ここは萌の通う専門学校。
授業を終えた萌は、
南の島で買ったお土産を、友人達に配っていた。
唐草模様の包装紙にくるまれたお土産。
中身は全てウミネコ饅頭だ。
「うわ、お土産? ありがとう、萌♪
南の島どんなところだった? 楽しかった?」
「ンーーまぁまぁだったかな?
ご飯も美味しかったし、見るとこもいっぱいあったしね」
「へぇー今度、私も彼氏と行ってみようかな?
萌も忍くんと行ってきたんだよね?」
「あぁ、うん……まぁね」
旅行の話で盛り上がり始める。萌の机の周りには、
南の島の話を聞こうと友人達が集まってきていた。
ガタッ……。帰り支度を終えた忍が立ち上がり、
出入口に向かって歩き始める。
それに気付いて、友人の一人が言った。
「あ、忍くんが行っちゃうよ? 今日は一緒に帰らないの?」
冬休み前はいつも一緒に帰っていた二人。
萌が自分達に遠慮しているのだと思い、伝えた友人であったが、返ってきたのは意外な答えだった。
「あーそれなんだけど、実はウチラ別れたんだよね。
だから一緒に帰ることはもうないよ」
「「「「エェーーーーーーー!!」」」」
一斉に驚嘆の声を上げる友人達。
会話に加わっていない友人も、それを聞いて驚いている様子だ。
「ダウト!今日はエイプリルフールじゃないよ、萌」
冗談だと思った友人がツッコミを入れる。
「ウソじゃないよ。ホント」
「……」
ツッコミを入れた友人は、
平然と返す萌に言葉を失ってしまった。
あれほど仲の良かった二人がなぜ……?
場は一気に重々しい空気へと変わる。
「え? みんなどうしたの?」
にも関わらず、萌はあっけらかんとしている。
信憑性に欠ける彼女の態度に、友人達は疑念を抱いていた。二人の仲を知っているからこそ、俄(にわか)には信じがたいのだ。
「じゃあさ、なんでそんなに平気な顔してるの?
前は忍くんが熱出しただけで学校休んでたじゃん」
「忍が浮気したから」
「え……マジ?」
「一緒に南の島行ったんだけど、あいつ現地の女と浮気しちゃってさ。そこでバイバイして別れちゃった」
「うわーそうだったんだ……
辛かったよね……大丈夫なの?」
「別にーもうどうでも良いし、どこにでも行けばって感じ」
萌の話に、みんな、お通夜状態だ。
おそらく萌は、あまりのショックで感情を失ってしまったのだろう。だからここまであっけらかんとしているのだ。
しかし、この状態もいずれ落ち着けば、悲しみとなって現れるはず。
そう思い、友人達は萌を励ますことにした。
「……大丈夫。萌ならすぐにもっと良い人見つかるって!
そうだ!合コンひらこ?
萌、可愛いから、きっとモテるって!」
「私、合コンマスターの友達いるから話してみるよ!
医者とか弁護士の卵、紹介してもらえるかもよ!」
「私も行くっ!みんなで萌をサポートしよう!」
合コンの話で盛り上がり始める友人達。
しかし、萌はそんな彼女達に水を差すように一言入れた。
「あーごめん……気持ちは嬉しいんだけどさ。
私、もう男にはウンザリしてて、
どうせだったら、女の子を紹介してもらいたいかな?」
「「「エェッッッ!!?」」」
萌の爆弾発言に、友人達の顔が凍り付く。
浮気されたショックで、女に走ろうとするだなんて、
よっぽど忍の裏切りが堪えたのだろう。
友人達は、一斉に同情の眼差しを向けた。
「もえーーーそんなのかなしすぎるよーー!」
「うわーーーん! こっちの世界に戻ってきてー」
「萌がおかしくなっちゃったーー!」
あまりに不憫で涙を浮かべる友人もいる。
萌が本当に同性愛者となってしまったことを知らない友人達は、あまりに重症過ぎる彼女の様子に、大いに同情するのであった。
※※※
その夜。
萌は服を着替えて、とある場所へと向かっていた。
向かう先は、□□市の風俗街にあるニューハーフバー。
彼女はそこに到着すると、
裏口に立っている黒服の男に声をかけた。
「あの」
「入れ」
黒服は無愛想に扉を開けると中に入るよう命じた。
催眠によって、すでに打ち合わせは済んでいるのか、
萌は疑う様子もなく店へと入った。
店は閉店しているのか、ひとけがなかった。
ほとんどの部屋は電気が消されており、
最低限使う通路の照明のみが点いている状態である。
そこで萌は一番奥の部屋に通された。
入り口で黒服に荷物を預け、中へと入る。
壁紙がピンク色のいかにも怪しい雰囲気の部屋であった。
お香の匂いが立ち込め、薄暗い白色灯が室内を照らしている。壁には大きなモニターが掛けられており、天井にはカメラが設置されていた。
真ん中には直径5メートルはある丸形のマットレス。
特注の羽毛布団が掛けられており、その上にはツルツルとしたネイビーブルーのサテンの織物が掛けられていた。
萌はそのベッドの中央に座らせられ、
モニターに注目するよう言われた。
黒服がモニターのスイッチを入れると、
いつものように小早川が顔を見せた。
「はろ~ご機嫌いかが~?
