※※※
時刻は午後五時。そろそろ来る頃だ。
ピンポーン、と恭子の家のチャイムが鳴った。
「はーい」
恭子は二階から返事をすると、階段を降りて玄関のドアを開けた。
そこには制服姿の誠が立っている。一度直美と帰宅後、引き返してきたのだろう。
恭子は誠を部屋まで案内した。
「ちょっと待ってて、お茶持ってくるから」
恭子は誠を部屋で一人にさせる。
計画通りだ。
だが、気は抜けない。
誠は、初めて一人で彼女以外の部屋に来たことに罪悪感を感じているのか、
それとも気になる女子に誘われて嬉しいのか、複雑な顔をして恭子を待っていた。
「ごめんね、紅茶しかなかったけど良かったらどうぞ」
恭子は穏やかな笑顔で紅茶を差し出した。
女性に耐性のない男子だったら、一瞬で恋に落ちてしまうような笑顔だ。
誠も少し心が揺らいだが、直美という恋人がおり、
なおかつ元々女性にはモテていたので、そこまでの影響はなかった。
「あ、ありがとう」
誠は紅茶を一口飲んでから、恭子に聞いた。
「それで、直美のことで相談って、何かあったの?」
「そう、そのことなんだけど……最近直美がなんだか前と違うのよね。
そわそわしてるっていうか、集中できてないっていうか。
桐越くん、何か知らない?」
恭子はいかにも親友らしく、最近の直美について尋ねた。
誠は最近の直美の様子について思い浮かべた。
誠と一緒にいる時の直美は、以前と変わらず、終始笑顔で楽しそうにしていた。
敢えて以前との違いを上げるとすれば、
綺麗な女性を目で追うことが多くなったことだろうか?
しかし、それについては、
同じ女性として、服装や化粧について参考にしているものだと思っていたし、
実際、以前の直美と比べると、服のセンスはずっと上がっていた。
顔つきだって、以前より大人っぽいと感じることが多くなっていた。
「う~ん、特にこれと言って変ったと思うようなことはないけど、
敢えて言うなら、女の人を目で追うことが多くなったような気がする。
でも僕に対しては変わらず接してくれるよ。直美も特に何も言わないし」
「そう…ほら、私と直美って親友じゃない? 放っておけなくて」
「そうだよね、じゃあ何かあったら言うよ」
「ありがとう、気づいたことだけでもいいから教えてね」
「うん、わかった」
誠は本当に恭子が悩んでいるのだと思い、心配そうな表情で相談に乗った。
「そうだ、時間もあることだし、催眠術ですっきりしていかない?」
恭子は誠に催眠術を勧めた。
誠はチラりと時計を確認した。
夕飯の手伝いの時間を気にしているのだろう。
「いいね。まだ時間あるし…じゃあお願いしようかな」
誠は何も疑いもせずに誘いに乗った。
※※※
ようやく機会を得る事ができた。
ここに直美はいない。いるのは恭子と誠だけだ……
(これで直美がいたら、
かけることができないような催眠術も、かけることができるわ…)
恭子は、先程紅茶を差し出した時とはうってかわって、
獲物を狙うような冷徹な眼をしていた。
(焦ったらダメ……
まずはこの関係に慣れさせて、何度でもここに来るように仕向けなきゃ…)
恭子は、ベッドに寄りかかり目を閉じている誠に語りかける。
「あなたは、今後一人でも恭子の家に遊びに行きたくなります」
恭子は、直美がいた時に使えなかった“一人で”という言葉を口にした。
親友が自分を除け者にして、自分の彼氏と二人で会おうとしていたら、
直美はどう思うだろうか?
当然、大きなショックを受けるだろう……
覚醒してしまうのは火を見るより明らかだった。
それに恭子自身、直美の前でそういった台詞を吐くのが嫌だったのもある。
恭子が愛しているのは直美だけなのだから……
恭子は続ける。
「なぜなら、あなたは恭子のことが気になるから」
恭子は元々その美貌と女性らしさから、
ほとんどの男性から魅力的に思われていた。
だが、念には念を入れて、
直美一筋の誠には、恭子の魅力を最大限に感じられるようにした。
「あなたは恭子のことを魅力的に感じている。
今日、恭子が一人で教室に来た時だって、内心すごく嬉しかったでしょ?」
誠は困ったような顔をしている。
直美に対して後ろめたい気持ちが出てきたのだろう。
「良いのよ、もっと素直になって?
あなたと恭子が仲良くなることを、直美はきっと喜んでくれるわ。
だってあの子にとってあなたは恋人で、恭子は親友。
3人仲良くできた方が良いに決まってる。
疾しい関係でもないし、もっと堂々としてて良いと思うの……
あなたもそう思うでしょ?」
恭子は誠への暗示を続ける。
「むしろ、直美のためを思うなら、もっと恭子と仲良くすべきよ。
男性のあなたが気付けないようなことでも、
女性の恭子だったら気付くってこともあり得るでしょ?」
“直美のため”
その言葉に共感を得たのか、誠はすんなりと顔を縦に振った。
「これは全部直美のため、ついでに大好きな恭子と一緒にいられて嬉しい。
恭子の存在はあなたに安心感を与えます。
自分では気付いてあげられない直美の悩みも、
同じ女性の恭子なら気付いてくれる。
恭子と一緒ならなんでも解決できる。あなたはそう感じるようになります」
直美のためを思う気持ちと、恭子に魅力を感じる気持ち、
その両方を織り交ぜながら、恭子は誠への催眠深化を行った。
いつしか誠は、恭子の問いかけになんでも頷くようになっていった。
恭子は最後に肝心の質問をした。
「どう?これからも一人で私に会いに来たくなったでしょ?」
誠は恭子の目を見て、しっかりと頷いた。
「それでは、あなたは日頃の疲れも取れ、
すっきりとした気持ちで目を覚まします」
恭子は、誠に気持ちをリフレッシュさせる催眠を忘れずにかけ、催眠を解いた。
「どう、気分は?」
「ああ…やっぱりすっきりしたよ」
誠はいつものように腕を回してから答えた。
「そっか、よかった。また直美について定期的に知らせに来てほしいな。
……もちろん、直美には内緒で」
『直美には内緒』
そう言われ誠は一瞬戸惑ったが……
(これは、直美のためだ)
少しの後ろめたさを言い訳で消し、頷いた。