今日は忍ちゃんと帰らなかったようネェー?
喧嘩でもしたのかしらん?」
見下すような目つきで挨拶をする小早川。
彼は忍と別れたことを揶揄するように話し始めた。
しかし、萌がそのバカにした態度を気にする様子はない。声を荒らげることもなく、落ち着いた様子で返した。
「そもそも興味もないので喧嘩なんてしません。
もう忍のことなんてどうでも良いです」
「クーーフッフッ、そうよネ。
あなたにとって忍ちゃんはどうでも良い存在だったわよネ」
「はい」
「あなたが興味があるのは女の子。
可愛くて、柔らかくて、良い匂いがする。
いつも女の子のことばかり考えてるのよネ?」
「はい、私は女の子のことばかり考えています」
南の島で掛けられた催眠術は、
今や萌の心を完全に鷲掴みにしていた。
小早川は、萌に掛けた催眠を強固なものにして、レズ調教師として活用することを考えていた。
「お復習(さらい)するわヨ。
あなたは男の子と女の子どちらが好きかしら?」
「……女の子です」
「そう、あなたは男の子よりも女の子の方が好きなレズビアンなの。女の子とエッチしたいと思ってる。そうでしょ?」
「……はい。私は女の子が好きなレズビアンで、
女の子とエッチしたいと思っています」
「今、付き合ってる女性はいるかしら?」
「……いません」
「付き合いたい?」
「……はい、付き合いたいです」
「あらそう……付き合いたいのネ」
小早川はニヤニヤと嗤っている。
すっかり真里と付き合っていた記憶も消えているようだ。
しかし、彼は萌をただのレズビアンにするつもりはなかった。
レズ調教師として、ノンケの女性をレイプさせ、
レズビアンに転向させる。
その役割を担わせるため、
特定の誰かと付き合わせるわけにはいかなかった。
そのため、萌の普通に誰かと恋愛したいという気持ちを、徹底的に消してやるつもりであった。
小早川はさっそく萌の考えを否定し始めた。
「それって勿体なくない?」
「……勿体ない?」
「せっかく世の中には、いろんなタイプの女性がいるのに、一人の女性とだけ付き合うなんて勿体なさ過ぎるんじゃない?」
「……」
小早川の主張に萌は黙っている。
彼女は特定の誰かを愛し一途に想い続けるタイプの女性だ。不特定多数の相手と遊びのセックスを楽しむタイプではなかった。
「あら、黙っちゃうの? 納得いかない感じかしら?
ま、経験がないから、仕方がないわよネ。
一度いろんな子とエッチすれば分かるようになるワ」
そう言うと小早川は、黒服に合図を送った。
黒服はドアを開くと、廊下にいる人物に手招きをした。
するとスレンダーな長身美女と、
背が低く華奢で可愛い女の子が入室してきた。
「こんにちは」
「こんにちわー!」
二人は小早川に軽く挨拶をすると、
萌をまじまじと見つめた。
「この子ですか?」長身美女が小早川に問う。
萌の容姿を見て、若干嬉しそうにしている印象だ。
「えぇ、その子が今度ウチで働くことになった女の子ヨ。あなた達の経験と知識で、女の子を気持ち良くさせる術を教えてあげて頂戴。報酬はたんまり払うワ」
小早川が報酬と言っていることから、
この二人は、雇われた外部の人間だということが分かる。
小早川はレズ風俗で働いている女性から、
経験人数の多い女性と、
タチ女性から評判の高いネコ女性を選び、
萌のレズ調教に当てるつもりであった。
(残念ながら、アタシの会社に女を調教する部門はまだないワ。今は外の女の力を借りるけど、
萌が育ったらチーム部門を編成してやるワ)
小早川の狙いは、萌を中心としたレズ調教部門を設立することであった。真里を堕とす際にレズ調教の有用性を感じた小早川は、ふたたび真里のような強敵が現れた時に備えて、今から準備をしようとしていた。
(男と女の関係はどちらか一方が心変わりすれば、
いとも簡単に崩れてしまうもの。
男を堕とすのが難しいのなら、女を堕とせば良いのヨ。
どうしてこんな簡単なこと今まで気づかなかったのかしら?)
小早川は誠を堕とすのに半年費やしている。
忍に至っては一年だ。
今回はたまたま真里と萌が友人だったため攻略できたが、そうでなければ一体どれほどの時間が必要だったかわからないほどであった。
「そういえば、このお店閉店するんですか?
入り口に張り紙が貼られていましたけど」
長身の美女が質問する。
彼女は相手がROSE興業の社長と知っていても、
物怖じしていなかった。
「そのつもりヨ」
「せっかく流行ってたのに勿体ない。
私もたまに友人と利用させていただいておりました」
「あら、そうだったの。それはごめんなさいネ。
このお店は一旦閉店して、
レズビアンバーとして再開するつもりなのヨ」
「えぇー、それは良いですねっ♪」
長身美女も華奢な女の子も、
新しいお店ができると聞いて嬉しそうだ。
「レズビアン風俗を兼ねたお店にするつもりヨ。
そのためにもこの子には頑張ってもらわないといけないの。将来のママ候補ヨ♡」
「おぉー!」「すごーい♪」
小早川の話を聞き、二人はやる気を出したようだ。
そうして一通りの世間話を終えると、
彼女達はさっそく萌に自己紹介を始めた。
※※※
「あなた萌ちゃんって言うのね。
私は相澤(あいざわ) 美雪(みゆき)。よろしくね」
長身の美女、相澤美雪は言う。
身長はだいたい170cm台半ばくらい。
青みのかかったショートヘアの黒髪にバレッタをしている。
少し痩せすぎな印象はあるものの、
全体的にスラッとした体型で、
冷たい雪のような白い肌をしていた。
パッと見て大人の女。しかも仕事のできそうなキャリアウーマンといった印象である。
続いて華奢な女の子が自己紹介を始める。
「こんな可愛い女の子が相手だなんて思わなかった♡
私は餅月(もちづき) 由香(ゆか)。よろしくね、萌ちゃん♡」
美雪とは逆にこちらは背の低い童顔の女の子だ。
身長140cm台。
赤茶色のロングヘアでウェーブがかかっている。
つぶらな瞳に小さな唇。
ゴシック調のフリフリした服装をしている。
その姿にマッチした特徴的なアニメ声。
なぜ子供がこんなところにいるのか?
そういった印象を抱かせるくらい場違いな女性であった。
これからこの二人に、女同士の性行為を教わる。
いつの間にか、そういった流れになっていて、
萌は怯えた表情を見せ始めていた。
全く見知らぬ女性としかも三人で、レズセックスをするなど、彼女の道徳観で許せることではなかった。
だからといって逃げることはできない。
彼女は今も小早川の催眠の支配下に置かれているのだから。
「小早川社長、この子、怯えてるようですが、
本当に大丈夫でしょうか?」美雪が言う。
「その子ネ、前の彼氏にひどい浮気をされているの。
それで女の子に走ることを決めたんだけど、
まだ一度も経験がないから怖いんだと思うワ」
「えっ!?」「そうなの?」
美雪も由香も、萌の事情を聞いて驚いている。
レズプレイの技術を授けて欲しいと依頼を受けて来たが、まさかノンケが相手だったとは。
二人とも不安そうな表情をしている。
そんな二人に配慮して小早川が言う。
「萌ちゃん大丈夫よネ? 経験なくても」
否定的な回答はできないようになってるので、「大丈夫」と答えるしかないのだが、萌はそれでも別の返事をすることにした。
「あの……一度もないわけではないです」
「あら? そうだったの?」
これは否定ではなく、単なる説明だ。
ほんの少しの時間稼ぎにしかならないが、
萌のできる限りの抵抗であった。
彼女は以前、忍の要望でレズ風俗を利用している。
忍と別れた今となっては、
あまり良い思い出ではなかったが、一応話すことにした。
その話に由香が興味を持つ。
「あ、そうなんだ。萌ちゃんは初めては誰としたの?
友達? 恋人?」
「前付き合っていた彼氏に、私がレズするのを見てみたいと言われて仕方なく……風俗を利用しました」
「そう……」
美雪も由香も、同情するような眼差しを向けている。
美雪は、悪いと思いつつ質問を続けた。
「それでしてみてどうだった?」
「あんまり気持ち良くありませんでした」
「そうだよね……」
自ら望んだセックスでないのなら、そこまで気持ち良くなれるはずがない。ましてやノンケで同性との交わりであれば尚更だ。
小早川は如何にも悲しそうな顔をして言った。
「何てことなの……そんなこともあったのネ。
聞いての通り、この子すごく可哀想な子なのヨ。
男性不信に陥っていると言っても良いワ。
ね? 萌ちゃん。男の人、大嫌いよネ?」
「はい、嫌いです」
即答する萌に、美雪も由香も悲しそうだ。
「だからあなた達の手で、この子をレズビアンの世界へ連れて行ってちょうだい。もう二度と男とセックスできなくなるくらい、女の子同士のエッチにハマらせてあげるの。
あなた達ならできるわよネ?」
「任せてください!」「任せてっ!」
美雪と由香は意気揚々と返事をした。
萌のかすかな抵抗であったが、
それによって逆にやる気を起こさせてしまったようだ。
萌は裏目に出てしまったこの状況に大きく身震いしていた。